小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

サタンさんの返信一覧。最新の投稿順173ページ目

元記事:【確認】創作作品の作り方はだいたいこんな感じでFAでしょうか

※用語はすべて執筆者独自のネーミング・用法です

◇話の構造
作品の「ストーリー」は「レシ」「ナラティブ」「ディエジェーズ」の三つに分かれている。レシは文章等の表現技法であり、ナラティブは話の構造であり、ディエジェーズはテーマや価値観のことである。読者は主にナラティブを読むので、作者の好きなことや流行を主軸にし、読者をひきつける方法に落とし込むことで作ることができる。すなわち「作者自身の欲望」と「読ませ続けるためのもの」の二種が必要となる。
レシはナラティブを説明する部分であるので、対比構造等に着目して適切に言葉を選び、作者の伝えたいニュアンスに合わせて全体の文体を決定する。
ディエジェーズは作品を読んでから読者にそれを定着させる要素であるので、文学的な深さを必要とする。
作者は主にナラティブまたはディエジェーズから先に作り、多くの場合、レシによって他が決まることはない。

◇起承転結
ナラティブは3~4つ程度のパートに分かれている(今回は4~5つのパートに分ける)。結を除くそれぞれのパートはそれ自体の展開とそこから次へ繋がる部分という二つのパートに分かれている。

タイトル...最初にタイトルと説明欄があり、それらは読者に疑問を与え、期待させるものであるとよい。『異世界の名探偵』なら「異世界でミステリーをする話」であると分かる上、「この先どうなるのだろう」と読者に疑問を与えるような内容であるので合理的である。

起(前半)...読者に疑問や衝撃を与える部分。例えば、「うだるような暑さで目を覚まし、カーテンを開けると雪景色だった」という表現は、何が起こっているか分からないので読者に疑問を与え、次へと繋がる。このため、「男が二階から落ちてきた」を「春が二階から落ちてきた」とするように、レシの段階で臨機応変に情報を切り抜き、その後さらに、平時の文と違和感なくつながるよう適切にケアする必要がある。
起(後半)...話の流れを説明する部分。長編の場合、序盤に、この作品の大まかな流れはどのような構成になるか、リアリティとしてはどの程度かを説明することで、読者に安心感を与える。短編の場合は起の状況に対する具体的な説明の前に、状況に読者を慣れさせる。その過程で読者は薄々設定が掴めて来るので、新たに「では何故彼女は主人公に冷たいのだろう」「彼はなぜそこに居たんだろう」といった疑問を与える。

承(前半)...疑問を解くために具体的な説明が入るシーン。長編の場合、必要最低限の説明を行った方が話がスムーズに進む上読者の考察意欲を刺激する。これによって主人公の疑問と読者の疑問が一致している段階に入ると感情移入がしやすい。
承(後半)...主人公が行動するシーン。読者の目的と主人公の目的がほぼ一致していて、主人公の目的を遮るように障害が存在し、主人公は自らの手でそれを取り除こうとする。

転(前半)...今までの常識が覆される。すなわち主人公が負けるなどして承の流れに変化が生じるか、あるいは序盤で示された一見もっともな意見に穴が見つかるなどしてディエジェーズが揺らぐ。
転(後半)...今までに示された主人公の変化や成長の道のり、あるいはこの世界の思考の制約等によって、主人公が決断をし、状況を切り開くなどする。

結...日常が戻りつつも、主人公の変化などが起こっている。あるいは、ディエジェーズのまとめに入る。長編作品なら次の話への導入になり、短編作品等なら、ここで作者の欲望の一部が満足される。
嗜好はストーリーと関係なく挿入されることも多いが、ナラティブの結果の副産物として配置することで、作者のモチベーションに繋がる。

◇データベース
世界観や登場人物、人物同士の関係性などの設定(=データベース)はストーリーとは別に扱われる;すなわち、ストーリーはデータベースを表現するための一側面に過ぎない。
データベースは「キャラ」と「キャラクター」の二つの側面があり、後者がストーリーと不可分なのに対し、キャラは読者の二次創作などの多様な解釈が発生しうる。

