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大野知人さんの返信一覧。最新の投稿順100ページ目

元記事:性善説ではありません

6)本来悪い人ではないのに、(そもそも生まれたときから悪い人なんていません)

これについて補足します。

私の考えは別に、性善説でも性悪説でもありません。自然や生物の世界には善も悪も無いと言いたいだけです。

以下は大野さんなら説明しなくても理解されている方かもしれませんが、一応。

人間というのは、なぜかはわかりませんが、本能の働きの鈍い生き物です。コアの部分には本能もあるのでしょうが、直感的に本能のままに行動することが難しく、本能の上に思考と学習を上積みしないと生きていくことができません。

でですね。

人間の特徴の一つに社会を作るということがあります。

ミツバチやアリも社会を作る生き物ですが、やつらはたぶん思考も学習もしないで本能だけで社会が作れるのだと思います。
しかし人間にはそれができないので、長い歴史を経て、思考し、経験を重ねながらルールを作りあげてきました。
このルールを外部からの規制としてだけではなく、一人一人の心の中に内面化したものが、「道徳」「倫理」「善悪の観念」です。内面化することによって無意識に行動することが可能になり、思考とか学習とかいうまだろっこしいものではなく、「本能」に近いものを獲得したんです。

つまり善悪とは、人工的に作られた第二の本能(モドキ)に他なりません。

そして、生物にとっての自然環境ではなく、上記のプロセスで人間の脳内だけに構築された擬似的環境を、「世界観」と言います。

生まれたばかりの赤ん坊は、まだそういう色づけをされていないゆえ、善でも悪でもないんです。

   *   *   *

でだ。

じゃあ、そういう人工的な社会とか道徳とか世界観とかいうものは無意味で無視しても良いものなのかというと、そうは行きませんよね?

さらに俯瞰的な視点から考えると、一見本能を逸脱したように見える人間の「生存戦略」も、人間にとっての「自然」なのだとも言えます。
ここまで述べてきたような方法で社会を作ることも、人間にとっては自然なこと。ただし、シンプルに本能に従って生きる動物とくらべて、複雑すぎる自然です。その複雑な社会の中で、10年、20年と思考し経験を重ねなければ一人前になれないのだから、人間は誰だって少しは歪みますよ。

社会という複雑な構造体の中で、その歪みの度合いが一線を越えてしまった人。それが私の考えている「悪人」の定義です。

こういう定義に基づけば、「生れたときから悪人」というのは有り得ないでしょう?

   *   *   *

この話をめぐってはまだまだ言いたいことは山ほどあるのですが、本が一冊書けるくらい長くなってしまうので、一先ずやめます。
というか、ここまで来たらこの考えをキャラクター化して小説を書く方が得ですよね。

というか、こういうことを考えてるやつだから小説なんて書いてるわけですが。

   *   *   *

ちなみに読むせんさんがあげていた赤レンジャーだっけ? の例も、おそらく歪みの一種だと思います。「一生懸命頑張る善人」という「物語」が生み出した歪みです。

   *   *   *

あと、歪みなら矯正すれば良いという短絡思考も嫌いですね。

あ、そう言えば、これはかなり嫌いだな。
社会という構造体が生み出す、「歪み」と並ぶ典型的な「悪」だと思います。

私の当面の目標は、よりニュートラルに、よりフレキシブルに、でしょうか。簡単なことではないのは承知していますが。

上記の回答(性善説ではありませんの返信)

スレ主 大野知人 : 0 投稿日時:

 うーん、まあなんとなく言いたいことは分かりました。多分、ではあるんですが。
 ただ、生物系が好きな人として、ちょっとだけ面倒くさいツッコミをします。

・人間は本能の働きが薄い。
 これは、難しい所であります。
 そもそもの『本能』と言う言葉が紛らわしいんですが、そもそも形質や生態が違う以上、生物ごとに『本能』の在り方は変わってきます。
 その上で、一個は人間が『学習本能』つまり、『物事を学習するという本能』を持っているという事。これは、屁理屈的な話ではなく、『何を重要な物と判断して学習し、何を不要な物と判断して学習しないか』などの直感的に見える側面も含まれるため、中々厄介なのです。
 それともう一つ、集団本能/集団形質と呼ばれる現象の問題もあります。例えば、『働きアリの中には2割ほどの働かないアリが混ざっている』と言う話を聞いたことがあるんじゃないでしょうか。この現象、実はある程度より規模の大きい集団であれば、ほぼ確実にそうなります(強力な外敵の危機に晒され続けていたりすると、例外が発生します)。
 同じように、人間の社会構造と呼ばれている物の中には、『人間が自らの意思で作った』と思っていても、案外と『本能的にそうなってしまった』ものもあるのではないか、という説もあります。ここら辺、都市伝説っぽい話な上に、社会行動学や言語学の問題なんですが、原始的な文字形態や宗教などには、ちょいちょい奇妙な共通点が発生します。
 勿論、再現実験の難易度が高すぎるので『どこまでが本能で、どこまでが理性か』を決めるのは難しいですが、『人間社会の在り方』そのものに動物的本能が作用していないと言い切るのは、中々難しいのです。

・ミツバチやアリの思考・学習
 これについては、学術上『そこそこ高レベルの物を持っている』事が判明しています。
 有名どころで言えば、パブロフの犬ですが、人間が意図的に実験環境を用意せずとも、動物は学習・思考を行います。主な所で言えば、寝床と餌場の捜索ですが、別にアレだってランダムにやっている訳ではありません。
 所謂、『ミツバチのダンス』という物を聞いたことはあるでしょうか? これは厳密には伝達能力の話ですが、彼らは例えば、『巣の周辺の植物の生え方を記憶して、餌場を探しに行くとき、特定の順番で移動する』などと言う行動をとります。
 また、アリがセミの死骸などを解体しているところを見た事はありませんか? 人間の解剖学ほどではないにせよ、彼らは自分より大きな獲物を運搬する時、噛み切ってパーツごとに分けて運搬します。そういった際に関節を狙って千切りに行くところなどは、決して『本能』の一言で説明しきれるものではないでしょう。

 さて、話を戻しますが。
 あまくささんの『悪人』の定義は分かりました。
 ただ、その定義を通すのであれば『そもそもシステム的に「生まれつきの悪人」は発生しない』と言うのではなく、まず第一に『性悪説』という理屈を考えた人にとっての『悪人』の定義を考えるべきだろう、と俺は思います。
 まあそこら辺細かく言いだすと、そもそも俺とあまくささんの『世界観』が違っている訳なので、中々事態はややこしいわけですが。そもそも、性悪説云々言いだしたのも俺ですしね、定義が違うもんぶっこんじゃったんだったら、すみません。

 『善』と『悪』については、大体のラノベ好きは一度は考えるんじゃないですか? っていうか、考えていて欲しいなぁ。
 そもそもこのスレ自体、そういう『持論』を聞きたいから立てた側面もあるので、むしろ大いに語ってもらって構いませんよ。

 読むせんさんの上げてたマジレンジャーは好例でしたね。
 まあ、俺個人としては『日本人の作り上げた社会全体が持ってる歪み』もまた薄っすら見えてきて、二重に怖く感じるんですが。
 日本人って、『失敗』とか『敗北』に対して甘すぎる部分があると思うんですよねぇ。社会全体として。
 それを歪みと言うのか、適応成長と言うのかは個人個人に任せますが、中々けったいな国民性してますよね、この国。

 歪みなら矯正すればいい、と言うのは確かに短絡思考ですねぇ。
 30までは、まあそれっぽいことも出来ますが。取り合えず、30過ぎたら人格の矯正なんて無理ですよ。監禁&洗脳クラスの刷り込みとかをやれば、『都合のいい方向に歪める』ことは出来ますけど。
 大体根本的に、成長するって事が『歪んでいく』って事でもあるんですから、『真っ直ぐにしよう』ってのがまずおかしいんです。
 或いは、いっそ某ガンダムみたいに『その歪みを断ち切る!』ってぇ方向性で行くか。

