小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:物語の余韻について

先日、評価シートが届きまして、そこに『地の文や台詞に余韻が感じられない。余韻を感じられるようにすればもっと物語に深みが出る』と書かれていました。
この余韻というのはどういうものでしょうか? いえ、なんとなくならわかるのですが、それが果たして正しいのかどうか気になりまして。この疑問に答えを出すべく質問をさせていただいた次第です。

上記の回答(ローマの休日)

投稿者 あまくさ : 3 人気回答! 投稿日時:

再訪になります。なので、そちらから特に何かなければレスはお気遣いなく。

個人的な感覚でいうと、「地の文やセリフに余韻が感じられない」というコメントには少し違和感を持たないでもありません。余韻というのは後に残るものだと思うんですね。それは文章に雰囲気をまとわせるのとは、ちょっと違う気がします。
何人かの方が仰っている「余韻は語りきらないことによって作る」という指摘は、私もその通りだと思います。しかし言葉足らずで伝わらなければ意味がないわけで。語らないにもかかわらず、しっかり伝わるのが余韻です。ですから一部分ではなく、シークエンス(意味を持ったいくつかのシーンのつながり)で作るものなんじゃないかと個人的には思います。

名作といわれる古い外国映画には、余韻の作り方が巧い作品が多いです。
『ローマの休日』はご覧になったことがあるでしょうか? あの映画のラストシーンは余韻のかたまりです。一応ネタバレになるので詳しくは書きませんが、主人公とヒロインが意味のない短い言葉と視線だけで心が通じ合うという演出があるんです。そして二人の気持ちは観客にも伝わります。なぜ伝わるかというと、そこまでのストーリーによって二人の想いが十分に表現されているからです。ここが大事なところで、物語がしっかりしているからこそ最後に含みをもたせた演出が効果的な余韻になるのだと思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 物語の余韻について

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元記事:ローマの休日

再訪になります。なので、そちらから特に何かなければレスはお気遣いなく。

個人的な感覚でいうと、「地の文やセリフに余韻が感じられない」というコメントには少し違和感を持たないでもありません。余韻というのは後に残るものだと思うんですね。それは文章に雰囲気をまとわせるのとは、ちょっと違う気がします。
何人かの方が仰っている「余韻は語りきらないことによって作る」という指摘は、私もその通りだと思います。しかし言葉足らずで伝わらなければ意味がないわけで。語らないにもかかわらず、しっかり伝わるのが余韻です。ですから一部分ではなく、シークエンス(意味を持ったいくつかのシーンのつながり)で作るものなんじゃないかと個人的には思います。

名作といわれる古い外国映画には、余韻の作り方が巧い作品が多いです。
『ローマの休日』はご覧になったことがあるでしょうか? あの映画のラストシーンは余韻のかたまりです。一応ネタバレになるので詳しくは書きませんが、主人公とヒロインが意味のない短い言葉と視線だけで心が通じ合うという演出があるんです。そして二人の気持ちは観客にも伝わります。なぜ伝わるかというと、そこまでのストーリーによって二人の想いが十分に表現されているからです。ここが大事なところで、物語がしっかりしているからこそ最後に含みをもたせた演出が効果的な余韻になるのだと思います。

上記の回答(だから)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

直接に余韻を感じさせる部分ではなく、それより前の部分に勝負はかかっているんだと思うんですよ。
細工は流々仕上げを御覧じろ、という言葉があります。
細工はプロット、仕上げが余韻……じゃ、ないのかなあ。なんてね。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 物語の余韻について

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元記事:主人公の趣味と性格づけの関連

自分は「ライトノベル」が好きな少年が「異能力バトル」のライトノベルの世界に行って、戦う話が描きたいと思っています。

ただ、自分はどこか皮肉めいてたり、飄々としてる、心に影を抱えている感じのキャラクターを主人公にしたいと思っています。
(ルパンレッドみたいなのをもう少しラノベキャラっぽくカスタマイズした感じ)

しかし、「ライトノベルが好き」という設定の時点で、そういう性格は無理なのかなっていう気もしてます。

心に影があって、「めんどくせーな……」「なんで俺が……」とかいいつつも、眼の前の人がピンチな時はかっこよく決めてくれる感じの主人公にしたいんですが、「ラノベが好き」ってイメージの時点でなんか書いてて矛盾を感じてしまいます。こんな性格の人間がはたして「ラノベ好き」になるのかなと……。

