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元記事:冒頭の場面(ワンシーン)の長さ

いつも創作Q&Aを拝見しております。
早速質問させて頂きたいのですが、それは表題の通り「ワンシーンの長さ」についてのことです。
私は今書いているのは「勇者とお姫様が二人で冒険の旅をする」というコメディチックなお話です。
そんな物語の冒頭が「勇者がお姫様を牢獄から助け出す」という二人の馴れ初めのシーンなのですが、なんと42字×34行のページ設定で20ページ・2万5000字もあります(全部で150ページくらいの話にしようと思っています)。
このシーンの流れとしては「勇者が牢獄にとらわれたお姫様を見つける」→「勇者はお姫様を連れて牢獄の外へ向かう」→「外にはお姫様を捕まえた強いモンスターがいた」→「勇者は強いモンスターと戦い、なんとか勝利を収める」というストーリーになっています(あくまでも物語の「冒頭」です)。勇者とお姫様の掛け合い(ギャグ)を書いていたら長くなってしまいました。
この初っ端の20ページは時間も場所もほとんど変わりません。話の筋も「勇者がお姫様を助け出す」というもので、多少変化はありますが(「お転婆なお姫様は王国に帰らず勇者と旅をしたいと言い出す」)、基本同じ話です。

他の方のライトノベルを読んでいると、冒頭のシーンは軽めに抑えてテンポよく場面を切り替えてる気がします。
(例えば……「酒場」で仲間を集めて、「翌日の朝」に「ダンジョン」を探索し、手に入れた財宝を「町の宝石店」に売る……という感じです)
中盤やラストシーンならともかく、やはり冒頭から20ページもの同じ場面を続けると読者はうんざりしてしまうのでしょうか?
冒頭は2~3ページごとに「別の日」、「別の場所」となるようにプロットを練った方が良いのでしょうか?

とりとめもない質問となりましたが、よろしくお願いします。

上記の回答(冒頭の場面(ワンシーン)の長さの返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

書いてみたら多少長くなりまして、結論から申し上げてみます。

冒頭の文章量が客観的に決まるわけではありません。どこまでが冒頭かも、作者の意図に関係なく、個々の読者が思い思いに判断します。気にしても仕方ない事項ですし、読み進める意欲を掻き立てる工夫のほうが大事です。

多少具体的に申せば、出だしから目を引くツカミを作りさえすればよく(興味の喚起)、かつ「この作品はどういう話なのか」(読むモチベーションの喚起)も同時に提示できれば充分です。

目安としては読み始めて3分以内にそれらができれば大丈夫でしょう(3分は無目的に待てる平均的な限界時間で、おおむね3千字以下と考えて可)。それが冒頭なのか、本筋なのかは(読者には)どうでもいいことです。

以下、そのことを補足的に説明してみたいと思います。

1.冒頭では「この物語は何の話か」を提示する必要がある

お示しの数時からは、冒頭部分は物語全体の10%~15%くらいになりそう。これくらいの割合となると、その冒頭で物語の方向性はほぼ決定づけられている、と読者は期待するはずです。

もっと短い冒頭でも、やっておくべきことがあります。よく言われるものですが「誰がどこで何をする話なのかの明示」ですね。もっと簡潔に言えば「何の話なのか」です。少し詳しく言うなら「主人公はどんなキャラか」「物語の舞台はどんな世界か」「主人公の目的は何か」です。

これが大事なのは、読者が読み進めるためのモチベーションとなるからです。もっとも、序盤で提示した「何の話なのか」は偽のものであっても可です。中盤でのどんでん返しを狙うといった展開もありますから。

その場合でも、真の「どこで何をする話なのかの明示」は改めて明示する必要があります。かつ、たいてい「誰が」の部分は変更できません。ある程度読み進んだ読者には、主人公(ないしは視点キャラ)への感情移入が発生するからです。

2.構想してお出での冒頭の流れについて

冒頭の流れは、テンションの高さや起承転結に対応させますと、

01:勇者が牢獄にとらわれたお姫様を見つける(テンション中:起)
02:勇者はお姫様を連れて牢獄の外へ向かう(テンション低:承)
03:外にはお姫様を捕まえた強いモンスターがいた(テンション高:転)
04:勇者は強いモンスターと戦い、なんとか勝利を収める(テンション高→低:結)

となって、この流れの中で、

05:01~04の過程で、お姫様は勇者を信頼し、強い興味も抱くようになっていた

となるようですね。起承転結が成立していますし、これだけでも長編1つくらい書けそうな内容です。つまり、完結性のある冒頭エピソードになりそうということです。

3.冒頭とその続きが話の流れとして断絶してしまわないか

この完結性を高くできそうな冒頭のイベント(姫探索・戦闘・救出)が終了して、「お転婆なお姫様は王国に帰らず勇者と旅をしたいと言い出す」はどうつながるのかが問題となりそうです。冒頭のイベントは勇者と姫をくっつけるためだけで、以降の話が冒頭のイベントと無関係に続くと、ちょっと面食らう展開と思われてしまうかもしれません。

