小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

手塚満さんの返信一覧。最新の投稿順45ページ目

元記事:あらすじを聞いてどう感じたか、率直な意見を聞かせて欲しいです。の返信の返信

手塚満様

ありがとうございます。

>お示しのあらすじが惹句・宣伝的ではなく、全体を提示してみて面白い作品になりそうか、というご質問でしたら、1~4以前だと申し上げておきます。(略)そのあらすじで既に面白さが内包されているかどうかは、全く判断できません。

1 ぜひ読んでみたい
2 暇だったら読むかも
3 読んであげても良い
4 まったく興味が持てない
「5 そもそも意味がわからない(具体的にどういうストーリーなのか想像できない)」⇦

ということでしょうか? 間違ってたらすみません。

質問させていただいた趣旨としては、
・あらすじが惹句・宣伝的か
・そのあらすじで既に面白さが内包されているかどうか
両方のつもりでした。
「あらすじで読みたくなるか」に「なんとなく話の流れが見えて、興味が湧くか」も含まれていると、個人的には認識していたからです。
ただ、手塚様のコメント、とくに

> その際、全体をもっと浮かび上がらせるのではなく、ポイントをたった1つ際立たせると有利かなと思います。

この部分を読んで、仮に全体の流れをイメージできなかったとしても、
「ずばり興味を引く何か」を押さえることで、あらすじだけで「読んでみよう」と思わせることは可能なのだと、
認識を改めた次第です。
いずれにせよ、やはり根本的に見直す必要がありそうだと、改めて思いました。

せっかく細かく考えていただいたので、背景設定を一応説明させていただきます。

> 朝の来ない町。
おっしゃる通り、文字どおり朝日の昇らない町です。ずっと夜です。

> 生者と亡霊が静かに暮らす場所。
これはもう、何も伝えられていなかったと思います。
朝が来ないのと関連して、「死んだ人間がこの世に留まっていられる」特殊な空間というイメージです。
亡霊はただ死んでいるというだけで悪いものでも何でもないので、人間たちと一緒に暮らしています。
ときどき、当人たちですら生者と亡霊の区別を忘れるぐらいに、平和的に共存しています。少なくとも、表面上は。

> 悪霊退治に奔走する娘リンナは、

悪霊は、特殊な条件下で亡霊が自我を失ったもので、生者を襲います。
悪霊に食われた生者は亡霊になることもできず、存在ごと消滅します。
そんな危険を犯してまで生者たちが「朝の来ない町」にとどまり続けているのは、
死んでしまった人たちと会話を交わし、共に暮らすことができる唯一の場所だからです。

> 少女時代のトラウマの元凶である強大な悪霊と対峙する

ここの部分はNo.8で書いたとおりです。たぶん、根底から変更すると思います。

改めて、お時間を割いていただき、感謝いたします。
ぜひ作品に生かさせていただきます。

上記の回答(あらすじを聞いてどう感じたか、率直な意見を聞かせて欲しいです。の返信の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

丁寧で詳しいご返信を頂きまして恐縮です。追加の選択肢について補足してみます。

> 5 そもそも意味がわからない(具体的にどういうストーリーなのか想像できない)

これではありません。先に申した中では「そのあらすじをどうプロット化、詳細化して面白くするか、という話は可能」がポイントとなります。意味は分かるけれど、可能性が無限大なので(具体的には)分からないということです。いかようにも想像できてしまいます。

例えば、あらすじが「高校に入学した少女が、軽音部設立に巻き込まれ、バンド組んで練習したり遊んだりして、学園祭で講堂でバンド演奏を披露する」だとします。平凡な話の印象ですよね。それのどこが面白いんだ、くらいの。

しかし、それが「けいおん!」アニメ1期だと分かると、「あれは面白かったね!」となるし、あらすじについても「そうそう、そういう話だ」となり、各話の印象とか話したくなるわけです。
(上記あらすじは意図的に平平凡凡に寄せてますが、「けいおん!」アニメ1期を知らない人に紹介し、観てもらうと、だいたい上記の感じになる。)

考えてみれば当たり前かもしれません。あらすじは本編の要約でもありますから、含まれる情報量は「あらすじ≪本編」となります。あらすじから本編を再現することは不可能、つまりつまり本編そのものを語ることはできないわけですね。あらすじでは本編の面白さも再現できない。

しかし、魅力的と思えるあらすじがあるのは事実でしょう。本編があらすじで期待通りに面白いことは多々ある。その反面、がっかりすることも少なくない。あらすじの情報量は本編よりはるかに少ないわけですから、あらすじだけを読んだ人からすると、本編は想像上のものになっています。いろんな想像が可能なはずです。