 僕はむしろ逆かな、ニュートラルを目指すより、歪んでいけ。
 『歪んでる自分』をちゃんと認知できるように、文字の上では冷静に。
 まあ、二重人格とは全然違う話ですが、『冷静に物事を見て、愉快がる自分』と『感情的に突き抜けて、ぶっ飛んでいく自分』の二つに分けて、色んな『歪み』を愉快がって行こうかなぁ、なんて。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:どういう人が嫌いですか?の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信

>> 振り返らない暴走特急がやらかすパターン
うーん?なんか、もっとポジティブな善い存在が嫌いなんです。

悪にする事すら許されない事が鬱陶しい。悪じゃないから反省する必要も改善する必要もない。みたいな?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あと、ポケモンみたいに「共通認識」で説明するのが楽なんです。
たとえば「一生懸命」を「大野さん自身」にしてしまうと、

①読むせんは一生懸命な人が嫌い
②大野さんは一生懸命な人間だという自認がある

④・・・つまり、読むせんは大野さんが嫌い!!

という認識スキップが発生します。
③読むせんは、大野さんを一生懸命な人間と認識している。というプㇿセスが必要だし
③読むせんは、大野さんを一生懸命な人間だと認識して「いない」というプロセスが入ると④が破綻する。

ここをスキップされると、曲解されてしまうんですよね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この際、だれでもいいから大野さんではない別個体に「一生懸命」を持たせる事によって、

①読むせんは、一生懸命な人が嫌い
②読むせんの認識している一生懸命な人は○○氏である。
③○○氏の行動を、大野さんが捉えてみる
・・・・・あー「あれ」を、読むせんは「一生懸命」と認識しているんかな?

④大野さんの認識する「あれ」が、読むせんにとって「一生懸命」である事が分かる。

読むせんが嫌いなものが「あれ」なのか「大野」なのか?は些末な違いです。でも混ぜられたくないねん。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
悪口うんぬんでいうと

⑤読むせんにとって嫌いな事は「時間を支払う事」でもある
そういう意味では
⑥読むせんは、嫌いな相手と「喧嘩する時間」すらケチる、セコケチ人間である。が正しい論理です。

なんか変な話、「嫌い」への対応も個体差がある気がします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
真面目に見てませんがニチアサの思想インプットって世相がでて面白いとは思います。小林靖子&井上敏樹がわかんない。_(┐「ε:)_

上記の回答(どういう人が嫌いですか?の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

スレ主 大野知人 : 0 投稿日時:

 俺、個人的に暴走特急じゃない『正義』とか『善』ってほとんど見た事が無いんだけど。
 一時期、難癖をつけるのが本分! みたいな仕事をしていたので、何にでも汚点が見つけられるんですよね。だから、『文句のつけようがない善』と言うのを、ほとんど見た事が無い。俺の心が汚れてるのかなぁ。

 共通認識で説明するのが楽なのはわかりますよ。ただ、どうしたって噛み合わない部分は出てくるので、そうなったときに掘り下げているだけっすね。
 今回の場合、俺の思う『一生懸命』と読むせんさんの思う『一生懸命』が微妙に違うみたいだったんで、掘り下げた訳で。
 混ぜられたくないだろうから、細かくするんや。

 悪口云々に関しては、読むせんさんの価値観はどうでも良いです。
 向こうさん()やその他のこのスレッドを見ている人がどう思うかの問題なので、『問題行動に見えかねないゾ☆』と言ったまで。
 俺は基本的には『嫌いになる事すら面倒くさい』に行きつくタイプですね。このサイトではほとんどやってませんが、そういう相手にはそこそこ笑顔で、そこそこ丁寧な、そして特に何も考えてない応対をします。

 小林靖子&井上敏樹ってのは、仮面ライダー龍騎とか、ディケイドとかですね。
 バラバラでも、凄い作品を作ってらっしゃるんですが、この二人が一緒に作業した年の作品はえぐみと言うか何というかが凄いのです。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:性善説ではありませんの返信の返信

ん?

