小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

手塚満さんの返信一覧。最新の投稿順37ページ目

元記事:プロの方がやる間違いについての返信の返信

ありがとうございます。数とは気づきませんでした。
変だな……「大きさ」とあるのを確認してから書いたと思ったのですが。
これが「一抱えほど積まれた長方形の木箱」と書いてあれば、自主公演が打てる準備のある部が間違いなく表現できたのですが。
「こう解釈すれば正しいかもしれない」と考える余地のない文章を書けるよう、私も気を付けます。

上記の回答(プロの方がやる間違いについての返信の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

念のため、申し上げておきます。

> 「こう解釈すれば正しいかもしれない」と考える余地のない文章を書けるよう、私も気を付けます。

そういうことは、私からは一切申し上げておりません。仰るような文章は、契約書や特許文書などで見ることがありますが、とてもではないですが一読して分かりやすいものではありません。

「「こう解釈すれば正しいかもしれない」と考える余地のない文章」は誰にも一切文句を言わせないことが主眼であり、言い換えれば、読者の想像の余地がない文章です。そんな文章を小説向けにお勧めすることは、私としては一切ありません。

小説では普通に読んで、紛れの余地はあっても、作者が狙ったターゲット層の8割くらいにとって、楽に適切なイメージが湧きさえすればいいと考えております。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: プロの方がやる間違いについて

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元記事:プロの方がやる間違いについての返信の返信の返信の返信

ありがとうございます。
解釈の幅と、誤読のおそれは違います。
「こう解釈すれば正しいかもしれない」は、正しくない解釈があり得ることが前提です。
「読者の想像の余地」とは、「ここからここまでは読者の想像に任せて差し支えない」という解釈の幅です。
誤読のおそれのない、しかし解釈の幅のある文章を書きたいものだと思います。
たとえば。
演劇部の部室にある箱馬が、「一抱えほどある」のと「一抱えほど積まれている」のとでは、その背景にある部員たちの行動の有無が違います。
さらに、雑然とした部室なら、おそらく箱馬も雑に積まれているでしょう。それが一見して「一抱え」できそうかどうかは疑問ですが。

上記の回答(プロの方がやる間違いについての返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

> それが一見して「一抱え」できそうかどうかは疑問ですが。

どうしても、そこに帰っちゃうんですね。「一抱え」がおかしいと思いたい、他人にも思わせたい。違う可能性を示唆されても、「一抱えはおかしい」以外は何としてでも回避したい。そのようにお見受けします。

なぜ他人の文章にそこまで拘るのか、ちょっと理解できません。おそらく、スレ主さんは他に何らかの問題を抱えているんじゃないかと思います。

例えば、イメージしたことがどうしてもうまく文章化できないとか、いいアイデア思いつけたものの煮詰められないとか。テスト前に、やたら部屋の掃除を熱心にできてしまうとか、誰でもよくある現象です。

スレ主さんの作品を仕上げることに専念されてはどうでしょうか。そうしようとして上手く行かないことがあるなら、ここの回答者の皆さんも有効に力になってくださると思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: プロの方がやる間違いについて

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元記事:アニメとラノベの心情描写の違いは何ですか?

例えばアニメにおいて微細な心情の変化を間や表情、声の調子などによって表現することはよくありますが、ライトノベルで同じことはできないでしょうか。

三島由紀夫の文章読本には確か「小説では心情ははっきり書かないと違和感を残してしまう」というようなことが書かれていたと思います。自分もそう思うのですが、しかしながらキャラクターの心情をいちいち描写していたのではいわゆる「そのまんま」になってしまってつまらないのではないかと感じました。

個人的には、拙いながら設定やキャラクター、ガジェット等に関する直接的な説明はなるべく省いて、外見的なものや印象を重視した作風にしたいと思っているのですが、どうにかならないでしょうか。

上記の回答(アニメとラノベの心情描写の違いは何ですか?の返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

ご質問はいくつかの要素があるようです。要素ごとに少し説明してみようと思います。

多少長くなりますので、アニメを見るような文章表現が可能かといえば、ほぼ不可能ということになります。避けるのが無難です。ただし、多少近いものはよく行われていました(→4のハードボイルド文体)。

1.小説は心情をはっきり書くべきとの論

三島由紀夫の文章読本は読んでいないので、お示しの部分だけからになります。その言は「小説では『必要な』心情ははっきり書かないと違和感を残してしまう」と読んでおいたほうが無難ではないかと思います。

