第9回ネット小説
大賞に応募しようと考えているのですが、どのような作品にするか方向性がまったく決まりません。
自分の書きたい作品で良いのか、それともなろう受けの良い作品でないとダメなのか。
後者の場合は具体的にどのような作品がなろう受けが良いのか、教えて頂きたいです。
丸投げやな。
まず、どうしたいのかも書かれていないので、それも自身の中で決まってないように思える。
「~~のような作品でないとダメなのか」という文面から読み取ると、賞で何かしらの結果を残したいと考えているようですね。
特に目的意識を持たず書くのが好きだからとりあえず応募してみようと言う人もいれば、力試し的に書き上げたものを送る人もいるわけで、その中でもスレ主さんは「受賞したい」という意欲を持ってる方だってことでしょう。
当たり前のことだけど、受賞したいのであれば、受賞するような作品を書く必要があります。
まあ、中には受賞しそうにない大穴が当たることもままあるけども。
てことは、単純に受賞作の傾向を見て対策をもって作品の方向性を決めるのが結果を残す一番の道でしょう。
ネット小説
大賞は旧なろうコンテストなので、やはり現在もファンタジー
が強いです。
そういう流行路線で考えたほうが順位は上がりやすいでしょう。
また、これは私見が多分に含まれますが、
そもそも普通の新人賞は「次世代の流行を担う人材」を探すものですが、なろうのネット小説大賞は「今、面白いもの・今押せば商品になりそうな作品」を探す新人賞だと思うので、作者の個性よりも大衆の好みが優先されるのではないかなと思います。
それと同時に、書籍化・漫画化など商業化が考えられるので、しかしこれは逆を言うと「連載してて既にストックがたくさんある」という人のほうが不安要素も少なく商品化しやすいので、最終的なところでこうした要素が作品の良し悪しよりも評価につながることがあると思われます。
正直、今から準備を始めようってんじゃ、遅いと思う。
一方で、既に少し触れたけど、中には「受賞しそうにない作品が受賞した」ってこともままあるもので。
これは言ってしまえば一人の個性が大衆の流行を圧倒した結果、誰も予想してなかった方向から受賞作が決まるって形。
これには連載ストックも当然流行も関係ないので、インパクトとパワーのある作家の個性が大事になる。
具体的にどんな作品かは流石にわからんので、出来る助言としたら「自身の趣味を大爆発させろ」といった感じの、まあ好きなものを書く方向性だと思う。
ただ、この個人のセンスで挑む場合は、それで面白い作品が書けるのだとしたら、それはどっちかってーとネット小説大賞ではなくラノベ
出版社の新人賞のほうが向いてる、つまり「次世代の流行を担うような人材」なので、傑作が書けてもネット小説では受けが悪い可能性がある。新しいものはどうしたって賛否あるからね。評価するべき人間に評価してもらわんと結果は残せない。
なろう向けがどんな作品か、は、おまえ自分が応募しようって賞の作品読んでねえのに応募しようとしてんの? って話なので、自分で読んで考えましょう。
ファンタジーが多いな、主人公が強いものが多いな、ということくらいはわかると思います。
従来のものには安心感があるので人気が高いです。要するに王道やテンプレですね。しかし似たようなものばかりでは飽きるのも人情ですから、従来のものでありながら一個目立つ新しい独特なものを用意するのが、ウケやすいですね。
カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ネット小説大賞について
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よろしくお願いします。初めてこの場所を利用しますので、失礼がございましたら、申し訳ありません。
宗教を元ネタにする場合、何処まで、どんな扱い方ならセーフなのでしょうか?
元の形が匂えど、アレンジした状態なら? もしくは全く別物にしたなら?
一部だけを抜粋して、その情報に別の情報を肉付けして利用するなら?
