小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

手塚満さんの返信一覧。最新の投稿順6ページ目

元記事:簡単に出来ません。

最近(?)、主人公がラノベ作家(あるいはもどき)という設定のラノベ原作のアニメが放送されたのですが、私的に許せない事があります。

それは、文字通りライトノベルが軽く見られる様な描写がある事です。

例えば、劇中で10話分くらいを一気に投稿サイトにあげて、「いつ書いたの?」「今書いた」とか、「33話NEW!」「34話NEW!」「35話NEW!」みたいに、もの凄い勢いでアップし続けたり、分厚い原稿の束の新作1本を一から書いてたった一晩で仕上げる様な事をしたりという、「この人(原作者)は本当に作家なのか?」と思える様な事を平気でする事です。

小説って、そんな簡単にホイホイ書ける様なもんじゃありません!」

一体、この作中のキャラクターは、どれくらいの速度で原稿(作品)を書いているんですかと。

私は、賞の応募をするのに締め切りに迫られて、1日で最高(応募規定のA4で)27枚書いた事がありますが、それだって火事場の馬鹿力みたいなものであり、こんな無茶がいつも出来る訳ではもちろんありません。

それを、いとも簡単に次々と書き上げて行く作中のキャラクター達には、とても腹が立ちます。
原稿をまるで、判で押すみたいに量産していく様は、ラノベ自体が簡単に出来るかの様な誤解を招きかねないと危惧します。
今は乱発によって、ただでさえラノベ自体が軽く見られているのに、何も知らない人からみたら、

「な~んだ、やっぱりラノベって簡単に出来るんだ」

などと誤解されて、軽蔑というか侮蔑の目で見られかねないと思います。

そんなに簡単にオリジナルで面白い作品が書けたら、苦労しません。
こういう、自分で自分の首を絞めるというか、自らラノベを貶(おとし)める様な、誤解を招く内容で作る事は、プロならやめて欲しいと思いますが、いかがでしょう。

私は、「小説ってそんなに簡単に書けるもんじゃないんだよ」と言う事が、ラノベやアニメのファンの方々に言いたいだけなのですが、考え過ぎでしょうか。

上記の回答(簡単に出来ません。の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

「けいおん!」アニメ1期なんて凄かったですよ。特に誰も批判してないですけど。
何が凄いって、まず唯。あっという間にギターが弾けてます。多少、家などで練習している描写はある。(スティール弦)ギター弾きによくある、始めてから遭遇する指先の傷もあった。

だけど、弾いたこともなかったギターがあっという間に上級者レベルに達している。それだけじゃない。一度聞いたギター演奏を即座に自分でも弾けるようになってしまう。恐るべき耳コピ能力です。弾けなくて詰まるのは、チョーキングなどの技術的なことを知らなかった場合だけ(それも教わるや否やできるようになる)。

唯の妹はもしかするともっと凄い。姉の唯がギター弾いているのを見ただけ、姉に一度ギターを触らせてもらっただけ、なのに姉に匹敵するレベルでギターが弾けてしまう。

全部、楽器を真面目にやった人、やろうとした人ならほとんどが、「嘘だろ」「あり得ない」と言いたくなる話です。だけど、誰も文句は言わない。努力がテーマの作品ではないですからね。

高校時代の部活が楽しかったという話ですから、楽しい部分を強調したに過ぎない。観ていても面白かった。だから文句を言う必要を感じない。1期終了前から、唯が持っていたギブソンのギターが大量に売れました。非常に高価なギターなのに、生産能力を超えてしまい、2年も予約待ちになるほどでした。

じゃあ、簡単にギターが弾けて、あんな楽しい生活を送れると思ってしまった人が大量に出たのか。そんなことはないはずです。ギターに限定せずに楽器ということなら、ほとんどの人が経験してますよね。小中学校でハーモニカ、リコーダーくらいはやっている。楽器が簡単に演奏できないことくらいは知っている。簡単にできないとは知りつつ、上手い人がやっていることは自分もしたくなるという、ごく普通に起こる気持ちゆえです。

やはり音楽ですが、歴史上、物凄い速筆の作曲はいます。ヴィヴァルディ、シューベルトなんかも凄かったそうです。モーツァルトも凄くて、20年で700曲。モーツァルトの凄い点は曲数だけでなく、曲想の多彩さにもあります。4小節ごとで曲想が変わる。聞くところによると、メロディ、伴奏が非常に素早く浮かんできて、楽譜に書くのが追い付かない様子だったとのことです。

