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元記事:プロットでキャラ設定を書いていると稚拙な中二ノートに感じてしまう

こんにちは。
現在小説プロットを書いているのですが、その中でキャラ設定で悩みが有ります。

だいたいキャラ設定って頭の中に浮かぶ「キレモノのクールな主人公」「ゴツくておちゃらけた相棒」「意味深なライバル」みたいなイメージを具体化するものだと思うのですが、
そこから物語を動かす動機づけとして「実は〇〇の過去がある」「実は〇〇の宿命を背負っている」みたいな一言を書いた瞬間にプロットが稚拙な中二ノートに見えてきて萎えるのです。

当然そういう設定も重要なのは分かるのですが、やはり簡単にポロッと書くと陳腐で安っぽく見えてきてしまうのです。

なるべく設定が中二ノートみたいに稚拙なものにならない書き方ってあるのでしょうか?

よろしくおねがいします。

上記の回答(プロットでキャラ設定を書いていると稚拙な中二ノートに感じてしまうの返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

1.この場合の中二病とは(前置き)

中二病はウィキペディアにも解説がありまして、特徴がなかなか興味深いですね。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%BA%8C%E7%97%85#%E5%85%B7%E4%BD%93%E4%BE%8B%E3%81%A8%E5%88%86%E6%9E%90
> 1. 洋楽を聴き始める。
> 2. 旨くもないコーヒーを飲み始める。
> 3. 売れたバンドを「売れる前から知っている」とムキになる。
> 4. やればできると思っている。
> 5. 母親に対して激昂して「プライバシーを尊重してくれ」などと言い出す。
> 6. 社会の勉強をある程度して、歴史に詳しくなると「アメリカって汚いよな」と急に言い出す。

派生語である高二病になると、上記のような特徴を打ち消すような言動、行動となるようです。

上記特徴の中で中二病の中核に近いと思われるのが4でしょうか。やればできるはず。その前提として、やりたいことがあるわけですね。おそらく、希望やら夢が次から次へと湧いてくる。だけど、なんとなくできそうな気がするだけで、実現方法とかは思いついてない。

どうしてそうなるかですが、思春期前期(年齢がだいたい中学生に相当)では、「自己同一性(アイデンティティ)の獲得」がまだ始まらないからなんです。自己同一性とは、この場合「自分が現実的にはどれほどの人間であるかの自覚」「自己イメージと現実との自分の落差にどう折り合いをつけるか」といったことです。

自己同一性を求め始めるのが思春期後期(年齢的に高校生に相当)で、おおむね18歳ごろに一応の達成を見ます。高校時代は激動と呼ばれることがありますが、膨れ上がった自己イメージと現実との落差で悩んで苦闘する時期だからです(だから、面白いドラマが作りやすいキャラ年齢ともなる)。

2.「実は○○」が中二病的なのは設定が浅いからかも

前置きが長くなりました。「実は○○だ」がどうして中二病的に感じるのか。問題ないはずですよね。「実は」と前置きするからには、キャラが表面的な印象とは裏腹に、何か問題とか能力とかを抱えている。意外性を出すんですから、悪くはないはず。実際、ドラマ展開でも重要キャラの意外な過去等の秘密が示されて、ストーリーが一気に緊張したり、転機になったりとか、有効に使われているように思います。

だけどなぜか設定段階では中二病と感じてしまうというのは、よくある現象なんじゃないかと思います。原因の一つには、自己同一性を欠いていることがあり得ます。「実は○○」がキャラから乖離していまっているということです。

言い換えると、「実は○○」だけで完結してしまっていて、内容が薄く、肩書に近いものになってしまっている。これは「実は○○」と書いた時点では当然そうなるもので、まだ先を考えてないからですね。

3.「実は」を詳しく具体的にしている事例

漫画家の冨樫義博さんが「怒りっぽい性格とだけ設定してもキャラをどう動かしていいか分からない。『○○と言われると激怒する』とか具体化すると動かせる」旨、言っていたとのことです。「実は○○」とだけ決めた段階では、「怒りっぽい」から具体化していないことに相当しそうです。

それで思い出すのが、「ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない」の「東方仗助」です。見た目はちょっと不良っぽいけれど、意外に礼儀正しかったり、正義感も強く実行力もある。しかし、ときどき我を失うほど激怒して暴れることもあるわけですね。髪形を貶されたときです。ピンポイントで具体化しています。