特に気になるのは「勇者とお姫様の掛け合い(ギャグ)を書いていたら長くなってしまいました」という部分です。読者には、これが作品テーマと受け取られる可能性があります。しかし、勇者の行動上の主な活躍は魔物打倒と姫救出です。

どちらが作品の「何の話」なのかはしっかり提示する必要があります。もし「手に汗握る救出・脱出・戦闘・勝利」をしっかり描いたら、勇者と姫のコミカル掛け合いはコメディリリーフと思う読者も多くなるでしょう、もし冒頭後の2人冒険譚が実は勇者&姫の漫才主体だったら、「手に汗握る」を期待した読者は失望するリスクが高い。既に2万5千字分、読んだわけですから。

4.冒頭の比重=文章量を下げるやり方もある

もし冒頭とそれ以降の接続が悪そうで、しかし冒頭の緊張感も失いたくないとすれば、冒頭の量を削る手が考えられます。現在の冒頭の流れでは、01は必ずしも必要ありません。大事そうなのは姫と遭遇することですから。

一方、最大の山場は03~04でしょう。03から始めると、なかなか緊迫感高そうなシーンが描けそうです。そのモンスターが喋れるとしたら、「おっと、せっかく捕えた姫を逃がしてもらっては困るなあ」と言わせれば、シーンの事情や状況は分かります。そうだとしたらですが、02も削れる。

あくまでも、冒頭の(完結性が高そうな)エピソードと後のストーリーの接続が悪ければの話です。冒頭のエピソードが、ストーリーの開始になっているなどであれば、むしろしっかり描いたほうがよさそうです。その場合、繰り返しですが、読者に「これはこういう物語」と印象付ける可能性が高いので、期待には応える配慮が必要です。

せっかく思いついたいいシーンだとしても、読者にとってどうかが大事です。作者としてこれなら面白くなると思えても、読者は読みたがるかどうかで判断する必要があります。

その読者は御作や作者さん(スレ主)さんを知りたいのではなく、ただ単に楽しみたいと思っています。ゲームのほうが面白いと思ったら、読みかけの小説は放り出します。多少誇張すれば、読者は怠惰で無知で考えることも大嫌いです(もっとも、読み進めて面白くなってきたら豹変します)。

その読者を長い文章に付き合わせるには、作者に己を斬り捨てる覚悟が必要です。自分の努力は隠し、読者の努力は最小限に抑えなければなりません。繰り返しですが、要は、冒頭のツカミで読者を引き込むには、白紙の状態の怠惰な読者が面白がりそうなものだけにし、残りは削る、後に譲る等々を考える必要があります。

5.長い冒頭を後で活かす手もある

例えば「慎重勇者」(実はアニメしか見てないですが)ですと、冒険(魔王討伐)開始までかなり引っ張ります。序盤の見どころが勇者の非常識なまでの慎重さだからですよね。スラップスティックにしか見えない話作りです。「慎重勇者」の巧い点はそれが伏線だというところにありそうです。

非常識なまでの慎重さは、実は勇者(行動上の主人公)、ヒロインである女神(視点主人公)らに隠された事情があったから、と中盤~終盤に明かしていき、シリアスドラマになってバッドエンドになりかけ、しかしハッピーエンドとなります。ギャグのためのギャグではない、つまり「なるほど」となる仕掛けだったわけです。

もしスレ主さんの構想する作品で、序盤はギャグ主体で引っ張るにしても、そのギャグが各シーンの中で完結しないようにしたほうがいいでしょう。読者としたら、序盤で楽しんだことが、実は終盤で別の意味に見えたりしたら、何か見つけた気分になれます。

そういうのも読者が読んでくれた労に報いるものであり、読後の満足感につながります。冒頭のツカミは読み切る意欲を掻き立てるためにあり、作品の印象は締めくくり方にあります。もし冒頭のコミカルが長い、多いとお感じでしたら、その後の展開に活かすことを考えるのも悪くありません。

6.結論再掲

少し考えただけでも、以上のように「冒頭の長さって言っても、あーでもない、こーでもない」です。何文字なら長いとか、逆に短すぎるとかはありません。冒頭は読み進めたくなるかが第一で、できれば冒頭は冒頭で終わらせない工夫ができれば充分です。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 冒頭の場面(ワンシーン)の長さ

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元記事:飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。

お久しぶりです。大野です。
前から連載していた作品が、ある程度軌道に乗ってきて新作品のアイデアを練っていたのですが……。
練っていたところで、タイトル通りの疑問にぶち当たりました。

作品の完成予想図。
大学受験中に親が原因で鬱になった主人公が、妹(or従妹)の高校進学が少し遠くに進学するのをいいことに妹共々家を出て二人暮らしをすることになり、その先で家事をしたり、今まで言ったことのない店で外食してみたり、バイトしたり、高校時代に同じ部活だった仲間とふざけたりする。感じの作品です。

鬱の原因について親も納得しており、かつ親自身の性格である故に理解できても親にはどうしようもなかったこと。妹(or従妹)は妹で鬱になるほどではなくとも兄の苦労を理解していたこと。兄妹がシスコン・ブラコン気味であること。
この三点を抑えて置いたうえで、なんですが。

『精神的に疲れてる主人公』がうまい飯を食って元気を出すシーンで、料理の外見及び味そのものの描写について。どれくらいの文量が相応でしょうか? 
個人的には文庫本サイズで考えて八行くらいかな、と思うんですが。どうでしょう?

