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元記事:何も考えないで萌え恋愛小説が書きたい

自分の考えたキャラクターを色々な場所で活躍させ、その過程で発生するキャラ同士の可愛いやり取りが見たいと思っています。

よくpixiv等で、アニメやゲーム等を題材とした二次創作で、登場人物同士、あるいは自分の考えたキャラクターとその登場人物との恋愛をはじめとする様々な関係を描いたものがありますが、
それらを書く人はどうも、書きたいもの、自分の好きなものが決まっている気がします。

自分の書きたい小説はアプリオリな一次創作なので、登場人物の設定や性格、人物同士の関係性、共通点、相違点等を事前に考え、世界観を決めておかなければならないということもありますが、
個別のキャラクターがどのような語彙、喋り方を使い、何に注目するか、ということ以前に、そもそも「人」は何に着目して感情を動かし、どのように語ればそれが効率よく伝わるのか、ということが分かりません。

また、自分は上に挙げたような二次創作作品を読んで、その文体を真似しようと思ったことが何度かありますが、品詞の位置、意味の位置、会話、地の文等のテンポを真似して小説を書いても、すぐに元に戻ってしまい、うまくいきませんでした。
他人の小説の文体の特徴を真似るには、どのようにしたら良いでしょうか。

上記の回答(何も考えないで萌え恋愛小説が書きたいの返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

何も考えないで書けるなんて幻想で、コツコツ練習する、つまり、たくさん読んで、たくさん書くしかないんですが、それだけではわけがわかりませんよね。以下、多少説明を試みてみます。

1.書きたいもの/ことが自然発生することはない

> それらを書く人はどうも、書きたいもの、自分の好きなものが決まっている気がします。

これは、ある意味ですが、違います。スレ主さんの仰る「キャラ同士の可愛いやり取りが見たい」という願望レベルなら、スレ主さんにもあるわけですよね。ですから、それ以上の何かをお求めなんでしょう。たぶん、もっと具体的なものでしょうか。

少し前にテレビで「アナと雪の女王」シリーズの、あるキャラの作画担当の方が来日し、同アニメの制作について解説していました。出演者から「そのキャラが○○しているとき」というお題を貰うと、すぐさま描き上げていました。もちろん、キャラのオリジナルの雰囲気を損なわないものです。むしろ想像が広がるくらい見事でした。

2.いろいろ想像した結果、書きたいことが生まれる

どうしてそんなことができるのか。その作画担当の方が一端を教えてくれまして、「常にそのキャラのことを想像し、いろんなシチュエーションで動かしてみたりするから」だそうです。

そのキャラの、ストーリで出てくるシーンだけを考えているのではないわけです。そのキャラの個性から考えられる、いろんなシミュレーションを脳内で試行錯誤しているから、実際のストーリーでも、そのキャラがどう動きそうか、表情までイメージできるわけです。

書きたいもの、自分の好きなものが決まっているように見える上級者も同じでしょう。想像を巡らし、試行錯誤してつかみ取っているわけです。ただし、意識的に努力しているとは限りません。

3.好きなもの/ことを想像するのは誰でもやっている

特に二次創作では自然とやっているケースは多そうです。二次創作しない人でもやっていることですから。例えば、もし○○が□□にデートを申し込んだら、もしケーキの取り合いになったら、もし自分に話しかけてきたら等々の「もしも」です。実際のストーリーとは異なる結末を想像することだって、ファンならよくある話です。

ですので、いきなり目的のもの(小説のストーリーやシーン、盛り込むネタ等々)がイメージできるわけではないわけです。あれこれ想像を巡らしている結果、得られるものが出てくる。ずっとやっていると、自然に、常にやれるようになります(それが上級者)。それが積み重なると、シーン条件などが与えられると、いろいろ思いつけても来るわけです。

だから、もしそうできないなら練習です。といっても苦行ではなく、想像、夢想、妄想を巡らせればいい。

4.他人を知りたければ、自分を知るべき

> そもそも「人」は何に着目して感情を動かし、どのように語ればそれが効率よく伝わるのか、ということが分かりません。

後段の「効率よく伝わる」は文章技術です。小説の指南本だけでなく、小論文の書き方の指導書とか、いろいろ読んで練習すれば身に着きます。

読んでもらってどの程度できているか教えてもらう必要もあり、小説ならこのサイトの投稿室は感想を得やすいでしょう。投稿、感想しているみなさん、練習の場と心得てくれている方がほとんどですから、自分なりにベストを尽くしたものなら大丈夫です。

問題は前段の「人は何に着目して感情を動かし」ですね。これは他人の経験を知ろうとすると大変です。仮にいろんな人に感動経験を聞けたとしても、説明です。仰るような、伝える技術の問題もあるでしょう。

しかし、世界でもたった1人だけ、何も言わなくても、気持ちや考えがよく分かる人がいますよね。もちろん、自分自身です。他人に共感するときでも、「もし自分ならこうなるだろう」がベースになっています。

5.感想を書くのは自分を知る練習にもなる

ですので、他人の気持ちの動かし方を知りたいなら、まず自分の気持ちが、どういうときに、どう動くかを観察する必要があります。といっても、「静かに座して内省して」なんてことは必要ありません。

目的が物語の創作ですから、有効なのは「フィクション作品に感想を書く」です。それも、ストーリーに従って詳しく書くといいでしょう。続けないと効果が出て来ませんから(最低でも3ヶ月以上)、好きな作品がいいでしょう。例えば、「毎週放送の大好きなアニメを録画し、視聴して、毎週感想を書く」とか(「大好き」が肝要、面白くないとか嫌いなものでは、なかなか続かない)。

そうすると、自分がその作品のどこで、どう気持ちが動いたか、それはなぜか、が分かってきます。作品を分析できるようになる、と言い換えてもいいかもしれません。

例えば、主人公が山場の、ここぞというときに発した決め台詞で感動したとして、なぜその台詞で感動したのか、とか考えることになります。

すると、決め台詞の前段で嫌な展開とか、ピンチとか、気持ちを抑えつける、言い換えれば溜めを作っていたから、と分かったりします。

そういう分析が積み重なると、例えば「自分はだいたいの傾向として、こういうときに、こう感動するらしい」と分かってきます。そうなればしめたものです。自分が感動するなら、他人の何割かくらいは同じように感動していると考えていい。

そこまでできるようになると、その作品に誰かが感想を言っていたら、とても参考になります。自分の感動ポイントが自分でも分からないうちは、なかなか他人の感想も自分には響いて来ませんが、自分が分かると他人も分かり、「なるほど、そこでそう感動する人もいるのか」と分かってきます。

6.守破離の上達段階を踏めば着実

この上達はいわゆる「守破離」になっています。「守破離」は普通、

守:1人の師匠を真似て、学ぶ(基本パターンの1つを身に着ける)
破:他の上級者のやり方も参考にする(守を経ないと混乱するだけ)
離:自分のやり方でやれるようになる(真似を脱する)