仰るように、キャラの心情をいちいち書いたら、ダレます。それどころか、心情情報の洪水に埋もれて、作者が読者に本当に伝えたい、キャラの心情の核心が伝わらなくなります。

2.アニメの得意とする表現を文章でできるか

不可能です。動く絵の得手不得手と、文章の得手不得手が相反するからです。動かない絵のコミックですら、文章でそのまま再現は不可能です。

絵は大変な情報量を持っています。例えば有名絵画「モナ・リザ」を全く知らない画家がいるとします。電話で言葉だけでモナ・リザの絵の特徴を画家に伝え、複製画を描いてもらえるでしょうか。考えただけで不可能であることが分かると思います。
(もっと単純な図形の実験で不可能性を調べた実験があったりする。)

しかし「モナ・リザ」に描かれた人物が何を思っているか、絵は何も伝えていません。謎めいた微笑、以上には分からない。人それぞれが想像するしかありません。

文章だとどうでしょうか。座って微笑んでいる○○歳くらいの女性といった外見描写は、読む人それぞれが想像し、おそらくイメージが一致しません。作者が思い浮かべた絵が言葉で伝わると思ったとしたら、幻想です。文章描写と絵的イメージを一致させようと思ったら、モナ・リザの絵を挿絵に使うしかないでしょう。そうでないなら、絵は読者の想像に任せるしかありません(音などの五感は全部、読者の想像にゆだねるしかない)。

しかし、座って微笑む女性が何を考えているか、どういう気持ちかは文章ならダイレクトに表現できます。気持ちを直接書かず、内心の愚痴などで間接的に表すこともできます。文章とは得手不得手が絵とは逆なわけです。

文章と絵の大事な違いはまだあります。コミックにせよアニメにせよ、同時に起きた複数のことを描けます。殴り合う2人の攻防(パンチを受け止める手とか)を同時に描き、さらに争いを止めようと飛び込んで来る3人目も同時に表せます。怯えて逃げる猫を画面隅にさりげなく配置することも可能です。要はパラレルに表現できるわけです。

文章だとシリアルです。殴りかかるA→防御するB→止めようと飛び込んで来るCと、順番に描写するしかありません。言葉的には「~しつつ」「~と同時に」と書くことはできます。しかし、読者は一語ずつ追って行くわけです。

「A」でキャラを想像し、「拳」で手を握ったと想像し、「繰り出した」で殴りかかる動作を想像します。続いて防御するBも同じような手順でイメージ、続いてCも同様に。全部読んでから「これらが同時だ」とイメージを調整します。同じ場面を描いても、絵とは効果が違ってしまいます。

文章特有なのが比喩だったりします。文章では例えば「悪鬼のような表情で」と

得意な手法を封じて、不得意な手法だけを使って、読者に伝わるように書けるかといえば、普通は不可能というべきです。できる人がいるとしたら、天才でしょう。絵を言葉で伝えらえるかどうか悩むようなら、とりあえず天才ではないと思っておくべきです。

3.アニメの表情表現はリアルか

声の調子については、声優さんの実力ですし、声優さんは人間です。実写と同じく、人間の表現力がいかんなく発揮されているでしょう。

表情については、実写に遥かに劣ります。アニメの絵は生の人間がそのまま写せる実写に及ばない。止め絵でも写真に及ばないのです。理由は情報量の差です。その代わり、絵は省略、強調、デフォルメを使い、写真・実写には出せない表現が可能です。

アニメだと、例えば目は極端には(><)みたいに描けます。あるいは文章表現「目が点になる」に取り入れられた、コミック発の表現(・・)があります。実写ではできない工夫です。しかしパターン化された、はっきりした特徴を打ち出しています。実写で「目をわずかに細めた」みたいな微妙な表情は、アニメやコミックではなかなか効果を出せません。

間はアニメ、実写とも効果的に使われていますね。これは作者・制作側が台詞や動作のタイミングを完全にコントロールできるからです。視聴者が「ちょっと待って」と叫んでも、映像は先へ進んでしまいます。

しかし絵で表すという共通点があるコミックでですら、同じようにはできません。読者が読むスピードをコントロールするからです。作者は読者がどう読むかは制御できません。ですので「……」などで間を表す必要に迫られます。

これは文章でも同じです。間は読者が決めます。作者は「……」や、明示的な「口ごもった」等の表現で読者を誘導するのが精一杯です。

4.客観描写主体のハードボイルド文体

しかし、天才でなくても近いことなら実際に行われています。ハードボイルドです。主人公がある種のタイプの小説等と思われることが多いですが(ハードボイルド主人公)、その主人公の印象を支えるのがハードボイルド文体です。ヘミングウェイが祖という説があるほど、古くからおこなわれています。

