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あまくささんの返信一覧。最新の投稿順197ページ目

元記事:性善説ではありませんの返信

 うーん、まあなんとなく言いたいことは分かりました。多分、ではあるんですが。
 ただ、生物系が好きな人として、ちょっとだけ面倒くさいツッコミをします。

・人間は本能の働きが薄い。
 これは、難しい所であります。
 そもそもの『本能』と言う言葉が紛らわしいんですが、そもそも形質や生態が違う以上、生物ごとに『本能』の在り方は変わってきます。
 その上で、一個は人間が『学習本能』つまり、『物事を学習するという本能』を持っているという事。これは、屁理屈的な話ではなく、『何を重要な物と判断して学習し、何を不要な物と判断して学習しないか』などの直感的に見える側面も含まれるため、中々厄介なのです。
 それともう一つ、集団本能/集団形質と呼ばれる現象の問題もあります。例えば、『働きアリの中には2割ほどの働かないアリが混ざっている』と言う話を聞いたことがあるんじゃないでしょうか。この現象、実はある程度より規模の大きい集団であれば、ほぼ確実にそうなります(強力な外敵の危機に晒され続けていたりすると、例外が発生します)。
 同じように、人間の社会構造と呼ばれている物の中には、『人間が自らの意思で作った』と思っていても、案外と『本能的にそうなってしまった』ものもあるのではないか、という説もあります。ここら辺、都市伝説っぽい話な上に、社会行動学や言語学の問題なんですが、原始的な文字形態や宗教などには、ちょいちょい奇妙な共通点が発生します。
 勿論、再現実験の難易度が高すぎるので『どこまでが本能で、どこまでが理性か』を決めるのは難しいですが、『人間社会の在り方』そのものに動物的本能が作用していないと言い切るのは、中々難しいのです。

・ミツバチやアリの思考・学習
 これについては、学術上『そこそこ高レベルの物を持っている』事が判明しています。
 有名どころで言えば、パブロフの犬ですが、人間が意図的に実験環境を用意せずとも、動物は学習・思考を行います。主な所で言えば、寝床と餌場の捜索ですが、別にアレだってランダムにやっている訳ではありません。
 所謂、『ミツバチのダンス』という物を聞いたことはあるでしょうか? これは厳密には伝達能力の話ですが、彼らは例えば、『巣の周辺の植物の生え方を記憶して、餌場を探しに行くとき、特定の順番で移動する』などと言う行動をとります。
 また、アリがセミの死骸などを解体しているところを見た事はありませんか? 人間の解剖学ほどではないにせよ、彼らは自分より大きな獲物を運搬する時、噛み切ってパーツごとに分けて運搬します。そういった際に関節を狙って千切りに行くところなどは、決して『本能』の一言で説明しきれるものではないでしょう。

 さて、話を戻しますが。
 あまくささんの『悪人』の定義は分かりました。
 ただ、その定義を通すのであれば『そもそもシステム的に「生まれつきの悪人」は発生しない』と言うのではなく、まず第一に『性悪説』という理屈を考えた人にとっての『悪人』の定義を考えるべきだろう、と俺は思います。
 まあそこら辺細かく言いだすと、そもそも俺とあまくささんの『世界観』が違っている訳なので、中々事態はややこしいわけですが。そもそも、性悪説云々言いだしたのも俺ですしね、定義が違うもんぶっこんじゃったんだったら、すみません。

 『善』と『悪』については、大体のラノベ好きは一度は考えるんじゃないですか? っていうか、考えていて欲しいなぁ。
 そもそもこのスレ自体、そういう『持論』を聞きたいから立てた側面もあるので、むしろ大いに語ってもらって構いませんよ。

 読むせんさんの上げてたマジレンジャーは好例でしたね。
 まあ、俺個人としては『日本人の作り上げた社会全体が持ってる歪み』もまた薄っすら見えてきて、二重に怖く感じるんですが。
 日本人って、『失敗』とか『敗北』に対して甘すぎる部分があると思うんですよねぇ。社会全体として。
 それを歪みと言うのか、適応成長と言うのかは個人個人に任せますが、中々けったいな国民性してますよね、この国。

 歪みなら矯正すればいい、と言うのは確かに短絡思考ですねぇ。
 30までは、まあそれっぽいことも出来ますが。取り合えず、30過ぎたら人格の矯正なんて無理ですよ。監禁&洗脳クラスの刷り込みとかをやれば、『都合のいい方向に歪める』ことは出来ますけど。
 大体根本的に、成長するって事が『歪んでいく』って事でもあるんですから、『真っ直ぐにしよう』ってのがまずおかしいんです。
 或いは、いっそ某ガンダムみたいに『その歪みを断ち切る!』ってぇ方向性で行くか。

 僕はむしろ逆かな、ニュートラルを目指すより、歪んでいけ。
 『歪んでる自分』をちゃんと認知できるように、文字の上では冷静に。
 まあ、二重人格とは全然違う話ですが、『冷静に物事を見て、愉快がる自分』と『感情的に突き抜けて、ぶっ飛んでいく自分』の二つに分けて、色んな『歪み』を愉快がって行こうかなぁ、なんて。

上記の回答(性善説ではありませんの返信の返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

ん?

