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あまくささんの返信一覧。最新の投稿順198ページ目

元記事:そうですね、一度まとめ直してみましょう。

 うーん、俺としては生物学の解釈でもめてるだけのつもりだったんだが、なんか壮大なことになって来たなぁ。
 
 そうですね、俺自身ヒートアップしてしまった感があるのは否めないので、ちょっと時系列を追って整理したいです。お手数ですが、俺視点でまとめるので、『それ違うぞ』って所はツッコんでください。

0 そもそもの発端は、善悪論の中で動物の例え話を出したあまくささんに、『ちょっと横道にそれるけど、違うんじゃない、ソレ?』と俺がウンチクを言い出したところでしたよね?
 この時点で俺が言いたかったこととしては、
 ①そもそも、その例え話に登場する解釈・理解が間違いを含むものである事
 ②その結果として、例え話を内包している一通りのセンテンスの意味合いが分からなかった事への確認
 の二つだったと思います。

1その後、それに対してあまくささんからの返信がありました。
 内容としては、
 ①大野が書いた『人間の本能ってそんなに簡単に表現できるもんじゃないねん』っていうのは、あまくささんが元々のスレで既に書いていた。
 ②大野の言っている『人間の行動が本能に根ざしていないとは言い切れない・動物の行動は本能の一言で説明しきれない。』と言うのは、理屈としてループしている。言ってることおかしくないか?
 ③と、他2件ほどの動物ウンチク。
 ④あまくささんが、『悪という概念自体が大いなる誤謬、科学的に存在しないものだと考えている』と言う話。
 ⑤善悪論については、『信じざるを得ないから信じているだけ』であり、その事に気付いている物は少数だ。

で、それに対する大野の返信が
 ①あまくささんの文章の中に『人間は理性的な生き物、動物は本能的な生き物』という感性があるように見えたから、そこまで区別できるものではない、『動物』と言うくくりから、特段人間を抜き出して話すのはおかしいだろう。
 ②大野としては、『科学』と言うのも人間が世界を見る尺度・物差しに過ぎないから、『科学』をそこまで信頼できると思うのはおかしいと思う。
 ③(人間と動物では複雑さのレベルが違う、と言う発言を『人間上位』の物と取ったため)『人間だけが一方的に複雑だ』という考えは傲慢に見える
 ④『科学』や『善と悪』と言うのは、人間がそう信じたいから信じている、一種の宗教のような物だと思う。

その後のあまくささんの返信。

 ①(『人間だけが一方的に複雑だ』という考えは傲慢じゃないだろうか、と言う発言に対し)あまくささん自身としては、『全ての局面において人間が複雑だ』と言ったつもりはないし、『複雑だから高尚だ』と言っているつもりもない。

対して大野。
 ①局面を限ったとしても、人間だけが複雑だというのは難しい。それこそ、とても細かい単位まで砕けば比較しうるだろうが、『社会』について論じるのであれば、比較はできないと思うし、すべきでないと思う。
 ②もし、局面を切り分けて比較をしたというのであれば、その切り分けは人間の尺度によっているように見える。そのやり方が傲慢ではないかと、批判したつもりだ。
 ③『複雑であることが高尚ではない』とあまくささんが思っていることは理解した。

その次のあまくささんの返信。
 ①前提が違えば結果も違うんだから、ある尺度に合わせて局面を切り抜くのは当たり前だと思う。
 ②何度も言っているが、『ある尺度に合わせているだけ』。
 ③むしろ大野が、自分の価値基準を当て嵌めて考えて、あまくささんの発言を曲解しているんではないか。一度冷静になった方が良いのではないか。

その次の大野
①『前提が違えば結果も違うんだから、ある尺度に合わせて局面を切り抜くのは当たり前だと思う』と言うのはもちろん当たり前であるが、それでもあまくささんの表現は人間尺度によっているように見える。
②と言うかむしろ、『人間や動物を超越した絶対的な評価基準』を用意できないのだから、根本的に『人間の尺度』によらない評価をするのは無理だろう。
③だが、(大野には動物を比較対象に持ち込むのは無理があるように見えるので)やはり動物を議論に入れたのは間違いだったと思う。
④その上で、人間の話をしているところに無理やり他の動物の話を入れた訳であるから、文脈的にはむしろ『人間を基準とした話』でなければ通じないであろう。だから、そういう前提で聞いていた。
⑤あまくささんの例え話は動物学・行動学的にすごく一部の物だけを抜き出したものに過ぎない、よってそれを人間の社会や学習などと比較するという事が、『人間基準の尺度』であろう。
⑥(あまくささんの発言に対し)そもそも、人間が「価値観」という物から脱するのは、凄く難しいと思う。その上で、『出来るだけ自分の価値観を省いて話すためにどうしているか』って話。

 と言う感じに見ていたんだけど、あってますか?
 その上で、『いったん話を戻してみます』の返信はまた別に書かせていただきます。

上記の回答(そうですね、一度まとめ直してみましょう。の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

まあ、大筋としてはだいたいあってるんじゃないかと思います。

あと、こちらはしばらく返信できなくなるので、続く場合は夜に対応させていただきます。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:そうですね、一度まとめ直してみましょう。の返信

まあ、大筋としてはだいたいあってるんじゃないかと思います。

あと、こちらはしばらく返信できなくなるので、続く場合は夜に対応させていただきます。

上記の回答(とりあえず、一つ補足)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

一応、一つだけ補足しておくと、

(再掲)
・脳の発達も人間という生物の「自然」であり、「本能」に根ざしているのかもしれないが、他の多くの動物が「本能」の比較的直接的な作用(こう簡単に言ってしまうと語弊があることは承知。しかし、そんなに間違ってはいないと思う)によって自然とやりとりするのに対し、人間はそれとは違う方法を複雑に発達させて自然と対応している。
(再掲、終わり)

動物の本能による対応も、複雑なんだと思いますよ。
ただそれは、動物の属する自然のシステムが複雑なのであって。(繰り返すけれど、だから動物は下等なんだと言っているわけではない)
人間の場合、人間サイドの脳の中でかなり複雑なことをやっています。インターフェイスとして、脳ばかりがやたらに肥大化している。だから脳の中に疑似世界みたいなものができてしまっていて、それを「世界観」と言います。この「世界観」は「クオリア」とも言い換えられます。