いや、そんなことは言っていませんが。

>『人間社会の在り方』そのものに動物的本能が作用していないと言い切るのは、中々難しいのです。

これは、私の前の書き込みの、

◎さらに俯瞰的な視点から考えると、一見本能を逸脱したように見える人間の「生存戦略」も、人間にとっての「自然」なのだとも言えます。

は、同じことを述べたつもりですが。

>人間の解剖学ほどではないにせよ、彼らは自分より大きな獲物を運搬する時、噛み切ってパーツごとに分けて運搬します。そういった際に関節を狙って千切りに行くところなどは、決して『本能』の一言で説明しきれるものではないでしょう。

仰っていることの方向が、途中から逆になっていないでしょうか?

・人間の行動が本能に根ざしていないとは言い切れない。

・動物の行動は本能の一言で説明しきれない。

これじゃあ、右をさらに右から見たら左、左をさらに左から見たら右と言っているだけじゃないかと思いますが。

   *   *   *

猿を使った実験。

ある部屋の天井にバナナをつるします。猿が必死に飛び上がっても届かない高さです。
その部屋に棒を1本置いておきます。
すると猿を、その棒を使ってバナナを叩き落とすということを、わりと簡単に思いつくそうです。

ところが。

バナナと棒を別の部屋に置いておくんです。
猿はA室で棒を見てから、B室で吊されたバナナを見ます。しかし、同時に見えない棒とバナナを結びて考えることはできないらしい、という実験結果が出たとのこと。

もう一つ。
動物行動学のわりと有名な知見だったと思いますが、2匹の狼が戦うとき、一方が降伏の意思を示すと他方はすぐに攻撃をやめるらしいです。
人間だったら、一旦降伏しておいて、後で復讐するという行動を取り得ます。そして相手もそれが予想できるから、完全に息の根を止めるまで徹底的に攻撃するという行動を取ってしまうことが少なくありません。

直感的に結びつかない二つの事象を、結びつける思考。
未来に起こることを予測し、様々な結果や影響を洞察する思考。

この「洞察」という思考は、(ヒト以外の)動物には決定的にありませんよね。

この部分において、人間と動物とではそうとう隔絶していると思われます。

先に本能云々と書いたのは、ここは詳細にエビデンスを示して論じることができる場ではないので、話を分かりやすくしようとしただけ。論点はそこではないのです。

   *   *   *

>まず第一に『性悪説』という理屈を考えた人にとっての『悪人』の定義を考えるべきだろう、と俺は思います。

私は悪という概念自体が、言ってしまえば大いなる誤謬だと考えているんです。
物理法則の中に善とか悪とかいう要素はありませんよね? しかし、社会の中には善悪という要素が抜き差しがたく存在しています。
それは別に矛盾じゃないと考えているんですよ。
人間の根源が本能に根ざしていようがいまいが、他の動物にも思考の萌芽があろうがなかろうが、人間と他の動物では複雑さのレベルが違いすぎるんです。
そういう複雑な社会の中で、人間は独り立ちするまでに20年以上かかりますから、その期間に蓄積する経験値に余分な夾雑物がまざりすぎ、どうしても歪んでしまうんです。
そして、社会がなければ人間は生きていけない以上、歪みが一線を越えて社会のバランスを破壊するところまで行ってしまったならば、それは「悪」と定義することが妥当ではあります。

しかし、本質的には、例えば殺人が悪である理由を科学的には証明し得ないですよね?