キャラは読者に訴える部分で、ナラティブで描かれ、3つの要素が重要となる。

「ワンダーモード」...他と区別でき、場合により意外な一面があること。
例:「Kanon」の月宮あゆがたい焼きを盗んでくるシーン、「アイドルマスター」シリーズの登場人物のシルエットや属性の組み合わせ
「考証モード」...葛藤や実在感があること。
例:「ルパン三世 カリオストロの城」の終盤でルパンがクラリスを抱きしめようとするができないシーン、「鬼滅の刃」で甘露寺蜜璃にたいして紳士的な対応をするが直後に鼻血を出す竈門炭治郎、など
「文学モード」...ディエジェーズの中で対比的な役割を持っていること。

ワンダーモードはまた、ナラティブにおいては終盤と序盤に同じキャラを出すことによって読者に感動ややるせなさといった感情を生ませる。したがって、1.起として読者をひきつける役割2.読者に感情を与える役割の二つがある。
考証モードは人物や世界観等が実在しているように見せるためのものである。たとえばAIが発達した世界であるなら、「その動作原理はどのようなものか」「兵器に運用される可能性も当然あるが、作中でそうなっていないのはなぜか」「この世界で他の技術が発展していないのはなぜか」といったことを考慮する必要がある。文章にするとダレるので、たとえば考証モードとしての世界観を説明する役は起モードとしての登場人物にやらせる、というような工夫が必要となる。
文学モードは人物同士の相違点や共通点、関係性に相当し、ディエジェーズのための対比を形成する。また、例えば恋愛のような展開がある場合には、もしかしたら他のだれかと付き合っていたかもしれないという可能性を示唆することで読者の想像を刺激することができる。すなわち、1.ストーリーと不可分な部分2.読者による創造の余地がある部分の二種類を生む。

キャラクターは主に人物に存在し、主にディエジェーズの一部として描かれる(=ルーティンとしてナラティブに組み込むと不自然になる)。それは二つの要素に大別される。

読者からの不透明性...読者に人物の内面が完全には分からないということ。
本人からの不透明性...本人がその内面を完全に理解しているわけではないということが本人に分かっていること。

◇対位法・伏線
「対位法」は、ここでは、「読者に与えられる感情」と「作品の本当の流れ」の相違という意味で用いる。
たとえば「けものフレンズ」(2017)は視聴者にとっては少女二人の冒険だが、考察する人々にとってはそれはポストアポカリプスなどを想起させる。すなわち、深層の設定から話を進める最低限の要素を抽出し、残ったものの一部を視聴者サービスの範囲で画面の端々に配置するものである。

伏線による語り方は、読者に理解・記憶されている範囲で論理的に話を進める。すなわち、読者が感情移入される対象(≣「主人公」)が行動する範囲においては、いまだ出てきていない深層の設定や、考察しなければ分からないような設定によって物語を解決するべきではない。
また、主人公の行動動機は、その世界観の範囲で合理的である必要があり、そうでない場合は事前に説明を行うか、その世界観では異質であることをその場で明示する必要がある。

「伏線」は、1.読者に覚えられる2.忘れさせられる3.必要な時に思い出される、という3つの構成からなる。2が欠けていたり、3があっても回収されない場合は「布石」と呼ばれる。主人公がストーリーを進める場合は伏線や布石の範囲内で行わなければご都合主義となり不自然になる。

なお、絵画のように、その場の気分等により恣意的に設定が決められる場合があるが、これに関してはより複雑であると思うので判断を保留する。

◇対比
対比は、ディエジェーズを表現するため、または、ナラティブの特定のシーンやデータベースを引き立てるために使用する。対比がナラティブの範囲で不可能である場合には、レシの比喩表現によって表す。

対比はファンタジーや純文学といったストーリーに重点を置く作品では伏線や考証よりも重要であるが、逆にSFや推理小説では話の論理性を損ない、思考実験や頭脳戦といった要素の障害となる。

上記の回答(【確認】創作作品の作り方はだいたいこんな感じでFAでしょうかの返信)

投稿者 サタン : 7 人気回答! 投稿日時:

創作法は人それぞれなので、それで書けるのであればそれがその人にとっての正解でしょう。
私の場合はもっと単純化してるのでこれほど理数系の教科書か参考書のような考え方はしてないかな。