いや、そんなことは言っていませんが。

>『人間社会の在り方』そのものに動物的本能が作用していないと言い切るのは、中々難しいのです。

これは、私の前の書き込みの、

◎さらに俯瞰的な視点から考えると、一見本能を逸脱したように見える人間の「生存戦略」も、人間にとっての「自然」なのだとも言えます。

は、同じことを述べたつもりですが。

>人間の解剖学ほどではないにせよ、彼らは自分より大きな獲物を運搬する時、噛み切ってパーツごとに分けて運搬します。そういった際に関節を狙って千切りに行くところなどは、決して『本能』の一言で説明しきれるものではないでしょう。

仰っていることの方向が、途中から逆になっていないでしょうか?

・人間の行動が本能に根ざしていないとは言い切れない。

・動物の行動は本能の一言で説明しきれない。

これじゃあ、右をさらに右から見たら左、左をさらに左から見たら右と言っているだけじゃないかと思いますが。

   *   *   *

猿を使った実験。

ある部屋の天井にバナナをつるします。猿が必死に飛び上がっても届かない高さです。
その部屋に棒を1本置いておきます。
すると猿を、その棒を使ってバナナを叩き落とすということを、わりと簡単に思いつくそうです。

ところが。

バナナと棒を別の部屋に置いておくんです。
猿はA室で棒を見てから、B室で吊されたバナナを見ます。しかし、同時に見えない棒とバナナを結びて考えることはできないらしい、という実験結果が出たとのこと。

もう一つ。
動物行動学のわりと有名な知見だったと思いますが、2匹の狼が戦うとき、一方が降伏の意思を示すと他方はすぐに攻撃をやめるらしいです。
人間だったら、一旦降伏しておいて、後で復讐するという行動を取り得ます。そして相手もそれが予想できるから、完全に息の根を止めるまで徹底的に攻撃するという行動を取ってしまうことが少なくありません。

直感的に結びつかない二つの事象を、結びつける思考。
未来に起こることを予測し、様々な結果や影響を洞察する思考。

この「洞察」という思考は、(ヒト以外の)動物には決定的にありませんよね。

この部分において、人間と動物とではそうとう隔絶していると思われます。

先に本能云々と書いたのは、ここは詳細にエビデンスを示して論じることができる場ではないので、話を分かりやすくしようとしただけ。論点はそこではないのです。

   *   *   *

>まず第一に『性悪説』という理屈を考えた人にとっての『悪人』の定義を考えるべきだろう、と俺は思います。

私は悪という概念自体が、言ってしまえば大いなる誤謬だと考えているんです。
物理法則の中に善とか悪とかいう要素はありませんよね? しかし、社会の中には善悪という要素が抜き差しがたく存在しています。
それは別に矛盾じゃないと考えているんですよ。
人間の根源が本能に根ざしていようがいまいが、他の動物にも思考の萌芽があろうがなかろうが、人間と他の動物では複雑さのレベルが違いすぎるんです。
そういう複雑な社会の中で、人間は独り立ちするまでに20年以上かかりますから、その期間に蓄積する経験値に余分な夾雑物がまざりすぎ、どうしても歪んでしまうんです。
そして、社会がなければ人間は生きていけない以上、歪みが一線を越えて社会のバランスを破壊するところまで行ってしまったならば、それは「悪」と定義することが妥当ではあります。

しかし、本質的には、例えば殺人が悪である理由を科学的には証明し得ないですよね?

まあ、貨幣経済の原理みたいなもので。

お金だけいくら持っていても、それで食物を買えなかったら誰だってすぐに死にます。だから貨幣は実体的な価値を持たないまやかしなのですが、そのまやかしを信じることで現代の市場社会は維持されています。この信用が崩れたらあっというまに崩壊するので、信じざるを得ないのです。

信じざるを得ないから信じているだけだと気がついている人もいますが、多くの人はたぶん本気で信じているように見受けられます。だから社会は成り立っているという。

そんなもんです。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:性善説ではありませんの返信の返信の返信

 ・人間の行動が本能に根ざしていないとは言い切れない。
 ・動物の行動は本能の一言で説明しきれない。
 
 と言うのを連続して書いたのは、どうもあまくささんの文章の中に『人間は理性的な生き物、動物は本能的な生き物』という感性があるように見えたからです。
 間違ってたならすみません。

