小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

サタンさんの返信一覧。最新の投稿順271ページ目

元記事:創作の世界観と戦争

 おはようございます。
 私は一応、武具を中心に200冊〜300冊程度の文献を読んだのですが第一次世界大戦以降がつまらなくあまり理解できないので創作の世界観を
古代近現代日本史帝国
中世近現代日本史帝国
近世近現代日本史帝国
古代近現代中国史帝国
中世近現代中国史帝国
近世近現代中国史帝国
古代近現代西洋史帝国
中世近現代西洋史帝国
近世近現代西洋史帝国
 の九大帝国が統治している設定にしました。好きな時代をメインにしつつ、時代遅れにならない工夫です。
 とりあえず火器は最新のモノを使い、冷兵器は人間がバケモノであるほど威力が上がるので弓矢や投石などで戦闘機撃墜、槍や剣や斧などで戦車を切り裂くぐらいの無茶をして、鎧や軍服や盾がライフル弾を弾き返し、密集隊形の廃止、軍馬やラクダや戦象やチャリオットが機関銃をものともせずに散開隊形で戦車よりも速く突き進むぐらいのバフをかけることにしました。
 これなら古代中世近世の要素が近現代と渡り合えますかね?
 古代〜第一次世界大戦前の兵科は火器を最新のモノにして冷兵器なども強化した状態で全て出したいのですが。
 あとは主人公の異能をその九大帝国の武具と兵科の具現化能力にしようと思うのですが、ストーリーがある程度進んだら主人公パーティメンバーVS九大帝国の戦争にしたほうが面白いですかね?
 アドバイスお願い致します。誹謗中傷は勘弁。
 

上記の回答(創作の世界観と戦争の返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答! 投稿日時:

正直、その設定で作者が何をしたいのかが、一番最初の相談からいまいち読み取れないです。
その作者がやりたいことを強調して やりたいことが面白くなるように 作っていくのが一番いいと思うから、「これがしたい!」と出来るだけ明確に端的に書いたほうが良いと思う。
だから、
ストーリーがある程度進んだら主人公パーティメンバーVS九大帝国の戦争にしたほうが面白いですかね?
「その展開そのものが面白いか」ではなくて、「その展開にすることが面白くなる話」を組んでるならやるべきだと思います。
「面白いというモノ」があるんじゃなくて、「それを面白くする」のが書き手の仕事です。
面白いものを選んでいくんじゃなく、面白くするんです。
そしてその面白さの基準、この作品の何を楽しんだらよいのか、が不明瞭なままなので、「それは面白いね」と答えることが出来ないと思う。

>これなら古代中世近世の要素が近現代と渡り合えますかね?
提示されたものだけで判断すると、古代兵器ばかりが補正を受けていて不公平感がある。
前述した「これがしたい!」にも関係するけど、例えば「古代から近世までの戦争をごちゃまぜにしたい」というテーマがあるとしたら、まず、古代から近世までをまとめる一つの設定が欲しいと思う。
例えば「魔術が存在してそれが残ってる世界」としたら、「近接兵器を魔術で強化する」というだけで
>冷兵器は人間がバケモノであるほど威力が上がるので弓矢や投石などで戦闘機撃墜、槍や剣や斧などで戦車を切り裂くぐらいの無茶をして、鎧や軍服や盾がライフル弾を弾き返し、密集隊形の廃止、軍馬やラクダや戦象やチャリオットが機関銃をものともせずに散開隊形で戦車よりも速く突き進むぐらいのバフをかけることにしました。
このあたりの説明は同じことが一言で説明できると思う。それは「強化の魔術がある世界」という設定で ひとまとめ にできるから。
そしてそれは近代兵器も同じことなので、「眼を強化してスコープもない猟銃で敵を倒しまくるシモヘイヘみたいなキャラ」も同じ説明ができる。
あるいは例えば、SFでも同じで、相対的に重火器の重要度が下がるほどのパワードスーツが開発されて近接戦闘が見直されたって設定にすれば、それで同じことができると思う。
また、作者がどのように書きたいかにもよって、軍という団体を書きたいのか、戦争の中で活躍する個を書きたいのかで、個を書きたいのであれば、現代に復活した過去の英雄が超常的な活躍をする作品は山のようにあって、そういった「超人的な個」を書く形にするのがスマートだと思う。
なんにしろ「なにでまとめるか」で、「古代兵器と近代兵器が対等にやりあう納得できる理由」は変わってくる。
そして、その「まとめるもの」は「作者が これをしたい! と考えるモノを強調できる要素」が最もふさわしいと思う。
なので「これをしたい!」という考えをまとめて端的にするのが先ではないかなと。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 創作の世界観と戦争

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元記事:脚本の面白さを知るには?