まあ、貨幣経済の原理みたいなもので。

お金だけいくら持っていても、それで食物を買えなかったら誰だってすぐに死にます。だから貨幣は実体的な価値を持たないまやかしなのですが、そのまやかしを信じることで現代の市場社会は維持されています。この信用が崩れたらあっというまに崩壊するので、信じざるを得ないのです。

信じざるを得ないから信じているだけだと気がついている人もいますが、多くの人はたぶん本気で信じているように見受けられます。だから社会は成り立っているという。

そんなもんです。

上記の回答(性善説ではありませんの返信の返信の返信)

スレ主 大野知人 : 0 投稿日時:

 ・人間の行動が本能に根ざしていないとは言い切れない。
 ・動物の行動は本能の一言で説明しきれない。
 
 と言うのを連続して書いたのは、どうもあまくささんの文章の中に『人間は理性的な生き物、動物は本能的な生き物』という感性があるように見えたからです。
 間違ってたならすみません。

 ただ、俺が言いたかったのは『人間であれ、人間以外の動物であれ、理性と本能の区別はとても難しい』と言う話と、その事について(俺たちが人間であるのは確かにそうだけれど)人間だけを特段抜き出して議論できるものではないと思う。と言う話です。

 これが、最初から人間に限って善悪ないし理性と本能の話をされていたのであれば別だったのですが、他の動物が混ざってきた辺りで、解釈のズレが起こったみたいですね。

 言いたいことは分かるんだけど……。
 そういう意味で言えば、あまくささんが『悪』を誤謬だと思っているように、俺は『科学』とか『物理法則』を誤謬だと思っています。
 要するに、頭一つ抜けて正しいような顔をしているけれど、『科学』っていうのも所詮は人間から見た物差しに過ぎない訳で。
 
 そういう意味で、わざわざ善・悪或いはそれに相当するナニカの話に、科学が出てきたことが受け入れられなかったと言いますか。

 まあ、行きつく先としてはあまくささんと一緒で『科学法則』と『善悪』という複数の価値基準は、どちらに影響されることなく、矛盾なく存在しているだろう。と思っているんですが。

 人間と他の動物とでは複雑さのレベルが違う、ってのは些か飛躍しすぎてるように思います。
 どちらも違う形に複雑なだけで、『人間だけが一方的に複雑だ』って考えは傲慢じゃないでしょうか。

 殺人が悪である理由については、行動学的に『同族殺しは問題だ~』とか『生物が繁栄を目的に生息していることを考えれば~』とか難癖付けることは出来ますが、まあ、証明不可能です。
 ただし、逆説的に他の科学的立証に関しても『人間の都合』を抜きにすれば、都合のいい屁理屈で成り立っている物はごまんとあります。

 善と悪の定義をするのは、そうすると人間にとって都合が良いからだと、俺はそう考えてますよ。
 要するに、自分以外の誰かを下げる事に意味があるんです。或いは、誰かを『善である』と持ち上げる事に意味があるんです。皆、自分に都合のいい、『それっぽい』差別化がしたいんです。
 どちらにせよ、『善と悪に分ける』という行為自体に意味があるので会って、『善と悪』そのものには意味はありません。

 『善と悪』ってのは、要はそういう名前の宗教なんです。『キリスト教』とか、『白人優性主義』とか、『仏教』とか、『在日は出てけ』とか、『ホロコースト』とかと一緒です。
 信じざるを得ないから信じている人は少数です。大体の人は、信じたいから信じてるんです。そして、『信じたい』と思っていることに気付いてないだけで。

 『そんなもんです』と仰るなら、それは人間に都合がいい『そんなもん』を作ったんです。
 人類皆が、いかにも善人らしく、手と手を取り合って。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:魔女キャラの伏線について

執筆しようと思っている小説内に、ヒロインが魔女だった(主人公が魔女にトラウマを持っており、途中で隠し切れなくなりヒロインから告白される)事の伏線を張りたいのですが何かわかりやすい日常の中の魔女特有の行動や忌避している物など、代表的なものを挙げてもらえると嬉しいです。

上記の回答(魔女キャラの伏線についての返信)

投稿者 大野知人 : 3 人気回答! 投稿日時:

 うーん。
 まず、『魔女』という種族あるいは民族を『どういう民族か』設定してはどうだろうか。
 結局、物語を作るのは作者自身なんだから、『魔女っぽい行動』についても、作者自身が分かりやすく設定した方が良いぜィ。