用語が独特で半分くらいしか理解してないと思うけど、おおかた間違ったことは言ってないのではないかなと思います。
ただ……
別にケチをつけるわけではないのだけど、こんな風に教科書的に考えてた頃が私にもあったしそれを文章でまとめてたりもしてたけども、
ぶっちゃけそれが役立ったことはないです。
というのも、「伏線」についての考察があるけども、この考察をしたからといってこの考察通りに自分の作品にすぐに応用できるものではないから。
>1.読者に覚えられる2.忘れさせられる3.必要な時に思い出される
どうやって覚えさせる? 印象的な描写は、効果的な演出は、この場合どういう場面が最適だろうか? と、そこが大事で、こうした教科書的な考察・思考はそういった具体性が欠けている。
2の「忘れさせられる」もどうしたら読者に忘れてもらえる? 1 → 2の行程は「覚えてもらう」「忘れてもらう」と真逆のことをする必要があって、そこにこそ技術が必要なのではないかな。
「さりげなく書いて覚えてもらう」とか考えてそうだけど、言葉では簡単だけど実行するだけの技術があれば、そもそもこうした思考で研究してないでしょう。その技術が欲しくて(実現させるため)探求してるわけだから。
3の「思い出される」というのもそうだね。どうやって思い出させるのか。具体性がない。
「伏線」についてを例に挙げたけど、最初から最後まで全部がこんな感じだと思います。
別の部分を例にすれば、
>転(前半)...今までの常識が覆される。
どうやって覆すのかが大事なんじゃないのかな。と。
具体性がないと参考タイトルを挙げても考察自体に再現性がないので、それを形にすることが出来ないと思う。

書かれてる内容は的外れではないし間違っていないと思うけど、「じゃあそれどうやるの?」という部分が決定的に欠けていて、この創作論を書かれた本人が物語構造の理解を深めるため自分だけに通用するノートを書いた、という感じだと思う。

人の創作論を聞くのは楽しいのですが、FAは無いし、あったとしてもその人の中だけのことかなと。
そこへ私の創作論をぶつけてもこんがらって大変だと思うので、全体的に見た印象からの気になったところ(具体性がないというトコ)を指摘しました。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 【確認】創作作品の作り方はだいたいこんな感じでFAでしょうか

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元記事:ファンタジーやメルヘンでのリアリティの度合いの決め方を教えてください。

SFが「嘘っぽくない」ようになるため、あらゆる論理性によって本当のように見せているのに対し、ファンタジーはそもそもそうした努力をしているのでしょうか。

ファンタジーの「嘘っぽくなさ」は、おそらくは形相によって保障されています。
つまり、石を削って彫刻を作る際には、その目的としての対象が存在しているのであって、作者が想像したり、観客がそれを見たりする以前からそこに存在し、作者はいわば観測者に過ぎないという考えです。
であればSFもまた、このような作り方でもいいはずです。「未来少年コナン」が「あり得ない動作を現実の動作の延長のように見せることで本当のように見せている」のは何故でしょうか。

SFがこのような手法を取る理由としては、たとえば読者に「自分にもできるかもしれない」「もしかしたらあの時こういう結末になっていたかもしれない」といった同一化を生む機能や、主人公の行動パターンを論理的にすることによって、推理に合理性を与えたり、あるいはその社会が持つ限界を明らかにして風刺等を行ったりする、といったことが考えられますが、そうした理由がなくとも有名なSFでこの手法を使っているものは少なくないように思えてなりません。

また、ファンタジーの方としても、ある部分はそうしたSF考証を行うことで「嘘っぽくない」ように見せながら、またある部分では、読者や視聴者には明らかに嘘であると明らかなものを見せることもあります。「精霊の守り人」において、序盤から幻想的な世界観が広がっており、読者にもこれが虚構の世界であると理解されますが、中盤には文化人類学的な「類感魔術」の要素が入っています。これらの描写の違いを決める線引きは何でしょうか。

さらに言えば、作品が本の中の出来事であると改めて明示することもあります。M・エンデの作品は言うに及ばず、絵本に描かれるファンタジーなどもそうです。ファンタジー以外でも、「この世界の片隅に」などは鉛筆を使った描写やコマが紙のようにめくれる手法などによってそれがなされています。これは一見、読者が作品から現実世界へと引き戻され、「嘘っぽくなさ」としても「形相」としてもマイナスの効果になると思うのですが、実際にはどのような効果を狙ったものでしょうか。

