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あまくささんの返信一覧。最新の投稿順199ページ目

元記事:じゃあ、一つ一つ片付けて行きましょうの返信の返信の返信

 そうですね、単純化するために、今までの物を含めて総括的に下の質問に答えさせていただきます。

>ただ、上のように言われた場合、「どこが、なぜ良くないのですか?」と質問する権利くらいはあるのではないでしょうか?

前提とする知識・思考
①動物、人間共に、それぞれ独自に複雑な思考を持っており
②かつ社会的・個体的に見た「総体」の在り方が違う知性を持っていて
③部分ごとに抜き出して比較にくく
④あるいは比較しえたとしても、どちらか一方に偏りがちである物を
⑤しかも特に連続性のある知性を互いに共有している訳ではないにもかかわらず。

考えている事。
①比較しようとしているのがおかしいと思う。

 と、いう事です。
 ここまで『前提とする知識・思考』の部分のすり合わせを二日ほどかけてやってきたと思います。
 全てについて説明する余裕が無かったので、また失礼ながらあまくささんがどの程度まで考えていらっしゃるか/どの程度まで俺と同じ前提を共有しているのかわからなかったので、早い段階では『その例え話は間違っていると思う』という言い方をしました。安直に、結論だけ言うべく。

 本能に関する議論に関しては、恐らく、お互いに『相手が広義な、或いは浅い意味での「本能」と言う言葉を使っているのだろう』と思ってお互いに掘り下げ、却って事態をややこしくしてしまったものと思います。
 すみません。

 ただ一方で、
>それも分かるのですが、ここでそれを言い出すと、方向性の違う論旨が交錯してしまい、議論が混乱する元になります。
 ①何度も書いているように、これは余談であり、方向性の違う議論です。No29からこっちは概ね全部。
 ②それでも、俺は方向性の違う議論になってでも『そのやり方はおかしいと思う』と言いたかったのです。

 人間がバグってる、とのことですが。
 個人的には順番が違うんじゃないかなぁ、と思います。

 俺はどちらかと言うと、『脳の発達に肉体の進化が追い付いていない』状態である、と考えています。
 状態としては『設計通りの暴走』とでも言うべきでしょうか。脳を中心に神経系の発達が早すぎたんですよ、結局。だから不足したのはむしろ『肉体』の側で。
 その後に、↓コレが来て
>ある機能に障害を持ったとき、それを補うために別の器官が異常に発達するという現象がみられることです。
 『脳の発達に肉体が追い付かない』ため、人間は『道具』や『衣服』の形で、外側に肉体機能を求めたのです。

 進化論における自然選択は御存じですね。
 基本的に生き物は『こう進化しよう』と思って進化するわけではなく、『偶々そう進化した』ものが生き残って来ただけなのです。
 『人間の進化』に『人間の生態が適応する』ことはあっても、『人間が自然に適応して進化』することは厳密には正しくない。(まあ、慣用的には後者の表現でも良いんですが)

 上に書いた通り、人間と動物の在り方を比較して論ずる方法は、『比較するにはお互いに複雑すぎて、比較しようとすれば極端な情報の抜出が必要になる』ため、やり方として間違っている。と思います。

上記の回答(じゃあ、一つ一つ片付けて行きましょうの返信の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

まだ、かなり考え方が違うようですが、前提からして食い違っているという状態はだいぶ解消されたと思うので、ここからやっとまともな議論ができるかもしれません。

>前提とする知識・思考
>①動物、人間共に、それぞれ独自に複雑な思考を持っており
>②かつ社会的・個体的に見た「総体」の在り方が違う知性を持っていて
>③部分ごとに抜き出して比較にくく
>④あるいは比較しえたとしても、どちらか一方に偏りがちである物を
>⑤しかも特に連続性のある知性を互いに共有している訳ではないにもかかわらず。

①個人的な見解としては、多くの動物は「複雑な思考」は持っていないと考えています。

 ただし、人間の脳による思考に相当する、同等、または同等以上に複雑な何かを持っているのかもしれないとは思います。

 それを「思考」と呼ぶのは適当ではないのではないかと考えます。

②「知性」についても同様。

③それは一概に言えないでしょう。比較できる部分もあると思います。

④どちらか一方に偏りがちになる理由を教えてください。私は別にそんなことはないと思いますが。

 どのような事象であれ、他のものと比較して参考にするのは有効であることが多く、性急に結論を出そうとせず、参考にした上でそこからさらに検討を先に進めればよいだけかと。

⑤連続性のないものは比較できないと考えるのは、

 比較して優劣を判定しようとしてるからではないでしょうか?