そういう点で、人間の対応法は実は他の動物よりもむしろ精度が低いのかもしれません。全部、自分の頭の中でやろうとしますからね。
しかし、この方法は、短期的に周囲の環境を改変するためにはかなり強力みたいです。だから人間は環境を作り替え、現時点では地球の王者になったのだと思われます。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:いったん話をもどしてみますの返信

 『反論のための反論』にはしないつもりでいたし、俺もかなり一貫した主張をしてきたつもりなんだけど……。
 往々にして、客観性や冷静さってのは失いやすい物なので、一度見直しつつ、もう一度言いたかったことを再整理します。
 が、その前に返信。

>だって、このスレはもともと人間の話をしていたんでしょう?
 私が「人間尺度に合わせているわけではない」と書いたのは、「人間のに都合の良い尺度に頭がとらわれているわけではない(人間が複雑だから動物より優れているとは思っていない)」と言っているだけです。

 はい、そこは存じ上げております。
 あと、割と早い段階で、『人間と動物のどちらが優れているか』の話は、お互い論じていないという事で決着してませんでしたっけ?
 俺が言いたいのは、
①あまくささんの上げた例は極めて限定的な実験を拡大解釈しているように見える。それを抜き出して、人類との比較に持ち出すのはおかしい。
②上の『限定的な実験を拡大解釈する事』こそが、『人間的な尺度』ではないのか。
③それはそれとして、大本では人間の話していたんだから、人間を比較対象にするのは分かるし、人間の話に動物を登場させようとしてるんだから、むしろ『人間的な尺度』で比較せざるを得ないんじゃないかなぁ。

 と言う話。
 要は、『そうなるのも無理は無いけど、その例え話はおかしいんじゃないか?』ってことです。色々端折ると。

(2)
 動物を持ち出すときに、比較対象としてしか出していない事は、理解しました。
 ただ、(1)のところでも書きましたが、根本的に比較の仕方がおかしいと思う、と言うのが俺の論旨です。
 
 そういう意味では『人類の学習や思考を前提に、動物の思考や学習を考えている』と言うのは表現が悪かったです。ごめんなさい。
 言いたいこととして言うと、『動物の思考や学習を、人間のソレと安易に比較できるとは考えない方が良い』と言う話でした。
 
>『人類の善悪の話をしているところに、他の動物の社会性に関する話を抱き込んだ』ように見えた訳です。
 それのどこがおかしいのですか?

 むしろ、『それがおかしい』と言う話です、最初から。
 第一に、比較の仕方に無理があり。
 第二に、例え話として破綻しているように見える。
 よってそもそも他の動物の社会について語ることが間違っていたんじゃないか。
 まあ、最後の奴は割と後になってからしか言ってませんでしたが、言うまでもないと思っていました。(例え話に『だってそれおかしいよね』って難癖付けた時点で、大元の発言が間違っていると言っているも同然ですからね。)

>そうではなく、『動物の社会に比べて人間の社会はどうか』という話をしています。

 そうでは無く、そもそも動物の社会と人間の社会を比べるのはおかしい、と言う話をしています。

 ちなみに俺は途中から、一貫して『あまくささんの例え話は間違ってると思う』と言う話をしています。
 貫性が無い、と仰るのであれば、『これはそもそも人間の善悪を語るスレじゃないぜ』と返させていただきます。あくまで、『嫌いな人』を語るスレですからね。善人が嫌いだろうが、善悪関係なく金持ちが嫌いだろうが、何でも良いのです、大元を言えば。

(3)
 (2)のような議論の混乱は、俺が『あまくささんの例え話は間違ってると思う!』と最初に言わなかった事も大きな原因でしょう。これについては、本当にごめんなさい。迂遠な言い回しをして、事態を引っ掻き回してしまいました。
 俺としては、むしろ『あまくささんの例え話は間違ってると思う』が本旨であるので、No30くらいからこっちの発言には『あまくささんの例え話は間違ってると思う』以上の事は書いてないです。ってか、まず間違いなくそれが議論のズレだ。

(4)さてついに帰ってきた人間の善悪論。
 ちなみに事ここに至っても粘菌のアルゴリズムの事とかを語ってやろうと思っちまったぜ。
 本能については俺は上述の通り、『学習・思考する本能』という物があると思っています、通俗的に『理性』と呼ばれるソレとは、明確に違う形で。
 よって、『脳を発達させる本能』があり、『本能以外の物』が増えた結果、相対的に『本能』が薄れたように見えていると考えます。
 最後の奴も違うんじゃないかな。都市部で自然が減っただけで、農村部に生きてる人間はちょくちょく超能力的本能を発揮しますよ。あと、ド素人でも山登りとかさせると、『ツアーからはぐれたにもかかわらず、何故か沢・川に近付いてったり』します。それは本能ではないですか?
 特定の病気の時に、喉が渇くやつも本能っちゃあ本能ですね。まだまだありますが、人間の本能はそんなに衰退してないですよ。

 こういう時に持ち出した動物例え話がおかしい、と言うのが俺のメインのツッコミです。
 
 確かに、人間は他の動物としては特殊に成長し、そして社会を作っているのは事実です。

 人間社会のルールの学習に関しては、これは程度差があると思います。
 教育学・発育学は専門外なのですが、学習環境や個体の素質に依存するところが大きいので、掛かる時間は何とも。

 人間の学習内容にあっては、例えば『物を食べる』とか『アルファベットや五十音を覚える』などの部分は、大きく本能に依存する部分のある刷り込み型の学習なので、『人間の努力が生み出した』と言う表現は事実からズレると思います。『人間の本能と、ちょっとの文化が生み出した』と言う所でしょうか。

 『一人前になるまでに余分で雑多な情報も大量に受け取ってしまう』と言うのは、個人的には受け入れられません。まあ、『人類の理想像』みたいなのを仮定すれば確かに『余分で雑多』なのですが、ロマンを愛するファンタジーマニアとしては、『必要な個性』であり『機能外の拡張』の範疇だと思います。

 あまくささんの言う『神の見えざる手』が、俺の言う所の『思考・学習する本能』に近いかもしれません。要するに、『なんとなく、上手くいく方向に近付いていく』と言う話ですよね?
 まあここら辺、進化論における『自然選択(環境に適応した者だけが生き残る事)』が起こってるだけじゃねぇかともおもうんですが。

