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サタンさんの返信一覧。最新の投稿順273ページ目

元記事:エントリーシート、かな?の返信の返信

>サタン 様。
ご回答頂き、ありがとうございます。

ただ、私にはリアルで相談出来る存在がありませんので、どうしようも無いのが実情です。
印刷物では何の問題も無かったのに、Web応募になった途端、なぜ失格になってしまうのか、全く解りません。

原稿データに異常が無いのなら、もしかしてエントリーシートが間違っているのではと思って、質問した次第です。

上記の回答(エントリーシート、かな?の返信の返信の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

前回書いたけど、落選した過去作を別の新人賞に送ってみればいいと思うよ。
別の新人賞で失格にならなかったのなら、応募作にもエントリーシートにも問題がないって証明になるでしょう。
それが判明すれば、応募時に間違えて送信ボタンを二回押しちゃったとか、まず無いと思うけど何らかの規制で添付ファイルが送られてなかったとか、そもそも応募フォームの問題だったとかって話になるじゃん?
念のため強調するけど、スレ主さんに対して送信ボタンを二回押したんじゃないのかって言ってるわけじゃないから、「送信ボタンは一回しか押してません」って回答されても困るよ。
そういう、今現在考えられる問題以外のことが原因だったんじゃないのか、って話であって、「送信ボタン2回」はただの例だからね。
それを確かめるために、別の応募フォームを利用してみる、つまり別の新人賞に(過去作を)応募してみるってことをしてみたら? という事ね。
別系列の別の新人賞なら形態も違うから、応募者の少ない場所だったら多少の親切心が現れることもあるし、応募時にミスがあったら教えてくれるかもしれないでしょ。
例えば、「あなたのPCはウィルスに感染しているようで、添付ファイルがウィルススキャンに引っかかってしまうため応募作が読めません。正常なPCから再度送信されることをお薦めします」とかね。
繰り返し強調するけど、「PCをウィルススキャンてみろ」って言ってるわけじゃないからね! そういう今現在可能性として浮かびもしなかった要素が原因であると、解決のしようがないから別方向で行動を起こしたほうがいいってことだからね。

カテゴリー : その他 スレッド: エントリーシート、かな?

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元記事:「頭が良くなる手術」をどこまで良しとするか

お久しぶりです。
色々考えている内に、前このラ研にいらした壱番合戦氏のような「私小説じみた性格がかなり強い話」を発案した次第です。

「発達障害当事者としての自分」と向き合う話に好きなモノを色々、有り体に言えば「アルジャーノンに花束を」にバットマンや仮面ライダーを混ぜ込んだような代物として仕上がろうとしている所です。

本題に入りますと、この話の倫理観の置き所について相談したい所でした。
拙作の主人公は(詳細な所はぼちぼち決めようという所で)何からのハンディキャップを持って生を受け、とある要因によって高い知性と身体能力を備えた超人になる訳ですが、私にとってヒーローをやっている現在が「理想の自分像」それ以前が「現実の大嫌いな自分」に当たる訳ではあります。

こういった話では「外的要因で頭を良くしたりする事」を無批判に称誉すべきではないですが、かと言って自分自身「ありのままの自分が良かった」とは口が裂けても言えないでいます。

この辺何処まで肯定すべきでしょうか、その点の倫理について相談したい次第です。

上記の回答(「頭が良くなる手術」をどこまで良しとするかの返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

作品の倫理観は内容次第で上下するから何とも言えないと思う。
ただ、質問内容を読んで思ったのは、
>ヒーローをやっている現在が「理想の自分像」それ以前が「現実の大嫌いな自分」に当たる訳ではあります。
「理想の自分」と「大嫌いな自分」で分けて考えてるから、その境にある外的要因に倫理的な問題を見てしまうんじゃないかなと。
それらは両方とも自分であって、「理想の自分」になったところで「大嫌いな自分」は無くならないし同等のものとしてある。「大嫌いな自分」とは遠く離れた「理想の自分」に届いているからそれを忘れているないし別ものだと錯覚しているに過ぎない。
だから、「理想の自分」を得たからこそ「大嫌いな自分」を客観的に考えられるようになるし、「大嫌いな自分」がいたからこそ「理想の自分」は理想に思えるだけの幻想だと気づきもする。
この二つの要素は正反対の要素なので、対比構造が作れるしそうやって自己の在り方あるいは同じような人に対するメッセージを込めたりできる。
そして、それら要素はベクトルが違うだけで同じものだし、第三者が非道な手術に倫理観を問うことはあっても、当事者が倫理観をどうこう言うことは無いんじゃないかと感じる。

