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ふるへぐさんの返信一覧。最新の投稿順1ページ目

元記事:宗教が元ネタ、どんな扱い方ならOKかの返信

最近宗教ネタを扱おうって人ちょいちょい見る気がするけど、ぶっちゃけ、基本的には宗教ネタは一般人じゃ気が付かないところでデリケートな部分があるからやらんほうがいい。
そのうえでやるなら、そもそもこういうことは自分で判断できるくらいには、対象になる宗教のことを自分で知っておいたほうがいい。

どこまでなら許されるか、なんてのはピンキリで作品によって状況によって違う。
例えば仏教であれば昔の漫画作品で『あまえないでよ!』ってのがある。尼寺に修行しに行くことになった主人公のラブコメで、割とエロありの、まあハーレムだね。確かアニメにもなった。
仏教だと煩悩とからめてエロ展開と相性いいし、この例だけじゃなく割とある。けどもちろん仏教は煩悩を捨て去り解脱しましょうって教えだから、正反対の内容もいいとこ。
……どころか、そーいや気がついたけど坊さんをテーマにしたBLとか女子向けラノベとか1ジャンルを作るくらいに数があった気がする。
空海が悪者でしたって展開も読んだことあるし、織田信長が出てくるような作品では神聖な場所とされる比叡山が悪の総本山みたいな書き方になってるものもある。

またそれとは別のアプローチ、「モチーフにしただけ」という使い方では『鋼の錬金術師』で仏教の教えが使われてる。
「全は一、一は全」ってのは仏教の「色即是空、空即是色」がモチーフと思われる。色即是空の解釈はいろいろあるんだけど、その中にハガレンに出てきた解説とそっくりなものがあるので、おそらくモチーフだろう。
このくらいの利用で問題になった例は知らないけども、偶像崇拝を禁止してる宗教ではこういう「例え」もアウトになる可能性はあるから、この程度でもダメってこともある。

宗教はやらんほうがいいとは書いたけども、別にやりたいなら宗教を扱うことには何の問題もなく、やればいい。
その際の注意点は、出来る限り扱う宗教についての勉強をしましょう。当たり前だけど何がダメなのかは宗教によって違う。
日本の仏教や神道はむちゃくちゃおおらかだから、神道における最高神が死ぬ展開を書いたところで誰も問題にはしないだろうし、仏教については前述したけども、補足すると、日本仏教は結構流派が別れてて中には相容れないものもあるんで、仏教の流派を新しく創作しちまえば基本なんでも問題になることはない。
海外の宗教は、例えばキリスト教(っぽいキャラ)は漫画にもラノベにも多いと思うけど、確か漫画ヘルシングだったかな、吸血鬼に対する神父が銃を使ったことで「カトリックは銃を使わない」と本物の神父さんがキレたことがある。
そういう「その宗教の常識」を知らないから怒られるし問題も起こるので、可能な限り調べて勉強しましょう。
……ちなみに、「神父」はカトリックで「牧師」はプロテスタント。プロテスタントは割と教派が多くて、教派によって違うことも多いので、ヘルシングも「銃を使う牧師」なら怒られなかったかもしれない。階級としては廃止されてるエクソシストとかも実例は多いし問題ないんだろうね。
宗教によっていろいろ違うんで、まあ、宗教をネタに扱うならせめて三大宗教については知っといたほうがいいんじゃないか。

上記の回答(宗教が元ネタ、どんな扱い方ならOKかの返信の返信)

スレ主 ふるへぐ : 9 人気回答! 投稿日時:

ご回答有り難うございます。やはり避けた方が無難ですよね。また考え直します。

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: 宗教が元ネタ、どんな扱い方ならOKか

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元記事:ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。の返信

  俺はプロじゃないからわかんない事も多いけどけど……。

 まず、『覚える』って考え方が間違ってると思う。
 基本的にここのサイトに書いてある『小説の書き方』って言うのは、『どういう物が、どうして受けるか』『どうやって書けば、読者に通じやすいか』っていうような物であって、どちらも『理屈』が存在するものなんだ。
 だから、覚えるというよりも物の道理を理解すればいいだけの話なわけで。根本的に仕組みとして理解できずに暗記するだけなら、何の価値もない。
 なにせ、応用が利かないからね、そんな知識。
 
 俺の一族は脳筋ばっかりなんで、小さい頃はよく『覚えてなくても出来るようになるまで練習しろ』って言われたけど、これも大筋じゃ間違ってない。
 要するに、『書き方』『やり方』ってのを暗記するんじゃなくて、その中に通じている『ルール』を自分で考えて、それを実用可能なレベルになるまで練習する。
 それが大事なんじゃないかなぁ?