上記の回答(ファンタジーやメルヘンでのリアリティの度合いの決め方を教えてください。の返信)

投稿者 サタン : 4 人気回答! 投稿日時:

>SFが「嘘っぽくない」ようになるため、あらゆる論理性によって本当のように見せているのに対し、ファンタジーはそもそもそうした努力をしているのでしょうか。
こういう言い方はバカにしてるように聞こえもするんですが、ぶっちゃけ初心者ほどそういう努力をしてると思います。
魔法や世界観の設定をえらい細かく考えたりするでしょ。
書きなれてる人ほど、SFでも設定を考えこそすれあまり設定設定で書いたりしない。
というのも、物語にとって大事なのはそういう設定ではないし物語への没入感は「現実的にありえるかどうか」で得られるものではないためですね。
虚構だからこそ、作ってる人には最初から虚構だとわかってるからこそ、慣れてない人ほど虚構を覆い隠そうと「現実的な」という部分を必死になって考える。

物語への没入感を得るのは、単純にドラマ性の有無でしょう。
物語からドラマ性を極力排除して流れを作ると、これは歴史の教科書みたいになる。歴史は学術的に事実であると裏付けされた出来事なので、「嘘っぽくない」という事であればダントツなはず。
じゃあ、スレ主さんは歴史の教科書に対して、嘘まみれのラノベよりもずっと熱中して読めますか、ってこと。
「嘘っぽくない・事実のように書く」というのは実はあんまり大事なことではないのですよ。

ただ、SFってのはつまりサイエンス・フィクションであるので、科学的な要素に関して嘘っぽくちゃ話にならないってだけ。
だから紐解けば、本質的にはSFもファンタジーも割とおんなじよ。
「能力・機能」と言えばSFっぽくて、「魔力・魔術」と言えばファンタジーっぽいというだけ。
それを説明するガワの解説文で「能力(アビリティ)はパーソナルな認識によって発現する形が変わる」とか、「魔術の個性は血筋によって決まっている」とか、そういう「設定・テーマに対する色」がついて、それっぽくなっていく。

じゃあ、同じものであるなら何でSFのほうが説得力がある設定に見えるのかつったら、
これは単に作者にも読者にも科学的な基礎知識があるから、もともと持ってるイメージすなわち先入観によるところでしかない。というのが私の考え。
そういう前提知識が無い状態、読者の中にそれを作るところから始めなきゃならないファンタジーは、だから最初に躓くと「嘘っぽく」というか「初心者臭く」なる。
でも、最初に書いたけども、別にそれが物語への没入感に直結することじゃないから、例えば素人作品の なろう系 なんてのはそれでも受け入れられてますよね。

大事なのはドラマ性、物語性なので、つまり読者はキャラクターの活躍や衝突を読んでるわけで、形成する世界の非現実性は割とどうでもいいんですよ。
それはドラマを彩り舞台を支える要素の一つである大切な要素ではあるけど、そういうところが物語の没入感に直結するわけではない。
つまり
>作品が本の中の出来事であると改めて明示することもあります。
こういう作品は、世界観の舞台を「舞台」として利用してる作品ってこと。
演劇の舞台って、当然のことお芝居だってわかってて見るわけだけど、楽しめるでしょ。
舞台用語で第四の壁ってのがあるけど、舞台を飛び降りたり舞台から観客に問いかけたり、舞台が「舞台」であることを利用しての演出があったりする。
このあたりは理解を深めるのに大変役立つと思うけど、そもそも物語としての本筋はそっちじゃないと思うのでほどほどが良いかなと思います。

ぶっちゃけ、虚構を虚構でないように見せる「嘘っぽい・嘘っぽくない」という発想が、若い。
読んでる人が虚構を楽しめるようにしなきゃ。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: ファンタジーやメルヘンでのリアリティの度合いの決め方を教えてください。

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元記事:ファンタジーやメルヘンでのリアリティの度合いの決め方を教えてください。の返信

