小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:発達障害の人間が、小説を書く上で”特に”気をつけるべきことはなんでしょうか?

 お初にお目にかかります、半額オソーザイです。
 数年前に筆を一度折って、最近になって少しずつ筆を取り直そうという気になってきたのですが、少し気になった―――率直に言うと不安になったところがあったので、ご相談させていただきました。ただ内容が人によってはデリケートな問題なので、気分を害される方がおられたら申し訳ありません。

 私は数年前に所謂アスペ(正式名称で言うと自閉症スペクトラム障害。診断されたものはASDとADHDです)と診断されており、それが小説を執筆することに影響しないか不安になっています。ネットでも時々「アスペが書いたような一人よがりな小説」とか「支離滅裂な文章はいかにも発達障碍者って感じ」という感じの批評コメントがあったりして、自分もそう言われるようなものを書いてしまうかもしれない……と思ったりしています。
 もちろん障害特性上、できるようになるために並々ならぬ努力が必要なこと、もしくはどうしてもできないかもしれないことはあるかもしれません。ただ、自分の発達障害が悪影響を及ぼしがちなところが少しでも分かれば、それを意識して執筆していけると考えて、こちらに書き込ませていただいた次第であります。

 なので、タイトルどおりではありますが、相談内容は
「発達障害(ASD)の人間が、小説を書く上で”特に”気をつけるべきこととは?」
 です。もし何か工夫できるところ、訓練方法があればそちらも教えていただきたいです(図々しくて申し訳ありません……)。

 非常に答えづらい相談内容かもしれませんが、よろしくお願いいたします。
 一言にアスペ……もとい、ASDといっても人それぞれですが、私の場合は「空気(行間)が読めない」や「想像力が欠如している(人の感情を想像するのが苦手)」「曖昧な表現が苦手。具体的なものや、物事の定義が気になってしまう」といったところが当てはまっています。この点に関しては結構キツいと自分でも思っています(笑)

上記の回答(発達障害の人間が、小説を書く上で”特に”気をつけるべきことはなんでしょうか?の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

結論から申し上げると、「心配な点は見当たらないので、短い小説から書き始めてはどうでしょう?」となります。以下、少し説明します。

1.アスペルガー症候群云々は気にする必要なし

医師の診断を受け、正確に把握していらっしゃるスレ主さんに釈迦に説法になりますが、もう「アスペルガー症候群」という括り自体がないですよね。DSMは第5版で特徴別で複数の他の診断名に再分類されましたし、ICDも次版で同様となる予定とのことです。

つまり、専門家でも「アスペルガー症候群」で何か言えるわけではない。アスペルガー症候群の人が書いたような、と素人が言うのは自分も見聞きはしますが(自分も言われることがある)、無意味であるわけです。「私は気に入らん」の言い換えに過ぎません。

逆に「私はアスペルガー症候群(ないしは他の症状名)である」と言って、個性的な小説が書ける気になっている人も、ときおり目にします。創作界隈ではよくあることです。おそらく、「あなたは個性的だから、小説でも書いてみたら」とか言われて、その気になっちゃたんじゃないかと(自分も言われたこと再三)。

いずれも間違いです。前者は気にしなければいいんですが、後者はリスクがあります。アスペルガー症候群の診断を受けたからといって、個性的な創作ができるわけではない。ことわざに「玉磨かざれば光なし」なんてありますよね。素質があっても引き出さなければ光るものにならない。引き出すには努力、修練が必要です。

仮に「アスペルガー症候群ゆえに個性的である」とします。その個性で小説を書けば面白くできるのか。そんなことがないのは、古今の有名小説家を考えても分かるはずです。

むしろ不利にすらなり得ます。なぜなら「アスペルガー症候群」ゆえの特徴を伸ばさないといけないですから。ただでさえしんどい思いをしているのに、もっと突き詰めるって、下手すると死にます。

大半の自称「個性的な人間」の方々は、幸か不幸か、突き詰めることを知りません。なぜなら、もう充分な才能があると思っているから。結果、読んでも面白くない、下手すると読んでも分からない文章を書き連ね、誰にも読まれなくなって消えていきます。