という感じです。その「守」が「自分に学ぶ」になりまと、

守:自分の気持ちの動きを自分が学ぶ、知る
破:他人の気持ちの動きを、自分をベースに類推する
離:他人に感情移入して考えられるようになる

となります。「他人」をフィクションの登場キャラに置き換えても同じです。物語創作なら、感想を書くことで学べるわけです。

7.文体は形式的な技術なので後回しで

> 他人の小説の文体の特徴を真似るには、どのようにしたら良いでしょうか。

このお考えは、今は捨て置いたほうがいいのではないかと思います。お考えのものは、形式であって、内容ではありません。まず内容、言い換えれば情報をどう出すかの前に、その情報が何か、どういう順序で提示するか、という技術を身に着けるべきでしょう。

それには、小説の指南本より、おそらく小論文の書き方の指導書がいいでしょう。「のように語ればそれが効率よく伝わるのか」で申し上げた通りです。繰り返しで申し訳ありませんが、文体は形式的な技術でしかありません。真似て学ぶのは非効率ですし、伝わる文章とはあまり関係ありません。

大事なのは、何の情報を(選択)、どういう順序で(整理)、がまず大事で、それあってこその、どう伝えるか(表現)です。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 何も考えないで萌え恋愛小説が書きたい

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元記事:不思議な読み方?

以前の質問と似通った部分のある質問になること、ご容赦ください。

投稿した小説のアクセス履歴を見ていると、定期的に特定の話だけを読んでくださっている読者の方がいらっしゃる様子なのです。
これは「その話数は再読に値すると評価されてるだろうから、今後はそういった方向性の話を増やしたほうがいい」ということなのか、それとも「表題で大半の読者が読みたがるタイトルになっているのがその特定話数なだけで、ひとりが繰り返し読んでいるわけではない(それ以外の話を改題すべき)」なのか、いまいち判断がつきません。一度完結まで行くべきか、一旦手直しすべきか?という不安があります。
初心者は手直しのために最初から書き直すことはあまりすべきではない、とも聞きますし、自分としても最後まで書き上げるのが第一目標です。しかし読まれにくい話を続けるくらいなら、ある程度読まれやすく方向性を考え直すべきか?とも思い始めています。
どうするのが一番でしょうか?助言が欲しいです。

上記の回答(不思議な読み方?の返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

連載中の作品のようですね。そうだと仮定して考えてみます。もし、そうではないなら以下はスルーしてくださると幸いです。

結論から申し上げてみますと、放置推奨案件だと思います。以下、多少説明してみます。

その読まれる特定章が、仰ることも含めて、

・サブタイトルが目を引く(その章の前後のサブタイも影響する)
・山場になっている(山場までの話の運びが良いのかもしれない)
・その話の先で分からなくなって、戻って読み返している(全体的なストーリー情報が整理できていない恐れがある)
・誤クリック/タップを招きやすい画面表示
・偶然
・差別表現、誹謗中傷など実害のある表現、描写があって、確認のため読んでいる人がいる

等々、いろいろ原因が考えられます。アクセス数だけでは、それが好評要素か、不満を示すのか、それ以外の原因なのかも不明です。

気になるなら原因の推定まではやっておく必要があります。よく分からないものを、よく分からないまま何とかしようとすると、高確率でマズい事態を招くからです。原因が分からないなら、とりあえず放置すべきでしょう。

> 一度完結まで行くべきか、一旦手直しすべきか?

手直しは原則不可と考えるべきです。なぜなら、既に読んだ部分を改稿されても、最新話を読み進んでいる読者は気が付きません。二階に上がって梯子を外されるみたいな状況が生じる恐れがあります。例えば、ラストまで読んでみたら、話がつながらないとかです。

仮に変更を知らせ、読者が気づいたとしても、最悪、読み直しの手間を強いることになります。読者は細かいところまで覚えていないのが普通だからです。仮にそこまでではなくても、ストーリー情報の再構築を、読者がやらなければなりません。その理由が「特定の話が読まれてるみたいだから」で納得できるとは思えません。

ですので、途中部分の変更は、今現在、読み進めている読者への裏切りとなり、下手するとガッカリを招いて、リピーターを減らすリスクがあります。作品は作者のものではあるんですが、読んで欲しいと公開したなら、、読者と共有しているものでもあります。

その途中部分の高アクセス数の原因が分かったら、最新章以降に活かすべきです。既に公開した部分まで改稿するか否かは、完結させ、ある程度寝かせてから考えればいいのではないかと思います。読者の読む傾向を考察して得たものを、新規作品に活かす手もあります。

作者は作品をいつでも好きなようにいじれるだけに、慎重である必要があります。読者はどうなるか、を考慮しないと失敗するリスクが高くなります。自分が読者なら、どう思うか。第1話から最新話まで読み進んだ労力、感動した気持ち、考えた手間暇を台無しにされたと思うんじゃないか、といったことを考慮すべきです。

ゲームで例えてみます。制作者が例えば「このアイテムの入手が難しくて、時間かかってるプレイヤーが多そうだ」と思い、そのアイテムの入手を容易にするよう、ゲームシステムを改変したとします。

では、既に苦労してそのアイテムを入手したプレイヤーはどう思うか。怒るんじゃないでしょうか。後発のプレイヤーとの不公平だけではありません。せっかく苦労してプレイしたことを否定された気持ちになるはずです(サンクコスト等の理由だが、やりがいに関わることでもある)。

ゲームクリアするモチベーションは大きく下がるでしょうし、その制作者の次のゲームは手を付けたくなくなりもするでしょう。バグフィックスですら、そのバグが裏技的に使われてたりすると、不用意な修正は悪評を招きかねません。

でもそのバグが、ゲームプレイを阻害する暴走・終了などでしたら、最低限の修正はするものですよね。小説でも、例えば上記の例で申し上げた、実害が生じかねない表現・描写があれば、最低限の修正はしてもいいんじゃないかと思います。逆に、作者的になんとなくこうしてみたい、ある一読者の感想に沿うため、といった理由ですと、良くてハイリスク・ローリターンではないかと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 不思議な読み方?