 ただ、俺が言いたかったのは『人間であれ、人間以外の動物であれ、理性と本能の区別はとても難しい』と言う話と、その事について(俺たちが人間であるのは確かにそうだけれど)人間だけを特段抜き出して議論できるものではないと思う。と言う話です。

 これが、最初から人間に限って善悪ないし理性と本能の話をされていたのであれば別だったのですが、他の動物が混ざってきた辺りで、解釈のズレが起こったみたいですね。

 言いたいことは分かるんだけど……。
 そういう意味で言えば、あまくささんが『悪』を誤謬だと思っているように、俺は『科学』とか『物理法則』を誤謬だと思っています。
 要するに、頭一つ抜けて正しいような顔をしているけれど、『科学』っていうのも所詮は人間から見た物差しに過ぎない訳で。
 
 そういう意味で、わざわざ善・悪或いはそれに相当するナニカの話に、科学が出てきたことが受け入れられなかったと言いますか。

 まあ、行きつく先としてはあまくささんと一緒で『科学法則』と『善悪』という複数の価値基準は、どちらに影響されることなく、矛盾なく存在しているだろう。と思っているんですが。

 人間と他の動物とでは複雑さのレベルが違う、ってのは些か飛躍しすぎてるように思います。
 どちらも違う形に複雑なだけで、『人間だけが一方的に複雑だ』って考えは傲慢じゃないでしょうか。

 殺人が悪である理由については、行動学的に『同族殺しは問題だ~』とか『生物が繁栄を目的に生息していることを考えれば~』とか難癖付けることは出来ますが、まあ、証明不可能です。
 ただし、逆説的に他の科学的立証に関しても『人間の都合』を抜きにすれば、都合のいい屁理屈で成り立っている物はごまんとあります。

 善と悪の定義をするのは、そうすると人間にとって都合が良いからだと、俺はそう考えてますよ。
 要するに、自分以外の誰かを下げる事に意味があるんです。或いは、誰かを『善である』と持ち上げる事に意味があるんです。皆、自分に都合のいい、『それっぽい』差別化がしたいんです。
 どちらにせよ、『善と悪に分ける』という行為自体に意味があるので会って、『善と悪』そのものには意味はありません。

 『善と悪』ってのは、要はそういう名前の宗教なんです。『キリスト教』とか、『白人優性主義』とか、『仏教』とか、『在日は出てけ』とか、『ホロコースト』とかと一緒です。
 信じざるを得ないから信じている人は少数です。大体の人は、信じたいから信じてるんです。そして、『信じたい』と思っていることに気付いてないだけで。

 『そんなもんです』と仰るなら、それは人間に都合がいい『そんなもん』を作ったんです。
 人類皆が、いかにも善人らしく、手と手を取り合って。

上記の回答(性善説ではありませんの返信の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

>どちらも違う形に複雑なだけで、『人間だけが一方的に複雑だ』って考えは傲慢じゃないでしょうか。

なかなか噛み合わないのは、こういうところじゃないかと。

まず、私は(ヒト以外の)動物よりも人間は複雑だとは書きましたが、すべての局面において複雑だとは書いていないはずです。そして、どういう局面において複雑だと思うのかは説明したつもりです。

もう一つ、私は別に複雑であることが「高級(高尚)」だとも主張していません。

人間は脳を複雑に働かせて、予測したり、洞察したり、駆け引きしたりしながら、状況に対応しようとします。
ひょっとしたらそれは無駄に複雑なだけで、動物の本能的な行動の方が的確なのかもしれません。

そういうことも含めて、人間は事実として動物よりも複雑だと言っているだけです。

その点は理解して頂けるでしょうか?

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:魔女キャラの伏線について

執筆しようと思っている小説内に、ヒロインが魔女だった(主人公が魔女にトラウマを持っており、途中で隠し切れなくなりヒロインから告白される)事の伏線を張りたいのですが何かわかりやすい日常の中の魔女特有の行動や忌避している物など、代表的なものを挙げてもらえると嬉しいです。

上記の回答(魔女キャラの伏線についての返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

例えば、デートの待ち合わせをするんだけど、主人公の方が直前になって間違った場所を彼女に伝えていたことに気づくんですね。しまったと思うんだけど、彼女は涼しい顔をしてあらわれる。

……とかはどうですか?

