小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

サタンさんの返信一覧。最新の投稿順155ページ目

元記事:酷評、批評に関する相談と質問

自分は酷評が嫌いです。(豆腐メンタルなので)
カテゴリーがわからないのでその他にしておきました
理由はモチベを下がるからです。
他人の作品への酷評を見ても傷付きます。
でも批評は欲しいんですよね。
ただ、感想欄には酷評しか来ないのではないのかと思ってしまっています。
そのためにはやはりちゃんとした評論が出来る方に頼むしかないのでしょうか。
ついでに質問があります。

1 本当に酷評は必要だと思いますか?
2 酷評はもらって嬉しいですか?

それと、出来れば評論に関する持論も聴かせてもらいたいですm(_ _)m

駄文で申し訳ございません それとこの質問に対する酷評は禁止します。(傷付くので)

上記の回答(酷評、批評に関する相談と質問の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

>1 本当に酷評は必要だと思いますか?
モノによるとしか……

>2 酷評はもらって嬉しいですか?
嬉しいわけわはない。

私は、批評はフラットに書くようにしてる。自分の好みでは書かない。
例えば、私は鬱系の展開がすごい苦手で読む気が失せるんですが(一方で悲しい気持ちになる心霊ホラーとか好き)、だからって、そういう鬱系の物語が作品として「優れていない」というわけではないんですよね。
「面白い」と「好み」は別なので。

で、こう言っちゃなんだけど、まあ別に私もプロってわけじゃないけど、素人の「酷評」って基本「好み」で書きなぐってる事が多いと思うんよね。
読者一人がどう思ったかというのはそれなりに価値のあるものではあるけど、その人ひとりのために書いたわけではなし、酷評一つに引っ張られるのは逆に良くないと思う。
同じように、「好み」で絶賛する感想を書いてくる人ってのも、ベクトルが違うだけでコレも同じだと私は思ってる。

だから、まあ、ぶっちゃけアマチュアの素人なのでそこに理にかなった意見を遠慮なく言えばどうしても酷評か酷評に近い批評感想になるのは当然なので、それは、うーん。
まあ批評としての価値はあるけど、あんまり遠慮なく言うとスレ主さんも仰ってるようにモチベが下がって筆を折っちゃうので、「必要か」という問いには答えにくい。
そもそも作者側に、それを受け入れ理解できるだけのスキルが身についてるかってのが、会ったこともない第三者にはわからないからね。

別に創作論なんて知らなくても物語は作れるけど、例えば三幕構成を知らない人に「物語中盤に話を収束させる要素が無いためクライマックスへ向けての盛り上がりが薄くなっている。これを改善するためには、オチはこうなってるから、中盤の展開はこうした要素を入れてみると良いと思う」とか言ったところで、わけわからんでしょう。
オチのまとまり感やクライマックスの盛り上がりについて悩んでるのに中盤が問題だと言われても意味不明だろうし。
こうした批評・意見は「私の案を採用したほうがいい」と言ってるわけじゃなく、三幕構成に照らし合わせてみて不足してる部分を指摘しているだけなので、
それで「改善してみました、言われた通りにしてみました」と私が例に出した案そのまま採用されても、そーじゃねえから! ってなっちゃう。
ほんで、悩まれてる箇所の原因についてを淡々と説明すると、それって「ダメな理由」を延々と言ってくる嫌な奴になるので、これって受け取る作者次第で酷評だって思いますよね。
もちろん、どんな作品でも必ず一つは良いところを見つけて褒めるようにしてるし、上手いところは出来る限り拾い上げようとしてるから、批評感想を送って真っ向から喧嘩腰になってくる作者さんは滅多にいないですが、文章から明らかに不機嫌になってるって人はまあまあいますしね。
総合的に見ると私が書く批評感想は酷評に類する事が多いでしょう。

最初に酷評をもらって嬉しいわけがないと書いていますが、そんなわけで求められてない時には私はまず書きません。
だから、Web小説での感想欄とかには、面白かった時のみ面白かったと書くだけですね。
まあ、批評は好みで書かないので割とガチで分析して作者がやりたいことを汲み取ってそこから演出方法の良し悪しを判断して、何度か読み返して……と割と時間食ってしんどいので、それで作者の反応が無かったりすると、なんか好きでやってても無駄働きって感じですしね。

カテゴリー : その他 スレッド: 酷評、批評に関する相談と質問

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元記事:他者からの評価と自己評価とのギャップ

こんにちは。私は某サイトで二次創作をしています。自分では納得のいったものが書けたと思い投稿しても評価は芳しくありません。私はヘイト創作やクロスオーバー、なりかわりといったものではく普通の恋愛小説を書いています。みなさんは自己評価と他者からの評価にギャップがあるとき、どのような点から見直しますか?