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元記事:1話目の最後で裏切りの要素を入れるにはどうすればいいですか

よく漫画などの1話目の最後で、インパクトを与えるために掌を返す展開がある気がします。

有名なところだと「がっこうぐらし!」や「あやかしトライアングル」のように、1話目の最後でジャンルが変わるもの、
「ワールドトリガー 」のように思いもよらない真実が明らかになるものがありますよね。

楽曲では「カゲロウデイズ」の終盤で悲劇的な展開があり、
アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」でも3話目でジャンルがホラー系になります。

「がっこうぐらし!」や「あやかしトライアングル」を分析してみると、序盤では「ありがちな部分」が目立ち(それでもそれなりに作り込まれている)、後半で別のジャンルに変わる。
「カゲロウデイズ」「ワールドトリガー 」を分析してみると、前者ではボーカロイドではやや珍しい叙事詩の形で怪事件を説明していますし、後者も前半から独自の設定やデザインが出てきます。

したがって、「途中からジャンルを変えるタイプなら片方をありがちなものにする」「驚きを入れるタイプなら最初から異色なことをする」
この二つが言えるのかと自分なりに考えたわけです。

自分の小説について言えば、設定はもう考えてあって、それはたぶん異色だと思ったし、
悲劇的な展開にしてインパクトも残したいと思ったので、
後者のタイプにして、章の変わり目あたりにそういうどんでん返し的な展開を入れようと思ったのですが、

ここで意見を聞きたいなあと思ったわけです。

また、それはそれとしてカプ厨のハピエン厨である自分は途中に下手に不穏な設定を入れて読者を困惑させたくないというのと、
もしかしたら俯瞰してみればジャンル的にそんなに奇抜なものではない、既存の先入観を脱し切れてない(流行に乗りたい自分が自分からそうした設定を取り入れているせいでもありますが)ものかもしれないというのがあって
なんか変な落とし穴にハマらないかなと少し不安という訳です

長くなりましたが、何かこの方法について注意点等ありますでしょうか。よろしくお願いします。

上記の回答(1話目の最後で裏切りの要素を入れるにはどうすればいいですかの返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

お考えのことは、そういうジャンル(ジャンル転換するジャンル)があるのではなく、いろんなジャンルで用いられる演出法の一種です。おおむね、インパクトを増すために用いられるんじゃないかと思います。以下、多少説明してみます。

1.どんでん返しは正反対にする手法

挙げていらっしゃる作品以外にも「蒼穹のファフナー」なんてありますね。第1話冒頭では平和でのどかな島の暮らしが描かれたと思ったら、その島は正体不明の敵に対処するための移動要塞で、村人は戦闘要員だったと、見えている状況が激変します。

「どんでん返し」は、語義的には「正反対にひっくり返すこと」ですが、広義には「意外な展開」でもあります。主にクライマックスで用いられます。例えば、正義の味方のリーダーと思われていたキャラが、実は悪党の黒幕だったとかです。

よく使われる手法ですよね。読者の予想通りの結末(や充分想定内の冒頭等々)を用意しても、あまり喜ばれない。長く続いたシリーズなどでは別ですが(一部の時代劇など)、通常は読者が期待するのは予想外でありながら、納得いく展開~結末です。あまくささんがNo: 3で挙げていらっしゃる「読者の予想は裏切れ。しかし期待は裏切るな。」の鉄則は大事です。

2.冒頭ではツカミを作る

冒頭(例えば第1話)では、ツカミが大事、とよく言われます。尻上がりに面白くなるんだ、と作者が考えて物語作りしても、面白くなるところまで読み進めてもらわないと意味がありません。だから最初に読者の目を引くイベントを入れておく。例えば推理物では「冒頭で死体を転がしておけ」というコツがよく言われています。

出だしからパッと緊張感を高めてやるわけですね。すると読者は、盛り上がりを感じて、出だしにしてこれなら先が期待できると思えるわけです。しかし、イベントの種類、規模、性質等次第な面もあります。推理物の主題が殺人事件の解決ではなく、「失くした100円が見つからないのはなぜか」だと、華やかな出だしにはしにくいでしょう。

3.どんでん返しが作るのは落差の大きさ

ではどうするか、となります。盛り上がりがどうして盛り上がりなのか考えてみると、落差であることに気が付きます。例えば、いったん不幸のどん底に突き落とされて、なんとか這い上がって元通り、も立派なハッピーエンドですよね。元通りで何が嬉しいんだ、とはなりません。落とした1万円札を見つけて物凄く嬉しかった、みたいな経験は誰にでもあるんじゃないでしょうか。

落差だと考えてみると、最初はテンションを低くすればいいわけです。出だしでテンションを下げている有名作品が例えば「涼宮ハルヒの憂鬱」です。一人称主人公キョンのかったるい話で始まります。クリスマスを子どもの頃から信じていなかったどうこう、ですね。そういう駄弁りメインの小説かと思ったら、行動上の主人公のハルヒが登場し、人間には興味がない、宇宙人・未来人・超能力者は自分のところに来いとか言い出す(そして、ハルヒが気づかないまま、望み通りになっていく)。

キョンの語りの「サンタクロース」が暗示となっているといえなくもありません。が、それだけで奇矯なハルヒの出現は予想できないですよね。もし冒頭がハルヒの奇矯な台詞で始まったら、目を引く効果はそれほど高くなさそうです。下げてあるから落差が出て、「この先はどうなるのか?」という興味を抱かせることに成功していそうです。
(もちろん、ハルヒの台詞までで飽きて放り出した人も少なくなかったとも推察できる。)

「100円を探す推理物」であれば、その100円がないために主人公が困るという下げを入れる手があります。親から「お前、釣銭から100円くすねただろ」と決めつけられるとか、100円足りないばっかりに、喉から手が出るほど欲しいもの(真夏のアイスキャンディ―とか)が買えないとかです。

4.ホラーでのセオリー的な手法

そういうテンション操作は二段構えもあります。ホラーでよく使われるテクが、いかにも幽霊が出そうな状況を作り(テンション上げ)、わざと幽霊を出現させず(下げ、いったん上がっただけに大きく下がる)、作中キャラがいったんホッとしたところで(読者/観客も同調して緩む)、幽霊が突如、意外な方向から出現する(下げ切ったところからマックスまで上げで落差最大)、というものです。

5.どんでん返しは意外性の演出の一つ

テンションだけがそういう効果を出せるわけではなく、落差を意外性と枠を広げてみれば、仰るようなジャンルの転換もあるでしょう。ハルヒの例でも、駄弁り系かと思ったら、超常現象系に切り替えてもいるわけですよね。意外性の大きさとしては、テンション操作以外に、ジャンルの切り替えも効いています。

ハルヒ以降、特にアマチュア作品で冒頭からダレた一人称主人公の語りを入れる傾向が強くなったように感じます。「そういうテンプレだ」「ダレてると受ける」といった考えだったようです。しかし間違った解釈で、実際に効果を出しているポイントは上記で申し上げた通りです。

「途中からジャンルを変えるタイプ」というジャンルもありません。一種の演出法ですから、どんなジャンルでも使われるテクです。話しの流れとして、途中までは偽装であり、一気にテンションを高める、意外性を大きくして目を引き付ける狙いであるわけです。

それを第1話で行うなら、冒頭のツカミを作るテクですし、中盤で行うならダレて来た流れをいったん引き締める狙い、終盤ならクライマックスの効果を高めるセオリー的なものになります。