小説の書き方というより読み方の話になります。

周囲の友人はソーシャルゲームのストーリーにハマっているのですが、自分はそういったゲームのストーリーにいまいちハマることができません。
絵はパターンで決まっているし、地の文はないし、声は時間を食うしで、どうも自分がそうした(特にシリアスな部類の)ストーリーを「魂から」楽しんでいるような感じがしないのです。

自分はとある書籍(何とは言いませんが)を読み、漫画の読者はジャンルごとに異なる眼鏡を持っていること、訓練によってそれを克服できることを学びました。そしてその訓練によって、今まで苦手としてきた漫画をはじめて「魂から」楽しめた気がしたのです。

ソーシャルゲームのストーリーは、漫画や小説のように個人個人の意識が演出に反映されるということが、ほぼ無いように感じます。
自分が読んだ書籍は漫画をいわばテクストとして扱うものであり、漫画になんらかの演出が施され、視点となる人物が用意されていることをほぼ前提としているため、複雑なカメラワークや地の文での比喩などを使うことのできないソシャゲのストーリーを分析することには向かないように思えます。

そのような「ソシャゲのストーリー」(もしくは「戯曲」とでもいうべきモノ)は、読者が自らそれを脳内で演出する権限が強くなると見ることもできますが、それはどこまでいっても「公認されないごっこ遊び」であって、「自分は今椅子として提示されたもの(もしくは使い方の決まっていないモノ
)を勝手に自分で机として使っているのではないか?」という不安が拭えないのです。

何かこうした(演出のない)「脚本それ自体の面白さ」もっと言えば「脚本それ自体でキャラクターを好きになるということ」を(おそらくは読書の終わった後に熟慮することなく、自然と)体験できるように自分の眼鏡を変えることについて、何かヒントになるようなことは無いでしょうか?

上記の回答(脚本の面白さを知るには?の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

頭の中で回答が二転三転しちゃったからまとまりないかもしれんけど、
漫画も小説も映画もゲームも脚本は基本的には同じで、それを表現する手段が違うだけ。なのでスレ主さんは文章表現を読み取るのが好きという話で絵や映像あるいは音声付きの紙芝居が苦手っていうだけの気がする。
私はどれに対しても苦手もなにもなく物語があるなら全部好きだけど、それというのは、言ってしまえばどの媒体でも自分の中で「脚本」の形にしちゃってるから。
だから、「漫画だからこういう表現になってるけど、小説ならこういう表現になる」とか「映画なら別の展開のほうが良くなるが、小説だからこれがベスト」とかって考えをしたりする。
えっと、「脚本」が根底にあってそれを表現する道具が「文章」なり「絵」なり「映像」なり「ゲーム」なりで別れてるだけ。だから読者として受け取る「ガワ」の部分を意識せず本質だけ読み取ればいい。
スレ主さんは良くも悪くも「読者」なんだと思うよ。

ただ別に、そういった私の読み方が正しいとか優れてるってことじゃなくて、これはある意味メタ的な読み方になっちゃうから、「小説」でもなく「漫画」でもなく「映画」でも「ゲーム」でもなく、その中にある本質的な「物語」を読もうとしちゃうと、これはもう純粋に「読者」にはなれなくなる。

小馬鹿にするつもりはないんだけど良さそうな例えが思いついたんで言ってみるけども、
何も知らない子供に自由に絵を描かせると時々独創的な絵を描く天才少年がいたりする。けど、この子供に才能を見出したからと言って絵画教室に通わせると、途端に平凡な絵しか描けなくなる。
技術は向上するから上手くはなるんだけど、こなれてしまって独創的な才能がなくなってしまう。
独創的な個性って、その人の突出してる癖のような部分だったりするけど、技術や知識って誰でも同じ結果をもたらすような平均化だから、突出した癖を他者と同じ形に平均化してしまう。
そこから一皮むけると学んだ技術が独創性を伸ばすために使われて活きてくるんだけども、
そこまで行ったとしても、もう「何も知らずに名作を見たときの感想」は決して手に入らない。