上記の回答(他者からの評価と自己評価とのギャップの返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答! 投稿日時:

どうもこうも、単純に作者が書きたいものと読者が読みたいものが違うってだけなので、作品そのものの良し悪しの話ではないでしょう。
創作界隈では小説に限らずよくあることではないでしょうか。
どんなに良いものを書いても読んでもらえないことには始まらないし、どれだけ面白くともその面白さが伝わらなければどうにもならない。
だから他者の評価が欲しけりゃ人の目に触れる工夫や相手に合わせる努力が必要だし、作って終わりじゃなく狙い通りに伝わってるかなと分析・自己分析をするのが大事じゃないかなと。

流行ジャンルを書いてみたり、その流行ジャンルの中で自分が書きたいことを書いてみたりして人を呼び込んでみたらどうでしょうか。
ラノベで恋愛要素は人気の要素ではあるけど、恋愛のみのラブコメは前の前くらいの流行なので今は結構な下火でしょう。無名の人がこれだけで人を集めようというのは相当きつい。

または、作者がやりたいこと書きたいことが読者に伝わってないと、当然面白さを感じにくいので、作品の価値は変わらないけど相対的に作者と読者の間で評価に差が出ます。
「こういう主人公がこんなヒロインと恋をする事が面白いんだよ」と言ったところで、それが相手に伝わってなければ「お、おう……」くらいな反応でしょう。
例えば、スレ主さんが面白いと思う物語を友人に勧めるとき、どうしたら友人はオススメを面白そうだと思ってくれるか、という感じ。
「主人公とヒロインの恋愛がどうして面白いのか」をまず伝えなきゃ。
面白さ、その作品内での面白さのルールを読者に伝えないと、説明不要で理解してる作者と評価に大きく差が出るのは当然ではないかなと思う。

なので、十分に読者がいる場合で評価が芳しくないときは、私は「面白さが伝わってない」と考える。

カテゴリー : その他 スレッド: 他者からの評価と自己評価とのギャップ

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元記事:ループ系について

今、ループ系の物語を考えていて。主人公視点で話は進むんですけど、実はヒロイン視点から見ると数百回目だったりするって感じのループもの。

主人公に待ち受ける死の分岐を変える為に、ヒロインやその仲間が彼を死なせない為に色々活動していくんですが。

その場合、ループ系を匂わせるような台詞や描写ってどんなのがあるでしょうか。是非参考に教えて貰いたいです。

上記の回答(ループ系についての返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

いやいや。そりゃ物語次第です。
主人公以外の人がループしてるって作品で有名なのは「ひぐらしのなく頃に」かなと思いますが、ここではループしてる人物は主観時間でえらい長く生きてるので、子供のフリをしながらある時ふと大人びた言葉を吐きます。いたぶられて殺されるのは嫌だからと自分で包丁を首に刺したり、子供の行動としてはぶっ飛んだ行動をしたりもします。
でも、そうした行動が御作の参考になるかっていうと違うでしょうし、「ループしてる人物は主観時間ですごい年を取ってる」って発想も、これはそういう物語の中でだから生きてくるアイディアと表現なので、無理に「主観時間」を取り入れちゃうと逆に足かせになると思う。

ループ、つまり前に同じ経験をしてるって事だから、「妙に勘がいい人」とか「別の場所で起こってる事を言い当てる」とか、主観時間を取り入れるなら「唐突に大人びた顔をする人」とか、ループを続けることで起こりうる事をよくイメージして、そこから自分の作品にマッチする手段を取ったら良いのではないかなと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: ループ系について

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元記事:構成の評価が上がらない

 5,6年くらい新人賞に応募していて、毎年選評が帰ってくるのですが、「構成」の評価欄が一向に上がりません。(評価シートのことはネットに詳しく書くなと言われているので、言える範囲だとこのくらいになります)

 応募している、作品のパターンとしては、以下の通りです。
 回想なし、
 視点変更なし。(一方そのころ、主人公ではない人の動きは・・・という場面はなし)
 現在進行形で、時系列順に物語が進む。

 ではだめなんでしょうか。 

 3幕構成を語った本などを読むと、物語の半分で一番盛り上がるようにしろ、と書かれています。

 たしかにそれが本当にそうでないとだめなら、自分の作品はだめなのでしょう。一番盛り上がるところを真ん中に、と枚数調整するのは中々難しいです。でも今のところ思い当たるのはこれくらいなので、とりあえず、ここを改善しようと思っています。

改善しようとは思っていますが、本当にそれが原因なのかと疑っています。

確かに、ハリウッドでは、映画が半分過ぎたところで、一番盛り上がっている場合が多いです。
 ここで思うのは、 3幕構成を語った本って翻訳ものでいわゆる、日本の小説には当てはまらないことが多いということです。