ドラマ進行としては、局面打開とか、ハプニングを起こすのに使えます。敵とか誰かが髪形を貶せばいいわけですから。しかし、そこまで怒るのも不自然ではあるわけですね。キャラを無理矢理動かしているような感じもしてしまいかねない。キレたらやたら強いとか、ちょっと中二病っぽい設定かもしれません。

そういう不自然な設定は、合理的な理由を明かせば、読者を納得させられる。そこで「実は仗助は子どもの頃、生きるか死ぬかのピンチに陥ったときに、妙な髪形の少年が身を挺して救った。以降、ヒーローとして憧れるようになり、髪形を真似た」という設定が出てきます。そこから、正義感が強いということ等も納得性が出てくる。(思慮は不足気味ではあるものの)一途に思い込む性格ということも浮かび上がってきます。

4.「実は○○」でキャラを縛ると走ってくれる

そういう具体化、詳細化をすると最早中二病の感じはありません。キャラと設定の乖離が少ないからです。「キレモノのクールな主人公」に「実は〇〇の過去がある」として、過去の出来事だけで終わらなければいいわけです。「○○の過去からこう影響して、主人公がこういう選択をして……」と作中の現在までつながる経歴、それに基づく性格形成を設定しておけばいいわけです。

そういうことをするとキャラを縛ることにはなります。主人公がこう動いてくれたらストーリー展開上は都合がいいんだけど、主人公の性分に反する、みたいなことが出てきます。ですが、逆に言えば状況さえ決まれば主人公の動向も自然と決まってきますし(いわゆる「キャラが自分で走る」状態)、読者にも納得感が出やすくなります。

大事なキャラ1~2名に限って、詳細で具体的な「実は○○」を入れておくのも悪くないように思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: プロットでキャラ設定を書いていると稚拙な中二ノートに感じてしまう

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元記事:ラノベのステータス表示について

 日本のライトノベル、特に異世界転生系ではステータスやスキルといったゲーム的表現がよく取り入れられていますが、海外ファンタジーにこの手の手法が取り入れられているという話を聞いたことがありません。(単に調べ方が悪いだけかもしれませんが)
 ゲーム的表現は日本のラノベ独自のものなのでしょうか?

上記の回答(ラノベのステータス表示についての返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

ゲーム的表現(ステータス数値等)がどうして一部の(中世欧風)ファンタジーに用いられるようになったかについては、前に申し上げました。スレ主さんが仰るように、欧米作品では確かに思い当たる主要な作品はない感じです。が、補足された情報も併せますと、スレ主さんの違和感は欧米作品と日本の差を明らかにしても解消しないんじゃないかと思います。

スレ主さんご自身、自らの疑問の根底、出発点ははっきりしないながらも、「ファンタジーの世界観にそぐわないと考えてしまう」とのこと。それなら、スレ主さんが抱く「ファンタジーの世界観」がなんだろうということになります。こう解釈する人が多い/少ないとかではなく、スレ主さん個人の考え方。

SF作品で、ステータス等が数値表現されていたら、違和感があるでしょうか。おそらく、ないと思います。ゴーグルに敵の位置、数が表示されたりするのはよくあるように思います。(ドラゴンボールのスカウターよろしく)戦力が数値化されてたり、火器の種類、敵の行動予測等々が表示されたりもよくある描写です。

こういう表現、特に映像作品なんですが、時代によって変わっています。昔のを見ると、違和感が生じることもあります。ワイヤーフレーム(形状を線で表現)だったり、やけにドットが荒かったり、でかいコンピュータほど性能が良かったり、昔のコンピュータの技術レベルに合わせた描写になっているんですけど、時代設定は22世紀だったりする。

しかし、方向性での違和感ではないですね。コンピュータがあってしかるべき世界で、コンピュータがコンピュータっぽく表現されている。作品を観る/読む人とてコンピュータくらいは見たことはもとより、使用経験があるのが普通です。コンピュータを扱う/サポートされる作中のキャラに利便性があるのがよく感じられるし納得もできる。

このコンピュータ的表現だけを切り取って、中世的世界に置いたら違和感が生じます。コンピュータなんてあるわけない世界で、モニター的なものが現れて、コンピュータ的な表示がなされる。作中のキャラがコンピュータ慣れしてるわけないだろう、という感じがしてしまうのもやむを得ないところです。

