小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

サタンさんの返信一覧。最新の投稿順119ページ目

元記事:重要な話をされているので、ちょっとだけ失礼します

おはようございます。いくつか重要な指摘をされているので、横やりになって恐縮ですが少しコメントさせていただきます。

>これって実際には「文章」自体はそれなりに書けているんだけど、「流れ・シーンの繋がり」を上手く読者に伝えられてないだけで、「文章を書けない」って話じゃなく「物語を書けない・繋げられない」って話なんだけどね。

これはとても同感します。
この掲示板の相談にも文章力を気にする人がけっこういるようですが、「それって文章の問題じゃないんじゃないのかな?」と思うことがよくあります。そのパートで読者に何を伝えればいいのか考えれば書くことはある程度決まってくるはずなので、文章なんて自然にできあがるものだと。

それから、後半の「細かいこと」について一つだけ。
日本語って、現在進行している情景を普通に過去形で書けてしまいます。これは過去と言っても回想ではなく、「一瞬前の過去」と考えると分かりやすいかと。

例えば野球の実況中継。

「打った~!! 打球がのびるぞ! のびる、のびる、レフト下がる下がる、後ろを向いた~!! スタンドに飛び込んだ~!! ホームラン!!」

打ったのと打球がスタンドに飛び込んだのは、それを確認してから言っているので一瞬ですが過去は過去です。日本語はそういう現在に近い過去も普通に過去形で書くことができます。一方、打球がのびていくのは過程を見ながら言っているので、進行形です。
この文章全体は過去形の部分を含めて回想ではなく、起こっている出来事をリアルタイムに描写しているのは明白。

逆に、完全に回想として書かれている文章の中に、意図的に進行形の文章をまぜることもあります。これ、修辞学で「現写法(現在法)」と言うらしいのですが、ここぞというところで臨場感を出すためにわざとやるんですね。それほど難しいことではなく、書きなれた人はたぶん無意識にやっています。

上記の回答(重要な話をされているので、ちょっとだけ失礼しますの返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

補足ありがとうございます。
>「打った~!! 打球がのびるぞ! のびる、のびる、レフト下がる下がる、後ろを向いた~!! スタンドに飛び込んだ~!! ホームラン!!」
そう、それです。そういう実況中継を聞いててハッと気がついた事だったんですが、その例えが浮かんでこなかったw
「打った」これは過去のこと。
「のびる、のびる」=「飛距離が伸びている」という進行形。
「伸びたからスタンドに飛び込んだ」という結果。
一文の中でそういう起承転結=動きがあるから文章が映像になるんだな、みたいな。

でも「~~した」を完全に過去形と捉えると、仰るとおり「一瞬前の過去」だから過去には違いないんだけど「今」起こったことじゃない? って感じで過去形と断言するのはどーなんだろう。とは思っていたんです。
「~~する」も状況が違えば「している」という事じゃなくて「これからする=まだしていない」という事で、進行形ではないし。
……まあ、難しく考えて論理的な解答を得るよりも、習うより慣れろ、のほうが早いだろって話でやってきた(たぶんみんなそうだと思う)ので、実は説明出来るだけの言葉を持ってないという事にこういう場で気付かされるわけですがw

カテゴリー : ストーリー スレッド: 少しはマシな文になったかすごく気になる

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元記事:すいません、ガチホモ書きたいです!

