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元記事:アクション描写で気をつけること

今現在、人生初のオリジナル小説を執筆中で別掲示板に貼り付けています。
読んでもらうとわかるように、かなり文章が拙いのです。特にアクション描写が酷く残念な感じになっています。
アクションシーンはどうやって鍛えるべきでしょうか?参考になるものがあれば、教えてください。

上記の回答(アクション描写で気をつけることの返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

「ノベル道場/小説の批評をし合おう!」の「亡国のフロイライン (初稿)」
https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/review/novels/thread/840
でよろしいでしょうか。もし違うようでしたら、以下はスルーしてください。

「第1章 夕暮れの悪戯」から具体的に申し上げてみたいと思います。アクション描写があるのは終わりのほうですね。該当部分を引用しますが、一文ごとに箇条書きに直して番号を振り、気になる部分を『 』でくくってみます。

01> 再び混乱してきた久住は、思わずアーチェリー場を飛び出した。
02> 『もう既に』辺りは暗い。
03> 『すると』、目の前に巨大な陰が現れた。
04> グロテスクな触手が久住をめがけて放たれる。
05> 『すると』、先ほどの銀髪の女が前に躍り出て、触手をサーベルで切り落とした。
06> 『その後』、陰の頭の中心をめがけてサーベルを振り下ろす。
07> 鋭い悲鳴と共に陰は跡形もなく消えた。
08> 「まったく…、最近の鬼は見境がないな…」

02の「もう既に」は単なる重複です。ときおり見かける表現でもありますので、普通は問題にしなくていいかもしれません。ですが、緊張感を高めるパートでは冗長な感じで損をします。

アクション描写で緊張感を下げる、ぱっと目につく要因は03以降の接続詞の類です。「すると」や「その後」ですね。どちらも間を置く効果が出てしまっています。特に「その後」は「ソノゴ」と読むと、一拍置くどころではない時間経過を感じてしまいます。とりあえず、削ってみます。

01> 再び混乱してきた久住は、思わずアーチェリー場を飛び出した。
02> もう辺りは暗い。
03> 目の前に巨大な陰が現れた。
04> グロテスクな触手が久住をめがけて放たれる。
05> 先ほどの銀髪の女が前に躍り出て、触手をサーベルで切り落とした。
06> 陰の頭の中心をめがけてサーベルを振り下ろす。
07> 鋭い悲鳴と共に陰は跡形もなく消えた。
08> 「まったく…、最近の鬼は見境がないな…」

なんとなくギクシャクしてしまっているようです。だから接続詞等を入れたくなったんだと思います。ですが、時系列であることを示す接続詞を選んだために、間延びしてしまう結果になったんじゃないでしょうか。

そこで、時間を置かないことを意味する文言を補ってみます(一文中についてもやってみます)。接続詞でも短い逆接は効果的なことも多いですから、少し使ってみます。

01> 再び混乱してきた久住は、思わずアーチェリー場を飛び出した。
02> もう辺りは暗い。
03> いきなり目の前に巨大な陰が現れた。
04> すかさずグロテスクな触手が久住をめがけて放たれる。
05> が、先ほどの銀髪の女が前に躍り出るや、触手をサーベルで切り落とした。
06> 続けざまに陰の頭の中心をめがけてサーベルを振り下ろす。
07> 鋭い悲鳴と共に陰は跡形もなく消えた。
08> 「まったく…、最近の鬼は見境がないな…」

こうしてみますと、03の「いきなり目の前」はくどい感じです。04も気になります。受動態ですし、第三者視点から眺めている感じが強く出ている。01で久住と明示していますので、久住視点で読んでもらえそうなことも、一文を短くするのに利用したいところです。

01> 再び混乱してきた久住は、思わずアーチェリー場を飛び出した。
02> もう辺りは暗い。
03> いきなり巨大な陰が立ちふさがった。
04> すかさずグロテスクな触手を放ってきた。
05> が、先ほどの銀髪の女が前に躍り出るや、触手をサーベルで切り落とした。
06> 続けざまに陰の頭の中心をめがけてサーベルを振り下ろす。
07> 鋭い悲鳴と共に陰は跡形もなく消えた。
08> 「まったく…、最近の鬼は見境がないな…」

03~04は「巨大な陰」のターンです。同様に05~06は「銀髪の女」のターン。文章でのアクションですと、原則として文の長さがキャラの経過時間になります。短くするのは大事です。ですが、同じキャラの1ターンを分割すると、逆に経過時間が長く感じがちです。

01> 再び混乱してきた久住は、思わずアーチェリー場を飛び出した。
02> もう辺りは暗い。
03> いきなり巨大な陰が立ちふさがるや、グロテスクな触手を放ってきた。
04> が、先ほどの銀髪の女がサーベルを抜きはらって躍り出るや、触手を切り落とし、陰の頭めがけて剣を振り抜いた。
05> 鋭い悲鳴と共に陰は跡形もなく消えた。
06> 「まったく…、最近の鬼は見境がないな…」

でも、04はさすがに長い感じですね。一瞬で終わった感が欲しいのに、間延びしてしまう。それなら、一瞬を諦めるのも手です。緊張感が足りなくもありまして、原因の一つが視点たるべき久住の緊張などの描写がないからかもしれません。

01> 再び混乱してきた久住は、思わずアーチェリー場を飛び出した。
02> もう辺りは暗い。
03> いきなり巨大な陰が立ちふさがるや、グロテスクな触手で掴みかかってきた。
04> 「うわ!」
05> 久住が思わず目をつぶると、ガキッという音。
06> 目を開くと、先ほどの銀髪の女がサーベルで触手を受け止めていた。
07> 女は楽々と触手を払うと、陰の頭めがけて剣を振り抜く。
08> 陰は鋭い悲鳴と共に跡形もなく消えた。
09> 「まったく…、最近の鬼は見境がないな…」

箇条書きから普通のスタイルに戻してみます。

―――――――――――
 再び混乱してきた久住は、思わずアーチェリー場を飛び出した。もう辺りは暗い。
 いきなり巨大な陰が立ちふさがるや、グロテスクな触手で掴みかかってきた。
「うわ!」
 久住が思わず目をつぶると、ガキッという音。目を開くと、先ほどの銀髪の女がサーベルで触手を受け止めていた。
 女は楽々と触手を払うと、陰の頭めがけて剣を振り抜く。陰は鋭い悲鳴と共に跡形もなく消えた。
「まったく…、最近の鬼は見境がないな…」
―――――――――――

これでいいわけではありませんし、原文より良いとも思いませんが、もし自分が推敲していくとしたらこんな感じで進めてみる、というサンプルとお考え下さい。

拝読して思いましたのは、とても分かりやすい描写だということです。さっと読み下しても、混乱せずにスムーズにイメージできます。ただ、そのせいで段取りが良すぎるのではないかと思います。言い換えれば、分かり過ぎるためにテンポを感じにくい。

アクション自体はしっかり構想できていると思います。問題は、何がどうなっているかを、順序含めて客観的に説明し過ぎているようです。そのため、リアルタイムなキャラ行動と感じにくい。反面、主観的な描写を排し過ぎて、緊張感を高めにくくもなっているようです。

(客観的なことを)説明し過ぎなのは、全般を通して感じられます。第1章ですと、冒頭から遊園地の由来やら状況やらを細かく説明しています。主人公の久住篤志も同様です。作者的には主人公はもちろん大事ですし、その主人公が遊園地を大事にしている理由も大事でしょう。どちらも設定していなければ書けませんから。

ですが、読者は違うんです。まだ魅力を感じていない。当然ですよね、見知らぬ主人公と見たこともない遊園地なんですから。まだ魅力が感じられるかどうか分からないものについて、説明を読まされている感じになります。ブラバ率を高めてしまい、損です。読者は楽しみたいだけであって勉強したいわけじゃないため、自分の興味が先、知識欲は後です。

ですので、文章面だけでなく、構成もできるだけ端折ることを考えてはどうでしょうか。特に冒頭は何も知らずに読んでも面白いものだけに絞るべきです。読者としては興味を持てたら、知りたくなります。主人公が正体不明の鬼に襲われ、やはり謎の女が鮮やかに救って見せたら、どういうキャラがどういう状況にいるか知りたくなります。そうなってから、そこに関わる主人公の来歴を出せばよいはずです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: アクション描写で気をつけること

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元記事:【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

1.主人公の無双描写(能力・知識チート)の質について、その限度は?
 主人公を強く見せるために敵を弱くするというのは昔からあることですが、小学生レベルの掛け算で賢者認定、杜撰な知識で異世界改革など主人公が強い・すごいというより周りがひどいだけの設定や描写で主人公を賛美するのは無理がありませんか?