 ある事象の特徴を抽出するために、それと異なる特徴をもつものと対比してみるのは有効だと思います。

①~⑤については、このように考えています。
よって、ここまでご説明を拝聴しても、

>比較しようとしているのがおかしいと思う。

その理由が、やはり私にはわからないのです。

いろいろ言葉を費やしておられますが、私の見るところ、結局、動物と人間は連続性がないということを言い換えているだけのように思えます。

よって、連続性のないものは比較できない理由を教えてください。

   ↑

まあ、私の考えをちょっとだけ、すでに書いたわけですが。

1)優劣をつけるための比較しか考えていないから、比較できないと思い込んでいるだけではないのか?

2)特徴を抽出するための比較は、やや極論すれば、インスピレーションを得るためにやることです。ですから、必ずしも論理的でなくてもかまわないのだと考えます。

   *   *   *

人間がバグってしまった原因として、欠陥を補ったのではないかと書いたのは仮説です。そこは、一つの可能性として提示しただけで、原因は他にあるのかもしれません。

ただ、人間の脳が他の動物と比べてやや異常と思えるほど奇妙な発達をしてしまっていることは、ほぼ間違いないと考えています。
19世紀くらいまでは、それは人間が「万物の霊長」であることの証であり、誇るべきことであるという考えが主流だったんですね。

しかし現代では、人間の脳の発達は実はそんなに良いことではないのではないか? という着想に基づく論考もなされるようになりました。
そのための思考実験の土台として、大野さんが先にいくつかあげられた「動物は実はきわめて高度な環境対応をしている」という観察は有意なのではないかと思いますが?

要するに、

(№44から)
>ですが、集団単位での彼らの行動能力、作業能力、そしてそれらの際の伝達能力の中には、決して人類では敵わない面も多いでしょう。そしてそれは判断の早さとか、複数の物を同時に考える能力だとか、すごく早い伝達能力だとかも含まれるわけですが……。人間に出来ますか?

大野さんだって、思いっきり人間と動物を比較してるじゃないですか?

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:じゃあ、一つ一つ片付けて行きましょうの返信の返信の返信の返信

ちょい割り込みスイマセン。お二人とも、ほかの相談者さんとかの相談を埋めない程度に&疲れない程度にね?
ーーーーーーーーーーーー
あと個人的にクソワロタんですが、大野さんは「聞きたい」が「議論」になっとる。

読むせんとかは「聞く」は「お食い初め」みたいなもの、と捉えています。

 チビに初めての味を与えてみて「こんな味も、この正解にあるねんで」という新感覚を知ってもらうようなもの。

読むせんが「聞く」系の質問を建てるときは、いちおう「分かんないなりに、頂いた回答を口に含んでみて、どうにも合わないならペッさせてもらい、食べてみたいのに消化できなければ消化できない事を抱えて生きてみる」ノリで挑んでます。

「理解できない・共感できない」を抱えるのも、やっぱ読書の醍醐味だとおもうんだわ。

ーーーーーーーーーーーーー
お二人のレスポンス見ていると、

あまくささん→自分の回答を大野さんに「たべもの」と認識してもらうべく、味付けや食感、色どりに工夫するママ
大野さん→あまくささんの回答を「たべもの」と認識しておらず、元気にオモチャにする幼児

な、ほのぼの壮絶「ごはんのじかん」みたいで、みている分には微笑ましいけど、実情を思うと「あまくささん、マジ育児戦士( ワンオペ・アーミー)・・・・」という変な憐れみが湧いてしまいます(;´∀`)。

食べてもらうのって大変だから。あまり気負わず、気疲れしない程度にねー

上記の回答(読むせんさんへ)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

読むせんさんへ。

ご迷惑をおかけしていたらすみません。

>お二人とも、ほかの相談者さんとかの相談を埋めない程度に&疲れない程度にね?

そろそろそういう突っ込みが他の方から出る頃かなと思っていました。

ここは旧掲示板のようにツリーが育って画面を埋めてしまう仕様ではないし、一時トップページの3スレのうちの一つが固定してしまう程度なので、まあ多少議論させていただいてもいいかなと思ったのですが。

しかし苦々しく思っている方が多そうだと判断したら、打ち切りにします。

すみません、もうちょっとだけやるかもですが(汗

   *   *   *

とまれ、よいタイミングで一声かけていただいて、ありがとうございます。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:読むせんさんへの返信

お二人の話は、あまくささん側が「分かってくれない大野さん」を面倒くさくなって「嫌い」になってしまい、
「嫌いな相手」に自身の心情を伝える事を止めてしまえば【強制終了】させる事ができる、とは思います。

嫌ってしまう方が簡単だし面倒くさくないですから。

面倒であろうと、それを続けようと思わせるのは大野さんへの好感度とかが大きいと思います。だいたいの「面倒くさい事」は大切だから面倒くさいんですよね。どうでも良ければ面倒ではない。

なんとなくですが、あまりに疲れると、楽になりたさで「相手を嫌いになる」事があるじゃないですか?
人では無く「執筆活動」とか、頑張りすぎて、こう?執筆自体が嫌いになる的な?