   *   *   *

この件に限らず伏線というやつが難しいのは、ジレンマがあるからです。分かりやすすぎるとネタバレになり、分かりにくいと伏線にならないという。

ご質問のケースの場合、吸血鬼とかだったら、もう少し考えやすいかもしれないんですね。日光に弱いというポピュラーな弱点があり、それでいて普通の人間でも日差しが強いのをいやがる娘っていそうですから。
しかし魔女だとそこまで分かりやすい特徴がない分、何か捻り出さなくてはいけません。捻り出そうとするとどうしても不自然になるので、すぐにばれてしまいます。

なので、ことさら魔女の特徴というわけでもなく、不可能というほどでもないんだけど、普通は簡単にできそうもないことをサラッとやってみせるみたいな。
そんな方向で考えるのがいいのかなと思いました。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 魔女キャラの伏線について

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元記事:性善説ではありませんの返信の返信の返信の返信の返信

 うーん。
 俺は、社会活動の面だけに限っても、人間以外の動物も平等に複雑だと思う、かなぁ。
 文化、文明とか、あるいは宗教なんかの面に特定すれば人間の方が『複雑』なんだけど、例えば夫婦の在り方とか、『集団』である事に季節・時間の限りがある点なんかを見て行くと、決して『社会の在り方』そのものの複雑さは決めきれないし、比較しようとするのが間違ってると思う。
 と言うか、『局面を抜き出して複雑だと思う』と言う表現をするのなら、まず総体の在り方が違うんだから、『局面』の単位で切り分けてる段階で人間標準に強引に合わせている訳で。
 ニュートラルな見方と言うのなら、そのやり用はいかがなものかと思う。
 
 そして、そういう『人間尺度に合わせて、局面を切り抜くやり方』を俺は傲慢だと批判しているのです。

 また、『高尚だと主張していない』のは存じています。
 まあ、これは俺個人の価値基準ですが、複雑であるよりも単純にまとめられている方が高尚だと思うしね。

上記の回答(性善説ではありませんの返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

>そして、そういう『人間尺度に合わせて、局面を切り抜くやり方』を俺は傲慢だと批判しているのです。

どうしてさ?(笑

前提が違えば結果も違うんだから、ある尺度に合わせて局面を切り抜くのは当たり前だと思うんだけど。私に言わせれば、そういう考え方をしない方がおかしいと思う。

で、そこでね。
私は「ある尺度に合わせているだけ」と何度も言っています。人間尺度に合わせているわけじゃない。(註1)

こちらがフラットに言っていることに、無意識に価値観を当てはめてませんか?(註2)

(註1)
こういう思考をしているのが人間であるあまくさだから、思考の枠組みが人間の限界を超えられていないという意味なら認めますよ。
しかし、論法として人間基準を良しとはしていません。

(註2)
価値観を排除することがあまくさの価値観だというなら、それも認めます。
個人的には、そういうのは考え方の流儀であって(まあ、多少卑下するならクセと言ってもいいけど)、価値観じゃないと思うけどね。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:性善説ではありませんの返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信

 うーん、『前提が違えば結果も違う』のは当然のことだし、『特定の尺度に合わせて局面を切り抜く』のも当然でしょう。
 ですが、『尺度の基準』を人間に合わせてから『人間と動物』を論じるのであれば、論じ方として人間側に偏り過ぎている。

 当然だけれど、『人間、或いは動物』のどちら側にも寄せない、つまり『絶対的』な尺度を用意することは限りなく難しいし、出来ない。
 
 これがもし、人間同士の事であるならば、社会規範とか、『理想』と言う大雑把な物を尺度に当てて論ずることは出来るでしょう。
 或いは、個人や国家同士の比較において、事態を分かりやすくするために比較対象の片側を基準に持って来ることも理解できます。

 ですが、そもそも『人類の社会における善悪』の議論をしている時に

>人間の特徴の一つに社会を作るということがあります。
 ミツバチやアリも社会を作る生き物ですが、やつらはたぶん思考も学習もしないで本能だけで社会が作れるのだと思います。
 しかし人間にはそれができないので、長い歴史を経て、思考し、経験を重ねながらルールを作りあげてきました。

 と仰られれば、『人類の社会を基準にした時の動物の社会の話をしている』『人類の学習や思考を前提に、動物の思考や学習を考えている』ととられかねないとは思いませんか?
 そういう意図はなかった、と仰られるのであればそれでも良いのですが、俺にはどうも『人類の善悪の話をしているところに、他の動物の社会性に関する話を抱き込んだ』ように見えた訳です。
 
 その上で、『ある尺度に合わせているだけ』とのことですが、そも人間の話をしているところに動物の話を入れているのですから、俺からすればむしろ『人間尺度で話して居ない方がおかしい』ように見える訳です。
 大本のところが、人間の善悪論に帰結するわけですから、『人間の社会に比べて動物の社会はどうか』と言う話にならざるを得ない訳ですし、実際あまくささんもそのような書き方をされています。

 ですが、例えばミツバチやアリが社会を作るという話ですが、アレだって厳密に言えば『人間尺度』です。彼らの生活は社会を作るだけが全てではない。
 はぐれる事も、巣の移動も、社会同士の対立も、それぞれあります。人間から見て、人間の作る『社会』に似ているから『社会』と呼ぶだけで、人間社会と比較しうる物では無い。
 