天才ですからそんな人もいる、とだけ考えたくなりますが、ウィキペディアにも収録されているモーツァルトの言で、「長年にわたって、僕ほど作曲に長い時間と膨大な思考を注いできた人は他には一人もいません。有名な巨匠の作品はすべて念入りに研究しました。作曲家であるということは精力的な思考と何時間にも及ぶ努力を意味するのです」というのがあります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%87%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%88#%E6%99%A9%E5%B9%B4

作曲は速いけど、その裏付けとなるインプットがあるんだということですね。でも、モーツァルトは短命したし、作曲以外で多忙でもあった。上記のようなことを言えるほど、時間を割いていないはずだ、と考えたくなるかもしれません(実際、自分が陥った誤謬であり反省でもあります)。

モーツァルトは天才です。しかし、自分定義ですが達人の面を持っています。自分定義の達人なんですが、特長の1つに「何もしていないように見えるし、本人も何も考えていないつもりなんだけど、無意識、潜在意識では常に最善の努力が払われている」があります。

私が直接的、間接的に教わった方々の多くがそうでした。教わってみて、自分でも必死に勉強してみる。だけど差が開いて行くんです(←自分の理解が進んだことにより、彼我の差がよく見えてくる効果を補正しても)。相手は努力している様子はなく、自分は必死にやっている。なぜ差が開くんだと思いました。

何人もの市井の達人に教わってみて、だんだん分かってきました。まず、自分がやるようなレベルの勉強はもう頭に完全に入ってしまっていることがあります。だけど、それだけなら勉学を積んで差を縮めることができるはず。そうではないのは、頭に完全に入った基礎を使って、常に頭を働かせているからだと気が付きました。

達人ですと、飯食っているときに以前に考えた問題の答えがふっと浮かんできたりします。寝ていて、夢の中で答えを知ることもあります。自分ですと、意識的に勉学し、意識的に問題を考えているとき出ないと、答が出てくることはありません。勉強するときだけ、頭を使っているわけです。

達人はそれが24時間休みなくです。だから差が開くわけです。追いつけるわけありません。差が開かないようになるときは、いずれ来ます。自分でも無意識に常に頭を使えるようになったときです。

よく、「1万時間やってみろ」「該当ジャンルを千冊読んでみろ」といったコツが言われます。おそらく、それくらいやっていると常に頭を使うような習慣が身に着くのだと思います。執筆していないときでも文章を練ったり、キャラ設定を詰めたり、プロットを進めたりできる境地ですね。作業的にやっていると、それでも身に着かないかもしれませんが。

批判してお出での作品について申し上げれば、モーツァルトのようなラノベ作家はあり得ませんか? ご自身ができないという理由が不可能の論証になりますか?

言葉は生まれてこの方使ってるわけですよね。思考も言葉頼りが多いですよね。多少複雑なことだと、言葉抜きの直感だけで片付けるのは難しいはずです。宿題やるの忘れるなどして言い訳考えたりなんて、しょっちゅうありますよね。やろうとしていることが、やってみたらどうなるか考えますよね。その他もろもろ、日常茶飯事のはずです。どれも物語作りと密接につながっています。

実際に「タイプライターに向かったら、流れるように物語が書ける」なんて天才がいたらいけませんか? それとも、フィクションには天才、異才、奇才がいたらいけませんか? むしろ逆ですよね。めったにいない、あるいは、絶対にいそうもない人のほうが好まれてませんか?

フィクション通りに自分もできるなんて勘違いする人はごく少ないはずです。スーパーマン見て、空を飛ぶ練習をする人はいません(実は、試みて不可能を知った人はいたりしたけれどw)。フィクションではない、現実にあるんだと言って、騙される人はいます。超能力なんかもありましたよね。だけど、フィクションとリアルを混同して間違う人はめったにいません。

刑事ドラマでも、そんな刑事はいないと知っている人は多い。警察関係者だと特に作中の嘘が目につくそうですが、それでも楽しんでいる人が多いと聞いています。刑事ドラマで警察官に憧れて、警察を志望する人とて現実は知っています。

それでも、アニメを見てライトノベルが簡単に書けると思って、バカにされるのは嫌かもしれません。でも、自分でやるつもりのない人なんて、アニメを見なくたってそう思ってる人が多いんです。自分がやる見込みがないものには無責任になりやすいですから。

全く他のジャンルですが、例えば筋トレする人も頻繁にバカにされます。重いもの持ってちょっと上げ下げすればムキムキになるんでしょ、とか。何度正しく説明しても(1日に得られる筋肉はどんなに頑張っても7g以下で、計画的に太ったりダイエットしたりして等々、小一時間分の説明)、無駄、あるいは聞いてくれません。

そんなもんです。迷える狼さんとて、例外ではないんじゃないでしょうか。詳しくは(旧掲示板も無くなったこともあり)控えますが、ずいぶんと思い込みであれこれ駄目出しなさっていたと思いますよ。