私は、どっちかっていうと「東京喰種」って漫画を思い出したかな。
そんな感じでダークな雰囲気なのであれば、むしろ倫理観なんて度外視したほうが面白いと思う。

うーん。
「倫理について、こうすべき!」って回答は持ち合わせてないけど、
>こういった話では「外的要因で頭を良くしたりする事」を無批判に称誉すべきではないですが、かと言って自分自身「ありのままの自分が良かった」とは口が裂けても言えないでいます。
このコメントは実に良いと思う。
というのも、これはそのままキャラクターの衝突としてワンシーンになりうる良いイメージだからです。
つまり、「外的要因で頭をよくする事を良く思わない人物」がいて、一方で主人公は望んで「理想の自分」になったわけではないが、これで良かったのだろうかと悩んでいる。
「良く思わない人物」が主人公を責める。主人公は悩む。そこに「別にいいじゃねえか、今の自分を受け入れろよ」と言ってくれる人が現れる。
そういう作者の中にある異なる意見は、まるっとキャラクターに詰め込んでしまえば悩んでること自体が話のネタになるから、
例えば「理想の自分」と「大嫌いな自分」も、「大嫌いな自分」と友人でいてくれた親友などを作れば、この親友は「大嫌いな自分」だったモノの代弁者となってくれる。
一方で「理想の自分」になってから近寄ってきて仲良くなった恋人は、「新しい自分」の象徴となる。
そうやって、自分の中にあるものを外のキャラクターに出して、彼らに衝突してもらえばよい。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 「頭が良くなる手術」をどこまで良しとするか

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元記事:「頭が良くなる手術」をどこまで良しとするかの返信の返信

返信ありがとうございます。

>第三者が非道な手術に倫理観を問うことはあっても、当事者が倫理観をどうこう言うことは無いんじゃないかと感じる。
過剰に外的要因での緩和・矯正を否定する事もまたコンサータや今自分が服用しているストラテラを否定する事にも繋がってしまう側面もあるので。
自分自身自己肯定感があまり高くないのを抜きにしても「本当の自分」というのがそこまで称誉されるものか?という疑問もあります。

>「良く思わない人物」が主人公を責める。主人公は悩む。そこに「別にいいじゃねえか、今の自分を受け入れろよ」と言ってくれる人が現れる。
そういう作者の中にある異なる意見は、まるっとキャラクターに詰め込んでしまえば悩んでること自体が話のネタになるから、

最終的な落とし所は「ともあれ肯定できる自分をたしかに作り上げる事は出来た」というところで、そこから逆算して人間関係を作っていきたいというのはありますね。
「ヒーローものを沢山見た末に見出した自分自身が美しいと思える在り方」自体は「頭が良くなる」前後に関わらずあるもので、それに近づけた事は間違いなく肯定できるという考えです。

上記の回答(「頭が良くなる手術」をどこまで良しとするかの返信の返信の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

>過剰に外的要因での緩和・矯正を否定する事もまたコンサータや今自分が服用しているストラテラを否定する事にも繋がってしまう側面もあるので。
完全に否定するんじゃなくて「否定する人(キャラ)もいる」「擁護する人(キャラ)もいる」物語の中で相反する考えのキャラクターを衝突させて、作品としてその答えは読者にゆだねる。という感じ。
「そういう考えもある」という「考え」自体を擬人化してキャラクターにしちゃえば、スレ主さんがいま悩んでること自体がテーマになって物語になるよ、ってことです。

>「本当の自分」というのがそこまで称誉されるものか?
「本当の自分」って表現は私もあんま好きじゃないけど、だって「自分」に本当も嘘もないからね。だから別にそれは誉められるようなものではないと思うよ。
ただ、えーと、
なにかに悩んでるとき、人は「答え」を見つけようとして考えてあがくけど、悩んでる以上、悩んで出した回答は100%納得できる答えではないんだよね。迷いながら答えを選んでるから。
でも、フトしたとき「答え」ではなく「問題」のほうに間違いがあると気が付いたら、その後の選択は納得できる可能性が高いと思うんだ。
このとき、私は「本当の悩みが解決した」と表現すべきかはわからない。問題を挿げ替えただけかもしれないし。
だけど悩んでたことを乗り越えられたって事実はあると思う。
だから、「答え」が見つからない納得しきれないって場合は「問題」のほうに目を向けてみるとよいかもしれない。

確かに自分のレスを読み返すと「本当の自分探し」みたいなこと言ってるけど、感覚的にはそういう話をしたわけじゃなくて、
例えば、いま私が異世界に転生してチート能力を手に入れたら勇者もかくやという活躍を見せるかって言ったら、100%ないわけですよ。そういうのに多少の憧れはあるけども、とはいえ私自身はそんなことする人間じゃないので。たぶん、どんなスーパー能力を手に入れたところで今と変わらん生活をしてる。
そんな考えを持ってるから、逆に、
冴えないし勇気も根性もない少年が異世界に転生してチート能力を得て目覚ましい活躍をしている場合、そもそも少年はそういう人間だったと思うわけです。
異世界で突然チート能力を取り上げられても、きっと自分なりに行動できる人間だろう。
チート能力は少年が活躍する切っ掛けでしかない。

だから、スレ主さんの「頭が良くなる手術」も同じように考えてた。
頭が良くなったところで、できなかったことが出来るようになったところで、やるヤツはやるしやらないヤツはやらない。
主人公は、あるとき突然に手術の効果が切れて「理想の自分」から「嫌いな自分」に戻ってしまったとしても、「理想の自分」がやり始めてしまった事は「嫌いな自分」も、最初は 出来ない と思っても最終的には今の自分なりに行動しようとする、と思う。
それが「本当の自分」ってならそうなんだけど、「力がなければ動かない」というのも自分で、それは力を得た後でも変わらんし、力を得たところで何も変わってないと思うんだよね。
なら、そういう自分に気が付いた上で、つまり「答え」ではなく「問題」のほうに原因を見つけたうえで、それじゃいけないと、行動する主人公の変化が物語を面白くすると思う。
チートや手術など後天的な能力の会得による「変化」は主人公が動き出すわかりやすい切っ掛けでしかなくて、手術で「理想の自分になった」という切っ掛けはあったけど、真実「理想の自分」になれたのは主人公自身の力である。ってのが好きかな、と。