あー・・・・・お互い、嫌気がさして、相手ごと嫌いにならない程度にねー?( ゚Д゚)ノシ

上記の回答(読むせんさんへの返信の返信)

投稿者 あまくさ : 2 投稿日時:

そうなんだよね(笑

この議論は「どういう人が嫌いですか?」という本来の主旨から逸脱しまくっているように見えて、実はそういう嫌い爆弾がいつ発動するかというクライシスモメントを密かにはらんでおり、それゆえ嫌いの実証実験にも十分なり得るのです。

……というのは冗談ですが、まあ、ほどほどにやります。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:じゃあ、一つ一つ片付けて行きましょうの返信の返信の返信の返信の返信

 ①②③についてのあまくささんの理解は分かりました。
 この、『理解』と言うのは『どうとらえるか』の話なので、『俺はこう思ってるけど、あまくささんには別の捉え方があるのね』という事で以降行きます。

 ④についてですが、これは①②の解釈に置いてあまくささんの仰っているように、動物にあっては『思考』『知性』と呼ぶべきものが存在しない、或いはあったとしても人間とは非常に異なる形で存在しているためです。
 あまくささんが事実そうしたように、人間の知性と動物の知性(或いはそれに相当するモノ)を比較する場合、当然ですがどちらか片側を基準に持ってこざるを得ないといけません。
 ですが、そうしてしまった場合に『基準』にならなかった側は比較するためにある程度形を変形させ、或いは情報を抜き出して比較せざるを得ず、それが結果として『情報が偏る』という事です。

 これについては
>人間の特徴の一つに社会を作るということがあります。
 ミツバチやアリも社会を作る生き物ですが、やつらはたぶん思考も学習もしないで本能だけで社会が作れるのだと思います。
>『人類の社会を基準にした時の動物の社会の話をしている』
 これはYES。
 
 と、仰られていますが、これを指して言っています。
 既に何度も述べてきたように、人間以外の動物が作る社会・群れの構造は、人間とは全く異なったものです。それは、伝達・各個体の思考の形にあってもそうだし、『社会・群れ』そのものが生存面で持っている役割自体も、厳密には違います。
 これを人間側をベースに比較することは、『偏って』いないと思いますか?


>連続性のないものは比較できないと考えるのは、比較して優劣を判定しようとしてるからではないでしょうか?
 
 とのことですが、
単純<   >複雑
 で分けるという事自体が、優劣をつけていることが分からないあまくささんではないですよね?
 いえ、もちろん厳密な定義の『優劣』ではないでしょう。
 ですが、比較によって『どっちの方が、より○○である』と言うのであれば、どんな比較方式であれ、連続性が無ければ成り立ちませんよ。

 絵に描いた餅と現実の自動車の大きさを比較する時、大体の人は『餅が描かれた紙のサイズ』か『車をそのまま絵にするとしたら、どのようなサイズになるか』を参照して大きさを比較するでしょう。
 紙と言う立体を比較基準にする事で『立体』と言う連続性を持たせるか、『車を絵に描くなら』と言う発想を基に『平面』と言う連続性を持たせるかのどちらかのはずです。

 ですが俺が言いたいのは、人間社会とハチやアリなどの社会を比較するにあたって、どちらにも平等な連続性を持たせるのは不可能であるし、どちらかに合わせようとすると零れ落ちる情報が発生するために、偏るであろうという話ですよ。

 逆に聞きたい。数値的な物以外を含めたとしても、連続性のないもの、或いは『より○○しい』と形容できない物をどう比較するのか。
 少なくとも『より○○しい』と表現できるものには。

あまり○○しくない<    >より○○しい

 という疑似的な連続性が用意できるはずです。
 違いますか?
 
1)優劣をつけるための比較しか考えていないから、比較できないと思い込んでいるだけではないのか?

