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元記事:横槍ですみませんが、さすがにそれはちょっと。の返信

デビルマンのことを抜きにして本作のテーマを語るなら「人は人を助けないのが当たり前。自分の身は自分で守るのが当たり前。だから主人公がくだらない理由で異世界の人間を見殺しにして元の世界に帰っても、特にクソ野郎というわけではない」といったところですね。

上記の回答(横槍ですみませんが、さすがにそれはちょっと。の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

なるほど。

>自分の身は自分で守るのが当たり前。

それは当然だと思います。

>人は人を助けないのが当たり前。

助けたくなければ助けなくてもかまいませんが、別に当たり前だとも思いません。助けたければ助けてもいいじゃないですか?

まあ、

1)(自分の身は自分で守ることができるから)自分は誰の助けも受けない。

2)だから、他人を助けることもしない。

この二つがしっかりセットになっているなら、いいんです。立派な覚悟とさえ言えます。

ただ、人間は病気になることもあるし、どんなに強くても例えば一人で大軍を相手にしたら常に勝てるとはかぎらず、重傷で動けなくなることも有り得ると思うんですよ。
病気や怪我で一時的に戦う力を失っているときに、かつて見捨てた者達の手に落ちて、報復のために凄惨な拷問を受けるという事態も有り得ますよね?

貴方の主人公は、抵抗するすべも無く眼をえぐられ、鼻を削がれ、睾丸に針を刺されても、自分は誰も助けず誰の助けも求めない者だとうそぶいて、誇り高くなぶり殺しにされることを選べる人間ですか?
「人は人を助けないのが当たり前。自分の身は自分で守るのが当たり前。」というのは、そういうことですよ。

そして。

>だから主人公がくだらない理由で異世界の人間を見殺しにして元の世界に帰っても、特にクソ野郎というわけではない

覚悟があるならそれでもかまわないのですが、「くだらない理由」は「くだらない理由」ですからね。「クソ野郎」とは言われると思いますよ。
しかし、クソ野郎と言われてもいいじゃないですか。それが、その主人公の信念なんだから。

たとえなぶり殺しにされようと、ふてぶてしく笑って受け入れる覚悟があるのなら人間は何をやってもいいんです。
しかし本当にそういう主人公であるのなら、「クソ野郎」と言われたところでビクともしないと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 許される見殺しと許されない見殺しの違い

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元記事:許される見殺しと許されない見殺しの違い

「異世界転移した者が元の世界に帰るっていうのは、異世界より元の世界での生活の方を優先するということだが、まったく悪いことではない。『元の世界に大切な人がいるから』みたいな大層な理由ではなく『早く帰ってAV観ながらオナニーでもして~』とか『単にめんどくさいから』みたいな超個人的な理由でも、だ」をテーマに「異世界転移した主人公が『だり~めんどくせ~わけわかんね~』とか言いながら異世界に興味を持たずさっさと元の世界に帰りたいとしか考えず、最後は放置しておいたら異世界の人間が何人も死ぬような問題が残っていても全く関心を持たず元の世界に帰っていく」という話を描いたら「この主人公薄情だな」と言われてしまったんですがなぜでしょうか?
漫画版デビルマンの主人公はサバトでデーモン化を免れた人間がいても見殺しにしましたがまったく批判されず、サバトでの見殺しに関しては後ろめたさとは無縁のヒーローとして扱われてますよね?
心当たりとしては「他の異世界転移ものは主人公が異世界に関心を持ってなんやかんやするって話が多いから、ここまで主人公が異世界に無関心で帰れるようになったらさっさと帰るって話はウケが悪いのかも」と思ってるんですがどうなんでしょうか。
ついでに聞かせてもらうと、ドラクエ8のストーリーを「賢者の子孫見殺しツアー」とか揶揄する人がいるのはなぜでしょうか?
あれだって漫画版デビルマンが許されてることを思えば何もおかしくないと思うんですが。

上記の回答(私もデビルマンのファンです)

投稿者 あまくさ : 4 人気回答! 投稿日時:

デビルマンは確かに好例ではあるかもしれないので、それに即して考えてみます。

サバトシーンは単行本全5巻の版の場合、第1巻のクライマックスだったと記憶しています。優しく真面目な高校生だった主人公がデビルマンに変身し、まさに悪魔さながらとも見える凶悪な姿で殺戮含みのバトルを始める。衝撃的なシーンでした。

さて。
あのシーンで見殺しにされていた人間達は、すべてモブです。そして、モブなので描写は浅いですが、作者の意図として「低劣で、けして善良とは言えず、殺されても仕方がない者達」と設定されていたことは読めば明らかです。デーモンとの合体が始まるまえには、酒を飲んで無軌道に盛り上がるうちに、飛鳥了に意図的に挑発されたとはいえ笑いながら主人公に暴力を振るったりもしていましたよね?