言い換えれば、あらすじは本編としてあり得る、可能性の塊みたいなものになっているわけです。もし、あらすじが本編を作る前の構想を表現しているとすると、どう膨らませるかも可能性の塊です。いろんなやり方があり得る。

ですので、どう面白くするかという話は可能なわけです。しかし、面白いと保証することはできない。面白くならないとも保証できない。

しかし先に「映画のCM」と申し上げたように、一点豪華主義で見せ場をチラッと見せてくれるようなあらすじだと、その見せ場だけははっきりします。その前後は想像するしかなく、可能性の塊ですが、見栄えのするシーンがあることだけは確かになる。そうなると、観てみたく(読んでみたく)なります。「どうしてそんなことが起こったの?」みたいな疑問が起こり、興味に高められるからです。

ですので、あらすじがこれから作る作品構想を語るものなら、それをどう面白く仕上げていくかの話になりますし、あらすじが宣伝、惹句的なものなら、見せ場を強調するような紹介にしたほうがよさそう、というのが先の回答です。
(公募で書くあらすじだと、また違ったりしますが割愛。)

しかし、作品構想はもっと詳細化してお出でだったようですね。他の回答者さんへのご返信があってから回答を書けばよかったんですが、気が付かず失礼いたしました。そのプロットからどう面白くするか考えればよさそうです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: あらすじを聞いてどう感じたか、率直な意見を聞かせて欲しいです。

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元記事:短編連作のあらすじの書き方

 例えば武装島田倉庫のような「世界観は共通だが章ごとに登場人物が入れ替わり、ストーリーのつながりも薄いか全くない」という物語のあらすじには何を書けばいいのでしょうか?
 一応、例に挙げた小説の裏表紙には以下のことが書かれてました。

”壮絶な戦争が終わりを告げてから、二十年近くが経過した地球。都市や道路は破壊され、化学兵器や放射能に汚染された海や森には、異体進化した危険生物たちが蠢動する。この文明も国家も崩壊した終末世界で、物資と食料を狙い跳梁跋扈する組織略奪団や「北政府」と呼ばれる謎の勢力と闘いながら、「ただ生き延びること」だけを目的に日々を生きる男たちがいた__。”

 上記の内容は半分近くが世界観の説明で、キャラクターとストーリーについては簡素にまとめられています。「世界観はこうだよ、後は本文を読んでね」というやり方についてのメリット・デメリットを教えていただけないでしょうか。

上記の回答(短編連作のあらすじの書き方の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

「武装島田倉庫」は未読でして、一応、ウィキペディアとか当たってみました。スレ主さんが「世界観は共通だが章ごとに登場人物が入れ替わり、ストーリーのつながりも薄いか全くない」とまとめてお出での通りのようです。たぶん、スレ主さんが「武装島田倉庫」を熟読し、よく理解されておられるんでしょうね。

裏表紙の引用部分も作品をよく表すものなんでしょう。世界観は共通ながら、場所も時期も異なる舞台で、異なる主人公が活躍するエピソードのオムニバスだとすれば、そのようにまとめるしかなさそうです。長く書けるなら各エピソード紹介できるんでしょうけど、1ページ以内にまとめるなら、主に舞台を紹介しておくしかなさそう。

まさに「世界観はこうだよ、後は本文を読んでね」ですが、特定の作品に沿う、個別のやり方であろうと思います。1人の主人公の活躍を描くタイプの作品に適するかどうかは、別問題でしょう。普通は主人公を軸に語るあらすじが適することが多そう。

未読ながら「武装島田倉庫」について考えてみますと、その作品が何を表現しているか、言い換えれば、読者に残す最大の印象は何かという点が大事になりそうです。あらすじは、そこを突くようにまとめるべきでしょう。

全体の舞台となる世界は1つ。そこだけが全編に渡る共通要素のようです。各エピソードの主人公、時期、世界内の地域は異なる。要素的にはバラバラの感じですね。どれかの主人公が特異的に印象に残るわけではなさそう(そういう作りではなさそう)。

となると、読後の読者に残る最大にしてまとまった印象としては「この作品では、こういう世界の、こんな歴史だった」ということになりそうです。つまり、真の主人公は「世界」ということです(それが例えば成長物語であれば、世界が変革することが印象付けられる)。

もしそうならですが、「世界観はこうだよ、後は本文を読んでね」という狙いであらすじ書くのも悪くはなさそうです。しかし、たった1人のキャラクターがいろんな世界を巡って成長するロードムービーのような話ですと、おそらく適さないでしょう。そのキャラクターが主人であり、読後に最大の印象を残すべきですから、世界について語ったら的を外してます。