仰ることがいかに間違いであるか、他にもいろいろ理由を挙げて説明できます。例えば「俺TUEE」なんてジャンルと言っていいほどあるわけじゃないですか。ラノベ作家主人公で「俺TUEE」やって、何かいけないんでしょうか。

素人さんが誤解するから(←かなり、いわゆる上から目線の物言い)という理由で、非現実的なことを抑制していいってもんじゃないと思います。特に非現実的の基準が自分基準であればなおさらです。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 簡単に出来ません。

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元記事:魔法が存在しない世界観で

こんにちは、こゆきです。
以前から悩んでいる設定についてです。
ラノベや漫画に登場する、魔法など、現実にはありえない設定には、物語を面白くする以上に、その世界が現実ではない世界であることを表現する効果もあると考えています。
 私は今、日本の室町時代をモデルとした世界観を考えているのですが、主権や出来事、登場人物の持ち物に至るまで、全く史実の室町時代とは異なります。史実と被る部分があるのは、世界観の持つ雰囲気くらいでしょうか。
 そこで最初に設定を説明することなく「室町時代っぽいけど違うんだよー」ということを示したいのですが、難しくて困っています。
会話文の中で説明することにも挑戦しましたが、説明臭くて自分の文でさえ読む気になりませんでした。
 魔法が存在しない世界観で、私など作者ができる、現実との区別の方法を教えてください。

上記の回答(魔法が存在しない世界観での返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

結論から申せば、とりあえずリアルの室町との類似性は気にせず、書き上げてしまえばいいと思います。書き上げて、読み返して気になる点が出たら、微調整で解消できます。

おそらく作者的に気になるのは、

「室町風ながら異世界と設定したのに、読者からリアルの室町と思われてしまうんじゃないか」から、例えば「ここが室町史実とは違うとか駄目出しされるんじゃないか」

などではないでしょうか。昔の時代劇でいえば、「暴れん坊将軍」で将軍たる吉宗が、普段は市井の遊び人として暮らしてるなんて、史実的にはあり得ないみたいなことですね。

しかし、「暴れん坊将軍」で真剣に「時代考証が間違ってる!」と駄目だしする人は事実上いませんでした。一応、歴史ものバラエティなんかで、時代劇の嘘を解説したりして楽しまれてはいました。

だからといって、「暴れん坊将軍」が駄作だとは誰も言い出しません。時代考証の嘘で失望もしない。面白かったことは素直に認めている。「水戸黄門」「遠山の金さん」などでも事情は同じです。

面白ければいいわけなんですね。たとえ、読者が室町風異世界と思わず、「もし室町がこうだったら」のIFだと思っても、面白ければそれで問題はないはずです。

読者的に困ることがあるとすれば、例えば固有名詞の流用です。ちょっと前に見かけたアマチュア作品では、第二次大戦前~中くらいの時代背景風で、固有名詞では例えば「関東軍」が出てくるんだけど、日本の関東にいる軍事部隊と設定してある。著名人の名前もそのまま流用されているんだけど、全くの別人の設定でした。

これでは読んでて、頭がこんがらがるわけです。固有名詞から実際の歴史の知識が思い浮かんでしまうんですが、作中では別物だといちいち意識しないと、ストーリーを理解することができません。そうしてもなお、ストーリーの理解を史実の知識が邪魔してしまい、作品に没頭できなくなってきます。

しかし、構想してお出での作品では、そういう懸念はなさそうです。「主権や出来事、登場人物の持ち物に至るまで」オリジナルであるわけですから、史実の知識が邪魔しそうにない。類似性があるのは「世界観の持つ雰囲気」だけであるわけですよね。読みにくくなる要素は、仰る範囲では感じられません。

異世界ファンタジーですと、中世ヨーロッパ風がたくさんあるわけですよね。ですが、リアルの中世ヨーロッパと違うと文句を言う人はいませんし、史実と混同してしまって困るというのも聞いたことがありません。

むしろ、ベースとして理解しやすくなる効果があります。少し聞いた(読んだ)だけで、だいだいこんな感じと分かるということですね。文章作品ではとても大事です。絵で見せるわけではなく、文章描写なんですから、言葉という記号から絵は読者がイメージしないといけない。見たことも聞いたこともない未知の世界だと、言葉だけでイメージ、理解するのは難しいのです。

しかし、中世ヨーロッパ風と思っただけで、ずいぶんと楽になります。「騎士が馬で道を行く」と書いただけで、周囲の状況はおおよそイメージできてしまいます。道沿いの庶民の家々とか、街道を行きかう人々の様子とか、遠くに見える城とか、言われなくてもなんとなくイメージできてしまう。