いや、別に普通に読んで普通に楽しめてるけどね。でもそれは絶対に「創作活動をしてなかった場合の自分」と同じ感じ方ではないと思うよ。

だから、小説や漫画やゲームの中にある物語その脚本そのものの本質的な面白さを知るには、という問いには答えられると思うしスレ主さんが読んだ書籍とはまた別解になると思うけど、それを説明しその思考をスレ主さんが手に入れたら、今度はキャラクターを体感するような楽しみは失われるんじゃないかなと思う。
つまりは、いまスレ主さんが感じてる「不安」とやらは、そう感じるのが正しいんだと思うよ。
不安を感じつつ分析的なことをしながら読むか、物語の面白さのその仕組みはわからんけど素直に純粋に感情移入してキャラクターを体感し楽しんで読むか。
まあ私は仕組みを知るのも楽しいから不安はないけど、これはどっちかだと思うよ。自分の中でスイッチすることは、あるいは両取りするのは、たぶん無理じゃないかな。
慣れてくれば初見はなるべく頭空っぽにして楽むくらいはできると思うけど。

カテゴリー : その他 スレッド: 脚本の面白さを知るには?

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元記事:一巻でラブラブになってもいい?

ライトノベルの新人賞に応募しようと思っていたところ、ふと気になったことがあるので、ご質問させていただきます。
私が書いているのは緩いSFもの(近未来でのバトル)なのですが、主人公とヒロインが物語中盤でガッツリ相思相愛の関係になって、抱きしめ合ったり(性的なものではありませんが)、最終的にはキスもします。
私が今まで読んできたライトノベルは(とある魔術の~、シャナ、俺妹、リゼロなどなど)、主人公とヒロインはお互いに好意を抱いていても、終盤に想いをほのめかす程度に留めている気がします。
やはり、ライトノベルでは一巻の段階で主人公たちをラブラブにさせない方がいいのでしょうか?
(あくまでも新人賞なので二巻、三巻のことは考えておりませんが……)

上記の回答(一巻でラブラブになってもいい?の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

何を書くかによる。
恋愛要素は「ほのめかす程度」つまり「進展はしない」と考えられますよね。
ここがポイントというか、この相談内でのポイントで、とあるシリーズもシャナも別に「恋愛」をメインに書いてるわけじゃないからです。
主人公とヒロインはやがてそういう関係になるけども、今は恋愛の話じゃないから恋愛は進展させてない。結果的に「ほのめかす程度」になってるだけ。

俺妹は総合的にみるとラブコメのようだし事実ラブコメだと思うけど、テーマとしては「ツンツンしてる妹がふと可愛く見えた」といった感じだから、うーん……
俺妹の場合はちょっと別で紐解いたほうがいいかな。
あくまで完結までを総合的に見て分解するとって話になるけど、俺妹の場合はまあ最終的にはシスコンの話になってるし恋愛要素がメインのテーマになってると思う。
そのテーマを分割して、段階的に恋愛に持って行ってる形、だから序盤のほうの巻はあくまで兄と妹の関係性をラブコメチックにした話になってると思う。

対してリゼロは未読だけども、とあるシリーズやシャナは別に恋愛がメインテーマではなく、とあるシリーズは不幸体質な主人公がトラブルに巻き込まれてそれを解決する話だし、シャナは特殊なヒロインの戦闘に巻き込まれた主人公が~って話。
どこに「お話」があるのか、と考えると、とあるシリーズもシャナも「恋愛」ではなく、「戦闘」にあるよね。
だから「ほのめかす程度」になってる。恋愛要素はアクセサリであってメインではないから。

こうした、一時期流行ってた「特殊なヒロインとボーイミーツガールして主人公が非日常に巻き込まれていく」って話は、一種のテンプレとして恋愛要素と戦闘要素が上手く組み立てられている。
一方で「俺妹」は「テーマ(恋愛要素)」を分割して段階的に恋愛へ持ってく形になってる。
結果的に両方とも「ほのめかす程度」だけど、構造は割と違ってます。

それで本題の「新人賞の公募作品では「ほのめかす程度」のほうが良いのか?」ですが、
端的に答えると、そんなことはないし、むしろちゃんとまとめられるなら割と勝機がある形かなと思います。
なぜなら、前述した通り「戦闘」と「恋愛」があるラノベの場合は戦闘がメインになりやすいので結果的に恋愛が「ほのめかす程度」になりがちで、そしてラノベの新人賞作品にはターゲット層的に「戦闘要素」がある作品の応募が多いから、恋愛があれば「ほのめかす程度」の作品が多いってことが予想できます。
その中で「恋愛」をちゃんと最後までやってる作品というのは少ないでしょうから、それだけで審査する編集や下読みの意識には残りやすい作品になるかなと思う。