 二番目に上げられていた猿の実験の件もそう。
 動物行動学ではわりと頻繁に似た実験をするので、あまくささんの知っているソレに携わった猿がどのような成長をした個体かによる影響もうけますし、逆に野生における猿がどういう成長をするかを示す結果でもありません。
 あくまで、単純化した状況における学習能力の問題であります。
 大体、人間の学習能力の何割かだって、パブロフ的刷り込みに依存している訳で、この実験結果のみをもって人間と猿の思考能力の違いを立証しようとするのは些か性急すぎます。

 例えばカラスは自動車を使って木の実を割ることが有ります。これは偶発的な現象ではなく、学習によって習慣化されたものとして、です。バードウォッチャーたちによって、ある程度離れた森林から木の実を運んでくることも確認されています。

 一方、狼の実験の方ですが、これ確かヤマネコかハイエナによる群れ同士の抗争の観察結果として、反証に値する――つまり『復讐を避ける/同業他社になりかねない相手を削ぐ目的で、同族殺しを行う』という結果が出ているはずです。
 また、狼にあっても、彼らには根本的に『身内同士で喧嘩をしあって、伴侶を決めたり、群れの中での順位を決める』という習慣がある種類も多いため、そもそも『どういう種類の戦闘』であったかの性質によるため、これも『洞察力』の有無を測るテストにはなりません。

 人間だって、プロレスや大相撲で相手を殺すまで戦わないでしょう?

 そしてここら辺を、俺が『人間の尺度』と呼ぶ部分なんですが、あまくささんの比較実験として出す動物の情報は、凄くピンポイントに過ぎる。
 その動物の生態や、社会性、生存環境を無視して、細かな実験結果を人間の社会性・思考能力と比較しているので、『傲慢だ』と言うのです。

 注1について。
 人間を超えた思考の枠組みを持て、とは言ってません。まず俺はそんなもの持ってないし、俺が持っていない以上、あまくささんが『人間を超えた思考の枠組み』を持っていても、議論にならないでしょう。
 そんな難しい事ではなく、もっと単純に『動物を比較対象にするなら、動物の事をもっとよく見てから話して欲しい』という事です。

>こちらがフラットに言っていることに、無意識に価値観を当てはめてませんか?(註2)

 『誰の』価値観かにもよりますが。
 フラットに物事を語る時、その根底にある価値基準の事を『価値観』と言います。あまくささんが何かを語る時、それを見ている俺は、『あまくささんの価値観』を考えるように意識的に見ています。
 何せ、俺とあまくささんの価値観が違う可能性はそこそこ高いですからね。『価値観』の事を考えない訳にはいかないでしょう。

 俺が勝手に『俺の価値観』をあまくささんの発言に重ねているんじゃないか、と言う意図でしたら、『そうしないように努力しています』としか言いようがないですね。まあただ、俺が『こう見える』と書いている場合は、明確に価値観を重ねていますよ。

注2について。
 俺の言葉で意訳させてもらいますが『価値観や先入観を出来るだけ排除して考える』っていう意味合いの事ですよね?
 価値観を排除する、と言うのはすごく難しい事なので、それが出来るんだったら凄いなぁ、としか。
 俺はそんなこと出来ないので、『他人の言葉を、自分だったらどう表現するか考えて、バイアスを掛けないように気を付けて翻訳し、自分の価値観で考える』って所かなぁ。
 勿論、外側に出力する時は『出来るだけ相手にも通じる価値基準で表現する』努力はしてるけども。

上記の回答(いったん話をもどしてみます)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

困ったな。
途中から大野さんの反論が、かなり「反論のための反論」になってしまっていると思う。私の主張はわりと一貫しているはずなのですが、それについては後述します。

(1)

>ですが、『尺度の基準』を人間に合わせてから『人間と動物』を論じるのであれば、論じ方として人間側に偏り過ぎている。

それは当然です。
だって、このスレはもともと人間の話をしていたんでしょう?
私が「人間尺度に合わせているわけではない」と書いたのは、「人間のに都合の良い尺度に頭がとらわれているわけではない(人間が複雑だから動物より優れているとは思っていない)」と言っているだけです。

・人間に都合のいい考え方をする。

・(人間の話をしているのだから)人間を軸にして、議論を進める。

この二つを混同していないでしょうか?
もしくは、この二つをゴッチャにして反論してきているようにみえます。

(2)

>『人類の社会を基準にした時の動物の社会の話をしている』『人類の学習や思考を前提に、動物の思考や学習を考えている』ととられかねないとは思いませんか?