現実に「殺されても仕方がない人間」がいるかどうかは置くとして。

デビルマンという作品のエンタメ・ストーリーとしての仕掛けは、そういう配慮がなされていました。そこがまず重要です。

永井豪はもともと反モラルの設定や描写のうまい作者ですが、それでも少年マンガ誌に連載されたエンタメストーリーですから、敢えて言えば「偽善的」なエンタメの定石はきちんと押さえてあるのです。

しかしながら。

あのシーンをさらに子細に検討すると、やはり際どい要素はあるんですね。

見殺しにされた人間達は笑いながら主人公に暴力を振るっていましたが、根っからのチンピラ悪役でもありませんでした。
せいぜい少し思考の浅い甘やかされた若者達というくらいで、デビルマンを誕生させるための飛鳥了の企みに踊らされ、異常な状況の中に誘導されて我知らずのうちに暴力的になっていたきらいがあります。日常世界に戻れば、不良とは言えそう悪くもない若者かもしれないと想像させます。

並のエンタメに登場するヒーローなら、そういう者達は一時的に暴力的になっていても見殺しにはしないという「定石」が確かにあります。
永井豪は、そこは大胆に踏み越える作者なので、おそらく堕天使さん自身が読者としてあのシーンに感銘を受けたということなのではないでしょうか?

しかし、あれはなまじっかな書き手に真似のできる力業ではありません。現に永井豪のアシスタントから独立した石川賢が『聖魔伝』という神と悪魔の善悪の関係を逆転させた世界観で長編を描いていますが、『デビルマン』の迫力には及ぶべくもない出来でした。

デビルマンに戻りますが、漫画版第2巻以降も読まれたでしょうか?

主人公はデーモンと合体して以降、風貌も一変してしまい、人間を守ろうという意志も保ちながら、時に体内で悪魔の血が騒ぐと言います。それに悩む様子はあまりなく、バトルとなればまさに悪魔さながらの凄惨な戦いに身を投じることも多いです。

しかし、愛情の対象である牧村家の人々には最後まで優しいですし、最終巻の途中くらいまでは人類を全力で守ろうとする姿勢も捨てていませんでした。

あの主人公のそういう部分にも注目されているでしょうか?

最終巻では、サバトの若者達が見せた「人間の弱さゆえの醜悪さ」がサタンに利用され、人類全体が共食いのような自滅に追い込まれるという展開でした。主人公が愛した牧村家の人々さえ狂った民衆に惨殺されてしまったのを目の当たりにしたとき、主人公は初めて人類を見捨てます。

ヒロイン牧村美樹の父母を悪魔と断じて拷問死させた悪魔狩りの政府関係者達を、主人公が焼き殺すシーンを覚えていらっしゃるでしょうか?
そのシーンで、政府関係者は主人公に命乞いをします。デビルマンである主人公の姿を見てデーモンの襲撃と勘違いし、「ここで殺した奴らは調べたら皆デーモンじゃなかった。ただの人間だった。我々はデーモンは殺していない。お前達が望むように人間を殺しただけだ。だから許してくれ」と言います。
その姿に主人公は怒りを燃やし、「俺は体は悪魔になった。だが人間の心は失わなかった。貴様らは人間の体を持ちながら悪魔になった。これが俺が身を捨てて守ろうとした人間の正体か」と叫びます。

2巻以降のこれらのシーンにも注目した上で、サバトのシーンをもう一度読んでみてください。
最後の最後に主人公が人類を見捨てた醜さの片鱗が、あのサバトシーンですでに描かれていることに気がつかれるでしょうか?

見殺しにされる人間はそうされても仕方がないと読者に感じさせる力。非情に見える一方で、優しさや志の高さを読者にしっかり伝える、描写とストーリー力。

それらがあったからこそ、多くの読者はデビルマンの主人公に共感し、支持したんです。
堕天使さんは、ご自分の今の実力で、それが実現できると思いますか?

いや、堕天使さんが永井豪にも負けない創作者を目指すという意欲をお持ちなら、それは素晴らしいと思います。応援します。
ただし、相応の研鑽は必要であることを覚悟してください。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 許される見殺しと許されない見殺しの違い

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元記事:物語作品の「何が駄目なのか」が読者視点で分からない

 こんにちは。今回も軽めの相談的なやつなのですが、変な内容かもしれません。答えにくかったらすみません!