やっぱり、ラノベの世界に行くので「ラノベが好き」であるべきだと思うので、そこは外せないです。ということは、設定ではなく性格のほうを変えなければならないのかな、とも考えてしまっています。堂々巡りで一人じゃ答えが出ないので、どうか教えていただけると幸いです。

上記の回答(主人公の趣味と性格づけの関連の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

その性格と設定、必ずしも矛盾はしない気がしますよ。

>心に影があって、「めんどくせーな……」「なんで俺が……」とかいいつつも、眼の前の人がピンチな時はかっこよく決めてくれる感じの主人公にしたいんですが、

その性格、けっこうラノベ的です。心の底ではヒーローに対する憧れがありながら、素直に表に出せないんですね。
心に本当に深刻な闇をかかえた人間なら、ピンチの人を助けてかっこよく決めたりしませんよ。人を助けることはあるかもしれませんが、そこでかっこよく決めるというのは根が単純であることの証明です。
そういう性格の主人公がラノベ好きでも違和感はありません。ただし、自分がラノベを読んでいることを隠したがるとは思います。
なので、ラノベ好きがバレそうになったときに狼狽えて全力で否定するといったエピソードを加えておけば問題ないのでは? ラノベ世界に転移するという後の展開にも自然につながると思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公の趣味と性格づけの関連

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元記事:今の時代のツンデレの可愛さの出し方

私は暴力系ヒロインは大嫌いです。
一昔前はツンデレを免罪符に主人公に暴力をふるっていましたが、不愉快でした。

しかし、人によってはそんな暴れる姿が魅力なのは事実で、人気のキャラクターもたくさんいます。
私はツンデレは書きたいですが暴力は書きたくないです。暴力を抜いた場合、ツンデレはどう可愛さを表現したらいいでしょうか。

上記の回答(今の時代のツンデレの可愛さの出し方の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

ツンデレだからと言って、別に暴力は必須ということはないでしょう。
ツンデレと言われるヒロインの本心は、好意の裏返しとしての照れ隠しです。それが暴力にまで至るのはマンガ・ラノベ特有の誇張であって、本来は言葉で突っかかるという程度のことを「どつく」「しばく」というテンプレで分かりやすく表現しているだけです。
なので暴力がいやなら無理にふるわせる必要はないし、主人公に対する照れ隠しや、恋愛にうぶなためすれ違って「ツン」な態度になってしまうということをうまく表現できれば、ちゃんとツンデレになると思いますよ。

そもそも。
金村さんは、どうして暴力系が嫌いなのにツンデレ・ヒロインを書きたいのでしょうか?

>暴力を抜いた場合、ツンデレはどう可愛さを表現したらいいでしょうか。

キャラの造形はある程度マニュアル的につくることも可能でしょうが、作者がまったく魅力を感じないヒロインを魅力的に描くのは無理があると思います。
もし金村さん自身がツンデレ・ヒロインを少しでも可愛いと感じたことがあるなら、どこに魅かれたのかを思い返してみれば上の問いに対するヒントは見つかるはずだと思うのですが。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 今の時代のツンデレの可愛さの出し方

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元記事:戦記ものについてなのですが……

初めまして、ソラナキと申します。なにぶん至らぬ点があると思いますが、どうぞ広い心で許していただけるようお願いいたします。

さて、それでは本題に入ります。
今までファンタジー系ばかり書いていたのですが、最近戦記ものを書こうと思い、それの設定を作りました。
ですが詳しいところまで煮詰めていくと、wikiだけでは不安になるというか、知識人の方々のお力を借りたいというか、そんな気分になりました。

まず、都市国家についてです。
端的にストーリーを説明しますと、大きな都市国家の長の継承権を持つも市井で家族とともに暮らしていた主人公が、新しく即位した王に物理、精神的に酷い目に遭わされて、彼らに復讐を誓うというものです。
時代は古代中国。乱世の真っ最中であり、一応魔術も登場します。まあ主人公及び敵勢力も使わない(限られた預言者という賢者しか使えないし預言者間による制約で個人や国のために使えない)のですが、問題は都市国家という制度です。

色々と調べていると、都市国家というのは王様の下各地で独自の体系を築いたもの、ということがわかりました。少なくとも古代中国の周とか、そんなとこだとそんな感じだと思います。
それで、周の後期ではその都市国家の長が王と名乗った、というところまではわかったのですが、その都市国家間で戦争を行うことは可能なのでしょうか?