えーと、長くなってるけど私も下手だからたぶん伝わってないんだよな。
チートだろうと手術だろうと、突然能力を会得したところで本質的に主人公は何も変わらんと思う。力を得たことで気が大きくなっただけで、酒飲んで酔っ払ってるのと同じ。
その本質ってのは「本当の自分」なんだと思う。何をしたって、これはそう簡単には変わらん。本当も嘘もない自分は自分。そんな素っ裸の自分なんて恥こそあれ褒められるようなものではない。
けど、そんな「自分」を曲げて奮い立つ姿は、私個人としては感動するし尊敬する。

うーん、そもそも私も回答しつつ自分の発言において問題を定義できてなかったかな。
「本当の自分」は、そう。
でも、その「本当の自分」を変えたのは、手術の効果でも何でもなく、自分に気が付く切っ掛けではあったけど、物語の中で経験し成長した主人公本人の意思の力が自分を変えた。
その主人公の意思に倫理観は問題にはならんので、最初は「手術」という外的な倫理観はあっても、最終的に主人公の行いは「主人公の意思」になるので、倫理観の問題はなくなると思う。
「そんな手術は非道だよね」「都合が良すぎるよね」に対して、「最終的には主人公の頑張りです」になるため。

ちょっと回答が 私個人の妄想と想定 に寄っちゃったけど、回答としては「答え」ではなく「問題」のほうを考えてみたらいいってのを「本当の自分」ってワードにからめて具体例にしてみた、って感じね。
結局「倫理観の問題でなくすればいい」って書いちゃってるし。
「本当の自分」はなんも偉くないし褒められるものではない。その「本当の自分」を変える主人公の強さが凄い。
私は異世界に転生してチート能力を手に入れたとしても、今と変わらない生活をしようとする「変われない人」なのですよ。
そこで「変われる事」は、手術とかチートとか倫理観を問われるようなことではないから、切っ掛けにある「手術」がどれほど外道で非道で倫理的に問題だらけな事だとしても、あくまで主人公の変化や成長に関して倫理的な問題ないよね、って感じ。
だから、物語の中では肯定キャラも出すし否定キャラも出すし、前スレでも書いた通り、その倫理観に答えは書かず「作者が答えを出せない悩んでる」状態そのものを物語にしちゃう。
そのまま、「いや主人公は手術とかじゃなく自分で変わったんスよ」って感じにして、手術の倫理観と切り離して結論にしてしまう。
なので、スレタイに回答すると、
>「頭が良くなる手術」をどこまで良しとするか
「良し」も「悪し」も答えは書かず、問題提起としては両方書く。そのうえで 主人公の意思の力 など「別解」を用意する。
悩んでる事は、「悩んでる事」を書けばいいんですよ。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 「頭が良くなる手術」をどこまで良しとするか

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元記事:迷っていますの返信の返信

コメントありがとうございます。返信が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
自分の場合は
「書きたいことがあってこういう風に書きたいけど、色々見ているせいでどういう風にかいたらよんでもらえるかわからない」
「受賞した人の文章を見てこういうふうに書かないと見てもらえない(パクるのではなくうまく書かないといけない)」
が主ですね。サタンさんの仰るとおり「実力がなくて不安」というのもあります。
メモも取ったりはしていますが、まとまっていなかったり他の作品と被っている事があるので途中で止まってしまいます。

小説の講座を受けたのは書き方もそうですが、サタンさんが書かれていることにすべて当てはまっているのも現状です。講座の場所はここには書けませんがテキスト送られて課題が出て書く感じのです。
少しずつ書いて言って添削受けて評価をもらって自身がつきましたが、やはりどうしても「自己満足や自分をよく評価している脳内イメージ」があり小説家に向いていないというのが見えてきたかもしれないです。いろんな大賞の応募要項にあるアドバイスにも「自己満足の小説にしてはいけない」とありましたがその通りの状況です。

今まで否定された人生だったので自信をつけるのが難しいかもしれませんが頑張ってみたいと思います。
まとまっていない返信で申し訳ございません。ありがとうございました。

上記の回答(超長くなった。すまんな。)

投稿者 サタン : 3 人気回答! 投稿日時:

たぶんスレ主さんには刺さらないと思うけど、スレ主さんの状態に共感できる人は割といるんじゃないかと思ってレスしてみます。

>こういう風に書きたい~どういう風にかいたらよんでもらえるかわからない
これは問題が二つある可能性がある。
まず、「書きたいことがあってこういう風に書きたい」は、既存作を見てそれに憧れてるだけで、「あなたの書きたいもの」ではなく「あなたが読みたいもの」であるかもしれない、ってこと。
「書きたいもの」と「読みたいもの」は違う。
別に「読みたいもの」を書くのが悪いわけではないが、それは実は想像よりしんどくて難しい。ある程度の経験がないと書ききれない。
それは何故かというと、んーと……ちょっとわかりにくい例えかもしれないけど、料理で例えると、
これまで料理をしたことがない人が料理をする。彼は日本で生まれ育って日本の和食を主に食べて育ってきた。あるときフランス料理を食べて感激し、フランス料理を作りたいと思う。
この場合、彼ははじめて料理をするけど、和食を食べてきたから和食ならある程度は作れると思う。けど、同じ料理でも勝手が違うフランス料理を作るとなると、何もわからないのは当然で作れないのは当然でしょ。
これが、和食でも料理に慣れてていろんな知識と経験がある人なんであれば、フランス料理の出汁に相当するものはコレで味付けはこうして、と予想がつくし対策も考えられる。
彼は「料理を作りたい」とは思っていても別に「和食を作りたい」とは思ってなかったかもしれない。むしろ古臭くて和食は嫌いかもしれない。けど、料理を通して彼が出来ることは「和食」にあるんだよね。彼が料理をしたいと考えた根源はずっと食べてきた和食にあるんだから、彼は「和食を作りたい」んであって「フランス料理は食べたい」んよ。
だから、そこで「いや、俺はフランス料理に感銘を受けて料理をしたいと考えたんだ」って人もいるし、単身フランス行って料理を学んでくる人もいるだろう。
けど、それは凄い事だけどいばらの道だってことはわかるよね。

じゃあ「書きたいもの」って何だってなると、これは言葉を変えたほうがわかりやすいと思う。
「作りたいもの」って意味で考えるんじゃなく、自分が「表現したいもの」は何かって考える。その作品で何を言いたいのか。
ひるがえって、あなたがこれまで書きたいと思ってた「(私の言で言うと)読みたいもの」は、何を表現している作品なのか、この作品は何が言いたいのか、と考えてみる。
すると、スレ主さんが「書きたい」と思ってたのは、例えば終盤クライマックスの派手な戦闘とかラストの感動的なシーンとかそういうのであって、「この作品の表現したいこと」それ自体とはちょっと違うかも? って思うんじゃないかなと思う。

いや、表現したいことも同じでこれこそ自分が書きたいことなんだ、と思った場合。じゃあそれが異世界ものだったとして、この異世界ファンタジーをまったく別の演出でもって学園ラブコメにアレンジして別物にしても同じことが言えるか。
「表現したいこと」は同じで、ガワの部分だけ別物に変えた状態。
例えば水戸黄門のシナリオを、そっくりそのまま異世界を舞台に貴族の世直し旅にすりゃ、中身そのままでガワだけ変えて成立するじゃん? それと同じことで、好きな作品のガワだけ「学園もの」に変えた場合、やはり「自分が書きたいのはこれで間違いない」と言えるか。
たぶん言えないと思うのよね。
それは、ガワの部分、物語の上っ面の部分に憧れてるだけで、本質にある「この作品の表現したいこと」には届いてないから。
そこを考えてみると、「ああ、この作品はこういう事を言いたいがために、序盤からいろいろ積み重ねてこの作品になってるんだ」って感じに気付けると思う。

では戻って、「自分は何を表現したいのか」と考えてみる。
数々の作品を見て作品の本質に触れて、作者の表現を理解して、自分にはそれがあるのかと。
で、残酷だけど、これが空っぽの人もいる。てか多くの人はそう。そんなもん普通は無いのよ。
ぶっちゃけ私もそんなもんはねえ。
そんで言っちゃうと、「自分が表現したいこと」が何もない人は、向いてない。
だから私も本来は向いてない。
私の場合は、「今回の作品はこれを表現する」みたいな感じで無理やり作ってる。
言ってしまえば、そもそもは「書きたいもの」の説明をしてたけど、私の場合はそんなもん無いから、それが作品ごと「書くべきもの」と定義して書いてる感じです。
でもここで注意してもらいたいのは、決して「読みたいもの」を書いてるわけじゃない、ってことです。

このあたり、最初の質問で「プロになると好きなものを書かせてもらえない云々」の話に繋がります。
そもそもそこで言ってる「好きなもの」は「あなたが読みたいもの」であって、それを書かせてもらうこと自体が作者の我儘に当たりますので、その我儘が通るレベルの大作家にならなければ、書かせてもらえないのは当然ですね。編集部・出版社は作家の我儘をかなえるパトロンではありませんから。
でもそれは決して「編集の指示通りに仕事する文筆奴隷のようだ」って話じゃないのは、ここまで読んで理解してくれればわかると思う。
あくまで「読みたいもの」と「書きたいもの」の違いの話で、そもそも「読みたいもの」を書こうとしてることが、まあ、間違いだとまでは言わないけど、いばらの道を歩んでますよってことですね。
そのため、「書きたいもの」を正しく見つけましょう、見つからないのが普通なので、自分で決められるように頑張りましょう。って感じの内容です。