 私は読者としての視点で物語作品を読む(もしくは見る)とき、どんな作品でも基本的に面白いと感じてしまう困った感性を持っているんですよね。

 一般的な感性を持っていないからなのだと思ったのですが、何を読んでもつまらないと感じないんですよね。まぁ自分の書いている作品が全世界ナンバーワンの駄作だと思っているから、必然的にそれ以上は全部面白いと感じるってだけ……とも思うのですが、こうなると一つ怖いことがありまして。

 世間一般でいう「つまらない作品の、つまらない展開」を面白いと感じてやってしまうのではないか、ということです。これは書き手として致命的だと感じております。かといって、他の人の作品が滅茶苦茶に言われているの(ダメ作品まとめ動画的なのや、ネットでバッシング受けているのとかはキツいです……)を見るとめっちゃ悲しくなって泣いてしまうぐらいアレなので、これ本当どうすればいい!?って感じです。

 普通に何かを見て「つまらない!」と感じられたら、その実感を創作に活かせるのですが……そうなる方法ってありますかね!?

※実写版デビルマンでもダメでした。教会で向き合うシーンカッコいいと思ってしまいました。実写版進撃の巨人については、一時期めちゃくちゃハマってたぐらいです(原作は2巻出た頃から発売日に買っているレベルでファンではあるのですが……おかしいですよねw)

上記の回答(実写版、感想。)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

デビルマンは原作はファンなのですが、実は実写版は観ていなかったので、せっかくだから視聴しました。

まず、結論から。

俺は、けっこう面白かったよ。別に駄作じゃないと思うけど、それが何か?

まあ、デビルマンは原作のレベルが高すぎるので、それよりは見劣りがするということはあります。
それと今回、実写版がヒドイヒドイというところから観たので、逆のバイアスがかかったところも無いではありません。

実写版デビルマンは、一言でいうなら典型的なB級ゲテモノ映画に仕上がってますね。それに尽きる感じで、そういうものとして観る分にはそれなりに楽しめました。

ただね。
B級グルメっぽい作品というのも、誰でも簡単に作れるかというと、そんなこともないんですよ。
いや、もちろん一般の観客は素人だから作れないのは当たり前なんだけど、そういう意味じゃなくてね。分かりやすい欠点も多々あったけど、頑張ってるところも多々あったから、クリエイターならそういうところも見ないと。同業者や小説とか書いてる人があれを駄作の一言で片付けるとしたら、そいつの目が節穴だと思いますよ。はっきり言って。

この作品の欠点は、わりとはっきりしています。以下、すでに言われていることも含みますが。

1)主演、準主演クラスの俳優の演技が上手いとは言えない。

2)長いストーリーを劇場版1本の尺に詰め込んだため、駆け足すぎる。

3)中途半端なサービス精神。

4)SFXがややチープ。

それに対して良かった点は、

5)主役の風貌が、けっこうデビルマンっぽい。

6)主役のデビルマン完全体モードそのものは、けっこうかっこいい。

7)宇崎竜童がいい味を出していた。

8)シナリオにけっこう工夫があった。

9)いくつか悪くないと思った演出があった。

こんなところです。

1~4の欠点が目立ちすぎるのでそればかり言われてしまうのが低評価の所以と思われますが、これらの大半は、

低予算!

これにつきるでしょう。

映画業界の人間ではないので制作費10億円というのがどれほどなのか知りませんが、少なくともハリウッド映画には遠く及ばないのでは? デビルマンを正攻法でまともに作ろうと思ったら10億じゃとうてい無理だったということがまずあるのだろうと思います。作品全体に安普請感がぷんぷん漂っていました。
しかしそれは「お仕事」という意味では仕方のない制約で、観客はそれをくさしてもいいけど、プロの批判じゃないと思うんですね、そこは。

1と5は裏腹です。
主役の子は殺伐とした雰囲気を漂わせていることは間違いなく、そういう風貌を持ったキャラを探した結果のキャスティングと思われます。演技力よりも持って生れたキャラ性を優先したのだろうと。そういう意味で、悪くはないキャスティングだと思いました。

2・3と8も裏腹。ストーリーが駆け足すぎるため、デーモンやデビルマンの位置付けが良く分からない感じになっていました。
また、中途半端なサービス精神というのは、シレーヌやジンメンといった原作の人気キャラを無理にねじ込んだところ。ちょっと出て大した見せ場も作らずにすぐに退場。あの扱いなら、シナリオ術的には出さない方が良かったでしょう。しかし、人気があるから出したかったんでしょうね。

ボブ・サップのニュースキャスターもよく指摘される不評点ですが、個人的にはあれはそう悪くなかったと思います。普通に(?)報道しているシーンでも神経質そうにネクタイをいじったりするという伏線があり、最後に報道しながらデーモン化するという。そういうキャラとしては、それなりに合っていたと私は思いました。
ただ、小錦の方は確かに意味不明だったので、ボブ・サップと小錦という組み合わせがいかにも安易だったということはあるかも。小錦を出さなかったら、サップの方はそこまで叩かれなかったかもしれません。