上記の回答(飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

飯の描写に客観的な文章量基準はないと思われます。面白く読める、というのが大原則で、料理自体が大事でないとか、描写しても目を引かないようなら減らしたり、削ったりです。逆に作中キャラが料理に夢中になることで面白くできそうなら(例えば、レストランで自分の料理が来るのを待つ間、他の客の美味しそうに食う様子に目を奪われるとか)、きちんと文章量を取って描くことになります。

その料理自体の描写では、料理人やエピソードで食べ物の周辺を表現するといい、等々の良回答がありますんで、料理そのものにアプローチできるかどうか、少し考えてみます。

某コミックで、ラーメンを題材にしてだったと思いますが、「客はラーメンではなく、情報を食っている」と断言しているのが話題になっていました。これは直接的には、味や香りが分からず、評判や雰囲気で流される愚を指摘したものですね。美味しいと思い込んでいるから美味しく感じるだけだと。

しかし、味や香りを伝えられない文章作品では使えそうな手とも思えます。例えば、コミック「美味しんぼ」では、作中キャラ多数が「美味い」と言う、食通とされるキャラターの料理に対する反応を見せる等々の手法が頻繁に用いられてます。

やはりコミックですが「クッキングパパ」では、レシピ、調理過程を見せるのが主体です。こう作ったんだから美味しいはずだ、という演出です。全く調理知識・経験がなかったら、伝わりにくいかもしれません。が、家庭や厨房の見える食堂で、空腹をこらえながら調理を眺めて、わくわくしたり焦れたりしながら待った経験のある人は多そうです。

古いTV短編のものでは「味の招待席」(1980~1992年)というのがありました。調理過程のみをナレーション付きで見せ、食べるシーンはなしです。ナレーションが米朝師匠であったため、その喋りで料理の魅力を出していました。調理中の音も重要で、「ジュー」と焼ける音などが効果的に使われています(コミックや文章作品なら擬音が使える)。

コミック・アニメの「空挺ドラゴン」ですと、架空の食材(ドラゴン)を使いますが、あり得そうなレシピ、現実的な調理で見せる工夫がありました。調理が済むと作中キャラ多数が美味そうに食うわけですが、おそらく調理シーン段階で「料理の美味しさ」の8割くらいが決していたような印象があります。「味の招待席」と同じ方向性の工夫です。

これは不味さの強調にも使えます。例えば「フルメタふもっふ」で、武骨な軍人がボルシチを調理するシーンがあります。ボルシチは妻がよく作ってくれたもので、味を再現したいんだとその軍人は言う。加熱調理するのに、デジタル温度計、タイマーやストップウォッチ等々を駆使し、トドメに「ココアパウダーと味噌ペーストが決め手だ」と言う。それを食わされた他のキャラの反応は言わずもがなです。

これらは映像作品であるわけですが、文章作品にも応用できると思います。調理過程は論理的な面が強く、映像で見せる作品でも(視聴者に理解してもらうには)解説は必須となります。文章作品なら言葉で説明入れるのは必然ですから、「バターでこんがりするまで炒めたら、仕上げにブランデーでさっとフランベして」とか書くのは自然です。コミック同様、擬音も使えます。

もっとも、主人公の料理に対する実感、感想、感動のほうが描写効果が大きいのは確かです。読者が感情移入しているのは主人公ですから、主人公が感じ取るものが最も伝わる。もし食材や調理過程を描くとしても、主人公の実感に説得力を与える等の、補助的なものと考えるほうが無難でしょう。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。

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元記事:情景描写、表現について

人物の気持ち、周囲の状況等を説明するとき
「~の様な」と、「様」を多用してしまう癖があります
書いてる途中でそれに気付いて他の表現方法を探すのですが他に思い浮かびません

「人のはらわたの内側の様な」
「肌の表面に氷を押し当てられている様な」
「そのどれでもある様な、どれでも無い様な」
「最初からそうであったかの様」

これが全て13行の中に入ってしまっています
「様」を減らすにはどうしたら良いのでしょうか
宜しくおねがいします

上記の回答(情景描写、表現についての返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

まず最初に申し上げておくべきなのは、比喩(直喩)の「~のような」は、多用しても構わないものだということです。

誰もがよく知るものまで「~のような」とは書いておられないんじゃないでしょうか。例えば「猫」と書くに、わざわざ「~のような」で形容したりしないはずです。

読者が多分見たことがなさそうと思うから、似たもので例えるため「~のような」が出てくるのでしたら、問題ありません。作者オリジナルの空想上の生き物とか、キャラの感覚とか、「~のような/ように/ようだ/etc」を使わないと表現が難しいものはたくさんあります。「よう」を使って分かりやすくなるなら、迷わず使うべきです。