幸い、スレ主さんは不利な条件だと把握してお出でのようです。それなら大丈夫でしょう。間違った方向へ行く心配はなさそうです。

2.ご質問文はよく分かる文章になっている

長い前置きで申し訳ありません。ご質問の核心に入りまして、

> 「発達障害(ASD)の人間が、小説を書く上で”特に”気をつけるべきこととは?」

という点がご心配であるわけですね。最低限必要なことは「読んで分かる文章を書く」ことです。その点は大丈夫のようです。だって、ご質問文を読んで、分かりにくいところはないですから。このご質問でお書きの文章は、情報の量に過不足はなく、各文の質に問題はなく、情報を出す順序も適切です。要は理路整然としている。

ですので、ご質問文のように書けば大丈夫でしょう。ただ、ときおり「質問する文章は分かりやすいのに、小説になると分かりにくい」現象に遭遇します。アスペルガー症候群等に関係なく、誰でも発生する問題のようです。

小説なら小説らしく書かないといけない、文章に凝らないといけない、と思ってしまうのが原因のようです。さらには、言葉で読者を驚かそうと欲張ったりしているケースも散見されます。要は「力の入り過ぎ」です。

ご質問文はスレ主さんご自身の自然な言葉であるはずです。何を言いたいかも、はっきりしていたはずですから、力まず書いたはずです。要は「どう書けば、相手に分かってもらえるか」を意識して書いたはず。

3.(結論)スレ主さんの自然な言葉で書けば大丈夫

小説を書く場合も、それでいいわけです。言いたいことをはっきりさせ、読者に状況が分かるように表現を工夫すればいい。要は「平易に書く」ということです。

大事な点ですので簡潔に繰り返します。ご質問文はよく分かるものになっていますので、その要領で小説も書けばいいです。

4.(補足)短いものなら批評してもらいやすい

当面、それ以上のことは必要ないでしょう。まずは、原稿用紙で10枚以下くらいの掌編から始めてはどうでしょうか。すぐ読める分量なら、気軽に読んでくれる人も少なくないはずです。

このサイトの小説投稿室だと感想も得やすいでしょう。「小説家になろう」に投稿して、こちらで宣伝することも可能です(ノベル道場)。

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元記事:発達障害の人間が、小説を書く上で”特に”気をつけるべきことはなんでしょうか?の返信の返信

手塚満さん

 ご回答ありがとうございます。

1.アスペルガー症候群云々は気にする必要なし
⇒いえ、自分も正確な診断基準までは知らない人間なので説法はありがたいです……! 単に「私は気に入らん」の言い換えなのですね。真に受ける前に、ちゃんと考えるように心がけます。
 トライ&エラー以外に道はない……それは健常者でも障害者でも同じだと考えています。ただ小説の執筆という行為に対して、自分の障害が致命的な落とし穴にならないか不安だったんですよね。

「アスペルガー症候群」ゆえの特徴を伸ばさないといけない
⇒これが小説を書く上で、障害があるからこそやらなければいけないことなのでしょうか? 自分の障害の特徴を伸ばす……これが絶対条件なら難しいなぁと感じています。しんどいしんどくない以前に、どう伸ばせばいいのかまるで分からないのです。
 小説の技法や表現方法の勉強の仕方はイメージがつくのですが……。健常者の物書きの人がしている努力だけでは不十分ということでしょうか? もしくはその努力では無意味ということでしょうか? 前者であれば、自分は人の何倍も頑張らないと普通レベルにすらなれないと覚悟しているので大丈夫ですが、後者は答えが見えずアワワとなってしまいますね……。

2.ご質問文はよく分かる文章になっている
⇒ありがとうございます。あまり自信のなかったところなので、意外に感じてはいますが……。力が入りすぎている、ですか。おそらく自分はそのタイプだと思います(今返事を書いている時ですら、既に力が入っているかも)。
 読む相手がいる、ということを常に意識して文章を書く癖は身につけていきたいですね。

3.(結論)スレ主さんの自然な言葉で書けば大丈夫
⇒この相談内容を書いたときの感覚で、ですか。なるほど、とても分かりやすいです。「自分の表現が」ではなく、「読んだ相手が」ですね。常に読み手を意識して、力まずやってみます!