ハードボイルド文体では、心情を極力排して、客観的、写実的に描写に頼るのが特徴の1つです。例えば「彼女の言葉を聞いて、彼は心底怒った」とは書かない。代わりに「彼女が言葉を切ると、彼はテーブルを殴った」みたいに描写します。

写実面でいえば、キャラの思考、判断も書きません。例えば「霧の中を接近してくる敵がぼんやり見えた」とは書かない。代わりに「霧の中に見える影が大きくなっていく」などと描写します。「敵はまだこちらに気づいていない、先手を取るチャンスだ」とは書かない。「(主人公は)ニヤリと笑うと、銃を影へ向けた」と書く。

そういう書き方で効果を出すコツは、簡潔さやスピードです。描写は簡潔にする、つまり短くする。スピードは取捨選択で出す。読者の理解に必要な最低限にとどめる。心情描写でも必要なものだけに絞るのと同じです。

とはいえ、映像作品やコミックと同じような効果を出せるわけではありません。あくまでも、作者が見たままを言葉で描写するに留まります。映像や音は読者が文字からイメージ再生するのですから、映像を見せ、音を聞かせる作品とは異なるのは仕方ないことなのです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: アニメとラノベの心情描写の違いは何ですか?

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元記事:アニメとラノベの心情描写の違いは何ですか?の返信

ご質問はいくつかの要素があるようです。要素ごとに少し説明してみようと思います。

多少長くなりますので、アニメを見るような文章表現が可能かといえば、ほぼ不可能ということになります。避けるのが無難です。ただし、多少近いものはよく行われていました(→4のハードボイルド文体)。

1.小説は心情をはっきり書くべきとの論

三島由紀夫の文章読本は読んでいないので、お示しの部分だけからになります。その言は「小説では『必要な』心情ははっきり書かないと違和感を残してしまう」と読んでおいたほうが無難ではないかと思います。

仰るように、キャラの心情をいちいち書いたら、ダレます。それどころか、心情情報の洪水に埋もれて、作者が読者に本当に伝えたい、キャラの心情の核心が伝わらなくなります。

2.アニメの得意とする表現を文章でできるか

不可能です。動く絵の得手不得手と、文章の得手不得手が相反するからです。動かない絵のコミックですら、文章でそのまま再現は不可能です。

絵は大変な情報量を持っています。例えば有名絵画「モナ・リザ」を全く知らない画家がいるとします。電話で言葉だけでモナ・リザの絵の特徴を画家に伝え、複製画を描いてもらえるでしょうか。考えただけで不可能であることが分かると思います。
(もっと単純な図形の実験で不可能性を調べた実験があったりする。)

しかし「モナ・リザ」に描かれた人物が何を思っているか、絵は何も伝えていません。謎めいた微笑、以上には分からない。人それぞれが想像するしかありません。

文章だとどうでしょうか。座って微笑んでいる○○歳くらいの女性といった外見描写は、読む人それぞれが想像し、おそらくイメージが一致しません。作者が思い浮かべた絵が言葉で伝わると思ったとしたら、幻想です。文章描写と絵的イメージを一致させようと思ったら、モナ・リザの絵を挿絵に使うしかないでしょう。そうでないなら、絵は読者の想像に任せるしかありません(音などの五感は全部、読者の想像にゆだねるしかない)。

しかし、座って微笑む女性が何を考えているか、どういう気持ちかは文章ならダイレクトに表現できます。気持ちを直接書かず、内心の愚痴などで間接的に表すこともできます。文章とは得手不得手が絵とは逆なわけです。

文章と絵の大事な違いはまだあります。コミックにせよアニメにせよ、同時に起きた複数のことを描けます。殴り合う2人の攻防(パンチを受け止める手とか)を同時に描き、さらに争いを止めようと飛び込んで来る3人目も同時に表せます。怯えて逃げる猫を画面隅にさりげなく配置することも可能です。要はパラレルに表現できるわけです。

文章だとシリアルです。殴りかかるA→防御するB→止めようと飛び込んで来るCと、順番に描写するしかありません。言葉的には「~しつつ」「~と同時に」と書くことはできます。しかし、読者は一語ずつ追って行くわけです。