と、原則論はここまでにしまして、お示しの表現例について考えてみます。

1> 「人のはらわたの内側の様な」

「はらわた」は漢字は「腸」で、おおむね大腸を指しますが、他の内臓も含めることもあります。仮に大腸だと解釈するとして、その内側ですから大腸の中ということになります。

字義通りに解釈すると、読んでも分からない表現でしょう。仮に論理的には分かったとしても、イメージは湧きにくい。

もしかすると、人間の内部のような、という意味で書いたのでしょうか。つまり「人のはらわたのような」でいいところを、はらわたを内側と言い換え、付け足してしまったとか。

もしそうなら、余計な「内側」が邪魔をしています。言い換えれば、「馬から落馬」みたいな重複表現です。

2> 「肌の表面に氷を押し当てられている様な」

これも「肌の表面」という表現が疑問です。肌は人間の表面にあるものです。その表面となると、さらに細かく識別しているようなニュアンスとなります。

でも、これって「肌に氷を押し当てられているような」か「体の表面に氷を(略)」ではないんでしょうか。もしそうなら、これも重複しています。

3> 「そのどれでもある様な、どれでも無い様な」

これは比喩ではなく、断定を避けて、曖昧な感じを表しています。「よう」以外に、「らしい」「みたい」等もありますから、適宜、言い換えるといいと思います。

「そのどれでもあるらしいし、どれでもないらしいし」
「そのどれでもあるみたいだし、どれでもないみたいだし」

4> 「最初からそうであったかの様」

これも断定を避ける「よう」です。上記表現だと「「風(ふう)」等でも言い換えることもできます(「みたい」等も使える)。

「最初からそうであったかの風(に)」

以上、見てみましたが、1~2は重複表現でおかしくなっている可能性が高く、もしそうなら「様(よう)」で誤魔化していると思われます。このパターンの対策は、「様(よう)」はひとまず置いといて、「様(よう)」以外の表現がおかしくないか点検することが有効と思われます。

3~4は、おそらく問題ありません。が、気になるようでしたら言い換えを用いればいいと思われます。つまり、もし問題があるとすれば、語彙だということですね。読書量に応じて増えていくものですし、少しでも疑問に感じたら辞書を引くようにすれば、上達は速くなります。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 情景描写、表現について

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元記事:作品と作者の人格

良く作品と作者の人格は分けて考えろ、とは言いますが、Twitterなど素が垂れ流しになっている現代だと、呟きなどの印象からどうしても読むのが無理になってしまったり、なかなか分けて考えるのは難しいと最近良く感じます。

良く交流していた物書き友人もフェミニストばかり叩いているのを見てしまってから読めなくなったりしました。

皆様は分けて考えられるタイプですか?
それとも分けては考えられないというタイプですか?

また上記の友人の様に執拗に誰かを叩いている人にどの様な印象を持つでしょうか(私の心が狭いだけでしょうか?)

色々な考えを聞いてみたいです。

上記の回答(作品と作者の人格の返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

これは客観的な側面と主観的な側面があるんじゃないかと思います。まず客観的な面から少し。

1.客観的な損得

少し前に、発行巻数も10を超え、アニメ化も発表された商業出版ラノベで、作者のSNSでの中韓に対するヘイト発言が掘り出され(それも数年前)、数日でアニメ化中止、原作出版も無期限停止になったことがありました。

これは「表現の自由」と絡めて語る向きも多かったように思います。が、出版、アニメ化は商業行為です。企業は損失になると見たら撤退するのは道理です。作者の自由を守って、従業員を犠牲にすることはできません。

その事例で何がまずかったかと申せば、私見ですが、アニメは中韓と深く関わることが理由の1つであったと思います。まず中国ですが、人口が多く、潜在視聴者数は膨大です。アニメは利益が出にくく、アニメータなどのクリエイターに報酬で報いることが十分ではありません。

中国でのアニメ放映は多大な商業的利益をもたらし得ます。ハリウッド映画などでも、中国人の役柄を加えることが多くなっているのも、世界展開での観客動員数を考慮してのことだそうです。アニメだって同じでしょう。作者が中国ヘイトを垂れ流していた、ということは、つまり客を罵倒していたということになります。それでは儲けようがありません。やらないのも当然です。

韓国については人口が日本よりずっと少なく、視聴者数的にはあまり稼げないでしょう。しかし、アニメ制作では深いかかわりのある国です。本格的に協業を始めたのが、調べてみますと、1967年の「黄金バット」、翌68年に「妖怪人間ベム」です。これがヒットし、以降、途切れずにアニメ制作の協業が続き、深まりもしました。

日本に来て仕事をしている韓国系クリエイターも多い。非常に不幸なことですが、京アニ放火殺人事件でも韓国系クリエイターも亡くなっています。作者に韓国ヘイト発言があれば、制作陣に動揺が起こることはリスク要因となります。アニメ制作者は過重労働が多く、しかし報酬が低いわけですから、他へ移ってしまうことはあり得ます。避けられるのも仕方ないことです。