4.(補足)短いものなら批評してもらいやすい
⇒掌編ですか。前は長編ばかり書いていまして、短いものを書こうと言われると正直ドキッとしました。多分、掌編に慣れていないからでしょう。
 慣れることも大切と思って一度挑戦してみようと思います。

 筆が進めば、こちらのノベル道場でもお世話になるかもしれません。その時はよろしくお願いいたします……!

上記の回答(発達障害の人間が、小説を書く上で”特に”気をつけるべきことはなんでしょうか?の返信の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

丁寧で詳しいご返信、恐縮です。おかげさまで、自分が言いたいことが言えてない点が分かりましたので、少し補足してみます。

1.「アスペルガー症候群」ゆえに云々は、スレ主さんは対象外

> 「アスペルガー症候群」ゆえの特徴を伸ばさないといけない

これはスレ主さんは対象外のつもりでした。自分が意図したのは「アスペルガー症候群などがあるから、個性的な小説が書ける」と思い込んでいる方々です。もしそうなら、そのアスペルガー症候群の特徴を研ぎすまさないといけませんよ、ということです。

しかし、スレ主さんは、ASD等があるから書けるかどうか不安で、ご相談にいらっしゃっています。「不得手の要素になるのではないか?」「どうしたらいいか?」ということですね。ですので正反対であり、心配はいりません。書きたいことを、分かりやすく書くようにすれば、当面は大丈夫です。

先の回答では、スレ主さんが対象外であることをハッキリ書こうと思い、つい詳しくなってしまいました。そのせいで不安を煽ってしまったようで、申し訳ありません。

繰り返しますが、スレ主さんは大丈夫です。なぜなら、スレ主さんはご自身について、過不足なく謙虚でいらっしゃいますから。謙虚を言い換えれば、客観的ということです。とても大事な点をクリアされています。

2.健常者については忘れましょう

「健常者の物書きの人」というお考えも、いったん捨てていいと思います。そもそも「健常者」なる概念がはっきりしないものです。せいぜい「心身状態で特に困っていることがない人」でしょうか。その基準で、どう小説が書けるかなんて、全く分かりません。スレ主さんと違いがある「健常者」を考えても、何も得られないということです。

小説家を志す人は誰でも、「自分が書きたいことのために、自分に足りないところを勉強する」しかありません。他人が健常者だろうが、天才だろうが、スレ主さんが自分で書くことに何ら寄与しないですよね。自分の過不足は他人と比べても意味はないのです。自分が書きたいことと比べるしかありません。

3.掌編を書くことについて

もう長編を何作か仕上げていらっしゃるのでしたか。それでしたら、それをこちらの小説投稿室にアップしたり、「小説家になろう」サイトに投稿して、こちらの「ノベル道場」で感想を求めてもいいと思います。

掌編をお勧めしたのは、短いのでやりやすいことと、読者が読み終えるのが楽だからに過ぎません。

長編のほうが書きやすいのであれば、掌編を無理にお勧めするつもりはありません。掌編、短編、長編はそれぞれ特徴が異なります。書きやすいもので、おやりになれば充分です。

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元記事:発達障害の人間が、小説を書く上で”特に”気をつけるべきことはなんでしょうか?の返信の返信の返信の返信の返信の返信

追記。アスペルガー特有の部分を伸ばしてみたは?とか言われているものを、アスペ解説。
 ―——————————————
健常者の方の意見とかを聞くと、アスペ的には、【アスペルガーには第三の目がついていたり、しっぽが生えていたりする】・・・・みたいな雰囲気に感じると思います。
実際のアスペは、そもそも眼球がなかったり、しっぽどころか足がなかったりする【欠落者】のほうがしっくりくると思う!!\(^P^)/ウボァ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
で、腕の無い人がキャッチボールを行うには、どうすることが必要か?

①そもそも自分の腕の欠落レベルが、どの程度なのかを自分で把握してみる
②腕以外の部位で実行してみる。
③そもそもキャッチボールをやらない
④「できない私に謝ってよぉぉぉ」と発狂する。八つ当たりして世界を恨む

の4パターンくらいが私には浮かびました。
―――――――――――――――――――――――――
①そもそもどこまでアスペなのか自分も他人も分からないので、人の胸を借りてトライ&エラーになります。

 指が一本足りない程度で済んでいたり、腕どころか両手両足が無いレベルだと判明したり、いろいろ。
軽ければキャッチボールだって余裕で出来ます。

 危険項目としては、借りた胸の相手や判断者がメンヘラだったりサイコパスだったり、重度のアスペだった時。
【あなたはこういう人間だよ】と勝手に決めつけ洗脳されてしまうことが多々あります。

対策として、可能な限りいろんなコミュニティーの人に関わりましょう。
1コミュニティー全員がサイコパスとか、アスペあるある!!!(;´・ω・)洗脳されてアスペ行動が悪化したりするんだわ。
――――――――――――――――――
②相手にボール返えせりゃキャッチボールだ!!