もしコンピュータではなくマシンガンを中世欧風世界に持ってきたらどうなるか。「ゲート」では現代日本と異世界が接続する話ですから、現代日本から持ち込まれても違和感はない。ですが、(あるキャラの戦闘力をインスタントに高めたいとかで)マシンガンだけ単純にポンと異世界に置いたら、「なんでそんなもんがある?」となってしまいます。レールガン、さらにレーザー銃ならなおさらですね。

「ゼロの使い魔」ですと、異世界召喚ですから「ゲート」に準じるものがあり、主人公以前にゼロ戦ごと召喚された人がいて、ということでゼロ戦を登場させています。ですが、あるから即使える、なんて安易なことはやってなくて、例えば燃料のガソリンを魔法で生成しないといけないとか、納得感を出す段取りはやってあります。

これらと比べて、中世欧風異世界のコンピュータ的表現は、どうしてそのコンピュータ的技法が成立しているか、説明がないのが普通です。アイテムだけ現実の現代~近未来から切り取ってある。そういう技術が成立・発展してきた形跡が全く読み取れない。だから、異世界の世界観で異質なものに感じてしまう。

もしかすると、そこがスレ主さんが仰る「ファンタジーの世界観にそぐわない」ではないでしょうか。しかし、「ゲーム的表現」への違和感からいきなり「ファンタジーの世界観」と極めて大枠に疑問がつながってしまってますよね。ご自身が継続的に疑問に思っていながら、突き詰めていっているご様子がない。大雑把なままです。

例えば、前の「無双描写」「中世ジャガイモ問題」「異世界シャワー問題」とかは、どうなったんでしょうか。ごく短い(たった2行)、疑問内容には全く触れない返事をして、そのままです。

トピック的に疑問に思い、回答を得てもピンと来なかったらそのままになってないでしょうか。言い換えれば、「今の自分(スレ主さん)が一読して納得できる答があるはずであり、たまたまそういう答を見ていない」と思ってないでしょうか。

ご質問を継続して見ていまして、「この方(スレ主さん)は基礎がないんじゃないだろうか」と疑問に思います。知識も得ようとしないし(異世界シャワー問題では作品すら読んでなかった)、考察を深める様子もない。学ばず考えずでいながら、分からないこと(不審、違和感等を含む)があると気に入らない。

仮に「中世欧風異世界ゲーム表現問題」(仮称)が解決しても、おそらく延々とトピック的な疑問が生じてしまうんじゃないかと思います。そして、疑問が出るたびにそこでいちいち立ち止まってしまう。

ゲーム的であることをちゃんと使った作品もあります。最近でアニメ化されたものでは、例えば「盾の勇者の成り上がり」。かなり進むまでは、ステータス等が単にコンピュータ表示的であるだけです。ですが、主人公の盾の勇者以外の勇者の行動が「ゲーム的」であり、それゆえに問題を起こすエピソードがあったりします。事件が起こっても、勇者らが「よしボス退治イベントクリア、はいお終い」でやっちゃたので、後で深刻な事態を引き起こすエピソードがあるんです。

該当キャラ(盾以外の勇者)はもちろん、読者/視聴者に対して、ゲーム的表現がミスディレクションになっているわけですね。ゲーム的表現からは、ゲーム的なクリアで解決したと思う。キャラはそう思うし(そもそもゲームの延長の世界と思っていたりもする)、読者/視聴者としても、キャラがそう行動してしまうということに納得感も出る。

「盾の勇者」は事例でしかないし、他の事例を探せば(特に書籍化もアニメ化もされていない無名作品では)単なる(スレ主さん視点で)ミスマッチであるものも多いでしょう。でも、スレ主さんは、「この作品のゲーム表現はここがNG」「この描写はある程度受け入れられる」といった地味なことはしておいでなんでしょうか?

そこまでしてあるんなら、具体的に作品名を出して「ここがおかしいと感じる」くらいのご質問をなさるべきです。作品名・作者名を出すことが憚られるなら、具体的な内容の説明でも可です。

もし一般論として述べるなら、例えば「ゲーム的表現の必然性がないのは分かった。だけど、あっていけない理由は明らかではないよね?」「なんで創作の幅を狭めるようなことを言うの?」「嫌いなら見なければいいし、自分では作らなければいいだけじゃないか」とか反論されたら、スレ主さんどうするんでしょうか。

「ゲーム的表現は異世界ファンタジーでは嫌」といった気分的な嫌悪感に終始するなら、ゲーム表現についての疑問も解消しないでしょうし、同種の疑問も出てくる一方になるでしょう。他人としてはなんともしようがありません。スレ主さんの気分、内面に終始しますので。でも、それでもいいとも言えます。疑問は疑問として、気にせず創作ができるなら。しかしもし、調べず考えず嫌悪感だけを質問という形で表明し続けるなら、単に暗愚なアンチというしかありません。