6.お考えの2タイプについて

このうち、気にしておられるのは冒頭のツカミでしょうか。そうだとしますと、お考えのことは、

> 「途中からジャンルを変えるタイプなら片方をありがちなものにする」
→冒頭のイベント・シーンがいまいち目を引きにくいなら、いったん下げを入れる。

> 「驚きを入れるタイプなら最初から異色なことをする」
→目を引く冒頭イベント・シーンを思いつけたなら、奇をてらわず、そのまま提示する。

ということになります。

7.どんでん返しの弊害

目を引くイベントを思いつけたら、さらに効果を高めるため、どんでん返しを盛り込みたくなるかもしれません。しかし、それは慎重であるべきです。どんでん返しには、やってはならないことがありまして、それは「どんでん返しに次ぐどんでん返し」です(上級者は除く)。

単独で目を引くイベント・シーンが思いつけた場合、しばしばどんでん返しの要素が既に入っています。ですので、さらに下げる出だしにすると、上げに入る時点でどんでん返しが生じます。そして、ツカミのイベント本体でもどんでん返しが生じる。

そうなると、読者は「また事態がひっくり返るのか?」と用心します。言い換えれば、「いつになったら話が見えるのか?」「どれがオチなんだ?」というイライラ感です。上記で例にしたホラー物の二段構えも繰り返すとマズい手法です。二度目は読者/観客に「またか」と思われ、三度目だと笑いだす人まで出かねません。

8.結論再掲:要はインパクト次第

長くなりましたので結論を簡潔に繰り返しますと、冒頭のイベントやシーンが、

・インパクトが足りないと思ったら、下げてから上げてみる。
・目を引けると思ったら、そのまま出してみる。

となります。

9.補足:まどマギの事例

まどマギ(2011年~)なんですけど、あれ以降、やたら深刻な魔法少女ものが連発されたように感じます。シビアにすればいいんだろう、と思われたのかなと思います。

私見ですが、まどマギは一発芸ではなかったかなと思います。魔法少女ものは既にジャンル化し(さらに衰退もしていた)、「魔法少女はこういうもの」というイメージがありました。そのイメージを利用して、例えばパロディで笑いを取る作品「大魔法峠」(2001~2007年)がありました。

まどマギにせよ、大魔法峠にせよ、既存の魔法少女ジャンルを用いたからこそということは意識する必要があります。言い換えれば、確立したジャンルを利用しないと、そういうこと(意外な魔法少女像を作る等)はできないということです。

例えば、まどマギでもこうしているから、という考えは一般的には通用しない。意外性、作品の方向性の切り替えの事例として参考にする際には充分留意されるべきかと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 1話目の最後で裏切りの要素を入れるにはどうすればいいですか

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元記事:読み手になると書かれていないことが気になるから書き手として全部書こうとすると際限なさ過ぎて困っています

※新しめのゲームの展開ネタバレ?が少しあります。気をつけてください。

小説でも映画でもゲームでも他人のフィクションを見ます。するとそこに書かれていないことの方に注意がいってしまいます。ビリギャル(映画のみ)だと(妹かわいそうじゃない? 姉のために自分のための保険を解約されたり、勉強するからって自分が見ていたチャンネルを姉に勝手に返られて教育テレビ?時事放送的なものに変えられたり)
 ラスアス2(ゲーム)では、エリーかわいそうとか言われているけれど、一緒に暮らしていた村(街?)の人たちの方がかわいそうだよと。エリーを追って(トミー、新キャラ二人)外に出かけていくから、馬の世話とか感染者の巡回とか、人手不足になるし、馬ももっていかれて、物資不足にもなっているのに、みんなエリーに優しい。絶対集団は疲弊しているはずなのに、その側面からの不平不満は一切書かれない。だれも文句をいわない。やれやれ、行くなって言っても行くんでしょ。じゃないと思います。マリア。追放した方が良いレベルですよ。

 で、書き手の自分。そうはならないように、主人公周辺の考えられる全ての存在を挙げてみると、どうしても書き切れない。そのバランスをどうやって保ったらいいんだろう? という感じです。

 新人賞に応募したいので具体的には言えないんですけど、地獄みたいな国から楽園みたいな国にやってきた主人公がやさしい世界を体験するっていうものなんですけど。その「やさしい世界のやさしい体験」が書くときりがないです。でも、書かないと読み手にこの世界のここ(社会制度、身分、階級、生活の質とか?)はどうなっているの?(自分がプレイヤーとか読み手になったときと同じように)書かれていない人は存在していないのかと思われないかなと心配になります。
(ラスアス2でいうと、復讐のために村の馬と人手を使うことをためらわないエリーとエリー擁護派(言っても聞かないからもう持っていって派)以外、復讐とかやめてくれない?迷惑なんだけど派も村に存在しているはずなんです。なのにその側面の意見が「一切書かれていない」ことにプレイヤーの自分は不満に思った)

一応本当に楽園の国なのでそこにいる人たちはみんな幸せっていう設定なのですが、どういう書き方をすればそれが伝わるか、自分が考える以上に世界って複雑だし全部の要素?を書いたと思っても絶対取りこぼしはあるだろうから、その取りこぼしを見つけた人に、そこを書いてないから、あなたの考える楽園は○○がいない世界なのねとか言われるの嫌です。はい!いません。って答えられるものはそれでいいですが、いるはず(ラスアス2前述みたいに「エリーむかつく派」)なのにその側面が書かれていないって指摘されたら、やってしまったってなります。

存在していない設定、ならありだけれど、文脈的に存在しているはずなのにそこからの意見は一切ない書かれていないっていうのは欠陥だと思っています。

(考え得る限り書いて、その後で指摘されたなら次直せば良いというのが、落としどころなんですかね?)
 

上記の回答(読み手になると書かれていないことが気になるから書き手として全部書こうとすると際限なさ過ぎて困っていますの返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

文章は情報量が少なく、しかも絵のように同時に多数を見せることもできません。ですので、書いてなくても分かるようにするのが大事、という(当たり前の)ことになるんですが、それだけでは何のことやら、ですので、多少説明を試みてみます。

1.書いてなくても分かるものがある

小林一茶の句「やせ蛙、負けるな一茶、これにあり」をお題に絵が描かれたりします。たいてい、やせた蛙とゴツイ蛙が相撲を取っていて、やせた蛙の後ろで応援している人物が描かれます。手助けはせず、成り行きを見守っている。人物名は書いてないけれど、一茶のはずだと感じる。

ゴツイ蛙とか相撲とかですと、俳句では一切言及していません。ですが、そういうイメージが湧くし、描かれた絵を見て「確かに一茶の句の絵だ」と納得できます。この俳句を例えば短歌(ないしは狂歌)にして、「やせ蛙、相撲で負けるな、太っちょに、なぜなら一茶が、応援するぞ」とかですと、野暮ったく、うるさい感じすらします。

2.書かないほうがいいものもある

つまり、読者が想像できることは書いてはいけないのです。分かることまで書かれると、騒々しく感じますし、冗長な感じもして読むのが面倒臭くなります。書かないと分からないことだけ書くべきであるわけです。