あらすじをまとめるには、主人公が誰か、が大事であろうと思います。その主人公を浮かび上がらせるべきでしょう。全体の紹介・まとめなら特徴が分かるようにすべきでしょうし、読んでもらうための宣伝が狙いなら主人公について興味が湧くポイントを紹介する。

世界を紹介するあらすじに、作品タイプを超えて共通するメリット・デメリットがあるわけではなさそうです。大事なのは「作品の狙いに沿うあらすじか」どうかでしょうし、そのうえで、「ざっと全体を理解してもらうためのあらすじ」なのか、「読者を引き込むだめのあらすじ」なのかといった狙いを加味して、あらすじを書くことになるように思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 短編連作のあらすじの書き方

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元記事:一人称作品の地の文は、視点者の口調にすることを厳守すべきですか?

はじめまして。回向若葉(えこうわかば)と申します。はじめて質問させていただきますm(_ _)m

今私は主人公視点の一人称ラノベを書いているのですが、地の文を主人公の口調にして、それを厳守すべきか、とても迷っています。ちなみにその主人公は高校一年生の男の子で、性格はナヨナヨしていて、クラスでも目立たないタイプです。一応モデルは、漫画『はじめの一歩』の主人公の幕之内一歩くんです。

どういうところで迷うのかというと、たとえば、逆説をすべて「~けれど」や「でも、」にすべきかとか、文の終わりを「のだ」「である」にすべきじゃないのか、などです。

しかし、そうすると、元々の性格がナヨナヨしてイジメられやすいこともあるのか、作者の私が読んでいても、イライラしてきてしまうんです……。ちなみに私はまったくリアルではヤンキー寄りではないです。いつも教室で一人小説を読んでいるタイプでした。

でも、逆説に「が」とか「ところが」をつかったり、文の終わりを「である」や「のだ」を使うと、んーこの主人公はこういう口調はしてないなー、となってしまいます。

どうすべきなのかホントに迷っています。

「まだそんなことで悩んでるのか!?」と思わるかもしれませんが、ぜひ助言をいただきたいと存じますm(_ _)m

上記の回答(一人称作品の地の文は、視点者の口調にすることを厳守すべきですか?の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

一人称ということで、台詞も地の文も主人公が喋っている場合、細かいところでは口調が変わるか(変えるべきか)、さらには主人公が見せる性格も変わるか、といったところでしょうか。それには一人称での台詞と地の文について考えてみてもいいと思います。

主人公の台詞は他のキャラに向かって話しかけているわけですよね。それ以外に、独り言の場合もありますが、後述の地の文に近いと考えておくことにします。

台詞は、作中リアルでの主人公の行動の1つであり、目的が他のキャラへの作用ということになります。必要なことや言いたいことしか言わないわけですから、主人公の主観がベースと考えてよさそうです。喋る内容も話しかけるキャラに分かればいいものになります。

地の文も主人公の台詞ではあります。が、誰に向かって喋ってるのか。読者のはずですね。読者って、作品を読み始めて、初めて主人公に遭遇するキャラクターです。主人公の世界も、主人公についても最初は何も知らない。そういう人に話しかける台詞が地の文となります。

読者って、主人公からしたらどういうキャラクターか。主人公が自分の内心や秘密までも話す相手です。他のキャラに言ってないことまで知ってもらいたい欲求がある(実はそれ、作者の気持ちですが、主人公に託されていると考えて可)。

かつ、読者は決して作品内容に干渉しない(できない)。主人公からすると、何を話しても秘密を守ってくれ、何を言っても言い返さない聞き上手の相手です。しかし主人公については、その暮らしぶりや交友関係にも無知。

そういう「読者」というキャラクターに話しかける台詞が地の文だと考えると、口調や見せる性格も判断、設定しやすくなると思います。何も事情を知らない人に話すという点からは、話す内容は全般的で客観的に寄るはずです。事情を知らない相手への説明ですから。

口調や見せる性格は主人公の素を包み隠さない傾向が出そうです(むしろ内心もさらけ出さないと、読者に伝わらない)。黙って話を聞いてくれるのが読者ですから、作中の他のキャラよりも遠慮なしでいいはずです。

口調なら他のキャラ、例えば親友に対してでも自称が「僕」だとしても、読者向けには「俺」でも問題ありません。それに合わせて、地の文に見える性格も自信満々、傲慢であっても構わないはずです(他のキャラへの台詞、態度等ではおどおどしていたとしても)。

簡潔にまとめてみます。主人公は、作中の他のキャラに対しても、親密度、年齢差、立ち位置等々で口調も、態度も変えるはずです。読者も、無知だが無口の聞き上手キャラだと考え、主人公が何をどう見せたいか、知って欲しいかを考えれば、口調(言葉遣い)から見せる性格まで、決めやすくなると思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 一人称作品の地の文は、視点者の口調にすることを厳守すべきですか?