―――――――――――――――――――――――――

例えばSFでもレベルの低い疑問の持ち方ってあります。例えば宇宙が舞台のSF映画を見て「真空・無重力の宇宙空間なのに翼のある戦闘機っておかしい」とか。それだけならまっとうな疑問です。ですが、その戦闘機(ないしは翼のない宇宙船)が宇宙で旋回行動をするのを見て「リアルだ」と言ったりする。

旋回って重力と大気あってのものです。宇宙空間でやったらおかしい。翼には文句を言い、旋回に納得してたら、レベルが低いと言わざるを得ません。おおむね、聞きかじりで文句を言う人はそういう程度のことが多いようです。

翼と旋回についてSF映画表現を弁護するなら、「観客にとって分かりやすいから」です。高機動の機体が多数飛び回っていると、何が起きているか、瞬時に把握するのはなかなか大変です。だから、飛行行動そのものは見たことがあるもの、類推がつくものにする。そうすれば、どれがどう飛んでいるか分かる(気がする)。それだけの話です。

上記でちょっとSFを持ち出したので補足的に申し上げてみました。よくある疑問だけど、もっと突き詰めたほうがいい、という事例としてです。ただ、観客に留まらず、創作をする気を起こしたのなら、ですね。

カテゴリー : その他 スレッド: ラノベのステータス表示について

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元記事:過去の成功体験を忘れるには

数年前ネット場に創作物を上げさせていただいたことがありました。未熟な腕でしたが面白いと言ってくださる心優しい方々もいて嬉しかった記憶があります。その行為は機器の故障で辞めてしまいました。
それから暫く経って小説を書きたいと思いました、しかし実力が足りず書いては消して書いては消してを2年ほど繰り返しています。何ひとつとして何を書き上げられませんでした。辞めたいと思っても時間を置いても暫く経ってば面白いと言ってくれた経験を思い出して筆を取ってしまいます、どうせすぐ消すにも関わらず。
創作から足を洗いたいです。
みなさんは過去の成功体験をから脱却するためにどのような方法を使用しているのでしょうか。
自分でも調べましたがわからなかったので質問させていただきました。

上記の回答(過去の成功体験を忘れるにはの返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

例えば、1年前のご自分(スレ主さんご自身)をどう思いますか? 365日あったわけですよね。1日にたった1つの知識を得るとしても365個になります。1年前の自分は今の自分基準では愚かであるはずです。もし1年前の自分もなかなかやれていたと感じるなら、成長がなかったということです。

私自身で申し上げるなら、過去の成功体験なんてすぐ腐ります。執筆に限りません。何かを継続的にやっているなら、遅くとも1年以内に「あんなのは全然ダメだった」「今ならもっとうまくやれたのに」となります。だからずっと抱えていられる成功体験なんぞありません。1年以上前は全て黒歴史です。

これは特別なことではありません。例えば、中学生が小学生のとき掛算ができたことを誇ったらおかしいでしょ? ベテラン社員が新入社員より仕事ができると自慢したら笑われるでしょ? 中学1年生は小学6年生に勉強を教えることができて当たり前。入社1年目の社員が新入社員に仕事の要領を教えるのが当たり前。

ご質問では「書いては消して書いては消してを2年ほど繰り返し」とのこと。消したにせよ書いているんですよね? それでうまくいかないなら、まず「成長していないのではないか?」と疑ってみるべきだと思います。

原因はいろいろ考えられます。

・インプットが足りてない(今の自分に書けることに終始してきた)。
・良し悪しを判断する力が先行している(これはそうあってしかるべきもの)。
・作品を完成させていない(書いて伸びるには完成が有効、重要)。

可能性を挙げだすとキリがないので、これくらいにしておきます。最も大事なのは「作品を完成させること」ではないかと思います。完成しないと、誰もきちんと評価できない(感想や批評、アドバイス等を言うにしても個々の表現とかに留まる)。

書く力より読む力が先に伸びる点も注意かもしれません。書くと格段に読めるようになるんです。手より目が先に肥えているのに、今までと同じ読解力だと思っていると、自分の成長を見誤る恐れがあります。どうなっているかを判断するには、やはり作品を完成させるしかありません。成功したと思った過去作と新作を読み比べたら、成長の度合いが掴めるはずです。