 ()はいらんと思うけど、全体的に少しだけ背中を押してほしいです!
 一年近く自分の書きたい作風をちるちる(腐女子交流サイト。川柳コーナーが好物)で模索した結果、BLやジュネより、ガチホモ的な何かを書きたいのに気づきました。
 心理的描写を多く入れると、ヒロインとゴタゴタで共倒れを起こすこともありますが、なまじ心のつながりを書こうとするのが結局呪縛&足枷になっているのではないのかと思っています。
 巧くは言えませんが、匿名掲示板の広告みたいに「絶対におまえのになるもんか」「とんだ俺好みに~」「やめ、いやだ、死んじゃう」「●●は一生〇〇の(自主規制)です~」 みたいなのが書きたいわけではない感じ。
 昔も今もそういうのに背徳感(というより理性で書きたくない気持ち)を得て余計抜けられず過激方向にコマを進めたけど、マジで毒(目先でやりたいこと)だったって感じ。
 別に行きずりとかじゃなくって、固定なんだけど。
(現在宇崎ちゃんとかで性的消費とかが話題になってるけど、その辺上記の広告含めあまりつつかれないBLも対魔忍もビビッドも大差ないし、グロ系なんて自分でもオエッてなるのマジ勘弁してほしい。)
 巧く言えないけど、水紀の夢や鬱憤をキャラに押し付けるとかリハビリ目的でも胸クソすぎるんですよ。今は許せるにしてもあいつのコピーでもあるけど。ずっと保っていた男同士(会話が少ない主さんと丁稚くん)の心の距離感を崩すのは私個人としては最低の結末だと思っています。ヒロインの自己中KY憐憫なぐさめて発言でピンチにはなるのでそこを利害考えず互いにぶつからせていきたいです。
 顔を赤らめさすとかじめっとした距離感とかがマジでいらない感じ。
 男色は嫌いだと言ってた奴がゴリッゴリと呼吸をずらし無言で掘り進め、たまに「んご~ぁ」みたいなことを言う。はよ終われという顔をしている奴が声を出さず狭すぎる肩をひろげ発達した腕や脇で木板に押さえつける。でも依存していない。
強いていうなら、「やらないか」と阿部さん(呂)が道下くん(風)を偶然誘う。それが偶然数日~一週間おきにあるような感じ。
 瞬間的に言うならば、常習的にいきなりステーキの肉900gだけを注文しながら冷徹な経営観を持つオフロスキwみたいな距離感。
 これを書き上げることで、根本的トラウマのノルマ解消の可能性高し。
 問題は、ガチホモという線とはいえ大多数の腐女子受けは避けたい。ヒロインとの面倒含めて地雷であってほしい。いくらストイックを目指しても男性からは凄く嫌われる作風。
 暗黒微笑(だーくねすすまいりんぐ)キャラとして当初出していた呂玄の性格をもう少し素直に怒れるけどセコく老獪で笑わず、ひたむきで、怜火にはないタイプの(飾らず未病的に相手にあわせられる可能性を増やせる)優しさを知る性格にしたい。
 てのは置いといて、ようやく自分が抱えるクソキモさからも抜け出せました! けど雑食ながら自分の趣味(恋姫などユリ含むエロゲをはじめ、面白ければ何でも読む)とは線引いているっての絶対に相手に伝わらなさそうで怖いです。
 

上記の回答(すいません、ガチホモ書きたいです!の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

そんな貴方に、前から後ろに押してみる。

小説、創作するにあたってよく言われるのが「好きなものを書けば良い」だけれど、これは意外と難しい。
なぜなら、「それのどこがどういうふうに好きなの?」と問うと、具体的に語れるほどではない事が多いためです。
いやいや。好きなのは事実。
でも、「好き」ってのは「感情」で、感覚でしかないので、「好き」という感覚があるだけで人間は十分満足なんです。
それ以上に突き詰めてどれがどのようにと追求していくのは嗜好が偏ったオタクの中でもあまり多くない。
……だから、「好きなものを書けば良い」というのは至言なんだけど、実はけっこう難しい。多くの人は「感情」しか持ってないから。
それを文章にするには大いに頭を悩ませることとなる。

一方。
「嫌いなもの」は違います。
スレ主さんの書き込み内容を見ても、「こういうのじゃない」「こういうのはマジいらない」と、実に具体的に列挙していっている。「好き」の内容より多い文章量です。
さらに掘り下げれば割とどこまでも「嫌い」を語れるんじゃないでしょうか。
「嫌い」なものには「理由をつけたがる」ので、原因があるから嫌いだと解明しないと人間は満足できないところがあります。
そのため、「好き」よりも「嫌い」のほうがずっと詳しく書ける。
実際、「~~というのが書きたいわけじゃない」と書きたくないモノの具体例を出してる割には「こういうのが書きたい」という書きたいものの具体例は一切ない。

「嫌いなものを書く」というのは抵抗こそあると思いますが、アンチテーゼを主目的として作品を書くことは割とよくあることで、創作として間違っているわけではありません。
有名所ではメアリ・スーで知ってる人も多いスタートレックの二次創作作品ですね。嫌いなものをこれでもかと盛り込んで「こういうのはどうかと思う」と警鐘を鳴らした作品です。
そこまでいかなくとも、例えば王道BLを書いて、でも作者的にこういうのイラっとくるからラストは悲恋にしてしまうとか。
基本的に「読者」は「好きで読んでる」し、多くの作者もまた「好きで書いてる」ので、「好ましい展開」しかイメージがないんですよ。あくまで基本的に。
そこに「嫌いで書いてる作者の発想」は実に斬新で、上の例の場合は「そこで悲恋になるなんて」とショッキングな展開が印象に残り、個性的で独創的な作品に仕上がったりする。

人間のメンタル的にも、確か「好き」より「嫌い」のほうがエネルギーが強いという話を聞いたことがある。聞いたことがある程度だけど、確かになと思っています。
なので、もし、「嫌い」を書く気持ちが少しでもあれば、
「こういうの避けたい」「こういうのマジいらね」という想いを形にしてみると良いと思います。
世の腐女子に一石を投じてやるくらいの気持ちで「嫌い」を書けば、割と面白いと思いますよ。