A.はい、そうです。逆に、比較にあって優劣を付けない事の方が難しいでしょう。
 比較、或いは比べるという事は、辞書曰く
『他と対照し、異なっている部分やその差異の程度などを見定めること、という意味で用いられる表現。基本的には名詞だが「比較する」の形で動詞(サ変動詞)としてもよく用いられる。』
 だそうです。異なっている部分やその差異、と言うのは『Aは○○ではないがBは○○だ』とか、『BはAより○○だ』という事です。
 理屈の上で、『0か1か』なのか『50か100か』の違いはありますが、何らかを比較基準として、連続性のある物として仮定するのが「比較」という行為です。

2)特徴を抽出するための比較は、やや極論すれば、インスピレーションを得るためにやることです。ですから、必ずしも論理的でなくてもかまわないのだと考えます。

 これについては、論理的で無くでも構わないのは事実です。
 その上で、『構わないがしかし、生物オタクとしては論理的に気になる物がある』と言うのが、そもそものNo29です。何度も言った通り、これは余談です。
 ですから、本来の議論にあっては、もちろん『論理的で無くても良い』し『どうでも良い』事です。
 ですが、そこに対して俺が『別にどっちでも良いけど、俺の知ってる理屈から外れるなぁ』と言ったからのこのやりとりな訳で、論理的であることを捨てるのであれば、余談を続ける事には意味がありません。

 人間の脳の異常発達については、俺のも一つの論に過ぎないです。
 奇妙な発達をしていることは、間違いないでしょう。
 思考実験の土台として「動物は実はきわめて高度な環境対応をしている」という観察は、きわめて意味があるのも事実です。
 そして、人間の異常な発達について考えるためには、『動物の環境適応や生活・生態』と『人間の環境適応や生活・生態』とを最終的に比較する必要があることも分かります。

 ですが、
 ①比較するにしては情報が人間側に寄りすぎているように見える
 ②比較するのであれば、他にもっと採用されるべき情報があると思うので、現状では不十分だ
 ③よって、あまくささんの書いたこの思考実験は、その結果をベースにして議論を進めるには、些か足りないように思う

 と言う話です。
 推定の上での人間の異常発達については異議はありません。
 ただしそれは観察の結果であり、『推定するに至る過程』としてはあまくささんの上げた例は間違っている/不十分であると思うという事です。
 有意義ではあるでしょうが、意義をなす形まで論理を詰め切れていないのであれば、それは『なんとなくそう思う』のと大差ありません。

 No44における人間と動物の比較は、『あまくささんのはなしに則るなら』という事をやったまでです。
 つまり、動物の社会側に寄せた標準での人間と動物の比較をすることが出来るし、それをした結果としての動物の能力や知性(らしきもの)の事を考えるのであれば、あまくささんの比較は『偏っている』という話ですよ。
 当然ですが、意図的に動物側に偏らせた比較ですし、『俺からはこう見えているよ』と言う表現をするためにあえて比較した訳です。

上記の回答(じゃあ、一つ一つ片付けて行きましょうの返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

やはり比較と優劣の絡み方に、ポイントの一つがありそうですね。

私から見ると、最初からずっと大野さんの方が「優劣」に引き寄せて考えすぎているように見えてしまうんです。
こちらからは「優劣ではない」と何度も言って、そちらからは「それはもうわかった」と何度も言われましたけどね。
わかったように見えないんです。

>単純<   >複雑
> で分けるという事自体が、優劣をつけていることが分からないあまくささんではないですよね?

いや、わかりません。
単純と複雑がどうして優劣なのでしょうか?
では、大野さんのお考えでは単純と複雑のどちらが優で、どちらが劣なのですか?

ゲームのルールが、プレイヤーの戦略が複雑である方が効率が悪くなるように設定されていれば、「単純」の方が優ということになりますよね?
そして、戦略が複雑か単純かによってゲーム性があまり左右されない設定であれば、単純・複雑は優劣とは無関係ということになります。

>ですが、比較によって『どっちの方が、より○○である』と言うのであれば、どんな比較方式であれ、連続性が無ければ成り立ちませんよ。

それは、

・連続性のないことは比較できない。

ではなく、

・連続性のないことには優劣はつけられない。

と言っているに過ぎません。

比較は普通にできると思いますよ。

>絵に描いた餅と現実の自動車の大きさを比較する時、大体の人は『餅が描かれた紙のサイズ』か『車をそのまま絵にするとしたら、どのようなサイズになるか』を参照して大きさを比較するでしょう。

餅と自動車のどっちがカッコイイ? という比較もあるじゃないですか(笑
また何らかの理由で大きさを比較する必要があるなら、絵に描いた餅にスケールをつければよいだけのことです。造作もありません。

そして!