2.俗に「中世ジャガイモ問題(ジャガイモ警察)」と呼ばれる設定に対する解釈について
 いわゆる中世風異世界に「ジャガイモ」と呼ばれる農産物を登場させたときに「その時代にジャガイモがあるのはおかしい」という批判は、現実世界の歴史を基にした主張です。ジャガイモという名前に引っ張られる形でその歴史過程までも異世界に当てはめようとしてしまうことがおそらく原因でしょう。
反論としては、「異世界が舞台であり現実のそれとは違う」というものがありますが、この場合「ジャガイモ」という名称の由来が新たな争点となります。
異世界であるなら別に「ジャガイモ」である必要は無いのではないかというわけです。(無論すべての名詞を異世界風に改めるのは某FFのように読者の理解が追い付かなくなる危険がありますが)
 もう一つ話題になったものとして「異世界シャワー問題」があります。(僕はその作品を読んでいないので詳しいことはわかりませんが)異世界なのになぜシャワーがあるのか? という疑問だったと思います。ジャガイモやシャワーに限らず異世界に関する描写・設定について読者はどこまでを現実的に判断し、どこからをファンタジー的に判断するのでしょうか?(考えるだけ無駄という意見はこの際おいといて)

上記の回答(【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈についての返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

正直なところ、ご質問内容には興味が湧きませんでした。1は作品ごとの工夫を度外視しての一般化ですし、「小学生レベルの掛け算」「杜撰な知識」「周りがひどいだけの設定や描写」と、スレ主さんが期待する回答は既に決まってしまってます。

2ですと、逆に個々の事例に拘ってしまっている。確かにジャガイモは例だし、ご質問もジャガイモを例に取った説明のように見える。ですが、「ジャガイモ」が名詞という記号であり、実態そのものでないこと等へ踏み込む様子がない。

「異世界シャワー」問題に至っては、読んでないと仰ってますよね。それで何か論じられるんでしょうか? 私も書籍版は読んでいません。話題になった当時は「なろう」にありましたんで、読んでみました。シャワーに違和感を表明したのは、あるプロ作家でしたね。作品内容だけでなく、その作家の普段の言動なども考えないと、JKハルにおける「異世界シャワー」問題は論じられないように思います。

いずれも以下の各項で触れてみたいと思います。興味ないのになんで回答を試みる気を起こしたかといえば、各ご回答には興味ある内容が多かったからなんです。ご質問はお世辞にも中身があるとはいえませんが、少なからず寄せられた回答がよき議論になっている。だから参加してみたくなったのです。

> 1.主人公の無双描写(能力・知識チート)の質について、その限度は?

これって作者が設定する強弱、賢愚の相対性に過ぎません。無双主人公を出したいのなら、抜きんでて強力、ないしは天才になるのは必然です。でも「抜きんでて」なんですよね。絶対的な基準じゃない。例えば「12万5千度の炎が出せるなら最強」にしてみたとして、15万度出されたら最強じゃなくなる。主人公の12万5千度を最強としたいなら「この作品世界では理論上の最高温度」とか「他のキャラはそこまでやれない」とするくらい。

既出の良回答と被りますが、現実の歴史でも「小学生レベルの掛け算」を古代の庶民に見せたら、賢者レベルに認定される可能性が高い。異世界なら文明や教育レベルは設定次第ですよね。

設定次第を使った作品だってあります。ドラえもんですと、のび太が他の惑星に行ったら、超人的な膂力と認定されるなんて話がありました(重力が弱い星なので、住人の筋力が低いという設定)。確か永井豪さんの昔の作品で、未来世界に行った男の話もありました。その話では、機械文明の発達で人間が虚弱化してしまった、と設定されていました。そのため、過去から来た普通の男でも超人的になってしまう。

いずれも無理な感じはありません。周囲が主人公を褒め称えるのも自然でした。作品内での整合性があるからだと思います。

一方、無理を感じるものがあるのも確かでしょう。実際の作品を出すのははばかれますので、この場で捏造してみます。例えば、悪役(嫌われ役)が凡人レベルの実力もないのに親の七光りだけで威張り散らし、周囲を虐げている。主人公が颯爽と現れ、悪役の親が公認するゲームで悪役を叩きのめす。周囲が主人公を「凄い」「最強」「英雄だ」と心から称賛する。

おかしいですよね。凡人以下の悪役は実際にはモブキャラでも倒せてしまうことは分かり切ってるわけですから。悪役が叩きのめされて気分はいいでしょう。しかし主人公が強いことにはならない。戦えさえすれば誰でも勝てる相手に勝ったに過ぎない。

こういうの「ご都合主義」と呼んでるわけですよね。作者が「みんなが主人公を褒め称えるシーンが欲しい」と思って、整合性、必然性等を考慮せずに話を運んでしまうといったことで起こることです。

仰っている内容は、おそらく無双だからではありません。ご都合主義が感じられるとリアリティのなさにがっかりする、という昔から言われているものに過ぎません。ご質問(ないしはご主張)は問題のとらえ方が間違っています。

> 2.俗に「中世ジャガイモ問題(ジャガイモ警察)」と呼ばれる設定に対する解釈について

「ジャガイモ」という名詞は語源があって、ある一つの種類の芋を指しますね。そういう意味では、「ジャガイモ」と書いたら、対応する芋がイメージされる。現実の古代~中世ヨーロッパが舞台(ただし魔法やドラゴンはいたりする疑似的なもの)だとしたら、避けるべき。それは分かります。「国王の人気が失速」したり、「話が脱線」したりという表現も避けるべきかもしれません。そこまで制限して、作者、読者ともメリットが生じるかは疑問です。ですので、出すのを控えたり、変えるとしたら固有名詞だけでしょう。

ですが、古代~中世欧風の異世界だと話は違いますよね。「ジャガイモ」があって何がいけないのか。現実世界とリンクしてしまい、異世界感が損なわれるからでしょうか。それは一理あります。「ジャガイモ」を避けるなら、リンゴもピーナッツも避けるべきでしょう。調理法、食器にもオリジナルのものと固有名詞を考案する必要が生じます。結果、わけが分からない食事シーン描写に陥ります。

それでもいい、と思える作品もあるでしょう。例えば、異世界(ないしは異星)に放り込まれて戸惑う主人公ならアリでしょう。食品も(現代日本から来た)主人公にはグロテスク、味も不慣れなうちは極めて不味くて苦労するといった運びなら、異質・異常感を出すために、現実のものを連想させない固有名詞を与えるのはアリです。

