小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

手塚満さんの返信一覧。最新の投稿順36ページ目

元記事:最強厨になってしまう

私は元々地に足の着いた強さの主人公達が途方もない強さのモンスターに四苦八苦しながら戦う、というコンセプトで作品を作っていました。

しかし最近のなろう系の最強主人公達やスケールのインフレしたSF作品を見ているうちに「こんな奴に負けたくない」「強さに説得力を持たせないと」とどんどん話のスケールや主人公の強さが膨らんでいってしまい、話が破綻してしまっています。

しかし「鬼滅の刃」や「モンスターハンター」を指して「○○太郎様なら鬼や古龍なんて瞬殺ww」などと言えば「キモイ」の一言で追い返されてしまうでしょう。ゴブリンスレイヤーなんて弱い所に魅力があります。実際ちゃんとした作品は他作品との比較などされず作品内でちゃんと敵の脅威や世界観の大きさを表現できています。
実際クロスオーバーされた場合でも、例えばスーパーロボット大戦で原作では街一つの中でウダウダやっているビッグオーが惑星間規模の戦いをするクアンタよりもダメージを稼いでも誰も文句は言いません。

そういう風に考えたいのですが、どうしても「この敵も主人公も○○の主人公や敵なら楽に倒せるだろうなあ」という考えが頭によぎり、どうしても主人公や世界観を、自分の想像力の及ばないところまで広げてしまいます。

こういう風に、他作品と自分の作品のスペックを比べてしまう癖がついたらどうすればいいでしょうか?同じような症状をお持ちの方、昔は持っていた方は少なくない筈です。そういった方はどうやって克服したのでしょうか?

上記の回答(最強厨になってしまうの返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

スーパーロボット大戦はクロスオーバーの名作品(ゲーム)であるわけですが、お考えのように各機が対等に戦えるように強さ調整が行われているわけですね。

クロスオーバーがうまく調整されている例としては、アメコミのドラマ化・劇場版化があるでしょうか。マーベル作品のMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)では、多数の独立したシリーズのヒーローが一堂に会し、不自然さなく活躍しています。

DCコミックでは、例えばアローバースと呼ばれるシリーズでしばしばクロスオーバー回があります。特に問題になりそうなのはスーパーマン/スーパーガールの扱いでしょうか。1978年の劇場版のスーパーマン(クリストファー・リーブ主演)は、どうしようもなく無敵です。力は地層を持ち上げ、速さは光速度を超えます。弱点はクリプトナイトと、スーパーマンがたった1人であることくらい。

2013年のスーパーマン(マン・オブ・スティール、ヘンリー・カヴィル主演)ですと、軍事兵器の攻撃で(負傷はなさそうですが)一応はふっ飛ばされたりする程度に弱体化されています。そのレベルですから、バットマンと戦う可能性なんかも出てくる。上記アローバースでも他のヒーローと肩を並べて活躍もできています(それでも最強感はありますが)。

別々のヒーローを同じ舞台に置くなら、対等になるよう調整をする。各ヒーローの元の世界ではない、全く別の統一世界という感じでしょうか。スパロボ大戦でも「スパロボ世界の技術水準に見合ったロボットになる」といった感じでしょう。異種ヒーローが出会う世界の設定は統一しておく。そうしないと、まず間違いなく物語はおろか、設定レベルでも破たんします。

それでも、異なる作品の好きなヒーローが戦ったらどうなるかという想像を巡らすのはファンの常かもしれません。以前に謎本と称される、フィクション作品を勝手に掘り下げる本が流行ったことがあります。その「北斗の拳」版を呼んだことがありますが、案の定、ケンシロウと他のフィクションの強者と戦ったらどうなるか、考察する章がありました。

記憶もおぼろなので、一部想像も加えてみますと、ケンシロウ vs スーパーマン(1978年版)は話にならないとして考察放棄。ケンシロウ vs 悟空は、子どもの頃の悟空ですら銃弾を受けても多少痛がる程度なので、秘孔を突くとか無理。ケンシロウはアラレちゃんにも勝てまい。ボクサーの矢吹丈(あしたのジョー)だと、にバンタム級の矢吹に対し、充分にヘビー級に見えるケンシロウでは戦いにならない上に、技のレベルが違ってケンシロウ強すぎ。そんな感じで「無理」の連続でした。