 付け加えて言っておくなら。
 だからまあ、スタートラインの時点で迂闊に本は読まない方が良いと思うよ。『失敗した経験』があって初めてアドバイスは活きるんだ。経験値ゼロの状態でアドバイスだけ聞いても、それは先入観を生んでしまって、返って遠回りになる。
 書いてる途中で気になった事や、書いてみて『なんかおかしいな?』って点を調べたり、人に聞けばいいと思うよ。

 最後にもう一つ。本を読んだくらいでどうにかなると思うな、と言っておきます。
 なぜかって言うと、日本人の作家人口と『作法本』の売れた数の間に大きな隔たりがあるから。
 正直、自分で書いてみないとわからないことの方が、本に書いてある内容よりよほど多いです。あと、基本的にハウツー本ってのは『書いた奴の感想』であって、君自身の感覚とは残念ながら全然別物だ。だから、正直身になるかどうかは賭けと言ってもいい。感性が合わない作者だったら、そもそも理解できないからね。

 取り合えずガムシャラに書いて、わからなければ調べたり、聞いたりすればいい。
 そのためのスレッド板だ。

上記の回答(ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。の返信の返信)

スレ主 ふるへぐ : 0 投稿日時:

柔らかく丁寧にご回答して頂き、ありがとうございます。覚えるよりも物の道理を理解する、その中に通じるルールを自分で考えて実用可能なレベルまで練習するなど、改めて成る程、と思いました。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。

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元記事:ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。の返信

覚えてるわけないよ。
何かしらの問題にぶち当たった時に自分で答えを出せるかどうかってのが大事で、その答えの出し方を学ぶんですよ。
だから、正直なとこラ研に書かれてることと私の考えが相反するところだってある。もちろんそれはどっちが間違ってるって話じゃなくて解釈の問題で人それぞれのやりかたの問題で、
言ってしまえば、創作ないし芸術面での勉強って、そういう「自分とは違う考えの意見が正しく理解できる」くらいになってはじめて自分のものにできたって思う。
創作である以上、どこぞの著名人が書いた指南書が正しい理屈はないからね。
「この人の言ってることは間違いだ」と感じる程度だと、自分はまだまだだなって思う。

小説って結局一人で書くものだから、アイディアにしろ文章にしろ描写にしろ自分で考えて自分で答えを出すべきもので、他人に意見を聞いて鵜呑みにしてたら創作の意味がないんだけど、でも、初心者が最初から自分で答えを出すって無理だから、自分で答えを出すための訓練や知識を得るために指南書の利用やこうした掲示板でのディスカッションがあるのではないかと思う。

上記の回答(ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。の返信の返信)

スレ主 ふるへぐ : 1 投稿日時:

ご回答有り難うございます。そうですよね。こんなにたくさんも覚えてるわけないですよね。自分で答えを出す、でも初心者には難しいから、ここで参考にする。そうやって見ていくことにします。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。

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元記事:ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。の返信

>これ全部覚えてますか? そして、これ全部覚えて始めてスタートライン、みたいに、全部覚えなければならないのですか?

当然、覚えていないし、覚える必要もありません。そもそも「覚える」という考えがおかしいです。覚えるのではなく、理解することが大切です。

マニュアル本は、興味のあること、その時々で特に知りたいことにポイントを絞って拾い読みする程度で十分です。
ただし本当に右も左も知らない初心者の場合は、理解するべきポイントからして分からないでしょうから、何か1~2冊通読してみるのも有効かもしれません。そうすることによって、

◎自分がやろうとしていることの全体像が俯瞰できるようになる。

これがまず重要です。なので、書かれていることをすべて覚える必要はありません。

>(似たことを言っていた、もしくはまんま同じことを言っていたのもあると思いますが)

でしょ?(笑
加えて、相反するようなこともけっこう書かれていたんじゃない?