名作を書ける人は駄作もたくさん書いて発表した人です。貶されるとか褒められないのが嫌なら、何もしないでいるしかありません。常に褒められたいなら、小説等の新規に手を出さず、既に自分が得意とすることをやっているしかありません。

しかし、ご質問になるくらいだから小説を書いてみたいんですよね? でしたら、過去の成功体験をご自身で駄目出ししてください。成長していればできるはずでし、過去の成功がレベル低いことが当たり前に思えるはずです。

(ちょっと極論ですが、過去の成功体験に自信をもってよいのは、己が極限まで能力を高めて発揮できた人にのみ許される贅沢です。ある種の絶望を伴う自信です。伸びしろがあると思えるほうが、たぶん幸せです。)

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 過去の成功体験を忘れるには

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元記事:小説を書く動機。

初めまして。一ヶ月ほど前から支部で二次創作の小説を書き始めたものです。人気のジャンルであることと、私の小説が特殊な性癖に突出したものなので、有難くも多くの人からブクマやフォローを頂いています。
今回相談したいのはtwitterで起こったことです。私は最近支部用の垢をつくり、質問箱やマシュマロなども始めてみました。マシュマロの方は感想などが何個かきて喜んでいたのですが、質問箱に質問というか意見文が投稿されたのです。
それは「評価されるために小説書いている感がありますね。」みたいな感じでした。私は楽しくて書いていたのですが、確かに途中から評価を気にし始めてしまっていることは少し感じていたので、ずばりと言い当てられて少しショックを受けてしまったんです。

書く方、読む方、両方の方からの意見を聞きたいのですが、評価のために作品を作るって不快に思いますか?私は今まで読んできた作品にそんなことを感じたことがなかったので、自分の存在を否定してしまいそうになっています。

上記の回答(小説を書く動機。の返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

例えば、「余命いくばくもないヒロインが健気に生きる」みたいな、いわゆる感動ポルノ。貶しにくく、とりあえず褒めておくしかないですよね。低評価したら「倫理的に問題ある奴だ」なんて言われかねませんから。

あるいは、そのときに流行っているネタを並べ立てる。受けている要素なんですから、褒めないと「流行に後れた奴」と言われかねない。ですが上手な人は受けるネタをつなぎ合わせて物語を作るのに対し、下手な人は受けるネタを単に並べ立ててしまいます。同じネタが盛り込まれてるんだけど、後者は面白くない。だけど読者としては、今の流行なんだから貶しにくく、なんとか褒めておくしかない。

「褒めてもらう」「貶されない」が作者の戦略になると、そういう悪弊に陥りがちです。「読者に面白がって欲しい」という初志がどっかに行っちゃう。読者を操作して褒めさせるにはどうするかしか考えなくなる。

作品を書いているときは「こうすると読者は喜んでくれるはず」と思い、書き上げて発表するときは「これで読者は楽しんでくれるだろうか?」と思えるのなら心配はありません。言い換えれば、読者の喜ぶ顔が見たいのなら大丈夫です。

(ご参考)
https://twitter.com/kakuniha/status/1160154926153994240
> 「書くという仕事を始めて十年近くたったころ、好きなように好きなまま小説を書き、それで読み手がどんどん増えて、評価も自然に高まるなんてことはないと気づいた。評価を得たいのならば、評価されるように書かなくてはならない」(角田光代)

プロでも評価されるように書く必要性を痛感しているようです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 小説を書く動機。

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元記事:小説を書く動機。の返信

例えば、「余命いくばくもないヒロインが健気に生きる」みたいな、いわゆる感動ポルノ。貶しにくく、とりあえず褒めておくしかないですよね。低評価したら「倫理的に問題ある奴だ」なんて言われかねませんから。

あるいは、そのときに流行っているネタを並べ立てる。受けている要素なんですから、褒めないと「流行に後れた奴」と言われかねない。ですが上手な人は受けるネタをつなぎ合わせて物語を作るのに対し、下手な人は受けるネタを単に並べ立ててしまいます。同じネタが盛り込まれてるんだけど、後者は面白くない。だけど読者としては、今の流行なんだから貶しにくく、なんとか褒めておくしかない。

「褒めてもらう」「貶されない」が作者の戦略になると、そういう悪弊に陥りがちです。「読者に面白がって欲しい」という初志がどっかに行っちゃう。読者を操作して褒めさせるにはどうするかしか考えなくなる。