一方、冒頭から美味しそうなご馳走を出したかったらどうか。例えば、腹を減らした主人公が宿屋に駆け込んで来たら、大勢がご馳走を食べていて、とか。未知のオリジナルな固有名詞で美味しそうと感じてもらうのは相当に無理が生じます。ビーフステーキにジャガイモの付け合わせ(に相当する食事)をどう言い換えるのか。言い換えること自体は簡単です。ですが「美味しそう」と感じてもらうのは、事実上、無理でしょう。

異世界感よりも食事が美味しそうなほうが大事であれば、なじみのある表現を使うべきなんです。異世界なんだから、なんでもかんでも異質にするべきと一律には言えない。そもそも、異世界の住人とて2足歩行で顔には目が2つ、鼻と口は1つずつ、髪の毛が生えていているだけではなく、美人・イケメンかどうか、マッチョか否か、とかとか、現実世界基準のものが多数あるわけです。たとえ、異世界感を強調する作品でも。でないと、例えば恋愛とか描いても感情移入はしてもらえないですよね。

これも問題意識の持ち方が間違ってるんです。問いの立て方がおかし。「ジャガイモ」を例にしてもいいけど、「中世欧風でアリかナシか」と考え始めると、罠にはまります。ジャガイモが出て来て雰囲気壊れる作品読んだら「ナシ」と言い始め、ジャガイモが出て来ても自然な作品を読んだら「アリ」と言い始めてしまったりします。

さらに映像作品を引き合いに出して文章作品に安易に適用したりして、さらに間違ったりします。例えば「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの前日譚「ホビット」シリーズでは、ホビットが食道楽ですんで、食事シーンがふんだんにある。原作小説はありますが、映画版で考えてみます。中世欧風異世界ハイファンタジーですが、食事ではジャガイモやトマトなどが並んでいる。まるで全世界から食材を集めてきたかのようです。

大変に美味しそうで効果的です。ですが、だから文章でも同じに描いていい、とはなりません。映像は説明しないから成り立つ面が多分にあります。トマトに見えるけど、トマトと呼んでないし、単にさりげなく置かれているだけ。意識してみなければ、「あ、トマトだ」とは思わない。文章だと必ず名詞を書かないといけません。必ず意識することになります(意識しないなら読んでない)。

同様のことが「エヴァンゲリオン」(1995年)でも見られました。日常シーンでアスカがゲームをしているんですが、マシンがセガサターン(そっくり)だったんです。だけど、単にさりげなく置いてあるだけだから無理は生じていない。これを文章で「アスカがセガサターンでゲームをしていると」と書いたら、相当おかしな感じになります。「2015年でなんでセガサターン? レトロゲームファンなの?」みたいになりかねません。映像作品だからこそ、さりげなく置くことができ、当時の視聴者に日常感を感じてもらうことが可能だったわけです。

同様に、「トップをねらえ」(1989年)。日常シーンのソフトドリンク(缶)、スナック菓子は当時に実際にあったものを忠実に描いていました。ただし誰も固有名詞で呼んだりはしない。映像作品だからこそ、それで日常感を出せたわけです。どちらもGAINAX作品・庵野監督で、小道具での効果の出し方に特有の拘りがあったのかもしれません。

表現媒体でも違いが出てしまうわけですね。決して「中世欧風(異世界)ファンタジーでジャガイモはどうか?」みたいな、大雑把な、あるいは大枠過ぎる問いを立ててはならないと思います。間違った問いには適切な答えは生じません。延々として終わらない議論であるのも、無理からぬことかと思います。必ず「この作品にジャガイモは適するか否か」みたいなピンポイントな疑問を持つべきです。
(続きます)

カテゴリー : その他 スレッド: 【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

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元記事:【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈についての返信

正直なところ、ご質問内容には興味が湧きませんでした。1は作品ごとの工夫を度外視しての一般化ですし、「小学生レベルの掛け算」「杜撰な知識」「周りがひどいだけの設定や描写」と、スレ主さんが期待する回答は既に決まってしまってます。

2ですと、逆に個々の事例に拘ってしまっている。確かにジャガイモは例だし、ご質問もジャガイモを例に取った説明のように見える。ですが、「ジャガイモ」が名詞という記号であり、実態そのものでないこと等へ踏み込む様子がない。

「異世界シャワー」問題に至っては、読んでないと仰ってますよね。それで何か論じられるんでしょうか? 私も書籍版は読んでいません。話題になった当時は「なろう」にありましたんで、読んでみました。シャワーに違和感を表明したのは、あるプロ作家でしたね。作品内容だけでなく、その作家の普段の言動なども考えないと、JKハルにおける「異世界シャワー」問題は論じられないように思います。

いずれも以下の各項で触れてみたいと思います。興味ないのになんで回答を試みる気を起こしたかといえば、各ご回答には興味ある内容が多かったからなんです。ご質問はお世辞にも中身があるとはいえませんが、少なからず寄せられた回答がよき議論になっている。だから参加してみたくなったのです。

> 1.主人公の無双描写(能力・知識チート)の質について、その限度は?

これって作者が設定する強弱、賢愚の相対性に過ぎません。無双主人公を出したいのなら、抜きんでて強力、ないしは天才になるのは必然です。でも「抜きんでて」なんですよね。絶対的な基準じゃない。例えば「12万5千度の炎が出せるなら最強」にしてみたとして、15万度出されたら最強じゃなくなる。主人公の12万5千度を最強としたいなら「この作品世界では理論上の最高温度」とか「他のキャラはそこまでやれない」とするくらい。

既出の良回答と被りますが、現実の歴史でも「小学生レベルの掛け算」を古代の庶民に見せたら、賢者レベルに認定される可能性が高い。異世界なら文明や教育レベルは設定次第ですよね。

設定次第を使った作品だってあります。ドラえもんですと、のび太が他の惑星に行ったら、超人的な膂力と認定されるなんて話がありました(重力が弱い星なので、住人の筋力が低いという設定)。確か永井豪さんの昔の作品で、未来世界に行った男の話もありました。その話では、機械文明の発達で人間が虚弱化してしまった、と設定されていました。そのため、過去から来た普通の男でも超人的になってしまう。

いずれも無理な感じはありません。周囲が主人公を褒め称えるのも自然でした。作品内での整合性があるからだと思います。

一方、無理を感じるものがあるのも確かでしょう。実際の作品を出すのははばかれますので、この場で捏造してみます。例えば、悪役(嫌われ役)が凡人レベルの実力もないのに親の七光りだけで威張り散らし、周囲を虐げている。主人公が颯爽と現れ、悪役の親が公認するゲームで悪役を叩きのめす。周囲が主人公を「凄い」「最強」「英雄だ」と心から称賛する。

おかしいですよね。凡人以下の悪役は実際にはモブキャラでも倒せてしまうことは分かり切ってるわけですから。悪役が叩きのめされて気分はいいでしょう。しかし主人公が強いことにはならない。戦えさえすれば誰でも勝てる相手に勝ったに過ぎない。

こういうの「ご都合主義」と呼んでるわけですよね。作者が「みんなが主人公を褒め称えるシーンが欲しい」と思って、整合性、必然性等を考慮せずに話を運んでしまうといったことで起こることです。

仰っている内容は、おそらく無双だからではありません。ご都合主義が感じられるとリアリティのなさにがっかりする、という昔から言われているものに過ぎません。ご質問(ないしはご主張)は問題のとらえ方が間違っています。