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元記事:テーマに飲まれていると感じさせないための技術

自分自身の欠点だと思う点について、指摘していただきたく、投稿させていただきました。

https://ranove.sakura.ne.jp/story_system/public_story/07182.shtml

先日、久しぶりに作品を投稿したのですが、鋭い感想をいただきました。

・テーマに飲まれている
ストーリー上主人公に都合の良い人物たちが登場しているように見える
・「主人公を救うためだけに書いたストーリーを読まされている」
・この尺であれば、主人公が報われるのは、最後の最後。ほんの一、二行だけのほうが収まりよかった。

というものです。
僕は今最も書きたい作品がありまして、それを書くには、ライト文芸的な書き方を習得しないといけないと感じています。
そう考えると、心理描写に作為的なものを感じるのは非常にまずいと思っています。
恣意的な心理描写になってしまったり不自然な心の動きになってしまうのは避けたいのですが、どうしたら読者に「作為的ではない」「テーマにストーリーを飲まれない」書き方ができるか。

教えていただければと思います。

上記の回答(テーマに飲まれていると感じさせないための技術の返信)

投稿者 手塚満 : 4 人気回答! 投稿日時:

読むせんさんが、「大事なのはその人(好きな人)の所にまで作品が届く」とご指摘で、至言だと思います。嫌われないように気を付けるんじゃなくて、好かれるように工夫する。そのためには嫌いになる人が出たって、何も問題ない。

そうではあるんですが、お示しの感想がスレ主さんに刺さるものがあったという点も、もしかしたら大事なのかもしれません。お示しの作品が合わなかった読者って、好き、面白いという感情があまり湧かなかっただけに、冷静、客観的に作品を見ている可能性もあります。

御作を拝読しまして、自分は合わないほうに分類されるようです。スレ主さんが気になさった感想以外に、時系列の制御に難があって分かりにくいという指摘もありますね。そこは割とデカい要素のような気がします。分かりにくかったら分析的に読む傾向が出たりしますから。御作の情感に訴える狙いと齟齬します。

自分も「どういう話になってるの?」と思い、多少行きつ戻りつで拝読しました。ですので、話の尺以上に長く感じたように思います。そのためか、くどさが目に付いた点もあります。

例えば、検索すると分かりますが、単語「優し(い/く/さ)」が本文に13か所あります。それも最初のほうと、最後のほうに集中しています。センテンスでは「優しい人って、うぅ、自分のこと優しいって、うぅ、言わないね」は2度繰り返されている。それが主人公の「魂に刻まれている」し、「優しいと思ってくれた。本心から、思ってくれたのだ」と念押しするようにも独白する。

これだけの繰り返し、念押しがあったら、押しつけがましく感じるケースはあるでしょう。少なくとも、自分も幾分かはそう感じます。しかも、おそらくはテーマ、ないしはテーマに極めて近い部分でしょう、「優し」は。それを読者が察するように書いてあるのではなく、作者が直接強調しているわけです。

もし「優し」が大事なポイントであるなら、読者が察するように書くほうが有利でしょう。納得度が違いますから。他人から「こういうもんだ」と言われると、「そうなんだろうか?」と確認する気が起こすことはよくあります。下手すると反発すらします。しかし、自分で「こういうことなんだろう」と思えたら、受け入れやすくなります。
(確証バイアスとかチェリーピッキングみたいな心理学的効果はよく知られるところ。現実問題ではまずいけど、フィクションなら使わない手はない。)

然るに、

>  優しさは行為であって、人格ではない。人それぞれ違う優しさの形があり、優しいと思う形があるだけだ。

といった、いわゆる哲学語りになりますと、人によりますが「そうかあ?」という気持ち(←思考、ではない)になることもあるでしょう。一人称であり、主人公がそう思う、ということは分かっていても、例えば「じゃあ、優しい行為の根っこには人格、性格があるのでは」とか、つい考えを巡らせたりもするでしょう。

構成面でも問題がありそうです。主人公を「優しい」と評する、キーとなる人物「柳沢さん」は冒頭の回想直後に、主人公の「優しさ」について結論めいたことを言い、ラストで同じことを主人公が回想してます。言い換えれば、冒頭で結論出ちゃってるわけですよね。