作品を書いているときは「こうすると読者は喜んでくれるはず」と思い、書き上げて発表するときは「これで読者は楽しんでくれるだろうか?」と思えるのなら心配はありません。言い換えれば、読者の喜ぶ顔が見たいのなら大丈夫です。

(ご参考)
https://twitter.com/kakuniha/status/1160154926153994240
> 「書くという仕事を始めて十年近くたったころ、好きなように好きなまま小説を書き、それで読み手がどんどん増えて、評価も自然に高まるなんてことはないと気づいた。評価を得たいのならば、評価されるように書かなくてはならない」(角田光代)

プロでも評価されるように書く必要性を痛感しているようです。

上記の回答(小説を書く動機。の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

すみません、コピペが変になりました。もう一度投稿します。

――――――――――――――――

1.統計学・論理学として
まず何人中何人に「評価されるために書いている」と評されたのかが問題になります。ご質問文からは幾人も感想を言ってくれた中の1人の感想1つのように受け取れます。

もしそうであればですが、傾向的なものがあるとはいえず、ある状態(気分、体調等を含む)のある人1人が、そのときはそう感じたという以上のものではありません。1人の主観ですし、おそらくそのときのみ感じたことに過ぎないと考えるべきです。

要は客観性があるわけではないということですね。スレ主さんに限らず、同様の悩みはいろんなところ、いろんなケースで見聞きします。ある読者があるときに(無責任に)感じたこと、と割り切る必要があります。

2.心理学として(バーナム効果)
とはいえ、刺さるものがあったというのも、ご質問文から窺えます。たとえ客観性はないにしても、自分(スレ主さん)の危惧するものであったと強く感じられるようですね。

その感覚は大事にすべきです。成長の糧になる可能性がありますから。そのことは後述します。

しかし、本当に核心、最重要のことを言いあてた感想なのか。そうとは限らないことに注意が必要です。評価されるために書いているような感じがあるとして、実は当たり前です。評価して欲しくもないのに作品を公表したりしないわけですから。

作者ならば誰しも、必ず思い当たることがあるはずのことだということですね。おおむねの人が思い当たりそうなことを、自分だけに当てはまっていると思ってしまう現象はよくありまして、だから名前もついています。バーナム効果です。

ウィキペディアの「バーナム効果」からちょっと引用してみます。星座占いと称して、被験者の星座の特徴はこうだ、と示してみた実験です。被験者は高確率で当たったというものでもあります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%A0%E5%8A%B9%E6%9E%9C

> ・あなたは他人から好かれたい、賞賛してほしいと思っており、それにかかわらず自己を批判する傾向にあります。

この後も星座の特徴と称するものが続いているんですが割愛。「好かれたい、賞賛してほしい」は「評価してほしい」ですよね。かつ、そのことで悩むというのが質問してみるという形で現れた。

誰でも当てはまるものがある現象であるわけです。まず間違いなく「評価されるために書いている」旨、感想を言った人にもあります。自分でも思い当たることだから、他人についても言えるわけです。自分とかけ離れたことについては、なかなか想像をめぐらしにくいものです。

誰しもあるにせよ、「評価されるために書いている」がどれだけ大きい要素なのか。創作上の支障になっているのか、なりそうなのか。よく考えてみる必要があります。おそらく、その感想を言った人に尋ねても答は得られないだろうと思います。スレ主さんの内面にあるものですからね。

3.エンタメとして
そもそも「評価されるために書く」のはいけないことなのかどうか。いけなくもあり、大いにそうするべきものでもあります。「評価されるために書く」というのは、かなり大枠なもので(上記でも述べたように、だから誰にも当てはまる)、それがいいか悪いかは大枠過ぎてなんとも言えないのです。

「(いい)評価」って、読者に受ける、楽しんでもらえる、ということですよね。エンタメの本義です。大いにそうあるべき。ネガティブな気分をウリにする悲劇やホラーとて、結局は読者/観客は楽しんでるんです。読者は(たとえ無料作品でも)お客さんです。お客さんを喜ばせるのがエンタメ作者の矜持です。お客さんあってなんぼの世界で、評価されるために作って悪いわけがない。

その一方、ちょっと歪むとおかしなことにもなります。読者に褒めてもらえたら、作者として嬉しい。それは当然なんですけど、創作目的が「褒めてもらう」ことになってくると、おかしなことになりかねません。さらには「貶されたくない」が加わると、とてもまずい。