餅よりも自動車の方が大きいという結果が出たとして、自動車は餅よりも優だと考える人がいますか?
いないでしょう?

しかし、餅と自動車の大きさを比較すること自体はできるじゃないですか?

それができないと思うのは、比較した結果を何らかの「判定」に結びつけなければならないと思い込んでいるからではないでしょうか?

しかし、比較というのは、そんなことだけではありません。

比べてみれば、「自動車の方が大きいね」「餅は白いけど、この自動車は赤いね」「だけど、白い自動車だってあるんだから、赤いことは別に自動車一般の特徴とは言えないよね」「でも、僕は赤い方が綺麗だから好きだな」
とか、いろいろあるじゃない。

そんな比較はできても意味がないと仰るかもしれませんが、

1)比較する前に意味があるかどうか決めてしまうのはどうか?

2)実際問題として餅と自動車はかけ離れすぎているとは思うけど、アリと人間については、これまでの論点としては「社会を作る機能」という共通のアングルはあるわけです。
その部分で、現実的に考えても十分有意な比較は可能だと思います。

でですね。そういう比較検討をする場合に、人間基準に偏った思考はできるだけ排除した方がよいのは当然です。
ただし、偏りがちだから比較はできないということではなく、偏り(先入観)が少ない方がより有意義な考察を引き出しやすいと期待できるからです。
ですから偏りはゼロにしなければならないということではなく、なるべく偏らないようにしようと心がけるだけでもかなり有効だと考えられます。

   *    *    *

それと。

私は別に論理性を放棄はしていないつもりですよ。

ただ私は「論理性」よりも「合理性」を上位に置いて考えています。

ある課題に取り組むときに、論理性を捨てた方が解決しやすい(直感を重視するとか。あるいは数量を把握するために計算式を立てるよりも、単純に1、2、3……と数えた方がよほど早いというようなケースもあります)と判断できる場合に躊躇なく論理を捨てるのは、合理的だと言えます。

   *   *   *

書き込みの回数に制限をつけるのはOKです。

まあ、3回とか限るのも窮屈で面倒くさいので、概ねそのくらいで終わらせるように意識します。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:じゃあ、一つ一つ片付けて行きましょうの返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信

>単純と複雑がどうして優劣なのでしょうか?
では、大野さんのお考えでは単純と複雑のどちらが優で、どちらが劣なのですか?
 
 に関しては

> いえ、もちろん厳密な定義の『優劣』ではないでしょう。
 ですが、比較によって『どっちの方が、より○○である』と言うのであれば、どんな比較方式であれ、連続性が無ければ成り立ちませんよ。

 と書きました。
 勿論『厳密な意味での優劣』ではなく、上下、でも大小、でもいいので『幅のある物』と言う意味です。

 カッコいい、という比較だってそうですよ。
 比較の基準は各々が定めればいい事ですが、

カッコいい<   >カッコよくない

 の連続性があって、その中に車と絵に描いた餅を当て嵌めた時、『カッコいい』により近い方がカッコいいのです。
 絵に描いた餅にスケールを付けるのは構いません。『長さ』という標準は、どちらかに寄せずに比較を行うために人類が生み出した知恵です。
 でも、『社会の複雑さ』を表す基準値はまだ存在しないでしょう。

 判定が出ない比較に意味なんてありませんよ。
 例え『AはBより尖っている』でも、判定は判定です。
 いえ、厳密には『判定が出来ない』という結論を出す事には意味が有ります。
 ですが、少なくとも今回あまくささんが立てた比較にあっては『判定が出来ない』という結論をあまくささんは出してないですよね。

>比べてみれば、「自動車の方が大きいね」「餅は白いけど、この自動車は赤いね」「だけど、白い自動車だってあるんだから、赤いことは別に自動車一般の特徴とは言えないよね」「でも、僕は赤い方が綺麗だから好きだな」
とか、いろいろあるじゃない。
 
 あまくささんが挙げたものは全部『判別』ですよ。言い換えれば、
 『自動車の方が持ちより大きい』『車は餅よりも赤い(餅はそもそも白いけれども)』『餅は車より赤い(車はそもそも赤いけれども)』『僕は白い物より赤い物が好きだ』
 です。
 もう少し言うなら、『他の車と比較すると、赤くない車も数多く存在する』よって『赤い事は車全体の特徴ではない』と言うのは判別から発展した結果に過ぎない。