 だからこれが原因ではないと思うのですが。

 他に、これができないから構成が良くないと言われるんじゃないかと意見があるかたはコメントお願いします。

上記の回答(構成の評価が上がらないの返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答! 投稿日時:

これは半分持論ですが、
まず、三幕構成は考え方の話であって、創作方法その手法の解説本ではないと思ったほうが良いと思います。
というのも、三幕構成が生まれる以前に書かれた作品でも三幕構成によって紐解くことが出来るため、私は「書く」に当たって三幕構成はあまり関係ないと考えています。
では三幕構成はなんのためにあるのかって言うと、「その作品がなぜ面白いのか、そのポイントはどこか」を感性感覚ではなく理論的に説明しよう、という「考え方」の技術であると思っています。
あくまで私はそう思ってるってだけね。

三幕構成をそのまま小説の構成にと考えると、そもそも三幕構成は映画脚本の中で生まれた技術なので「フィルムの長さ」という上映時間の尺から導き出されてる話で、小説、それも近代のラノベやWeb小説のようなシリーズものになる大長編とは合わない部分がままあったりします。
あるいは逆に一話完結の短編やショートショートなどでもこれは顕著です。

なので、あくまで「考え方」の話で創作手法ではないし、三幕構成の知識が一番役立つ場面は、既に完成してる作品を「どうして面白いんだろう?」と物語を分解して分析し理論的に回答を得る、という場面だろうと思います。
このあたり、私が「創作手法じゃなく考え方の話」と言ってる理由ですね。

もちろん三幕構成をもとに「序盤はこうしたほうがいい」「中盤にはこうした要素があったほうが」と考えますしこうした板でもそのような発言をしますが、これはあくまで「こうしたほうがいい」という発想の段階、つまり考え方の話であって、どのように作るかという創作技術の話ではない。
ええと、まさしく「構成」なんだけど、イラストで「構図」ってあるのわかるかな。黄金比とかあるのだけど、物体の配置の仕方とか余白の使い方とか視線の向きとか、いろいろ。
それはイラストを上手く見せるための技術ではあるけど、絵が上手くなる技術ではないんだよね。制作においては構想する段階で「何をどう描こうか」って考えの一助になる、その結果見栄えがよくなるってだけで。絵そのものが上手くなったわけではない。
三幕構成って、そういうもの。

で、本題の
>物語の半分で一番盛り上がるようにしろ
こちらですが、ようはミッドポイントのことですね。
これは、わりとその概念を理解できない事が多いようで、理解するまで私も苦労しましたし似たような人と話をしててこんがらかった事が結構ありました。
これは別に「盛り上がるポイント」ではないです。
映画なんかを例題にして「このタイトルのミッドポイントはどこ?」とディスカッション場合、「盛り上がってるところ」と感じるのは実は人それぞれなので、割と回答がバラバラになる。
でもそうじゃなくて、三幕構成の良いところは感性・感覚ではなく理屈で面白さがわかるところなので、理論的にミッドポイントを導き出せなきゃそれは間違った答え。

個人的にミッドポイントの説明で最も適切だと思うのは「物語がオチへ進む切っ掛けになる出来事」というもの。
そう考えると、「オチ」にある要素のうち、その切っ掛けになる出来事はだいたい中盤にあって、「オチ」の切っ掛けだからその読み取りを間違えなければ人によって回答が変わることもない。
だから例えば、ミステリなら「本当の真実が判明する切っ掛け」とか戦闘ものなら「倒すべきラスボスが正体を現した」とか、そういう場面になるので、必然的に盛り上がってるだけで、盛り上げるポイントというわけではないわけですね。

まあ別にミッドポイントが盛り上がってない作品も多々あるし、盛り上がってなきゃおかしいってわけじゃないけど、基本的には「必然的」に盛り上がるもの。
で、その盛り上げの作り方はオチから逆算して切っ掛けになる事を置けばいいだけなので、コレ自体はそんな難しいことじゃありません。
中盤で「物語がオチへ向かう切っ掛け」を読者に印象付けて、そこから終盤へ向けて物語が収束し、クライマックスで決着がついて、ラストで〆る。そういう物語の流れを考えるのが「構成」。
なので、「回想」「視点変更」「時系列順」と、そういうのは構成の話ではないかなと。
視点変更や回想で物語が途切れたりするので、回想は多用しないほうがと構成の話の中で出ては来るけども。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 構成の評価が上がらない