リフティングやヘディング、足の指でラケット持って打ち返すとか【結果】だけ出すために、「使えない部位」以外の全ての部分を使って、ボールを返す。

腕や「使えない部位」がそもそも使えたら、こんな変なやり方しなくていいんだけどね。あと、この場合はルール違反になりがちだからプロ野球デビューとかは無理だと思う。良くてパラリンピックね。
―――――――――――――――――――――――――
③例えば手品師とか

腕切断マジックがガチで出来る。マジシャンやマジックのアシスタントには小人症の人とか地味にいるらしい。
腕が無いとこを、むしろ活かす。

歌を歌うとかハーモニカ吹くとか、腕を必要としない事をするのも一手かも。
―――――――――――――――――――――――――――
④全てのアスペには、この穴が開いている。飛び込みたくなる魅力的な地獄です。
===================
・・・・・で、どうやろ?
サイドさん、パクトボーさん、 t さんは①系
サタンさん、手塚さんは①&③に近いノリだと思う。
読むせんは②
つたぬきさんは④かな?
それか反面教師として「アスペが書いたような一人よがりな小説」とか「支離滅裂な文章はいかにも発達障碍者って感じ」を再現してくれたもの・・・・としても良いと思う。

上記の回答(発達障害の人間が、小説を書く上で”特に”気をつけるべきことはなんでしょうか?の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 0 投稿日時:

名前を出されまして、多少気にはなりますので少し。

> サタンさん、手塚さんは①&③に近いノリだと思う。

読むせんさんが、そう解釈なさった、お感じになったということについては、特に申し上げることはありません。読むせんさんの感想に、あれこれ申し上げるつもりはないということです。

ただ、もし自分が「①&③に近いノリだよね?」と問われたとしたら、きっぱり「違います」と答えるであろうことは申し上げておきます。

もし続けて「それでは、①~④のどれなんだ?」と問われたとしたら、単に「お答えしません」とのみ回答するでしょう。

以上、万が一の誤解を防止するため、失礼とは思いましたが返信申し上げておきます。

念のため申し添えますが、以上は苦情などではありません。もし誤解から再質問等があると困るかな、と思ってのことに過ぎません。

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元記事:主人公の正当化について

主人公の正当性、正当化について私が今考えている物語と合わせてご質問したいです。

主人公は性同一性障害気味の男の娘。彼は男の子であるせいで差別や偏見、性的外傷を受け性格が歪んでしまっています。そのうちに「好意を持ってもらえる」女性という生き物に対して嫉妬するようになり、次第に恨みになっていきます。

この物語の序盤から中盤にかけて段階的に感情の変化を重ねますが、結果的に問題は解決しません。そして、ついに耐えきれなくなった主人公は、物語の終盤で人々の前に「加害者」として現れます。

この一連のプロットの中で、どうにかして主人公を正当化できる内容を入れたいです。

言うなれば進撃の巨人のエレン・イェーガーのような、理由付けをして正当化をしたいです。といっても読者に「主人公が100%正しい」と思わせるのではなく、あくまで共感してもらう程度でいいです。

どのようにすれば、正当化して共感を誘えるでしょうか?