こちらとしては、宗教の事柄や言葉、そういった情報そのまんま利用する気はなく、アレンジした、一部利用した、そのままみたく見えるけど意味合いが全く違う利用方法だった、などで、これ本家そのままですよ! というような使い方はしないつもりです。
こういった使い方なら許されるのでしょうか? もしくは、そもそも宗教を元ネタにすることは駄目でしょうか? 宗教関連を元ネタにする場合、注意する事柄を教えて下さい。
最近宗教ネタを扱おうって人ちょいちょい見る気がするけど、ぶっちゃけ、基本的には宗教ネタは一般人じゃ気が付かないところでデリケートな部分があるからやらんほうがいい。
そのうえでやるなら、そもそもこういうことは自分で判断できるくらいには、対象になる宗教のことを自分で知っておいたほうがいい。
どこまでなら許されるか、なんてのはピンキリで作品によって状況によって違う。
例えば仏教であれば昔の漫画作品で『あまえないでよ!』ってのがある。尼寺に修行しに行くことになった主人公のラブコメ
で、割とエロありの、まあハーレムだね。確かアニメにもなった。
仏教だと煩悩とからめてエロ展開と相性いいし、この例だけじゃなく割とある。けどもちろん仏教は煩悩を捨て去り解脱しましょうって教えだから、正反対の内容もいいとこ。
……どころか、そーいや気がついたけど坊さんをテーマにしたBLとか女子向けラノベ
とか1ジャンルを作るくらいに数があった気がする。
空海が悪者でしたって展開も読んだことあるし、織田信長が出てくるような作品では神聖な場所とされる比叡山が悪の総本山みたいな書き方になってるものもある。
またそれとは別のアプローチ、「モチーフにしただけ」という使い方では『鋼の錬金術師』で仏教の教えが使われてる。
「全は一、一は全」ってのは仏教の「色即是空、空即是色」がモチーフと思われる。色即是空の解釈はいろいろあるんだけど、その中にハガレンに出てきた解説とそっくりなものがあるので、おそらくモチーフだろう。
このくらいの利用で問題になった例は知らないけども、偶像崇拝を禁止してる宗教ではこういう「例え」もアウトになる可能性はあるから、この程度でもダメってこともある。
宗教はやらんほうがいいとは書いたけども、別にやりたいなら宗教を扱うことには何の問題もなく、やればいい。
その際の注意点は、出来る限り扱う宗教についての勉強をしましょう。当たり前だけど何がダメなのかは宗教によって違う。
日本の仏教や神道はむちゃくちゃおおらかだから、神道における最高神が死ぬ展開を書いたところで誰も問題にはしないだろうし、仏教については前述したけども、補足すると、日本仏教は結構流派が別れてて中には相容れないものもあるんで、仏教の流派を新しく創作しちまえば基本なんでも問題になることはない。
海外の宗教は、例えばキリスト教(っぽいキャラ)は漫画にもラノベにも多いと思うけど、確か漫画ヘルシングだったかな、吸血鬼に対する神父が銃を使ったことで「カトリック
は銃を使わない」と本物の神父さんがキレたことがある。
そういう「その宗教の常識」を知らないから怒られるし問題も起こるので、可能な限り調べて勉強しましょう。
……ちなみに、「神父」はカトリックで「牧師」はプロテスタント。プロテスタントは割と教派が多くて、教派によって違うことも多いので、ヘルシングも「銃を使う牧師」なら怒られなかったかもしれない。階級としては廃止されてるエクソシストとかも実例は多いし問題ないんだろうね。
宗教によっていろいろ違うんで、まあ、宗教をネタに扱うならせめて三大宗教については知っといたほうがいいんじゃないか。
カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: 宗教が元ネタ、どんな扱い方ならOKか
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こんにちわ、にごり酒と申します。
今書いているノベルに、非常に頭の良いキャラクター
がいます。賢者のような人なのですが、こういったキャラクターが頭を使ったり、本当に言いたいことを遠回しに言ったりするときに会話する描写を皆様ならどのように描かれますか?
拙い質問文ではありますが、もし宜しければご教授いただけると幸いです。
既に回答は出揃ってる気がするので繰り返しの回答になるけども、
結局のところ「頭がいい人」を書く必要はなくて、「頭がいいように見える」という演出をすれば良い。
これは今回のケースだけに限らないけども、なので日頃からのコミュニケーションで相手の「そういうところ」を見て自分の中にストックしていくのがいい。
物語の中でよく使われるテクニックとしては、何度か名前が上がってるけども「ワトソン役」を置くことですね。
ワトソン役は、ワトソンのようにホームズの凄さを説明していく専属キャラでもいいし、その時々で違うキャラクター
にワトソン役をやってもらうでもいい。
だから例えば、「頭のいい人が何か言う」「主人公はそれを理解できず疑っている」「頭のいい人が言った通りになり、主人公は彼の言葉の真意に気がつく」とか、この場合は主人公が一時的に賢者に対するワトソン役になってるわけですね。
もちろん、同じ状況でも「主人公は賢者を信頼するが、仲間の一人は疑っている」とかでも良い。