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元記事:構成の評価が上がらないの返信

これは半分持論ですが、
まず、三幕構成は考え方の話であって、創作方法その手法の解説本ではないと思ったほうが良いと思います。
というのも、三幕構成が生まれる以前に書かれた作品でも三幕構成によって紐解くことが出来るため、私は「書く」に当たって三幕構成はあまり関係ないと考えています。
では三幕構成はなんのためにあるのかって言うと、「その作品がなぜ面白いのか、そのポイントはどこか」を感性感覚ではなく理論的に説明しよう、という「考え方」の技術であると思っています。
あくまで私はそう思ってるってだけね。

三幕構成をそのまま小説の構成にと考えると、そもそも三幕構成は映画脚本の中で生まれた技術なので「フィルムの長さ」という上映時間の尺から導き出されてる話で、小説、それも近代のラノベやWeb小説のようなシリーズものになる大長編とは合わない部分がままあったりします。
あるいは逆に一話完結の短編やショートショートなどでもこれは顕著です。

なので、あくまで「考え方」の話で創作手法ではないし、三幕構成の知識が一番役立つ場面は、既に完成してる作品を「どうして面白いんだろう?」と物語を分解して分析し理論的に回答を得る、という場面だろうと思います。
このあたり、私が「創作手法じゃなく考え方の話」と言ってる理由ですね。

もちろん三幕構成をもとに「序盤はこうしたほうがいい」「中盤にはこうした要素があったほうが」と考えますしこうした板でもそのような発言をしますが、これはあくまで「こうしたほうがいい」という発想の段階、つまり考え方の話であって、どのように作るかという創作技術の話ではない。
ええと、まさしく「構成」なんだけど、イラストで「構図」ってあるのわかるかな。黄金比とかあるのだけど、物体の配置の仕方とか余白の使い方とか視線の向きとか、いろいろ。
それはイラストを上手く見せるための技術ではあるけど、絵が上手くなる技術ではないんだよね。制作においては構想する段階で「何をどう描こうか」って考えの一助になる、その結果見栄えがよくなるってだけで。絵そのものが上手くなったわけではない。
三幕構成って、そういうもの。

で、本題の
>物語の半分で一番盛り上がるようにしろ
こちらですが、ようはミッドポイントのことですね。
これは、わりとその概念を理解できない事が多いようで、理解するまで私も苦労しましたし似たような人と話をしててこんがらかった事が結構ありました。
これは別に「盛り上がるポイント」ではないです。
映画なんかを例題にして「このタイトルのミッドポイントはどこ?」とディスカッション場合、「盛り上がってるところ」と感じるのは実は人それぞれなので、割と回答がバラバラになる。
でもそうじゃなくて、三幕構成の良いところは感性・感覚ではなく理屈で面白さがわかるところなので、理論的にミッドポイントを導き出せなきゃそれは間違った答え。

個人的にミッドポイントの説明で最も適切だと思うのは「物語がオチへ進む切っ掛けになる出来事」というもの。
そう考えると、「オチ」にある要素のうち、その切っ掛けになる出来事はだいたい中盤にあって、「オチ」の切っ掛けだからその読み取りを間違えなければ人によって回答が変わることもない。
だから例えば、ミステリなら「本当の真実が判明する切っ掛け」とか戦闘ものなら「倒すべきラスボスが正体を現した」とか、そういう場面になるので、必然的に盛り上がってるだけで、盛り上げるポイントというわけではないわけですね。

まあ別にミッドポイントが盛り上がってない作品も多々あるし、盛り上がってなきゃおかしいってわけじゃないけど、基本的には「必然的」に盛り上がるもの。
で、その盛り上げの作り方はオチから逆算して切っ掛けになる事を置けばいいだけなので、コレ自体はそんな難しいことじゃありません。
中盤で「物語がオチへ向かう切っ掛け」を読者に印象付けて、そこから終盤へ向けて物語が収束し、クライマックスで決着がついて、ラストで〆る。そういう物語の流れを考えるのが「構成」。
なので、「回想」「視点変更」「時系列順」と、そういうのは構成の話ではないかなと。
視点変更や回想で物語が途切れたりするので、回想は多用しないほうがと構成の話の中で出ては来るけども。

上記の回答(補足)

投稿者 サタン : 4 人気回答! 投稿日時:

これもまた持論が大いに混ざるけど、
物語の構成は3つのポイントさえ押さえればだいたいサマになってる。

まずは「ターニングポイント」。
これは物語序盤の終わり頃にある事が多く、三幕構成では一幕と二幕の間に位置する。
端的に言えば「後戻りできない出来事」。
この出来事があることで主人公は前に進む以外になくなる。つまり物語を進めることになる。