ある作品世界の主人公に対し、別の作品世界のもっと強いキャラを放り込んでも、戦えない。それ以前に、弱いほうの主人公が存在できなくなることが、ほとんどでしょう。例えば「北斗の拳」世界が標準だとします。

そこへ悟空をはじめとする「ドラゴンボール」の強者を放り込んだらどうなるか。北斗神拳の存在意義自体、なくなりますよね。惑星砕く奴らがゴロゴロいて、なぜ必死に北斗神拳を修行するのか、意味が分からないはずです。強くなりたい奴は、かめはめ波を習得しようとするはずです。

「北斗の拳」では、他の格闘技もありまして、ボクシングもあります。北斗の拳世界の強さに合わせ、パンチのスピードが時速200キロのヘビー級ボクサーなんかもいる(やられ役でしたけど)。通常のパンチは時速40キロほどだそうで、「あしたのジョー」の矢吹丈もそれくらいでしょう(リアル寄りなので)。

矢吹丈が「北斗の拳」世界に行ったら、たとえ体重階級制に従っても、ボクサー扱いしてもらえないでしょう。「ハエが止まりそうなパンチ」呼ばわりされるはずです。「はじめの一歩」の幕之内一歩だったら、もっとひどいでしょう。彼らが北斗の拳世界で生まれていたら、ボクサーを目指しもしなかったはずです。

ある作品世界の強者が強者たるゆえんは、その作品世界の枠組み(設定)にあります。キャラは作品世界と不可分です。キャラが住んでいた作品世界と切り離してしまったら、もう別キャラとなります。もし、ある作品の強者が別の作品の強者より弱い、と思ってしまったとしたら、各作品世界の枠組みをとこかで無視しています。

物凄く簡潔に言えば「ある作品のキャラが、別作品のキャラより弱い気がするのは、比べていないから」ということになります。バトルが成立するくらいに、きちっと比べようとしたら、どちらかが存在すらできなくなりますから。クロスオーバーするには、調整が必要なゆえんです。

という非常に長い前置きしまして、「どうやって克服したのでしょうか?」にお答えするなら、「異作品キャラ同士が戦えるくらいに、大真面目に比べてみればいい」となります。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 最強厨になってしまう

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元記事:起承転結の起について

起承転結の起(プロローグ)について迷っています。
物語の問題提起にあたるような、センセーショナルなシーンを持ってこようと思っています(主人公が詰問されるシーンです)。
それは構成的には中盤に当たるシーンとなっています。
よって、第一章の起点は、プロローグから時間をさかのぼったところからスタートすることになります。
物語が進行して、冒頭のシーンにたどり着いた際、また同じシーンを繰り返すことについて、その見せ方に悩んでいます。
プロローグは、抽象的にぼかすのでなく、『何話してるんだこいつら』といったツッコミどころのある具体的なやりとりを示そうと思っています。
またもう一度同じ会話文を繰り返すのは、微妙ですよね!?
プロローグは第三者視点で端的に示し、中盤のシーンは主人公の心情を交えて主観的に示すだとか、それくらいしか思い浮かびません。
中盤のシーンを冒頭に持ってくるのは、割とよくあるパターンだと思うのですが、どんな風に書き換えているのか、知恵を貸して頂ければ幸いです。

上記の回答(起承転結の起についての返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

結論から申しますと、中盤で見栄えするシーンを冒頭に置くのは、原則としてやめておくのが無難です。複数の点で不利になりやすいからです。しかし、例外的なパターンはないわけではありません。以下、多少説明してみます。

1.好奇心の源となる謎は2割程度が限度

お考えのように繰り返しでは、読者に既知になってしまう問題があります。もう一度読み直させるようなものです。新鮮さ、驚き等の感動は一度しか呼び起こせないと思うべきでしょう。

読み進めるモチベを維持してもらうには、よく言われるのが謎を残しておくというものです。好奇心を呼び起こすからですね。しかし、あまりにも謎だらけでは意味不明に傾き、読み進む意欲を妨げます。謎比率を増やすとしても、八割分かって二割が不明くらいが限界でしょうか。