 この比較には、意味が有ります。

 一方で、俺がずっと言っている事ではあるのですが、『アリの社会』と『人間の社会』では在り方が隔絶しすぎていて、そもそも『社会を作っている』という事は共通点になりえない、と言う話です。
 勿論、『在り方が隔絶している』と言う比較はできます。
アリっぽい社会<   >人間っぽい社会
 とすればね。

 一方で、あまくささんが挙げられていたような『複雑さ』などの観点においては比較しえないと思う訳です。
 車と餅の話で言えば、確かに『大きさ』と言う評価基準では統一できますが、車に対して『美味しいかどうか』と言う評価基準をするのは不適当ですし、餅に対して摂取カロリーを標準に『燃費』を語れば車における『燃費』とは意味合いが変わってしまいます。
 まあ、『ゴジラ』とかそういう、車を食べそうな生き物を出してもらっても良いですが、そこまで行ったらファンタジーです。

 俺は、『社会の複雑さ』と言う定規を当て嵌めるには、『人間の社会』と『アリの社会』を均等に比較しうるのは難しいと思います。
 また、『なるべく偏らない様にしよう』と言うのは個人差が出てくるので、有効性が無いと思います。まあ、これも『個人的には』の話なのですが。

 あまくささんが論理性を放棄していないのは分かっています。
 ただし、この議論自体は『論理的におかしくね』から始まる訳なので、『別に論理的じゃなくても、合理的であればいいと思うよ』と言ってしまったら『そもそも、論理的じゃない場合の話はしてないねん』となってしまうし、

 俺は根本的に『面倒くさいツッコミだけど』と言っている通り、『そのやり方が合理的である』事も『合理的に物事を進める』事にも文句は言っていないですよ。
 ただし、この余談にあっては『論理的である』事に意味があるんです。
 だからここまで丁寧にお互いの認識をすり合わせて来たんじゃないんですか?

 あーと、書き込みの件は『書き込む件数の制限』じゃあなくってですね。
 『他の質問者さんが、三件新しい質問のスレ版を立てたら』です。
 あくまで、問題なのは他の質問者さんへの迷惑ですからね。他に質問が無いのであれば、根本的に俺らが遠慮する理由もないでしょう。
 そっちの方が、合理的じゃないですか?

上記の回答(じゃあ、一つ一つ片付けて行きましょうの返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

まず、こちらは社会の複雑さという話はしていません。

人間の脳が複雑で、その複雑な脳で社会を作っているが、その複雑さが少しバグっているのであまりうまく行っていない。そういう話をしています。

じゃあ、うまく行っていない人間の社会をどうすればいいか、と。
それについては社会学・経済学、または政治の方からアプローチするのが本道でしょうが、それで国内を多少改善できたとしても、世界には民族間・宗教間の深刻な対立なども存在します。

集団と集団の対立がなぜ起こるかを分析するに当たり、動物行動学は参考になるんじゃないかと考える潮流が20世紀の後半くらいに勃興したんじゃないかと。
私はそういう思想の影響を若い頃からけっこう受けているので、人間と動物を比較するのは良くないことだという見解が、本当にガチでわからないんです。

動物について研究することは、人間社会について考察する上でかなり参考になると思います。
それは、人間も動物の一種だと考えることでもあるんですね。

このスレではここまで、人間と動物にはある局面で連続性がないという共通理解にこぎ着けるのに苦労したので、卓袱台返しと受け取られかねないことを言い出すのを躊躇ったのですが、人間と動物はある局面では連続性がほとんどないにしても、別の局面では連続性があると思いますよ。

それは、人間も動物の一種だという連続性です。

そして、同じ動物という連続性を持ちながら、ある局面では連続性がほぼ無いと言っていいほど異なる振る舞いをしているのはいったいなぜなのか?

それを考えたとき、やはり人間と動物を比較して検討してみる他にないと思うんですよ。

それによって見えてくることはあると、私は思います。

それがどうしてよくないことなのかなあ?

と思ってしまい、かなり当惑しています。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:擬音の確認

中華系の作品のバトルシーンを書いている時に疑問なんですけど、
「バキッ」「スチャ」「ザクッ」「シュッ」等の擬音に違和感あるんですよね。
かといって「ぞくり」「すたすた」「げっ」の範囲だと表現も限られてくるし、「懼々」「垂!」とかもそうそう使えない。そういう作品を書く人ってそのへんのバランスどうとってるんですか?