> 2.俗に「中世ジャガイモ問題(ジャガイモ警察)」と呼ばれる設定に対する解釈について

「ジャガイモ」という名詞は語源があって、ある一つの種類の芋を指しますね。そういう意味では、「ジャガイモ」と書いたら、対応する芋がイメージされる。現実の古代~中世ヨーロッパが舞台(ただし魔法やドラゴンはいたりする疑似的なもの)だとしたら、避けるべき。それは分かります。「国王の人気が失速」したり、「話が脱線」したりという表現も避けるべきかもしれません。そこまで制限して、作者、読者ともメリットが生じるかは疑問です。ですので、出すのを控えたり、変えるとしたら固有名詞だけでしょう。

ですが、古代~中世欧風の異世界だと話は違いますよね。「ジャガイモ」があって何がいけないのか。現実世界とリンクしてしまい、異世界感が損なわれるからでしょうか。それは一理あります。「ジャガイモ」を避けるなら、リンゴもピーナッツも避けるべきでしょう。調理法、食器にもオリジナルのものと固有名詞を考案する必要が生じます。結果、わけが分からない食事シーン描写に陥ります。

それでもいい、と思える作品もあるでしょう。例えば、異世界(ないしは異星)に放り込まれて戸惑う主人公ならアリでしょう。食品も(現代日本から来た)主人公にはグロテスク、味も不慣れなうちは極めて不味くて苦労するといった運びなら、異質・異常感を出すために、現実のものを連想させない固有名詞を与えるのはアリです。

一方、冒頭から美味しそうなご馳走を出したかったらどうか。例えば、腹を減らした主人公が宿屋に駆け込んで来たら、大勢がご馳走を食べていて、とか。未知のオリジナルな固有名詞で美味しそうと感じてもらうのは相当に無理が生じます。ビーフステーキにジャガイモの付け合わせ(に相当する食事)をどう言い換えるのか。言い換えること自体は簡単です。ですが「美味しそう」と感じてもらうのは、事実上、無理でしょう。

異世界感よりも食事が美味しそうなほうが大事であれば、なじみのある表現を使うべきなんです。異世界なんだから、なんでもかんでも異質にするべきと一律には言えない。そもそも、異世界の住人とて2足歩行で顔には目が2つ、鼻と口は1つずつ、髪の毛が生えていているだけではなく、美人・イケメンかどうか、マッチョか否か、とかとか、現実世界基準のものが多数あるわけです。たとえ、異世界感を強調する作品でも。でないと、例えば恋愛とか描いても感情移入はしてもらえないですよね。

これも問題意識の持ち方が間違ってるんです。問いの立て方がおかし。「ジャガイモ」を例にしてもいいけど、「中世欧風でアリかナシか」と考え始めると、罠にはまります。ジャガイモが出て来て雰囲気壊れる作品読んだら「ナシ」と言い始め、ジャガイモが出て来ても自然な作品を読んだら「アリ」と言い始めてしまったりします。

さらに映像作品を引き合いに出して文章作品に安易に適用したりして、さらに間違ったりします。例えば「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの前日譚「ホビット」シリーズでは、ホビットが食道楽ですんで、食事シーンがふんだんにある。原作小説はありますが、映画版で考えてみます。中世欧風異世界ハイファンタジーですが、食事ではジャガイモやトマトなどが並んでいる。まるで全世界から食材を集めてきたかのようです。

大変に美味しそうで効果的です。ですが、だから文章でも同じに描いていい、とはなりません。映像は説明しないから成り立つ面が多分にあります。トマトに見えるけど、トマトと呼んでないし、単にさりげなく置かれているだけ。意識してみなければ、「あ、トマトだ」とは思わない。文章だと必ず名詞を書かないといけません。必ず意識することになります(意識しないなら読んでない)。

同様のことが「エヴァンゲリオン」(1995年)でも見られました。日常シーンでアスカがゲームをしているんですが、マシンがセガサターン(そっくり)だったんです。だけど、単にさりげなく置いてあるだけだから無理は生じていない。これを文章で「アスカがセガサターンでゲームをしていると」と書いたら、相当おかしな感じになります。「2015年でなんでセガサターン? レトロゲームファンなの?」みたいになりかねません。映像作品だからこそ、さりげなく置くことができ、当時の視聴者に日常感を感じてもらうことが可能だったわけです。

同様に、「トップをねらえ」(1989年)。日常シーンのソフトドリンク(缶)、スナック菓子は当時に実際にあったものを忠実に描いていました。ただし誰も固有名詞で呼んだりはしない。映像作品だからこそ、それで日常感を出せたわけです。どちらもGAINAX作品・庵野監督で、小道具での効果の出し方に特有の拘りがあったのかもしれません。

表現媒体でも違いが出てしまうわけですね。決して「中世欧風(異世界)ファンタジーでジャガイモはどうか?」みたいな、大雑把な、あるいは大枠過ぎる問いを立ててはならないと思います。間違った問いには適切な答えは生じません。延々として終わらない議論であるのも、無理からぬことかと思います。必ず「この作品にジャガイモは適するか否か」みたいなピンポイントな疑問を持つべきです。
(続きます)

上記の回答(【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈についての返信の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

(No.15の続きです)

3.異世界シャワー(JKハル)

「なろう」にあったものを読んだだけですが、結論を先に申せば「シャワーは必要であり、特別なものであってはならない」です。「JKハル」は女子高校生が(忌み嫌う男子高校生と共に)剣と魔法の欧風異世界に来てしまい、生きて行くために娼婦を始めるというものですね。娼館があって、そこに就職する。

主人公ハルは娼婦を否定はしないけれど、好感を持っているわけではない。娼婦として成り上がろうとも思ってない。欲しいのは平和な日常です。ですが、魔物もいれば戦いも絶えない世界のこととて、そうそうは上手く行かない。好きな食べ物だって、当初はない。感覚的な不満が溜まってしまう世界であるわけですね。

対象読者層を考えると、どうも自分には不向きのようです(少なくとも、女性向けだと感じた)。実際、感情移入もできなければ面白くもなかった。ですが、狙いは自分なりに分かります。娼婦となっても性的に屈せず、むしろ客となるキャラを軽蔑する。ただし、娼館の客だからではなく、普段、あるいは隠された人物像、性格、生き方を軽侮するわけですね。

だけど嫌なものばかりであるわけです(下手な話運びではなく、そこが溜めになって終盤で効果を出している)。物語を壊さなくて、しかしハルの息抜きになるものが必要となります。でないと、ハルに感情移入している読者も溜まる一方の嫌悪感に悩まされる。

だから「シャワー」があるんです。客を取った後、体くらいは流して清潔になりたい。嫌な客と取るという生理感覚的な下げの後、ちょっと上げるわけですね。その落差で、(主人公も読者も)少しホッとすることができる。

これは読者にもなじみがある「シャワー」だから良いわけです。イメージしにくい道具とか、不可思議な魔法で体を清める、では生理的な上げにならない。苦労して読み解いたら、論理的には清潔になることが分かった、ではまずいんです。感覚的にすっと分からないと、感覚的な上げにならない。

シャワーを例に貶した例のプロ作家さんですが、ハヤカワから出ているため、異世界感満載を期待して読んだようです。そりゃハズレと思うでしょうね。「JKハル」は主人公が不快な世界に転移したことが、読者に苦も無く分かることを狙って書いてあるようですから。作品の目的が違うんです。「あれは何?」「これはどういうこと?」みたいな、異世界観光的なものではない。むしろ、現実の不快感を利用し、分かりやすく強調するために異世界を利用してます。場所は隔絶、感覚は類似、といった感じですね。

そのプロ作家さんが、改善案として引き合いに出した作品事例もまずかった。例えば、ヒロインが卵を産む種族、なんてのを称揚して、「JKハル」に駄目出ししようとしてました。生活だけでも元の世界に回帰させたいという主人公、それに感情移入した読者の感覚が分かってない。感情移入した主人公が不潔なことだけでも嫌な思いをしているのに、シャワーはやめとけ、さらに卵を産むのがいいなんて。嫌悪感を減らす必要性・工夫に対して、嫌悪感を増す手法を提示してはいけません。自分が卵を産むと想像して、誰が共感し、嬉しがれると思うんだか。