自動車の教則本なら決まり事を書いているだけなので何冊読んでもまったく同じはずですが、小説の書き方は人それぞれなので全然違うことも書いてあると思います。そういうのを丸暗記しても意味は無いわけで。
初心者の取っかかりとしてマニュアル本から入るのも悪くはありませんが、ほどほどにして実践に移るのが大事です。

ビジネス用語に「PDCAをまわす」というのがあるのをご存じですか?
計画し(Plan)、実行し(Do)、実行した結果を検証し(Check)、改善点を考える(Action)ということですが、改善点をフィードバックして新たな計画を立て、以下この流れをループさせるので「まわす」と言います。
小説の場合で言えば、マニュアル本などを読んである程度学んだり覚えたりしたら、それを使ってとにかく書いてみることをお勧めします。そう言うと当たり前だと思われるかもしれませんが、実際に書いてみれば本に書かれていたことをやってみようとしたのだけれど、どうにも上手くいかないということがでてくると思うんですよ。
で、どうして上手くいかないのかを考えてから改めて本を手に取ると、それだけで読み方が変わってきます。どういうところにポイントを絞って学べば良いか見えてくるからです。
これは、PDCAのC検証とA改善をやっているということです。それを踏まえてもう一度作品を書いてみると、また違った問題点にぶつかるはずです。
これを繰り返しながら、必要に応じて本を読むのも良いし、他人に教わるのも良いし、自分で考えてみるのも良いです。

そういう過程を経て、ある程度書けるようになってきた人なら、「これまでに読んだ作法や書き方を全部覚えているか?」なんて質問はナンセンスだと分かるはずです。

上記の回答(ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。の返信の返信)

スレ主 ふるへぐ : 0 投稿日時:

ご回答有り難うございます。自分でも「これ覚えるんじゃなく、本を書く為のやり方を理解することが必要なんじゃないか?」と思っていました。ただ、ここに書かれていることや本に書かれていることが「ここに書かれていること全部覚えないと、このやり方どおりにやらないと失敗するぞ!」と断言してるように聞こえてきてしまって、あぁ、全部覚えなきゃと苦しんでいました。

結果を検証し、改善点を考える。ありがとうございます。少し、心の荷が軽くなりました。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。

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元記事:ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。の返信

ガチな事を言うと、プロほど読んでないよ。

だって「うまくいかなくて悩んでいる人」が読むものだからね。
プロの時点で上手くいっている前提になるやん_(┐「ε:)_プロになって行き詰ったりしたら読むかもですが、悩まない者には必要ないものですよ?

上記の回答(ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。の返信の返信)

スレ主 ふるへぐ : 0 投稿日時:

ご回答有り難うございます。ですよねーそりゃそうだ(゚Д゚)ノ お互いプロになれるよう頑張りましょうね。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。

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元記事:モチベーションの繋げ方

最近、親に『お前の書いたものは、自己満足だ』と言われて、心が折れそうです。
『読んでないのになんで分かるのか』と聞いても、『普段のお前の話を聞いていたら分かる』と言われます。
確かに、私の作品は大したレベルではないと思います。でも、他人に指摘されるのは辛いです。
どうすれば、気にせずにモチベーションを続けられるでしょうか?
非常に身勝手な質問で申し訳ありません。どうぞよろしくお願いします。

上記の回答(モチベーションの繋げ方の返信)

投稿者 ふ じ た に : 0

例えばですが、注文していない、または心当たりが全くない商品が届いたとします。スレ主様はそれを受け取りますか? たぶん多くの人は受け取りを拒否すると思います。
同じように「頼んでいない批評」がきたら、「受け取らない」でもいいと思いますよ。
ちなみに、このサイトは、自分で批評を依頼している場なので、作品に対して何か望まない否定的な意見が来ても、配慮ある対応が求められていると思います。炎上するのは、作品ではなく作者を非難したり、配慮がない言葉を使ったりしたときが多い気がしますよ。この言葉遣いの許せる許容範囲が、人によって異なりますが、狭い人は相手に対してキツイ対応をとられるので、だんだん感想が来づらくなる気がします。