一行のレスの前半だけでえらい長い返信になっちゃったけど、後半の「どう書けばつたわるのかわからない」は、上の考えを理解できれば、そんな難しくないと思います。
つまり、そもそもスレ主さんはイメージが曖昧で表現したいものの本体が不明瞭のまま表現しようとしてるため、「どうしたらいいかわからない」となってるだけだと思います。
例えば私の場合は上で書いた通り「今回の作品はコレを表現する」と考えますので、「コレ」まあ「変態的な恋愛」とかにしてみますか、作品を通して「変態的な恋愛」を表現したいと定義しますから、すべては「変態的」であるよう演出すれば良いだけです。
その「変態的な恋愛」にどういうシチュがあるかという部分では自分の経験や取材した知識などを使いますが、「どうしたらいいかわからない」の「どうしたら」は、私の場合は「変態的な恋愛」と決まってますから、むしろここはブレちゃいけないので、悩むことすら無いわけです。

「伝わるか」の部分は、これは難しい問題なので、とにかく書くしかないと思います。
例えば、読者が10代でも10歳と19歳では「伝わり方」が違います。
「変態的な恋愛」とか変な例えを出しちゃったけど、こんなん10歳には伝わりにくいので、17~19歳あたりを想定して、10代が知りうる性知識を前提にしながら、その扉を開けると何があるのかを書いていけば伝わるかなーとか、そんな感じ。
作品ごと、テーマごと、対象読者ごとに、「伝わるか」は細かく考えていく必要があると思う。

このレスではいろいろ書きたいことが出てくるんだけど、ちょっと既に書きすぎた。

>「受賞した人の文章を見てこういうふうに書かないと見てもらえない
最新のものを取り入れるのは良いことだけど、たまには20年以上前の自分(それを読む読者)が生まれる前の作品を読んでみてください。漫画でもいいから。できれば海外の文学がお薦めだけども。
プロの作家も、意外といろいろパクってます。
例えば私が超驚いたのは、「十二国記」って少女ファンタジーの名作を書いた小野不由美は「屍鬼」ってホラーを書いてて、これも漫画化してアニメ化してすごい人気になったんだけど、スティーブンキングの「呪われた町」をほぼ丸々パクってて演出とかもそっくりでジャパニーズホラー的にアレンジしただけの作品。
先に屍鬼を読んでから知らずに映画の呪われた町を見たんだけど、既視感しかなかったんですごい驚いた。
調べてみたらちゃんとオマージュ作品だと公言していたけども、まあ、ここまでじゃないにしろ、プロもいろいろパクってるし、そもそも「上手くパクる」のは作家の技です。
そんな感じで、古い作品を読んでみると「あれ? これ最近読んだ〇〇さんの……」ってことがよくあるよ。
ぶっちゃけ、人気作家ほどよくある。

小説家に向いていないというのが見えてきたかもしれない
じゃあキミは、「医者に向いてるよ、勉強さえすればね!」って言われたら今から医者を目指すんかい、という話。
向き不向きは前レスで書いたけども、別に「だからあきらめろ」って話はしてなくて、私だって向いてないし才能ないよ。
向き不向きではなく手元にあるカードでやってくしかないでしょ。
そのカードを増やすことが人生を生きやすくするからカードを増やしていくのが良いけど、そのカードをいつまでも切らない人だっているし、少ないカードで適切にカードを切って必要最小限で幸せをつかむ人もいる。
私は、向いてないし才能ないから、でも成人したらお金稼がないと生活できないし、生活できないと趣味も続けられないから、「新人賞で一発当てるまで稼ぎがない」って挑戦は無謀だと思ったし、物書きスキルはあるから、ゲームシナリオの外注とか個人製作とかでお金を稼げるようカードを増やした。
物書きスキルがあるのは、向いてなくて才能なくてこういう場所でクソミソに言われても、好きで書いてたから。
向き不向きと、やりたいことをやるのは、別の話。がんばれ。
諦めるなら早い方がいいが、芸は身を助けるのも事実で、芸を身に付けるのは諦めないことだ。

>「自己満足の小説にしてはいけない」
ぶっちゃけ初心者どころか中級者くらいまではほぼ全員が自己満足の小説しか書けない。
というか、自己満足の小説すら書けない人が大半。
そもそも創作とは自己表現なので、自己満足すら出来ない作品ってのが一番ヤバい悩みで、自己満足の小説になるなら、スタートライン近くにある障害物は一応は乗り越えられてる。
そっから先の障害物は高くてなかなか自己満足から抜け出せない人が多いと思うけど、これは「読者を意識しましょう」って話を理解できれば易々乗り越えられる。

>今まで否定された人生だったので自信をつけるのが難しいかもしれませんが
その人生を創作で表現してみるのも手だと思うよ。
最初にした料理のたとえ話。あなたにとっての「和食」は「否定された人生」なのかもしれない。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 迷っています

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元記事:主人公やその仲間に必ず感情移入させる必要ってあるのですかね?