上記は1事例ですが、作者が不特定多数、特にターゲット視聴者、制作協業者に対するリスクの高い行動をすると、メディアミックス展開どころか、原作自体が潰れてしまうことだってある、ということになります。ですから、不特定多数向けで成功したければ、嫌われやすい言動、行動は避けておけ、となります。
(逆の事例もありまして、普段の言動だけでなく、作品自体も多数から嫌われるものを作っている人もいます。ニッチながら安定した支持を得る戦略と思われます。)

作者の戦略と言動が不一致なら、「そういう行為は作者さんの将来を潰すぞ、やめるまで読まない」と告げるのもアリでしょう。ただ、作者が「いや、ニッチな市場で生きていくつもりだ」と言い出したら、それまでですが、

あるいは、作者の言動が反社会的であるような場合もあります。そういう作者の作品を読むことは、反社会行為を支持することになりかねません。商業出版なら、作者の反社会的行動に資金を与えることになる。積極的に読まない、買わないという選択もアリでしょう。

2.主観的な好悪

主観的なものだと、申し訳ないんですが、スレ主さん含めて、人様のことは分かりません。内面までわかるのは自分自身しかないからです。以下は、スレ主さんの事例に該当するかどうかは全く分かりません。それでもご参考までに、回答している自分自身の経験を申し上げているだけ、とお受け取りください。

普通は、作品Aを読む、という意識で読むんじゃないかと思います。作者が誰かは、読書中は意識していない。最も多い、普通の読書の態度と思われます。人によっては、作品はすぐ有名になるが、作者が誰かを知ってもらうには10年かかる、なんて言ったりもするようです。

別のケースもあります。作者Bが書いた作品Cを読む、という意識で読むこともあります。これは、作品Cを通して作者Bを見ている状態です。作品Bが割とどうでもいいことすらあります。著者が著名人であることをウリにするのはよくあることです。これは小説に限りません。

例えば、AKB48の歌曲は、聴くとAKB48のメンバーやパフォーマンスを思い出す、感動が甦る効果があります。つまり、歌曲だけを評価していない。もし歌曲自体が好きなら、他のもっと歌唱力のある歌手・グループのカバーがヒットするはずですが、ヒットどころか、そもそもあまりないのが傍証でしょうか。AKB48メンバー・パフォーマンスと歌曲がセットで受けているということですね(おそらく、戦略的にそうなるようにしていそう)。

作者名を意識した途端、誰かを叩く行為を思い出して不快なら後者であり、もともと、「○○さんが書いた作品」という影響を(おそらく無意識に)受けていた可能性も考慮すべきでしょう。

さらに「誰かを叩いているから」が本当の理由かどうかも、よく考える必要がある。例えば、よく見聞きするものに「○○さんは臭いから嫌い」というものがあります。経緯を調べると、(別の理由の)嫌いが先にあって、その嫌いな人の臭いを理由にするようになった、という事例が散見されます。

逆の事例が、人ではなくて食べ物ですが、例えば納豆。最初は臭いが嫌い、食欲が失せると言っていた人でも、例えば健康にいいはずだからと食っているうちに好きになることがあります。好きになると、納豆の臭いがしたら食欲が増すということも起こる。これは、慣れる以外に、納豆を食べた後の体調の変化も(無意識に)感じ取っての変化らしい(このことを「美味しい」が分かるのは食べた十数時間後だ、と表現する人もいたりする)。

そのように、好き嫌いなんて容易に逆転することだってある。主観的なものである上、理由を誤認することも、変化することも、よくあるということです。「○○は自分が好きな漫画キャラを女性蔑視だと不当に非難した叩いた。だから○○の書いたものなんてもう読めない」と感じたとして、本当に「叩いた」ことだけで嫌いになったかどうかは怪しい。

前から嫌いと思う点があったかもしれない。むしろ、あるのが普通です。ある他人について、どこを見ても好きだ、少なくとも嫌いでないなんて、あり得ない話です。どんな他人でも、基本的にその人自身のために生きているのであって、自分が気に入るように行動・言動の選択、果ては人格形成しているはずがないですから。

他人は、おおむね八割がたは自分と異なり、二割がたは共感できる。異なる八割がたのうち、二割くらいは相容れない。そういう傾向があるように思います。そうなると、さらにややこしくて、自分的には嫌な話にたどり着くしかありません。

ある他人のある行為を見て、その人の書いたものが嫌いになったとして、その「ある行為」を気にしているのは、他ならぬ自分です。その他人が、自分の嫌なことを見るのを無理強いでもしたら話は別ですが、そういうことはあまり起こらないでしょう。

つまり、たいていは自分の選択のせいであるわけです。他人の嫌な面をわざわざ覗き込んで、嫌だ嫌だと愚痴っている状態ということです。例えるなら、カメムシを自分の鼻先で潰しておきながら、臭いじゃないかと怒っているような状況です。