でも、じゃあ、そこまでわかってるならオマエがやればってなると思うんだけど、単純に、これ難しいんです。
最初に書いた通り、メインは「戦闘」なので、あくまで要素の一つでしかない「恋愛」にそこまでページを割いたらメインが中途半端になるし、複数の要素を同時にやることになれば読者にも負担がかかるため読みにくくなってしまう。
セカイ系とかにすれば一つの要素にまとめられると思うけど、アイディアがあってもまとめる時点からもうすでにむずい。

なので
>やはり、ライトノベルでは一巻の段階で主人公たちをラブラブにさせない方がいいのでしょうか?
そんなことは全然ないし、そういう話であるなら面白味は押し出したほうがいい。
けど、そもそも「何を書くかによる」という話に戻って、例えば「戦闘」と「恋愛」の二大要素がある場合、どっちを書くのかって事になるから、メインが戦闘の場合は恋愛を書くとしても「主人公とヒロインはくっついてラブラブしてます」という事実のみで恋愛要素的な「恋愛」はあまり書けないんじゃないかなと思う。
例えば「主人公とヒロインのラブパワーで戦うおバカな内容」ってテーマなら、これは戦闘と恋愛を同時に書けるアイディアになるので、実現できると思う。
そういう、「何を書くのか」によるかな。

よくある巻き込まれ型の、ヒロインを切っ掛けに主人公が非日常の世界で戦闘をすることになる的な話の場合、「ほのめかす程度」を推奨するというか、アイディアがないと書く余裕がないから、書く余裕があるのだとしたらメインが薄いんじゃないかと心配したほうがいいと思う。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 一巻でラブラブになってもいい?

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元記事:お勧めの投稿サイトはございますか?の返信

このサイトは今止めた方がええと思う。場合によっては、今後もあかんかもね。

あー‥‥サタンさん覚えとる?あの人の他に数名へ、嫌がらせするために、誰かさんが「サタンさんの成りすまし」に化けて、元気いっぱいに迷惑行為したねん。
 で、今のところサタンさんや他の数名も、「サタンさんの成りすまし」に迷惑行為を受けた被害質問者も消えてしもとんねん。

「成りすまし」は圧倒的な最高の勝利を手に入れてしもたんよ。

ザマァとかお前yoeeeeeeとかm9(^Д^)プギャーとかの全部をひっくるめた完★全★勝★利★でもって【完全勝利ができる無敵の必勝法】を手に入れてしまった人間は、もう畜生道に堕ちる他ないんよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もし、「成りすまし」がお前さんを気に入らなくなったとして、お前さんがサイト内に作品投稿していて、その作品で受賞成功したら。

 「成りすまし」はお前さんに化けて作品の権利を主張したりするで。

『だいしゅきホールド事件』みたいなもんやね。お前さんが、某D氏並に変態嗜好なら見分けがつくかもしれんけど、見分けがつかなれば、ケチがついてしまったお前さんの受賞は取り消しや。

「成りすまし」氏は、もう成功体験があるから、やってしまえば絶対勝てる「成りすまし」殺法を使わずに暮らしていくことは、もう不可能なのよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
 でもって、自分も同じことを誰かにされるかも?と思ってしまうと賞への挑戦も満足にできなくなるやろね。一生ワナビー止まりで将来有望そうな新人潰ししかできない人間の出来上がり。

ここは今となっては新人潰しをしかねない「誰かさん」の王国なのよ。

上記の回答(お勧めの投稿サイトはございますか?の返信の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

ぶっちゃけ荒らしは迷惑なだけでどうでもいいんだけど、関わりたくないのは確かだから読むせんさんの想像通り返信しない人や過去ログのない新規の人など件の荒らしが擬態しやすい投稿には返信しないようにしてる。
というのも、管理人が対処しないなら利用者が自分で警戒するしかない、という判断でそうしてる。
なので正直荒らしよりも……ね。うん。まあ、利用させてもらってる以上はあんま批判はしたくないから、あくまで今あんま回答してないのはこういう理由よってことを書かせてもらった。

>お勧めの投稿サイトはございますか?
基本的には有名どころなど利用者が多いほうがいいよ。
ラ研は 書き手の視点での意見がもらえる というのが他と違うメリットだと思うけど、聞くところによれば鍛錬室もいまひどい状態だと少し前の相談にあった。
好評であれ酷評であれ、どちらにせよ正当な評価を受けられないのであれば感想の質の違いなど意味がないから、そういう個人の感情だけの感想をスルーできるなら、鍛錬室に投稿してみるのもいいと思うよ。
別に、投稿サイトはどっか一つしか利用しちゃいけないってわけじゃないんだからさ。
投稿サイトにもそれぞれ色があるから、なんなら目ぼしい投稿サイトは全部利用してみて、特色を肌で感じて自分に合った場所を探すのが一番いいんじゃないかな。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: お勧めの投稿サイトはございますか?