例えば、主人公とヒロインのなれそめとして、「主人公が繁華街を歩いていると、ヒロインとばったり出会った。」というシーン描写をしたとします。繁華街にはいろんな店があるでしょう。店の間は路地があったりもするでしょう。アーケードになっているかもしれない。繁華街を歩くヒロイン以外の他人もいるでしょう。

ですが、「主人公が繁華街を歩いていると、ヒロインとばったり出会った。」以外の描写は要らない。「繁華街」はたいていの人は知っている。作者のイメージと異なるかもしれないが、容易に想像できる。必要なのは、主人公とヒロインが会ったことであり、リアリティを持たせるために場所を示したに過ぎません。

もし時間帯も大事なら、例えば「深夜の繁華街」とする。副次的に、人けのなさも表されます。「昼下がりの繁華街」なら、例えば昼食のためにやって来た人などが想像される。朝夕とは客層が違う。そういうことは書いてなくても容易にイメージできます。

3.作者が伝えたいことを書けばいいわけではない

読者は、作者が何を考えたか、イメージしたかを知りたいわけではありません。単に楽しみたいだけです。作者が「自分はこうイメージしたから、なんとしてでも正確に伝えなければ」と力んではなりません。そういうのは、例えば報道で求められる仕事で、報道は楽しみのためにあるわけじゃないですよね。

学校の作文でも、おおむね考えたことを正確に伝えられることが求められる。だけど、それが面白いかどうかは評価されないのが通例です。学校の作文で求められている(ことの1つ)のが「思考を上手に言語化できるか」の評価ですから。

小説はそれらと全く違う。読者が楽しむ以外には何もない。では読者は何をどう楽しもうとしているのか。それは「想像を巡らしてみたい」です。映像作品ですと、絵は分かるけどキャラ(特に主人公)の内面は間接的にしか分からない。文章作品だと主人公の内面は直接的に描けますが、絵は見えない。コミックはその中間でしょうか。

4.読者が想像を巡らして楽しめるように

いずれも、直接は描かれてない部分に読者が想像を巡らす楽しみがあるわけです。ですから、多少極言すれば「何を書かないでおくか」が大事です。作者視点で言えば、読者に最も見せたいもの、面白いことは隠す。書かないことで、読者が想像を巡らして、「あ、分かった!」と喜べるわけです。

5.疑問が募るようでもいけない

その一方、描写不足が問題になるケースも、もちろんあります。例えば、常に貧乏を嘆いている主人公の長編だとします。来る日も来る日も、その日の食事すら事欠くようなことを言っていながら、腹を減らしている様子がない。さらに、なにがしか稼いでいる様子もない。

もちろん、そこが作品の狙い、つまり主人公の秘密だとしたら、それでいいんですが、単なる貧乏設定を見せるためだけの描写だとマズいことになります。読者に生じて当然の疑問「主人公はどうやって生計を立てているのか?」が満たされず、したがって次第に主人公はリアリティを失います。そうなると、主人公の身に何が起きても、「ふーん、それで?」くらいにしかならなくなる。

その辺りはバランス感覚としか言いようがありません。何が必要な描写で何が不要、余計なのか、機械的に判断する術はおそらくありません。少なくとも自分は知らない。試行錯誤して納得できそうな線を模索するしかありません。

6.ゲームと小説の差異にも注意が必要

さらに、ゲームと小説の設定で許される範囲についても少し。ゲームはプレイヤーが主人公で、(ゲームシステムで可能な範囲で)プレイヤーが行動を選択します。ですので、多少無理があってもプレイヤーは納得できる。自分の選択ですから。

小説は読者は受け身です。作者が語ることに従うしかない。「おかしいな」と思っても、作者が話を進めてしまう。ですので、設定やストーリー進行、キャラの行動・言動等に無理がないよう、注意する必要があります。

ゲームではプレイヤーの選択の結果をプレイヤーが満足し、小説では読者が書いていない部分を想像して満足する。そのため、有効な見せ方には技術的な違いがあります。その差は要注意だと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 読み手になると書かれていないことが気になるから書き手として全部書こうとすると際限なさ過ぎて困っています

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元記事:1話目の最後で裏切りの要素を入れるにはどうすればいいですかの返信の返信

詳しい回答ありがとうございます。

> 冒頭のイベント・シーンがいまいち目を引きにくいなら、いったん下げを入れる。
> 目を引く冒頭イベント・シーンを思いつけたなら、奇をてらわず、そのまま提示する。

こちらが特に参考になると感じました。また、どんでん返しの類を何度もやらないということも、確かにと思いました。

既存のジャンルをもちいるものとしては他にハリーポッターシリーズが思い浮かびますね。
空飛ぶ箒を使ってスポーツするのはなかなか思いつくことじゃないですから。

例外は多いですけど、例えばウェブで小説を書く場合、やはり一番最初にインパクトのある単語とかがないとダメでしょうか?

ハルヒの場合、冒頭の語りが許されたのは冊子だったからで、web小説なら最初はその小説のテーマのうちで動きのある部分、例えば戦闘や破壊、破産のあるシーンや、ギャグ的な単語を入れればより多くの人に読んでもらえる、ということはありますか?

上記の回答(1話目の最後で裏切りの要素を入れるにはどうすればいいですかの返信の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

1.単語だけでは意味をなさない

仰ることを字義通りに受け取りますと、「単語」(二度仰っている)というレベルで考えるのは無理があるように思います。

単語単独では具体的なイメージは生じません。「猫」と書いたら猫をイメージはするでしょう。猫好きなら反応するかもしれません。しかし「猫」がどうなのかは分からない。

単語は文の中にあって、初めて具体的な意味を持ちます。例えば「猫が昼寝をしている。」なら、猫が具体化されます。しかし「猫はいなかった。」と書いたら、猫は描写されていなくて、猫好きはがっかりするでしょう。

さらに言えば、その文とても、1つだけで具体的な意味を持つわけではありません。「猫が昼寝をしている。そう思っていたのだが、実際には猫はいなかった。」と文を組み合わせる、つまり文章にしていくと各文の意味が明確になってきます。

そうなってようやく「猫」がどう描写されているかが分かるわけです。もっと申せば、文章が置かれている状況、例えば小説の文章か、新聞記事か、といったことも影響します。そうしたことを含めて「文脈」と呼んでいます。文脈というと文章だけの全体と受け取られることも多いため、コンテクストと呼ぶこともあります。

2.単語の意味はコンテクストで定まる

つまり、コンテクストがあって、ようやく単語の意味が定まるわけです。まず単語を書き出さないことには、文が1つとして出来上がらないことも事実ですが、先まで読んでようやく、最初の単語の意味が定まる。すると続く単語の意味も順次定まる。ですので、単語で目を引けるという考え方はリスクが大きいでしょう。

それでも、繰り返しですが、作者は文章を単語から書き出すんだし、読者もその単語を読み、次の単語を読み、と文章を追って行くわけではあります。最初の最初に最も伝えたい単語を置いたほうがいい。かつ、目を引くものがいい。