 『現状の社会はトラブルや悲惨なできごとの坩堝である反面、部分的にはそう悪くもないと思える状態を維持してもいる』のは、徹頭徹尾政府の陰謀にしたい所ですが、そんな陰謀は多分実在しないので、『なんでか知らんけどそうなったよねー』と思っております。

 ちなみに、俺の『価値観』としては、『善悪の価値基準』そのものも、『人類』全体の進化過程にあって、内部の異端者(=悪)を自然選択から弾き飛ばすために出来た、本能的なルールなんじゃないかとも考えてます。
 同時に、凄く規模のデカい上に、大概の人にとっては無自覚な『宗教』であるとも。

(5)
 うーん。あまくささんの言うような人間観をインプットできるのが、まずすげーなって。色々文句付けたけど、あまくささんが何を考えてるかは大雑把に伝わったつもりです。

 正直、あまくささんからそこそこズレるけど、でも『似て異なる』程度には近い思想を俺も持ってるけど、『なんとなく好きじゃない人間』って結構いるもん。で、そいつら見て、特徴探すと、『ああ、俺こういう人間が嫌いなんだな』ってわかんのよ。
 だから、そうならない、つまり大概の人間に対して『好き』ないし『無関心』でいられるのがすげーなと思います。マジで。

 そして最後の最後にもう一つ誤解!
 あの時俺が『俺は性悪説で考える人間なんで』って書いたのは、マジでそれ以上の意味無いから。
 俺は別に『性悪説か性善説のどっちかしか認めんぞ我ェ!』みたいな性悪説ガチ勢じゃないし、性悪・性善以外の見方があることは承知しておりますよ。勿論。

 ただまあ、結果としてあまくささんのよりディープな所を見られて、勉強になったんだ結果オーライかな。

 ロマン大好き人間としては、出来ればもう少し感情的に生きている人間が見たい所ですが、世の中には色んな人間が居るんだなぁ、って所でこれはこれでためになる話が聞けました。
 ありがとうございました。

 P.S. 今度こそ最後。不謹慎かもしれませんが……。
 ああー! 議論たんのし―!
 話が噛み合わなかったり、誤解とくために色々考えたり、全然噛み合わなくても『そういう考えの奴居るんだな』ってわかるの、滅茶苦茶楽しー!

上記の回答(いったん話をもどしてみますの返信の返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

>①あまくささんの上げた例は極めて限定的な実験を拡大解釈しているように見える。それを抜き出して、人類との比較に持ち出すのはおかしい。

これについては、まあ、多少卑怯な弁解になるかもしれないけど、話をわかりやすくするために単純化して提示したのです。

私が最初に「動物」を持ち出したのは、№27の、

(再掲)
ミツバチやアリも社会を作る生き物ですが、やつらはたぶん思考も学習もしないで本能だけで社会が作れるのだと思います。
しかし人間にはそれができないので、長い歴史を経て、思考し、経験を重ねながらルールを作りあげてきました。
(再掲、終わり)

これですよね。
これは大雑把すぎるとは自分でも思いますが、主旨としてはそれほど間違っているとは今でも思いませんよ。

これに対して、大野さんは、

>・ミツバチやアリの思考・学習
> これについては、学術上『そこそこ高レベルの物を持っている』事が判明しています。
(以下、略)

と返してきましたが、私としては率直に言えば、

「だからどうした?」

としか思いませんでした。

そこそこ高レベルだろうと、人間の思考の複雑さとは隔絶した差があることは間違いないと思うのですが、どうでしょう?
1と100に連続性があろうと、1と100くらい隔たりがあれば、それはもう別物といって差し支えないと思います。

他にもいろいろ言いたいことはありますが、取りあえずこの点についてはどうお考えでしょうか?

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:いったん話をもどしてみますの返信の返信の返信

 うーん、まあそこら辺いる派閥の違いなのかもしれませんが。
 まず、動物と人間の知能を数値比較しようというのがナンセンスです。

 『タンパク質』とか『細胞』の単位であれば確かに同じ構造体ですが、『脊椎動物か無脊椎動物か』の時点でそもそも神経構造に隔絶が有りますし、社会と呼びうるシステムにしたって、一部の学者が『集団による個』と表現するぐらい人間とは別の在り方をしています。

 これはアリやハチの話ではありませんが、脊椎動物の一部には『地震や気候異常に対する予知じみた先見能力』があるとされています。
 人間の頭脳で理解しえないために研究が遅々として進んでいないのは事実ですが、観測上『何か』が存在しているのも確かです。

 この場合にあって、それを『人間には観測不可能な何かを「本能」によって察している』と表現するのは非科学的です。解剖学上、それを可能とするであろう、或いはそれに特化したであろう器官が見つかっていないですからね。何らかの『理性』或いは、人間に理解不可能な『考察』が働いた結果で判断しているはずなのです。

 ミツバチが行う『熱殺蜂球』と呼ばれる行動をご存じでしょうか? 少年漫画の必殺技のような名前ですが、『天敵であるスズメバチ(など)に数匹~十数匹で特攻を仕掛け、体温で焼き殺す』という少年漫画みたいな行動です。
 これに対し、『それはそういう本能なんだろ』と言うのも非科学的です。

 まず第一に、ミツバチはスズメバチに対して複数の対処手段を持っていて、『数匹のミツバチを囮にして巣から離れた場所に誘導する』とか、『集団で近付いて威嚇する』などの方法を使います。『集団による威嚇』が有効なのは、スズメバチ側が本能的に『熱殺蜂球』を恐れているからだとしても、その対処手段をミツバチ側がどう選択しているかについては、『本能』の一言で済ませられるものではありません。

 第二に、ミツバチ側の判断能力・伝達能力の問題が挙げられます。ここを、俺は『人間より複雑、或いは優れた何かを持っている』と思っている部分なのですが、ミツバチの集団行動にあっては、『司令塔』と呼びうる物が確認されていません。
 勿論、スズメバチ発見の第一報自体は、外でスズメバチと遭遇したミツバチによるフェロモンや羽音による警戒姿勢で他のミツバチにも連絡がいくものですが、他方で『第一に』で上げたいくつかの手段をどうやって行うかという選択は、個々の個体が行っていると推察されます。
 人間の民主主義のようにグダグダと話し合う訳でもなく、特定のリーダーが居る訳でもなく、命が掛かった状況下で飛行状態を維持しながらハイスピードでいくつもの手段を模索し、場合によっては『巣の位置と他の方角を意識しながら囮になる』などの手段もとります。

 熱殺蜂球による特攻時も鮮やかで、特攻を行う個体と、特攻から避難する個体でサッと分かれるんです。特定の脅威が訪れた場合の状況判断能力や、所謂『察する』能力にあっては人間を超えていると思いますがね。

 勿論、今あげたすべてを『本能』の一言で済ませてもらっても構いません。或いは『複雑なことを考えられないから、結果として判断が早いだけだろう』と仰っても構いません。
 ただし、集団単位での状況判断・各種伝達面に関しては、これは確かに人間よりも複雑な物を持っていると、ご理解いただけますよね?