今回は、読んでもいない小説の話題に絡めて、スレ主様の親は子の普段の発言を非難していると思うんですよ。
何か問題のある発言を子がしていたら、「そういう言い方ないんじゃないの?」ってそのときに親は子に注意すればいいだけじゃないですか。
子どもの行動を注意するのに、子どもが書いている小説まで非難する必要はないのでは?って私なら思いますけどねー。なので、小説に関しては気にしなくていいと思いますよー。

あくまで個人の意見ですが、何か参考になれば幸いですし、合わなければ流してくださいね。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: モチベーションの繋げ方

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投稿日時:

元記事:異世界の文化や言語を考えるのは不毛か

売れる/売れない等は別として、異世界(=この世界と地続きでない世界)の文化や言語(あるいは異世界を構成する任意の「この世界と異なる要素」)を考えることは(SFとしてまたは純文学として)「正しい」のでしょうか。

というのも人が異世界へ行ったとき、その人が異世界に辿り着き生存し知的生命体と遭遇する確率はともかくとしても、たどり着いた世界の住民が肺で酸素を取り入れ呼吸するものである確率や, 住民の口腔等の形が地球人のものと似ていて人間の可聴域内かつ発声可能な音を出す確率, 会話の内容が人間の持つ処理能力で理解できる確率などを考えるとあまりにもご都合主義であり、今更言語や文化といった余りに微々たる違いを考えたところでそれらを埋め合わせることはできないように思えます。そこまで「運命力的な力」が働いているなら、なぜ完全に地球と同じ世界まで持っていくことはできなかったのかと思うのです。

これについて二つほど反論を知っています。一つは「異世界側の人物が呪文で主人公を呼び寄せていたり、あるいは異世界に関わる何らかの意思持つ存在が主人公を移動させる話の場合、人間に近い存在がしたことであるので異世界に人間が居るのは納得できることである」というもの。
もう一つは「それが転移モノ(=主人公が異世界の人物に生まれ変わる話)である場合、魂の器は人間しか有り得ないから、異世界へ行く場合は人間の住む世界だけを選んで転移できる」というもの。
どちらも納得できる論だとは思うのですが、何故かなんとなく違和感を覚えます。うまく言葉に出来ないのですが、どこかに作者の匙加減な部分が見える気がするのです。

また自分でも一つ反論を考えてみました。それは「あらゆるフィクションに於いて超自然的な出来事を語る際には読者の理解しやすいものに加工する必要があり、異世界のありようはその影響を受けている」または、「少なくとも自分の考える異世界では常人には理解できない出来事が繰り広げられており、それらを他者に語った時点で人間の理解できる形に喩えられる性質がある」というものです。しかしながらこの論はともすると「読者に理解できなさそうな出来事は考えなくて良い」という考えにも繋がる筈で、そのようにして作者や読者の都合のために「嘘っぽくなさ」を追求するのをやめるのは甘えではないかと思っています。

ファンタジー世界の架空言語を考えていらっしゃる方々がたまにいらっしゃいます(トールキン, セレン, Fafs F. Sashimi, 中野智宏, etc...、敬称略)。その人たちは架空言語を何からの形で存在させたいから書いているのでしょうが、自分としては設定面と同様、物語としての「嘘っぽくなさ」も大事にしたいと考えています。

ファンタジー(あるいはフィクション全般)に言えることなのかも知れませんが、ともかく自分はこうした疑問を抱き、創作が止まってしまいます。些細な問題かと思いますが、回答お願いします。

上記の回答(異世界の文化や言語を考えるのは不毛かの返信)