「猫」で書き出せば、猫好きの目を捉えやすいでしょう。しかし、猫の話なら「猫」で書き出すのか。有名な猫主人公の古典の書き出しで、「吾輩は猫である。名前はまだない。」というのがあります。

3.強調したいポイントを意識して書く

文法通りということはありますが、猫を強調するなら倒置して、「猫であるぞ、吾輩は。」とでもするべきか。どうもパッとしないように思います。冒頭の単語「吾輩」は効果を出しているといえそうです。

なぜなら面白いポイントは、やたら偉そうな猫ですから。自称が「吾輩」である点が、猫として面白いわけです。それなら「吾輩」で書き出したほうがよさそう。

4.読者にとって作品の最初の一文はタイトル

「吾輩は猫である」は作品タイトルでもありますね。Web小説が読まれる状況って、書店のラノベコーナーでどれかを手に取るのと似ています。書店では、多数のタイトル(さらにジャンル別の棚)から選んで、手に取り、冒頭から立ち読みしてみて、面白そうなら買うわけですよね。

Web小説でも、大手投稿サイトでは、多数のタイトルから興味をひかれたものを読みます。それでも膨大ですから、タグなどを頼りにジャンル、傾向を絞り込んでから探すことも多いでしょう。

そうして、気になるタイトルの小説ページに飛んで読み始めるわけですね。あらすじは読むかもしれません。そうなると、小説本文の最初の単語(あるいは最初の一文)は本当は最初の単語ではないと気が付きます。既に、少なくともタイトルは読んでいるわけです。

5.本文冒頭はタイトルの続き

そのタイトルでイメージがある程度できて、それから本文の最初の単語、一文を読む。つまり、本文を読みだすときに、既にある程度の文脈は発生しているわけです。一時期、やたら長いタイトルが流行ったのも、そのことと無関係ではないように思います。あらすじ(と称する宣伝的な紹介文章)を読んでいると、文脈はもう少し明確化してくる。

それあっての本文の書き出し部分になります。本文部分だけで考えてはならず、作品タイトルから続いて自然な一語、一文で書き出すべきであるわけです。派手かいいとか、劇的がいいとか考え出すと罠にはまります。

大事なのは自然な書き出しであることで、何がどう自然なのかは作品タイトルからスムーズにつながることでしょう。ないしは(どんでん返しとして)正反対にして意外性で目を引き付ける。

簡潔に結論を言い換えますと、読者がどうやって自分の作品にたどり着くか、よく想像してみれば、書き出しはどうすべきかはおのずと分かるようになってくる、ということになります。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 1話目の最後で裏切りの要素を入れるにはどうすればいいですか

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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

絶賛三幕構成を勉強しなおし中のみりんです。

質問は、セントラル・クエスチョンについて。
ウィキペディアには、

「主人公の解決しなければならない問題である。これはセットアップの最後に観客への問いかけとして示され、その答えはクライマックスに Yes/No で与えられる。セントラル・クエスチョンは、主人公の行動する「きっかけ」という目線から立てられる (例: 「X はダイヤモンドを取り返せるか?」「Y は彼女をゲットするか?」「Z は殺人犯を逮捕できるか?」など)。すなわち「主人公は目的を成しとげられるでしょうか」ということがクエスチョンとなる (主人公の心理的な変化が目的となる場合もある)。セントラル・クエスチョンは、ストーリー上の全ての出来事に関係する。セントラル・クエスチョンの設定によってセットアップは終了し、本当のストーリーを始める準備ができる[142]。

セントラル・クエスチョンは、インサイティング・インシデントと対になっており、インサイティング・インシデントの事件によって示される」
と書かれていました。

でも今私の作品にいざあてはめようとするとうまくいきませんでした。
具体的には以下のような感じでして……

第一幕:セットアップ5W2H誰がどこでどのような状況で何をする話か:父が死に、悲しむ母を主人公天沢夜白はなぐさめる
テーマの提示:大切な人が死んでも、一緒に生きてほしい(「パパはお星様になってママと私を見守ってくれているよ」となぐさめることで提示)
インサイティング・インシデント (つかみ・FTのきっかけとなる出来事・引き込み要素):母が失踪し、母の友人と名乗る女・摩耶(ヴィラン)が家にやってくる
セントラル・クエスチョン:主人公の解決しなければならない問題:(ヴィランを倒せるか?)
主人公はどのような人物像か(主人公の日常):夜白はまじめで前向きな性格で、摩耶と仲良く暮らしていきたいと家事を率先して行うが摩耶は冷たい。
主人公をめぐる問題が具体的に何か明確化: 婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れ、 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいないと言われる。
ファースト・ターニングポイント(アクション・選択):母が生きていると知り、取り戻すと決意する

インサイティング・インシデントに連動したセントラル・クエスチョンとなると、ヴィランを倒せるでしょうか? という問いになるかと思ったんですけど、次のシーンで主人公の夜白は母の友人を名乗り、家の管理をしてくれるヴィランと仲良くしようとするような真面目な性格です。倒そうとしてないし……。(仲良くしようとする動機は、父が死に、ヴィランに母も死んだと言われ天涯孤独だと思っているため寂しいので前向きに仲良くしようとしています)つまり、セントラル・クエスチョンがすごくわかりづらい設計です。
さらに、ヴィランである摩耶がヴィランだと判明するのも、第二幕の中盤くらい。

このように、セントラル・クエスチョンが暗示的でも面白い作品になると思いますか?

というか、セントラル・クエスチョンとテーマの違いって何でしょうか?

ややこしい質問で申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信)

投稿者 読むせん : 0

最新欄におじゃまします。

分からんなりに読んだつもりで質問
目指しているのは【ぷりきゅあ】か【まどか☆マギカ】どっち?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この物語において否応なく重要になってしまう部分は『ヒメガミへの変身』だと思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ぷりきゅあにおける【変身】はバトルシーンで見せ場ですが・・・実はストーリー上は比較的どうでもいい所です。ストーリー・ラインははバトル外で編まれていきます。

まどか☆マギカにおける【変身】はストーリー上では重要ですが、見せ場は10秒くらい。バトルは一切なしです(ヒロイン以外は戦っていますけれどね)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ストーリーだけ読むと、まどか☆マギカ寄り・・・・平凡な主人公がヒメガミ変身&ヴィランという【とんでもシステム】に翻弄され真実にたどり着く物語になります。

これをメインにすると、このヒメガミ・システムとは?月兔族の本当の狙いとは!?みたいなラインに流れがちで、家族の情のほうが添え物になるんです。
ヒロインは本当にヒメガミになってしまうの?的な。

ぷりきゅあ寄りだと、ストーリー開始時点で白夜ちゃんは積極的にバトルしており、その理由が両親を奪われた復讐。だが両親はヴィランに成り果てる形で生きていることを知り、
――――――主人公は両親をヴィランとして退治してしまうのか?、みたいに家族の情のほうがメインになる。

ちょっと読ませていただいた感じ、「月兔族」だの「姫神」だの「月送り」だの専門用語が多い。意味分かんねーよ。FFかキングダム・ハーツの新作設定かよ。

このままじゃあ設定を理解する部分にシェアを食われて、家族愛がオマケになるで?