次に「ミッドポイント」。
上である程度説明したけども、物語前半は基本的に「これはどういう話なのか」「どういう世界観なのか」「どういう主人公なのか」を語る場面で、ようは「物語を広げる」ために物語前半は存在する。
なので、ある程度のところで「物語の方向性」を決定づける、すなわち「物語がオチへ向かう切っ掛け」になる出来事が置かれる。それがミッドポイント。
感のいい人は気がつくかもしれんけど、実はターニングポイントとミッドポイントは役割的には同じもの。
なので、短編やショートの場合はこれを合体させて、序盤から一気に終盤へ突っ走る構成もよく見かける。
ちなみにそれが可能なのはシリーズものなど、読者がシリーズを読んでて「物語を広げる」必要がないため。

そして最後は「クライマックス」。
まあオチのラストでもいいんだけど、主人公ないし物語自体はどういう答えが出るのか、単純に物語の落とし所、着地点。
あるいはその着地点が決定づけられる出来事。
クライマックスは物語最大の山場で、一番盛り上げなきゃだめだって昔はそう認識してたのだけど、そもそも答えを出すために頑張ってた主人公がついに答えをだしますってなりゃ、そりゃ盛り上がるのは当然なので、前のレスでも少し触れたけど、盛り上げる場面じゃなくて盛り上がる場面なんだよね。
例えば、金庫を開けるために鍵を探したり暗証番号を手に入れるため危険をおかしたりして、いよいよ金庫が開く、その中身は、となればそりゃ盛り上がるじゃん?
盛り上がらない場合は、クライマックスが悪いんじゃなくて、金庫の中身に対する執着とか鍵に対する思い入れとか暗証番号の入手がどれほど危険なことなのかとか、そういう事をしっかり書いてこなかったのが原因なんだよね。
だって、やってることは「ただ金庫を開けてるだけ」だもの。それがどれほど凄いことなのかをしっかり伝えなければ盛り上がらないのは当然のこと。
そしてそれは逆を言えば、しっかり出来てりゃ盛り上がるのは当然のこと。

で、これら3つのポイントは基本的に「盛り上がる」場面で、盛り上がってない場合はそもそも「金庫に対する執着」など前提がしっかり伝わっていない描写の問題であったり、あるいはオチから逆算しての切っ掛けとなる出来事になっていなかったりなど構成の問題であったりって感じだと思う。
これはほんと個人的な方法だけど、
困ったときの考え方としては「ただ金庫を開けてるだけ」というような、一度ものすごくシンプルに考えてみると良いと思う。
すると、この「金庫を開けてるだけ」に何を付け加えたら面白いかと考えられるので、金庫・中身・鍵・思い入れ・人物等々の要素が出てくる。すなわち書くべきことが見えてくる。そしてそれがちゃんと書かれてるかどうかチェックできる。
でも一方で、それら全てを書いてしまうと、面白いのは「そんな金庫が開くところ」なので、面白いところまでの前座が長くなってしまい逆効果にもなるので、優先順位を決めて切り詰めて、他で書けばいい事は他にまわして、サッと「面白い」まで読者を誘導させられるようにする。
そのためには、端的に視点を移動させたほうがいい場合もあるし、回想で済ませたほうが良い場合もある。時系列をいじって結論を先に書いたほうが映える場合もある。
またそれらをやりすぎると読者は混乱して良くないとも言われている。
だからこれらは構成の話で出てくるけど、そうしたテクニックが構成の話ではないって事ですね。あくまで構成は物語の流れ・組み立てを考えること。見栄えの話ではない。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 構成の評価が上がらない

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元記事:魔法の威力と、知性について

初めまして、清坂香と申します。
以後、よろしくお願いします。

現在、創作活動をしているのですが、
世界観の設定で相談したいことがあります。
以下の中から、どれか1つだけでもいいので、
詳しい解説、お願いします。

ラノベに限らず、ほとんどのRPGゲームでは、
賢そうなキャラ(「知性」の数字が高いキャラ)が、
魔法使いとなっているのですが、
なぜ知性が高いと、魔法の威力が高くなるのでしょうか。

呪文書を読むと、魔法が発動するパターンがあるのですが、
「呪文書を読むと魔法が発動する原理」を、説明できる方はいないでしょうか。

上記の回答(魔法の威力と、知性についての返信)

投稿者 鬼の王の墓標 : 0

どうも初めまして、マリン・Oと申します。私も恐縮ながら魔法に関する持論を述べたいと思います。

まず「知性が高いと魔法の威力が高くなる」という記述に関しては既に多くの方が説明しているので省略し、賢くない魔法使いもいるという話をしたいと思います。
まず私は賢くなくても魔法を使う力を持っているならば誰でも魔法を使えると思っています。
賢くないと使えないという理屈ならば、先天的に魔法が使えるキャラクターは全員賢いということになりますからね。