「世の腐女子に~」とか「王道・テンプレが~」って感覚の人は多いと思うけど、こういう人はやっぱ自分の「好き」で書くので、好みが合わないと読まれない。読まれなければ主張も伝わらない。
でも「嫌い」で書くと、内容はパッと見で「王道BL」などなので大多数の好みに合う形なので読む人はそれなりに多い。ところがその小説の主張は「嫌い」なので、読者は作者の主張を理解する。
これは「なろう系が嫌い」な人のアマチュア作家にも言えるけど、まあ持論でしかないけど、こういうのは「好き」で書いちゃダメ。「嫌い」で書かなきゃ。

かなり話がズレましたが、どうも返信内容を読むと「その嫌いなの書いたらいいんじゃない?」と思ってしまうので、「嫌い」つまり「アンチテーゼ」を書くっていう、背中を押すどころか明後日の方向に身体を突き飛ばしてみました。

……もう既にだいぶ長い返信だけど、なんで私がそう思ったかを言ってないんですが、うーん。
個人メッセージのほうで会話した内容も関係してしまうので、かなり多くを伏せて伝えますが、そもそもキミ、ネトゥリャとジャンシェはBLではないし男色とは言えない、そういうのじゃない、と熱弁してたでしょ。
恋愛感情ではないし、肉体を求めているものでもない、って。そういう二次創作をされたら嫌だとまで言ってたし、そういう方針を取ることになった事情というかプライベートに関わることだから伏せなきゃならん話題だけど、私も納得して一年半ほど相談に乗ってたと思う。
ほんでいきなり「ガチホモ書きたい!」はねえわ、というのが本心。
少なくとも「呂」と「風」と書いてあるのはネトゥリャとジャンシェのことだと思うけど、これらキャラクターを使ってガチホモ書くのは止めたほうが良い。初心から大きくブレてる。軌道修正したほうが良い。
そのうえで「ガチホモ書きたい」のなら、それはまったく別のキャラクターを作ってやるべきでしょう。

ほんで、もー、正直、スレ主さんとは随分やりとりしたんで、ある程度わかってます。
会話の流れをぶった切ってまったく関係ない「いま私はこうしたい!」という発言をする場合、だいたい思いつきで言ってます。
それなりに想いは前からあったのかもしれないけど、唐突に書きたいと思ったのは最近のことじゃないかな。それは長続きしない。
つまり、その「好き」は長続きしないので、「嫌い」を書けば良い、という助言です。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 少しはマシな文になったかすごく気になる

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元記事:飽きっぽいんです・・。

皆さんどうも始めまして、Pixivにて小説を投稿している臍餅と申します。
小説のジャンルは所謂ケモホモ・・・と申しますか、まぁ、そういう獣人同士の同性愛を描いた小説が主でして・・。一例を置いて置きますので興味があったら是非ご閲覧くださいませ。
・・・さて、皆さんに本題ですが最近小説で行き詰ってまして・・。
それはずばり、「飽きっぽい」んです。
シナリオを書いてから小説本文を書き始める性質なのですがそのシナリオさえ途中で億劫になって投げ出してしまう・・という事になってしまって居まして・・。
ご意見よろしくお願いいたします・・。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9704917

上記の回答(飽きっぽいんです・・。の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

個人的な経験則でしかないけど、「飽き性」という持病の解決方法は「飽きる前に急いで完成させる」以外にないと思っています。
なので、早めに完結させられるシナリオテイストでストーリーラインを作ってしまうのは効果的でしょう。

しかしそれさえ完走できなくなっているとすると、更に早く組み立てる手段を探すか、あるいはそもそもそうした方法論の話ではない可能性、という考えが出てきます。

まず「早く組み立てる手段」については、物語を単純化してシンプルにシンプルにと突き詰めていけば「一行の文章」にまで詰められるので、方法としては簡単です。
地の文の描写や言葉選びや演出などを省略してのシナリオテイストだと思うので、基本的に考え方はこれと同じ。
物語にとって必要なものだけ残して余計なものは極力排除していけば自分に合った「素早く組み立てる手段」が見つかるでしょう。

次に「方法論の話ではない可能性」ですが、
エロ本、ないしスレ主さんが書いてるタイプのジャンルって、小説として「物語」よりも「それがどうエロいか」みたいな演出特化の創作物なので、考え方の第一歩からけっこう違うと思うんですよね。
なので、シチュのイメージを強く持って、ストーリーは二の次にしたシナリオテイストのプロットを組んでみたら良いのではないでしょうか。
既にそれを実行していて飽きるというなら、まあ、なんつーか、スレ主自身がその程度のエロでは満足できなくなったって部分があるので、新しいよりエロな「インプット」をする必要があるかと思います。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 飽きっぽいんです・・。

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元記事:ファンタジー小説のキャラにも、ハリウッド映画のような有色人種枠、LGBT枠は必要?