そこは「疑っている人物」のキャラも立つので登場するキャラを吟味しながら組み立てれば良いと思う。
これも例をあげると、「主人公に忠誠を誓ってるキャラクター」をワトソン役にした場合、彼は賢者の提言に耳を貸さないわけだけど、それは「主人公が賢者に騙されてるのではないかと警戒している」というように書けるから、つまり「主人公に対する忠誠心」を書けるため賢者だけでなく彼がどういうキャラクターかというキャラ描写にも使えるわけですね。逆に「主人公が信頼してる人物だから自分は賢者を信用しない」という小物キャラでもいいし。
更に「彼は賢者の言葉を聞かず痛い目にあう」「ピンチを主人公が助けてくれる」「賢者の言葉に従って事なきを得た」と展開すると、賢者の凄さがまず際立ち、彼の主人を想うキャラが立ち、主人公の活躍が書ける。
まあ、あまり同時にあれこれやっちゃうと本来の目的である「賢者の頭の良さ」の印象が薄れるので、もっとシンプルに「賢者の頭の良さ」だけを書いたほうが良いかもしれませんね。
例えば、頭の良さを表現するのに使い勝手がいいものは「未来予測」でしょう。
推理モノの推理ような過去の推測は意外とロジックを組むのが面倒で、でも未来予測は結果が当たれば良いだけなので結末を決めるだけで、適当に書けて楽です。
簡単には、競馬など賭け事が楽で、主人公や周囲の人間は熱くなってどの馬の肉付きが良いとか眼に気合がとか具体的な理由を持ってそれぞれ賭けるんだけど、賢者だけは「そうですねぇ、馬のことはわかりませんが……」とか言いつつ大穴を選ぶ。結果は賢者が言った馬が勝利して賢者の一人勝ち。そして「馬のことはわかりませんが、政治はわかるので。御前試合では王の権威にちなんだ名前の馬が勝つだろうと思いました」とかで終わる。
凡人は馬のことだけ見てたけど、賢者は大局を見ていた、という感じですね。競馬ネタは、まあ幕間の小話程度にしか使えんネタだけど、「未来予測」は戦争の勝敗なり政敵の動向なり殺人事件の次の被害者なり、結果さえ合えば「賢者の言う通りだった」って展開に持ってけるので、割と作者の脳みそを使わない「頭の良い人」を演出する手段だと想う。
この手段のデメリットとしては、前述した例の小話のように予測した未来の結果がすぐ判明するくらい短くネタを仕込まないと「頭の良さ」の印象が薄れちゃう。
「主人公はやがて大魔王を倒すだろう」とか先の長いこと言われると、同じ未来予測でも頭がいいってか占い師かよって印象になっちゃうため。
だから、「A国とB国の勝敗ですか、まあA国が勝つでしょうね」といった未来予測のシーンのすぐあとにでも「たったいま密偵からの報告が! B国が降伏したようです!」と展開させないと、その場で「おぉ、賢者の言った通りになった」って感じが出ない。
なので、長い物語の中に「賢者の頭の良さ」の演出を盛り込むのも良いけども、「賢者の頭の良さ」を書いただけの小ネタを適当なところに挟んでいくのが楽だと想う。
カテゴリー : キャラクター スレッド: 頭のいい人の思考を再現するには
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主人公の過去を描写するタイミングについて質問があります。
主人公の目的や考え方に関わってくるので必須なのですが、物語の途中で入れることが難しそうです。
このような場合、最初に主人公の回想を入れるのはアリですか。
ご教示いただければ幸いです。
また、最初に入れるとしたら、何ページくらいに抑えるべきですか?
冒頭に入れるなら、「回想」という形じゃなくて、過去の話だけで短編かってくらいにちゃんとまとめて置いたほうがいい。
既に指摘あるけども、序盤は読者は何も知らないのでそこにアレコレ情報を入れても興味ないしさっさと物語を始めなきゃいけない場面でグダグダしちゃうだけ。
だから、やるなら過去の話としてちゃんとまとめて、そこだけでしっかり話を始めて盛り上がりも用意して、ってやらないと難しい。
やはり途中に入れたほうがいい。
というのも、過去の話は物語に必要があるから書くわけで、てことは必要になるタイミングってのがあるし、そのタイミングでは読者の興味もあるため、率先して読んでくれる。
じゃあその興味はどのタイミングかっていうと、
>主人公の目的や考え方に関わってくるので必須なのですが、
とあるので、
「主人公の目的や考え方」に疑問を投げかける場面を作ると、そこが過去エピソードを語るタイミングになります。
おそらく本編を進めることに注力していて、主人公のキャラクター
には必要だけど物語には直接必要ではない過去エピソードが浮いちゃっててパズルのピースが上手くはまらないって感じなんじゃないでしょうか。
主人公の考え方に関わってくるエピソードってことなので、ようは主人公の考えとヒロイン(ライバル・サブキャラなんでもいいが)の考えが衝突する場面を作ればいいだけで、ページ数などの問題でない限りはそれほど難しいことでもないため、途中に過去エピソードを入れるタイミングを作るってことを試行錯誤してみたら良いと思う。
カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 主人公の過去描写のタイミング
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小説