上記の回答(擬音の確認の返信)

投稿者 ドラコン : 2

 こんにちは、ドラコンです。

 中華モノは好きでよく読んでいます。ですが、擬音語・擬態語の表記は、それほど意識はしていませんね。カタカナだからといって、違和感があるわけでもありませんし。

 いつかの高校生さんの流儀でされて差し支えないでしょう。ただ、ひらがなだと他の文に埋没して、視認性が悪くなる、ということはあるかもしれませんが。

 中華っぽさを出すのであれば、「擬音語・擬態語がひらがか? カタカナか?」よりも、「タイトル、作中の地名・人名が中華っぽい」のほうが、影響が大きいです。

 以前、このサイトの管理人、うっぴーさん宛に中華モノの『薬屋のひとりごと』の文章を分析したメールを送ったところ、ブログへ転載していただきました。ご参考までに、リンクを貼っておきます。

 https://www.raitonoveru.jp/cms2/2019/08/01/45072/

カテゴリー : ストーリー スレッド: 擬音の確認

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投稿日時:

元記事:キャラクターの名前について

三条みゆきというキャラクターが思い浮かんだんですが、三条深雪というキャラで使われていました。
諦めて三条美由紀にしたいのですが、これってまずいですかね? 漢字が違くてもかぶるのは良くないですか? それとも有名なキャラでなければ例えばハルト 晴翔→春人のように漢字を別にすれば使います

上記の回答(キャラクターの名前についての返信)

投稿者 あまくさ : 1

三条深雪程度なら、偶然被ってしまう可能性が高いキャラ名と考えられます。なので先例の方が有名作品でなければ漢字を変えずにまったく同じでも問題ないと思います。まして、みゆき・美由紀と字を変えても問題にされるようだと創作のネーミングそのものが不可能になってしまいます。

まあ、私の場合で言うと、自作の主要キャラ名については、一応検索して先例が無いかどうか確認くらいはしています。先例が有名作で強い思い入れをもったファンがいるような場合は、何か言ってくる可能性が0とは言えませんから。
これも、そういう可能性が無くもないという程度のことですが、気にしているよりさっさと変えてしまう方が早いので、変えたこともあります。

以上は、私は一応そうしているというだけの話で、他の方に推奨はしていません。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターの名前について

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投稿日時:

元記事:魔法が使えない理由付け

はじめまして。初めてこのサイトに質問を投稿します。
私は小説家になろうに作品を投稿しています。異世界転移系の長編です。
その作品について、皆さんの知恵を借りたいです。

主人公が転移する異世界には魔術があり、才能を持つ限られた人のみが魔術を使えます。
魔術の属性は、無、火、水、風、土、光、闇の7種類。主人公は、全属性の魔術を使える才能を神様から貰っていますが、最初は魔法をうまく使えず、絶体絶命のピンチになって初めて魔術を使えるようになる、という展開にしたいです。
しかし、ピンチの場面で初めて魔術の才能が開花した理由付けに悩んでいます。
説得力のある理由付けにできるように、皆さんのご意見を聞きたいです。
よろしくお願いします。

上記の回答(魔法が使えない理由付けの返信)

投稿者 ハイ : 2

はじめまして。
私の方からは、少し別角度からも意見を提供出来るように書かせていただきました。
お役に立ちましたら幸いです。

ではまず、最初に。

>説得力のある理由付けにできるように、皆さんのご意見を聞きたいです。
よろしくお願いします。

●このように『説得力のある理由付けにできるように』、とありますが、より実践的なお話を考えるのであれば『読者が面白いと感じるような』理由付の方がよろしいです。
なぜかと言いますと、お話の面白さは発想、ネタだし、アイディアの時点で概ね決まってしまうからです。
(例 アンパンマンとか、ゴム人間の海賊であるとか)
そして、こういった方向性というのは、書き終えてからつまらないと感じた場合に修正するのが非常に困難です。そもそも要素自体が面白くないわけですから、書き直す場合、大幅な変更を余儀なくされます。
最悪、全直しですね。

反対に。
納得感はあとから修正するのがそれほど難しくありません。
伏線を張る、説明を入れる、不足していたシーンを足す、あるいはセリフを足す、など対策はいくらでもあります。
(注意 ただし、すでに致命的に説得力のない展開や設定を残したまま投稿してしまった場合は取り返しがつかない場合もありえます)

また、納得がいくかどうかだけでは発想が縮こまってしまう、という問題点もあるので、まずは発想を狭めずに面白いかどうかで考えてみるのが良ろしいかと思います。
多少荒唐無稽でも、あとから説得力を出す方法を出せば良いわけですから、そのように考えられたらより発想しやすく、楽しく空想出来るのではないでしょうか。
個人的には、食べただけで〜人間になる悪魔の実というのはすごく荒唐無稽だけど面白い発想ですし、転生系におけるスキルみたいなものも面白さの幅を大きく広げたと思っています。