そういう作品特有のことを度外視して、「異世界にシャワーがあってもいいの、悪いの?」なんて語っても意味はありません。もしシャワーの是非を考えるとしたら、「この作品のここで、こういう風にシャワーが出てくるのは、どういう効果になるのか?」といったことであるべきです。

繰り返しになりますが、「JKハル」は私には不向きです。ありていに言えば、嫌いなタイプの作品ですらあります。しかし、嫌いだからと言って、作品がなし得ていることまで否定することはできません。「JKハル」には、シャワーはごくありふれたものとして必要です。
(極めて個人的な判断ですが、件の作家さんは、自分の好き嫌いが万人共通であり、質の客観的な良さの尺度であると思い込んでいる節があるようです。しかも、どうあしざまに言うかを工夫しがちのようでもある。話半分に聞いておくべきだろうとも思っています。)

カテゴリー : その他 スレッド: 【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

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元記事:登場人物の名前に気をつけるべき所で

 こんばんは臼田(usudaisranove)です。 文章はそれなりに進んでいるのですがなかなか登場人物の名前が上手いように決まらない事が続いており今回は名前に関して少し質問をさせてもらいます。

 ここ数年現実の日本で自分の子供に対していわゆるキラキラネームが流行りだしており日本人として生まれながらもまるで外国人のような名前やアニメに登場するキャラクターかのようなものが誕生しています。
 そういう名前をつける親もどうかしてるとは思いますがこれはラノベの登場人物にキラキラネーム風をつけようとする作者にも同じような事では? と思いました。

 ラノベはターゲット層が中学生~高校生であり現代の読者の中にもキラキラネームをつけられてしまった人もいるでしょう、しかし登場人物がキラキラネームばかりではそこで見るのをやめてしまうと思います。
 普通すぎる名前だといまいち印象残らないですし逆にインパクトある名前にしてしまうとキラキラネームだと思われてしまう、現在そういう状況です。

 皆さんは登場人物の名前をつける時にはどういう工夫を練っていますか? お願いします。

上記の回答(登場人物の名前に気をつけるべき所での返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

まず考えておくべきは、現実の命名とフィクションでの命名はきっちり分けて考えるべきだろうということです。フィクションでも、音声で呼ばれるのが主の映像作品と、書き文字で表す文章作品(コミックの台詞等も含む)でも、ある程度は違ってきます。

1.現実のキラキラネームの問題点

現実でのキラキラネーム(どうやら下火傾向で幸いですが)に対する批判はいろいろ聞きます。分かりやすく簡潔なものですと、林修さん、通称 林先生が「初耳学」で披露したものがあります。要は「固有名詞は文字列として無意味にして、ある特定の1つのもの、あるいは1人の人を指し示す機能がある」ゆえに「書き文字で読めないような固有名詞は不可」というもの。

例えば名刺出しても、読めなかったら呼びかけてでもらえないですよね。フリガナ欄のない申込用紙などでも同じ。覚えてもらえるかどうかでは、普通は例えば「一朗」と書いたら、「いちろう」という読みとセットで人の名前として覚えますよね。読み抜きで「一朗」という文字画像で記憶することはない。やろうとしても極めて難しい(が、あえて画像記憶するメリットあったりするけど割愛)。

使用漢字でもひどい事例があるそうで、「腥」が「月と星で綺麗」とか思って名前に使ったりするらしい(読みは忘れました、無関係な読みだった気がします)。ひどい話です。「腥い」(なまぐさい)で「生臭い」の異表記なんですから。

林先生の解説では、普通の名前でいいじゃないか、という例でイチロー選手をあげていました。本名が鈴木一朗で、そのまんまイチローという名前にしている、個性は本人によるもので名前で出してはいない、それで多くの人に受け入れられている、という説明でした。漢字名との対応もついてますね。

2.フィクションとリアルでの名前の意味の違い

そこは分かるんですが、違う側面もあるように思います。わざわざカタカナの「イチロー」にしている点、「おや?」と引っ掛かるものがあります。だからこそですが、一度で覚えてもらう効果が出ているようです。

フィクション、特に文章作品での人名を考えてみます。名前から入ることが多いですよね。冒頭などでは例外的に、主人公や重要人物は名前を伏せておいて、「銃を撃った謎の男」「鏡から現れた正体不明の女」みたいにすることはありますが、誰もかれもそうするわけにはいきません。名前、ないしは特徴から来るあだ名になるキャラのほうが圧倒的に多い。謎の人物とて、登場シーンを重ねると名前なしでは読者も覚えにくくて困る。

その際、覚えてもらいたいレギュラーキャラなのか、忘れていいモブキャラなのかが問題になります。覚えてもらいたいレギュラーキャラですと、キャラを登場させる頻度で2通りに分かれるように思います。

A:主人公などで常に出ているか、頻繁にシーンに登場するキャラの場合
特別な名前、印象に残るあだ名等は不要でしょう。地の文に何度も書かれ、他のキャラから何度も呼ばれるわけですから、自然と覚えます。

B:大事なんだけどときどきしか登場しないキャラ
名前に特徴があるべきです。例えば、序盤で大事なメッセンジャーとして登場し、しばらく出て来ず、終盤に重要キャラとして再登場するとします。そのキャラ名が「田中一郎」だったら、たぶん読者は覚えてないでしょう。
かといって、読めないキラキラネームでも困ります。名前自体が覚えにくいですから。読めるけど、ユニークでちょっと引っ掛かるような名前だと、思い出してもらいやすくなります。

C:モブキャラ
できれば名前を作中では出さず、出さないといけない場合でもありきたりで印象に残らない名前がいい。再登場しても覚えてないくらいでちょうどいい。

3.「とある」での参考事例
この辺り、「とある魔術の禁書目録」は登場キャラが増えに増えまして、参考になるものがあります(もっとも、「とある」流の命名であり、真似したらOKというものではない)。

主人公は「上条当麻」で、「上条」はよくある名前(ちょっと難読の「上條」にすらしてないことから、奇をてらわない意図と思える)。「当麻」は地名にはありますが(ただし読みは「たいま/たえま」)、人名にはあまり使わないかもしれません。それでも特に印象に残るとは言えない。ですが、主人公ですから頻繁に名前が出て来まして、自然と覚えます。名前自体にに強い印象を必要としていない。

一方通行(アクセラレーター)ですと、本名は未だに明かされていませんね。能力名でありあだ名でもある漢字名と、読みが大きく異なりまして、キラキラネームの一種かもしれません。読みがあまり重視されない傾向があるようで、略して「一通」などと呼んでいるケースもネットなどで目にします。どのみち、登場回数が多いですから名前に関わらず覚えてもらえるキャラです。

「垣根帝督」(かきね・ていとく)になりますと、「垣根」はいいとして、「帝督」ってなんだろうと引っ掛かります。現実にはいそうもない名前です。同音語の「提督」と似ていて、しかし「提」を「帝」に変えてある。意味を感じられそうで、しかし分からない。こういう「あれ?」感を引き起こす名前は、出てこないときは思い出しにくいかもしれませんが、再登場すると思い出しやすいように思います。引っかかるのも興味の一種だからでしょう。他にも「浜面仕上」(はまづら・しあげ)とか「削板軍覇」(そぎいた・ぐんは)とか、類例が数多です。