>SFが「嘘っぽくない」ようになるため、あらゆる論理性によって本当のように見せているのに対し、ファンタジーはそもそもそうした努力をしているのでしょうか。
こういう言い方はバカにしてるように聞こえもするんですが、ぶっちゃけ初心者ほどそういう努力をしてると思います。
魔法や世界観の設定をえらい細かく考えたりするでしょ。
書きなれてる人ほど、SFでも設定を考えこそすれあまり設定設定で書いたりしない。
というのも、物語にとって大事なのはそういう設定ではないし物語への没入感は「現実的にありえるかどうか」で得られるものではないためですね。
虚構だからこそ、作ってる人には最初から虚構だとわかってるからこそ、慣れてない人ほど虚構を覆い隠そうと「現実的な」という部分を必死になって考える。

物語への没入感を得るのは、単純にドラマ性の有無でしょう。
物語からドラマ性を極力排除して流れを作ると、これは歴史の教科書みたいになる。歴史は学術的に事実であると裏付けされた出来事なので、「嘘っぽくない」という事であればダントツなはず。
じゃあ、スレ主さんは歴史の教科書に対して、嘘まみれのラノベよりもずっと熱中して読めますか、ってこと。
「嘘っぽくない・事実のように書く」というのは実はあんまり大事なことではないのですよ。

ただ、SFってのはつまりサイエンス・フィクションであるので、科学的な要素に関して嘘っぽくちゃ話にならないってだけ。
だから紐解けば、本質的にはSFもファンタジーも割とおんなじよ。
「能力・機能」と言えばSFっぽくて、「魔力・魔術」と言えばファンタジーっぽいというだけ。
それを説明するガワの解説文で「能力(アビリティ)はパーソナルな認識によって発現する形が変わる」とか、「魔術の個性は血筋によって決まっている」とか、そういう「設定・テーマに対する色」がついて、それっぽくなっていく。

じゃあ、同じものであるなら何でSFのほうが説得力がある設定に見えるのかつったら、
これは単に作者にも読者にも科学的な基礎知識があるから、もともと持ってるイメージすなわち先入観によるところでしかない。というのが私の考え。
そういう前提知識が無い状態、読者の中にそれを作るところから始めなきゃならないファンタジーは、だから最初に躓くと「嘘っぽく」というか「初心者臭く」なる。
でも、最初に書いたけども、別にそれが物語への没入感に直結することじゃないから、例えば素人作品の なろう系 なんてのはそれでも受け入れられてますよね。

大事なのはドラマ性、物語性なので、つまり読者はキャラクターの活躍や衝突を読んでるわけで、形成する世界の非現実性は割とどうでもいいんですよ。
それはドラマを彩り舞台を支える要素の一つである大切な要素ではあるけど、そういうところが物語の没入感に直結するわけではない。
つまり
>作品が本の中の出来事であると改めて明示することもあります。
こういう作品は、世界観の舞台を「舞台」として利用してる作品ってこと。
演劇の舞台って、当然のことお芝居だってわかってて見るわけだけど、楽しめるでしょ。
舞台用語で第四の壁ってのがあるけど、舞台を飛び降りたり舞台から観客に問いかけたり、舞台が「舞台」であることを利用しての演出があったりする。
このあたりは理解を深めるのに大変役立つと思うけど、そもそも物語としての本筋はそっちじゃないと思うのでほどほどが良いかなと思います。

ぶっちゃけ、虚構を虚構でないように見せる「嘘っぽい・嘘っぽくない」という発想が、若い。
読んでる人が虚構を楽しめるようにしなきゃ。

上記の回答(訂正)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

>SFでも設定を考えこそすれあまり設定設定で書いたりしない。
いや、ハードSFになってくると設定というか解説解説で書いたりするか。それがSFの醍醐味の一つだし。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: ファンタジーやメルヘンでのリアリティの度合いの決め方を教えてください。

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元記事:異世界設定

異世界ファンタジー

魔法 魔術

それぞれ違いを教えてください

上記の回答(異世界設定の返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答! 投稿日時:

あなたが違いを作ってください。

それぞれ現実には存在しないものだし、英語で書けばどっちもMagicとなって、違いは日本語のニュアンスでしかありません。
つまり、あなたが書く作品内の世界観に合わせてあなたが勝手に違いを作ってください。となるかと思います。