 まぁ、闇金ウシジマくんとかデスノートや軍鶏あたりの主人公がほぼどうしようもない悪党かクズらしいので。ダークヒーローもガッツ、アーカード、島津豊久、フジキド・ケンジ、カイムなどは悪党やクズではなくても倫理観? なにそれおいしいの? 状態ですし。
 なんかもうやけっぱちな気分なのと戦争したいのと己の欲望を解放したいのと毎度毎度、同じような書き方から始めて盗賊とか悪徳領主とか化物とか狩るのも飽きたので一次創作と二次創作で現代地球とダークファンタジー異世界にて世界を敵に回してただ戦争をしたいから戦争をする。人を(作中で)殺したいから殺す。そんなわけで少佐や志々雄真実みたいなテロリスト主人公を描きたい気分になってきたのですよね。ただ私の勘違いかもしれませんがフォレストページ+ではたとえ架空国家であってもお上に逆らうのは防衛戦争以外ではウケずpvが減る。フォレストページ+は若いユーザーが多いから保守派の方が多いのかもしれない。
 ま、pv数なんて気にせず書きたいものを書くのが一番なのでテロリスト一次創作とテロリスト二次創作を書いてみようかと。心が折れるかもしれませんが。
 まさか「すげえぞ! さすが超越者! ホントに死なねえぜ!」の時のガッツに感情移入する人は俺みたいな狂人以外にはそんなにいなさそうですし、主人公ズに感情移入させる必要性ってそんなに重要なことなのですかね? ベルセルクなどダークヒーロー作品は人気作品ですし。フォレストで真似事すると保守派の気分を損ねた場合はウケがよくないですが。
 まーた、まとまりのない文章になってしまったかも。誹謗中傷は勘弁。
 どなたかコメント頂けたら幸いです。

上記の回答(主人公やその仲間に必ず感情移入させる必要ってあるのですかね?の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

偉そうな上から目線な回答になってしまうかもしれないが、
そもそも「感情移入する」のは読者であって、作者がさせるわけではない。

だから例えば、青春系の物語には割と古典的なキャラクターが配置されがちなんだけど、それには理由があって、というのも、そんな青春モノを楽しむ読者層が「登場させたキャラのどれかに親近感を持つ」ようにしてるため。
つまり、読者が感情移入する先を選べる、ないし、どれかにハマるようにしている、ということ。
青春モノこそ誰かに感情移入できないと青臭いだけでクソつまらないドラマになっちゃうからね。

なれてない人は「重要なキャラには感情移入させなきゃいけない」と勘違いすることがあるけど、そうじゃない。
感情移入は、言ってしまえば読者が「作り物である物語」を身近に感じるためのツールなので、その入り口はどこでもいい。つまり誰でもいいし極論一人いればいい。
その「一人」が全然登場しないんじゃ意味がないから、バランスよく登場させる、ないし、登場しやすい人物を感情移入しやすいキャラクターにする、という工夫があるわけです。
つまり重要人物に感情移入させるってのは結果論であって、要件を満たしていれば主人公でなくてもいいし、主要人物でなくてもいい。
そしてそれを選ぶのは読者であって、作者が出来ることはあくまで「しやすい環境を作る」ということだけ。

以上のことから、主人公や主要キャラがクソ野郎でも何も問題ない。
その場合の感情移入しやすい手段としては、
クソ野郎な主人公の横に常識人を置いて、この常識人を通して読者に感情移入してもらうパターンが王道。
クソ主人公に振り回される常識人、でもだんだん常識人はクソ主人公の内面を知ってゆくことになり、常識人はクソ主人公を理解して片腕足りうる存在になる。ってストーリーよく見るでしょ。
このクソ主人公は、このスレだからクソ主人公と表現したけど、人間離れしたスーパー超人とか、異常者レベルのIQを持つ超天才とか、そういう「一般的に理解できそうもない主人公」である場合にこのパターンが成り立つ。
例えば、ジョジョ4部の広瀬康一が常識人と表現した「入口」になるキャラ。
常識人ってのもただの表現で、ようは「相対的に一般人に近いポジション」って感じ。
このパターンは、常識人枠の凡人が横にいる超人との比較になって超人っぽさがアピールできるし、凡人が驚いたりリアクションを取れるので表現しやすいため、漫画でも小説でも映画でもどこでも王道。

あとは、ベルセルクの場合はパックっていう相棒がいるけども、ベルセルクは主人公がああいう性格のため、人物から事情を聞いたりとか相談に乗ったりとかしないので、すると物語の解説が出来ず読者置いてけぼりで話が進行してしまうので、そのためパックっていうキャラが解説&進行役として存在してる。
一方でベルセルクの「常識人枠」は、主人公に助けを求める村人とか、主人公に情報を流して敵と戦わせようとする町人とか、探偵モノで言うところの「依頼人」に相当するキャラがベルセルクでの常識人枠になってる。
妖精のフリしてる使途と戦うロストチルドレン編で、ガッツに助けを求めた村娘がいたでしょ。あの子がロストチルドレン編での常識人枠。
そんな感じで、毎回話題ごとに常識人枠が変わっていく。

他にも手段はあるから、仲間も全員クソならその仲間ごとにそれぞれ別パターンの「入口」を作ってしまうのがいいと思う。
ベルセルクの例のように、その話だけのゲストキャラでも問題なくて、ようは感情移入は、役割だけで言うと、物語を身近に感じられるようにするための入り口でしかないので、それを果たせれば主人公でもサブキャラでもモブキャラでも何でもいい。