だいぶ昔に、「キャラが美形ばかりだと問題あり?」という悩みを投稿した、あっしと申します。
今、構想を練っている現代ファンタジー小説の登場人物についての悩みをご相談させていただきます。
その小説は現代の東京を舞台に、主人公の日本人、準主人公のアメリカ白人が活躍する予定です。

しかし、最近米国映画界で言われている「LGBT」「ポリティカル・コレクトネス」に敏感になってしまい、「白人がいるなら黒人も出さなきゃ!」「誰かをLGBTにしなきゃダメかなぁ?」と悩んでいます。

現代日本を舞台にしたファンタジー小説にも、今の時代は「有色人種枠」や、「LGBT枠」が必要なのでしょうか?
外国人キャラの代表として白人が登場するなら、黒人、アジア系、ネイティブアメリカン系、イスラム教徒等も登場させなければいけないのでしょうか?

上記の回答(ファンタジー小説のキャラにも、ハリウッド映画のような有色人種枠、LGBT枠は必要?の返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答! 投稿日時:

特に気にする必要はないでしょう。
というのも、それらは商業作品で、もとから「どう売ってくか」が前提にあるものだからです。
そうは言っても商業作品も創作作品も、結局売れれば同じ本棚に並ぶし、同じもんだろ? と思うでしょうが、スタートラインは明確に違います。
一応、「面白い」より「売れる」を重視することに対して侮蔑があるわけではありません。商業するなら「売れる」は大事。

例えば、黒人蔑視の映画を撮ったとして、それを「黒人の社会」に売り込むって事がどんだけ大変かってのは言うまでもないですよね。
だから「売り込める要素を残しておく・用意しておく」ということをしないと、企画段階でどれくらいの売上になるだろうかという試算が出来ないんですよ。
物語のヒットなんてある程度は計算できるけどやっぱ運によるところも大きいわけで、でも商業でやる以上はそもそも「これくらいの収益が期待できます」と提示できない企画に誰が金を払う(スポンサーになる)んだって話なわけです。
ぶっちゃけ、人権に配慮した気遣いじゃないです。こういうのは。
特にアメリカの映画制作は人集めや金集めの段階から日本とはかなりシステムが違うので、こうした「売りやすい配慮」がないと映画が作れないって事も多い。
そうしないと製作資金が集まらないからです。
「白人が主役だから上司のいいヤツキャラは黒人にしないと道徳的にフェアじゃないよね」なんて話ではありません。
一つ勘違いしないで欲しいのは「売れやすい配慮」じゃなくて「売りやすい配慮」なので、こうした配慮が作品の人気を高めているわけではありません。
まあ、作品を売らなきゃならない営業の人からは人気があると思いますが。

さて一方、商業として企画していない作品は、そんな事考えなくても作品を作ることは出来ます。
作者が書きたいものを書けばいいだけですから、当然の事ですよね。
で、例えばその作品が大ヒットして映画化する、商業作品として売り出すぞという「企画」が立つと、その次点で「じゃあどう売り出そうか」って話になって、黒人の追加だとかLGBTと思わしきセリフやシーンの追加だとか、そうしたことを決める会議が始まり、このとき決める、というわけです。
もちろん、原作から何も変えたくないって主張することも出来るので、別に会議で追加・変更しなければならなくなる、という話ではないですよ。

商業作品として企画がスタートしているならこのような悩みは持たない、というかそれこそ会議で発言してそこで結論出せって話だし、創作作品なら好きに作ればいい話で悩む必要はないので、すると「あわよくば」という漠然と商業を視野に入れてる創作作品であろうと思う。
個人の作品であっても既に自身の作品で商売をしている人なら企画段階からそうした事は考える必要があると思いますが、それは言ってしまえば「自分が営業しやすい作品の設定」であれば良いので、この場合もやはり悩むことは無いでしょう。

となると悩んでる時点で、そんな人権や性差別問題に配慮するよか優先すべきやることがあると思う。
商業を視野に入れてるとして、でも、そういう事を考えるのは商業ベースに乗ったあと。それ以前はどうやったら自分の作品が売り物になるかを考えるべき。
なので、特に気にする必要はないでしょう。
こういうのは別に「作品の質を高める配慮」ではないので。

否定的な意見になってると思うので、一応肯定的な意見も。

しかしながら、「そうした配慮」をすることで元々の作者の感性にないバラエティに富んだ配役やキャラクター設定が出来るということも考えられるので、一概に否定できるものではありません。
「白人が登場するから……じゃあ黒人もどこかに配置しようかな」という発想は無かったわけでしょう。
本来は「日本人の主人公とアメリカ人の白人」というだけ。
そこに「黒人をどうやって入れるか。やっぱ白人に負けず劣らずのポジションがいいな」と考え、「じゃあ、白人の義父を黒人にしよう」と考えたとする。
そうすっと、黒人の父に白人の息子という「面白い組み合わせ」が出来る。
じゃあ、宗教はどうだろう。
「父は仏教、母はユダヤ、姐がキリストで弟はイスラム、そして自分は無宗教」という設定。どんな家族だよ、とツッコミが入るほど「面白い組み合わせ」です。

別に無理にやる必要はないし、前述した通り人権や性差別に配慮とか気にしなくていいんだけど、「登場させなくてはならない」と考えることで作者の脳内にある事、それ以外から何か持ってくる事になるので、作者自身が予想もしてなかったバラエティに富んだ設定が出来る。その可能性はあると思います。

なので、結論としては、「配慮」という意味なら気にする必要はまったくない。けどアイディアの取っ掛かりとして、そうした配慮を利用するのはぜんぜんアリ。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: ファンタジー小説のキャラにも、ハリウッド映画のような有色人種枠、LGBT枠は必要?