長編ならそれでもいいかもしれません。例えば「幸せの青い鳥」は紆余曲折あって、最初の状況で良かったことを発見する物語です。しかし御作は尺が短く、紆余曲折も少ない。例えば、主人公は小学校時に誤解され、物語現時点での職場でも誤解されるエピソードが示されてます。繰り返し発生ですが、例えば前回を踏まえて2度目で何か変わるわけではなさそうです。

2度目(職場)では「先輩」が出てきますが、主人公が保護する対象ですよね。そこは「柳沢さん」と被る。が、個々に存在しているだけで、何らかの物語的、有機的なつながりがあるわけではない。多少極論すれば、主人公の承認のためにいるだけ。

掌編の尺で小学校時からの時系列を使っていながら、主人公に何ら変化はなく、承認されるだけになっているとも言えます。これ、ブレないといったこととは違う問題です。ブレないことを示すとしたら、主人公が自らブレなさ、ブレなくていいことを見つける、再発見するとかいった話でないと、ブレなさは感じにくいでしょう。

簡潔にまとめてみます。主人公の半生を使って、主人公が変化するでもなく、単に承認される。それも結論は明示されて、読者が想像をめぐらす余地が少ない。そう感じれば、お示しのような感想が出てくることもやむを得ないでしょう。

だから改善したほうがいい、ということではありません。最初に申しましたが、読むせんさんのご指摘は至言です。自分的には上記並べ立てたことは「欠点」ではありますが(だから否定的な言い方になる)、しかしOne man's meat is another man's poison.です。分析したうえで、欠点か長所かの判断、スレ主さんがやりたいことの方向性といったことをお考えになってはどうかと思います。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: テーマに飲まれていると感じさせないための技術

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元記事:テーマに飲まれていると感じさせないための技術の返信の返信

手塚さんありがとうございます。

読むせんさんの言葉は至言ですか。なるほど。たしかに僕も一理はあると思いました。

・時系列
→ここは感想を受け止めて、修正したつもりだったんですが、まだ足りなかったということでしょうか。

・優しさが何回も繰り返されていることが気にかかる。
→直接的なテーマに対する回答ではないのですが、患者との思い出となる重要なフレーズですね。たしかにしつこいと感じる読者もいるかもしれません。

・優しい行為の根っこには人格、性格があるのではと考える人もいる。
→そうですね。そう考える人もいますね。

・冒頭ですでに結論が出ている。
→なるほど。

・私は欠点だと思った。
→確かにその通りだと思います。まずはそれを言ってみるということは大事なことですよね。
 ところで、僕の作品とは関係ない話になりますが、手塚さんは、世の中で売れている作品を読むとき、当然自分の感性に合う、合わないがあると思うんですが、合わない作品とはどう向き合うのでしょうか。「自分にはわからないなぁ。つまらない」だけで済ましますか? 手塚さんの言うように自身が思う欠点は、必ずしも他人から見たら欠点ではないのかもしれませんよね。
 純粋な読者であるなら、「つまらない作品はつまらない」で良いと思います。
 しかし作者であるなら「つまらない作品がなぜ売れているのか、面白いと思われているのか」は分析したほうがいいかもしれませんよね。

 ……今作は、確かにへっぽこですので言い訳の余地がありません。
 おっしゃったことを、胸に刻み、ちゃんと面白く書きたいな、と思いました。
 ではでは。

 

上記の回答(テーマに飲まれていると感じさせないための技術の返信の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

以下の点について補足してみます。

> 合わない作品とはどう向き合うのでしょうか。

これは仰るように、

> 「つまらない作品がなぜ売れているのか、面白いと思われているのか」は分析したほうがいい

ということになります。さらに申せば「(自分的に)つまらない作品が」は抜いても成立しそうです。普通、自分が「これはいい」「好き」と思った作品こそ、分析することが多いはずです。なにせ面白さを追求したいわけですから。好きな作品は「こんな面白さを、自分も作り出してみたい」というモチベになります。

だとすると、つまらないと思う作品、嫌いな作品、合わない作品を分析するのは手が回らなくなりそうです。面白いと思える作品って、世の中にゴマンとあるわけですから。どれが好きかで優先順位つけたら、たぶん一生かかっても嫌いな作品まで手が届かない。

しかし、嫌いな作品だからこそ分析に向くようです。少なくとも自分はそうです。この掲示板で自分がときどき引き合いに出す作品に「君の膵臓をたべたい」(住野よる著、2015年、略称キミスイ)があります。全く好みではない作品です。

が、だからこそ物語を盛り上げる技術、構造等は見えやすい。面白かったら駄目です。分析しようと思っても、面白さに目が行ってしまい、どうやって話を盛り上げ、キャラを立たせ、キャラにどういう機能があるか等々に気が回らなくなります。