投稿者 サタン : 1

まず、書きたいジャンルがよくわからないのだけど、SFを書きたいのか純文学を書きたいのかファンタジーを書きたいのか。
ファンタジーを書きたい場合に異世界言語を考えることは不毛とまでは言わないけど、あくまで異世界っぽさを考えるエッセンスでしかないので、そこに注力してしまうのは間違いだろうと思います。
SFを主としたSFファンタジーを書きたいのであれば、SFつまりサイエンスの側面から見て言語が同じというのはおかしいので、それなりに定義しておく必要があるだろうと思います。
純文学の場合は、専門ではないからよーわからんけど、そもそも娯楽を主とした大衆小説に対して芸術性を主としてるのが純文学ですから、絵画で例えりゃ写実画ではなく抽象画のようなもので、個人的には純文学こそ、物語や小説自体の芸術性のために異世界言語の創作はさほど重要ではないと思います。

目的に対しての道具選びの問題で、その目的が定まってないように感じる。

個人的な異世界論の話をすると、
>というのも人が異世界へ行ったとき、その人が異世界に辿り着き生存し知的生命体と遭遇する確率はともかくとしても
このあたりは、例えば人間は肺呼吸だけど猫も犬も肺呼吸で哺乳類はだいたい同じような構造で生きてますよね。あくまで生命を維持する機能として。骨も筋肉も形は違っても構造は同じ。
逆を言うと、「人間のような姿かたちの異世界人」がいるのなら、その構造や習性は人間と同じである可能性が非常に高いし、姿は人間と似てるけど肺呼吸ではないと定義するほうが不自然だと思う。
地球は人間以外に文明を持ってる知的生物が存在しないけど、似たような文明を持つくらいに発展する生命であれば、それは結果的に人間と同じような姿で同じような形に進化するんじゃないのかな。
確か、異世界ではなく地球外生命体においてそういう説を唱えてる論文があったはず。

>納得できる論だとは思うのですが、何故かなんとなく違和感を覚えます。
その2つの反論に違和感を覚えるのは、その2つは別に反論なんかじゃなく、単に「人間と同じような存在がいる異世界」という結果に対して納得しうる過程を書いたに過ぎないからですね。
「結果」がどうなるのかと気にしてるスレ主さんに対し反論は結果ありきで過程を作ってるので、反論になってないため、スレ主さんは納得しつつも違和感を覚えてるってことでしょう。
ちなみに、私はいま、その反論に対して意見してるのではなく、その2つの意見を「反論」と感じてるスレ主さんに意見してるってことを間違えないでください。

確率がどんだけ低くても、ゼロではないなら「偶然その確率を引いた」ことに何の問題があるのでしょう。
ラスベガスで一攫千金を得られる確率は、確か地球に隕石が降ってくる確率よりも低い。けどラスベガスでは毎日ジャックポットを当てる人が何人もいる。
そして、物語において「ベガスでジャックポットを当てた主人公」は、「ジャックポットを当てたから主人公」なわけで、それは前提条件なわけです。
「勇者の血をひく主人公」は「勇者の血をひいてるから主人公」なわけですよ。
異世界に転生転移した主人公は、「そこで人間そっくりの異世界人と生活する地球の知識を持つ人物」だから主人公足り得てるわけです。
「こういう主人公」ないし「こういう前提条件」に対して「なぜ」は無いんです。
そこにあるのは、反論なんかじゃなく単に「こういう前提」に対して納得しうる でっちあげ だけです。

一方で、おそらくスレ主さんの反論と近い思想で書かれた小説に宮部みゆきの「ドリームバスター」があります。
これは異世界の住人と地球人とで時間も空間も、それどころか位相が違う感じで、夢の中でしか対面することができない。異世界人は夢を見てる人の脳を利用して活動しているので、言語の問題なんかも完全に無く、おそらくは異世界人の姿形も夢を見てる人の妄想で形作られているので人間に近い。異世界人は現代人の理解の外側にあるけど、夢を通すのでそれは現代人の理解力に変換される、という感じ。実はうろ覚えなんだけども。
ただこれも、別に「反論」ではなくて、悪夢を退治する話だからこのような設定になったってだけの話です。