上記の回答(主人公の正当化についての返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

例として「主人公を強者にする」とか考えてましたら、サタンさんのご回答が「主人公を弱者にする」で、ちょっと慌てました。が、趣旨的に齟齬するものではなかったみたいです。

強者といっても、能ある鷹は爪を隠すタイプです。他人と争えば強いんだけど、強さを使わない。強さは、腕力でも異能でも、作品に合わせておけばいいです。主人公は差別され、偏見を受けても、抗わない。無理してでも笑顔を作り、じっと我慢する。表面的には、気弱で脆弱な善人といったところ。

読者には「主人公が実は最強クラス」ということは明示しておきます。しかし、劇中のキャラクターには一切明かさない(要は劇的アイロニーにしておく)。

すると、主人公が虐められるたびに、読者は「主人公は本当は目の前の憎たらしい奴を倒せるのに」という気分になるような作劇が可能になります。主人公に同情する運びにするのも比較的容易になります。

しかし終盤まで主人公に我慢させます。読者には「やり返せばいいのに」「なぜやり返さないんだ」といったストレスが溜まってきます。つまり読者が復讐を望むようになる。そうすれば、主人公が暴れても共感してもらうことは可能です。

1.正当化といっても、正しさを主張すべきではない

正当化と仰るということは、理屈的な正しさをお考えでしょうか。サブキャラの主人公に対する行動は違法だ、とか、サブキャラの言動はモラルに反するとか。もしそうなら、不利なやり方です。物語で示しやすいのは気分的な納得です。

これはこう正しいから、みたいにやると反発を招きやすい。どうしても説教的になります。作者は得意げに「ほら、こうするのが正しい」と示しても、読者の理屈や価値観はまた別だったりします。説教は説教であるというだけで嫌われるものです。

2.たとえ間違っていても共感できる主人公であるべき

代りに有効でやりやすいのは、理屈はさておいての共感、同情です。特に主人公に対するものですね。なにせ感情移入が最も発生しやすいのが主人公ですから。

読者のほとんどは、合法であることを喜びとしたり、モラルに共感するわけではないでしょう。倫理が快楽の源なんて人は滅多にいないはずです。勉強よりゲームしていたい人のほうが多そうです。仕事に励むより、酒飲みに行きたい人のほうが多いでしょう。欲望を満たすほうが、インスタントに快楽を得られます。

つまり本音の価値観ですね。ですので、読者の多数が「主人公は正しい」と思うような運びは不利です。正しいと思えても、なかなか共感できず、従って感情移入が生じにくくなります。結果、読者は主人公に対して批判的になりやすい。そういう物語が面白いと感じにくいでしょう。

3.崇高より低俗がいい

物語で提示するなら、下卑ている、低級、欲望むき出し、といった攻め方のほうがいいでしょう。主人公の正当化ではなく、逆に理屈では不当な方向性を持たせる。だけど共感はできる、という作りですね。建前と相反する本音のほうが共感はしやすいです。

ちょっと例を作ってみます。主人公が財布を拾って交番に届ける想定です。

A「俺は十万円入った財布を拾った。落とした人は困っているだろうと思うと胸が痛み、すぐに交番に届けた。落とし主が相談に来ていて、すぐ返せた。胸がすっとした。」

B「俺は十万円入った財布を拾った。やった儲けた、と思ったが、警察にバレるかもと怖くなって交番に届けた。でも惜しかったなあ、持ち逃げしたほうが良かったかなあ。」

Aの主人公は立派と思われるかもしれませんが、感情移入度は低いでしょう。Bはおそらく逆です。

4.100%より80%正しいほうが簡単か?

> 読者に「主人公が100%正しい」と思わせるのではなく、あくまで共感してもらう程度でいいです。

こう仰る点が気になります。もし「100%正しい」は難しいが「80%正しい」なら簡単、とお考えでしたら、間違うリスクが高そうです。

理由の1つとしては、正しさと共感は相反しやすいからです。例えば、昔風の道徳の教科書の話みたいのは面白くないのが多いですよね。読者は主人公が正しいと思うけど、主人公のようになってみたいという意欲は湧きにくい。

あるいは「100%正しい」と描写するほうが簡単ということもあります。主人公に対する敵役をとても嫌な悪党に描いておけばいいからです。しかし、当たり前すぎる勧善懲悪になってしまい、面白みに欠けます。

「主人公にも間違いがある」ほうが難しいと言えます。しかし、そうしないと感情移入がなかなか難しい。それには作者による匙加減が大きく影響し、バランスを取るのは簡単ではないです。

5.行いが間違っていても気持ちが分かるのが大事

もっと申せば「主人公は間違ってるんだけど、気持ちはすごく分かる」ように描けたら成功です。理屈的には矛盾が起きているわけで、それゆえ難しいわけですが。

しかし物語は心情が命です。正しい結論ではなく、キャラに即した結末を描くべきであるわけです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 主人公の正当化について