>『人類の社会を基準にした時の動物の社会の話をしている』

これはYES。

>『人類の学習や思考を前提に、動物の思考や学習を考えている』

こちらはNOです。

私は最初から一貫して人間社会の話をしていて、動物を持ち出すときは比較対象として出しているだけです。
だから、『人類の社会を基準にした時の動物の社会の話をしている』のは当然です。あくまで論点は人類社会であって、動物の社会は主題ではないからです。

>『人類の学習や思考を前提に、動物の思考や学習を考えている』

これがなぜNOかと言うと、論旨に即して人間を軸として語ることと、それ以前に私が人間寄りに偏った思考の持ち主であることは違うからです。

>『人類の善悪の話をしているところに、他の動物の社会性に関する話を抱き込んだ』ように見えた訳です。

それのどこがおかしいのですか?

私も一貫して「人類の善悪の話」をしています。繰り返しますが、比較対象として有効だと考えたから他の動物の話を持ち出しただけです。

>大本のところが、人間の善悪論に帰結するわけですから、『人間の社会に比べて動物の社会はどうか』と言う話にならざるを得ない訳ですし、

そうではなく、『動物の社会に比べて人間の社会はどうか』という話をしています。

(3)
まあ、(2)のような議論の混乱は、私の説明がヘタだから生じている面もあるのだろうから、その点については謝罪します。
ただ、流れとしては(1)の齟齬を引きずったままやりとりして、その結果齟齬がまとまらず逆に増幅するような感じになっています。

だから、話をもどしますね。

(4)
人間という動物が、かなり奇妙で不安定な生き物であることは確かだと考えています。
奇妙な点は、

・脳が発達しすぎている。

・本能がこわれているのではないかと見る説がある。

・脳が発達しすぎた結果本能がこわれたのか、本能がこわれているため、それを補うために脳が発達したのかは分からない。

・脳の発達も人間という生物の「自然」であり、「本能」に根ざしているのかもしれないが、他の多くの動物が「本能」の比較的直接的な作用(こう簡単に言ってしまうと語弊があることは承知。しかし、そんなに間違ってはいないと思う)によって自然とやりとりするのに対し、人間はそれとは違う方法を複雑に発達させて自然と対応している。

*こういう部分で、ときどき動物の話を持ち出したわけですが、そちらは論点ではないわけです。まあ、話を分かりやすくするための譬え話に近いものと考えてください。
ただ、人間は特殊で不安定な生物なのではないかという視点で話をしているので、動物の話もある程度せざるを得ないわけで。

・上記のような形で、人間は生物としては特殊な部分を大きく複雑に肥大化させて社会を作っている。

・そのような社会の仕組みやルールは直感だけで体得できるものではないので、人間は20年以上かけてそれを学習しなければならない。

・その学習の体系は別に神が作ったわけではなく、やはり人間という不完全な存在が長い歴史の試行錯誤の果てに何とか作り上げてきたものなので、これ自体がそうとう不完全で欠陥が多い。

・人間はそういうシステムの中で学ばざるを得ないので、一人前になるまでに余分で雑多な情報も大量に受け取ってしまう。

・余分で雑多な情報の受け取り方にも個人差があるので、良くも悪くもそこで人間の個性が形成される。
 だから余分で雑多な情報が常に悪いわけではないが、争いやトラブルの原因となることも多い。

・先に「神が作ったシステムではない」と書いたが、いわゆる「神の見えざる手」という仮説がある。事象間の調整がいたるところで起こる結果、全体がしだいに調和に向かうものらしいという仮説です。

・神の見えざる手が働いた結果かどうかは分からないが、現状の社会はトラブルや悲惨なできごとの坩堝である反面、部分的にはそう悪くもないと思える状態を維持してもいるようです。

(5)
で、最初の、「どういう人が嫌いですか?」にもどります。

上記のような人間観でまわりを見ていると、倫理的な理由で誰かを嫌いになることはあまりないんですよ。
むしろ、理由もなく何となく虫が好かない、ということの方が強いです。

言ってしまえばそれだけなのですが、最初の方で「生まれつき悪い人間はいない」と書いたところ理想論としての性善説を述べたと誤解されたフシがあったので、私の基本的な人間観について説明させていただきました。

こんなところで、どうかな?

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:名前

こんばんは。
主人公やヒロインの名前よりサブキャラの名前がインパクトのある名前になることはダメなのですか?
教えてください。
あと1ヶ月書いてなくて、さっと書けなくなりました。
ネタ切れなのか、深く考えてないのか、書いてなかったのがダメなのかわかりません。
アドバイスよろしくお願いします。

上記の回答(名前の返信)

投稿者 サタン : 0

主要キャラよりインパクトのある名前のサブキャラは、ダメなんてことはありません。
なぜそう感じたのかの状況を教えてくれないとなんとも言えませんが、主人公やヒロインと比較できる時点で「その比較」がキャラの個性になるため、むしろアリです。
例えば無個性で特徴のない普通の高校生だけどやるときはやる、なんて一昔前の主人公像の場合、主人公より主人公っぽい名前のほうがキャラが立ちます。
ただ、これは名前のイメージを利用した一種のテクニックに類する話で、意図してやるもの。究極的には名前なんて何でもいいし、何でもいいからこういうことも出来る、という話になります。