次に、気になった点ですが。

>初めて魔術の才能が開花した理由

●揚げ足をとるような話になりますが、ちょっと『才能が開花する理由』というものにこだわりすぎているように感じました。

おそらくは、そういう方向性で話を進めたいと思っていらっしゃるので、やや話が変わってくると思うのですが。
私の場合、あくまで『使えなかった魔法が使えるようになった理由』を考えさせていただきました。

これ、どう違うかといいますと。
前者が『主人公の内的要因』に限定されている(ように思える)のに対して、後者はそこにこだわらず、原因に関して『外的要因も含めて』考えている、という点が異なります。

もう少し砕いて説明しますと。
『内的要因』とはつまり、主人公自身に問題があるケース。
『外的要因』は、主人公以外に原因があるケース、です。

何故こうして区別して、話を広げたかと言いますと、最初の話に戻りまして『面白くなるかどうか』で発想を広げてみたからです。

そう言った個人的な理由もあるので、提示された条件をやや無視していますが、ざっと考えてみたものを並べてみますと。

『内的要因』で考えるなら、

1 心理的理由・魔術で人を傷つけてしまい、以後魔術が使えなくなったとか。
あるいは転移系だから、来た当初にひどい目にあって魔術を使うことを恐怖しているとか。
もしくは、魔術の暴走で自滅した人を目にしたトラウマがあるとか(異世界最初の恩人とかだとより良いかも)。
この場合解決手段は、恐怖を上回る気持ちの発露、などですね。

2 異世界転移系だから、そもそも魔術を使う、という感覚が身についていない。
すでにいくつか意見として上がっていますが、〜が出来るようになる、というのは結構経験や感覚の蓄積が大事です。
解決手段としては、ピンチ下でようやく実を結んだ、とかでしょうか。

3 主人公の体質的理由・才能はあるけど魔力がない、とかで人から供給されないと使えない、とかだとヒロインとの親和性が高くなってよりラノベ的になるかと。他、病気や怪我などの障害、って設定も。
この場合だと、解決手段はヒロインの手を握っていた、とかで魔力が供給された、とか。

4 主人公の行い的理由 世界観ガン無視になるかもですが、日頃の行いの良し悪しで精霊とかマナとかの魔法要因に好かれすぎているとか、嫌われているとかで使えない、とかもありかなと。
解決手段としては、必死さが精霊やマナに伝わった、など。

次に『外的要因』で考えますと。

1 制限系 
 やや内的要因の3とかぶりますが、7つ使えるがゆえに最初から神様? か何かがハンデや制限をかけた、とか。幼女戦記とかの場合だと、確か神に等しい存在Xに制限を受けていたはず。〜をしなければ使えない、〜の犠牲を払う必要がある、など。
ピンチ下での解決手段は、そのままですね。

2 封印系
 転移系であって転生系じゃないですけど、例えば親が子の宿命を心配して封印を施したケース。あるいは、師匠が才能を見抜きつつも、まだ実践は危険だからと密かに封印を施して使えないようにしていたケース。
あるいは、ラノベらしく親しくなった女の子からのプレゼントが密かに封印具で、それを身に着けていたために使えなかったケースとか(この場合女の子にそうするように脅されていた背景とかあると展開させやすい)。
もしくは、クラスメイトとかの嫌がらせで封印されたんだけど、ピンチの時に封印をぶち破って魔術とか使うケースだと、俺ツエー系の話にしやすいですね(主人公が最後まで封印そのものに気づかない、とかだと尚良)。
他、解決手段として。
ピンチ下で師匠が封印を解く、怒りで封印を破る、など。

3 陰謀系
 封印系とややかぶりますが、主人公の才能は認めるところだけど、何らかの理由で主人公に魔術を使われると困る勢力や個人が妨害していた、とかだと話に深みを出しやすいかと。そもそも使えないような方法を教えていたとかで。
解決手段としては。
使えないように教えていたのになぜか使えた、とかだとコメディちっくな俺ツエー系に。
あるいはヒロインとかに正しい方法を教えられるような方向だと、より陰謀的でシリアスな展開を広げやすいですね。じゃあ何故〜さんは間違った方法を教えたのか、とか。間違った方法を続けると死ぬ、とかだとよりシリアスに出来そうです。

とりあえず、私からはこんなところでしょうか。
まだ色々と思いつきそうですが、まあこんなところにしておきます。

では、お役に立ちましたら幸いです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 魔法が使えない理由付け

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