しかし、つまらない。「どこが面白いんだ」という気分にすらなります。もう分析視点入ってますよね。「仮にこれが面白いとすれば、こういう点か? いや、あそこでこうするからか?」とか考えることになります。

幸い、現代ではネットで感想、論評とかいろいろ知ることが出来ます。「これが面白いとすれば、ポイントはこれか?」の仮説を、かなり検証できます。そのポイントを好いている人がいるかどうかだけではありません。嫌いな人、つまりアンチが貶す情報だってあります。好きと嫌いが表裏、なんてよくあることでして、両面知れば役に立ちます。

もし作品が好きだったら、アンチの言は抵抗が生じて読みにくいでしょう。読んだとしても反発を覚えてしまいがちです。しかし、自分は「この作品はつまらない」と思っているわけです。アンチの言も割と素直に受け取れます(「なるほど、そこがそういう風に嫌いか」という感じ)。

以上を簡潔にまとめ直すと、「好きな作品からはどこまで面白がれるかを学べ、嫌いな作品からは面白がれるための工夫を学べる」ということになります。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: テーマに飲まれていると感じさせないための技術

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元記事:キャラクターの行動・心情について

こんばんは。よろしくお願いします。
今書いている恋愛短編で、主人公の行動について質問したいと思っています。

詳細
・主人公には姉が居て、周りから早く結婚しないのかと急かされている。(ちなみに姉には想い人はいるのだが、主人公には話していない)
・主人公は姉とは腐れ縁のような感じで、表面上はあまり仲が良い感じではない。
・主人公は妖精の存在を信じているくらいのメルヘンチックな性格。対する姉は迷信の類いを信じていない。
・その姉に、何故か『恋のおまじない』を教える主人公。

という設定を考えているのですが、最後のおまじないを教える流れが分からないのです。

自分で考えているのは、

・最初、主人公は姉にそのお花畑思考を冷やかされる。そこで、怒った主人公が『じゃあ、騙されたと思って試してみなよ』とおまじないの方法を無理やり吹き込む。
・最初、『そんな子供っぽいこと、誰かするもんか』と思っていた姉だが、現在の恋の行方への不安が勝りついおまじないを試してしまう。
・ちなみにおまじないは、実際に効果を発揮する。

という流れを作りたいのですが、不自然な点はありますか?問題は主人公が何故、姉の恋愛について話を聞いてないのにそんな行動に出たのか、というところでしょうか?
あと、主人公がおまじないの効果を知っているのかも今のところ謎なのですが、どうすればいいでしょうか?

上記の回答(キャラクターの行動・心情についての返信)

投稿者 あまくさ : 1

>・最初、主人公は姉にそのお花畑思考を冷やかされる。そこで、怒った主人公が『じゃあ、騙されたと思って試してみなよ』とおまじないの方法を無理やり吹き込む。

これは別に不自然とは感じません。
売り言葉に買い言葉で突飛な提案をおしつけ、それが瓢箪から駒で思いがけない展開につながっていく。
そういう流れを呼び込むためのきっかけ作りですよね? それはよくある手法で妥当だと思いますよ。

>問題は主人公が何故、姉の恋愛について話を聞いてないのにそんな行動に出たのか、

そういうのは会話のテクニックで処理することで、根本的な問題点ではありません。
根本的な問題点というのは、会話を工夫するぐらいでは処理できないほど設定に無理があるという状態です。ご質問のアイデアは少なくともそこまで違和感はないですよ。

>姉の恋愛について話を聞いてないのに

いや。
誰だっていちいち明確な理由があって行動しているというものでもなく、最初は軽い気持ちで話し始めたのがもつれて、だんだんムキになってくるというのは普通にあるじゃないですか。

スレ主様のアイデアを詳しく読むと、

>・最初、主人公は姉にそのお花畑思考を冷やかされる。そこで、怒った主人公が『じゃあ、騙されたと思って試してみなよ』とおまじないの方法を無理やり吹き込む。

ここで、姉の恋愛について知らなくても、冷やかされて怒ったという感情的な裏付けはちゃんと考えられています。

それに対する姉のリアクションは、

>・最初、『そんな子供っぽいこと、誰かするもんか』と思っていた姉だが、現在の恋の行方への不安が勝りついおまじないを試してしまう。

売り言葉に買い言葉で口論になったのなら意固地になって拒否しそうなものですが、たまたま実際に恋の悩みを抱えていて心が揺れていたため、後になってどうしても気になってしまい、つい試してしまった。
そんな感じなら、ありそうな話です。