 で、しかもこいつ等は基本的には『働きバチ』です。
 普段は分業して花の蜜を取りに行ったり、それを巣の中で貯めたり、巣の中で幼虫にエサの分配をしたり、巣の拡張工事をしています。

 花の蜜取りに関しては以前にも書きましたが、奴らは高度なマッピング能力を持っています。その上で、『ダンス』などと仇名されるような特殊な動きで花畑の位置を他の個体に伝達することも出来ます。
 で、ここで注目して欲しいんですが、さっきのスズメバチとの戦い方のところで『フェロモンなどによる伝達が確認されている』『羽音などによって、警戒を仲間に伝える』と言う表現をしました。
 警戒フェロモン、羽音に関しては、確かちゃんとした実験結果がそれぞれ存在しています。
 フェロモン、羽音、ダンスの三種類の伝達方法に関して、これを人間にあてはめて『三種類の言語』などと表現するのは些か無理でしょう。
 ただ一方で、ここまで複雑化した情報伝達を状況に応じて行い、或いは受信して次の行動に繋げるという技能は、人間にはまずできません。
 
 巣の中での貯蔵についてもそう。超密閉型の奴らのコロニーにあって『蜜を取って来たけど、既に満タンだったからあふれ出しちゃった、テヘ☆』みたいなのは許されません。動線どころか、酸素供給が滞って大量に死にかねないからですね。
 巣の中の在庫管理を行う担当の働きバチが居る、と言うのも事実です。ですが、奴らの記憶能力では、巣の構造を覚えることは出来ても、蜜のたくわえや幼虫の状態把握は容易ではありません。
 その状況下で、判断を行う能力、特定の順番に習って整理する能力があるのは間違いないでしょう。
 『巣の形が一定だから出来るんだろう』と言う言葉も聞きますが、そもそも人間が用意する養蜂箱が無ければ、ミツバチはもっと独創的なデザインの巣を平気で作りますし、それでも生活は成り立っています。

 そして次に巣の建設問題です。
 まあ、この一世紀弱でよくスズメバチの被害を聞くようになったので、奴らの巣を見た事が無い人はほとんどいないでしょう。
 ミツバチにあっても、スズメバチに近い構造の巣を持っているとされます。彼らの巣は、女王バチによる卵の植え付けと、そこから生まれた幼虫への餌やりを主な機能とした巣ですが、一方で『巣を作っている位置に合わせて、壁沿いや木などの外周に沿うように巣をつくる』ことが出来ます。
 当然ですが、総当たり的に『作ってみたけど、やっぱ無理だったから壊そー』と言うことは出来ません。女王バチが卵を産める期間は限られている上に、ミツバチは越冬の事も考えねばならないため、時間はそう多くない訳です。
 巣の拡張タイミングに関しては、『女王バチがこれぐらいの頻度で卵を産むだろう』と言う本能があるのでしょう。
 ですが一方で、建物などに沿う形で巣を作るのはとても難しいです。
 あまくささんも、見た事があるのではないでしょうか。『雨どいや、速攻を取り込む形で、やたら複雑化したハチの巣』を。まあ、今の日本で人家に巣をつくる物の大半はスズメバチなんですが、ミツバチだって似たようなことは出来ます。
 海外のニュースとかで、養蜂家が言えの軒先に巣を作られてしまった、なんてニュースもたまにあったりします。
 奴ら元々、木のうろなんかに巣を作りますからね、特に雨どいなどは格好の場所でしょう。
 彼らの建築工事もまた、本能で済ませるには無理があるでしょう。場所に合わせて作る以上、どうしたって構造は多様化せざるを得ません。
 例え単純な構造体を適当に組み合わせる、いわばレゴのような作り方をしているとしても、卵を産んだり餌やりをするためには、ある程度『総体』を把握する必要性が出てきます。
 
 ところで、ミツバチには『女王バチ』『オスの働きバチ』『メスの働きバチ』の三種類しかいません。
 ちなみに、メスの働きバチの仕事分担が一番多く、上に挙げたうちの大半は彼女らの領分です。

 勿論、『それのみに特化して成長しただけだろ』と思ってもらっても構いません。ミツバチは数十から数百のコロニーで生活しています。勿論、分業なのは事実です。
 やった仕事の大きさ事態で言えば、人間には遠く及ばないでしょう。
 
 ですが、集団単位での彼らの行動能力、作業能力、そしてそれらの際の伝達能力の中には、決して人類では敵わない面も多いでしょう。そしてそれは判断の早さとか、複数の物を同時に考える能力だとか、すごく早い伝達能力だとかも含まれるわけですが……。人間に出来ますか?

 あまくささんは『1と100に連続性があろうと、1と100くらい隔たりがあれば、それはもう別物といって差し支えないと思います。』と仰いますが、ハチの知能と人類の知能には、根本的に連続性はありません。
 『脊椎動物と無脊椎動物の段階で系統樹が分かれたから』と言う話ではなく、単純に生活形態も、種族内における『個』と『集団』の意味合いも、伝達能力も、活動の在り方も、全てが異なっているからです。

 それを、連続性のある数値として比較しうる物だと考えているのが、まず間違いだと言っています。

 あと、偏った実験の解釈と呼んだものの中には猿や狼の実験に関する批判も書いて置いたと思うのですが、そちらはどう考えますか?