ただ、物語の構造上あるいはテーマ上、主人公(特定の人物)に感情移入してもらわないとダメって場合もある。
例えば、ベルセルクの場合は最序盤を終えて過去の黄金時代編に入るとパックもいないし「依頼人」に相当する人物もいなくなる。
だから、最序盤の領主の使途を倒すまでにパックや「依頼人」を通して主人公に興味を持ってもらい、過去編が始まるまでに、粗暴で非情な振る舞いをする主人公を読者の「入口」にさせてる。
そのため、最序盤なのにラスボスのグリフィスを登場させたり二人の関係性をパックを通してフワッと描写したり、非情な態度を取る裏で悲しそうな顔の主人公を描いたりしてる。
これは過去編に「入口」がないから。そういう常識的なものが一切ない非情な傭兵の戦場を置きたかったから(だと思う)。
だから傭兵時代の少年期が終わって鷹の団に入るとリッケルトっていう常識人が出てきて、彼だけが生き残って狂った世界と変わったグリフィスを、あくまで常識的というか正常な目線で見て語ってる。

だいたい、そういう「物語に入るための入り口」というか「親近感を持たせる入口」というか、そういうキャラなり要素なりがある。
それが、結果的にキャラクターへの感情移入へとつながっている。
なので、「感情移入は必要か」という問いには、それそのものは重要ではない。
感情移入自体は読者が勝手にやるもの。作者に出来ることは感情移入をしやすい環境を整えることだけ。
そしてそれは、「親近感を持たせて物語に入りやすい入口を作る」という事ができていれば、別に感情移入自体は必須ではない。が、それが出来てれば結果的に読者は「誰かしらのキャラ」に感情移入することになるだろう。

たぶん、ここまで私が書いたことってほぼ伝わってないですよね。
なので解説をなくして端的に「主人公や仲間に必ず感情移入させる必要はあるのか?」に答えると、
読者が物語に興味を持って読むことが出来る作品なら、別に意図してやることじゃないから必要ない。
けど、逆説的だけど「そういう物語」を作るために、主要人物の誰かしらには感情移入してもらうことを考えたほうがいいかもしれない。
優先度が高いのは主人公だね。登場回数的に。

で、主人公のキャラ的にそれ難しいんだよなって場合は、前述した「常識人」などのサブキャラでサポートするのが王道かな。
「感情移入」は物語に入りやすくするためには良い道具になるから。
別の手段で物語に入りやすく出来るなら必須ではないし、出来ないならキャラを起点にするのがやりやすいと思うから感情移入させることは考えたほうがいい。って感じ。
この話であくまで大事なのは「物語に入りやすい要素」ってことね。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 主人公やその仲間に必ず感情移入させる必要ってあるのですかね?

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小説の場面転換のタイミングとは?

投稿者 苑子 回答数 : 3

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苑子と申します。 小説には必ず「場面転換」があると思うのですが、どのタイミングで転換したら違和感を感じずに読めるでしょうか? ... 続きを読む >>

SF好きと音楽好きの自分がケンカして短編が書けない

投稿者 代田錠 回答数 : 2

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2018年ごろと同じ質問ですみません。サイトが無くなる前に最後に相談します。 質問内容ですが、 「SF好きで、小説なら倫... 続きを読む >>

青雅館|高級デリバリー 東京・大阪対応 Gleezy:meiyou008

投稿者 美優meiyou06 回答数 : 0

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東京・大阪エリアで活動中 10代〜40代の素人・兼業キャストが中心です。 学生・OL・社会人など、 作られた感じのない自然な雰... 続きを読む >>

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元記事:人間か動物か

私は動物(擬人化)が主人公である物語を執筆したいと思っています。
この世界では動物と人間が入り混じっています。
その世界で主人公に「世界中の人たちを救いたい」というようなセリフを言わせたいのですが、人たちとしてしまうと動物が疎外されてしまい、かといって動物たちとしてしまうと不自然に見えてしまいます。
うまく人と動物を含めた言い方はありませんか?
もしないのなら動物たちという表現はありなのか教えて下さい。

上記の回答(人間か動物かの返信)

投稿者 サタン : 1

「世界中のみんなを救いたい」でいいんじゃない。
「誰も彼も」とか「ひとり残らず」とか「全員」とか「あらゆる生命」とか、キャラの性格や状況によってもチョイスが変わるんじゃないかな。
例えば「世界中のことごとくを救いたい」でも意味は通るけど青年のセリフではない気がするし、「世界をまるっと救いたい」でもいいけど子供か知能が低めのキャラでないとハマらない気がするし。
「私は世界にあまねく生命を救いたいのだよ」とか紳士風なラスボスが言いそうなセリフになっちゃうしさ。
単純に「ヒト」とカタカナにしてもいいと思うけどね。
これは個人的な解釈だけど、カタカナで書くと生物学的な「人」ではなくて生物に限らず交流が可能な存在を示してるように思える。例えば感情が芽生えたロボットなんかも「ヒト」の対象みたいな。あくまで個人的な感覚なだけだけどね。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 人間か動物か

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元記事:近未来SF的敵キャラクターとしての自己複製機械のリアリティについて

「流星のロックマン」や「ロックマンゼクス」に影響を受けた小説を書くにあたり、
ラスボスを「地球外由来の自己複製機械(いわゆる機械生命体)」としたのですが、
ラスボスの潜伏先である研究施設の描写に困っています。