4.フィクションでのキャラ名の機能

そういうキャラ名では、現実にいたら名前で弄られるかもしれません。ですがフィクションのキャラです。仮にファンが面白がったとしても、誰も傷つかない。作中でネタにされるかどうかは作者が決められる。フィクションなら「このキャラは覚えてもうべきか」→「覚えてもらうにはどうするか」さえ押さえておけば、名前は自由自在です。

そのためには、繰り返しですが、作中に頻出のキャラ、登場頻度の低い重要キャラ、モブキャラ等で、名前の独特さを使い分ければいいわけです。ただし、漢字名を見たら読めるようにすべきですし、1字ずつの漢字の意味を間違わないのは、現実でのキラキラネーム問題と同じです。

人名以外ですと、「とある」の能力名のように、読みを覚えていないと読めない命名は、慎重にすべきでしょう。例えば、カタカナ英語の読みで、漢字名と機能的に連想が効くようにしておくとか何らかの配慮がないと、作品を読むにはまず暗記、なんて事態になりかねません。
(「とある」由来だと思うんですが、漢字名に無目的に無関係の読みをやたら持たせるケースが少なくないように思う。たいてい、何のメリットも出せてない。)

カテゴリー : キャラクター スレッド: 登場人物の名前に気をつけるべき所で

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元記事:主人公が戦う理由ないし戦える理由

こんばんは。
リームと申します。前回の質問は様々な意見をいただき、ありがとうございました。

今回も現在構想中の「異世界転生モノ」について、皆さんの意見を聞きたくスレッドを立ち上げました。

タイトルの通り主人公が戦う理由なのですが、正確に言うと「一般人だった主人公が、何故、生死をかけた戦いができるのだろうか。それができるほどの強い動機や目的はどういったものだろうか」ということです。

本音を言いますと「異世界転生」以前に元は一般人「巻き込まれ主人公」が書くのが致命的に苦手で、実際に作品を見てるときはそうはならないのに、いざ自分が書くと「そもそも何で元は一般人だった主人公が、命がけの戦いにすぐに参加できてるのだろうか」「殺したり殺されることへの恐怖は無いのだろうか」っという思考になってしまいます。

そのため「元からその世界で生きてきた」とか「元々、命のやり取りが非日常ではない世界観(ファンタジー世界もしくは世紀末等)」ということで深く考えなくて済む、自発的なタイプの主人公を主に書いてきました。

しかし、読者と同じ目線に立てる、成長を描ける(最初から無双してるのが多いですが)故に親近感が持てると、巻き込まれ主人公には数多くの利点があるのも承知してます。

現時点での構想では主人公は女性で
・現実世界では中3でちょうど受験生
・文武の才能はある方で、努力も怠らないが中々結果が出ない(中の上止まり)
・両親が社会的地位のある職業で、期待が大きくスパルタ教育を受けてきた
・その反動で欲というか負けん気や闘争心が薄く、他人との競争が苦手になる
・故にコミュニケーション能力は高くない。コミュ障一歩手前。
・期待に応えたいという気持ちはあるが、気負いすぎて空回りすることがほとんど
・周囲からの評価は極端で「能力があるのに手を抜いてる」「ノミの心臓」から「平和主義」「繊細で優しい」等
・最終的に無理が祟って事故死or悲観して自殺、そのまま異世界へ召喚される。

とまあ、見事な豆腐メンタル主人公なのですが スタート地点が非常に低い上に明確な目的が無いため、ここからどう戦いの覚悟持たせるかを考えています。
私なりに過去の作品を参考に、いくつかパターンを考えてはみました。

1.実は命のやり取りを何とも思わないサイコパスだった
これは昨今の異世界転生でよく見る気がします。コミュ障故に他人の生き死ににも無関心だから冷酷になれるという(単に描写不足のだけの気もしますが)もしくは生前の無欲さは自分の本質を無意識に抑えつけてたからとか。ここまで書いてなんですが、あまり使いたくはないです。

2.初陣で心をへし折り、修羅ルートへ
私がよく使っていた主人公の過去の挫折や暗い過去を、初陣に持っていき「もう戦うしかないんだ……」と豆腐なメンタルに鞭打っていく。シンジ君かな?

3.戦闘時は別人格が出てくる
異世界転生ですが異能力バトル要素もあるので、能力発動時には好戦的な人格が現れて大暴れするという闇遊戯スタイル。上記の修羅ルートから別人格を形成したパターンや別人格を向き合っていくストーリーにするなど、工夫の余地はありそう。

4.好きな人を守るため
王道のボーイ・ミーツ・ガール。この場合は逆ですが……。他にも修羅からの脱却として新しく芽生えた戦う理由と覚悟としても使えるでしょうか。

と、色々長くなりましたが 「日常から非日常へ変わったときに、主人公はなぜ戦いの覚悟を持てるのか」 これに関して皆さんの意見を聞かせてください。
よろしくお願いします。

上記の回答(主人公が戦う理由ないし戦える理由の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

剣と魔法の異世界へ転移・転生作品が数多く書かれるようになってから、異世界に行ったら戦うのが普通、みたいな常識(?)が出来ているように思います。それはそれで利用すれば、延々と戦う・戦える理由付けをしなくて済むメリットはあるだろうと思います。

ですが、「異世界はそういうもんだ」みたいにしておくのも、もったいない話だと思います。冒頭~序盤であれば、主人公の戦う動機・戦える理由が興味ある者であれば、いいツカミになります。そこを読者に「なるほど」と思ってもらえれば、主人公へ感情移入してもらえるはずです。

ですので、「そもそも何で元は一般人だった主人公が、命がけの戦いにすぐに参加できてるのだろうか」「殺したり殺されることへの恐怖は無いのだろうか」という疑問をお持ちになったのは、作品を面白くするチャンスではないかと思います。

お考えの主人公について列挙して頂いたものを、主人公の戦う動機・戦える理由で分類してみます。

A. 無関係な項目
> ・現実世界では中3でちょうど受験生
> ・故にコミュニケーション能力は高くない。コミュ障一歩手前。
> ・最終的に無理が祟って事故死or悲観して自殺、そのまま異世界へ召喚される。

これらは、少なくとも(異世界で)闘争的になれるかどうかに関連付けは難しそうです。

B.戦う主人公足り得る理由
> ・文武の才能はある方で、努力も怠らないが中々結果が出ない(中の上止まり)
→文武の才能アリで努力家ですから、(敵次第で負けるかもしれませんが)戦える素地はあることになります。

> ・両親が社会的地位のある職業で、期待が大きくスパルタ教育を受けてきた
→厳しい教育を受けてきたなら、能力が高いことが予想できます。

> ・期待に応えたいという気持ちはあるが、気負いすぎて空回りすることがほとんど
→期待に応えたい性分なら、戦ってくれと周囲に言われたら参戦しそうです。

> ・周囲からの評価は極端で「能力があるのに手を抜いてる」「ノミの心臓」から「平和主義」「繊細で優しい」等

C.戦いが苦手な理由
> ・その反動で欲というか負けん気や闘争心が薄く、他人との競争が苦手になる
→モロに「闘争心が薄く」ですから、戦いは忌避したい主人公でしょう。

総じて見ると、能力自体はありそうだけど、戦いたくない主人公。しかも、戦える理由は多彩で、対する戦えない理由は1つしかない。なんとか主人公を異世界で戦わせようと、あれこれ工夫した結果でしょうか。

極めて個人的な見解ですが、(元)一般人(でしかも10代)の主人公に戦う理由に説得力を持たせたいなら、戦えない理由が大事になってくると思います。強そうな敵が怖い、相手を傷つける/殺すのは嫌だ、自分も傷つく/死ぬのは嫌だ、戦いなんかより飯食ってたい/お茶飲んでたい/ゲームしてたい等々、数多と戦いたくない理由はあるはずです。