 再掲

>二番目に上げられていた猿の実験の件もそう。
 動物行動学ではわりと頻繁に似た実験をするので、あまくささんの知っているソレに携わった猿がどのような成長をした個体かによる影響もうけますし、逆に野生における猿がどういう成長をするかを示す結果でもありません。
 あくまで、単純化した状況における学習能力の問題であります。
 大体、人間の学習能力の何割かだって、パブロフ的刷り込みに依存している訳で、この実験結果のみをもって人間と猿の思考能力の違いを立証しようとするのは些か性急すぎます。

 例えばカラスは自動車を使って木の実を割ることが有ります。これは偶発的な現象ではなく、学習によって習慣化されたものとして、です。バードウォッチャーたちによって、ある程度離れた森林から木の実を運んでくることも確認されています。

 一方、狼の実験の方ですが、これ確かヤマネコかハイエナによる群れ同士の抗争の観察結果として、反証に値する――つまり『復讐を避ける/同業他社になりかねない相手を削ぐ目的で、同族殺しを行う』という結果が出ているはずです。
 また、狼にあっても、彼らには根本的に『身内同士で喧嘩をしあって、伴侶を決めたり、群れの中での順位を決める』という習慣がある種類も多いため、そもそも『どういう種類の戦闘』であったかの性質によるため、これも『洞察力』の有無を測るテストにはなりません。

 人間だって、プロレスや大相撲で相手を殺すまで戦わないでしょう?

 これについての回答も、頂ければ幸いです。

上記の回答(じゃあ、一つ一つ片付けて行きましょう)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

とりあえず、まだ伝わっていないことはわかりました(笑
根本的な誤解が解消していないと思いますよ。

>ただし、集団単位での状況判断・各種伝達面に関しては、これは確かに人間よりも複雑な物を持っていると、ご理解いただけますよね?

別にそれを一度も否定していませんよ。

他の動物よりも人間の方が優秀だと思っているわけではない。

そう何度も言いましたよね? それは、

ひょっとしたら他の動物の方が人間よりも優秀かもしれない。

という意味も含みます。
当然ですよね?

他の動物、まあ、めんどくさいから、ここではミツバチとしますね。
私がずっと言っているのは、人間とミツバチは違うということです。
だから、

>あまくささんは『1と100に連続性があろうと、1と100くらい隔たりがあれば、それはもう別物といって差し支えないと思います。』と仰いますが、ハチの知能と人類の知能には、根本的に連続性はありません。

根本的に連続性がないと捉えていらっしゃるのなら、それでいいんです。
私はただ大野さんが、他の動物にも知能があるみたいなことを仰るから、連続性があるとお考えなのかと思ったんです。
だから、あってもそれはごくわずかでしょ? という意味で1と100という言い方をしたんです。

>これはアリやハチの話ではありませんが、脊椎動物の一部には『地震や気候異常に対する予知じみた先見能力』があるとされています。
> 人間の頭脳で理解しえないために研究が遅々として進んでいないのは事実ですが、観測上『何か』が存在しているのも確かです。

> この場合にあって、それを『人間には観測不可能な何かを「本能」によって察している』と表現するのは非科学的です。解剖学上、それを可能とするであろう、或いはそれに特化したであろう器官が見つかっていないですからね。何らかの『理性』或いは、人間に理解不可能な『考察』が働いた結果で判断しているはずなのです。

その「何らかの『理性』或いは、人間に理解不可能な『考察』」を、彼らも生物である以上何らかの器官によって働かせているわけですよね?

それは脳ですか?
脳以外の器官ですか?
それとも、脳を人間には理解できない別の形で働かせているのですか?

この3つのどれか以外は論理的にあり得ないと思うのですが、いずれにしても人間とは違うことをやっているわけですよね?
(個人的には脳以外の器官なんだろうと思いますが、それを証明はできませんし、現時点では別に証明する必要もないでしょう)

   *   *   *

>あと、偏った実験の解釈と呼んだものの中には猿や狼の実験に関する批判も書いて置いたと思うのですが、そちらはどう考えますか?

これについてもミツバチと同じことなので、改めてお答えする必要はないと思います。
(カラスは神社の鳥の餌の販売機を操作したりするやつがいるらしいですね。さすが恐竜の子孫はあなどれない。笑)

   *   *   *

以上の考察は、人間とはどういう生き物かということについての私の意見の本旨ではなく、その前段。前提の確認です。

ここまではいいですか?

なお納得できないなら、お望みならいくらでもお付き合いしますよ。

ここまでは1レスにあれこれ詰め込みすぎて混乱を助長していたので、まだ本題ではありませんが、一つ一つ片付けていきましょう。

もう寝るので、何かあったら明日の朝、お答えします。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:じゃあ、一つ一つ片付けて行きましょうの返信

 >以上の考察は、人間とはどういう生き物かということについての私の意見の本旨ではなく、その前段。前提の確認です。

 ええ、ですから、No29にも書いた通り、これは基本的には面倒な生物オタクのツッコミなのです。

 あまくささんが
>他の動物よりも人間の方が優秀だと思っているわけではない。
 ことはもとより知っております。一度確認を取りましたからね。

 ただ、
>私はただ大野さんが、他の動物にも知能があるみたいなことを仰るから、連続性があるとお考えなのかと思ったんです。
 俺はむしろ、あまくささんの方が『動物と人間の知能に連続性がある』とお考えなのかと思い、連続性の無さそうな物を例として挙げたまでです。
 不要だったのなら、それで構いません。

>その「何らかの『理性』或いは、人間に理解不可能な『考察』」を、彼らも生物である以上何らかの器官によって働かせているわけですよね?