「A」でキャラを想像し、「拳」で手を握ったと想像し、「繰り出した」で殴りかかる動作を想像します。続いて防御するBも同じような手順でイメージ、続いてCも同様に。全部読んでから「これらが同時だ」とイメージを調整します。同じ場面を描いても、絵とは効果が違ってしまいます。

文章特有なのが比喩だったりします。文章では例えば「悪鬼のような表情で」と

得意な手法を封じて、不得意な手法だけを使って、読者に伝わるように書けるかといえば、普通は不可能というべきです。できる人がいるとしたら、天才でしょう。絵を言葉で伝えらえるかどうか悩むようなら、とりあえず天才ではないと思っておくべきです。

3.アニメの表情表現はリアルか

声の調子については、声優さんの実力ですし、声優さんは人間です。実写と同じく、人間の表現力がいかんなく発揮されているでしょう。

表情については、実写に遥かに劣ります。アニメの絵は生の人間がそのまま写せる実写に及ばない。止め絵でも写真に及ばないのです。理由は情報量の差です。その代わり、絵は省略、強調、デフォルメを使い、写真・実写には出せない表現が可能です。

アニメだと、例えば目は極端には(><)みたいに描けます。あるいは文章表現「目が点になる」に取り入れられた、コミック発の表現(・・)があります。実写ではできない工夫です。しかしパターン化された、はっきりした特徴を打ち出しています。実写で「目をわずかに細めた」みたいな微妙な表情は、アニメやコミックではなかなか効果を出せません。

間はアニメ、実写とも効果的に使われていますね。これは作者・制作側が台詞や動作のタイミングを完全にコントロールできるからです。視聴者が「ちょっと待って」と叫んでも、映像は先へ進んでしまいます。

しかし絵で表すという共通点があるコミックでですら、同じようにはできません。読者が読むスピードをコントロールするからです。作者は読者がどう読むかは制御できません。ですので「……」などで間を表す必要に迫られます。

これは文章でも同じです。間は読者が決めます。作者は「……」や、明示的な「口ごもった」等の表現で読者を誘導するのが精一杯です。

4.客観描写主体のハードボイルド文体

しかし、天才でなくても近いことなら実際に行われています。ハードボイルドです。主人公がある種のタイプの小説等と思われることが多いですが(ハードボイルド主人公)、その主人公の印象を支えるのがハードボイルド文体です。ヘミングウェイが祖という説があるほど、古くからおこなわれています。

ハードボイルド文体では、心情を極力排して、客観的、写実的に描写に頼るのが特徴の1つです。例えば「彼女の言葉を聞いて、彼は心底怒った」とは書かない。代わりに「彼女が言葉を切ると、彼はテーブルを殴った」みたいに描写します。

写実面でいえば、キャラの思考、判断も書きません。例えば「霧の中を接近してくる敵がぼんやり見えた」とは書かない。代わりに「霧の中に見える影が大きくなっていく」などと描写します。「敵はまだこちらに気づいていない、先手を取るチャンスだ」とは書かない。「(主人公は)ニヤリと笑うと、銃を影へ向けた」と書く。

そういう書き方で効果を出すコツは、簡潔さやスピードです。描写は簡潔にする、つまり短くする。スピードは取捨選択で出す。読者の理解に必要な最低限にとどめる。心情描写でも必要なものだけに絞るのと同じです。

とはいえ、映像作品やコミックと同じような効果を出せるわけではありません。あくまでも、作者が見たままを言葉で描写するに留まります。映像や音は読者が文字からイメージ再生するのですから、映像を見せ、音を聞かせる作品とは異なるのは仕方ないことなのです。

上記の回答(アニメとラノベの心情描写の違いは何ですか?の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

すみません、消し洩れがありました。途中でいったん手を止めて、間違えてしまいました。申し訳ありません。

> 文章特有なのが比喩だったりします。文章では例えば「悪鬼のような表情で」と

お詫びして、上記1行を無視してくださるよう、お願いいたします。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: アニメとラノベの心情描写の違いは何ですか?