室町風と感じられるなら、同じようなメリットが生じるはずです。無理に(本当の室町じゃないとか)否定しなくていい。仮に、ある読者が室町時代のIFと誤解したとしても、何ら問題になるわけではないでしょう。無駄になるものがあるとしたら、作者がせっかく異世界と設定したことくらいですが、読者が読んで楽に面白がれるなら、作者の心づもりは譲ってあげたらいい。

それでも気になるのなら(現実の室町ではないことがテーマに関わるとか、あり得なくはない)、よくある手ですが、例えば冒頭に作者の宣言を付け加えれば大丈夫です。書き出しの1行目が「これは日本の室町時代のようでいて、実は異なる遠い世界の物語――」みたいな感じです。他の方法もいろいろあると思いますが、作品がどう仕上がったかで何かすべきか、すべきなら打つ手は、と決まってくるはずです。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 魔法が存在しない世界観で

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元記事:ライトノベルでのターゲット層について

私は前職で長い間WEBの仕事に携わってきました。
SEOなども行い、ターゲット層の調査やキーワード調査などは本格的に行ってきており、お客様との打ち合わせでも企業提案やコンサルタントも行っていました。

このサイトでは、ターゲット層が10代であるという記述を見かけ、それが正しいのか疑問に思い、インターネット上での既存データを調べました。
理由として、基本的に収入のない年齢層をターゲット層だと誤認している企業様が非常に多いためです。

スマホでの通販利用者年齢分布では、10代は50代とほぼ同じで最低ライン、一番多いのは30代と20代、次いで40代。
データ参照 https://netshop.impress.co.jp/node/5950

amazonでの購入品目が1番多いのは書籍類なので、上記数値と同様の分布図と推定できる。
データ参照 https://research.nttcoms.com/database/data/002069/

結論からいうと、購入者層は20代~40代が圧倒的に多く、10代をターゲット層と指定しているのは再検討すべきであるといえる。

また、小説ラノベ化し、仮にアニメ化までしたとします。
そのときの放送枠は深夜帯であり、10代が見るいわゆるゴールデンタイムではない。
講談社の少年ジャンプ等のようにゴールデン枠で放送される枠ではない。

また、現在人気の小説家になろうでは、転生ものが圧倒的に人気である。
この傾向は、読者層が自身の未来に希望が持てなくなったからという裏返しの物であり、その体験は社会経験によるものが大きい。
自身の夢が何かをまだ見つけていない10代という年齢層の傾向とするには、過分な誤りが含まれている。

10代の読者もいるので、わかりやすい文章で書く、という点は理解できるが、ターゲット層を10代だけに絞り、20代以上の年齢層の意見を無視するといった姿勢は明確に謝りだと言える。

結論。ライトノベルでの主要ターゲット年齢層は20~30代である。

といえるかと思われますが、いかがでしょうか。

上記の回答(ライトノベルでのターゲット層についての返信)

投稿者 手塚満 : 4 人気回答! 投稿日時:

結論を先に申せば、たとえ読者の実年齢層が20代以降であっても、10代、特に中高生を想定して書くべきとなります。以下、説明します。

1.子ども向けに作ると大人にも受ける

まず、低年齢層向けに作っても、上の年齢層にも受けるという話から。子ども向けだけど子供だましではない作品であれば、子どもにも受けるし、大人も好むのは、ずっと以前から知られていた傾向です。

例えば、NHK人形劇の「新八犬伝」(1973~1975年)があります。企画時点から、前作のターゲット層が、放送時間的にも内容的にも子ども向けでしたから、同じと設定されました。未就学児でも分かって面白がるように作られたのです。原作は古典ですから、大幅にアレンジされました。分かるように工夫したわけですね。結果、子どもが真剣に面白がるものに仕上がった。

子どもが観てる時間は親も観てたりします。中高生の兄、姉なども観たりする。場合によっては祖父母も。そういう年齢層も面白がりました。全年齢的に受けたわけです。子供だましでなければ子ども向けでも大人は面白がる。調べると、視聴者数的には大人が多いという結果になった。

そこで次作の「真田十勇士」は大人向けにしようということになりました(子ども向けではありえない、「あらわになった白い肌に光る滴が」どうこうとか、それっぽいものを多用した)。結果、不人気に終わりました(テコ入れ、続編、次作等々で頑張ったようですが、事実上、無駄に終わった)。大人にも受けようとする誤りから抜け出し、再び人気を取り戻したのは、子ども向けにきちんと立ち返った「プリンプリン物語」(1979~1982年)になります(ただ、その後は人形劇という手法自体が、他の表現方法との競争に負けて行く)。