 これは、話の流れ的に『脳』や『理性』の話をしている訳ですから、当然『脳以外の器官で』『地震の前兆を計測しうるようなものが』見つかっていないという話です。
 理性の話をしているんですから、脳ないし脳に該当するものを含まない訳がないじゃないですか。

 何度も書いてますが、俺は『前提』としてあまくささんが挙げられた『動物と人間の比較』というやり方が良くない、と言う話をしているだけで、まだあまくささんの語ろうとしている『人間の善悪観』の本旨に到達していない事は存じ上げています。
 そもそも、『余談』として挙げたレスに返信が帰って来て、それがずっと持続している状態なだけなので、最初から書いてある通り、これはあくまで『俺は良くないと思う』と言う話に過ぎない訳です。
 勿論、俺にも考え方の理屈や、固執する物が有りますから、『じゃあ大野さんはこういう問題はどう考えられますか?』とあまくささんの仰った部分に反論・ないし意見を述べる事はやってきましたが、これは本質的には『余談』ですよ。
 (まあ、そもそも『個人的な好き嫌い』を語るスレなので、人間の善悪論も『余談』っちゃあ余談なのですが)

>なお納得できないなら、お望みならいくらでもお付き合いしますよ。

 とのことですが、俺は本質的にはあまくささんがどうしようが『納得』はします。
 一番最初のNo29で書いた通り
『生物系が好きな人として、ちょっとだけ面倒くさいツッコミをします』
 と言う、俺個人の主義主張としての『そのやり方は気に食わないなぁ』というごく個人的な感想であって。
 その後No31(30は我々のやり取りとは別のレス)であまくささんが『大野さんそれ誤解してるんじゃない?』と言う深堀が有ったので、そっからお互いの主張について語るべき脱線して行っただけだと思います。
 これは、あまくささんが悪いと言ってるわけではないです。むしろ俺も『こりゃあ面白い事になって来たぞ』と脱線を助長させた側面もあるのですが。

 これはあくまで余談であり、脱線です。
 ここまでやってきたことを言うならば、『私はこういう風にやっています』というあまくささんと『そのやり方は好きじゃない』と言う俺が、それぞれの理屈や主張を言っているだけでは、無いのですか?

 俺はそれでもやはり『動物と人間の知能・学習性を比べるやり方』は良くないと思うし、好きじゃないですよ。
 でもそれは、大野の勝手な感情であって、もちろん深堀して議論をしてくれるのであればいくらでも楽しく議論しますが、『私は本題から逸れたくないのに』と仰るなら、いつでも本題に戻ってもらって構いませんよ。

 だって、大野が『そのやり方良くないと思う』っていうのが大野の勝手なら、あまくささんが動物の例え話を出すのも、本題に戻るのもあまくささんの勝手でしょう。
 『俺はそういうやり方なんだ。文句があるのは分かったが、俺にも俺の理屈がある』で終わる話なんですよ、究極。

 詳しくは『まとめ直してみましょう』のスレを見てほしいのですが
①大野が、『面倒くさいオタクのツッコミなのですが』と持論を語る。
②あまくささんが『ちょっと誤解があるみたいだけど』と語る。
③大野が『誤解されるような言い回しだったなら、こう言いかえるんだけど』と返す。
④あまくささんが『やはり誤解があるようだけど』と細かく掘り下げる。
⑤大野が『その誤解に見える部分の大前提が、俺は間違ってるとおもう』とさらに掘り下げる。
以下、更なる掘り下げ。

 と続いてるだけで、これは単純に余談を掘り下げてるだけです。
 確かに俺が掘り下げたのは事実です。だって、あまくささんの考えが色々見えてくるし、楽しかったですよ。
 ただ、もしあまくささんが掘り下げたくなかったのなら、別に途中で切ってもらっても構わなかったですよ。

 流石にKYの俺でも、自分が掘り下げた所にあまくささんが突っ込んでこなければ、『あ、余談は終わったのね。じゃあ本題の話しよう』となります。

 勿論付き合ってもらえるなら、根っこまでしっかり掘り下げたい所ですが。そうしても良いですか?

上記の回答(じゃあ、一つ一つ片付けて行きましょうの返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

では、もう少し解きほぐしてみましょうか。

動物と人間の比較というところで延々と話がこじれつづけている理由は、おわかりでしょうか?

ひょっとすると大野さんの側にも私がまだ理解できていない深いお考えがあるのかもしれませんが、私サイドの理由はわりと簡単です。

(№37から)
>第一に、比較の仕方に無理があり。
>第二に、例え話として破綻しているように見える。
>よってそもそも他の動物の社会について語ることが間違っていたんじゃないか。

他にも同様の文章がいくつもありましたが、これは私の見解をけっこう明確に否定していますよね?

一つ前のレス(№47)では、動物と人間の知性には連続性がないという点については見解の一致をみたように思います。
しかし、それに続く文章で、

(№47から)
>何度も書いてますが、俺は『前提』としてあまくささんが挙げられた『動物と人間の比較』というやり方が良くない、と言う話をしているだけで、

>俺はそれでもやはり『動物と人間の知能・学習性を比べるやり方』は良くないと思うし、好きじゃないですよ。

結局、これが出てきちゃうんだよね(笑
「好きじゃない」という部分で少し表現が緩和されている気もしますが、「その考えは良くないことだ」という一文だけは、すべりこませないと気が済まないという感じです。

断っておきますが、別に自分の考えが常に正しいと思い込んでいるわけではありませんよ。
ただ、上のように言われた場合、「どこが、なぜ良くないのですか?」と質問する権利くらいはあるのではないでしょうか?

それで、ずっとこだわっているのです。

    *    *    *

人間と動物の比較についての話は、一番最初は№27の私の発言から始まっているように思います。

(№27から再掲)

人間の特徴の一つに社会を作るということがあります。

ミツバチやアリも社会を作る生き物ですが、やつらはたぶん思考も学習もしないで本能だけで社会が作れるのだと思います。
しかし人間にはそれができないので、長い歴史を経て、思考し、経験を重ねながらルールを作りあげてきました。

(再掲終わり)

そもそもこの考えは、そこまでおかしくはないと思うのですが。
ただ、論じ方が粗雑だったとは自分でも思います。ああいうふうに突っ込まれるとは予想していなかったので、軽い気持ちで書いたのですが。

何が粗雑かと言うと、「本能」という言葉を安易に使いすぎているんですね。

世間には「それは動物の本能だ」みたいな言い方を深く考えもしないで口にする人が多いようには感じます。
しかし、その後のやりとりで、私が「本能」という言葉をそんなに単純な意味で使ったわけではないことは、ご理解いただけたでしょうか?