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元記事:テーブルゲームなどのリアリティについて

今、新人賞への応募のための長編の原稿を書いています。
序盤の一区切りまで来たんですが、疑問に思うことがあったので、スレを立てさせていただきました。

テーマは、「1500万人のユーザーがいるアプリゲーム内で、最高の運を持つ少女(ヒロイン)と、最低の運を持つ少年(主人公)の勝負」です。
形としては、主人公が奇手奇策を使いながら、何とか渡り合い、終わってみれば、「ヒロインが勝ってはいるけど、判断を間違っていたら、結果は分からなかった」という状況を重ね、「最終的にひっくり返す」……って感じです。
伝えたいオチを決めた上で、大富豪、音ゲー、縦シューティング、格ゲーなどを舞台に、一つのゲームでの勝負を2万文字程度に収め、一つのエピソードとしています。
それを五つと、細かなイベントを合わせて、12~13万文字くらいのボリュームとなる予定です。

で、お聞きしたかったのが、物語の中でテーブルゲームなどを行う場合の、リアリティについてです。
前哨戦として、主人公とヒロイン、もう一人の友人の三人が、アプリ内のゲーム『大富豪』をするシーンがあります。
デジタル上での勝負なので、初期の手札に格差があり、「それをどう覆すの?」が焦点となっています。
展開を、「52枚のカードを三人で割り振ったら、手札でペアはこのくらい来て、革命も起こしやすそう」と結構、ざっくりなイメージで考え、とりあえず書き上げてみました。

その後、何か不安になって、実際のトランプで一人大富豪をしてみたんですが、まあ、全くもって、そんなイメージ通り行くわけもなく、再現とか無理でした。(笑
ただ、作品の目的は、

「理屈はよく分からないけど、何か主人公は凄いらしい」

っていうイメージを持ってもらうことであって、

「現実でのリアリティ」

ではないので、実現可能かとかは突き詰めなくてもオッケーかな、と思っていました。(再現不可能なギャンブル作品とか、スポーツ作品とか、料理作品、推理作品とかも、多々ありますし
ですが、最近の掲示板や管理人様のブログ「小説の書き方講座。世界観作りのコツ。設定を考えるよりも重要なこと」などの中で、

>騎士隊長が、いきなり平民の主人公を騎士に取り立て、舞踏会にまで参加できるようになってしまう、というケースがあります。
>身分制度について、ちゃんと調べていないから起こってしまうことです。
>称号としての騎士と、階級としての騎士を混同してしまっています。

というのを読み、「あれ? もしかして、作品内でのリアリティを軽視してる?」と疑問を持ちました。
正直に言えば疑問というより、不安ですね。
そろそろ、じっくり長編を書くような時間と体力を取れない状況になってきているので、本腰を入れて書き始める前に、「リアリティの扱いを間違えていないか? 読者を冷めさせる、応募する以前の問題を抱えていないか?」と思い、質問させていただきました。

少し考えすぎている気もするんですが、何かご助言、ツッコミなどいただけたら、幸いです。

上記の回答(テーブルゲームなどのリアリティについての返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

多少長くなりましたので、結論から申し上げますと、現実では再現できないイベントを描いて大丈夫だと思います。むしろ、いい戦略になり得ます。以下、少し説明してみます。

1.引用でお示しの創作のコツについて

元の記事を読んでみましたが、お示しの部分はかなりの前提がありそうです。挙げられている失敗事例とされるものは、

A. 中世欧風作品で、平民が騎士隊長に騎士に取り立てられ、即座に舞踏会に臨む。
 →史実ではそのような身分の飛び越えは不可能に近い。
B. 中世欧風作品で、異世界転生した高校生が孤児院に収容される。
 →中世では現代の高校生の年齢は大人であり、孤児院は無理。孤児院自体、教会がなければ存在しえない。

というものですね。そのような方針で執筆すること自体は問題ありません。ですが、注意点が必要となります。それは、

「拘った細部のリアルさ(リアリティ:迫真性ではない)が、他の細部でも同様であること」

です。

仮に「中世欧風異世界に転生して、騎士隊長に「お前は騎士だ」と言われても、騎士隊長以外には騎士扱いされず、舞踏会も拒まれる。食っていけなくても、大人と見做されて誰も保護してくれず、孤児院なども存在しない(もしあっても拒否される)」と描写したとします。そういう拘りで書いてもいいでしょう。

それなら例えば、通貨も異世界であっても史実に則ったリアルなものでないといけません。騎士も孤児院も駄目で、しかし「1ゴールド銅貨」なんて作るのは、基準が一定せず、読者が混乱しかねません。騎士や孤児院の細部に拘る描写を見せたら、読者は他の細部も同様に史実に則ると期待するからです。

でも、異世界なら現実の歴史のどこでもないし、延長線上でもないわけですよね。単に見かけがなんとなく似ているだけです。魔法があってもいいし、ドラゴンが山に割拠していても不自然ではない。ぱっと見は中世欧風、くらいが史実通りで、それ以上は作者オリジナル、独自の空想でいいわけです。それもよくあるやり方です。