シナリオは、原作の構想を活かしながらアレンジもしていた点は、小説を書いている身としては評価したいです。宇崎竜童演じる牧村のオジさんや、牧村美樹、最後に生き残る二人の設定などは、けっこう丁寧だったと思いますよ。
ただ、シナリオについては2の問題点が大きいので、そっちばかり批判されてしまい、光っている部分もあることが注目されないようです。

それらのすべてを含め、トータルの平均点で言えば、まあ、大した映画ではないのは間違いないとは思います。
しかし、創作者であるならば、美点も少なからずあることを見抜けないとしたら恥だと思います。

カテゴリー : その他 スレッド: 物語作品の「何が駄目なのか」が読者視点で分からない

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元記事:実写版、感想。

デビルマンは原作はファンなのですが、実は実写版は観ていなかったので、せっかくだから視聴しました。

まず、結論から。

俺は、けっこう面白かったよ。別に駄作じゃないと思うけど、それが何か?

まあ、デビルマンは原作のレベルが高すぎるので、それよりは見劣りがするということはあります。
それと今回、実写版がヒドイヒドイというところから観たので、逆のバイアスがかかったところも無いではありません。

実写版デビルマンは、一言でいうなら典型的なB級ゲテモノ映画に仕上がってますね。それに尽きる感じで、そういうものとして観る分にはそれなりに楽しめました。

ただね。
B級グルメっぽい作品というのも、誰でも簡単に作れるかというと、そんなこともないんですよ。
いや、もちろん一般の観客は素人だから作れないのは当たり前なんだけど、そういう意味じゃなくてね。分かりやすい欠点も多々あったけど、頑張ってるところも多々あったから、クリエイターならそういうところも見ないと。同業者や小説とか書いてる人があれを駄作の一言で片付けるとしたら、そいつの目が節穴だと思いますよ。はっきり言って。

この作品の欠点は、わりとはっきりしています。以下、すでに言われていることも含みますが。

1)主演、準主演クラスの俳優の演技が上手いとは言えない。

2)長いストーリーを劇場版1本の尺に詰め込んだため、駆け足すぎる。

3)中途半端なサービス精神。

4)SFXがややチープ。

それに対して良かった点は、

5)主役の風貌が、けっこうデビルマンっぽい。

6)主役のデビルマン完全体モードそのものは、けっこうかっこいい。

7)宇崎竜童がいい味を出していた。

8)シナリオにけっこう工夫があった。

9)いくつか悪くないと思った演出があった。

こんなところです。

1~4の欠点が目立ちすぎるのでそればかり言われてしまうのが低評価の所以と思われますが、これらの大半は、

低予算!

これにつきるでしょう。

映画業界の人間ではないので制作費10億円というのがどれほどなのか知りませんが、少なくともハリウッド映画には遠く及ばないのでは? デビルマンを正攻法でまともに作ろうと思ったら10億じゃとうてい無理だったということがまずあるのだろうと思います。作品全体に安普請感がぷんぷん漂っていました。
しかしそれは「お仕事」という意味では仕方のない制約で、観客はそれをくさしてもいいけど、プロの批判じゃないと思うんですね、そこは。

1と5は裏腹です。
主役の子は殺伐とした雰囲気を漂わせていることは間違いなく、そういう風貌を持ったキャラを探した結果のキャスティングと思われます。演技力よりも持って生れたキャラ性を優先したのだろうと。そういう意味で、悪くはないキャスティングだと思いました。

2・3と8も裏腹。ストーリーが駆け足すぎるため、デーモンやデビルマンの位置付けが良く分からない感じになっていました。
また、中途半端なサービス精神というのは、シレーヌやジンメンといった原作の人気キャラを無理にねじ込んだところ。ちょっと出て大した見せ場も作らずにすぐに退場。あの扱いなら、シナリオ術的には出さない方が良かったでしょう。しかし、人気があるから出したかったんでしょうね。

ボブ・サップのニュースキャスターもよく指摘される不評点ですが、個人的にはあれはそう悪くなかったと思います。普通に(?)報道しているシーンでも神経質そうにネクタイをいじったりするという伏線があり、最後に報道しながらデーモン化するという。そういうキャラとしては、それなりに合っていたと私は思いました。
ただ、小錦の方は確かに意味不明だったので、ボブ・サップと小錦という組み合わせがいかにも安易だったということはあるかも。小錦を出さなかったら、サップの方はそこまで叩かれなかったかもしれません。