そして、戦争を行う為には金が必要ですが、皆さん戦記ものを書くときは金銭はどこから仕入れますか?
転生ものなら現代商品の流通っていう、転生者の主人公か同じ転生者にしか使えない最強の『金の成る木』を使えますが、転生ものではないのでそこら辺の金策をどうしようかと悩んでまして。
それに、富裕層にはなんかステータスになるものがあるという印象があり、それを利用して儲けるというやり方がありますが、そこら辺はどうやって作るのでしょうか?

教えてください、お願いします。

上記の回答(戦記ものについてなのですが……の返信)

投稿者 あまくさ : 2 投稿日時:

まず、古代的な都市国家と、中世的な都市国家は本質的に性格が異なります。中国の周をイメージされているのなら古代的な都市国家ということになりますが、そこは理解されているでしょうか?

古代的な都市国家について、ざっとご説明します。これは簡単に言うと、自然発生的に成立した農耕集落の発展形と考えてください。
都市国家よりも広い領域に広がる上位の権力構造は、事実上まだ存在しません。したがって上位の権力によってもたらされる「制度」「法律」もありません。経済も自給自足が基本なので、「金」というものは実質的には機能していませんでした。
「制度」「法律」「貨幣」というものが機能してくるのは、歴史の発展プロセスからいうと次の段階になるんですね。

古代都市国家は、成立した段階では「農耕集落」に毛が生えた程度の小さな単位です。まだ法律や上位の権力が存在しないため、いつ外敵から侵略されるかわからない状態に置かれています。それでは危険なので、集落のまわりに城壁を築いたり、武装を整えたりするようになります。また都市国家同士で手を結んで敵に備えたり(外交)、「交易」によって力を蓄えたり(経済)、武力によって他の都市国家を支配下に組み込む(軍事)勢力も現れてきました。
このようなプロセスを経て広大な領域を支配する「大国」という存在が割拠する時代に移行し、大国の支配者は「王」を名乗り、その流れの中で初めて原始的な形での「制度」「法律」「貨幣」などが作られるんです。
中国の周~春秋戦国時代はまさにそういうプロセスの渦中にあった時代で、戦乱の中で未熟な形ながら農耕集落の域を超えた国家が成立し、この状況は秦の始皇帝による中国統一によって一応の完成をみます。中国において「制度」「法律」「貨幣」「度量衡」「官僚制度」などが確立したのは秦の時代以降ということになります。
秦の時代以降何度も統一王朝が崩壊し、一時的に戦乱と群雄割拠の時代に逆戻りしたことがありますが(三国志の時代が有名)、秦が基礎を作った制度・社会・経済・権力構造が完全消滅はしなかったため、中央と地方の制度が混在する複雑な状況になったんですね。

このような前提からご質問に回答するなら。

>その都市国家間で戦争を行うことは可能なのでしょうか?

可能です。というより、上記のように小勢力の統合が進んだ時代であり、統合の大きな原動力が戦争でした。

>戦争を行う為には金が必要ですが、

金は必ずしも必要ありません。必要なのは金ではなく、人間集団に対する「動員力」です。
例えば日本の歴史に置き換えて考えてみてください。平安時代末期の源平合戦では、源氏や平家の軍勢は別に金で雇ったわけではないんですね。平家の方の平清盛は日宋貿易で経済力を蓄えるということも進めていましたが、これは当時としては物凄く先進的。対する源頼朝は東国の武士たちが自ら開拓した土地への権利を保障するという形で主従関係を結び(封建制)、貨幣の力は使わずに平家に勝利しました。要するに金がなくても集団を従わせる手段があれば、農業も栄えるし軍隊だって作れるじゃないですか。もちろん支配者には農民や兵士を食わせていく力は求められますが、それは現物支給でもかまわないわけです。(正確に言うと封建制というのは自分で農作物を作って確保する権利を保障する形をとります)
それから何百年かたった戦国時代でも、織田信長が現れるまで武将たちは貨幣をそれほど重要視していません。武田信玄の軍団も主力は元々の家臣団と農村から徴発した兵力です。だから農繁期には戦が起こしにくいという弱点があったりしました。堺の商人との結託や楽市楽座(自由経済の推進)で金を蓄え、それによって足軽を雇ったり鉄砲を購入したりしたのは織田信長の革命的なアイデアだったんです。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 戦記ものについてなのですが……