>「嘘っぽくなさ」を追求するのをやめるのは甘えではないかと思っています。
正直、その「嘘っぽくなさ」が言外に「現実味」って感じの言葉に聞こえるのだけど、もしそのように考えられているのであれば、そこが間違ってるなーと思います。
例えば「ラスベガスで大当たりを当てた主人公」と言ったら、そんな天文学的に低い確率を当てるなんて偶然に頼りすぎててリアリティがない、と思いますかね。
でも、そんな人間は毎日ラスベガスに生まれてるんだから、「現実としてあること」なんですよ。
「納得」と「現実味」は違うもので、いくら現実味があっても嘘っぽさは消えないし、現実味がなくとも納得できるものは納得できるものです。
だから、「ベガスで一攫千金を得た偶然」という出来事を納得できるように書けば良いだけなんです。
そしてそれは、何も「一攫千金を得られるだろう理屈」を考える必要はなくて、例えば
「押し付けられた借金から逃げるため、日本からベガスに来たけど乞食みたいな生活をして無一文で食うものもなくて、もう死ぬしかない、日本に残してきた妻も子供も心配だけど、自分は昔からいざってときに躓いて不幸になる」そんな主人公がスロットのコインを拾ってマシンに入れると偶然ジャックポットを当てて一気に何十億って賞金を手に入れた。
こう書くと、そんな偶然あるわけねえけど、最初に「不幸で可哀想な主人公」を出したから読者は「救われて欲しい」と思うわけで、こんな偶然でも受け入れてくれるわけですよ。
これが「納得」を書くってことで、設定やらで理屈を積み上げていくのも手段の1つですが、それだけに頼ってることこそ創作に対する「甘え」だと私は思う。

異世界言語に関しては最初に書いた通りだけど、そもそも言語に関する内容を書くんでない限り、話題にしなけりゃ良いだけで「違う言語だ」ということを書かなきゃ良いだけだと思うよ。
最近アニメやってる「無職転生」だと、転生だから「赤ちゃん状態は吸収が早くてすぐ言葉を覚えた」くらいにしか書かれて無くて、原作中盤くらいに出てくる、転生じゃなく転移した人物が日本語で主人公に話しかけて、そのとき、たぶんはじめて「違う言語なんだ」って明確に書かれたんじゃないかと思う。
アニメだと絵と声があるから序盤から言語が違うってことが明確だけど、小説は文字だから話題にしない限りは書く必要がそもそも無くて、そういった必要ないことを考えて書いてしまうとテンポが崩れて面白くなくなることも多いし、自分で「不毛ではないか?」と疑問に思われたのなら不毛なんだと思います。
物語に必要ないからそう疑問に思ったんだろうし。
なんにせよ、これも最初に書いたけど、何を書きたいのかっていう目的が不明瞭な気がします。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 異世界の文化や言語を考えるのは不毛か

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投稿日時:

元記事:主人公が得た力を無意味にしたくないです

バトル系の作品で、主人公は物語を進めるうちに強くなります。
強くなる形は新しい能力が主流です。
スピード特化の能力、パワー特化の能力を手にすることで色んな敵に対抗できます。

そして、そういった主人公はすべての能力を併せ持つ最強フォームというものを手に入れます。
スピードもパワーも今までの形態を凌駕する最強の力です。

この力を手にしたら、以前の形態になる必要はなく、それらはお払い箱になります。

仮面ライダーではそういうことが多いです。

最強の力を手に入れても、以前の力を使うのに納得のいく理由を付ける方法はあるのでしょうか。

すぐに思いついたのが、最強フォームは負担が大きいというものです。

他にもなにかあればご意見をお聞かせください。お願いします。

上記の回答(主人公が得た力を無意味にしたくないですの返信)

投稿者 和田慶彦 : 1

 昔見た作品で、最強フォームは燃費が悪い(必殺技一発撃つと変身解除される)のでザコ戦や様子見に中間フォームで戦う、という奴がありました。

 あと、最終フォームはスペックは高いけど最強の必殺技を撃てるのは前の形態というのがあったと思います。

「機動戦士ZZガンダム」ではカタログスペックでは完全に上回るZZガンダムが出てきてからもZガンダムの方が小回りが利くと言ってZガンダムで出撃する事がありました。

 スーパー戦隊の「ゴーゴーファイブ」では総合スペック最強の一号ロボ強化形態、パワーだけは最強の2号ロボ、後半の敵が展開する特殊空間で唯一戦える3号ロボを使い分けていました。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公が得た力を無意味にしたくないです

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