参考までに自分の考えを書くと、
両方ともに「魔」という字を使うので、違いは「法」か「術」かってことになる。
「術」は「すべ」とも読む。辞典には「方法」「手段」「手立て」とある。つまり技術的あるいは学問的なものであると考える。
「法」は「法則」や「おきて・定め」「手順」とあり、また仏教においては「真理」「存在・現象」「儀式」とある。つまり個人が習得できるようなものではない定めのようなもの、と考える。

「法」については漠然としてるけど、例えば何らかの凄いものを見て、「魔法のようだ!」とは言うけど「魔術のようだ!」とは言わない。この違いだと考えてる。
私が異世界ファンタジーを書くに当たって魔法と魔術の違いを出すのであれば、「魔法を人が再現しようと探求したものが魔術という学問である」って感じにするかな。魔術で展開されるモノが魔法。ってかんじ。

再三に念押しするけども、これはあくまで私の解釈ね。こんな感じで自由に作っていいんだ、という参考であって、こういう構造なんだって参考ではないからね。
なので、スレ主さんの自由にご自身で勝手に違いを作ってください。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 異世界設定

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元記事:BL等の作品をどのように解釈するべきなのか

もしかしたらこのサイトの趣旨とはあまり関係のない話かもしれませんが、BL作品の「解釈」とはどのように行うべきモノでしょうか。それを知ることができる資料、または方法を教えて下さい。

私はPixivで2次創作小説を書いていますが、シチュエーションや絵面重視でキャラクターの行動原理や関係といった次元で作品を解析したことがありません。

そもそもそれは不要だとか、そうした「解釈」はただのこじつけだから文学的な価値はないだとか、そういう話は嫌というほど聞かされてきたのですが、正直それはやってみないと分からないし、他の多くの人がしている経験を自分もしてみたいという気持ちもあります。何より、仲間外れになっている気がしてなりません。

単にBLを沢山読めばいいというならそれでいいのですが、何冊読んでも一向に回路が開かれる気はしません。どこがどう良かったか、というのも分からないし、どうすれば「解釈をする腐女子」は喜ぶか、というのも分かりません。

流石に私も他の人が「最高かよ」と言っている画像に対して少なからずその人と同じ感情を抱いている気持ちはあります。でもそれは本当に同じなのか、具体的にどうしたら「最高」の条件を満たすのか、その画像のどこが「最高」なのか、といったことを、他の人ほど具体的に明文化できません。

ある漫画が「形骸的で無関係な要素」「通作品的で普遍的な作品の作り方」「作者の性欲」「作者の愛玩欲」「『解釈』の対象となるモノ」からなるとして、一番最後のモノだけを捉え、解釈するにはどうすればいいでしょうか。

上記の回答(BL等の作品をどのように解釈するべきなのかの返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

主語は「BL」でいいのかな。
明文化できないのであれば、まずはその明文化を試みるところからではないでしょうか。

ようは具体的に「ソレ」の何がいいのかわからない。けど感覚的には「良い」と共感できることもある。
つまり良いことは知ってるけど何が良いのかわからない。という状態。
なら、とにかくその感じてるものを言葉にしてくしかないでしょう。
抽象的でも曖昧でもフワッとしたイメージでも、箇条書きで書き出してみましょう。
箇条書きしたものはおそらく具体性がなく、「明文化」出来てないと感じるでしょうが、それで良いと思います。最初は出力することが大事です。

私はBLには興味ないので具体例が難しいですが、
まあやっぱ友情というか互いが互いを想う気持ちの部分は良いですよね。頬染めたりベタベタするような恋愛感情も絡んでくる演出が入るとBLに偏って、私は食指が動きませんが、その恋愛感情の一線を超えるか超えないかくらいの状況の頃はBL作品でも結構良いなと思います。
なので、私はBLのそういう部分は良いと思ってるわけですね。
すると私は、友達以上恋人未満な関係であればBL作品でもけっこう受け入れることがあるってことで、そういう関係性での互いが互いを想う(思いやる)気持ちが演出されてる作品は割と好きってことですね。
でも、そう思って考えて見ると上記した条件でもあざといのは嫌いなので、あまり無理のない関係性と演出になるので、となるとコレはBL好きを対象としたエンタメ性が下がるから別の要素でエンタメ性を盛り込んだほうがいいかもな。