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元記事:インセストの物語の結末について

こんにちは、カイトです。
タイトルの件について、皆さんのご意見を伺いたいです。

インセスト、つまり近親相関というのが結構好きなネタで、何度か物語として形にしたことがあります。今回もそんなプロットを立てていたのですが、結末をどうしようか迷っています。

○簡単なあらすじ
奴隷の少女Aと貴族家の冷や飯食い末弟Bは、出会ってすぐにお互いに惹かれ合い、紆余曲折の上すべてを捨てる覚悟で出奔、新たな生活を送ろうとする。しかし、結ばれた二人が理想の家庭を夢見ていた矢先、ひょんなことから二人が生き別れの実姉弟と判明。信心深く遵法意識の強いBは涙ながらに二人の関係を諦めようとするが、破天荒な性格のAは「そんなの関係ないわよ、好きなんだもん!」とBを離そうとしない。

○さて、結末は?
①別れる
どうしても受け入れられないBがAの元を離れる。その際に死を偽装して、Aがいずれ自分のことを諦めてくれることを期待する。十数年後、こっそりAの元を訪れたBの前には、新たに夫と子どもを得た幸せそうなAの姿が映る。
②別れない
AがBを押し切った形で結婚し、子どもももうける。ただしBの希望で馴染みのある地から遠く離れ、文化も宗教も異なる国で暮らす。
③心中
結婚も別離も諦めきれない二人は、来世に夢を託し心中する。
④その他
ぜひご意見を!

○世界観
地中海沿岸地域がモデルの異世界が舞台で、海を挟んで文化が大きく異なる国々が隣接し、盛んに交流が行われている。
イメージは映画「十戒」や「ベン・ハー」。二つの映画の時代設定は千年以上離れているのですが、あくまでイメージということで。「太陽眩しい! 砂っぽい! 半裸!」という感じ。(「十戒」も「ベン・ハー」も、映画史に残る名作です。念のため)

個人的に推したいのは「②別れない」なのですが、多分読む側として納得できるのは「①別れる」なんじゃないかなと思います。私自身、ネタとしてのインセストは好きですが、実際に実弟とどうかと言われれば「鳥肌立つわ」と返すので。

ややデリケートな質問かもしれませんが、あくまで創作の上での話ということで、皆さんのご意見をいただけると嬉しいです。

上記の回答(インセストの物語の結末についての返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

私にも姉がいるので実際のところは「鳥肌立つわ」なんですが、そもそもそんな感じで受け付けない人はあらすじ読んだ段階でブラウザバックですので、読まないです。
つまり、作者として考えるべき「読者」はスレ主さんと同じく兄弟姉妹がいるけど物語として好き、兄弟姉妹いないからそういうのに憧れる、というターゲットになると思う。
なので
>多分読む側として納得できるのは「①別れる」なんじゃないかなと思います。
これは考えないほうが良いでしょう。
そのうえで作者は「別れない」を推したいのだから、「別れない」という展開を選ぶのが良いと思う。

ただ問題は、「その物語で何を表現したいのか」ってことで、表現の結果ないし結論ってのは言うまでもなくオチに表れます。
そのオチ(のシチュではなくオチそのもの)に迷ってるってことは「その作品で言いたい事」そのものに迷いがあるので、「コレを書くんだ」と決めたほうが良いと思う。

一応、第三者としてあらすじを読んで こんな感じで受け取ったよ という程度の参考としてですが、
「別れる」パターンでもBのAを想う気持ちが見て取れる。この場合は「愛情」が「恋愛」から「兄弟愛」へと変化したように見える。
だから、愛情は愛情でも「恋」ではなく「愛」なんだよ、って感じのことを言いたいなら「別れる」パターンの展開はベストだと思う。
一方で「別れない」パターンの場合は、純粋に「禁断の愛」を押し通してる気がする。それのみを追求して万難を排して結ばれるというのも良いが、この場合、Bの心情の変化(諦めようとしてたのが何故に結ばれる選択をしたのか)に焦点があてられるので、B主体の話になりやすい構図かなと思う。
また、Bの心情の変化に焦点を当てるってことはそこに面白味を持ってこなきゃいけないから、
えーと、すごーくベタな展開だと、Aに恋心を抱くライバルCがBと決闘をして、兄弟であることに迷いがあるBと純粋にAのことを想うライバルCの対比の構図を作って、Bが劣勢になることで倫理的道徳的な筋を表現しつつ、最終的にライバルCに勝利することで倫理や道徳を超えるBの感情を表現する、みたいな。
この手の話だと古典的王道として「倫理観・道徳観」を意味するキャラクターとして「ライバル」を配置することがよくあるよね。