戦いたくない理由、意志、感情を乗り越えて戦ったら、キャラに勢いが付きます。ドラマにもなります。冒頭ならツカミになります。単に戦いに赴く(単純な盛り上げ)より、いったん逃げそうになってから(盛り下げ)、踏みとどまって戦い始める(盛り上げ)ほうがドラマティックですよね。そうするには、キャラが動かないと表現できません。

主人公の特徴として列挙してお出でなのは、全部、静的、スタティックなものですね。特徴なんですから、動的、ダイナミックでないのは当然です。スタティックな特徴だけで、「なるほど、これなら戦うのが苦手ながら、戦い始めるのも道理だ」と思わせる設定にするのは難しいと思います。なにせ書類審査してるみたいなもんですので。あるいは、論理的整合性を考えるような状況。

もちろん、戦える素地は設定しておく必要があります。それが、戦える理由と拮抗し、コンフリクトを起こすように持っていく必要もあります。例えば、主人公が訪れた村に敵襲があったとします。主人公は怖いから逃げたい。だけど優しいから村人を守りたい。敵は武装して強そうでもある。だけど主人公は一応の武術の心得がある。そうなるとジレンマですよね。

そういうケースでよくあるパターンが、例えば主人公が内心で戦わなくていい理由を列挙し始めると言うもの。自分とは無関係の村だ、自分にはこの先の目的がある、戦っても勝てないかもしれない、とかとか。ある種のフラグです。一生懸命、戦わないでおい理由を考えるのは、感情では(怖いけど)戦うべきだと思っているからです。

ジレンマに持っていければ、後は一押しで足ります。例えば、その村の幼い子が「助けて、お姉ちゃん」と縋り付いてくる。あるいは、自分より弱そうな子どもが主人公を守ろうと、怖いのに必死になって敵に立ち向かう。

あまりに具体的にしてみましたので応用性はないです。が、意外であって、しかし納得するような運びを考えてみてはどうかということです。なにせ、読んでもらわねばなりません。戦うのが当然の成り行きになるようお膳立てするだけでは退屈になりがちです。話の都合だけでキャラが戦い始めては、操り人形になって不自然に感じる恐れがあります。戦う方向に主人公を押し出したいなら、まず戦わない、戦えない方向に引っ張っておくと、やりやすくなりそうに思います。

お考えの代表的なパターンについても少し。

> 1.実は命のやり取りを何とも思わないサイコパスだった
> 3.戦闘時は別人格が出てくる

この2つは似ていると思います。日常的にもよくありまして、例えば自動車の運転。ハンドルを握ると人格が変わる、なんてときどき聞きます。自動車という力を手に入れると、自分の力のように感じて、横暴な運転をしてしまうというものですね。悪い意味で人馬一体であり、ドライバーが自動車に使われている状態ともいえます。

武器を手に入れても同様のことが起こり得ます。フィクションでもよく使う手じゃないかと思います。キャラの暴走を招くアイテムとして、武器、攻撃魔法の類を与えるというものです。パターンとしては、それで痛い目に遭うとかして、反省する流れですね。それでも、戦い始めることは自然な流れになると思います。

> 2.初陣で心をへし折り、修羅ルートへ

碇シンジですと、単に戦えと言われてもできないキャラですね。しかし、綾波レイが出て来まして、大怪我していてすら戦い続ける。シンジが戦わないなら、レイが出撃するしかない状況でもある。シンジとしてはジレンマに陥るわけです。視聴者としては「レイを守る行動をすべきなんじゃないか」という気がしてくる。だから悩んだ末、初号機に搭乗して戦う選択をする。結果、初号機をうまく動かせず、しかし暴走しての撃退。

一度やれば、二度目以降は(戦闘で異様に怖い目に遭わない限り)抵抗感が少なくなります。初出撃についても、レイだけでなく、父親ゲンドウに対するシンジの気持ちも次第に明かされます。フォローもしてあるわけですね。

中学生が死亡率高そうなことに乗り気になるなんて不自然ですから、シンジの性格、屈折した気持ち、周囲への関わり方などでがんじがらめにしておき、視聴者がシンジに期待する行動になるよう、うまく組み立ててあるように思います。

逆に言えば、キャラを単純に追い詰め、へし折り、戦いに追いやっても、なかなかうまくいかないとも言えます。不自然なことをさせるわけですから、そうであって当然ではあります。

> 4.好きな人を守るため

好きな人、を戦いの視点で言い換えると、守られるべき人、となるでしょうか。例えば、幼い子どもが危機に陥っているのを見たら、赤の他人であっても守らねばという気は自然に起きたりします。

自分のためだったら逃げるのが自然でも、守られるべき人が動けないなら、必死で守ろうとし、思わず戦い始めてもおかしくはありません。碇シンジの初出撃も、この4の要素が含まれているような気がします。

5.恨み・怒りからの復讐

これも付け加えておいたほうがいいかなと思います。例えば、4で好きな人を守れず、目の前で殺害されたとしたら、我を失います。恐怖を感じた場合は逃げるでしょうし、悲哀なら泣き崩れるでしょう。しかし、激怒するのも自然なことです。

激怒は正常な判断を失わせます。もう少し正確に申せば、自分を疑えなくなります。自分が正しいとか、勝てるとか思い込むことがあるわけです(ネットの炎上などでも見かけることがあったりする)。しかも、筋力や気力がマックスになりますし、痛みに鈍感にもなります。

まだあるかもしれませんが、どれか1つだけでなく、できれば組み合わせて使えれば、キャラが戦い始めるのが自然に見えるような段取りが組めそうに思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公が戦う理由ないし戦える理由

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元記事:複数人の思惑が別々に存在し、動機が複雑で、個人の行動原理がはっきりしない話

トランプ大統領が今、関税を全部やめてなにかすると言ったら、たとえそれが100%正しい行動でも、トランプは精神病だ、と言われますよね。

人間は動機に基づいて行動しますが、長期的に見るとチグハグなことをしたりもします。人間というのは、常に首尾一貫した行動をするとは限りません。
それを書きたいです。

登場人物達が動機もなく行動をしないという前提の上で、複雑な人間関係と思惑が重なった結果、誰にとっても望ましくない結果になる、または望外の最良の結果が得られる、というような、人間にとって一番難しい話の一種であるであろう物語の書き方が知りたいです。

たとえば、今の日本政府、先進国の政府は、ほとんど全員自分の国のために行動しているのに、思わしくない方向へ向かっています。これは複数人が動機と目的を別々に持って、それぞれ最善を尽くして行動しているのに、上手く行きません。

しかし、上手く行っていないことははっきり分かっても、なぜ上手く行っていないのか、これまでの歴史で

「ここでこの人がこうしていれば、この国は今よりもずっと上手く行っていたのになあ」

なんてことが分かることはあり得ません。つまりこれは、人間にとって小説の中でも書くのが難しいのです。
しかも、単に動機もなく人間が行動しているだけの話なら、支離滅裂だと笑われてしまいますから、そうなってはいけないのです。

これを書くにはどうしたらいいですか?

上記の回答(確認させていただいても?)