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元記事:完成した小説のブラッシュアップについて

初めまして、JACKといいます。質問したいことがあり、投稿させていただきました。
私は、教師が主人公の小説を書いています。大まかな内容としては、悩み事を抱えている生徒たちを不器用ながらも一生懸命に主人公(教師)が解決させていくという内容です。
私自身、初めて長編小説を書き上げたのですが、想像していたものと違い、全体的な話の流れやヒロインの可愛さが上手に伝えれていないように感じました。
そこで、書き上げた小説を改稿していこうと考えているのですが、皆様がやっている改稿方法など教えてもらえないでしょうか? よろしくお願いします。

上記の回答(完成した小説のブラッシュアップについての返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

私の場合は、程度があります。
誤字脱字の修正や文章を変更する程度のものから、物語の印象がガラッと変わるものまで。まあ後者はブラッシュアップの域じゃないと思うけど。
なので、作者がブラッシュアップでどうしたいのか、を汲み取っての回答になりますが、「ストーリーの大幅な変更をせず、キャラクターをもっと印象づけたい」と読み取って答えてみます。

まず、大前提としてキャラクターが上手く伝えられてないのは単純に「キャラが立ってない」から。
物語の本筋のストーリーを進めることに気を取られてキャラクターの「らしさ」を印象づける・強調させるエピソードを組み込んでいないため。あるいは不足しているため。
でも、ぶっちゃけページ数など規定がある場合は省略せざるを得ない事も往々にしてあって、書きたくても書けない場合もある。そういう場合はキャラが出せそうなシーンを選別して書き直したりします。
今回は規定の事や、趣味で書いてるだけなのか新人賞に応募するつもりなのか、そういうところもわからないので、ページ数は気にせずシーン追加の方向で説明すると……

……うーん……っと……
初めての長編ってことで、小難しいことはあんま言いたくないのですが、
とりあえず、物語を箇条書きの4・5行で書き出してみてください。
箇条書きのポイントは「物語が動く場面」を書き出すことです。
例えば「教師が悩んでる生徒を見つけて相談される」相談されたから話が次に動くので「教師は自分がなんとかしなければと思い、生徒の自宅へ向かう」……という感じ。
まあコレは細かく書きすぎた気もするのでこんな調子じゃ4・5行でラストまで書けないだろうけど、目安程度の参考で。
ほんで、
これは何をしてるのかっていうと、「教師が生徒の悩みを聞く」と「生徒の自宅へ向かう」の箇条書きの間、この箇条書きの行間が「エピソードを追加できる隙間」で、まあ別にシーン追加するならどこでもいいんだけど、正確には「エピソードを追加しても本筋のストーリーがブレない場所」という感じの追加ポイントです。
で、今回は「キャラ」の話なので、ここでキャラの性格を強調できるエピソードを追加します。
例えば「相談された教師は教頭に報告するも適当にあしらわれ、憤慨する」という感じ。
整理すると、「生徒に相談される」「教頭に報告するがあしらわれ憤慨する」「自分がなんとかしなければと思い、生徒の自宅へ向かう」という感じでエピソードを追加できる。
状況としては「教師である主人公は教頭の態度に怒った!」というだけなので、「生徒の悩みを解決する事」とはほぼ関係してなくて、本筋は一切変化しません。

このエピソード追加のコツは、キャラを立てたい場合、立てたいキャラの「感情」を書くのが一番手っ取り早く読者に伝えらるので、喜怒哀楽で表現できそうかどうかをまず考えると良いと思う。
例えば今回の例では「教師が憤慨する」という場面だけど、これは(詳細わからないので勝手なキャラ付けしたけども)「生徒想いで熱いor真面目な先生だ」ということがわかります。
教師が何に対して怒ったかを書いたわけですが、結果は「怒り」だけでなく教師の内面を描写することが出来るわけで、すなわちキャラ描写が出来ていて、キャラが立ってきてる場面づくり、と私は考えます。
なので、相談内容は教師のキャラでなく女生徒のキャラなので、まあ相談内容にもよるけど悩んでる以上は「悲しい・心配・不安」そんな感じの感情から攻めて見るといいんじゃないでしょうか。