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見込みのある作品とは

投稿者 エア 回答数 : 16

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以前、掲示板で「批判されたのは見込みがある証拠」という文が書いてあったのですが、そもそも見込みとは一体何なのでしょうか?  たとえ... 続きを読む >>

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投稿者 夢色館 回答数 : 0

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元記事:地の文が説明的になりやすい

どうもこんにちは。
ちょっと最近スレッドを立てる頻度が増加していますが、今回はいつも以上に急務な相談なので許してください。

題名通り私の作品は地の文が説明的になりやすい傾向にあるようで、鍛錬室の感想でよくそのような苦言を頂いています。
ちなみに初めにそれを受けたのは一年前なのですが、どうやら最近になってもまだ改善していないようです。
むしろ最近は締め切りを急いで執筆した短編小説が増えているので、急ぎすぎるクセがついてしまい前より悪化したのではないか、と自分でも思っています(汗)

例文として、最近最後まで書きあげた長編の第1話から引用するのですが、三人称で書くとこんな感じになります。

――そんな日常が紡がれる中、彼らの平和を壊す者が現れた。
「ヒャッハー!」
 存分に踏み込み拳を放つ男。応戦した戦士を捉え、一撃で吹き飛ばす。
 起き上がらない戦士。間違いなく即死だった。
「ヒッヒエエー!? 父ちゃん、しっかりしてよぉ!!」
 悲しいことにもその声は父に届かない。今ので戦士は全滅。もう彼らに戦うすべは残されていなかった。
「ウワッ!?」
 父に寄りそう男の子を乱暴につかみ上げ、振りかざす侵略者。彼は外海から来た冒険者である。目的は不明だがたった一人でゴブリンの村を強襲。十人以上の戦士が一人残らず惨殺された。
「オラオラッ! このガキを助けたければ水と食料を全て俺様に差し出せぇ!!」
 声を張り上げ嘲笑する男。その様はか弱きゴブリン達よりもよっぽど恐ろしい魔物そのものだ。
「やめるんじゃ! お前さんの気が済むのならわしが代わりになる! だから、だからその子を放しておくれぇ! 未来のある幼子なのじゃぁ!!」
 村長の必死の懇願。しかし男は耳を貸さなかった。
「うるせえ! そういう指図は俺様の欲しいものをよこしてからにしやがれ! 見てろ!!」
 宣言した途端、男は子供を地面に投げつける。顔と胴に凄まじい衝撃を浴びせられ、骨の砕ける音と共に血の飛沫と砂煙が舞う。
「ああ!? なんということを!?」
「これは俺様に指図した見せしめだ! 死ね!!」
 さらに背中への踏みつけ。地面が軽く割れる程凄まじい蹴りにより、子供は胴と腰を分断され死んでしまう。その亡骸は父以上に無惨なものであった。
「キャアァー!?」
 逃げ惑う女性達。皆がそれぞれの我が子を連れて。村を放棄してでも逃げるしかない。それだけが生き残るための唯一の方法であった。
 一方村長は一人、その場を動かずにいた。老い先の短い己が囮になって、少しでも子供達が逃げるための時間を作るために。
「ヒャッハハハー! 臆病すぎだテメーら!!」
 下品に笑う男。彼にとってこれはまさしく最高に愉快な光景なのだろう。

――引用終わり

この作品は約三年ぶりに三人称だけで書いた長編なので、かなりブランクが出ていることを自覚しています。
説明的な文章にならないよう意識的に執筆できる方法を教えてほしいです。

上記の回答(地の文が説明的になりやすいの返信)

投稿者 手塚満 : 3 人気回答!

仮にその文章に「説明的」という感想が寄せられたんだとします。おそらく婉曲的に言ってるんでしょう。「読み取ってシーンを思い浮かべるのに苦労します」みたいな不満を、ですね。

これが冒頭からだとすると、一読しても分からないんですよ。のっけから「――そんな日常が紡がれる中」とある。まるでレポートの書き出しが「上で述べたように」になってるが如くです(「上って、どこ?」みたいになる)。

よく分からない状況に「平和を壊す者」が出て、いきなり戦士が出て、その子供が出てくる。しかも、まず誰かが侵入者に応戦したのかと思ったら、もう戦士が全員やられたことになってる。