といったことを申し上げると、「じゃあ気にしなければいいのか」となりそうですが、そうではないです。それは自分にはできません。嫌なことは、思い出したくなくても、気になります。一種の警戒ですから。警戒は生存のための本能の一部です。取り除くことはできません。気にしまいとすると、かえって強まることすらあります(嫌な記憶に注意を向け、反復強化してしまうとかです)。

ですが、「嫌だと思っているけど、根っこには嫌な面を見に行こうとする自分自身に理由の一端がある」と意識することはできます。

そう思っても読めなければ仕方ありません。読まないだけの話です。楽しみたいのに苦痛のほうが大きかったら、何をしているのか分かりません。もし作者は依然として嫌いであっても、作品への嫌悪感が減じて読めるようになったら、儲けものです。読めばいい。

加えて、「自分の創作のための勉強だ」と思える場合は、ある程度は自分の嫌悪感を客観視できて、きちんと読むこともできやすくなります。

以上、繰り返しですが、全て私自身の話です。自分の個人的な経験でも、もし参考になるならと書いてみました。

カテゴリー : その他 スレッド: 作品と作者の人格

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元記事:書き出しでの会話はアリ?ナシ?

新人賞などに応募するとき、最初に会話文を持ってくるのはダメ。
みたいな話を聞いた覚えがあるのですが、第一話およびプロローグを書く際に、いきなりキャラ同士の掛け合いから始めるのはどちらかとえばナシなのでしょうか?
また、ネット投稿なら会話文で始めるのはアリなのでしょうか?

上記の回答(書き出しでの会話はアリ?ナシ?の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

会話文で始めないほうがいい、というコツは聞いたことがありません。できれば、どういう文脈で語られたものなのか、お示しいただくと助かるのですが。が、なんとなく見聞きするものはたくさんありますから、「ここにこう書いてある」と教えて頂くのも難しいかもしれません。

以下、ご質問文だけから推測を交えて回答してみます。もし、「いや、そういう話じゃない」ということでしたら、スルーして頂くと幸いです。

結論から申せば、ケースバイケースです。面白ければいい。とだけ申し上げても何のことか分からないですから、少し具体的に説明してみます。

1.冒頭から2名以上の会話を続けるのは難しい

「会話文」と仰るのが、2名以上の会話が続くのか(2行以上になる)、あるキャラの台詞(1行で終わり、地の文が続く)なのかが気になります。まず、出だしが2名(以上)の会話であるとどうなるか、考えてみます。

冒頭ですから、シリーズものでない限り、出てくるキャラクターは読者としては未知ですよね。つまり赤の他人。小説の舞台、世界観とかも分からない。何の物語なのかも知らない。

そういう読者的な条件で、キャラが会話していたとして、話の内容が分かるのは難しいでしょう。読者が一刻も早く知りたいのは、「この物語は、誰が、どこで、何をする話なのか」です。それが分からないと、興味の持ち方が分からず、読むモチベーションを保ちにくい。

2.冒頭では登場キャラは読者にとって、みんな見ず知らずの赤の他人

見ず知らずのキャラクター複数が会話していたとして、読者としては「こいつら誰だよ」「どこで何の話してるんだよ」「この会話の背景はなんだよ」になりがちです。会話では話す相手に注意が向いており、会話参加者は話している内容のベースを共有しています。ですから、読者に向かってはないし、会話の前提も読者には分からない。

そういう出だしは避けるべきです。何を書き始めたのか分からないのでは、興味を持つ以前の問題となります。

3.異常な状況を示す台詞で書き出すのはよくある

一方、単独の台詞だと話は別になってきます。相変わらず、誰が、誰に向かって、どういう背景で話し始めたかは、読者には分かりません。

ですが、出だしが例えば「うわあ、おまえ何やってんだよ!」という台詞だとしたらどうか。何か、異常な状況が起こっているらしい、くらいは分かりますよね。すると、読者としては「何が起こってるの?」という疑問が生じます。疑問が生じると解決したくなります。解決するには読み進める必要が生じます。

しかしもし、「おはよう、母さん」で始まったとしたら、なんてことはない日常シーンが思い浮かびます。こういう台詞のみで読者の目を引き付けることはできません。さらに会話が続いたとして、「おはよう、ご飯できてるわよ」だとしたら、なおさらです。読者の興味は下がる一方です。

4.地の文との兼ね合い

「うわあ、おまえ何やってんだよ!」で始めず、地の文で「 俺の目の前で同級生の咲が上着を脱ぎ、シャツまで脱ぎ始めやがった。」としてもいいでしょう。ですが、ラノベはキャラ小説だと言われることを考慮すると、キャラ、特に主人公の驚きを表現するのは有効と考えてよさそうです。それなら主人公の驚きを台詞で示すのは有効です。地の文の語りより、台詞なら発話したキャラの反応自体も描けているわけですから。