なので、どうしてスレ主様が迷っているのかな? と思うくらい、きっかけ作りのアイデアとしてはけっこうちゃんと考えられていると思いますよ。方針はそれでいいから、後はうまく書いて下さいというだけです。

>あと、主人公がおまじないの効果を知っているのかも今のところ謎なのですが、

これはちょっと意味が分かりません。その辺についてスレ主様ご自身がまだ決めかめているということでしょうか?
意図的に読者に対して「謎」にするならいいのですが、作者も決めていないということだと少しまずいでしょうね。

そもそもオチは決まっていますか?
短編でこのネタなら、オチまでセットで考えないと成立しない気がします。もしオチが決まっているなら、そこから逆算して主人公がこの時点でおまじないの効果を知っている方がよいか知らない方がよいか考えてみることをお勧めします。

もしまだオチが決まっていないのなら、このきっかけから動き始める展開の先に、どういうオチに行き着けば最も面白くなるかを、まず考えるといいでしょう。で、最適と思えるオチが決まったら、中盤のディテールはそこから逆算して決めていくのがよいかと。

カテゴリー : ストーリー スレッド: キャラクターの行動・心情について

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投稿日時:

元記事:鬱描写・残酷描写を描くとき、心痛んだりしませんか?

質問です。

自分の作品に鬱描写・残酷描写を描くってなったとき、心痛んだりしませんか?

「うわぁ、えっぐいなぁ」とか、「きっつううう」とか。

特に、推しているキャラとか、人気になったかわいいキャラとかのそういう描写を描くときとか、余計に。

最近私が見た作品ですと、アニメですけど、
「リゼロ」のレムの最期、「まどマギ」の巴マミ回、「魔女の旅々」のセレナ回

このあたりは、見ていて辛かったですね。「物語の展開上必要とはいえ、ここまでするかなぁ」っていう複雑な感情になりました。

皆さんはどう思いますか?
残酷描写とか、鬱描写とかを容赦なく描いても別に何とも思いませんか?
「きついけど、必要だから書く」と割り切っている感じでしょうか?

ちなみに私の場合は、「キャラクターが〇ぬ」ってだけでも心が痛むので、それ以上の辛いシーンをできるだけ描く必要のないようなストーリー作りを意識して描いています。

上記の回答(鬱描写・残酷描写を描くとき、心痛んだりしませんか?の返信)

投稿者 たまねぎくん : 0

おっしゃること、よく分かります。
「物語を綴る上で必然性のある死」を作ることって、すごく難しいです。
レムも、巴マミも、必然性のある死なのかどうか、疑問です。
レムは一回死なないと物語が作れないから、仕方ないかもしれませんが。
キャラが死ぬっていうのは戦争の話でもなければ中々ありません。
ファンタジーだと、敵はいくら殺しても湧いて出てきて、こっちは全員絶対死ななくて、そしてどこまで進んでいっても同じことが繰り返される、ということが当たり前なので、そのマンネリを脱却するためには多少登場人物を殺しても仕方がないということでしょう。
しかし、ゲームで主人公が死んだり全滅したらゲームオーバーでなかったことになりますし、小説でもそれはありえません。よっぽど特殊な小説で、登場人物が全滅して入れ替わるのでもなければ。

しかし、一応擁護しておくと、死ぬことに意味のある死に方なら登場人物を殺しても構いません。それは難しいですが、よくあるのは死んだと思ったら生きていた、というパターンです。あるいは話のどんづまりで、最後に主人公が死んで終わる、というパターンです。こんなものはパターンなので、一個ずつの展開を大事に持ち札に加える、というほど隠しておく必要もありませんので言ってしまいます。
もし、自分で物語を考えることを重視するのであれば、登場人物が死ぬということが必要であるためには、どういう物語であればよいか、と考えてみてください。
あるいは、死ぬような話にしないという手もあります。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 鬱描写・残酷描写を描くとき、心痛んだりしませんか?

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投稿日時:

元記事:作品のラストの終わらせ方

今、学園魔法ファンタジー物を書いています。
それで、タイトル通りにラストの終わらせ方について悩んでいます。
応募する作品は完結することが条件ですけど、皆さんはどうやって終わらせてますか?
この戦いはまだまだ続く。
とか。
これからが本当の戦いだ。
とか。
そういう続くみたいな終わらせ方はダメですよね?

自分の作品は冒頭からラストまで書くことはできますけど、どうしても終わらせ方、まとめ方についてどうしていいか悩んでいます。
どうしたらいいか、良ければアドバイスをお願いします。

上記の回答(作品のラストの終わらせ方の返信)

投稿者 サタン : 5 人気回答!