そこは一応クリアしたとして。

ならば、上記№27の文章は、ミツバチの生態と人間の思考による社会形成には連続性がないと言っていることもおわかりになるのではないかと。

この後提出された大野さんのご意見には、人間の思考による行動も実は根底では本能に根ざしているのではないか、という主旨の指摘もありました。
それも分かるのですが、ここでそれを言い出すと、方向性の違う論旨が交錯してしまい、議論が混乱する元になります。

そのことを指して、

(№31から再掲)

これじゃあ、右をさらに右から見たら左、左をさらに左から見たら右と言っているだけじゃないかと思いますが。

(再掲終わり)

と指摘しました。

    *    *    *

でだ。

そもそも最初の時点で、人間と動物を比較することによって私が何を言いたかったのかというと。

要するに人間という生物は、ちょっとバグってるんじゃないの? ということです。

で、なんでバグったのかと考えると。

一つ思い当たるのは、人間でも動物でも、ある機能に障害を持ったとき、それを補うために別の器官が異常に発達するという現象がみられることです。

ここで、粗雑ながら「本能」という言葉を使っちゃいますね。私がこの言葉をそんなに安易に使っているわけではないということは理解していただけたと思うので、文章をいたずらに煩雑にしないためです。

簡単にまとめると、以下のような流れを考えています。

1)人間にも本能はあるでしょうか、何らかの理由でそれに障害、または欠陥が生じている。

2)そこで、その代償として脳という器官が異常発達した。

3)人間は異常に発達した脳の機能を使って、環境に対応している。

4)しかしそれはあくまで代替機能であるため、生物の本来のあり方である本能による環境対応と比べて、不完全でバランスが悪い。

こんなようなことなんじゃないかと考えています。
バグと言ったのは発端である本能の障害のことよりも、異常発達した脳の思考の複雑性がさらなる不具合を発生させているんじゃないかということね。

これはあくまで仮説であって、証明はできません。

しかし、上記の文脈において、少なくとも人間と動物のあり方を比較して論ずる論法そのものは、間違っているとは思えないんです。

その点、いかがでしょうか?

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:ヒロイックファンタジーに属性相性(三すくみ)を導入して面白くなる可能性はますか?

ゲームでよく見かける属性相性ですが、Web小説や漫画ではあまり見掛けられず、導入されたとしてもその後あまり使われないまま終わってしまうという印象です。なにか導入してわかりやすく、破綻がなく、かつ面白くする方法は無いでしょうか?

この手のファンタジーの多くはゲームをモデルにしているのだから、ゲーム的な要素を際立たせたい時にはなんとなくで導入してしまいたいというのもありますが、何より、弱者が強者に対抗する術がなければならないと感じたからでもあります。
(例えば一部の魔法使いが強大な権力を持つ社会では非魔法使いは奴隷のような扱いを受け、治安は最悪になると思います。また、異世界に自衛隊などの現代的な勢力が攻めてくるというような作品では魔法使いでも倒せないような魔物を一撃で倒せるような兵器が登場するため、そのままでは魔法使いらを活躍させることができません(させる必要が無いのかも知れませんが)。)

個人的に考えたこととして、属性相性がいまひとつ創作の中で活かせないのは今の属性が相手に有利/不利だからといって戦い方が変わらないからではないでしょうか。氷の剣は火の盾に不利なので、氷の剣を捨てるか、もしくは氷の剣で炎の盾を両断できる程度に腕力を強くするか、という二択の他に、炎の盾を避けて氷の剣で攻撃するとかいう「別の戦い方」が用意されていれば、状況に応じて戦い方が変わるため、属性相性を存在させる意義が出てくると思います。
炎の盾を持つ側にとっても、氷の剣を持つ方がそういう行動を取る可能性が想定できる訳ですから、行動を先読みすることができるし、ともすれば自分に有利な戦いを相手に強制させることもできる訳です。

ただ、実際にはこのような関係はもっと複雑になると思います。ワンパターンになるのを防ぐために、「増殖する敵は闇属性の攻撃で増殖出来なくなる」だとか、そうした「特定の属性を浴びることで誘発される状態異常」のような分かりづらい設定を導入せざるを得ない場合もあるかもしれません。「一部の魔法使いによる非魔法使いの支配」を止めるためには、非魔法使いの側がよほど混み入った条件の能力を持っているのでない限り、一般人が一般人らしく見えない問題も発生してしまうでしょう。
そしてそのように条件をどんどん複雑化させていくにつれ、破綻が目に見えて大きくなっていくように思います。

しかしながら、それでも属性相性は個人的には必要だと考えていて、これらを破綻なく導入している作品や導入の際の発想があれば、ぜひ知りたいと思います。

上記の回答(ヒロイックファンタジーに属性相性(三すくみ)を導入して面白くなる可能性はますか?の返信)

投稿者 サタン : 1

えええ、そうかな。三すくみは割りとよく見る設定だと思うけど、でも確かに三すくみを押し出した戦闘描写は少ないような気はする。
いや、確かに少ないな。
なんでだろ。
相性が悪いとか相性が良いとかって状況はよくあるけど、そこまで、なのが多いよね。
本当に「三すくみ」だと状況が動かないからかな。
三すくみの設定があったとしても一対一の戦いだと「相性」の話になっちゃうし、これはよくある戦闘描写だと思う。
あるいは、「異能」っていう能力のカテゴライズが難しい道具が流行っちゃったからかな。
水は火に強くて~みたいな三すくみにするための3つのカテゴリーを作りにくい、独特な能力があると三すくみにしようがないし。
まあ、結局わかりずらいからかな……

そういう わかりやすさ を度外視すれば、例えば漫画ハンターハンターでは「強化系で絶大なパワーがあるウボォーギンだが、負けるとすれば操作系か具現化系だ」って相性問題が語られてる。この台詞から推察するに「操作系は条件を満たさないといけないから放出系とか近寄らせない戦術に弱い」し「放出系は接近されると弱いから強化系には相性が悪い」とか、三すくみが読み取れる。
このレベルで参考例を探せば多いと思うけど、作品として戦闘描写はどう扱ってるかと考えるとやっぱ「相性」の問題で終わってて、「三すくみ」としては描写されてないように思える。

じゃあ、「三すくみ」を押し出す戦闘描写はどうだろうかと考えると、前述したけど三すくみだとそもそも三者ともに動けない状態だから、状況が動かない。
一対一対一の状態だから戦闘シーン自体書くのが難しい。
とはいえ、それを一対一の状況にして書くとなると、スレ主さんが例を挙げてくれてるけど、こうなるとそもそもそれは「相性」の問題であって、三すくみを強調できてない。