飛ばしすぎなんですけど、突然だらける。設定説明入っちゃってるんですね。

> 彼は外海から来た冒険者である。目的は不明だがたった一人でゴブリンの村を強襲。十人以上の戦士が一人残らず惨殺された。

どうでもいいことでしょう、劇的らしいアクションの最中としては。そこを省くとこうなるわけです。

> 「ウワッ!?」
>  父に寄りそう男の子を乱暴につかみ上げ、振りかざす侵略者。
> 「オラオラッ! このガキを助けたければ水と食料を全て俺様に差し出せぇ!!」
>  声を張り上げ嘲笑する男。その様はゴブリン達よりもよっぽど恐ろしい魔物そのものだ。
(「か弱き」は、ここでは省いたほうがいい。)

そして、また新キャラ出てきて村長ですね。戦士全滅するまで、村長は何してたんですか? 子供もそうですね。戦士全滅するような戦闘中(その最後ですが)に、なぜ子供がその場にいたりするのか。不意の侵入者とかだったら分かるんだけど。そういう疑問が生じて、状況が非常に想像しにくい。

その子供が殺されると、なぜかようやく女性たちが悲鳴をあげて逃げまどい始めてます。なんでしょうか、この状況は。村人みんな、この事態(シーン)に至るまで、何してたんですか? 観客気分で眺めてた、なんてあり得ないですよね。読者としてはつじつま合わせに考え込まざるを得ず、苦労します。

なぜそうなってるか。作者が進めたいストーリー/シーンに合わせて、各キャラが待機していたと言うしかありません。そういうのは「操り人形」と呼ばれるものの一種です。ある特定の、きちんと描写されたキャラなら、まだそういうやり方もできる。

ですが、不特定多数は駄目です。さらに申せば、このシーンで直接は描かれていないが、いるはずのキャラはもっと駄目です(例えば、この後出てくる女性たち)。不特定多数がどう動くかは、作者が選ぶことはできません。

不特定多数がどうするか、その中からどれくらいの割合で、どうする人が出てくるか。これは「いかにも、そうなりそう」が優先で、「こうするためには、こうしておきたい」は控えねばなりません。特に描かれていないキャラはそうです。読者が想像するんだから、作者の制御外なのは当然です。

作者の描写があれこれ恣意的で、読者は「作者が何を見せたいのか」を考えないと分からない。そういうのはしばしば「説明的」と言われます。説明って、理解しようとしないと分からないのが通例ですからね。小説の文章が、すらすら読めてぱっぱと分かるべき、言い換えれば、考えずとも情景が浮かんで引き込まるのと対照的です。簡潔に申せば、説明を読むには能動的、小説を読むのは受動的、ということです。

もう一つの要因は、主観と客観ですね。作者がキャラを外から見たままを書いてあるように見えます。登場するキャラの感情とかは臨場感がない(これも操り人形の印象になる要因の1つでもある)。作者がキャラの内面を想像していないかのようです。

ある意味、脚本的であるとも言えます。脚本に沿ってどう演じるかは、演出家に任されるわけですが、読者が演出家にさせられるのはマズい。どう感動するか、読者が考えろってことになってしまいますから。

こういう書きようは簡潔にしようとした結果でしょうか。しかし上述のように不要なものが入っちゃったりしてるわけですよね。他にもありますよ。細かい部分になりますが、例えば以下。

> 「やめるんじゃ! お前さんの気が済むのならわしが代わりになる! だから、だからその子を放しておくれぇ! 未来のある幼子なのじゃぁ!!」
>  村長の必死の懇願。しかし男は耳を貸さなかった。
> 「うるせえ! そういう指図は俺様の欲しいものをよこしてからにしやがれ! 見てろ!!」
>  宣言した途端、男は子供を地面に投げつける。

台詞自体の無駄は置いといて、台詞間の地の文。「村長の必死の懇願」は台詞からもう分かってます。「しかし男は耳を貸さなかった」も続く台詞で分かることです。「宣言した途端」も、男がすぐアクションに移っているので要りません。

そういうものは無駄に読まされる文書であるわけです。単に省いてみましょう。

> 「やめるんじゃ! お前さんの気が済むのならわしが代わりになる! だから、だからその子を放しておくれぇ! 未来のある幼子なのじゃぁ!!」
> 「うるせえ! そういう指図は俺様の欲しいものをよこしてからにしやがれ! 見てろ!!」
>  男は子供を地面に投げつける。