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元記事:中世ヨーロッパで剣と魔法の世界が書きたい

タイトル通りです。ネットで色々と調べているうち、ちょうどナーロッパなる言葉があることを知り、そうなることは避けたいと考えています。
良い資料や小説(漫画やアニメ、映画もいいことにはいいんですが、活字に慣れるためなるべく小説がいいです)がありましたら、厚かましいようですがよろしくお願いいたします。

上記の回答(中世ヨーロッパで剣と魔法の世界が書きたいの返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

中世欧風で剣と魔法ということでしたら、古典になりますが「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」(J. R. R. トールキン著)はどうでしょうか。加えて、その前日譚の「ホビット」。

ただ、読んでみても面白みに欠けるかもしれません。「指輪物語」は大変長いので読むのが大変だったりもします。しかし、中世欧風の剣と魔法、加えてドラゴンやら亜人種族やらを打ち出した、事実上の元祖です。

ただし古典ですから、現代的なドラマの工夫とかはありません。魔法やらドラゴンが出るだけで面白がられた時代の作品と割り切ったほうがいいでしょう。翻訳を読む限りは、、低年齢層を意識した感じもあります(特に「ホビット」)。

しかし、元祖だけにジャンルも成立しておらず、参考となる先行作品は神話・伝承くらいですので、シンプルに「中世欧風の剣と魔法」を打ち出しています(低年齢層への配慮も、その点はメリット)。そのため、設定の参考資料としてはとても分かりやい。

トールキンは設定マニアなのか、「指輪物語」世界の設定は作中に留まらず、膨大に作ったようです。ウィキペディアで追っかけてみたことがありますが、全容を掴むのは自分には無理でした。それだけに、探せばいくらでも発見があるということにもなります。

視覚的には、幸いなことに実写映画「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ3作、同じく「ホビット」映画3作があります。

映像作品は仕組みや歴史などの設定を読み取るのは不向きですが、小説と合わせて読めば「こういう論理的な設定から、こういう絵を引き出せばいいのか」みたいなことが分かります。映画版は今見ても面白いのも利点でしょう。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 中世ヨーロッパで剣と魔法の世界が書きたい

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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

絶賛三幕構成を勉強しなおし中のみりんです。

質問は、セントラル・クエスチョンについて。
ウィキペディアには、

「主人公の解決しなければならない問題である。これはセットアップの最後に観客への問いかけとして示され、その答えはクライマックスに Yes/No で与えられる。セントラル・クエスチョンは、主人公の行動する「きっかけ」という目線から立てられる (例: 「X はダイヤモンドを取り返せるか?」「Y は彼女をゲットするか?」「Z は殺人犯を逮捕できるか?」など)。すなわち「主人公は目的を成しとげられるでしょうか」ということがクエスチョンとなる (主人公の心理的な変化が目的となる場合もある)。セントラル・クエスチョンは、ストーリー上の全ての出来事に関係する。セントラル・クエスチョンの設定によってセットアップは終了し、本当のストーリーを始める準備ができる[142]。

セントラル・クエスチョンは、インサイティング・インシデントと対になっており、インサイティング・インシデントの事件によって示される」
と書かれていました。

でも今私の作品にいざあてはめようとするとうまくいきませんでした。
具体的には以下のような感じでして……

第一幕:セットアップ5W2H誰がどこでどのような状況で何をする話か:父が死に、悲しむ母を主人公天沢夜白はなぐさめる
テーマの提示:大切な人が死んでも、一緒に生きてほしい(「パパはお星様になってママと私を見守ってくれているよ」となぐさめることで提示)
インサイティング・インシデント (つかみ・FTのきっかけとなる出来事・引き込み要素):母が失踪し、母の友人と名乗る女・摩耶(ヴィラン)が家にやってくる
セントラル・クエスチョン:主人公の解決しなければならない問題:(ヴィランを倒せるか?)
主人公はどのような人物像か(主人公の日常):夜白はまじめで前向きな性格で、摩耶と仲良く暮らしていきたいと家事を率先して行うが摩耶は冷たい。
主人公をめぐる問題が具体的に何か明確化: 婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れ、 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいないと言われる。
ファースト・ターニングポイント(アクション・選択):母が生きていると知り、取り戻すと決意する