えーと、私が書く場合のBL解釈の結論は、
そうだな、この二人の関係性は熟年夫婦のような焦らないゆっくりとした関係性で、そこを見てもらいたいしそこを書きたいので、この熟年夫婦のような関係性が想定読者に受け入れられるようなエンタメ性を用意し、「熟年夫婦のような二人」の良さをプッシュしていく。
という感じになるかな。
……考えによっては恋愛感情を超えないどころか飛び越えた極地にありそうだけども。

ともかく、「明文化できない」つまり具体性がない場合は、とにかく曖昧でもいいから書き出してしまい、それを客観的に分析していく。
自分はこういうところを良いと思った、ということは、こんなところに良さを感じているということだ、という感じ。
曖昧に書き出した文章の要点だけを抜き取って簡略化すると、自分で書いた文章の本質が出てくるので、まずは主観盛り盛りでダーと書き出して、そしたら客観的に文章を読み取って短く簡略化して自分で書いた文章の意図を自分で読み取る。
そういう自己分析をしていけば良いのではないかと思う。

まあ、自分なりのコツも書いておくと、要約したり言葉を変えてみたりするとなんとなく方向性が見えてくると思う。
前述した例の中で、私は最初に「恋愛感情の一線を超えるか超えないかくらい」と書いたものを「友達以上恋人未満な関係」と言い換えて最終的に「熟年夫婦」としています。
要約して言葉を変えて、最初に書き出した曖昧な「こういうのはいいな」というイメージを次第に明文化してっている、と自分では思っています。

カテゴリー : ストーリー スレッド: BL等の作品をどのように解釈するべきなのか

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元記事:物語の細部をどうするか

ただ今、王道学園恋愛ものを描きたいと思っています。ざっくりとした流れを考えた時、どう細部を決めていけば個性が出るのか悩んでいます。
流れ自体は非常にベタなので、どう詰めていけばオリジナリティを出せるでしょうか。
決めているのはここまでです。

登場人物:A、B、C(性別等未定)
※A視点

AとCのクラスに、Bが転校してくる。慣れない環境で孤立していたBに優しく接するC。AもCから聞いた印象からBに興味を持ち、仲良くなる。それはやがて恋愛関係に発展する。
ところが、以前からAに対して片思いを募らせていたCは嫉妬のあまりBの良くない噂をAに流してしまう。そのことで二人の仲に亀裂が走り、疎遠になる。
そんな中、Aの身に重大な危機が迫る。そこにBが現れてAを助ける。Bに惚れ直したAは、今までのことを謝り二人はよりを戻す。
Cも二人の愛の強さに根負けし、謝罪した上で二人の関係を認める。

上記の回答(物語の細部をどうするかの返信)

投稿者 にわとり : 2

 オリジナリティは意識して作り出そうと思わなくても、たいてい書いているうちに否応なく出てしまうものなので、あまり気にしすぎないほうがいいと思う。
 逆に、なるべくベタな展開を意識してディテールを詰めていっても、どこかしらで「ここはこうしたほうが面白いんじゃないか?」と感じる箇所が出てくるはず。それがあなたの個性になります。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 物語の細部をどうするか

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投稿日時:

元記事:公開済みの書き直しーブラッシュアップについて

みなさんこんにちは。
公開済み作品の書き直しについて、お伺いしたいのです。
伏線やキャラの追加など、本編に影響しないことが大前提で

・文章の流れを変える(テキスト順)
・言葉や表現を変える
・無駄な文章を削除圧縮、ついでに話数も削る

以上の様な、ブラッシュアップについてどう思われるでしょうか。
御意見をお聞かせください。

上記の回答(公開済みの書き直しーブラッシュアップについての返信)

投稿者 サタン : 0

>・文章の流れを変える(テキスト順)
>・言葉や表現を変える
この2つは文章をいじってるだけなので、正直、大した違いはないと思う。
文章を組み直すことで強調したい箇所を変えるとか、意図が伝わりにくい箇所を書き直すくらいの事はしますが、基本、作者の自己満足だと思う。