つまり、作者が現実世界との類推をどこまで用いるかに関わるわけです。リアリティについて、どこまでがリアルで、どこからがバーチャルなのか、読者に見分けがつきさえすれば、問題ありません。「この世界は18歳まで入れる孤児院がある(運営は作品世界の宗教団体、王立、民間の寄金等々でも可)」「この世界では騎士隊長が誰かを騎士だと認めれば、即座に舞踏会レベルは認められる」としてもいいわけです。

リアルに則る利点の1つは「書いてない部分は類推できる」ことです。異世界転移した主人公が「元の世界でいえば、中世ヨーロッパくらいか」と独白し、「乗馬した騎士が城から出てくる」で、大体の風景が目に浮かんだりします。

大事なのは「正しいことを書く」ことではありません。作品世界が読者に分かればいいのです。文章で書ける情報量はあまり多くありません。ですから、書いてない部分を読者が補えればいい。そのためには「どこまでがリアルからの類推でよく、どこからが独自なのか」を読者にハッキリ伝え、「独自」の部分をしっかり描写すればいいわけです。
(そのためには、確かにリアルの知識はあって損はない。だけれど、リアルの知識に囚われる必要はない。)

お示しの引用の元記事・コラムは慎重に読む必要があるんじゃないかと思います。少なくともコラムで挙げられている事例を、「リアルから外れるのは不可」みたいな一般的な失敗と考えるべきではありません。

2.フィクションは不可能を可能にしていい

アリストテレスは観客を驚かせるには、「信じられないけれど、可能なこと」よりも「実際には不可能だが、ありそうなこと」を選べ、と述べているそうです。一見して、変な気もします。不可能なら嘘だし、ありそうなことならツカミとかにならなさそうですから。

ですが「事実は小説より奇なり」と、よく言われます。確かに、奇跡的な事件とか、ニュースやネットで見かけることがあります。サイコロで例えるなら「10個のサイコロを振ったら、全部1の目だった」みたいな感じでしょうか。確率は約1/6000万です。何度試してみても、起こりそうにありません。

しかし、もし全人類77億が一斉にやってみたら、かなり起こりそうです。計算すると、期待値は100人以上になります。現実世界では人数も多いし、期間を長くとればとるほど、イベントの数も増えます。可能でありさえすれば、何でも起こると考えたほうがよさそうです。

ではフィクションはどうしたらいいか、と考えると、アリストテレスの言も捨てたものではなさそうです。不可能なことなら現実では決して見かけるはずがない。それを、あり得そうに描写できたら、なんとなくあり得そうな気がする。しかし、現実のどこを探してもない。そういう奇跡を見せる戦略は、フィクションとしてはアリでしょう。

つまり「イメージ通り行くわけもなく、再現とか無理でした」はアリです。そのイメージが「なんだかあり得そう」と思えるような描写を心がければいいわけです。フィクションのリアリティは迫真性です。真に迫っているけれど、真でなくていいわけです。むしろ真でないほうがいい、というのがアリストテレスの見解です。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: テーブルゲームなどのリアリティについて

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元記事:チャンバラシーンの書き方

いつもありがとうございます。
今書いている小説で、剣を使った戦闘シーンを書くことになりました。

剣士Aが剣士Bに勝負を挑み、真剣勝負をしていたところに山賊が乱入。AとBは勝負をやめて、共闘して山賊に立ち向かう。しかし山賊の中にも剣の達人(剣士C)がおり、AもBも全く歯が立たない。
そこにたまたま居合わせていた主人公が、Aから借りた剣でCに立ち向かい、見事勝利する。

という筋書きなのですが、どういう風に戦闘シーンを組み立てていけばいいのか分かりません。
もしよろしければ、アドバイスをよろしくお願いします。

上記の回答(チャンバラシーンの書き方の返信)

投稿者 あまくさ : 0

そのシーンにはA・B・C・主人公の4人が居るわけですよね? その他の山賊も居るのだろうけど、戦闘シーンを主に構成するキャラは4人になります。

で、スレ主様の意図として、誰を軸として、どう盛り上げたいのかを意識すると良いと思います。

普通に考えれば、最後にCを倒す主人公の強さや格好良さを最も印象づけようとするでしょ?