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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投稿日時:

元記事:テーマを優先させる(葛藤を狙う)のか、どんでん返しを狙うのか

 あるサイトで小説を公開しています。その話について、展開に迷っています……。
 万が一読んでる人がいたらまずいと思ったので、名前はあえてサイトで使っている名前にさせていただきました。
 ‎
 ネタバレありきで小説の全貌をお伝えするので、どういう展開で小説を書けば読者に面白いと思ってもらえるか、意見が欲しいです……。

 小説自体は、『愛した人を殺すかどうか』みたいなところがテーマになっています。というか、タイトルがそんな感じです。

 主人公のメアリは人魚です。人間に恋をしたため、呪いにかかって作中では下半身が人間の姿になってしまっています。
 ‎一応この小説は既存の『人魚姫』オマージュなのですが、それと少し違うのが『メアリは人魚に死ぬほど戻りたい』と思っているところです。
 人魚は自分が人魚であることに誇りを持っているので、人間の足であるのが嫌なんですね。だから、恋をした人間を殺して、人魚に戻ろうとしています。
 ‎
 ‎メアリが恋をした人間の名前はサフィアと言います。二年前から陸に上がって探していますが、見つかっていません。

 小説は、主人公メアリが海賊としてある戦いをしたところ、ラムズという男に出会うシーンから始まります。
 その後、彼と一緒に旅を始めます。そして途中で、ラムズはメアリに告白をして「俺のことを好きになって欲しい」と言います。そのあと、メアリはラムズのことを少しずつ意識して、好きになりそうになったりならなそうになったり──の、もどかしい感じが続きます。
 
 ラムズは人間ではないのですが、どんな種族なのかは分からないようになっています。

 そしてここからネタバレなのですが、

 メアリが恋をしたサフィア──これは、ラムズです。サフィアの見た目とラムズの見た目は違いますが、それはラムズが見た目を変える能力を持っているからです。
 ‎私としては話のどんでん返しを狙うため、ラムズ=サフィアというのはクライマックスまで隠すつもりでいました。

 むしろこの話はメアリが主人公の話というよりは、「ラムズがいかにして自分が殺されないように立ち振る舞うか」みたいな話だったかもしれません……。それを、誰も知らない体で進めて、クライマックスで全てが分かる、みたいにしようと思ってたんです。

 ですが!
 ‎そもそも、ラムズがメアリに告白した時点で、読者からしたら『今後メアリはラムズを好きになるんだろうな』みたいに思うと思います。
 ‎それなのに仮にサフィアがラムズと全く別な男だった場合、『サフィアは単なる初恋の相手。その人を殺すかどうか迷うだけの話』になってしまいます。

 だからおそらく読者は、『サフィア=ラムズ』説を唱えるか、『ラムズを殺すかどうか迷う展開』を予測すると思います。

(ですが、今の時点では、メアリの人魚の呪いは『【人間】に対して恋をすると呪いが発動する』という形になっています。ラムズが人間じゃないことはみんなが知っている以上、『ラムズを殺すかどうか迷う展開の予測』は不可能になります。
 ちなみに、この呪いは神様がメアリにかけたんですけど、神様が間違えたんです。それに関する話はおそらく今回とは関係ないので省略します)

 ‎それならもはや最初から、「サフィア=ラムズなのでは?」と読者に思わせておいて、途中からメアリもそれに勘づき、
 ‎
「ラムズがサフィアだったらどうしよう。このまま好きになったらまた呪いが解けない。殺せなくなっちゃう。でも、ラムズは人間じゃない以上、やっぱりサフィアじゃないのかな? 私の呪いは、人間に恋をしたから発動したはずでしょ?」

 みたいな葛藤のストーリーにした方がいいんでしょうか……?

 わたしは、「ラムズがサフィアだったー!」っていうのは、かなりのどんでん返しになるかと思ってたんですけど、
 ‎そのどんでん返しを狙うよりかは、
‎「サフィアがラムズかもしれない。そしたらこのまま好きになったらいけない。でもちょっと惹かれる……」
 ‎みたいな葛藤を描いた方がいいんでしょうか……?

 そしてクライマックスで「本当にラムズはサフィアなのかな?! そしてメアリは殺せるのかな?!」を狙ったほうがいいんですかね……?
 
 ‎どっちが面白くなるんでしょうか。

 そもそも、「ラムズ=サフィア」っていうのは、はっきり言って読者からしたら「うん知ってた」みたいな展開になっちゃうんですかね? どんでん返しになりませんかね……?
 ‎
 ‎情報が少なくてすみません。もしもまだ足りない情報があれば、聞けば答えます。どなたかお力を貸してくれると、大変嬉しいです……。

上記の回答(テーマを優先させる(葛藤を狙う)のか、どんでん返しを狙うのかの返信)

投稿者 あまくさ : 0

はじめまして。あまくさと申します。

自作をめぐって似たような悩みをかかえているため、興味を持ちました。

私の場合は、5年以上前にラ研に投稿した作品がベースないなっています。そのストーリーがやや単純すぎたかと反省し、ヒロインの正体をめぐるドンデン返しを追加して全面改稿を試みました。ところがラストにそういうのを仕込むと、中盤までの主人公のヒロインへの想いや葛藤が迷子になってしまいかねないことに気づいてしまい……。
有効な解決策が思いつかないままその作品は一旦封印し、時々思い出しては考えている状態が続いています。

そういった自分の体験も踏まえて、主人公の葛藤とドンデン返しのどちらかを優先しなければならないとしたら、葛藤をとった方がいいのではないかと考えます。

ただ。

どちらかを優先するということではなく、設定を見直すことによって葛藤とドンデン返しを上手く両立させる道はないでしょうか?
お悩みのようなケースにかぎらずドラマに葛藤を仕込んだ場合は、ラストに何らかの着地点を用意する必要があります。それがないと読後感がモヤっとしてしまいますから。
ならば、ドンデン返しを葛藤解決のキッカケとして有効利用するような持っていき方(序・中盤の流れや伏線も含めて)はないか? ということです。

そんなことを念頭に置きながら、御作の粗筋を拝見しました。で、気になった点がいくつかあります。

(1)
呪いは人間に対して恋をすることによってのみ発動するということですね?
ところがサフィア=ラムズは人間ではないのに、呪いがかかってしまっています。その理由づけも気になったのですが、それについては後述します。
まず確認したいのは、

・主人公はラムズが人間ではないことと、姿を変えられることを知っているのかどうか?

・読者にもラムズが人間ではないことを早めに知らせるのかどうか?