小説が書けない理由は様々なので、これも状況がわからないとなんとも答えられません。
読み返したことで続きが書けたとありますが、するとおそらく物語や展開を考えながら執筆しているのだろうと思います。
「文章を書く・組み立てる」という思考と「物語を作る」という思考を同時にやってるため、この方法は実はかなり才能が要ります。
さしあたって今現在書いている部分の話題、そのオチないし一段落する部分までは展開を考えてから執筆に入ったほうが良いと思う。
少なくとも執筆時に「物語を考える」という思考を少なくすることが出来るので、執筆時の思考の負担が半分以下になり、余裕が生まれます。

書けるようになったならそれで問題ないと思うので余談でしかありませんが、あまり執筆中に読み返すという行為をすると気になる箇所が出てきたりして修正したり変更したりしはじめることになり、結果、筆が遅くなるという事が割とあると思います。
でも確かに読み返してみると場面の流れを確認できるしそのまま読者感覚で展開をイメージできるので、続きを書きやすいでしょう。
しかし、割と諸刃であったりもしますので、読み返して「このシーン変更したらもっと面白いんじゃないかな」なんて思考が生まれたとしたら、それは罠なので気をつけたほうが良いです。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 名前

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投稿日時:

元記事:勉強開始八年目最新の学びに穴がないか判断を他者してもらってみようと思います

勉強開始八年目これふくめ最重要学び109個になったのでこくこいらで今日学んだ最新の学びに穴がないか判断を他者してもらってみようと思います
数は言えませんが学び総計でこの三倍以上あります
過疎っている某所でさらしていましたがこういう人がいる場所でさらすのは初めててす
今まで晒していない理由は特に穴が見当たらないので指摘してもらう必要性が薄いからです
しかし井の中の蛙の可能性もあるので今更晒してみます

面白い描写の定義
簡単に言えば読者の期待を超える良い意味で予想外のレベルをその場面で保つ描写
読者の期待を超える定義は結果論一定の話を進行しその場面を引き立てて結果的に読者の期待を超えられる役割を出来たら読者の期待を超えた内容に貢献した面白い描写といえる
そこだけ面白い描写は面白さに貢献していないといえるし大抵の人は評価すらしない
面白いと評価されてこその面白い描写だからね
さらに具体的な定義を入れるなら読者の期待を超える描写とは読者の期待に応える読者がその場面でほしい情報やその場面を引き立てるあおり描写が一定以上あることで読者の期待を超える描写と理論上言える
やはり読者の期待にこたえるには読者がほしい情報を面白く伝えたりその場面を引き立てる描写が一定のレベルなら読者の期待以上も理論上狙える
読者の期待していないいらないつまらない情報を描写で伝えると読者は期待していない情報なんか与えたら作品の評価が下がりかねない面白さを落とす要因にさえなりうる
さて読者がその場面でどんな情報を求めどのような言葉が場を盛り上げ引き立てるかの判断基準は一般論を使うとわかりやすくはずれはない
何故なら同じ国同じような教育を受けている同じ国の住人なら同じような倫理観や常識を大抵は持っているし多くは共通する意見や考え方
そこを利用すればいい
例えば格闘物で弱そうな小柄の老人とムキムキの大男の戦い結果老人の圧勝という落ちで考えてみると読者が欲しがるのは強さ情報
特に一般論なら老人の大敗の予想が普通
しかし老人のほうが強いならまず比べる対象としてムキムキの大男の強さを示す展開を入れる例えばパンチ一発でビルの壁に大穴が開く
そこに描写で捕捉をいれて幼少のころから体格に恵まれ喧嘩には今まで一度も負けたことがない小学生の時高校生を病院送りにして圧倒的自身に満ちている立ち振る舞い裏格闘技の絶対王者と描写すれば如何にも百戦錬磨の強さと読者に伝わる
これで読者の期待には応えたといえる
そこにさらなる展開を追加することて読者の期待を超えるようにする
それに対しての老人が如何にも不利に思わせるように一般論で華奢な体躯わずかに曲がった背中肉付きも薄い柔よく剛を制すなど作り話の世界の出来事だ
小さく筋肉量に劣るものが勝つことなど不可能ましては老人だ勝敗など目に見えている
現実は剛よく柔を制す圧倒的な力の前に技は押しつぶされる
てきなことを描写に入れて最後に普通ならば・・と入れて
こんな展開を入れる
大男御自慢のビルの壁に大穴をあけるパンチを指一本で止めるそして大男の驚きもつかの間一撃で倒す
こうすれば
読者の良い意味で予想外で読者間期待以上の強さ表現の演出となる
要は面白い描写とは一定レベルの引き立て役の役割を果たす描写
この例で描写の果たす役割は強さについての優勢劣勢といあおりこの場面では読者の期待するのはどちらが勝つかの強さの描写
それがこり場面で読者が期待する情報
こんな感じ一般論一般的な思考から読者の予想や期待を予想すれば意外と簡単に読者のきたいには答えられる
その補足や期待のあおりが描写としての読者に期待され効果的な役割の一つ
それが一定のレベルで出来れば理論上面白い描写といえる
まあうまく書けばの話
これは一般論から読者の期待を予測しそこから読者のほしがる情報あおりを予想して読者の期待を超え良い意味で予想外の面白い描写になるようにする技後は本人の力量次第
方法媒体問わず晒さないでね
晒さないでねなんでこんな言葉を入れるのかは私なりに価値があると思える学びの情報が私の手をはなれて拡散しないようにするためです
憶測は勝手にどうぞ言い争うほど熱量でさらしていません
この内容に穴があったらつっこんでね
この内容の突っ込み以外返信しないかもです
私が知りたいのはこの学びの穴や矛盾点の有無なので