インサイティング・インシデントに連動したセントラル・クエスチョンとなると、ヴィランを倒せるでしょうか? という問いになるかと思ったんですけど、次のシーンで主人公の夜白は母の友人を名乗り、家の管理をしてくれるヴィランと仲良くしようとするような真面目な性格です。倒そうとしてないし……。(仲良くしようとする動機は、父が死に、ヴィランに母も死んだと言われ天涯孤独だと思っているため寂しいので前向きに仲良くしようとしています)つまり、セントラル・クエスチョンがすごくわかりづらい設計です。
さらに、ヴィランである摩耶がヴィランだと判明するのも、第二幕の中盤くらい。

このように、セントラル・クエスチョンが暗示的でも面白い作品になると思いますか?

というか、セントラル・クエスチョンとテーマの違いって何でしょうか?

ややこしい質問で申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信)

投稿者 手塚満 : 1

セントラル・クエスチョンの語義通り、主題(テーマ)についての問いかけと考えたらいいと思います。

構想してお出で作品であれば、テーマは「母親を取り戻す」とすれば、セントラル・クエスチョンは「母親を取り戻せるか?」となりそうです。しかし、母親の存命は伏せられているし、障害となるものは母親の友人と名乗る摩耶が偽りの平和を与えにやって来ること。仰るようにセントラル・クエスチョンを出すに出せない状況ですね。

では、テーマを「平和な家庭を取り戻す」にしたらどうでしょうか。セントラル・クエスチョンは「平和な家庭を取り戻せるか?」。このクエスチョンは変遷することになりそうです。

1:摩耶とうまくやっていけるか?(達成しても偽の解決)
2:摩耶の真意を知ることができるか?
3:摩耶を倒して、母親を取り戻せるか?

物語冒頭~序盤で、主人公に偽の目的が与えられるって、よくあるんじゃないかと思います。例えば、主人公が(善人そうでいて実はラスボスであるキャラから与えられた)使命を果たそうとあがいているうちに、事件の真相や真の障害・敵が分かって来るパターンですね。隠されたセントラル・クエスチョンは「主人公は隠された悪事を暴けるか(そして解決できるか)?」なんですが、伏せられている。

しかし、主人公が何をしようとしているか(何をする話なのか)が提示できないと、読者としては読む目的を見失い、読了するモチベが削がれます。ですので、偽の目的を与えておくわけです。明示的なセントラル・クエスチョンも偽の目的に沿うことになります。

真相が分かると、明示的なセントラル・クエスチョンも変わって来るわけですが、少し大枠で見てみると、「事態を解決できるか?」というセントラル・クエスチョンは不変です。大枠はブレないけど、章/幕ごとで主人公にはセントラル・クエスチョンの具体的な見え方は変わっている。主人公が試行錯誤する物語では、そういう手法、展開を使ってはどうかと思います。

試行錯誤する主人公が揺らぐ物語でも、最初から最終的なセントラル・クエスチョンを与えることは、不可能ではありません。例えば「劇的アイロニー」を使う。劇的アイロニーは「読者は真相を知っているけれど、作中のキャラは知らない」というものです。三人称なら可能です。

構想中の作品であれば、主人公がいないシーンで摩耶に独白させるとか、主人公の不利を図るとか、母親を監禁しているシーンを入れておく等々です。主人公はそのことを知らない。だけど読者は描写から摩耶の真意は知っている。読者は「主人公、摩耶の陰謀に気づけ」「主人公、危ないぞ、そっちじゃない」とかハラハラしながら読み進めることになります。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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投稿日時:

元記事:技術を求めるうちに書けなくなりました

初めまして。趣味で二次創作をしている者です。

何作か書き上げるうちに、もっと上手くなるにはどうしたらいいだろう?と考えるようになり、他人の小説を研究するようになりました。
文章を丸暗記するほど読み込んだり、好きな表現を抜き出して小話を作ってみたり、ストーリーの構造を分解してみたり。
結果、全く小説が書けなくなりました。

大好きなキャラクターにこんなことをさせたい、こんなことを言わせたい、こんなシーンが書きたい、それを理想の形で表現するための技術が欲しい。
その技術を追い求めるあまり、今では萌えより何よりいかに凝った文章にするか、凝った表現を使うか、凝ったストーリーにするか、そんなことばかり考えるようになってしまい、執筆が楽しめなくなってしまいました。