まあともかく「インセスト」というか「血がつながってると知った上での愛情」的なテーマは感じた。
ただそれが「心中」のような悲恋になるのか、子をなして幸せになるのか、「書きたい事」はあっても「どう書くか」が決まってない感じ、なのかな。

正直、物語的には「別れる」のほうがテーマ性があってよいと思う。
けど、前述したけどこの作品の「読者」はそもそもインセストに嫌悪感がないというか「別れない」ほうに期待してるし、「別れる」の展開は超興覚めだと思う。
じゃあ「別れない」パターンのほうが良いかというと、書かれてる内容だけで判断すると、言っちゃなんだけど捻りもないし面白味が出せてないラストだし、えーっと、失礼を承知で言うけども、作者が書きたいことを書いただけで得るものが何もないラストだと思う。
ただ、そういう作品は読者が頭使わなくてもいいシチュに溶け込んで読んでりゃ楽しめるので、そういう作品が好きって人も多いと思う。
なので、言葉が強かったかもしれんけど、批判とか否定とかではないです。

結論としてどっちが良いかつったら、ターゲットとする読者はおそらく「別れる」を望まないし、作者としても「別れない」推しなんだから、作者が鳥肌立たない「幸せエンド」を組み立ててればよいのかなと思う。

聞かれてないけども、ほんですでに上で少し触れたけども、近親相姦がテーマにあるなら主たる要素の一つに「倫理観」や「道徳観」を象徴する物を作った方がいいね。キャラなり宗教など設定なり。
そうすっと、Bにとっては「ソレ」をどうするか・どう扱うか、がそのまま話の展開になるから。

カテゴリー : ストーリー スレッド: インセストの物語の結末について

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元記事:真似をすることは善か悪かというテーマにした物語がみつからない

真似や模倣は教育に繋がるといわれてるが、作品や学校とかで悪い部分を真似をしてる人がいるのに何故か真似をすることの善なのか悪なのかというテーマにした物語が探してもなかなか見つからないのですよ。
そのテーマが作者がつまらないと思ってるから作りたくないからなのか、それとも読者などが受けないからなのか、恵まれないのでしょうか?

上記の回答(真似をすることは善か悪かというテーマにした物語がみつからないの返信)

投稿者 読むせん : 0

日本語をあんさん使とるやろ?

あんさんが日本語を【模倣して】使用しとるねんで?例えば武道や華道なんかの道系も【模倣】させてもらって真髄を目指すんやん。

クラシック音楽や伝統芸能なんかは【模倣の美】によって構築されているし、ちゃんと正しく模倣し続けることで永続性ができる。変にアレンジできない完璧さ、どうやっても残り続ける原始性があるやろ。
ーーーーーーーーー
あとはロボットとかやね。ロボットの動きとか機械構造とかは実存生物の構造の模倣とかも多々あります。

鳥やトンボはなんで飛べる?とかを調べてトンボの飛行構造の模倣によって飛行機とかはできとるやん。

模倣って言葉を聞いた人間の「感覚の狭さ」を意識させられとるんちゃう?
ーーーーーーーーーーー
あとはアニメーションや漫画のキャラとかも偶像という模倣や。実写ちゃうもん

イスラム圏だと仏像の顔削ったりしとるやん?あれは仏像が「神の模倣」だからルール違反になるねん。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 真似をすることは善か悪かというテーマにした物語がみつからない

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投稿日時:

元記事:「創作は競争ではない」はどこまでが真実でどこからが嘘なんですか?