・無駄な文章を削除圧縮、ついでに話数も削る
こちらは、「整える」という意味で必要なものだけを残す作業をしているので読みやすさの改善にはなると思う。
でも、「削る」ことしか主眼にないような気がする。
物語の流れを考えて、俯瞰で見ないと。
それ自体はプロット作りの作業でも行えますから、推敲でしなくても良い事ですが、「完成品が既にある」という事のメリットは全体が具体的に見えるという事ですから、追加や入れ替えも視野に入れたら良いと思います。

大前提に「伏線やキャラの追加」は本編に影響するからNGと読み取れる事が書かれていますが、「完成品が既にある」という事のメリットを最大限に活かせるのが伏線の追加なので、少し考えてみると良いと思います。
例えば、クライマックスで主人公が大技を使うとして、「そういう技がある」という事を事前に匂わせるワンシーンないし一文を追加するなど。
終盤でラスボスの凄い秘密が暴かれるとして、ラスボスに秘密がありそうだと思わせるワンシーンを追加するなど。
キャラの追加も、中盤から出るキャラを序盤に「主人公と肩がぶつかった知らない人」くらいには追加したりする。
完全な新キャラも、序盤に出てくる名無しのモブに名前を与えて設定を追加し、終盤でちょっと出るみたいな事もすることもある。

自分の物語の本筋をよく理解してみましょう。
「のび太がいじめられる」「ドラえもんに道具を出してもらう」「ジャイアンに仕返しする」「調子に乗りすぎてのび太が痛い目を見る」
と、この流れさえ変更しなければ、何をしようとも本筋には影響が出ません。
ジャイアンの隣にスネ夫を追加したって、一人が二人になるだけで「いじめて、仕返しされる」という流れは変わりません。
なので、俯瞰で見て、私の場合は本筋の変更以外は割となんでもやっちゃいます。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 公開済みの書き直しーブラッシュアップについて

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元記事:接続詞について

小説家になろうの小説に、以下のような文章を見つけました。


冒険者用の装備を売る店はいくつかある。
 アカヤマ、アオキ、コソト……、それから身体の大きな種族に特化したサカアクやピューマ堂といった店が全国に展開している。

 しかし。
 どの店にいっても、ほとんどが男性向けの装備ばかりが売られており、女冒険者むけの装備は目立たない最上階の片隅にコーナーが設けられている程度だった。

引用元:
https://ncode.syosetu.com/n5920ex/7/

 リンク元をご覧いただくとお分かりの通り、短期間で人気を伸ばしたとても参考になりそうな小説です。このように接続詞の後ろに句点を置いて改行することは有効でしょうか?

 この小説では、ほかにも「〜に。」のように修飾する言葉に対してしばしば句点を打っていますが、このような使い方は読点を打つのと同様、強調のような意味合いがあるものと思われます。

 なろう小説のような小説は労力なく読めるよう文章が簡単になっているそうですが、「しかし。」と書くことで逆説であることが強調され、読みやすくなるのでしょうか?

 個人的に接続詞は省くものだと思っていた分、このように逆説であることをあえて強調することがどれだけ有効であるか、ご意見をいただきたく思います。

上記の回答(接続詞についての返信)

投稿者 あまくさ : 0

有効かどうかはケースバイケース、そして感覚の問題でしょう。正解は無いと思います。

接続詞の後に句点をつけるのは本来の使い方としては正しくありませんが、小説ではそう珍しくありません。効果としては「文意の強調」「文章にアクセントをつけてリズムを整える」など。

ちなみに引用元をかるく読んでみましたが、個人的な感覚としては有効に使われているとは思えませんでした。理由は、

◎文意の強調

冒険者用装備店に女性コーナーが少ないというのは「なるほど、そんなものかも」と思わせて面白いのですが、あくまで小ネタ。強調するほどのこともありません。女性コーナーが少ないことに何か重要な意味があるなら話は別ですが、前後を読んだかぎりではそんな感じでもありませんでした。
よって、強調としては無意味です。

◎文章にリズムをつける

これはそれこそ感覚の問題なので何とも言えませんが、個人的にはリズムのいい文章とは感じられませんでした。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 接続詞について

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