近年でも、例えばジブリ作品で受けたものといえば、ずっと子ども目線でしょう? 「もののけ姫」だと中高生以上かもしれません。しかし、それなら中高生ターゲットでいいわけですよね。ラノベのメインターゲットとされる層でも中高生狙いで中高生以上に受けてもいいわけです。

2.呼び込みたいターゲット年齢層は若いほうがいい

しかし、通販の利用年齢層調査に頼るまでもなく、ラノベの読者年齢層は高くなっていることが、いろんな調査で言われています。このサイトでも統計を見かけた覚えがあります。

確かにそうでしょう。ラノベが流行り出したのはずっと前なんですから、初期に読み始めた読者はもう30代か40代です。20代なら比較的遅くに読みだしたと言っていい。面白い作品が出なくならない限り、彼らも読んでくれるわけです。これが見かけ上の読者年齢層を引き上げます。しかし、好んでいる作風は何だったかといえば、彼らが10代の頃に読み始めた作風であるわけです。10代向けを考えた作風であるわけですね。
(その他、1と同様の減少もあるが割愛。)

20代向け、30代向けの作風をラノベでやり出したら、「こんなのラノベじゃない」と言われ、そっぽを向かれる危険性大です。読者の期待をわざわざ裏切る必要はない。大人向けを想定した作品なら、以前から他にいっぱいあるんですから、百戦錬磨の敵中に突入するようなものでもあります。

それに、今の10代を引き込めれば、ラノベがつまらない作品しか出せなくならない限り、10年後も20年後も読んでくれることが期待できわけじゃないですか。実際、現状はそうやって読者数を増やしてきたのに、一発当てて終わろうというやり方を採用する必要性が感じられません。

10代に面白がられることを狙って、10代の読者層を新規に呼び込み、先細りを避けるほうがよいのです。繰り返しますが、20代以降を狙うなら、ラノベ以外に既にジャンル・メディアはいくつもあります。ラノベのマーケティングでチャレンジする必要性がない。

3.アニメの放送時間帯と視聴機器

アニメ化して深夜帯だから、ゴールデンタイムを見る中高生には、なんてのは過去からの事実を踏まえない論です。

40年以上前、受験を控えて深夜まで勉強する中高生がどうしていたと思いますか? 深夜ラジオ聞いてたんです。当時はテレビは1人1台ではないし、観ることが必要なテレビは不向き。ラジオなら聞き流して、面白そうと感じたときだけ聞き耳を立てればいいのが大きかったのでしょう。

しかし、深夜にも逃せない番組があり、実際に中高生が聞いていた点は重要です。翌日には深夜ラジオのネタで盛り上がることも多かったそうです(リスナー投稿を含むお笑いネタ系の番組が多かったとのこと)。深夜の単調さを紛らわすつもりが、次第に番組を聞くために深夜まで起きていることも多くなってもいきます。

アニメが深夜に進出したのは、単に制作側の予算のせいだけです。玩具などの副収入を前提としない、映像を販売する形態では、テレビの枠にかかる予算はきつくなります。安い深夜帯に移行していくのは、商業的に当然のことです。

しかし、安いからだけでは無理で、観てくれる人がいなければなりません。中高生は起きていてくれる人が少なくないのは、深夜ラジオの事例などから既に分かっています。加えて、録画機器の普及が大きい。無理に深夜にリアルタイムで見る必要はないわけです。深夜まで起きていられないなら、録画しておけばいい。

その録画機も、テープ時代のやりにくい録画操作から(新聞や雑誌の放送表から、テープの残り時間を気にしつつ日時を指定する等)、HDD/DVD/BD機の番組表見て指定するだけに変わってもいます。テレビだって既に1人1台は珍しくなくなってますから、録画機だって同じ。仮に自分用のTV・録画機がなくたって、今では1台で2番組同時録画は普通です。アニメが放送時間帯で問題になるようなことは、今となっては何もない。

ゴールデンタイムが、なんてのは以前からの中高生の行動的にも、現状の視聴機器技術的にも、間違った見方だと言わざるを得ません。

以上のように考えますので、

> 結論。ライトノベルでの主要ターゲット年齢層は20~30代である。

を幾分かでも考慮できるとしたら、

「結論。ライトノベルでの主要ターゲット年齢層は10代向けを好む20~30代である。」

と修正するくらいでしょうか。

カテゴリー : その他 スレッド: ライトノベルでのターゲット層について

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元記事:三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写について

視点移動についての疑問です。
現在三人称で小説を書いているのですが、視点移動がタブーという話を聞きました。
三人称というカメラが映している人間の心理描写を、カメラで映す人間を変えて何人もやっていいのか気になり、相談させていただきました。
説明が下手で申し訳ないのですが、具体的に言うと、男、女の2人が同じベッドにいるとします。男をA、女をBとしたときに下記の例文のような描写の仕方をしていいのか気になりました。