シナリオは、原作の構想を活かしながらアレンジもしていた点は、小説を書いている身としては評価したいです。宇崎竜童演じる牧村のオジさんや、牧村美樹、最後に生き残る二人の設定などは、けっこう丁寧だったと思いますよ。
ただ、シナリオについては2の問題点が大きいので、そっちばかり批判されてしまい、光っている部分もあることが注目されないようです。

それらのすべてを含め、トータルの平均点で言えば、まあ、大した映画ではないのは間違いないとは思います。
しかし、創作者であるならば、美点も少なからずあることを見抜けないとしたら恥だと思います。

上記の回答(補足。観客と創作者の違い。)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

実写デビルマンは駄作とは思わないと書きましたが、一般の観客の評価は別ですよ。
観客は単に楽しむために映画館に足を運ぶわけで、作品にいくつか大きな欠点があれば醒めてしまって楽しめなくなることもあります。また、原作に人気がある場合、原作のキャラや設定に微妙な思い入れを持っている人が多いので、それと少しでも違うと良し悪しにかかわらず酷評につながるのも、よくあるパターンです。
そういうことも含めて、あの映画には駄作と評されてしまう理由はあると思います。

ただ、クリエイターが参考にするとしたら、どこが良くてどこが悪かったのか、比較的容易に分析できる作品だと思います。

敢えて具体的に説明しませんが、尺の問題も解決しようと思えば方法はいくつかあるように思います。

比較として、劇場アニメ版『銀河鉄道999』(1979)と劇場アニメ版『地球へ…』(1980)を視てほしいかな。どちらも長い話を無理に詰め込んでいますが、デビルマンよりは上手くまとめていています。後者は公開時に賛否両論だったらしいですがそこまで評価が低くはなく、前者は名作と呼ばれているのはご存じの通りです。
実写デビルマンとどこが違うのか、考えてみるとよいかなと。

カテゴリー : その他 スレッド: 物語作品の「何が駄目なのか」が読者視点で分からない

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元記事:宗教狂いの主人公に読者の気持ちは乗るのだろうか?

 投影に際しての障壁について疑問です。明らかにムリな考え方を持ちながら自分を投影させるという事の難しさを感じています。例えば売れたもので考えれば変人代表の猫猫(薬屋のひとりごと)とかどうでしょう。韓ドラのお仕事系、少女漫画文脈を盛り込んでいるので今話題のリケジョなら共感しやすい感じですよね。男性なら漫画家のキャラデザもあってかわいいで済むかも。
 ダ女神さまがラノベに多い中、それを一旦脇に置いといて考えクールに自分なりの「効率」を求める主人公が多いし、かっこいいのは分かります。
しかし、例えばですがその上でもオ×ムなどのアレなイメージがある分、「時代だから」「ド田舎の村出身だから」という事で辺境の胡散臭い宗教をザラに信じている人が主人公である場合、他がどれだけ良くてもマイナスからスタートどころかゼロ話切り案件になるのでしょうか。
 どこまで行っても変えるのは良くも悪くも己の態度であり、信仰心は恒常的に95%を維持し続けている感じです。いわゆる冷笑系を好む層とは合わないのではないか、第三者の視点から系の主人公としてのポイントを稼ぎいざという時にキメるというのはジャンプであれば炭〇郎くんみたいにある程度の成功があってもおかしくないとは思いますがラノベ、殊になろう系では鬼門ではないかと思いました。
「その宗教を信じることで何が残るか?」ではなくガチ信者の場合、酔っ払い盗賊みたいに最初は超露悪的だけど目的のために一応優しく接する系(ヒロイン目当て)や、両さんみたいに他の長所を精いっぱい押し出したり教義を柔軟に解釈したりすることで主人公としての塩梅を保てるといいのですが……。
 絡め手ですが、追放系の「弱かったころ」の皮を被ってキャラを拵えるのがいいんですかね?
 面白ければ何でもいいにも信じていれば限度なんてないのでしょうか。

上記の回答(宗教狂いの主人公に読者の気持ちは乗るのだろうか?の返信)

投稿者 あまくさ : 2 投稿日時:

まず、一つ質問します。
スレ主様ご自身は、宗教に肯定的なのか否定的なのか、どちらのお考えをお持ちなのでしょうか?
それによって「宗教にのめりこんだ主人公」の描き方が真逆になります。

日本人はだいたい宗教オンチなので、宗教というのがどんなものなのかちゃんと理解している人は少ないです。なので、知性・意識が高めの人ほど宗教に冷笑的か、そこまでいかなくても距離を置く人が多い傾向があります。
しかし、宗教そのものは、別に良いものでも悪いものでもないですよ。

ご質問の文面を拝読すると、無意識なのかどうかは分かりませんが、前提として宗教を悪しきものと捉えている感じが見受けられます。
仮にそうであれば、構想されている作品は、悪しきものになぜかはまってしまった主人公をどう描くかが課題ということになります。

しかし、作者の思想や作品の基本的な世界観が宗教に対して肯定的であれば、もっとポジティブな形で主人公の目指しているものを読者に伝えるのが目標になりますよね?