2.冒頭と中盤での読者に溜まった情報量の差

もし、冒頭に置いても八割がた分かるようなシーンなら、中盤では力不足となります。序盤から中盤にかけて、キャラ、世界の情報は読者に伝わります。そこへそういうった前提知識抜きでも八割がた分かるシーンを持ってきたらどうなるか。分かり過ぎ、ありきたりとなりがちです。

逆に中盤で映えるシーンであるなら、冒頭で八割分かるのは無理でしょう。やはり前提知識の問題です。かなりキャラや世界が分かってこそ面白いシーンなら、作品知識が白紙状態の冒頭では、二割分かるが八割分からない、になりがちです。これでは読者に対するツカミになりません。

3.中盤の繰り返しは読み飛ばしても変わらなくなる

しかも、冒頭を中盤で繰り返しはじめたら、読者はもう何が起こるか知っています。せっかく中盤で盛り上がるように書けていても、もう知っているのでは興奮をかき立てるのは無理になります。

読者は分かり切ったことは読まないでしょう。冒頭の最後がどこか、探すだけになりそうです。ですので、原則として中盤(や終盤)のシーンを単に冒頭に持ってくるのはお勧めできません。

4.繰り返しを積極的に用いる場合もある

しかし例外はあります。例えば冒頭で、

「剣士 vs 魔法使いのバトル。生真面目な感じの剣士は「友の仇だ」と言って斬りかかる。傲岸不遜な魔法使いも応戦して激戦となり、一瞬の隙をついて剣士が魔法使いの胸を剣で貫く」

というシーン描写をしたとします。魔法使いが悪役っぽく見えるでしょう。このシーンが中盤でも現れるとします。

4-1.シーンの意味が違って見えるやり方

中盤で同じシーンを描くとして、そこまでの情報で状況を読者に提示するわけですね。例えば、以下のような状況を明らかにする、あるいは暗示しておくと、シーンの意味が変わってきます。

A. 魔法使いの親が、剣士の「友」に騙され、惨殺されていた。
B. 「友」が生きていた。
C. 魔法使いが「友」の親(か兄弟姉妹)であった。

これらだと、冒頭では「正義が悪を倒した」感じに見えても、中盤の繰り返しでは「主人公の過ち」という真相に変わります。意味が違うなら、繰り返しでも新鮮になり得ます。

4-2.失敗→成功のスパイラル

これは繰り返しではなく、似た事件を2回用いるものです。冒頭よりは、序盤から中盤での出来事が悲劇、惨事といった失敗で、終盤のクライマックスで成功に転じるパターンが多いでしょう。しかし、冒頭と中盤にも応用可能です。

「魔法使いを倒してみたが、魔法使いは大きな災厄の封印の役割を果たしていた。魔法使いの今際の言葉で「友」は、騙されて災厄を招こうとしていたと分かる。魔法使いが絶命したために災厄が起こりかけたが、別の魔法使いが自らの身を以て再封印した。そこへ「友」を惑わした悪役が現れ、その魔法使いを倒して災厄を起こそうとする」

といったものが考えられます。剣士は最初の戦いで、封印の魔法使いを守ることこそが果たすべき使命であったと知り、次の封印の魔法使いを守りきり、「友」の本当の仇を討とうとする、という話になります。

5.意図的に繰り返しての効果を考えられるかどうか

いずれもこの場の思い付きで練れていなくて済みません。説明用のサンプルと割り切っていただけると幸いです。ポイントは、見栄えするからという消極的な理由ではなく、繰り返すから効果があるという積極的な利用なら可だということです。

この他にもいろいろパターンがあるとは思いますが、お考えの物語に即したものはおそらくあるでしょう。もし適当なものが見つからない、思いつかないなら、その中盤のシーンは冒頭に向かないと割り切ることも必要かと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 起承転結の起について

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元記事:最強厨になってしまうの返信の返信

返信ありがとうございます。

逆に大真面目に比べてしまって「こいつ作品内では無双してるけど○○の読者が読んだら雑魚に見えるんだろうな」と思ってしまうのです。
「世界観が違うから」と考えるのをやめる「割り切り」ができないのです。
「ケンシロウはドラゴンボールのキャラには真正面からは勝てないけど、無想転生での先読みから秘孔を突けるかも」みたいな逃げ道を求めてしまうのです。