朝日が差し込むベッドの上でAはBの穏やかな寝顔を見つめていた。緊張から一睡もできなかったAはぐっすりと眠るBの幸せそうな顔に少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じている。頬に軽く唇を触れさせ、優しく髪を撫でると、触れられたことに気が付いたのかBの目がうっすらと開いた。
「おはよう、B。よく寝れた?」
「おは……、っ!?」
一緒に寝ていたことをすっかり忘れていたのかBの目が大きく開く。ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛ぶのを感じたBは、羞恥心からベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。

この場合、Aの恨みと愛おしさという心理描写した後、会話文を挟んでBの眠気の吹き飛んだ感覚や羞恥心を描写するというように、カメラがAからBに移るのですがこのような視点の変わり方をしてもいいのでしょうか?

そもそも三人称でこのような心理描写をしていいのでしょうか、その人物しかわからない心理を描写してしまったら一人称になってしまうのでしょうか。

上記の回答(三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

人称と基本的な注意点については、あざらしさんが優れた解説を充分になさっていますので、その点については便乗させていただくとしまして。

例にお出しの文章を一文ごとに、番号を振って見てみます。

01> 朝日が差し込むベッドの上でAはBの穏やかな寝顔を見つめていた。
「Aは~する/した」の形ですと、カメラ視点はまだどこか分かりませんから、とりあえずAから見ていると想像したくなります。
ただ、「Aは」ですから、一人称と思うことはなく、三人称のA視点となります。

02> 緊張から一睡もできなかったAはぐっすりと眠るBの幸せそうな顔に少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じている。
昨夜からのAの様子が詳細に語られており、ぐっすり眠るBはAが寝ていたかどうか判断できないですから、やはりAから見ていると想像します。

03> 頬に軽く唇を触れさせ、優しく髪を撫でると、触れられたことに気が付いたのかBの目がうっすらと開いた。
主語がありませんが、01~02により既にA視点でイメージしています。
文前段の動作はAと分かります(Bが起きた描写はまだない)。曖昧になる点は「触れさせ」です。
Bの唇にAの頬を触れさせたとも読めますし、その逆とも読めます。読者次第になる表現です。
後段のBの判断が「気が付いた『のか』」とぼかされている、つまり推測と読めるようになっているため、やはりA視点で矛盾がありません。
Aの思考は02にもある通り、明確に述べられていて、推測や観察を通していませんから、Bの思考をぼかしてあるのは、A視点としてとても自然です。

04> 「おはよう、B。よく寝れた?」
「B」と呼びかけていることから、Aの台詞と分かります(A、B以外が描写にないので、BでないならAとなる)。

05> 「おは……、っ!?」
応答と分かりますので、Bの台詞と無理なくイメージできます。

06> 一緒に寝ていたことをすっかり忘れていたのかBの目が大きく開く。
ここも「のか」のお陰で、03同様、A視点で無理なく読めます。

07> ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛ぶのを感じたBは、羞恥心からベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。
ここでカメラ視点が変わるわけですね。一応、分かります。主語が文頭ではなく、ちょっと遅めですが「Bは」となっていますから、読んでいてB視点に切り替えることはできます。
ただ、読者的に楽とはいえないですね。作者は絵をイメージしてから文章に起こすわけですから、全く迷わないはずです。
でも、読者は書かれてある言葉から絵をイメージせねばなりません。01~06でようやくA視点で言葉からイメージを想起できると思ったら、いきなり切り替えられてしまうわけです。
例文ですから極めて人工的にカメラ視点切り替えを入れてあるのは承知ですが、

07'> ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛んだかのように目を見開いたBは、顔をさっと赤らめてベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。

といった感じのほうがスムーズでしょう。

このシーンでは、AとBの位置関係がせいぜいベッド周りまでで、互いに見えているから、たとえあれこれ書き加えても、AとB視点の入れ替えが問題になる描写はそれほど出ないように思います。
しかし、例えばベッドを飛び出したBが物陰に隠れたら、ちょっと難しくなります。AはBの様子が見えず、Bも同様なのに、視点を入れ替えてAもBも動作を詳細に記述したら、ちょっとイメージするのが難しくなることも出てきます。
A(または)から見えているものだけに限定すれば、ややこしさはやわらぎます。