私の好きな漫画で「極黒のブリュンヒルデ」という作品があるのですが、その作品に出てくる魔法使いは科学的に生み出されています。
あくまで魔法が使えるように改造されただけ、という設定ですので登場する魔法使いには賢くないキャラクターもいっぱいいます。むしろ残念すぎるくらいにアホの子なキャラの方が多いです(笑)
(もっともこの漫画の魔法は9割以上科学で成り立っているので、スレ主様のイメージする魔法と同列にできるかどうかは少し怪しいですが)

つまり作者の設定次第ではどんな人間でも魔法を使えるようになるってことなんですよ。
固定概念に囚われたら作者に課せられるハードルが高くなるだけですから、もっと自由に考えてもいいと思います。

追記
今回例に出した極黒のブリュンヒルデは非常にショッキングな作品ですので、閲覧の際にはお気を付けください。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 魔法の威力と、知性について

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投稿日時:

元記事:ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

どうも。質問は初めてです。よろしくお願いいたします。

本題ですが、ラノベの一般読者層の知性について質問です。

会社でなんとなくぼーっとしていたとき、ふと「ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいなのではないか?」という仮説が思い浮かびました。これについて、色々調べたところ、以下のようなことが分かりました。

――――――――――――

■テレビの想定視聴者層はどれくらいか?

(少し昔の話題になりますが)とある芸能人が「CMは偏差値40の人にも理解できるものじゃなきゃダメ。この会社にいる時点で普通ではないと自覚しろ。世間にはおそるべき量のおそるべきバカがいる。そしてそれが日本の『普通の人』だ」という発言をしました。

また、演劇人の壤晴彦氏は、Twitterで同じような発言をしています。
「もう随分昔、当時の売れっ子脚本家とプロデューサー同席の時「日本のTVドラマは小3の語彙力で書けと言われます」俺「ホント?」P「ウン」俺「小4じゃダメなの?」P「視聴者から『難しい』ってクレームが来るんだよ」

さらに、KeyHoleTVの開発者である苫米地英人氏は自著の中で「そもそも現代のテレビ番組が、どういう層を対象にしているかというと、小学生高学年レベルの知力を対象レベルとしている。つまり、小学校高学年の頭脳が見てちゃんと理解できるレベル以上のものは、テレビには存在しないのだ。報道だろうが連ドラだろうが、同じである。すべて小学生向けのものだと思って間違いない。」と語っています。

小学3~4年生レベルの知性というと、国語が「ごんぎつね」、算数が「割り算」「小数」「角度」、理科が「磁石のしくみ」くらいとなります。いやいやさすがに馬鹿にし過ぎではないかと疑ったのですが、その手の人と付き合いのある友人に確認してみたところ、「まさにそう。彼らの知識はほんとそれくらい」と強く頷いていました。

これらを鑑みるに「テレビは小学生高学年レベルが理解できるように作られている」というのは信ぴょう性が高い(と私は思っています)。

■偏差値40の人は何に興味があるのか?

下記サイトにて、「偏差値40の人は何に興味があるのか」を解説していました。

はあちゅう氏の電通の先輩が言う「偏差値40の人向けPR」を解説。
https://www.kyohei-suzuki.com/entry/hensachi40-pr

(以下引用)
『偏差値40程度の人達は「時間が潰せること」と「快楽を得られるもの」に興味が振れていると言えます。電車やバスの待ち時間、退屈な授業中の暇潰しはスマホでソシャゲー。でも、ゲームだけだと飽きるので、楽しいことがしたいと思って恋愛を求めたり、バイクに乗ったり、ギャンブルにはまったりする。恋愛は本能、その他は「周りがやってるから」という理由で選び、ハマって行きます。彼らは多くのこと、本質的なことは考えず、本能や親しい人の勧めに従って行動するのがパターンです。物事をよく考えてから判断して行動する傾向のある、偏差値の高い人々とは逆のベクトルを向いています。』

そのうえで、偏差値40の人に受け入れられるコンテンツの特性として以下の要素を挙げていました。
・五感に訴え、本能を刺激するもの
・強く共感させるもの
・親しみを持たせるもの

――――――――――――

上記を踏まえたうえで、ライトノベルの一般読者層は、上記のような特徴を持つ人々と考えてもよいと思いますでしょうか? それとも、これ以上の知性を想定すべきでしょうか? もし、後者を支持するならば、どれくらいの知性を想定すべきだと思うでしょうか?

ご意見よろしくお願いいたします。

上記の回答(ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?の返信)

投稿者 手塚満 : 5 人気回答!