以上のどちらの方向性で書きたいのかは、確認しておいた方がいいかと。

    *    *    *

次に技術論として、一人称で書くか三人称で書くかということもあります。

宗教にかぎらず、同時代の一般的な常識から逸脱した思考傾向を持つキャラクターを一人称で書くのは、難易度がやや高いと思います。一人称というのは、作者はそのキャラになりきって書くものだし、読者にも強めの感情移入を求めるからです。

面白い例として、『帰ってきたヒトラー』という作品がありました。映画にもなりましたが、原作小説は現代にタイムスリップして甦ったヒトラーの一人称で書かれていました。
いかにもヒトラーらしい偏頗な思考でありながら、語り手が誰だか知らずに部分だけ読むと、鋭い現代批評と思ってしまいかねないという趣向なんですね。
読者の心の中にもヒトラーが隠れているかもしれない。それを突きつけるのが作者の狙いだったのだと思われ、かなりの力業と言えます。

極端な主人公を描くにしても、三人称なら作者も読者も必ずしも共感する必要は無いので、そういう意味では一人称よりハードルが低いと思われます。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 宗教狂いの主人公に読者の気持ちは乗るのだろうか?

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元記事:ライトノベルでのターゲット層について

私は前職で長い間WEBの仕事に携わってきました。
SEOなども行い、ターゲット層の調査やキーワード調査などは本格的に行ってきており、お客様との打ち合わせでも企業提案やコンサルタントも行っていました。

このサイトでは、ターゲット層が10代であるという記述を見かけ、それが正しいのか疑問に思い、インターネット上での既存データを調べました。
理由として、基本的に収入のない年齢層をターゲット層だと誤認している企業様が非常に多いためです。

スマホでの通販利用者年齢分布では、10代は50代とほぼ同じで最低ライン、一番多いのは30代と20代、次いで40代。
データ参照 https://netshop.impress.co.jp/node/5950

amazonでの購入品目が1番多いのは書籍類なので、上記数値と同様の分布図と推定できる。
データ参照 https://research.nttcoms.com/database/data/002069/

結論からいうと、購入者層は20代~40代が圧倒的に多く、10代をターゲット層と指定しているのは再検討すべきであるといえる。

また、小説がラノベ化し、仮にアニメ化までしたとします。
そのときの放送枠は深夜帯であり、10代が見るいわゆるゴールデンタイムではない。
講談社の少年ジャンプ等のようにゴールデン枠で放送される枠ではない。

また、現在人気の小説家になろうでは、転生ものが圧倒的に人気である。
この傾向は、読者層が自身の未来に希望が持てなくなったからという裏返しの物であり、その体験は社会経験によるものが大きい。
自身の夢が何かをまだ見つけていない10代という年齢層の傾向とするには、過分な誤りが含まれている。

10代の読者もいるので、わかりやすい文章で書く、という点は理解できるが、ターゲット層を10代だけに絞り、20代以上の年齢層の意見を無視するといった姿勢は明確に謝りだと言える。

結論。ライトノベルでの主要ターゲット年齢層は20~30代である。

といえるかと思われますが、いかがでしょうか。

上記の回答(ライトノベルでのターゲット層についての返信)

投稿者 ヘキサ : 1

諸事情あってご無沙汰していたらなんかとんでもない返信数になっていて出遅れたーとか思っているhexaです。

マーケティングですかぁ。学生時代ちょっとかじった身としては、講義で教官が「将を射るか、馬を射るか、その判断も難しいんだよねー」とお茶を濁されてしまったことを覚えています。

模範解答としては「決めつけず、常に考える」だと思っています。
そして個人的には「考慮に入れつつ、自分の好きなものを作る」でやっていきたいと思っています。

……いたんだよなー、「これ絶対売れますよってゴリ押しして商品化に持っていった」っていう教官が……それで通用するんかって思ったらなんかどうでもよくなった。そんな話もありますよってことで。以上。

カテゴリー : その他 スレッド: ライトノベルでのターゲット層について

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投稿日時:

元記事:膨大なキャラ設定をこなすのにコツとかはありますか

まず自分は初心者ですのでお手柔らかにお願いします。
自分が書こうとしている作品はライトノベルなのですが。
学園もの×軍事の作品を書こうと思っています。
軍隊は小隊が30人から40人くらいの数で1クラス分なので、
クラスの班が分隊1クラスが小隊学校全体で中隊から連隊という感じにしようと思ってます。
主人公は左遷された少佐で1クラスの司令官にする予定です。
そこで配下の30人から40人の兵士の設定を考える必要が出てくるのですが。
大勢のキャラ設定をする上で何かやり方ってありますでしょうか。
ご教授願いたいです

上記の回答(膨大なキャラ設定をこなすのにコツとかはありますかの返信)

投稿者 大野知人 : 0

 初めまして大佐殿。大野と言います。

 そして端から水を差すような事を言って申し訳ないんですが、『本当に最初から40人分のキャラ設定を考える必要があるのか』一度考えてみてほしいです。なぜこんなことを言うかというと、僕の経験上『設定を作っただけで満足してしまった』『自分が作った設定とストーリーがどんどん矛盾して行ってストレスを感じる』なんてことになる創作初心者が結構いるからです。書く言う僕も実際そういう経験がありますしね。

 と、いうわけでこのコメントでは次のA・Bの二点を書かせて頂きます。地味に長いので、無理に全部を読んで呑み込めとは言いませんし、参考になる部分だけ参考にするくらいのつもりで読んでください。

A:『最初からたくさんのキャラ設定を作らない方が良い理由』&『その場合やった方が良い事のアドバイス』
B:『どうしてもたくさんのキャラの設定を作りたい場合のやり方』

A:まずは最初から設定を練りすぎない方が良いという理由です。
 文庫本のラノベをイメージして欲しいんですが、『一巻目を読み終えた時点で読者が「大体どんな奴か」説明できるキャラ』ってどれくらいだと思います?
 多くても15人くらいじゃないでしょうか。バッサリ言ってしまうと『クラスのうち半分くらいは第一巻ではあんまり出番がない』訳です。
 さらに言ってしまえば、二巻になったとたんに一巻で出てきた主要メンバーの出番がめっきり無くなって、次の15人のターンになる訳ではないので、二巻以降で『一巻あたりに紹介しきれる登場人物』の数は大体5~10人程度になるでしょう。
 勿論、クラスのメンバーだけを登場させていては物語が単調になりますから、他のクラス・他校の人物・敵勢力etc……と登場させていくと、『クラス全員をそこそこちゃんと紹介する』だけで6~7巻は必要でしょうね。

 ここまで概略化したらわかるんじゃないかと思うんですが、つまり一巻を書くにあたっては『一巻で紹介できる分の登場人物』以上のキャラ設定はぶっちゃけ必要ない訳です。
 勿論、後の伏線になる要素を入れたいから設定しておくというのも良いんですが、それもぶっちゃけ『伏線になる部分と、伏線周りのサブストーリー』だけ作っておいて後付けでキャラを作った方が多分楽ですよ。

 そしてもう一個切実な問題として、小説書いてる時って『最初はこうするつもりだったけど、こっちの方が面白いんじゃないか』ってのが次から次に思いつくんです。だから、最初に設定をガチガチに固めてしまうと後で整合性を取るのに苦労するので、オススメはしません。

 その上で、『小分けにしてキャラ設定を書くならどうするか』という話をします。極論、臨機応変にどうにかしなさいという話なんですが、それを言われても困ると思うので順序だてて言うと。

①とりあえず一回、キャラのアイデアを適当に書きだす。
②上で書きだした中から良さそうなアイデアを選び、物語の中心人物を5~6人ほど選出し、『すごく細かいキャラ設定』を作る。
 これはキャラの趣味嗜好や、どういう事を嫌がるかとか、トロッコ問題でどっちを選ぶかとか、割と真面目に細かく決めて下さい。
③その5~6人について、幼馴染でも犬猿の仲でもいいのでそれぞれ関係性を決め、『一巻のストーリーで初めて出会う人物同士』なら『どのように出会うか』を決める。
④大まかでいいので1~3巻くらいについてストーリーを考えてみた上で、先ほど挙げた主要人物たちの成長や関係性の変化について書いてみる。
⑤たぶんここら辺で③・④の作業の中で『こういう奴が居たら話が上手く回りそう』『ああいう悪役が居たら話が拗れそう』みたいなアイデアが出てくるんで、それを一回まとめる。

⑥次に『一巻ではサブキャラだけど二巻以降でそこそこ活躍するキャラ』を10人くらい考える。一回、大まかな設定だけでいい。この時、⑤で出たアイデアを使ったり、消去法で『主要人物に居ないタイプのキャラ』を選ぶとヨシ。
⑦今考えた10人のサブキャラについて『問題を起こしそうな要素』『事件に巻き込まれそうな要素』『トラウマ』なんかのストーリーを作れそうな要素を考えてみる。
⑧上で考えた要素から一巻に投入する伏線を考える。