上記の回答(最強厨になってしまうの返信の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

なんと申しますか、申し上げたつもりのことが、逆に受け取ってしまわれているようです。私の説明が下手なため、申し訳ありません。

> 「世界観が違うから」と考えるのをやめる「割り切り」ができないのです。

これは真面目な態度だとは思いますが、大真面目に比べていない状態です。突き詰めておられない。お挙げになった例で考えてみましょう。

> 「ケンシロウはドラゴンボールのキャラには真正面からは勝てないけど、無想転生での先読みから秘孔を突けるかも」

仮にケンシロウが悟空(仮にフリーザ撃破前後の悟空としておきます)に対し、無想転生(悟空はこの技を知らないとしておきます)を使って、正確に致命の秘孔を突いたとします(悟空はサイヤ人ですが、地球人と同じ秘孔があるとしておきます)。

位置は合っていても、秘孔に効果を及ぼすくらいに届くでしょうか? トキの解説では柔らかく突けば医療効果になるのが秘孔だったはずです。攻撃として効果を出すためには、充分深く突きが入られないといけないはずです。

悟空の体の強度はどの程度でしょうか。対戦相手のうちフリーザを考えてみますと、サイヤ人の母星(地球の10倍程度の重力、サイズもその程度に大きいはず)を、指先から発したエネルギー(気)で破壊しています。そのときのフリーザは変身前の通常態、最弱の戦闘力53万でした。

悟空(スーパーサイヤ人になる前)は変身後のフリーザ(100万までは語られている、最終形態100%時の推定は戦闘力1億2千万)に散々打たれています。惑星を砕く破壊力で打たれたと考えて差し支えありません(フリーザは戦闘力が下がった状態とはいえ、勝てないと分かると、時間のかかる惑星破壊の暴挙に出ますが、逃げる時間確保のため、すぐ破壊しなかったと考えるべき)。

そんな身体強度の悟空に対し、ケンシロウの突きで秘孔に有効に届くかと言えば、どう考えても無理でしょう。ケンシロウだと、せいぜい巨岩を砕き、気合で滝を逆流させる程度の力しかないのですから。ラオウでも拳圧で廃墟化したビルを倒壊させるくらいです。とてもではないですが、一撃で惑星を砕くレベルには至りません。

たった1つだけ方法がないわけでもありません。悟空は気(戦闘力)を自在にコントロールできます。ベジータの事例ですが、わざと瀕死になるためにクリリンに攻撃させる際、気(戦闘力)をわざと下げて、致命の一撃を入れさせています。通常状態では、クリリンの最大威力の攻撃でもダメージは与えられないからですね。

従って悟空も、もし気を限りなく下げれば、ケンシロウの突きが秘孔に有効にヒットすることはあり得るでしょう。そのための対決は、例えば以下のようになります。

――――――――――――――――――――――――――
ケンシロウは悟空から離れた位置で(うっかり触られても力や身体強度の差があり過ぎるから)、こう頼む。

「あのー、頼むから気を下げてください、うーんと下げて、ほぼゼロくらいに。あ、それくらいでいいです」

念のため、さらに確認しておくべきこともある。

「あ、それと仙豆持ってます? え、持ってない? ああ、じゃそれでいいです」

これだけ準備しても、うかつに近づいてはいけない。戦いと分かったら、バトルマニアの悟空はその気になってしまい、気(戦闘力)が上がってしまうからだ。
ここはひとつ、相手に悟られずに一撃するため、無想転生を使うべきだろう。カイオウには破られた無想転生だが、悟空なら無想転生自体、知るまい。大丈夫だ。

「ほわたあっ、お前の命はあと3秒」

いや、これはまずい。即死でなければ反撃されてしまう。悟空なら、まさに指先1つで全てを破壊しかねない。即座に体の動きを停止させる秘孔を先に突いても、攻撃を受けた悟空が気(戦闘力)を戻せば、以降はケンシロウの突きは秘孔に届かない。
悟空相手だと、ケンシロウの盟友になった南斗水鳥拳のレイに、即座に切り刻んでもらうのがいいかもしれない。
――――――――――――――――――――――――――