ラストシーンで悩んでると言うと、「オチに悩んでる」という意味と「オチは決まってるけどその表現の仕方に悩んでる」という意味の二通りがありますが、後者の場合はさすがに作品の詳細を知らなければ意見のしようがありません。
それで、前者の場合ですが、これは難しいようで至極単純です。

まずは作品を一文で表現してみてください。
「勇者が魔王を倒す話」だとすると、この一文の述部がそのままオチになります。
「魔王を倒す話」なんだから、「魔王を倒す」が達成されないと話にならないでしょ?
「主人公とヒロインが恋をする話」だったら、「恋をする話」なんだから恋をしなけりゃ話にならない。
物語のほぼ全てはこの物語の主旨に根ざしているので、この一文からは物語の基本的な事の大部分がわかります。
例えばよくあるのが「勇者が魔王を倒す話だけど、新人賞だしページが足らないから幹部を一人倒して一段落させて終わりにしよう」と考える人。こうすると目的を達成してないので話が終わってない、つまり完結してない。
またよくあるのが、例えば「ラストで魔王を倒すのがいいか、和解するほうがいいか」と展開に悩むものです。
「倒す話」なんだから、和解したら話が変わっちゃう。
執筆中に愛着が湧いたとか、より良い新しいアイディアが生まれたとか、展開の変更はよくあるかと思いますが、主旨が変わるレベルの変更というのは、それまで書いてきた序盤中盤を全て台無しにするものです。
新しいアイディアが「より良い」と思ってしまうのは錯覚で、完成しない罠なんですね。

「◯◯を倒す」という具体的な目的が明確な場合は上記したように考えるのは容易いのですが、では「恋をする」など抽象的な場合はというと、
たぶん、戦闘系は敵を倒せばいいから楽だよな、と感じたことがあるかもしれませんが、実は恋愛系も全部同じ話です。
ようは、「恋をする」など目的が抽象的だから悩むだけで、これを具体的に「どうしたら恋をしたと言えるか」と定義をつけてしまえばいいんです。
例えばよくあるのが「ヒロインはトラウマを抱えている」とか「人に言えない悩み・秘密を持っている」としてしまうパターン。
これは、「その悩みを解決すれば恋の障害がなくなる」と理解できるので、「恋をする」という曖昧な主旨を「悩みを解決する」と具体的に定義付けた感じです。
ラノベや少年漫画で好まれる成長系の話も同じです。
主旨が曖昧でフワッとしてる場合は、「どうしたら成長したと言えるか?」と適当に定義をつけてしまって、それを達成すれば「目的を達成した」と言えるのですなわち「成長した」ということになります。
そして、当然のことラストは「それを達成する話」となるので達成するところまで書くのが相応しいラストになります。
アマチュアの多くはこれをしていないので、成長系の話はどこかフワッとしてて成長してるのかどうかわからず微妙なことが多かったりするわけですね。

……多いのは、こういう定義を考えないまま「ヒロインとデートしたりイベントの数をこなして、ライバルなんかを出しつつ、適当なところで告白して終わり」というもの。
これだと恋愛はしてるんだろうけど、それが伝わって来なくて何の話なのかわからない。
恋愛の定義を考えてないから、イベントの方向性がバラバラでまとまりがないわけですね。
成長系も同じ。「少年漫画にありそうな展開をやって、苦戦しつつ最後は勝利して終わり」とすると、「敵を倒す話」としては成立してるけど、何をしたら成長するって定義を考えてないから中盤の地味な努力の方向性がバラバラで物語に馴染まず、「主人公が成長する話」としては成立してなかったりする。
批難したりバカにしたりするわけじゃないのだけど、こういう場合、つまり「ラストに悩む」ということが非常に多いと思います。
定義(いまさらだけど、この定義ってのは便宜上で私が言ってるだけの事です)を考えてないってのは、成長系で例えた「その目的を達成すれば成長したと言える」の「目的」を考えてないって事だから、主旨である「成長する話」の着地点が見えてないって事。
すなわち、ラストがわからない、ということ。

まとめると、まずは物語をシンプルに一文で表現してみましょう。
その一文が「勇者が魔王を倒す話」など目的が具体的で明確な場合は問題ないかと思います。
述部にあるものがラストに相応しく、ここから動かすことは推奨されません。
一文が「主人公とヒロインが恋をする話」や「主人公が成長する話」など「恋・成長」って具体的にどういう事? と抽象的な場合は、「こうしたら恋・成長と言える」といった定義を考えてしまい、その定義を達成する事がラストに相応しいと言えます。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 作品のラストの終わらせ方

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