それで「全体的な話の流れが」という言葉もあるけど、さて。
4・5行で「物語が動く場面」の箇条書きを書け、と前述したけども、その箇条書きが「全体の流れである」と理解できると思います。
これは、ちょっと極論でもありますが、「本筋以外のものを削ぎ落としてブラッシュアップしまくった結果、その場面の4・5シーンのみが必要なシーンだ」という事です。
執筆済みの本編に入り込むと、この「箇条書きにした場面」が上手く流れてなくて目立ってないために、全体の流れが不安定に思えるのだと思います。
単純に考えると「◯◯したから次の展開☓☓へ」「☓☓したから次の△△へ」という流れが(箇条書きにした4・5行で)出来てれば、基本的には上手く流れてると判断して良いと思います。
なので、まずはそれを確認し、問題がありそう(わかりにくい、繋がってない、など)なら改めてみると良いでしょう。
ここを改める、ようは「本筋の流れを変える」と、当然のこと物語は大きく変わるので、最悪は変更箇所からラストまで全部書き直しになります。
でも、ある程度経験を積めばわかると思うのだけど、小手先で流れを良くしようと思うとかえって混沌としてしまい、いっそ書き直したほうが早かったりするので、切り捨てるときは大胆にやったほうが良いこともあります。
もっとも、そうならないのが一番なので、そういうことは最初に考えてしっかり物語を組み立てます。それを「プロットを作る」と言います。

すこし話は戻ってキャラ立ちの話をすると、
私は、キャラを立たせるには「感情」を書くのが一番だよ、と書きました。
でも、普通、人間ってそんな露骨に感情を表に出さないですよね。
感情を出すのが一番キャラがわかるんだけど、それをやりすぎると露骨すぎて不自然になってしまう。てか情緒不安定なキャラになってしまう。
そこで自然な「感情」を出すキーになるのが、サブキャラなどの人間関係です。
今回の例では「教師」が「教頭」に対して怒った。二人の性格や考えが違うために衝突して、教師は怒るわけですが、この「衝突」の事をコンフリクトと言って、映画の脚本術などで良く使われ、日本では翻訳の関係で「葛藤」と書かれていたりします。
で、この「葛藤・衝突」は、キャラの場合、当たり前だけど「性格が違う二人」といったほうが衝突しやすい。
例えば古典的なのは「優等生の風紀委員と劣等生の不良」みたいな凸凹な組み合わせ。
こういうのは衝突しやすいから感情を書きやすくて、つまりキャラが立ちやすいため、王道としてよく使われているわけですね。新米刑事と熟練刑事の組み合わせとか。
なので、キャラを出しにくい場合はサブキャラを上手く使うと良いし、サブキャラはメインキャラの感情を自然に引き出せるキャラクター性のほうが良いわけで、例えば主人公の友人やヒロインの友人など、物語にはあんま関係ないけどメインキャラの身近な人間のキャラというのにも少し目を向けてみると良いかもしれません。
キャラが変わったり追加されたりすると作中のセリフがあちこちで変わるわけですから、修正が面倒くさいですが、キャラの性格が変更されたり追加されたりするだけなので物語にはほぼ影響はなく、感情を出しやすくなる、つまりキャラが立ちやすくなります。

ほんで、じゃあオマエ本当にそんなこと毎回やってんのか、って言うと、昔はやってましたが、今はやってません。
そもそも「全体の流れが良くない、どうすれば」とか「キャラが立たない、どうしたら」と考えて考えた結果、「こうすればいいんだ」と答えを得たわけで、
「プロット」の話の時に書いたけども、その「こうすればいいんだ」という答えは書き終えた後のブラッシュアップでするんじゃなくて書き始める前のプロット段階でする事だと気がついたので、今は完成後にジタバタする事は少なくなりました。
まあ、それでも執筆途中にテーマが変わってることに気がついて半分書き直しとかはやっちゃう事もあるので、そういう時にはやってますが、基本、ブラッシュアップは「余計な部分の削除」と「誤字脱字のチェック」くらいなものです。
見ての通り、私は同じ事を何度も言ったり余計な例を持って長々と説明したり、イラン事が多いので、ブラッシュアップではガンガン消していってます。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 完成した小説のブラッシュアップについて

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元記事:海外ドラマの知識をベースに

中学生の頃から警察系のアメリカの海外ドラマやロシアやフランスのマフィア系、警察系の映画(米)がずっと好きで見ていて好きな作品ならセリフを暗唱できるくらいの映画や海外ドラマのファンです。
海外ドラマのような仲間との関係や恋愛政治的な駆け引きをベースに、アクションのストーリー描きたいと思っているのですが、小説は5年以上前に数十冊読んだことがありません。
文章を書く仕事(広告系)をしているので文章表現や幅には多少の自信がありますが、小説を書くためにはやはり何百冊と小説を読むべきでしょうか?