「褒めて欲しい」が前面に出てしまうと、どうなるか。面白いことを書く、から変わってしまうことがよくあるのです。「こういうことを書けば、褒めるしかなくなる」みたいな内容を書いてしまうとか、です。

例えば、「余命いくばくもないヒロインが健気に生きる」みたいな、いわゆる感動ポルノ。貶しにくく、とりあえず褒めておくしかないですよね。低評価したら「倫理的に問題ある奴だ」なんて言われかねませんから。

あるいは、そのときに流行っているネタを並べ立てる。受けている要素なんですから、褒めないと「流行に後れた奴」と言われかねない。ですが上手な人は受けるネタをつなぎ合わせて物語を作るのに対し、下手な人は受けるネタを単に並べ立ててしまいます。同じネタが盛り込まれてるんだけど、後者は面白くない。だけど読者としては、今の流行なんだから貶しにくく、なんとか褒めておくしかない。

「褒めてもらう」「貶されない」が作者の戦略になると、そういう悪弊に陥りがちです。「読者に面白がって欲しい」という初志がどっかに行っちゃう。読者を操作して褒めさせるにはどうするかしか考えなくなる。

作品を書いているときは「こうすると読者は喜んでくれるはず」と思い、書き上げて発表するときは「これで読者は楽しんでくれるだろうか?」と思えるのなら心配はありません。言い換えれば、読者の喜ぶ顔が見たいのなら大丈夫です。

(ご参考)
https://twitter.com/kakuniha/status/1160154926153994240
> 「書くという仕事を始めて十年近くたったころ、好きなように好きなまま小説を書き、それで読み手がどんどん増えて、評価も自然に高まるなんてことはないと気づいた。評価を得たいのならば、評価されるように書かなくてはならない」(角田光代)

プロでも評価されるように書く必要性を痛感しているようです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 小説を書く動機。

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元記事:本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?

私は本を読むのが苦手です。

しかし、世の中の小説家を目指す人は必ず本をたくさん読んでいますし、小説家の人も読むべきだと言っています。

しかし、私は読む気にはなれません。まずお金がないです、「本は千冊読むべき」と言いますが、そんなお金はありません。時間もありません、千冊読むのにどれだけの時間がかかるのでしょうか?学生、さらにはもうすぐ就職する年齢なのにどうやって時間を取ればいいのですか?

そもそも他人の考えを見るのが嫌です。他人の書いた作品、千冊となれば昔の作品にも触れなければならない。ですが、私は現実で色々事情を抱えている以上、それを本の中で馬鹿にされたり否定されたりするのに耐えられません。過去の嫌な出来事や歴史を見ることができません。

どうしても、そんな地獄を千冊も繰り返すなんて難しいです。それでも私は小説家になりたいのですが、小説家になる為には「本を読む」という生き地獄を体験しなければならないのですか?これは必ずやらなければならないのですか?

上記の回答(本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信)

投稿者 読むせん : 1

あー・・・・謎が解けた。

少なくともアライさんは可能な限り本を読んだ方がいい人種ですね。

アライさんの過去スレみてしみじみ思うけど、あたまがおかしい作品が多いです。
何がおかしいか?着眼点がおかしい。
 どこまでも独善的でエゴイスティックで単純。幼稚園児のドクターがしはいするポル・ポトの王国のような牧歌的な狂気がむんむんしています。意図的なのかと思っていたら天然かー。

ポル・ポトで検索してやらかし列伝見てね。うん。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?

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投稿日時:

元記事:人間と自然の矛盾について

哲学的な問題ですが、力を貸してください。

私が今書いている小説の中で、自然の傲慢さや身勝手さを描いて批判する場面を書いているのですが、どうしても人間側と矛盾が生じてしまいます。

人を襲った獣とか災害を引き起こしたりした自然そのものと対話するシーンが数多いのですが、彼ら自然な物を傲慢な存在として描くので、彼らは「殺した人間の事などどうとも思っていない」「生きる為に肉を食らうのは当たり前」「人間など大自然から見たらちっぽけな物だ」等々、身勝手な考えを持っています。

それを主人公達に論破させたいのですが、いかんせん上手い言い回しが見つかりません。人間も同じように生きる為に肉や魚を食べているので、矛盾が起きてしまうのです。

最終的には読者が獣や自然が「完全な悪」であると納得させたいのですが、怒りを感じた主人公はどうやってこの存在を論破するべきでしょうか?