書いてたら、フィクションが現実になったらメチャメチャになると説く某読本みたいになってしまいました。その読本シリーズはミス、間違いが多々あると指摘されていましたが、フィクションのキャラが現実に現れたら、メチャクチャなことが起こりそうなのは、まず間違いないでしょう。

それが現実ではなく、あるフィクションの強者が、他のフィクション世界に現れても同じことです。比べる以前にメチャクチャになってしまうのであって、比べられたと思ったなら、どこかで必須、重要なポイントをスルーしている可能性大です。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 最強厨になってしまう

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元記事:人間か動物か

私は動物(擬人化)が主人公である物語を執筆したいと思っています。
この世界では動物と人間が入り混じっています。
その世界で主人公に「世界中の人たちを救いたい」というようなセリフを言わせたいのですが、人たちとしてしまうと動物が疎外されてしまい、かといって動物たちとしてしまうと不自然に見えてしまいます。
うまく人と動物を含めた言い方はありませんか?
もしないのなら動物たちという表現はありなのか教えて下さい。

上記の回答(人間か動物かの返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

ケースバイケースですが、いろいろ考えられます。例えば以下のような言い方が可能でしょう。

・列挙型:人も動物も/人も獣も鳥も/etc
・「者」型:生きとし生ける者/全ての命/全ての命ある者/etc
・「仲間」型(全ての人、動物に仲間意識がある場合):仲間/同胞/友・友達/etc
・「皆」型:みんな・皆/全て/皆の衆/全員/etc

強調するなら「この世の/地上の/etc」を前置きしてもいいかと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 人間か動物か

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元記事:プロの方がやる間違いについて

https://www.raitonoveru.jp/cms2/2020/11/07/47137/

演劇部の部室にある箱馬が「一抱えもある」と書いてたプロの方がいるんですが、

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887434286/episodes/1177354054887965511#end

ここにツッコむのは「世界観の誤りの指摘」と「ジャガイモ警察」のどちらにあたるんでしょうか。

因みに、箱馬の規格は「6寸×1尺×1尺7寸」(約18cm×約30cm×約51cm)あるいは「6寸×1尺×1尺」(30cm四方に高さ18cm)が中心なので、絶対に「一抱え」はありえません。
WEBで検索すれば済むことなので、取材不足以前の問題だと思うのですが。

上記の回答(プロの方がやる間違いについての返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

これを書いている時点でのレスも拝読してですが、スレ主さんが間違っています。「こう解釈すれば間違いと出来る」といったことに固執している感じです。「こう解釈すれば正しいかもしれない」がスッポリ抜け落ちているようです。

箱馬1つは仰せのサイズだとしましょう。大きいほうが「6寸×1尺×1尺7寸」(約18cm×約30cm×約51cm)ですね。自分の主観では結構デカいですよ?

「一抱え」は寸やセンチと違い、主観的基準です。あるいは自分基準と言い換えてもいいでしょう。「一抱え」と何かについて言う人にとって「一抱え」なら「一抱え」です。何センチとか何立方センチなら「一抱え」である、と決められるものではありません。

辞書的には例えば「両腕で抱えるほどの量、または太さや大きさ。」(デジタル大辞泉)とあります。片腕では抱えられない、と思ったら「一抱え」でもいいわけです。既出ですが、持とうと思えば片手でも持てる花束を、両手で持って「一抱え」と表現している事例は画像検索などで散見されます。

さらに、スレ主さんは書いていないからと否定してお出でですが、複数の箱馬(ハコウマ)の可能性はあります。英語と違い、単語に単数形・複数形が原則としてないのが日本語です。複数とは書いてないけど、たった1つしかないとも書いていない。どちらとも取れるわけです。

> 本文中では箱馬について「大きさ」と表現しているので、数を意味するものではありません。

こういう指摘をスレ主さんはされているわけですが、事実誤認でしょう。お示しの節では箱馬について、

> ほかは、一抱えほどある長方形の木箱――聞けば「ハコウマ」と言うらしい――や、

としか表現されていません(ハコウマと書かれたのはこの部分のみ)。逆に「大きさ」は1語もありません。

小説の当該節の書き出しは、きちんと読んだんでしょうか。こうありますよね。

>  演劇部の“ブシツ”とやらは、大きな家具は何もないのに、細かい物で雑然としていた。

大きな家具はなく、あるのは細かい物だと記してあります。これをどう解釈してイメージするかは読者次第です。箱馬は「細かい」が1つが「一抱え」なのか、箱馬が複数詰まれて「一抱え」なのか、文脈に沿って読者が解釈し、無理なくイメージできれば、作者の表現は成功ですし、当然、間違いと指摘できるものではありません。