⑨ここまで作ったものをベースに、一巻の分の『細かいプロット』を作る。
⑩一巻を書き上げる。
⑪一巻を書いてる最中に多分『こういう生徒いたらいいな』とかのアイデアが出てくるんでまとめてみる。

⑫上の⑥と⑪で考えた新キャラアイデアから二巻で登場するキャラたちを選び、『既にいる主要人物』とどう絡ませるか考える。
⑬二巻を書く。

 と、言う感じです。
 実際にやってみないとわからない事ですが、小説って思ってるほど伏線やサブキャラを詰め込める隙間がないので、最初から詰め込まずに厳選した方が良いと個人的には思います。

B:大量のキャラ設定を作る方法。既にほかの方が出していないもの、という条件で言いますので他の方のアイデアも参考にしつつ考えてほしいのですが、凄く手っ取り早い方法が一つあります。ただ、作家がキャラに愛着を持ちにくくなったり、ストーリーを作りにくいキャラが出来る事もあるので適宜他の方法と使い分けて下さい。
 
『ステ振り方式』或いは『ラベリング法』と個人的に呼んでるんですが、20個くらいキャラに関する選択問題を作ってサイコロを投げ、『大雑把なキャラのステータス』を作ってからそれぞれ掘り下げる方式です。

 選択問題というのは例えば
『男か女か』でも良いし、
『何らかの因縁が:①ある状態で物語スタート②ない③物語中でできる④すでに解決済み』みたいな込み入ったもの、
『兵科が:①指揮官②突撃兵③狙撃・砲撃手④工作兵・衛生兵』とか
『戦闘中のテンションは:①普段通り②冷静③キャラが豹変④バーサーカー⑤オドオド系』とかでも良いでしょう。

とにかくまずは20問作ってください。で、サイコロを投げるなり、交互に選ぶなりしてキャラの概形を作る訳です。
 んでもって、例えば『女。銀髪。基本ビビり。サボり癖。狙撃兵。索敵は得意。近接戦苦手。メガネ属性。巨乳。因縁なんてない。望まずに兵士になった。甘党。皮肉屋。一人称は私。片思い中』みたいな情報の塊が出来る訳です。なんとなーく、『コイツこんな奴じゃね?』みたいなの、見えてきません? 見えてきたら、追加のアイデア書き込んでキャラ完成です。
 
 ちなみに、選択問題を作る時のコツは『選択肢の内容にゆとりを持たせること』です。例えば上述した『因縁の有無』について、因縁の内容自体は掘り下げないようにして後から決めればいいんです。じゃないと時々とんでもない展開……『男の娘に父親を殺されたオカマ』&『戦闘はポンコツな突撃兵』&『クールキャラ』みたいなものが出来上がりますからね。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 膨大なキャラ設定をこなすのにコツとかはありますか

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元記事:応募する作品のタイトルについて。

新人賞の選考の際、タイトルで落とすって事はあるのでしょうか?
また、少しでも目立ったタイトルをつけた方が良いのでしょうか?。

上記の回答(応募する作品のタイトルについて。の返信)

投稿者 ドラコン : 1

 ドラコンと申します。何度も使い回しているネタなのでご覧になったこともあるかもしれませんが、新人賞応募時と刊行時とでタイトルが大きく変わった例としては、富士見L文庫の雪村花菜氏の『生生流転』(応募時)と『紅霞後宮物語』があります。

 応募時の『生生流転』は、1巻を読めば納得できるタイトルなので、不当ではありません。ですが、このタイトルだけを見て、「中華・後宮モノ」と理解できるかというと、疑問ですね。刊行時の『紅霞後宮物語』のほうが、端的に作品のジャンル・舞台を表していて、本屋で背表紙を見ただけで、手に取りやすいです。下手にひねったものよりも、単に作品のキーワードを羅列したシンプルなほうが良い、との一例でした(ちなみに、「紅霞」とは舞台となる宮殿の名)。

 語弊はありますが、仮にタイトルに問題(タイトルだけでは作品の中身が分かりづらい)があったとしても、刊行時に大きく変えることはできます。あまりご心配なさる必要はないのでは?

 ただ、この例を何度も取り上げましたのは、新人賞受賞作で、応募時と刊行時とで、ここまでタイトルが“別モノ”になったのが、私には珍しかったからです。応募時・刊行時とで、タイトルが変わったとはっきり分かるものでは、副題が加わる「加筆型」が多いように感じています。

カテゴリー : その他 スレッド: 応募する作品のタイトルについて。

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