原作への愛も、キャラクターへの萌えも、書きたいネタもたくさんあります。
けれど、以前は頭の中で活き活きと動いていたキャラクターたちが今は全く動いてくれない。
自分の中からキャラクターたちがいなくなってしまったような、そんな喪失感さえ覚えています。

また楽しんで執筆を行うにはどうしたらいいでしょうか。

上記の回答(技術を求めるうちに書けなくなりましたの返信)

投稿者 田中一郎 : 2

私には同様の経験がないので以下は推測になります。

みんみさんの実力が上がって、書いてる文と理想とのギャップに悩みだしたのではないかなと思いました。思うように上手く表現できず嫌気がさす、という状況です。
それ故に楽しめず、気が乗らず、筆も走らない。
成長途上であるが故の苦しみということではないでしょうか?
そのまま現状に耐え、書き続け、経験を積んでいけば順調に成長し、そのうちに前途が開ける気がします

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 技術を求めるうちに書けなくなりました

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元記事:注目させたいシーンや台詞の目立たせ方

いつもお世話になっております。

現在はヴィクトリア朝風な架空国家を舞台とした、長編小説の執筆を進めております、やとうと申します。

こちらの皆様に様々なご指導を頂きながら現在、第一話にあたる章のプロットが完成した後に、ト書きのようなものから段々小説へと書き直しを進めています。
しかし今度は描写力の無さから、その作業がうまくいかず悩んでいます。
色々な作品を読み、書かれている方々のアドバイスをいただければと思いお邪魔しました。

現在自分の書いたモノを読み返すと、起伏が無く平坦といいますか、
映画にたとえると、視点の遠近が無く淡々と同じ角度で見せてしまう、といえばいいのでしょうか…
うまく言葉にできているか自信が無いのですが、
「見せたいシーン」とそうではないところとの境がわかり辛く、
この台詞、動きが重要、というのが伝わりにくそうで、全体的に起伏が少なくさら~っと流れてしまっているような内容となっています。

描写の行数を増やせば良いのか、改行で短文にするだけでも違うのか…などなど考えますが、どうにもしっくり来ないので書くスピードも落ちてきてしまっています。

プロット→ト書き→書き加え というところまではそこそこできたのですが、
その先の肝心な本文、小説としての描写の段階になり、経験や知識の無さで試行錯誤してもうまく進まずという状況になりました。

大切な台詞、動き、伏線などを目立たせる、
そこまでに至る過程で「溜める」や視点の「引き」をどのように表現するか、
また、参考になる良い作品など、皆様の執筆のご経験やお考えをいただければ幸いです。

お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いいたします。

上記の回答(注目させたいシーンや台詞の目立たせ方の返信)

投稿者 千歳 : 1

カットしていいシーンはナレーションとか地の文でさっさと流す。
大事なシーンは行数を使って詳細にしっかり描写する。

流すシーン

 それから1週間、くるみちゃんは頑張って練習した。
 お風呂に入ると、ハツネちゃんの意識が消失して、くるみちゃんと入れ替わる。なんでくるみちゃんが出てきたのか分からなかったけど、お湯に入りながら「約束の歌」を練習してるんだよって、ブログで教えてくれた。 
 アパートでは大きい声を出せないから、カラオケボックスにも3回行った。携帯で伴奏を流して、大きい声で練習するくるみちゃん。

大事なシーン

 北川下駅を降りて、本鉄バス北5系統、北川高校行きに乗り換え。北川公会堂前で降りる。1分ほど歩いて、3階建てのビルの2階、スタジオキタガワに到着。
 この道順を、ハツネちゃんの体の中から、くるみちゃんもしっかり見てたよ。

 北川下駅からバスに乗って、北川公会堂前で降りる。
 5年前の歌の発表会の時と、全く同じルート。
 そういえば、あの時も、開演時刻は13時だったかな。

 ハツネちゃんが受付を済ませ、スタジオに入る。機材のセッティングをして、記録用のUSBメモリを挿入。マイクのチェック。
 準備ができたところで、ハツネちゃんと交代。ここからは、くるみちゃんの出番。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 注目させたいシーンや台詞の目立たせ方

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