上記の回答(勉強開始八年目最新の学びに穴がないか判断を他者してもらってみようと思いますの返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答!

やっぱり……。
長年成長できないアマチュアの考え方ですね。

これは
「みんな、俺の作品が大好きで仕方ないだろう?」っていう前提に基づいています。

別に読者は、あなたの作品にほとんど期待してません。
っていうか、一話切り問題を、自分で自覚してるでしょ?
相変わらず、つまんない作品ばかり投稿してるからですよ。

話を戻して、
描写で期待を超えろとか、そういうバカな話じゃない。

今は、誰と誰が話してるのか。どんな場所にいるのか。どういう状況か、など。
場面を分かりやすく伝えるのが描写。

あと読者の期待を超えるのは、描写でも構成面でも、そう簡単なことじゃない。
お前みたいな底辺が語らないように。

あなたの偏った幻想論は、いつだって自分の好きな特撮とか、戦闘シーンのみを参考にしているから。
そういうのはマンガでやれ。
媒体は、小説なんだから。情景とか、心情描写もキーになってくる。

ってか、一度でいいよ。
あなたはここを出ていってから
一度でいいから、賞レースで一次選考を突破したかい?

ないだろ。
相変わらず、独りよがりの小説ばかりで、びっくりするんですよ。

でもまぁ……。
こんなはた迷惑な怪物に才能が与えられなくて良かった。
神様は良い仕事をしている。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 勉強開始八年目最新の学びに穴がないか判断を他者してもらってみようと思います

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投稿日時:

元記事:サブタイトルを決める意味

ネーミングセンスがないので、毎回サブタイトルに悩んでいます。
法則を決めるとネタ切れしそうだし、長いサブタイトルってどうなんでしょう? タイトルが長いのは集客の面で有効なのはわかるんですが、サブタイトルまで毎回凝るのは正直疲れそうです。
サブタイトルはどういった調子で決めていけばいいんでしょうか? 相談よろしくお願いします。

上記の回答(サブタイトルを決める意味の返信)

投稿者 サタン : 0

妙にカッコつけず、まんま書けばいいんですよ。
その回の話題はなんですか? ってだけの事なので、別にサブタイトルに魅力を出す必要はないでしょう。
私はWebでも書籍でもサブタイトルは読まないです。内容が面白ければサブタイより本編読みたいので、目に留まることさえないです。
「長い方が集客の面で有効」とありますが、どういう面で有効なのでしょうか?

その回の内容が「主人公が異世界に旅立つ」って事なら、「異世界へ」とか適当で良いと思いますよ。
内容をそのまま書けばいいだけなんで、センスもなにも必要ないです。これが出来ないとすると書いた本編に内容がないって事になると思う。
でも、相談内容からしておそらくはセンスの良いサブタイを考えるのが苦手って事だと思うので、そんなら別にそんなセンスに悩む必要ないんじゃない、そのまま書けば、という感じです。
どうせWebでは「Next」を押すわけだからサブタイなんて目にしないです。ページが切り替わったときにチラッと見えるだけ。

ごくごく個人的な話だけど、
逆に「凝ったサブタイ」というか「センスあることを見せようとしてくるサブタイ」みたいなのは、読む気が失せます。
どうせ内容もそういうカッコつけが多いんだろうと思うと、飾った文章を描写と思ってるような、読むのが疲れる文章を書いてるんじゃないかなと邪推してしまうためです。
一般論ではなくあくまで個人的な事だけどもね。

カテゴリー : その他 スレッド: サブタイトルを決める意味

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投稿日時:

ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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