を書き始めてから10年弱経っている者です。その間何年も小説から離れたり、数万文字書いたら数ヶ月離れたりしていました。
創作期間をギュッと纏めたら、恐らく1年にも満たないと思います。
本題ですが、私は長編小説はおろか、短編小説も書けません。
ショートショートも1年に2、3作書けているか、いないかといった現状です。
ここ最近、読書も映画鑑賞もできなくなり、一時間ドラマの内容も理解できなくなりました。30分アニメを再生する気力もありません。
パソコンをうつことはできているのですが、この相談を打っている間も、頭に霞が掛かっているような状態で、小説を書こうとすると、自分でも訳が分からなくなってしまいます。
とりあえず書けというアドバイスは色々なところで見かけるのですが、そもそも小説を書く気力が沸きません。しかし、小説を書かないと決めると凄く悲しい気持ちになります。
もう笑わなくなって何年にもなります。毎日消えたい気持ちと戦っているのですが、何か自分を楽しませるようなことをしようと思っても、趣味だったものが消えてしまいました。一番の趣味といっても良いのが小説を書くことだったのに。
ちなみに精神病院で行ったIQ検査で言葉の意味を理解する知能が一般より劣っていると言われました。鬱を発症しているのも原因かもしれません。
しかし、鬱は何時治るか分からない病気ですし、完治するのを待っている間に、唯一楽しかった小説を書くことをしたいです。
どうして気持ちが相反してしまうのか分かりませんが、どなたか似たようなモチベの下がり方をしたり、私の様に鬱だけど小説を書いている、知能が劣っているけれど小説を書いているといういう方がいましたら、またそうでない方でもアドバイスをいただけると幸いです。
正直、ところどころ共感してしまう。
言葉の意味を理解する知能が低いってとこなんて特に。
実を言うと私、会話できないんですよね。いや普通に会話してるんですけど、ぶっちゃけ相手の言ってることあんま理解できないんで相槌打って受け流してるだけで、内容まったく把握できてなかったりする。
それでもまあ、書いてるよ。
私も、かれこれ二十と数年書いてるけど、高校大学の頃は書いてないことが年単位であった。一番書いてたのが書き始めの中学の頃で、当時は日がな一日書いてたけどもその頃の情熱って意味じゃ今も取り戻してないよ。
私はもう、気の持ちようだって思うしかなかったかな。
例えばこの書き込みだけど、スレ主さんも回答してる私も、「書けるか」と言えば書いてるよね。
それも、私は割とこの板に長く住み着いてるけども、スレ主さんはまあまあな長さの書き込みをしてらっしゃる。
短い人はほんと三行とかで相談する気ねえだろって感じだからね。
だから、「書けるか」で言えば書けるんよ。
ならあとは「書く気があるのか」って話じゃないかな。だから気の持ちようだって思うしかなかった。
誰かに相談する気があったから、書き込んだんでしょ?
じゃあ、小説
を書く気があれば、その気が生まれてくれば解決するなって。
で。
ぶっちゃけ、その気が簡単に生まれてくれりゃ世話ないわけで。
少なくとも私の場合は、小説を書くときこう思っちゃってた。「これ書いて何か意味あんのか?」って。
当時の私自身の問いに自分で答えると、「意味なんかあるわけねえだろ。おまえは自分の人生にも意味を見出したいタイプか。おまえの行動に意味を見いだせるほど、世界はおまえに興味ねえよ」という感じ。
もっとソフトに言い換えると、
今日、誰かと会話しました? 世間話とか。その会話ってなんか意味あった? ないでしょ。
基本、これと同じで、つまり創作活動って会話と同じなんですよ。まったく意味なんてないし、その会話相手が気の合う人なら楽しいよねって程度のモンだと思う。
でも、会話と同じだからこそ、創作って作者が「何を言いたいのか・伝えたいのか」ってことなんじゃないのかなって思った。
いちいち説明するまでもないふつーの事なんだけども。
でもここで私が何を思ったかって言うと、
私、別に作品を作ってるわけじゃないのよね。ただ言いたいことを物語って形で独り言してるだけなんよ。
何かえらい高尚なモンを作ってるわけじゃないし、誰かが楽しめる何かを作ってるわけでもない。
私みたいな知能が劣ったお馬鹿さんに、大衆を楽しませるようなものを作るなんて狙ってできるもんじゃあない。
ただ、私の言葉が届いた読者がいるなら、その読者は読んでくれるだろう。そんだけ。
そんなんだから、趣味で書く小説で「作品を作ろう」と「面白い物語を作る」と、そう思ってた頃は、ほんと頭真っ白。なんも思い浮かばなかった。仕事では指示があるし書けてたんだけど。
私は、普通の人と人とのコミュニケーションに難があって普通の会話が出来ないから、物語を通して不特定多数の人とコミュニケーションを取ってるだけ。
作品を作るって感情は、私の中で知らずに気負ってた部分があったのかもしれない。誰かと話をするのと同じ感覚で物語を書き始めたら、段々とだけど、なんか上手くいくようになった。
カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 頭が真っ白になって一文字も小説を書けない状態が続いています
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