「視点移動は避けろ」というコツは、そういう状況を分かりやすく書けるためのものです。書けることは制限されますが、書きやすくなるわけです。

AとBをどちらも平等に能動的に描きたい場合、例えば俯瞰的な視点もあり得ます。ちょっと即席で変更、追加してみます(練れてなくてすみません)。

朝日が差し込むベッドの上でAとBは寝ている。AはBの穏やかな寝顔を見つめていた。
緊張から一睡もできなかったらしいAは、すやすやと寝息をたてるBの幸せそうな顔に少しばかり恨めしく、しかしそれを上回る愛おしさに満ちた表情を見せていた。
Bの頬に軽く唇を触れ、優しく髪を撫でると、触れられたことに気が付いたのか、彼女の目がうっすらと開いた。
「おはよう、B。よく寝れた?」
「おは……っ!」
一緒に寝ていたことをすっかり忘れていたのか、Bの目が大きく開く。ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛んだらしく、羞恥心から顔を真っ赤にしてベッドを飛び出す。Aに向けて勢いよく平手を振りかざしたと思うと、慌ててベッドの下に潜り込んだ。
ベッドの下で目を覆ったBが叫んだ。
「これって、どういうこと!?」
Aはベッドの上でおろおろしたが、ベッドをぽんぽんと叩いて答えた。
「いや、ほら、昨夜一緒に飲んでて、その後――」

こんな感じですと、AとB両方を見えている視点の第三のキャラクター:地の文の語り手を登場させることができます。視点を地の文の語り手に固定して移動させていない点、視点移動を避けていると言えるかもしれません。

どうするかは作品の狙いで選ぶしかありません。三人称でどのキャラも平等に描くなら、行動は明確になりますが、心中を描写するのに制限が出ます(でないと、キャラに視点が発生して、読んでて視点移動に戸惑う)。

どれかのキャラの心中を明確に描きたいなら、そのキャラの視点での三人称になります。見えるものも、原則として視点キャラのから見えるものに限定すべきです(そのキャラの表情などは可)。他のキャラは見かけ上の変化で心中を暗示するしかありません。

もっと強く制限すると、一人称になります。読者としては安心して描写を読んでイメージすることができます。描写が読者自身の行動と同じようなものになるからです(自分が主人公と思って、見たり聞いたりを追体験できる)。読者が他人の心中を見た目でしか分からないのと同じく、主人公も他人の心中を推測以外で描いてはなりません。

最もやってはならないのは、「(一動作ごとに)ベストアングルを作者がイメージして、カメラ視点を移動させながら描く」ことです(思考も同様)。コミックを1コマずつ文章だけで説明するような描写となり、どこから見ているか知らされない読者にはイメージ不能になります。仮にカメラ視点を明示したとすると、煩雑になって読みたくないものになってしまいます。
超上級者なら可能かもしれませんが、視点で疑問を持つレベルですと、迷わず避けるべきでしょう。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写について

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元記事:ライトノベルでのターゲット層についての返信

読者ターゲットと購入者ターゲットがぶれていていませんか?
その2つは同じ物を示さなければなりません。
作家サイドの視点であるならば、10代をターゲットとした小説を書くのに転生ものを書いていては、読者ターゲットを誤っていることになりますが、結果として購入者ターゲットはあっているということになるわけです。

そもそもなろうの読者層も中高年なわけで、なろうに追随しようとしている時点で10代がターゲットではないのです。

また、これは公開するには惜しい情報ですが、なろうではR15タグを読者が自身で選別している数が非常に多いのです。筆者側ではありません。
つまり、読者側も10代向けのお話を望んでいるのではないと言う事です。
少しでも刺激があるものを望んでいるのです。

企業側も、なろうのコミック化では、乳首等の露出を購入意欲に向かわせる手段が多く取られているのです。これも10代をターゲットとした戦略ではありません。

すべてライトノベルでのお話です。

それなのにいつまでも10代向け一辺倒だと言い張っているのが誤りだと言う事です。
個別に設定すべきことであり、筆者が自身で考えるべき項目であり、企業側も考慮すべきことなのです。

趣味で書いているとしても、転生やハーレムを書いているならば、それは10代向けがターゲットではないのです。

矛盾に気が付きましょう。

上記の回答(ライトノベルでのターゲット層についての返信の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

サタンさんへのご返信かもしれませんが、特に気になる1行ですので少し。

> 企業側も、なろうのコミック化では、乳首等の露出を購入意欲に向かわせる手段が多く取られているのです。これも10代をターゲットとした戦略ではありません。

これ、低年齢層向けのテコ入れの代表的なものです。18歳未満、特に小中学生向けですね。考えても分かると思いますが、18歳以上OKのメディアであれば、乳首露出なんて当たり前にあります。そんなもんで釣られる18歳以上はいない。

全年齢向けであれば、低年齢層対象のテコ入れになる。少年漫画誌では古くからよくあったことです。お色気はカンフル剤のような効果があります(もっとも、それで面白くするのは難しんですけどね。正面から扱って人気を持続できたのは「ハレンチ学園」(永井豪著、少年ジャンプ掲載、1968~1972年)など少数)。