うーん……

面白い試みだと思うけど、簡単に思考してみただけの結論としては、「三すくみ」を取り入れても扱いきれない。それを戦闘描写で全面に出すことは物理的に難しいかもしれない。何か解決するアイディアがあれば、でも割りとまだ道具が足らない気がする。という感じ。
一回の戦闘シーンだけなら、敵1が敵2に倒されると自分が不利相性と戦うことになるから、敵1は敵だけど守ることもあるし、守ったそばから敵1に不意を付かれそうになるがーーっていうごちゃごちゃの面白い戦闘シーンが書けそうかな。読者にはすっごい伝わりにくくて自己満足の戦闘シーンになりそうだけど。
だから、もし私がやるんであれば、「三すくみ」という設定がある上で、戦闘描写は「相性」を強調したものにする、という程度になっちゃうかな。
よくあるバトルものだけどその「相性」に注目して一歩踏み込んだっていう作品になる、そんな可能性はありそうだと思う。

>条件をどんどん複雑化させていくにつれ、破綻が目に見えて大きくなっていくように思います。
いやいや。複雑化させる必要はないよ。
「近づかれると弱いからインファイトが得意な属性に弱い」とか、そういう設定にしておけば、つまり「相性が悪い理由」をちゃんと定義しておけば、「近づかれると弱い」というのは「近づけさせなければ相性不利でも戦える」わけで、相性の他に力量もちゃんと書ける。
で、その「近づくための方法」または「近づけさせない方法」をあの手この手で多く考えればいいだけ。
例えば、「炎は水に弱い」と考えたとして何故炎は水に弱いのかを「燃焼物を覆って燃やせなくするため」とかちゃんと考えておけば、「じゃあ水をかけられても燃焼物を絶えず供給し続けられれば良い」って解決策が思いつくじゃん? 逆に「どうすれば燃焼物を無くせるか」と対抗策も考えられるじゃん。
こう考えると条件を複雑化してるわけではないので、どんだけ考えても破綻することはなくなるよ。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: ヒロイックファンタジーに属性相性(三すくみ)を導入して面白くなる可能性はますか?

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投稿日時:

元記事:執筆中の小説について

皆様、はじめまして。

私は現在、現代日本を舞台にしたファンタジー小説を執筆中です。

しかしながら、事前に作成したプロットと本文との進行状況にズレが発生したり、文章表現の仕方に悩みが生じてしまい、筆が止まってしまう時が多々あります。

皆様はその様な状況に陥った際には、どの様な方法で切り抜けているのでしょうか?

ちなみに、執筆状況としては既にオチや各章ごとに書く事は決めており、プロット等の骨組みは完成しています。

今は完成した骨組みに肉付けをしている段階です。

何卒、ご助力のほど宜しくお願い致します。

上記の回答(執筆中の小説についての返信)

投稿者 t : 0

こんにちは、私としては筆が止まったとしても書き続けることができているなら、今の状態も悪くないのではと思ってしまうので、あまりお役に立たないかもしれません。

きつい時を避けるのではなく上手に付き合っていく。
自然のある場所へ散歩にでかけたり。カフェや図書館で作業してみたり。
小説がはかどる候補を自分のなかでいくつか持っておくことは、長く続けていくなら大切です。

そしてこれは考え方の一つですが。
同じことを繰り返しやっていると要領よくできるようになります。

”事前に作成したプロットと本文との進行状況にズレが発生したり”
深刻になるよりも、「自分はただ練習してるだけなんだな」「繰り返しやってればそのうち要領がよくなるな」。気楽に捉えて。とりあえず完結させた後で、手直しするかどうか、次に同じことをする時はどうすれば要領よくできるかなと、時間をとって私だったらゆっくり考えます。

難しいことや苦しいことに意識を向けるよりも、自分なりの上達方法を見つけて楽しみながら書いてるといつのまにか上手くなってて、解決の糸口が見つかっていたとなっているといいですね。
微力ながら応援しております。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 執筆中の小説について

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投稿日時:

元記事:処女作執筆に当たって、願望と技量の釣り合いが取れないことについて

始めまして、ヤマネコと申します。
この度、創作活動を少し前に始めて、処女作を執筆しております。
しかし、「あれを盛り込みたい」「これをああしたい」という願望が山のように連なっているため、現実で持っている私の現在の技量ではそれら願望を再現しきれないところがあります。
結果として、執筆が滞り、どうしても完成の目を見ることができない状態にあります。

実のところ、小説の処女作を書こうと試みたことはこれが始めてではなく、何回も何回も同じ壁に当たって執筆を挫折してしまいます。
ラ研のサイトは一通り閲覧したのですが、解決策が「処女作は自分で駄作だと感じても良いから、とにかく完成させる」という記述があります。が、私の場合欲張りなのでしょうか、願望が実現できないと途端にモチベーションを維持することができないのです。
こんな私が、処女作を描ききるにはどうしたら良いでしょうか?

拙い文章ですが、何か意見などを頂けましたら、ありがたいです。どうか、よろしくお願いします。

上記の回答(処女作執筆に当たって、願望と技量の釣り合いが取れないことについての返信)

投稿者 クロウド : 1

 掌編や短編などは挑戦されてみたのでしょうか?
 というのも、いきなり長編はなんでも盛り盛りにしてしまう方には敷居が高いもので、必要な要素がどれだけ多かろうとも整理する判断力と説明できる力が必要となるからです。

 掌編や短編であれば、かなり要素をしぼりこまなければ枚数をオーバーしてしまいますので、経験を積む上では有用です。(逆にひとつふたつの要素だけで話を大きくする練習にもなります)

 それと、処女作という考え自体を捨てて良いです。まだプロでもなく、ましてや作品を作る練習ですのでどこまでいってもただの習作ですから。公募や少なくとも同人誌発表するのに恥かしくないと思えるレベルを完成させて、ようやくそれが習作ではないもの=処女作と言えるものです。
 辞書なんかでも最初に作った作品とあったりしますが、または最初に発表した作品と書いてあるものです。大概は後者の方が執筆家以外どの業界にも通じる意味であったりします。

 欲張りをコントロールする方法を体得するために掌編から始める。要素を整理する方法が理解できてから、最初に思い描いていた作品に挑戦する。という段階を踏まれた方が確実でしょう。遠回りのように見えることが近道であるものですし。

カテゴリー : その他 スレッド: 処女作執筆に当たって、願望と技量の釣り合いが取れないことについて

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