箱馬のサイズも同様です。当該小説の舞台が演劇系ですから、演劇用の箱馬だとしても、スレ主さんもお書きのように「が中心」ですし、辞書などでも「ふつう(6尺×~)」といった限定があります。それ以外を許容しない、というわけではない。「絶対に~ありえない」とは言えません。

三人称地の分の語り手「一抱え」と表現したら、読者は「一抱えあるからにはこう」と想像するのが普通です。「一抱えであるはずがない、例えばこうイメージすれば」なんて読み方はしないでしょう。

お示しの小説の節を読むと、主人公らしきロキの三人称一視点と思われます(ロキの内心が地の文で直接語られたりする)。そして、他のキャラについて「ロキと同じくらい小柄で」と表現されています。

通例、小柄でないキャラついて「同じくらい小柄」とは表現しません。小柄なキャラ視点で、他のキャラが同じくらいの背格好であるとき、「同じくらい小柄」と言うわけです。このことが「ハコウマ」の「一抱え」にも影響します。小柄なロキにとっての「一抱え」は、ロキより大柄なキャラの「一抱え」は異なる。

短くまとめて再掲すると、スレ主さんの疑問、主張には少なくとも以下の問題があります。

・「一抱え」の主観性、個々人依存性を無視した客観基準
・「ハコウマ」の恣意的な数量の決めつけ
・具体的に表現された文脈の無視
・恣意的に代表例に限定している
・誤読している部分がある

パッと見でも、これだけ問題がありつつ、お示しの表現がどうこうと言うのであれば「難癖」に分類されるでしょう。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: プロの方がやる間違いについて

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元記事:小説の続きを思い描けてはいるが、描写文が書けない

(初めて質問するので暗黙の了解を踏襲できていないかもしれません。申し訳ないです)

頭の中に情景こそ浮かんでいて、プロットも(きっと完璧とは言えませんでしょうが)あります。ですが、いざそれを書き起こそうとするとさっきまで8Kでぬるぬる動いていた映像が急に144pくらいまで下がってなにも見えなくなって、どれをどこまでどう書けばいいのか全くわからなくなります。インプットをしようと何冊か本を読み漁りましたがずっと頭の中で「それやってる暇あるの?」と意地悪な私に囁かれて集中できず、読破こそしたもののなにも身についていないような気がしてなりませんし、実際に現状は一切変わらず、ここ1週間くらい頭を抱えています
漠然とした質問ですが、なにとぞよろしくお願いします……原稿の締切が差し迫っているのです……

上記の回答(小説の続きを思い描けてはいるが、描写文が書けないの返信)

投稿者 サタン : 4 人気回答!

朝起きてから昼までの午前中の出来事を思い出して、普段書いてる小説のスタイルで執筆してみましょう。1000文字くらいでいいので。
それが出来るなら、「頭の中に情景が浮かんでる」というのが思い込みで、実際には24pある漫画の印象的な1コマ2コマだけが思いついてるだけではないかな。
なんとなく断片的には決めてあるから、脳内で補完されて全部思いついてるような気がするだけなのでは。
箇条書きで流れを書き出せば、たぶんそれもそれなりにまとまってるかもしれないけど、よく見ると曖昧な箇所が多かったりとか。
主人公はなんとかピンチを乗り越えるとか、主人公はヒロインを助けるとか。「なんとか」の部分、「どうやって助けるのか」の部分、あるいはキャラ紹介など具体的なエピソードとかを考えてないとか。
そういうのは、結果的に「ピンチを乗り越えられればいい」し「ヒロインを助けられればいい」し「キャラがわかればいい」ので、ノリで書ければ何でもいい部分なので、けど、ノッてこなけりゃそこで「思いついてはいるのに筆が止まる」ってことになったりしますね。