ただ、そのシーンが冒頭なのか、ストーリーの途中なのかによっても描き方が違ってきます。

仮に冒頭だとしたら。
良くあるパターンは、読者に対する主人公紹介パートです。その場合は、最初は主人公を目立たない行きずりの旅人etcにしておきます。で、A・B・Cの戦いの顛末を少し離れたところから見ていて、A・Bがピンチになった時点で割って入ります。そして、A・Bが二人がかりでもまったく歯が立たなかったCを、さらに圧倒的な強さで瞬殺するような演出を施します。

これは、よくある手法で、主人公の強さを比較によって表現しています。強弱の関係が、

A・B < C < 主人公

という3段階になるわけです。

でですね。
このパターンの場合、見せ場は主人公が割って入るシーン後半になります。そこを引き立てるために、前半のA・B・Cの描き方はある程度抑制しなければいけません。同時に、見せ場のタイミングが遅いため、そこまでの流れを上手く作って読者を引き込む工夫も必要になります。
前半を抑制すると言っても、A・B・Cを必ずしも弱く描く必要はありません。むしろ、3人を強く見せておく方が、それを一蹴してしまう主人公の強さがより引き立つわけなので。
だから、前半を抑制するというのは、シーンの印象の強弱にメリハリをつけるということなんですね。

なので。
A・B・Cの戦いは、演出としてはやや印象を弱めにして、それでいて読者を退屈させない工夫を盛り込まなければならないということになります。
コツとしては、小さな意外性などを意識することでしょうか。例えばCを山賊たちの中ではさほど強そうに見えないキャラにしておいて、仲間がA・Bに苦戦しているのを見て初めて前に出てくると、意外な実力者だった、など。

    *   *   *

ここまでは冒頭に置かれるシーンの場合ですが、ストーリーの途中のエピソードなら少し意味合いが異なります。
それであれば主人公紹介は必要ないわけで。エピソードの主軸が主人公以外のキャラであることも有り得ます。
例えばAかBのどちらかが先のストーリーで重要な役割を担っていて、そこに繋げるきっかけのエピソードということも考えられます。
冒頭シーンであれば、主人公を颯爽と登場させるタイミングをあまり遅らせない方が良いので、A・B・Cの戦いがもたつきすぎない配慮は必要です。
しかし、エピソードの主軸がAにある場合は別です。それでもラノベやマンガなら主人公の強さは印象づけたいですが、そちらは副目的でサラッとで良いかもしれません。伏線などもかねて、Aを軸とする展開をじっくり描く方が良いケースも有り得るわけです。

そうであっても示された筋立ての仕組みが、

A・B < C < 主人公

という基本構造になっていることは変わらないので、演出の方向性にある程度共通の枠組みはあると考えられます。冒頭シーン・パターンの応用でいいのかなと。
それに加えて、ストーリー全体の中でのエピソードの意味合いを考えれば、演出の仕方は自ずと見えてくるのではないかと思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: チャンバラシーンの書き方

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投稿日時:

元記事:キャバクラをどう描写すればいいのかわからないです。

自分はキャバクラに行ったことがありません。ですが、今二次創作を書こうと思っていて、なかなか描写のほうが進まないので、教えていただけると助かります。

上記の回答(キャバクラBを選んだ理由)

投稿者 ごたんだ : 1

執筆の世界にも大正式や連立法廷式があります。

ポロットは小説をキューブにします。
それによって周囲のパーツから囲碁がオセロになったりするのです!!!

これから話すのは割り算の話しになります。
だからと言って数学的扇子は要りません。

『書けない要素があるなら、別作品になろうと引いてしまう』

または『別の近い(牡蠣安いもの)ものに置き替えて書いてしまう』

後に編集やら開校で『学園ラフコメを名刺を換えてキャパクラッシュにしてしまう』のdeth!!!!

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: キャバクラをどう描写すればいいのかわからないです。

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投稿日時:

元記事:どうやってるんだろう?

かなり前からなのですが、VRを舞台にしたものに対する疑問があります。
それは、

「感覚をどうやって再現しているのか」

という事です。

例えば、「S.A.O」(ソードアートオンライン)や「防ふり」(痛いのは嫌なので、防御力に全振りしました)では、空腹を感じたり、食事をするシーンがあります。その時に、味を感じたり満腹になったりします。

また、「防ふり」では、ゲーム中にキャラクターがリアルでその場で寝落ちします。

VRは、あくまでも臨場感を体験出来るのみで、五感は再現出来ないはずです。
それなのに、キャラクターが食事をすると、味を感じるのみならず、なぜかプレイヤーが満腹になったりしますし、「防ふり」では、タイトルの通り、攻撃を受けると痛みを感じたりします。それに、前述の通りキャラクターが本当に眠ります。