わかりにくい質問で申し訳ありません。

上記の回答(海外ドラマの知識をベースにの返信)

投稿者 サタン : 0

そりゃある程度は読んでいたほうが良い。
というのも、表現方法というのは絵には絵が得意な表現があるし映像には映像が得意な文章には文章が得意な表現がある。
好きなものが主に映像であると、映像的なイメージを持って話を構成してしまうけど、それは文字に起こしたとき「映像だからわかりやすく面白い表現だった」というものがわからないまま映像イメージを文字にしてしまう、文章が得意な表現に変換できない、変換するという発想さえ持てないので、イメージを完全に文字に起こせたとしても首をひねる結果になるだろうと思う。
だから、映像と文章の変換を知る意味で小説はある程度読んでいたほうが良いと思う。

ちなみにここで言う「文章の表現」というのは何も言葉の選び方とか美しく読みやすい文章とかそういう話ではなくて、物語や文章自体の構成の話でしかない。
ぶっちゃけ文章自体は下手でもいいと思うし、仕事で文章を書いてるならそれで十分な素養は培っていると思う。
結局のとこ文章って作者が言いたいことをどのようにまとめるか、ってのが上手さになるから、語彙が豊富だとか比喩表現の引き出しが多彩とか、そういうのは武器にはなるけどもともとの攻撃力にはならないっていうか。
文章が上手い人、読ませる文章を書く人って構成力が凄いからね。

だから、そういう文章力的な意味で言えば、別にそんな本読んでる必要はないと思う。
ただ、繰り返しになるけど、映像には映像の、文章には文章の得意分野があって、書きたいことに対してどういうアプローチをしているかってのは映像と文章とで違うから、じゃあこの映像を文章で表現するにはどうすればよいかっていう理解は必要だし、それが出来ないのなら出来るようになるまで小説を読んだほうが良いと思う。

例えばアクションを書きたいようだけど、文章は「動き」を書くのが苦手だから派手なアクションというのが読者に伝わりにくい。それはどうするか。どう表現すれば派手さが伝わるか。読者が退屈しないか。
絵や映像が一番得意なところが、小説は一番苦手。
小説はどちらかと言うと「静」の描写が得意だから、映像の画的には動きのないつまらない場面でもキャラクターの心理状態とかを書いていくことで面白くできる。
だから、派手なアクションシーンを想定していても、それとは別に心理的な駆け引きをメインに置いてアクションだけどアクションには頼らないシーン構成をする。爆発とか銃声とかはキャラの心理や状況の描写に使いリンクさせることで派手さを演出するとか。
もちろんこれは私が適当に考えた答えの1つであって、正解ではないよ。
自分でそういう答えを出せるのか、って話ね。

こういう考えが持てるのであれば、文章的には仕事で使ってるくらいで全然問題ないし、であれば、なんとなくだけど割とすぐ書けるようになると思う。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 海外ドラマの知識をベースに

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投稿日時:

元記事:キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離について

初めての方は初めまして。前回のスレッドを読んでくださった皆様はお久しぶりです。
今回は前回とは別のキャラクターに関しての質問です。
前回のスレッドで話した小説の読み切り外伝を書いて、同じ知人に見せたのですがまた主要キャラをケチョンケチョンにされました。
ちなみに今回も女性キャラです。

今回話題にさせてもらうキャラクターはアンジーと言いまして、一人で旅をしている女性剣士です。
キャラクターとしてはとても正義感が強い子です。
この外伝のオープニングは、彼女が子供を養えなくて苦しんでいる一家の事情を聞き、食料を分け与えるというものです。
その一家の父親から悪徳上司に理不尽な賃金待遇で働かされた挙句、ならず者を後任にされて追いだされたという話を聞くと彼女は怒り、一人でその悪徳上司のところへ向かいました。
それから後に主人公一向が来て、父親から一人で戦いに向かったアンジーを助けに行くよう頼まれた主人公は助けに行き、彼女と共闘して悪徳上司と部下のならず者を成敗します。
その後の流れは今回の話題と直接関係性がないことなので、省略しますが、最終的に一家の父親はもっときれいなところへ就職できたというオチになります。
(改めて書き出すと、なんかストーリーが初期の北斗の拳に似ていますね)

で、長ったらしく前置きしましたが、ここからが本題です。
このアンジーは誰にでも好かれるようなヒロインになれるように設定を組みました。
それで自信を持って出来上がった原稿を知人に持って行ったら、信じられない暴言を吐かれました。
『俺はお前の小説のキャラクターを好きになったことは一度もないが、この前のラスボスも含めてここまで気持ち悪いキャラを作るとは思わなかった』と、彼は言ったのです!!
何故気持ち悪かったかを聞いてみたら『頭の中が他人の事一色で生きるために最低限持つべき私利私欲を持っていない』『こいつの正義は偽善的すぎる』という風に言われました。
特に不満に感じたのは助けに行かないといけなくなったことで主人公達に、結果的に迷惑をかけたことらしいです。
でも、それだからってここまで酷評されるとは思えませんでした。

これは単純に読ませた相手が悪かったのでしょうか?
それとも彼女は本当に問題があるのでしょうか?
もしよければ、また皆様のお力を私に貸してください。

上記の回答(キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離についての返信)