最初に書いたことは、ようは「自分の体験」を書き出せってことなので、今朝の自分の体験なら記憶は新しいしほとんど覚えてるでしょう。
ようはまさに「正午までの午前中の展開は100%思いついてるぜ」って状態だから、それが書けて「思いついてるハズの小説の展開」が書けないのであれば、それは「思いついてる」のは幻想で、本当は思いついていないOR迷ってて決めかねてるってことだと思う。
気晴らしにゲームでもすれば、やる気が出てノッてくるかもしれないし、試験期間とかに勉強してたら逃避で創作スイッチが入るかもしれない。
そうやって気分次第で解決させるのも手だけど、締め切りがあるんだと言うなら、書こうとしてる内容を別紙に箇条書きでもなんでもいいから書き出してみるのがいいと思うよ。強調するけど捨てるの前提の別紙にね。
やる気ってのは基本的にやるから湧いて出るものだから、適当でも書きだすのがいいと思うよ。
適当でも書き出すと、曖昧だった部分に具体性が見えてくるから。
このあたりの試行は、最近はAIがすごい便利だよ。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 小説の続きを思い描けてはいるが、描写文が書けない

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投稿日時:

元記事:話の筋を作りながら物語のテーマにぶち当たるまで思いつくままに書いていていいんでしょうか?& アスペルガーの作者がアスペルガーを題材にしていいんでしょうか

どうも竹牟礼です。
「一番合戦 仁」というペンネームでやっています。

紛らわしいのでこちらの名前にすることにしました。

以下長文失礼します。

一つ目の質問です。
僕には小説の師匠がおりまして、 人となりを簡単に説明しますと、 かつて11人体制のプロジェクトを組んで途中で頓挫したという経歴を持つ、そこそこ経験のある現役同人小説家です。
( 現在は神話系の話を書いてるそうです)
そんな彼の指導のもといつも書いているのですが、彼のアドバイスで「本当にこれでいいのか?」と思うものがありました。

別スレッドでも少し書きましたが、「テーマというものは物語の最後でぶち当たるものだからどんどん書き進め。 出来上がったものが面白くなくても話の筋はできているはずだ。 それをたたき台にして推敲すればいい」 というものでした。

僕の作品のあらすじを以下に少しだけ説明させていただきます。

アスペルガー症候群を持つ主人公が七つの種族が治める異世界へワープし、謎の少女を暴漢から助ける。
事情をよく聞いてみると、彼女たちの種族は差別されていて、 村は差別主義者に焼かれて両親も焼き殺されたという。
お兄さんは破壊神の力に取り憑かれていて、各地に災いを振りまいてるという。
そのお兄さんを探しに 二人は旅に出る……、と言うお話です。

そ師匠の言う通り書いてみたのですが、やはり自分の作品が書いていても面白くないし、見ていても面白くないのです。
計画通り進んでいると言えば聞こえはいいですが違和感を禁じえません。
本当にこの書き方でいいのでしょうか?

二つ目の質問です。

(先に断っておきますが僕はアスペルガー症候群の当事者です)

先にも書きましたが アスペルガーの主人公が僕の小説に登場します。

軽々しく表現するべきじゃないことは重々承知しておりますが、ライトノベルの業界では「アスペルガー」という単語が出てきたことは過去一度もないでしょう。
一般文芸を見渡してもそうそうそんなタイトルは見つかりません。
( もしそんなテーマで売れてるのであれば 本に疎い人であっても誰の耳にも入っている筈です)
「発達障害×ファンタジー 」 というジャンルはまだまだ未開拓であり、うまく料理すれば僕にしか作れないとても面白いストーリーになるではないかと僕は分析しました。
いわば諸刃の剣です。
下手くそなものを書いて発表すれば確実に 身を滅ぼしかねないほどバッシングされます。
( 僕はよく知りませんが、筒井康隆のてんかん騒動とか)
少なくとも通常であれば素人や定型発達の人が扱う代物ではありません。

なのに、せっかく主人公は『アスペルガー症候群』という設定にしたのに設定自体を物語に絡めることができないのです。
それ単体でもかなり重い要素なのに、そこに破壊神、人種差別、 と重たくて暗い要素が加わり、作品全体がまとまってないような気がします。

そろそろ質問したいことのまとめへ移りましょう。

1.アスペルガーの作者がアスペルガーの 主人公を出していいのか?
また、アスペルガーの作者が、 実体験をもとにアスペルガー症候群を題材にしていいのか?