ですので、キャラ同士の掛け合いで始める、といっても、台詞→地の文→台詞なのか、台詞→台詞なのかで違ってきます。台詞→台詞では、台詞で状況を説明しないと、2番目以降の台詞がどういうことなのか分かりにくく、従って読者の興味を引きにくい。

一方、台詞→地の文→台詞と、地の文を挟むと状況は異なります。どういう状況なのかを読者に分かるように示すのがやりやすい。状況が分かれば会話の意味も分かって来る。そこからさらに状況を掴むこともできて、と良いサイクルを回すことが可能です。

5.会話主体の物語もあるし、設定語りの愚を避けるコツもある

しかし、です。例えば、駄弁り系の話なんてものもありますよね。キャラ同士の会話自体が面白く、極端にはキャラは部屋に座っているだけとか。シリアス系の会話で面白がらせるのは至難ですから、ほとんどがコミカルなものだと思います。それなら、地の文はむしろ余計かもしれません。会話の面白さが作品の狙いなら、出だしから会話を連ねるべきでしょう。地の文については、いかに削れるかを工夫することになります。

非常に壮大なスケールの物語を書こうとして、よくある失敗が「冒頭の設定語り」だったりします。出だしから、長々と小説世界の背景、設定、キャラ説明とかを書き連ねてしまう(作者的には書いていて面白いだけに、危険な罠)。そういう出だしを読んだ読者がしばしば指摘するのは、「例えばだけど、主人公の最初のこの台詞と書き始められないか、考えてみてはどう? その後の説明も省いて、ヒロインの反応をすぐ持ってくるってことで」というものだったりします。

6.だからケースバイケース

結局、いろんなケースがある、という月並みな話になります。どんな作品を書こうとしているかで決まる。もし「最初に会話文を持ってくるのはダメ」という評言があったとすれば、おそらく「この作品では、最初に会話文を持ってくるのはダメ」といったことになるでしょう。

7.形式ではなく内容が大事

でも、もし原則論を申し上げるなら、たった1つしかありません。「その出だしは目を引き付けるか」です。言い換えれば、「最初の1行の情報は、読者の興味を掻き立てるか」です。読者の目を引き付ける情報が、地の文で表されるか、会話文なのか、ということは二の次の問題です。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 書き出しでの会話はアリ?ナシ?

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元記事:とても変なスランプ(?)に陥っています、12歳です…

 12歳、女です

 小説家になろうと言うサイトで、1年、必死に書きまくって、
 100ポイント(評価のような感じ)の壁を越えて、
 ブックマークしてくださる方も、予想以上に120件を超えました。
 ただブックマークボタンを押すだけですが、それでも120人という数字に驚いて、
 感激して、毎日自分の評価でうっとりしてる私。

 私は、その作品の前に、ちょちょっと書いてすぐに捨ててしまった作品がありました。
 そのほとんどが、5000文字以内で。
 
 元々なんで小説家になろうに登録したのかと言えば、書籍化できるからとか、
 そんな叶わない夢。
 
 調子に乗ったんです、「このまま本になるんじゃないか」って。
 (自意識過剰です、そこは直さないと……)

 けれども、矛盾点をたくさん指摘され、挙句の果てにストーリーがループすると言う作品でした。

 それから、しばらく書かなくなりました。
 
 作品も、2カ月、3カ月と、放置。
 
 たくさんの、一度でも、いいと思ってブックマークしてくれた120人に対する
 申し訳なさがあったけど、

 もう矛盾点が多いし、8万文字を治していくのは面倒くさい、
 
 と、新たな作品を書いて捨てて書いて捨てて書いて捨てて
 
 アイデアは腐るほどあるんです、すぐに、ぱっと思いつく、
 けれどもそれを文章にして、物語にしてができない。

 今回、ライトノベル研究所にて、いろいろな記事を読み漁りました。
 そしたら、どんな作品でも書いてみる事が大切みたいなことが書いてありました。
 

 本当にそう思った、けれども、やはりできない。

 自分の中での黄金期が頭の中に残って、
 せっかく書いた新しい作品(もうただの文章)
 が人気にならないんじゃないかって……

 わかっているけど、できない
  
 それが本音。

 結局、なろうのアカウントも削除、1年間書いた作品もこの世に存在していません(削除した。)

 今では、やる気を出すために音楽かけて、イヤホンして、(耳に悪いのに)感情的になるようにする
 けれども、無理。

 やる気はあるのに、書いた途端に「ああ、無理」とやめてしまう
 読書はあまりしません、確かにそれも関係あるかも……

 けど、かつてのあの日の様に、無我夢中で一日中書いていたい。

 私は、どうしたらいいのでしょう
 聞きたいことは

・この異常なスランプから抜け出せるのか
・↑もし抜け出せるなら、どうすればいいか
・私はそもそも、調子に乗っただけであって、これから書いてもなんにもならないのか
・アイデアが腐るほどあるのは皆さま同じなのか
・これから、作品は書いていっていいのか

 です

上記の回答(とても変なスランプ(?)に陥っています、12歳です…の返信)

投稿者 あまくさ : 2

小説を書こうという人には2種類いて。

ある人は伝えたいこと表現したいことがあって、そのための手段として小説を選びます。
別のある人は漠然と小説を書きたいと思って、それから書くことを探します。

あなたはどちらですか?