投稿者 あまくさ : 0

先の書き込みに「ご都合主義」と書いたのが誤解された模様なので、一応、補足を試みます。

作者と読者の認識の乖離は、むしろある方がデフォルトだと考えておいた方がいいと思いますよ。
作者が「このキャラは、こういう性格にしよう」と考えて造形しても、読者は必ずしもそのように感じてくれるとはかぎりません。
ですから、「こういう性格にしよう」ではなく、「どう書けばそういう性格だと読者に伝えることができるか?」を考える必要があります。

スティーブン・キングが、作品の批評を他人に求めたときの心得について書いています。
仮に、10人に作品を読んでもらったとして、まず全員に対して微笑し「なるほど」と言いなさい、と(笑
次に、不本意な意見を言われたとき、それが10人のうち一人なら無視してもかまわない。ただし、3人以上から同じことを言われた場合は、どんなに意外な指摘であっても作者の方が間違っている可能性が高い。その部分は真剣に検討して修正しなければならない、と言うんですね。

マリンさんの御作の場合、酷評は複数の方のうちの一人だけだったということですので、上記の無視してもかまわない部類に入るのかもしれませんが……。
しかし、キングの説は多少盛った言い方をしていて、おそらく人数の問題ではありません。作者が心外と感じる意見を軽視するなと警告しているのだと思います。

私はここ数年は本サイトの投稿室に作品を出していませんが、以前は20作以上投稿し、感想は200以上書いています。その経験上、

>信じられない暴言を吐かれました

>でも、それだからってここまで酷評されるとは思えませんでした。

と仰っているのが気になったのです。
批評する側、批評される側共に多くの経験をしましたが、作者がそういうふうに感じることって実は珍しくないんですね。
まったく予想しておらず、見当外れとしか思えない批評こそ、注意しておいた方がいいですよ。

乖離はデフォルトと認識してください。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離について

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投稿日時:

元記事:天皇について作中で触れることの可否

 お久しぶりです。大野です。

 質問内容は大体タイトル通りなのですが、いくつか補足をば。
 俺はいま、『現実世界を舞台にしたファンタジー物』を書いているのですが、オリジナリティを出来るだけ削って、実在の伝承・神話そのままの魔術・魔法・妖怪・神などが登場する作品を考えています。
 ただ、日本全体にやや右傾化の風を感じているので、天皇をどこまでネタにして良いのか、という所。

 その中の一環として、主人公に乗り越えさせる壁が大きすぎる場合に『それ、神様が解決すればよくない?』となるのを回避するため、『天皇は神ではない』というのを書こうと思っています。
 ただ、俺は実家単位でリベラルーーっていうか左寄りの界隈の人間なので、『別に左寄りではない読者』に受け入れうる展開・内容であるかに結構自信がありません。以下のような内容は受け入れられるのでしょうか?

①天皇について作中で触れる事。
②っていうか、まあ正直アホみたいだと思ってるけど『陛下』ってつけないこと。
③天皇が神ではない理由:『古事記』において『ニニギ(漢字は読みづらいので略)が石長比売を追い返したため、永遠の命を失った』という項目を、『人間にされた』と拡大解釈。憲法については触れない。

 ここまで三つは比較的受け入れられるかな、と俺は思っています。

④天皇制についての批判。主人公(及び作者)が捻くれているため、キャラ的に言うと挟まざるを得ないが、許されるのか。
 ④-A 批判内容としては、『天皇個人は尊敬するが、制度そのものについて言うと人権を踏みにじるような物である』という程度の事。
 ④-B 副次的に、主人公が『陛下』と尊称を付けないことについて、『「陛下」というのは王につける言葉だ。そういった押し付けをするのは、天皇に勝手な義務や期待を押し付ける言葉であって、民主主義社会の人間としてふさわしくない』と言う事。
⑤並びに、制度そのものに問題を感じている主人公が制度擁護派を『正直馬鹿だと思う』と言う事。

 以上、五点です。
 身内であれば政治家だろうが金持ちだろうがスパスパ悪口を言うのですが、当然表の場に出せないことは承知しています。その上で、皆さんだったらどこら辺まで受け入れられるか、というのを聞いてみたいです。

上記の回答(天皇について作中で触れることの可否の返信)

投稿者 あまくさ : 0

いろいろなことがゴッチャになってしまっている。大きく分けて、二つの混同がある。

天皇制そのものの問題。
天皇制批判は政治的プロパガンダがらみで語られることが多い。
この二つは地平の違うことです。

また、芸術的表現と、エンタメとしての創作表現。どちらが上等とは思っていないけれど、手法や受け手側との距離の取り方が根本的に違う。

   *   *   *

天皇の写真を焼くことが非礼で問題ならば、八百屋のナカムラさん(仮名)の写真を焼くことも同罪だと考えます。

間抜けな日本人と言われたら私も日本人だから腹は立ちますが、間抜けと言われてストレートに怒ると間抜けに見えるので、もう少しスマートな対応を模索したいとは思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 天皇について作中で触れることの可否

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投稿日時:

ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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