少し台詞も端折ってみましょう。

> 「やめるんじゃ! わしが代わりになる! だから、だから――」
> 「うるせえ!」
>  男は子供を地面に投げつける。

まとめますと、過不足がいろいろはなはだしく、示される物事の順序もどうもおかしい。そういう難点がお示しの文章全体にあります。思ったことをそのまま書いたりすると、そういう感じになりやすいです。

シーンの状況は自然になってるか。読者に伝えるべき情報は何か。どういう順序で伝えたらいいか。そういう基本中の基本を押さえるべきだと思います。説明的でないように、とかいきなり考えても、まず間違いなくどうにもなりません。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 地の文が説明的になりやすい

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投稿日時:

元記事:ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。

横光利一『頭並びに腹』
https://www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/2158_23275.html
突然止まった急行列車に右往左往する群衆と、最初から最後まで平然としている小僧の対照が笑えます。
つまり、感情抜きに出来事だけ羅列しても、その配置の仕方で読者の反応はコントロールできるということです。
大事なのはむしろ、変化のほうです。(変化が起こらないことも含めて。)

さらに、読者の感情・作者の感情・登場人物の感情は区別したほうが書きやすいのではないかと思います。
登場人物の感情は、あくまでも「出来事」。
読者の感情はそれによって動かす「対象」。
そう思えば、作品をより客観的に書くことができるのではないでしょうか。

上記の回答(ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信)

投稿者 かにさん : 0

ああ、キャラクターの感情をオブジェクトとして捉える視点は確かに面白いですね。
そうすると「キャラクターに感情を代入する関数」として感情変化イベントやアクションを捉えられるようになりますね。抽象関数を構想すれば一般化できますし、確かに発想としてアリですね。
んー、でもやはり価値を提供する(読者に刺激を創造する)ところまでいくには、それを含めた、もっと大きな関数や構造を考えないといけないんでしょうね。ただその部品にはなると思います。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。

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投稿日時:

元記事:行ったことの無い実在の地域の描写について

現在、現代日本を舞台にした小説を書いています。
物語である人物が東京に転向する展開があり、そこから東京の描写も増えてくる予定です。

しかし、私は地方の人間で、実際の東京の地理感覚は観光客程度のものしかありません。まして実際の東京の学生たちの通学事情や日常の買い物についても分かりません。

このように、行ったこと・住んだことのない地域の描写はどのようにすれば違和感のないものになるのでしょうか。やはり憶測ではなく事実に即したリアリティが大切なのでしょうか?よろしくお願いします

上記の回答(行ったことの無い実在の地域の描写についての返信)

投稿者 あざらし : 1

ご質問を読む限りは、取材するべきだと思います。
具体的には、

>そこから東京の描写も増えてくる予定です。~中略~ 実際の東京の学生たちの通学事情や日常の買い物についても分かりません

ここですね。
御作にとって東京であることが重要になるのだと感じました。
作中で『東京ですよ』で済ませられるなら、これは東京にする必要性すらなく、『日本のどこか、都会』でも良いはずです。
もしそうであるならば、東京というピンポイントを避けるべきで、比較的ばびぶべボン娘さんの身近な都市をモデルにされる方が良いのではないでしょうか。それによりご質問の根幹は解決されるはずです。

物語上、東京である必要性が避けられないならば、これは取材するべきでしょう。
実際に赴く必要を感じたのは、
1)現代日本の東京というピンポイントが読者に影響する
2)情報量の差
3)空気を伝える
大きくはこの三点です。

ちょい細かく。
言わずもがな東京は日本最大の都市で、ざっくりと総人口の10%。近隣都道府県から通勤や通学をしているような日常的に馴染んでいる人を入れると更に増えますよね。
また、過去に住んでいたという人も数多くいらっしゃいます。
ぶっちゃけ『肌の感覚で東京を知っている人』が多すぎます。
これらの方々から見ると、東京というのはあまりにも現実すぎます。ズバリいってしまうと『著者より東京を知っている人がたくさんいる』わけですね。言い方を変えると『著者より東京を知らない人もたくさんいる』ということです。