……いや、

>元々なんで小説家になろうに登録したのかと言えば、書籍化できるから

と仰っているわけですが、本当にそれだけ?
有名になりたいだけならユーチューバーとか目指してもいいんじゃないかと思うんだけれど、小説を選んだのはどうしてですか?

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: とても変なスランプ(?)に陥っています、12歳です…

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投稿日時:

元記事:習作を書きたい、けれど……

前スレでは返信できておらず申し訳ありませんでした。また人目に晒すのもどうかなと感じたので。

閲覧ありがとうございます。
とある鮮烈な設定、シーンがあります。それをオチとして用意して話を組み立てていっても、物語がおかしくなってしまいます。
そこでまずは練習と割り切って、王道でわかりやすい別の物語を執筆しようかと思っています。凄く短い作品で、です。
ですが何を書いて良いかわからないのです。好きで書こうとしているわけでもないし、気が乗りません。じゃあ書くなよって身内にもいわれましたけれど…。
矛盾しているようで書きたい気持ちはあります。どうしたら良いでしょうか?

上記の回答(習作を書きたい、けれど……の返信)

投稿者 ワルプルギス : 2

ざっと過去の質問を見させて頂きましたが、基本的にずっと「書けない」で相談しておられるんですね。
失礼ながら、長さを問わず、小説を1作完成させた事はおありでしょうか?
無いのであれば、習作を書く意義は十分にあります。
書きたいものを書くためにではなく、書きたいものを書ける自分になるために書くのです。

私の場合は怠け者で見栄っ張りなので、イベントに参加することで自分に書くことを強制していました。
イベントといってもごく小規模なもので、酷い時はチャットに集まった数人で
「テーマは〇〇で、1時間後に書けたところまでオープン」なんてのでした。
でも、こういうのを続けることで書こうと思ったものを形にできる自信は付くわけです。
わさびさんも私と似たようなタイプなのであれば、
締め切りも書くテーマもおよそ決まっているイベントへの参加は有意義かと思います。
このサイトでも(https://boutnovelers.stars.ne.jp/hp/hosi/index.html)こういうものがありますし、
各小説投稿サイトでも大小色々行われているようです。
この規模のイベントでも参加に気後れするというのであれば、超ミニイベントをやってしまうのも手ですね。
私と二人、という形の方になるのでむしろイヤかもしれませんが、やる気があるなら付き合いますよ。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 習作を書きたい、けれど……

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投稿日時:

元記事:「夢オチになりようのない展開」とは?

 ある漫画の主人公が「自分のことを誰々だと思っている精神異常者」と呼ばれています。フィクションの主人公は、いつでも彼になり得るのでは、と考えていて、例えば「異世界に行って超能力で活躍し、猫耳の少女と結婚!」という小説を書いたとしても、犬耳派の読み手に「という夢を見たんだ」などとコメントされる可能性があるわけで、つまるところ、主人公が精神異常者であり、異世界が全て妄想の産物であるという可能性は排除できないのか、という問題です。

 ゴールを決めておきますけど、そもそも小説が嘘をつくものですから、嘘が、「作者がこの内容で小説を書いている」という点だけであるという状態が、小説が最もリアルな状態(=ゴール)とします。つまり、主人公が精神異常から空想の彼女を作るのはアウトですが、誰かが小説を書いて、その内容がその誰かと無関係な別の誰か同士の恋愛であるというのであればOK、ということにします。「主人公」と「彼女」が同じ次元に居ればひとまず良い訳です。

 最初は三人称小説がそれだと考えていたのですが、「語り手が主人公から聞いた話を、自分の解釈も交えて喋っている」というだけに過ぎないのかもしれませんし、視点が「主人公」と「彼女」で交互に入れ替わる一人称小説であるとしても、「彼女」の存在が、途中から主人公の想像するそれと入れ替わっている可能性も否定できません。
 主人公を高校生という設定にして、高校生の考え付かなそうなことを彼女に言わせるということも考えたのですが、そもそも高校生でも相当な知識を持っている人は居るし、主人公が「自分を高校生だと思っている精神異常者」であるという可能性も捨てきれません。

 この問題を解決するには何をすれば良いでしょうか。教えてください。

上記の回答(「夢オチになりようのない展開」とは?の返信)

投稿者 読むせん : 0

あえて積極的に「という夢を見たんだ」オチにしたらいいんじゃない?

例えば、主人公はそもそも【誰か】に物語を語っている。この物語が嘘か真実か、それを判断するのは【誰かと】君次第。って感じにすればいい。

ホラーでは割とよくある手法。悪夢じみた告白をして、「全部嘘」あるいは「精神疾患者の妄想」とするけど、その妄想を補強する何かが残されてしまう。

何かは物じゃなくて概念でもいい、恋とか死とか憧れとか傷跡とか

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 「夢オチになりようのない展開」とは?

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