この2点です。
ご質問の文面を読んだかぎりでは、どれも早めに知らせることになっているように思いました。
ここは、以下の4つの要素が絡み合っていて、けっこう複雑です。

ラムズは人間ではない。 → 人間に恋をすると~という呪いとの関係。
ラムズは姿を変えられる。 → ラムズは実はサフィアであることがバレバレにならないか?
主人公はそのことを知っているかどうか?
読者はそのことを知っているかどうか?

この4つの組み合わせを変えるだけで読者の印象が大きく変わる可能性がありそうなので、慎重に考慮する必要があると思います。

(2)
最終的にサフィアとラムズのどちらが主人公にとって「本命」なのか?
サフィアとラムズは同一人物(同一悪魔?)なわけですが、ドンデン返しを狙うからには主人公も読者も物語の終盤近くまでそれを知らないわけです。ということは、主人公(読者)の心の中ではそれまでは二人は別人ということのなるので、どちらに強い想いがあるのかはけっこう重要なポイントじゃないかと。

一案としては、中盤の流れの中で主人公の想いがサフィアからラムズにしだいに移り、そのことがラスト前の主人公の葛藤の最大値に繋がり、ドンデン返しで葛藤解決のキッカケが見える、というプロセスが考えられます。これなら、葛藤とドンデン返しの両立が図りやすいのではないかと。

(3)
サフィア=ラムズは人間ではないのに、呪いがかかってしまった。その理由づけは?

この件は、(1)(2)のどちらにも係わってきます。だから、ここは実はかなり重要なポイントなのではないかと思います。
で、考えていらっしゃる理由づけですが、

>ちなみに、この呪いは神様がメアリにかけたんですけど、神様が間違えたんです。

これでしょうか? だとすると、安直すぎるかもしれません。だって、これだけで葛藤も何もすべて一気に解決してしまいませんか? 一番決定的な解決にポッと出感があるのは、どうかと思います。
また、ラムズは人間ではなく変身できるなどの情報は伏線として機能するので、読者も色々考えてくると思うんですね。それが、神様の間違いでは拍子抜けされてしまう気がします。

なので、

・呪いの設定そのものを見直す。

あるいは、

・呪い発動が間違いと気づくことに、主人公自身の知恵や行動が関与しているように描く。

・神様の間違いで最終的に解決するにしても、そのまえに主人公自身が苦しみながら葛藤に立ち向かい、何らかの決断をする姿勢は示しておく。読者がその姿勢に共感・同情し、「もう、神頼みでも何でもいいから、彼女を助けてやりたい」という願望を起こさせるのが狙いです。人事をつくして天命を待つ、という感じでしょうか?

そういった要素を入れた方がいいのではないかと。

方向性としては、こんな感じかなと思いました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: テーマを優先させる(葛藤を狙う)のか、どんでん返しを狙うのか

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元記事:小説の視点について

「主人公が、誰かの日記や手記、手紙を通して過去を知る」という書簡体のような形式の小説を書きたいのですが、伝聞や記録だけで過去を網羅するのが難しいです。例えば、主人公の読む手紙に登場したキャラの私的な過去の一場面を書きたいと思ったとき、手紙の書き手も主人公も知らない出来事は書けませんよね。そう言ったものを書きたい場合は、やはり手紙形式や誰かの視点から過去を見るという形は諦めて、完全なる三人称視点で書いたほうがいいのでしょうか?

上記の回答(小説の視点についての返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答!

最終手段としては三人称視点ないし一人称視点を差し込むことになるだろうけど、その前に出来る工夫としては、

1.書き手も主人公も知らないから書けないのであればどちらかが知ってる展開にすればいい話で、「それは無理」と考えてるのは意外と作者くらいで完成品を読んだ読者は「普通に知ってる展開にすりゃいいのに」って思ってたりする。
書かれてる作品について何も知らないので確かな事は言えないけど、無理だと思考停止せずに可能性を考えてみるのもいいと思う。

2.書き手と主人公が知らないとしても、読者は知っているという形を取ることは出来る。
例えば、「日記や手記や手紙」と書かれてるあたり、主人公は複数の書き物を読む展開だと読み取れるけど、その手紙や日記を書いた人が特定の一人ではなく複数の人間である場合、その手紙や日記に書かれてることを照らし合わせて考えられるのは主人公と読者の二人だけで、かつ主人公の思考を客観的にとらえることが出来るのは読者だけなので、主人公が気が付かなったことに読者は気が付ける。
例えばゲーム「バイオハザード」とかで探索すると研究員とか関係者の日記などアーカイブが収集できる。ようはこれと同じでしょう。
Aの書類とBの書類、あとCというアイテムがあった場所からして、おそらく書類を書いた人はここで亡くなって、さっき倒したゾンビがそいつだったに違いない。って思えるじゃん? この人物の手記からして恋人を守ろうとしたんだろう、って感じで「書かれてないことを推察できる」でしょ。
そうやって書かずに表現することで、書き手や主人公が知らないことを読者に「伝える」ことが出来る。

3.これは小手先の誤魔化し手段あるいは本来は補間の手段だと思うけど、
書き手あるいは主人公の推察や予想として「たぶんこうだろう」って書いちゃう。例えば軽いジャブ程度の布石としてよくあると思うけど、「敵は既に傷を負っていた。俺の前に誰かがヤツと戦ったのだろう」とか。
書き手も主人公も「その戦い」のことは知らんけど、そのことに触れられるようにする。
そんで、その直後の展開で主人公と近しい人が手首を痛めてて「手首どうしたの? 怪我?」なんて会話があって答えを濁されたら、「ああ、戦ったのはこの人か」ってわかるじゃん?
あくまで登場人物の推察や想像でしかない事だからあんまり深く詳細には書けないけど、積み重ねていくと、読者の中で勝手に「裏で暗躍して主人公を守ってる人」みたいな像が出来てくる。

書き手も主人公も知らない事である以上は「直接書く」ことは出来ないから、間接的に書く、あるいは書かずに言外に語るってテクニックが必要になる。
そんで、「登場人物が知らない事」をどうにか知ってる形に持ってくのも作者の技量だし、それでどうしても「知らない」になるなら、それを書かずに伏せたまま物語を成立させるのも作者の腕。
個人的には、作品の作風にもよるけど、物語の本筋に関わらない部分は書かずに伏せてしまって取捨選択、本筋に関わる部分は 知ってる形 にするか視点や人称を変更して差し込むかして、余裕があれば気に入ってる部分は言外に語ったりするかな。
最初から三人称の形で書いてもいいけど、作品を知らないから何とも言えないんだけど、たぶんそれって「手紙を読む」って形だから面白い作品なんじゃない?
例えば「フランケンシュタイン」とかがその形式だけど、三人称で普通に書かれてたらあんま面白くないと思う。「手紙を読んでる」って設定だから読者も同じ手紙を読んでると思えて面白味が増幅される作品なんだし。
そのあたりも考えて三人称でも問題なさそうなら、逆に手紙形式は面倒なだけだから三人称にするのも手段かなと思う。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 小説の視点について

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