だけど、18歳以上が全年齢向け可のエロ目当てに買うことはない。エロでもっと露骨、過激なのがいくらでもある。値段高めでも売れている。R18をR15にしても同じことです。R15の土俵には既に先行者がいる。

エロ(あるいはグロ)があるから、高い年齢層向けなんだというのは、全くの誤解です。過去の経緯を見ていたら、とてもそんなことが言えないことが分かるはずです。ラノベがもしかしたら苦境なのかと考察をすることはできても、ターゲット年齢層が違うなんて結論にはなりません。

カテゴリー : その他 スレッド: ライトノベルでのターゲット層について

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元記事:心が浮ついて手につかない

どこかで「人はそのときその瞬間の人生に必要なものにハマり、必要なくなったとき自然と離れる」と聞いたことがあります。それでいくと今の自分にとって長文の執筆というのは「耐えがたいほどに煮え滾って今にも弾けそうに昂った欲望」というレベルの魅力は既にないのでしょう。
書く習慣をつけるべく一週間くらい無理やり書いてみましたがちょぼちょぼと一日30分程度が限界でした。それもここ数日は手をつけてすらいません。
それでも賞をとってお金が欲しいのです。お金のことを考えれば一時的にやる気は出ますが、家に帰れば飯食って寝るような底辺テンションに戻っていて、我が事ながら参ります。
どうにかしてやる気というか、モチベーションを高める手段はありませんか?

上記の回答(心が浮ついて手につかないの返信)

投稿者 たまねぎくん : 0

読書する一手ですね。思いつきますし、書きたいという欲求も湧いてきますよ。
もし読書すら無理だというなら、それはあなたが
「つまらない小説」
ばかり読んで、
「小説というのはつまらないものだ」
と勘違いしているということに他なりません。
ライトノベルでもいいから、面白いものだけをよりすぐってみてください。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 心が浮ついて手につかない

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投稿日時:

元記事:掌編・短編のアイデアが思い浮かばない

完璧主義が祟って全く小説を書いたことがない上に、おまけに飽きっぽいので掌編や短編から書き始めたほうがよいと考えていたのですが、全くアイデアが思い浮かびません。
原因については”自分が世界観を書き込んでしまうタイプの設定厨なので根本的に向いていない””最終的に書きたい長編の踏み台くらいにしかどうしても考えられない”といった具合の目星はついているのですが、どうしたらよいものか分からないのです。

上記の回答(掌編・短編のアイデアが思い浮かばないの返信)

投稿者 読むせん : 0

婚約破棄ザマァものを秀作として書く。
完璧もクソもテンプレご都合主義、展開はほぼ共通なので、オリジナリティー盛り込みようが無いから否応なく【我】が出る。5作も書けばネタが尽きると思う。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 掌編・短編のアイデアが思い浮かばない

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投稿日時:

元記事:長編を『とにかく書き進める』ことができない

タイトルのとおりです。妥協して、とにかく書き進めることができないのです。

自分は、ある程度短編(原稿用紙数枚~十数枚分)を書き、それなりに文章には慣れてきました。
しかし、いざがんばって長編に取り掛かろう、と思うと、最初の数枚あたりで
「ああっ。これじゃない」
という気持ちになり、そこから進まなくなります。

よく「完璧主義より完成主義」「とにかく終わらせて、あとから直せばいい」といいますが、
それができたらとっくにやっているよ、というのが本音です。
というのも、自分は少し神経質で、多少のミスがかなり目についてしまうのです。
本やブログを読んでいても、誤字やレイアウトの微妙な違いが気になることがあります。
なので、少しでも書いたものが「不完全」と感じると投げ出したくなってしまいます。

書きたい内容は、一応、筋は通しています。
800字程度のプロットは書けますし、短編であればある程度の速さで作れますが、
長編となると、とにかく進められなくなります。
自分のなかのハードルが高すぎるせいだとはわかっているのですが、
そのハードルを下げようと意識しても、我慢できず、ずっと書き直し……

質問としては、
①どうすれば、とにかく書き進められるのか
②どうすれば、自分の中にあるハードルを下げられるのか
の2点です。

ただ、長編を書くための体力がまだできていないだけなのでしょうか?
どのような練習をすれば、この「最初から書けない」状況を変えられるのでしょうか?
とても苦しいです。どうか、助言をよろしくお願いします。

上記の回答(長編を『とにかく書き進める』ことができないの返信)

投稿者 mika : 0

とりあえず、「強敵を登場させてそいつと主人公達を戦わせる」とかじゃダメでしょうか?

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 長編を『とにかく書き進める』ことができない

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