前に他の作家さんの文章力が高すぎて嫉妬する、
という相談をネット上(ここではなく)でしたところ、
「気にしなくていいよ、別に物書きの道は競争じゃないんだから」
と言われたことがあるんですけど、
競争ですよね?物書きの道って。

「物書きの道は競争じゃない」が真実だったら
新人賞でデビューをかけて何千人も応募して審査されて競ったりしないはずだし、
デビューしてからも生き残りをかけて売り上げを競ったりしないじゃないですか。
そもそもアマチュア作家の集まる小説投稿サイトからして、
作家たちはランキングで競争してますし。

それなりに実績のあるライターさんの発言だったので、
理解の足りない素人の発言として見過ごすこともできなかったのですが、
結局「創作は競争ではない」はどこまでが真実でどこからが嘘なんでしょうか?
純度100%の真実ではないことは確実だと思いますが。

あと「プロの作家も最初は下手だった」も純度100%真実、ではないですよね?
本当にそうならなんでデビュー作でいきなりアニメ化する作家がいるんだという話ですし。
最初から上手いじゃないですかあの人たち

上記の回答(「創作は競争ではない」はどこまでが真実でどこからが嘘なんですか?の返信)

投稿者 サタン : 2

物事の捉え方の問題かなぁ。
スレ主さんの言い分で解釈したら、世の中なんでも競争になると思う。

創作の世界は、割とお笑い芸人の世界と似てると思うんだよね。出版業界の中での作家の立ち位置も芸能界と似てると思うし。
中堅芸人が若手だった頃を振り返るトークをしてると、だいたい「あの頃はみんなギラギラしてた」とか「俺のほうがおもろいって思ってた」とか言ったりしてるの聞いたこと無いかな。
でも、そういう芸人さんたちって壁にぶつかったあたりで「それは違う」と気づくんだよね。
競ってもしょうがないって。自分は松本人志じゃないって。
確かに賞レースなんかもあって、実際、数限られるお客さんの取り合いをしてるわけだから競争っちゃ競争なんだけど、そして、そこで足掻いて競争を勝ち抜いていく意識もとても大事なのだけど、それは「そこまで」の事なんだよ。

創作の世界でも確かに競争はあるよ。競って切磋琢磨してより良いものを作ろうとしてるよ。若手新人は特にね。スレ主さんが言うランキングや新人賞なんかがまさにソレだろうと思う。
でも例えば、「ランキングで一位になりました」「新人賞で最優秀賞を受賞しました」とする。
「で?」
って話なんよ。
そのあとは何も約束されてない。
本当に物事のみかたの話なんだけど、この競争ってのはどっちかって言うと「切磋琢磨する」という事が主旨で、「誰が凄いのかを見る」ためのものではないんよ。
だから、その競争に勝ったところで実は何もないのよ。
そりゃ受賞した作品は本になるだろうけど、それだけよ。

別の例えをすると、この競争ってのは受験勉強のようなものかな?
模試やらなんやらで競い合って合格者って席を取り合うけど、例えばそれで東大に合格したとして、「で? そっからどうするん?」という話じゃん?
勉強って別に競争じゃないでしょ。学びたいことがあるから学ぶだけの話。
でも事実、学生は点数つけられて競争させられてるじゃん?
でもそれは、競争させられてる井の中にいる間だけの話で、「そこまで」の話なんよ。
そこから先、井戸から出たあと大海を知ったあとは、競争なんてことは数%もないって事に気がつくわけ。
まあ、別に競争が悪いわけではないし漫画家の手塚治虫みたいに負けず嫌いで生涯ギラギラしててもいいと思うけどね。

いまやってるその競争の先にはおそらくプロとしての活動が待ってると思うんだけど、プロにとって大事なのは「顧客が満足するモノを作ること」だから、そこに競争はないのよ。
ゲームシナリオなら製作側が提案したものを丁寧に形にすることが仕事だし、小説や漫画原作なら大衆読者が求めてるものを提案し出版社・編集部の要望に応えることがプロの仕事。
そこには「別の作家に勝てる作品を作る」という競争はほぼ皆無。そりゃ雑誌の中での人気とか書籍としての売上げランキングってのはあるだろうけど、それは一面から見た一つの結果でしかない。
まあぶっちゃけ、そこを割り切って達観できることは重要ではないし、人間だしそりゃ気になるのは事実だけど、そういう競争を気にする人はプロの作家としたらまだまだ若い・青いと言わざるを得ない。
なぜなら、がむしゃらに競争を勝ち抜こうと思えば手段は選ばないし視野が狭くなるので、まず自分の個性を活かしきれてない作品になることが多いため。自分の強みを出しきれてない創作作品は青い青い。