あくまでも、VRではプレイヤーが寝落ちしても、キャラクターはその場で動きを止めるだけのはずです。

お腹が減ったら食事をして、味を感じたり満腹になったりし、眠たくなったら同じ様に眠る。

そもそも、VRのシステムでは、プレイヤーとキャラクターがシンクロする事は有り得ないと思いますし、ゲームの中で現実と同じ様に生活するという事は出来無いはずです。
「防ふり」では、VRゴーグルをかけるだけで、キャラクターが本当に生きているかの様に、プレイヤーと感覚を共有しています。っと言うか、キャラクターが受けた感覚を、プレイヤーがダイレクトに感じていますが、絶対無理なんじゃないでしょうか。

「S.A.O」では、ログアウトが不可能という設定になっていましたが、プレイヤーの肉体は生きているのだから、いずれ餓死はまぬがれなかっただろうし、例え生命維持の為に栄養の補給が外部からされたとしても、いくらゲームの中で食事したって、プレイヤーの空腹は満たされる事が無いはずです(血糖値の変化で、満腹中枢や空腹中枢が刺激を受けたとしても、胃の中は空っぽのまま)。

「防ふり」の場合、プレイヤーは自由にログアウト出来るのだから、そもそもゲーム中にキャラクターが眠る必要が無いです。
また、プレイヤーが寝落ちすれば、キャラクターもゲームの中で同時に寝落ちするというシンクロ状態が起きています。

そもそも、本来ゲームでは実際に食事や睡眠を取るといった行為は、全く必要がありません。
大体、ゲーム中でそれを行う為には、そういったプログラムが必要になります。食事をするなら、食事をするグラフィックが必要になります。プレイヤーとキャラクターの動作を同じにしようと思ったら、モーションキャプチャーを導入しなければなりませんが、もちろんそんな大掛かりなシステムは、個人の家にたやすく設置する事は出来ません。
少なくとも、ゴーグル1つでどうにかなるもんじゃないと思います。

そして、これまでの事は、作中で一切何の説明や記述がありません(「S.A.O」は、こういう理由で死ぬとは言われているが、他の説明が無い)。
余りにも不自然というより、いい加減じゃないでしょうか。

私の疑問は、以下の通りです。

①VR系のものは、どうやってプレイヤーとキャラクターの感覚を共有させているのか。
②また、どういうシステムならそれが可能か。
③その場合の問題点など。

です。

仮に、薬品などで血糖値をコントロールするならば、それは医療法に触れますし、実際にプレイヤーの肉体に針やチューブを刺す事になれば、傷害罪の適応も有り得ます。
当然ながら、ゲームをプレイする度に素人がそんな事をすれば、事故になって最悪死人が出る事にもなりかねません。
脳にシステムを埋め込む、「攻殻機動隊」の様なスタイルの可能性もあります。
しかし、ゲ-ムをプレイするという理由だけで、そんな危険な行為をするでしょうか。

ちなみに、微弱な電流を神経に流し、感覚を再現するという事も聞いた事がありますが、「S.A.O」の様な大掛かりなシステムを使用するならともかく、「防ふり」の様に、ゴーグル1つでそこまで出来るとは考えにくいです。

一応ですが、「S.A.O」も「防ふり」も、普通にゲームのソフトやプレイするシステムは市販されていました。こう言っては何ですが、「不可能」だと思います。

皆さんは、どうお考えになりますか。ご意見を伺いたく思います。

※「ログホライズン」や「くまクマ熊ベア-」の様に、ゲームだか現実だかはっきりしないものは、対象から除外します。

上記の回答(どうやってるんだろう?の返信)

投稿者 読むせん : 1

_(┐「ε:)_ヤバい兆候やね。
自分が近くできる範囲での【粗探し】癖がついてくると、自分アゲのために全世界サゲになるよ?

批判にしても『ゲーム世界のトイレ』事情みたいな問題で、どこまで作り込むかはクリエイターの匙加減です。鑑賞者がぐちゃぐちゃ言っても始まらんのよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
あと、今『みたらし』で暴れまくっている人が、前に使っていたハンネだと私が判断している『壱番合戦』さんも似たような事考えて、持論ぶちまけていました。

VRにおける結婚と性交について?だっけな?システマチックな部分についてアレコレと。睡眠欲、性欲、食欲。
 狼さん持論とまぜたら『VRにおける三大欲求コンプ』になるね。

狼さんは、今、彼と同類になる一歩手前にいると思う。ちょい覚悟した方が良い

カテゴリー : ストーリー スレッド: どうやってるんだろう?

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