小説を書かれるときに頭の片隅にでも置いていただきたいのは、読者は文章から過去の経験を当てはめて読み進めることが往々にしてあります。例えば『港』と書いたとしても、連想する景色は人により様々です。フェリー乗り場も漁港も『港』には違いありませんが、まったく景色は異なりますよね。クレーンとコンテナが並んだ港を想像する人だっているでしょうし、波止場を思い浮かべる人だっているはずです。
これが『読者にどう連想してもらってもかまわない』ならば良いのですが、場合によっては著者と読者で頭に思い浮かべるものが異なり、ちぐはぐなことになります。
港という解りやすい例を用いましたが、ビルや駐車場も様々です。何処に住んでいる人であっても同じようなものを想像してもらう必要が出てくるシーンもあるのではないでしょうか。
ばびぶべボン娘さんと読者の間で発生する齟齬を埋める必要があり、そのためには何が食い違いになるかを知る必要があります。
取材をせずに書いた場合、違和感が出てしまい、それが読書の邪魔をするという恐れを払拭できないように思います。これが1)。

続いて2)ですが、街というのは表情を変えます。
朝・昼・晩・深夜といった時間的なもの、天候の良い日と悪い日、平休日、たったこれだけでも街の顔は異なりますよね。
上記に季節ごとの違いを含めるだけで百面相になり、それが街で、それらを五感で感じることが『取材』です。
現地で発見することは数多くあるはずです。

ちょっと説明が難しいのですが3)。
当たり前のことを書きますが、街というのは人が住んでいます。
バスに50人乗っていれば、50人の主観があるように、街というのも主観の集まりです。
大都市、たとえば東京と大坂を例にして靴を買いに行ったとしましょう。同一ブランドのショップに入っても、東京だと『どうぞ、気に入ったら買ってください』大坂だと『良いでしょ、良いよね、是非買って、ね、ねぇってば』という異なった空気が感じられます。(あくまでザクッとした話し。大坂だと難波と梅田、東京なら新宿と渋谷といった具合に細かく違う)
靴屋の店員さんを例にしましたが、もちろん実際にはこんなこと喋りません。喋るのではなく空気です。(が、たぶん多くの人が感じるはず)
ばびぶべボン娘さんがモデルにする街がどこであろうと、そういった街が持つ独特の空気があるはずです。こういったことは実際に行かないと解りません。

もし取材に赴かれるなら、ウィークリーマンション(とはいえ一日単位で借りられる所もある)に泊まり、モデルとされる街で数日、可能ならば一週間ほど生活されることをお勧めします。
たぶんこれぐらいで1)~3)の片鱗はつかめるはずです。神経を研ぎ澄ませて下さい。(余計な事かも知れませんが、この手の土地に密接に関係する小説は、プロでも実際に住んでいた経験を生かしているケースが多いです)
もし「ちょっと無理かな」ということならば、『日本のどこかの都会』に設定されるのが良いかと思います。

取材された場合は、色々と細かく書き連ねたくなるかも知れません。
ですが、ここでストップ。
読者が読みたいのはストーリーですので、取材でつかんだことをグツグツ煮詰めて下さい。そうして煮詰めた中から必要な描写を選択してください。
ほんの数行であっても『ああ、これは東京だ』と感じさせることができる、これが大正解です。

最後になりましたがお勧め書籍を三冊。
【森見登美彦著:有頂天家族】
物語と土地が密接に関係している小説で、真っ先に頭に浮かびました。空気感がお見事な文章、まさに京都です。ネタバレにもならない程度ですがタヌキの話です。当然ヒロインもタヌキなんですが、これが可愛い。ヒロインの書き方の勉強にもなるのではないでしょうか。京都市左京区周辺を舞台にしています。
【万城目学著:プリンセス・トヨトミ】
ぶっ飛んだ設定の物語を得意にする著者さんですが本作も例に漏れず。かなーりぶっ飛んでます。けれどもリアルさも感じさせる筆致はお見事。『リアリティってなんぞい?』というひとつの答えがあります。大坂を舞台にしてます。
【秋山瑞人著:龍盤七朝 DRAGONBUSTER】
ご紹介した前二冊と異なり完全に架空、著者の脳内から産み出された街で、ファンタジーです。
ところがビックリ。雑踏のざわめきを文章から感じられるほど、現実以上に存在する街を感じさせてくれます。著者本人以外には書けないと思うほどの凄みを感じさせる筆致ですが、分析することでその一端でも参考になるはずです。

ではでは執筆頑張って下さい。
面白い物語お待ちいたしております。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 行ったことの無い実在の地域の描写について

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