>あと「プロの作家も最初は下手だった」も純度100%真実、ではないですよね?
最初から上手い人間なんかいるわけないでしょw
でもそれが「はじめて世に出した作品」を「最初」と定義するなら、そりゃ前例は多くあるね。
例えば同人ゲームから世に出て一時的局所的に社会現象にまでなった作品で「ひぐらしのなく頃に」ってのがあるけど、この作者ははじめて作ったゲーム作品が「ひぐらしのなく頃に」で、徐々に火がついて完結するころには大ヒットしてた。
アニメ化もしたし漫画化もしたしゲームの移植も実写化もCRにもなった。
でもね、Wikiで来歴調べりゃすぐわかるけど、この企画・シナリオの人はもともと漫画や小説を書いて失敗しまくって戯曲を作ってそれも失敗して、と、かなりいろいろ挑戦しては破れてった人で、最初の頃は、当然私は当人を知らないから予想でしかないけど、最初はそりゃ下手だったろうと思うよ。

才能や目の付け所が違う人ってのは確かにいるけども、逆に、そういう才能ある人って下手くそな頃に「そこそこ上手い」のが作れちゃうから、それで満足して終わるか、周囲から褒められて成長がそこで止まっちゃうかで、大成しない事のほうが多いと思う。
私は創作界の底辺でひっそり生きてるけど、周囲にそういう人けっこういた。本当にもったいないなって思うけど、「そこそこ」上手く書けちゃうとそこで承認欲求とかが満たされるから、次のステージに行かないんだよね。
だから、そこで終わる人が多い。
「プロでも最初は下手」っていうか、下手でも上手くても書き続けるからチャンスが回ってきてプロになったって事。
「プロ」つまり「作家」になれるタイミングって、けっこう運だからね。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 「創作は競争ではない」はどこまでが真実でどこからが嘘なんですか?

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元記事:普段の日常会話は役立つ?

 人の話す機会を増やした方がいい、そうすれば自分の言葉が見つかるって言われました。
 人の会話は役立つのでしょうか?
 こっちは友達がほとんどいないので、話す機会がありません
 話す機会がないレジ打ちの仕事をした方がオススメだと言われました。
(今は農業の仕事をしていますが)

 もう1回言いますが、人と話すことは小説に役に立つのでしょうか?
 皆様の回答が聞きたいです

上記の回答(普段の日常会話は役立つ?の返信)

投稿者 サタン : 0

感性を豊かにする最も単純で身近な手段が会話なので、具体的に「どこが」というのは答えても伝わりにくいと思うけど、コミュ能力高い人は創作能力も高い場合が多いよ。

でも、そもそも創作っていうのは自己表現だから、コミュ能力高けりゃそれで満足できちゃうためにコミュ能力高い人はハナっから創作にハマったりはしないのよ。
というか、出版社経由で本を出す場合にも編集者とコミュニケーションとらなきゃいけないし、それが円滑であるほど編集はスレ主さんの作品に前向きに打ち込んでくれるし、編集者を介さず自力で仕事取ってくる場合はそれ以上にコミュ能力高くないと仕事を取れないから、人と人との会話は創作能力に必要で、その創作を続けていく事にも不可欠と言えるほどの要素かな。
言いつつ私はあんま会話が好きじゃないんだけどね。観察もよくしてるけども、それも好きかと聞かれりゃ別に好きではない。
イメージでは作家って陰キャが部屋で缶詰になってって感じあるけど、能力的には陽キャのほうが向いてるよ。
だって、現実で楽しい出来事があって楽しい会話が出来るなら、それを書き起こせばいいだけだからね。

ただ、あくまで創作能力だけで言えば、当人が会話すること自体・自分が発言すること自体はそれほど重要ではないと思うかな。
会話好きな人の近くで会話を聞いて彼らを観察してりゃ、繰り返しあくまで創作能力だけで言えば必要十分ではないかと思う。
発言自体は執筆でやるわけだから。

会話というのは、その効能というか会話が役立つことの一つとして、自分と違う人生を経験した他人って「自分一人じゃ絶対に思いつかないような言葉」を投げかけてきたりするのよ。
自分じゃ絶対思いつかない発言だから、その発言をもらって「その言葉について考える」という行為も、この人と会話してなかったら生涯その機会はなかったわけよ。
そういうのは本人にとって良い刺激になるし、考え方を変えないと答えが出なかったりして頭が柔軟になるし、
それはこういうお悩み相談な場所でもある程度は出来るから、スレ主さんもたまには回答者側にまわって、例え良い答えが思いつかないとしてもわからないなりに考えりゃ、考えることが大事だから、まずはそっから始めてみたらどうかな。
ネット上では人間観察の点ではやりにくいから全部ネットで対面せずカバーできるって事じゃないけどね。

カテゴリー : その他 スレッド: 普段の日常会話は役立つ?

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