書いたら長くなりまして、結論だけ先に申し上げてみます。「書いた作品に努力を払ってくれないから偏差値40なんであって、本当は読者は必ず作者より賢い。決して侮らず、敬うべきである」です。

ツイートにせよブログにせよ、ごく当たり前のことなのに、知性とか偏差値とかで言い表しているようですね。気に障る言い方をわざとしているらしい。既出の回答にも、はあちゅうさんのツイートを解説するブログでは、真意を推測するほどに、ごく当たり前の結論に近づいていってます。

はあちゅうさんは炎芸人と言ってもいいと個人的には思いますんで、気に障る言い方で注意を引き付けるのは常套手段なんでしょう。ブログ解説でも続くツイートも紹介し、話の流れが「バカを相手にしていると知れ」→「まあ、誰でもバカなんだけれども」みたいになっているとしていますね。

ブログの解説では「本能」なんて言い方をしていますが、よく読んでみると「直感」と言い換えたほうがよさそうな個所が散見されます。本能と言えば思考抜きの印象が出てきますんで、悪い方向で刺激的な表現と言えなくもない。例えば以下。

01> 恋愛は本能、その他は「周りがやってるから」という理由で選び、ハマって行きます。
02> 彼らは多くのこと、本質的なことは考えず、『本能』や親しい人の勧めに従って行動するのがパターンです。
03> 物事をよく考えてから判断して行動する傾向のある、偏差値の高い人々とは逆のベクトルを向いています。

上記で02の「本能」は「直感」と言うべきだろうと思います。それと「本質的」とわざわざ入れて、無思慮を強く示唆するミスリードもある。

直感なんですけれども、意外なくらい賢いのです。経済的なゲームを使ったある心理学実験では、直感でプレイした被験者はスコア高め、熟慮の被験者は低めという結果を得ています。プレイ傾向を分析すると、直感では利他的・協力的で、熟慮だと利己的・競争的であったとのこと。
(熟慮したほうがいいケースもあったりするんですけど、割愛。)

直感でうまく暮らせて行けるというわけです。見聞きするもの全てについて、何がどうなっているか考えなくてもいい。ですから、普段は考えず、感じて行動しているわけです。親しい人の勧めだった、見ず知らずの人の勧め(広告を含む)より信頼できますよね。良かれと思って言ってくれると分かっているほうが安心できます(この辺り、ブログはミスリードを誘う言い方をしているようです)。また、何かを面白がっている人をみたら、自分でもやってみたくなるのは当たり前のこと(人類の進歩の源泉らしい)。

広告であれば、そういう人に訴えかけるものでないといけない。エンタメと思って読むラノベだって同じ。作者はこの点で勘違いしがちです。努力を重ねて書き上げたわけですから、斜め読み3分で切り捨てられたりすると憤慨したりする。「ちゃんと読んでくれ、そうすりゃ面白さが分かる」とか。

でも、読者が努力するわけないです。特に、作品について内容も面白さも分からない冒頭ですね。「さあ気分転換のため、頑張ってラノベ読むぞー」なんてありえないでしょ。文章読むだけでも本当は面倒臭い。同じ内容のコミックがあればコミックへ、アニメ化されてたらアニメへ流れることだって多いはず。楽しめればいいんですから。決して、作品や作者について知りたいという知識欲なんかではない。

我々が書いたラノベは、無知で怠惰でわがままな(状態の)読者が読む、と覚悟する必要があります。学業や仕事では優秀な人でも、頭を使う気がないときは「偏差値40」状態でしょう。そういう状態の人に、直感で「面白そう」「ああ、なるほど」等と感じてもらわねばならないわけです。決して、熟慮したら面白いはず、ではいけない。直感でうまく行っている人に、思慮や努力を強いてはいけない。

だから、文章を平易にするに決まっています。斜め読みでも頭に入るとか、何が書いてあるかくらいは、(漢字の問題を除き)小学生でも分かるようにするのは当然です。だけれど、ラノベを読む人は全面的・定常的に「偏差値40」ではないことに注意すべきです。

興味をかき立てることに成功したら、読者は読み進めてくれます。興味を維持して、かなり読み進んだら、知りたくなってきます。「この現象はどうして起こっているのか?」「このキャラのこの行動の裏の意味はなんだ?」等々ですね。

この段階になっても、作者が「読者はどうせ偏差値40」と思っていたら失敗します。嘘、いい加減を見抜かれるからです。しかも、作者は1人、読者は多数です。今はネットで感想を述べたりしますので、読者間での情報共有も起こってきます。いわゆる「衆知の結集」です。

だから、知性では作者は読者に勝てません。読者10人があれこれ調べ、考え、話し合って出してくる意見と、作者1人の意見ではどちらが賢いか、明らかです。1つ2つくらいなら作者が誤魔化してしまえるかもしれませんが、なにせ長丁場の小説です。99%以上の部分で、読者(グループ)の判断が正しいと覚悟する必要があります。だけど、文章は相変わらず平易に書かないといけないんですが。エンタメ目的というのは、読者は常に意識してますので。