投稿者 若宮 澪 : 0

 こんにちは、若宮澪です。なんかスレッドが本来の目的を外れてデッドヒートしてるなあ、と思いながら書き込んでいます。ていうかこれ、書き込んで良いのかな……? たまねぎ様、読むせん様、割り込む形になってすみません。

 私としては回答する前にその詳細な意図を確認させていただきたく。
 取り敢えず、何となく言いたいことは掴みました。要は「登場人物がそれぞれ葛藤しながらも決断し行動した結果、誰も意図しなかった方向へと物語が進んでいく」そんな物語が書きたいのだけれど「それはどうやって書けばよいのでしょうか」ということですよね、誤解していたらすみません。

 私からの質問は、「どうやって」の部分についてもう少し詳しく聞きたいということ。
 物語を書くのに悩むにしても段階があるわけです。たまねぎ様は、今どの段階におられるのでしょうか?
①物語そのものが何も浮かばない
 ➡そもそもとして漠然としたものさえない。どう書くか、何をどうすればいいか、取っ掛かりさえ分からない
②物語の構想が浮かばない
 ➡漠然とこんな内容が書きたいというのは浮かんでいるが、具体化できない。「みんなが悩む話を書きたいけど、どう悩ませるかとかそもそもどんな舞台かも決まらない」みたいな感じならここ
③構想はあるがそこから何も浮かばない
 ➡物語の舞台や登場人物は何となく決まっているが、そこから話をどう展開していけばいいか、あるいは何をどうすればいいかが分からない。いわゆる「キャラと舞台だけある」状態
④展開の行き詰まり
 ➡物語として初期の展開は決まったが、そこからどう展開していくかが決まらない。「物語の出だしとキャラ、舞台だけがある」状態のこと

 ①➡②➡③➡④の状態でだいたい行き詰まると思うのですが、たまねぎ様は今どの段階なのでしょうか? 教えていただけると幸いです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 複数人の思惑が別々に存在し、動機が複雑で、個人の行動原理がはっきりしない話

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投稿日時:

元記事:艦これ2次創作小説のタイトルとログラインのテストマーケティング

こんにちは。

今現在、『SAVE THE CATの法則』という本でシナリオ論の勉強をしながら艦これの2次創作小説を書こうとしています。

早速、一作目のタイトルとログライン(これはどんな物語か?)を考えてみたので批評をお願いします。

興味を惹かれるか。
ここが分からない、などなど。
何でも良いのでご意見を頂ければと思います。

【タイトル】
女王の子供たち

【ログライン】
艦娘が生まれる以前。
世界を襲う深海棲艦に妻子を殺された男はその正体を追う。
ある真白の肌を持つ女性と共に――。

上記の回答(艦これ2次創作小説のタイトルとログラインのテストマーケティングの返信)

投稿者 日暮一星 : 1

 初めまして、日暮一星です。

 【ログライン】として提示された文章を読む限りでは、深海棲艦の正体を深海棲艦とおぼしき女性と追う……というような感じでしょうか(艦娘だったらごめんなさい)。

 しかしこの文章を見ると、ログラインというよりは表紙裏や帯に書かれていそうな【煽り】に見えました。ログラインはあくまで《どういう映画や物語なのかを“一言”でまとめたもの》なので、上記の内容をもとにログラインを作るとなると『敵に妻子を殺された主人公は、敵の子供と一緒にその正体を突き止める』のような一文ができます。

 真白の肌の女性が物語の鍵になる役割を担っているのでしょうが、あえて曖昧にせず、いっそ彼女の正体を明かした方がいいかと思います。艦これユーザーを読者層に想定した作品ならば、彼女がどういう設定なのか大方の予想が付くと思うので、『敵対している提督と深海棲艦が協力して物語を進める』という【皮肉】の構図をあらかじめ提示させて興味を引き立てるのはどうでしょうか。

 次に『正体を追う』という主人公の目的が弱く感じられました。妻子を殺されたなら『復讐する』くらい率直なもののほうが分かりやすいですしインパクトもあります。主人公の、目的を達成する執念深さ(キャラとしての個性)を臭わせることもできますので。

 また【ログライン】を考える作業というのは、物語を作る作業ではなく『物語を考える作業』です。二次創作とのことなので大本の設定や物語の構想はできているのだと思いますが、考えられたログラインは上記の一つだけでしょうか? それ以外にもログライン(=物語のアイデア)は思いつくはずです。複数の候補をリストアップして『これだ!』と思えるログラインをひらめいてから『物語を作る作業』に取りかかることを推奨します。

カテゴリー : その他 スレッド: 艦これ2次創作小説のタイトルとログラインのテストマーケティング

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投稿日時:

元記事:主人公への自己投影はどの程度にすべきか

お初にお目にかかります。
当方現在執筆を目指しプロットを複数練っているところなのですが、大半の作品で自分を主人公のモデルにしたり特技や長所などに自分を投影しています。
こういったことはたとえ書きやすくてもよした方がよいのでしょうか。

当方こういった掲示板の使用は初めてなので、何かしら必要なマナー等ございましたらそちらもご教授願います。

上記の回答(主人公への自己投影はどの程度にすべきかの返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答!

>こういったことはたとえ書きやすくてもよした方がよいのでしょうか。
別に問題ありませんが、よく地の文で無意識に「自分の口癖」を多用してしまうという事があります。
極端には、口癖とまではいかないけど「とりあず~」みたいな使いやすい日本語を乱用して「とりあえず~~して、とりあえず~~となった」みたいな事が、無意識なので実際の文章を指摘されてようやっと気がつくというレベルであったりします。
「その」とか「それで」とかコソアドを乱用する事も多いですね。
実際に口で喋ってるときと同じように文章を書いてしまうので、これは口の上では問題なくとも文章になると非常にわかりにくくなるので問題です。
例は極端なのでわかりやすいですが、文章の読みにくさや違和感に直結する要素の一つで、特に一人称だと口語が主体なので日本語の文法を意識することも少なく、無茶苦茶で読みにくいものになちがちです。
無意識に口癖を使ってしまうというのは、潜在的に「自分が知ってる事は相手もわかるだろう」という認識があるためでしょうから、第三者には説明されなきゃわからない事をバンバン説明なしに言ってきてわけがわからない、という事もよくあります。
まあ、このあたりになると「主人公に作者自身を投影してる」という事とあまり関係なくなってきますが、「書きやすい」と「読みやすい」はイコールではないので、そこを意識する必要はありますね。
「口癖」にしても、自己投影した主人公像でなくともよくある事だし。自己投影した主人公の場合「なりやすい」というだけであって。

自己投影した主人公像というのはプロアマ問わず割と多いですが、そもそもが「そういう主人公でなくともちゃんと書ける」というのが前提で自己投影したキャラクターを作っているので、「自己投影した主人公像」というコレ自体には何も問題ないし、むしろそうやって自分をさらけ出すことに抵抗ないのは羨ましいと思う人もいるくらいでしょうが、同時に「自己投影した主人公だから」という理由で上記したような問題も出てきます。

まあ、まるで「こういう事に気をつけろ」と言ってるような内容ですが、ぶっちゃけ気にする必要はないでしょう。
「そういう問題もある」という認識のうえで、自由に適当に書いてしまったほうが良いかなと思う。
最初から完璧なものなんて無理だし、プロットを書き上げ執筆した後で読者に指摘されたら「そういや相談板で言われたっけな」と思い出せば良いと思う。
「書きやすさ」と「読みやすさ」はイコールではないと書いたけど、これも最初のうちは書きやすいほうを選ぶのが断然良いです。
最初のうちは読者の事なんか考えないほうが良い。そんなん筆が鈍って完結できないだけで、慣れないのに読者を意識してもクォリティは大して上がらない。
「作者の自己投影」についての話題なので注意点ぽいのを書きましたが、こういうのはある程度書き慣れた人が気をつければ良い事です。
書き慣れない頃にとやかく思案してもしょーがないので、現状のまま何も問題ないかと思います。そのまま突っ走るのが一番でしょう。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公への自己投影はどの程度にすべきか

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