2. 「物語のテーマにぶち当たるまで話の筋を掴みながら場当たり的に書いていき出来上がったら推敲する」という書き方でも大丈夫なのか?

色々と書き連ねてきましたが、以上の2点について質問したいと思います。

どうぞお手柔らかによろしくお願いいたします。

補足: 僕は本気でかつて自分にも向けられた発達障害に対する差別や偏見を、他でもない自分のペンによってぶっ壊そうと思ってます。
ですからアスペルガー症候群という症名も バンバン出して行くつもりでいます。
カテゴリーエラー起こしてるのは重々承知です。
そうでなければこの世の中は変わりません。
いくら大人に読まれる内容の本をアスペルガーという題材で書いたとして、 理解するのは大人であり 10代20代に響きません。
そこで感化された大人がいくら動いたとしても、イジメはなくならないのです。
かといって療育の専門家が10代向けに書いた説教臭い教育本なんて、誰も読みはしない。
ならどのようにして彼らに訴えかけるべきか。
答えはただ一つ。
彼らが一番よく目にするライトノベルというジャンルに 発達障害というキーワードを以て一石を投じる必要があります。
僕がそのつもりで書いていることをご了承ください。

上記の回答(返信)

投稿者 海鮮丼兵衛 : 0

素人目からコメントさせていただきます。
乱文お許しください。

1、アスペルガーの作者がアスペルガーを題材にしてよいのか
良いか悪いかで言えば良いと思います。実体験を元にされているのなら、より真に迫った表現ができるでしょう。
しかしながら、自身でアスペルガーという設定を物語に絡めることができない、設定がまとまらないと自覚されているように、アスペルガーとファンタジーというのは実に組み合わせ難いテーマです。
「発達障害✖️ファンタジー」は見たことがない。とおっしゃっていられましたがそれにはいくつかの理由があると見られます。
1つは、先述したように非常に組合せるのが難しいこと
もう1つは、物語というものは読者が感情移入できて初めて感動を与えられます。発達障害者は決して少なくはありませんが、多いわけでもありません。読者の多くは発達障害を持たない方々となるでしょう。
最後に、懸念されているとおり、一歩間違えれば炎上しかねない物語にするには非常にデリケートなテーマとなってしまいます。

まとめますと、アスペルガー自体を物語に出すことは決して悪いことではありませんが、テーマとしての扱いの難しさから、取り上げない方が無難かと思われます。

2、「物語のテーマにぶち当たるまで話の筋を掴みながら場当たり的に書いていき出来上がったら推敲する」という書き方でも大丈夫なのか?
正直素人の私としてはこちらについてはなんとも言えません。
ただ、貴方の師匠は幾度も経験を重ねてその方法を導き出しています。貴方には貴方なりのまた違った方法があるのではないでしょうか。
無理に師匠に合わせることはないかと思います。

だらだらと長くなりましたが、このコメントが何か助力になれたら幸いです。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 話の筋を作りながら物語のテーマにぶち当たるまで思いつくままに書いていていいんでしょうか?& アスペルガーの作者がアスペルガーを題材にしていいんでしょうか

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元記事:魅力のわからないヒロインはいれるべきかどうか

自分は平たい胸が好きなのですが、世間一般の男性は大きな胸が好きなはずです。
自分の性癖に忠実に突き進んでモチベーションを優先するか、需要に合わせるか……正直でかいのを好む人がどういった描写で魅力を感じてくれるのかいまいちわかりません。書いた当人が可愛いと思えない要素はどこまで入れるべきなのでしょうか?

上記の回答(魅力のわからないヒロインはいれるべきかどうかの返信)

投稿者 ヘキサ : 1

……え? おかしいな、私の周囲はむしろぺったん娘派って人がけっこう多い気がするんですけど……

それはさておき「バスト占いの歌」で検索するとYouTubeなどでその曲が聞けます。一度ぜひお聞きになってみてはどうでしょう。特にオチが秀逸ですよ……

カテゴリー : キャラクター スレッド: 魅力のわからないヒロインはいれるべきかどうか

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