ですから、ラノベの書き方の要領をものすごく簡潔に言えば、

「小学生でも分かる平易な言い方で、大学教授に感心してもらう」

ということになります。

この「平易」ってのが意外なくらいやっかいです。似て非なる「単純」とは別物です。「単純」にするには「要素を減らしてしまう」ことになります。それも分かりやすくする手段ではあります。だけど伝えられることが減ってしまう。対して、「平易」は「つっかえずに分かる」ようにするわけです。伝える内容は減らさない。

この「平易」が難しいことは、やろうとした人はよく知っていると思います。英語圏でのことですが、「平易(plain)にしよう」という運動があり、大統領指示にまでなったことがあります。決して「単純(simple)にしよう」とは言わなかった。「必要なことを漏らさず正確に伝え、しかも誰でも分かるようにせよ」です。

「プレイン・イングリッシュのすすめ」(ケリー・伊藤著、講談社)でその辺りの事情紹介がされています。スーパーでの値引きに関する注意書きポスターで、最初に弁護士が起草した文章は次のようなものだったそうです(原文は英語)。

「本広告で通知される商品以外の広告に掲載された全ての商品は、広告で提示された価格を上回ることなく販売されることが法令により要請されており(略、原稿用紙3~4枚分くらい続く)当該顧客は事案発生について店長に通知するべきものとする。」

これをお客さん目線で言い換えて、

「お客様へ お買い上げになった商品と当店の広告価格をご確認ください。もしお買い上げ価格のほうが高いようでしたら、レジ店員にお申し付けください。何か問題が起きましたら、店長までお知らせください。」

としたそうです。ラフに訳してますんで漏れがあるかもしれませんが、原文(英語)では誰でも分かり、かつ客側としたら法的にも充分な内容になっています。分かりやすい言葉で、より短く、相手が必要とすることだけ伝える。こういうことを「平易(plain)」と呼んでいます。

同書では平易のための10のコツを示してまして、以下のようなものです。

> 1. 長い単語より短い単語を。
> 2. カッコいい凝った単語より、慣れ親しんだ単語を。
> 3. 抽象的な単語より、具体的なものを。
> 4. よけいな単語は使わない。
> 5. できるだけ能動態を使う。
> 6. 動詞を生かす。
> 7. できるだけ否定形を避ける。
> 8. ひとつの文にはひとつの情報を。
> 9. まず概論を述べてから、詳細に入る。
> 10. 原因・結果をはっきり述べる。

英語特有の問題も含んでいますので、これをそのまま日本語の文章のコツとはできませんが、ラノベに限らず、小論文や説明、描写の文章でのコツと重なるものがかなりあります。やろうと思っただけではできない、高度な技です。訓練なしにはできません。

カテゴリー : その他 スレッド: ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

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元記事:小説のプロローグについてアドバイスをお願いします

これから執筆しようとしている小説のプロローグについて友達にアドバイスを求めたところ、冒頭に設定を詰め込まない方が良いと言われました。自分では、冒頭に世界観の説明をするつもりだったのですが、止めた方が良いのでしょうか?また、駄目な場合、冒頭はどのような感じにすれば良いのかアドバイスをお願いします。

【世界観】
異世界魔法学園もの

【あらすじ】
魔術と科学が発展した世界。かつて世界中から怖れられた最強の魔導士に養子として育てられた主人公は、いつか養父のような『最強の魔導士』になることを目指して、国内最難関校・アルスター王国魔術学院に入学を果たす。しかし、主人公にはあまり魔術の才能のないことが発覚。必死に努力を重ねていく主人公。そんな中、政府と敵対する宗教的秘密結社『サターン教』が学院を襲撃し、主人公と『サターン教』との長い戦いが幕を開く。

……以上です。アドバイスなどあったら、よろしくお願いいたします。長文失礼いたしました。

上記の回答(小説のプロローグについてアドバイスをお願いしますの返信)

投稿者 ヘキサ : 0

「冒頭が世界観の説明まみれ」って、説明する必要もないくらい悪手として定着してると思ってたんだけどな……

あらすじですが、とてもわかりやすくて本編を読むのが楽しみになるほどよい内容だと思いますよ。

冒頭の開始地点は悩むところですが、「魔術の才能ないね」と宣言されるところから、がいいんじゃないかなーと思いました。そこから主人公の脳内思考的に「養父に面目が立たないなぁ……」とか落ち込むシーンで養父に関してちょびっと説明、授業のシーンで必要なごとに説明、というように、主人公の行動ごとに少しずつ世界観の説明を入れるのが妥当だと思いますよ。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 小説のプロローグについてアドバイスをお願いします

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