上記の回答(人間と自然の矛盾についての返信)

投稿者 あまくさ : 1

おそらく。

スレ主様がイメージされているのは、正確には「自然そのもの」ではなく「自然を僭称する何らかのキャラクター」なのだろうと思われます。

この掲示板ではあまり話を難しくしないように心がけているのですが、

>哲学的な問題ですが、力を貸してください。

とのことなので、少しだけ哲学的な話をしますね。

まず、そもそも人間も自然の一部であるということを、忘れてはいけないと思います。

>人間も同じように生きる為に肉や魚を食べているので、

その通りです。どんなに「きれい事」を言っても、人間は植物も含めたら何らかの生き物を食べないと餓死します。それはどういうことかと言うと、人間は人間である前に動物であるということです。

それどころか人間は、生きるためでなくても殺すことがあります。
ゴキブリを殺すのは、気持ち悪いからでしょう? ただ自分が不快だというだけの理由で、平気で他の生き物を殺すのが人間です。逆に美しいと思った時にも殺しますよね。昆虫採集ってそういうことでしょう?
また、人間は人間を殺します。人間以外の動物もまったく同種族を殺さないわけではないのですが、人間の見境なさは群を抜いています。戦争とか、テロとか、拷問とか、快楽殺人とか。こんなのは人間だけがやることです。

すなわち獣よりも人間の方が、よほど質が悪いと言えます。

一方で。
そのようなことを悪として憎む心を持っている生き物も、人間だけです。
獣は戦争も拷問もやりませんが、戦争や拷問を憎んだり批判したりもしませんからね。

だから。
小説として書くのならば、普通に優しく正義の心を持った主人公と、「自然」を名乗る邪悪な敵を描けばいいんですよ。

わりと参考になりそうなのは、『まどマギ』のインキュベーダーじゃないかと思います。

かわいい外見と、かわいい声。それが涼しい顔をして、

「人間と家畜は理想的な共生関係を結んでいるじゃないか」

「これを残酷だと思うなら、君にはまるで本質が見えていない」

なんて言いますよね?
あのセリフ、実に正論ではあるんです。だけど、納得はできませんよね? 
キュゥべえに対して怒りをぶつけた主人公に共感しなかったでしょうか?

なぜ、そういう気持ちになるのでしょうか?
それをよく考えて、あの作品を分析してみれば、答えは見えてくると思いますよ。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 人間と自然の矛盾について

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元記事:執筆中に休むと続きが書けなくなる

小説執筆に関する悩みです。一度書いて、休んで、また執筆ということができません。

たとえば、30分ほど執筆して、いったん風呂に入り、上がってから執筆を続行すると、さっきの30分のときに感じていた「物語に対する関心」や「ワクワク感」が明らかに切れているのです。
もちろん、書き上げないと批評もしてもらえない、ということは熟知しているのですがね……そのストーリー自体は面白いと思えますし、ある程度筋は通してあるので、残す作業は書くだけですが、不思議なことに、一度休憩を挟むと続けられません。苦痛になってやめてしまいます。

過去に書き上げた作品を思い出してみると、夜更かしして書いたものがあったり、または短い時間で書ききれるショートショート形式の作品が多いです。
もしかして自分は執筆中に休憩できないタイプなのかな?と思ったりします。
自分で考えた対処法としては「たくさん時間を取って一気に書く」ことですが、そんなに都合よく時間は取れないし、自分自身ももうすぐ忙しくなるので、どうしたものかと困っています。

ちょっと休んでも執筆を続行できる方法ってあるのでしょうか。また、どうすればいいのでしょうか。
自分みたいな人は、案外、いるものなのでしょうか。
どうか回答をよろしくお願いします。

上記の回答(執筆中に休むと続きが書けなくなるの返信)

投稿者 ふ じ た に : 0

長期休暇中の学校の宿題はどうされていたんですか?
1日で終わらないと思うので、コツコツと何日かに分けて作業されていたのでは?と思います。
もし、宿題がこなせて、執筆ができないのなら、優先度の問題の可能性があるかもしれないと思いました。

宿題はやらないと学校で困りますが、執筆はやらなくても誰にも迷惑をかけないと思います。
そのため、執筆以外を優先してしまい、やる気が起きない原因になっているかもしれません。
この場合ですと、自分が立てた目標を達成するために、
他人に「書くと公言する」とか、終わるまで「他の楽しみを制限する」などのルールを作るといいかもしれません。

色々書きましたが、あくまで個人の意見ですので、合わなければ流してくださいね。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 執筆中に休むと続きが書けなくなる

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ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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