SFでよくある、危ない人工生命体を飼育している場所のイメージであり(最近触れた作品では、理想よりも肉肉しいイメージだが、オンラインゲーム「アース:リバイバル」にそういう場所がいくつも出てきた)、
また、昆虫園で蝶を放し飼いしている温室の、植物と昆虫を無機質かつグロテスクにして気密性を高めたようなイメージです。
有機物ではないがバイオセーフティレベルは高そうです。

しかし、そもそも、イカの足のように機敏に動く電気ケーブル、血管状の構造が浮き出たコンピューターというものがナンセンスな気がしてきています。

ラスボス(仮に「アセンブラー」と命名)についての補足:
・物語の開始から20年ほど前に、何らかの事情で本体が死亡し、残った種子のような状態で日本国内に落ちた。
・現在は、アーバスキュラー社の人および設備に寄生して、自分の細胞入りのコンピューターを売りさばいている。
・近い将来、このコンピューターを足がかりにして大規模な単為生殖を行おうとしている。
・主人公の少年がフルダイブ形メタバース上での戦闘能力「イクサバイト」に第1章で覚醒したのは、そもそもこいつが下っ端に指示を出して、最終的に主人公を最終兵器に改造する目的で主人公にラスボスの細胞を少量植え付けたからだった。
もちろん主人公は正気のまま。最終兵器に変異せずにラスボスと戦って、自分の命を犠牲にしてトドメを刺す、というプロットを予定している。

グロテスクな臓器のように蠢くコンピューターの敵の元ネタは、「ガオガイガー」、「バブルガムクライシス(OVA版第1話、TVシリーズ)」の敵などです。

上記の回答(近未来SF的敵キャラクターとしての自己複製機械のリアリティについての返信)

投稿者 読むせん : 0

あー・・・・・ルネ・ラルー監督『ガンダーラ』のメタモルフ。設定を変えたらわ、どーよ?
メタルフはたしか未来人が作った脳缶。ただし山一つ分くらいある超巨大脳で、未来のインフラを支えるスパコン有機体サーバーみたいなものなのよ。うろ覚えやけど。

 脳缶はスペックを求めすぎて、缶から出したら重力で潰れそうなサイズなのもあるけど、親共である人類が、メタモルフに反抗されないように手足を与えてないし、科学者の介護なしでは死ぬように作ってあるのよね。

設定はともかくAIなんて親に反抗しないように自我を折っておくか、家畜のように飼うか、何かしらのプロテクト掛けるでしょ?親の都合や予算、趣味で醜くしてもいいんと違う?

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 近未来SF的敵キャラクターとしての自己複製機械のリアリティについて

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元記事:相談させて下さい!

タイトルは、2週間分の愛期
待しないでです。

行けたら長編、短編では30ページ書けたらと思ってます。

男と女は恋人同士で主人公に出会うまでは愛し合っていました。しかし、主人公に出会ってから男の気持ちは少しずつ変わっていく感じです。男は主人公に好きと言えません。女にバレてしまうからです。女の事も大事に思っているからこそです。

女は美少女
男は美形
主人公は平凡でイメージして書くつもりです。

ストーリーの中に、主人公の事を好きだとバレない為に物を贈るのはありですか?私的に花、宝石を選んでいます。贈るのは男です。
そして、これだけのストーリーだと薄いですか?

質問多くてすみません…。

上記の回答(相談させて下さい!の返信)

投稿者 サタン : 0

主人公に出会うことで、「男が」変わっていく様子を書いた(書く)作品だと思います。
主語が「男」になってるので、この作品の主役は「男」だと思う。
そんな「男」の様子を第三者である「主人公」の視点で語っている、という形ではないかな。
「主人公」は何も変化していないし、何があるわけでもないので、「主人公」を中心に考えると話が成立しにくいと思う。
「主人公」にしてみれば、恋人のいる男に好意を寄せられた、というだけの事で、ぶっちゃけ面白味がないと思うためです。

そして、「男」を中心に考えると、ようはこれ浮気する話で、しかもバレないように行動していて、男性としてコレどうなのって思う。
愛し合ってた相手から簡単に目移りしちゃう男性なんだから、主人公に対するアピールもやっぱり簡単に目移りしちゃうような安っぽい愛情なんじゃないかな。という印象が出てきてしまうと思う。
なので、そういったところにフォローが必要ではないかな。

ストーリーの濃い薄いは、絶対的なものではなくて扱うテーマに対して相対的なものです。
この話は「男の気持ちが変わっていく様子」を書くものなのだから、その象徴として「特別な贈り物をする」というのは良い展開だと思います。
ただ、「贈り物をする」と、すなわち「男の気持ちが変わったから贈り物をする」わけで、贈り物をした時点ですでに「男の気持ちは変わっている」ので、「男の気持ちが変わっていく様子」の物語はここで終わりになってしまいます。
だから、まあ、構成に口出すつもりはないし、そもそも「気持ちの変化を書いた作品」という私の解釈が間違ってる可能性は大いにあるけども、
「贈り物をする」という展開はクライマックスかオチになるのではないかなと思う。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 相談させて下さい!

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