 その上で。
・鉄/機械を嫌がる。
・特定のタイミングで、お祈りや儀式を行う/それらのために準備をする。
・魔術に使う道具(薬草やなにか)の匂いがする。/薬液を使うため、私服に染みがある
・特定の技術が並外れて優れている。(魔法陣を描く→フリーハンドでも綺麗に真円を書ける/編み物を魔術に使う→編み物が得意)
・血や、昆虫などに忌避感が無い。
・家に遊びに行くが、特定の部屋には絶対に入らないように言われる。
・夜になると、SNSなどの反応速度が落ちる。
・やたらハーブティー/漢方に詳しい。
・特別な日でもないのに化粧をしてきた(儀式等で肌に染みが出来たり、隈などが出来た)
・良く怪我をしているようだが、理由を聞いても誤魔化される/チャームポイントなのか、いつも特定の場所に絆創膏がある。(儀式等で怪我をした/血が必要だった)
・掃除当番で箒にまたがって遊ぶ(ふざける)奴に対して、眉をしかめている。(魔女として知っている『本当の空の飛び方』と微妙に違うから)
・どうしようもない事(手助け出来ない位置での事故とか、文化祭なんかの時の買い漏らし)があった時に、手を伸ばしたり、どうにか出来ないか思案しているが、タイミングが微妙におかしい。

 辺りかなぁ。
 あんまり沢山思いつかなかったけど、参考になれば幸いです。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 魔女キャラの伏線について

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元記事:性善説ではありませんの返信の返信の返信の返信

>どちらも違う形に複雑なだけで、『人間だけが一方的に複雑だ』って考えは傲慢じゃないでしょうか。

なかなか噛み合わないのは、こういうところじゃないかと。

まず、私は(ヒト以外の)動物よりも人間は複雑だとは書きましたが、すべての局面において複雑だとは書いていないはずです。そして、どういう局面において複雑だと思うのかは説明したつもりです。

もう一つ、私は別に複雑であることが「高級(高尚)」だとも主張していません。

人間は脳を複雑に働かせて、予測したり、洞察したり、駆け引きしたりしながら、状況に対応しようとします。
ひょっとしたらそれは無駄に複雑なだけで、動物の本能的な行動の方が的確なのかもしれません。

そういうことも含めて、人間は事実として動物よりも複雑だと言っているだけです。

その点は理解して頂けるでしょうか?

上記の回答(性善説ではありませんの返信の返信の返信の返信の返信)

スレ主 大野知人 : 0 投稿日時:

 うーん。
 俺は、社会活動の面だけに限っても、人間以外の動物も平等に複雑だと思う、かなぁ。
 文化、文明とか、あるいは宗教なんかの面に特定すれば人間の方が『複雑』なんだけど、例えば夫婦の在り方とか、『集団』である事に季節・時間の限りがある点なんかを見て行くと、決して『社会の在り方』そのものの複雑さは決めきれないし、比較しようとするのが間違ってると思う。
 と言うか、『局面を抜き出して複雑だと思う』と言う表現をするのなら、まず総体の在り方が違うんだから、『局面』の単位で切り分けてる段階で人間標準に強引に合わせている訳で。
 ニュートラルな見方と言うのなら、そのやり用はいかがなものかと思う。
 
 そして、そういう『人間尺度に合わせて、局面を切り抜くやり方』を俺は傲慢だと批判しているのです。

 また、『高尚だと主張していない』のは存じています。
 まあ、これは俺個人の価値基準ですが、複雑であるよりも単純にまとめられている方が高尚だと思うしね。

カテゴリー : その他 スレッド: どういう人が嫌いですか?

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元記事:アイデアはあるが小説が書けない/繋ぎの場面が書けない

タイトルにも書いた通り、(自分の中では)良いアイデアが沢山浮かびます。ですがそれをうまく文章に出来ません。妄想、というか頭の中では情景やストーリーが映像のように思い浮かべられるのですが、いざ書こうとなると筆が進まなかったり、書けても一行くらいだったりします。
また、重要な転換点や戦闘シーン、盛り上がるような場面は書きやすいのですが、それらを繋ぐ日常のような部分が全く書けません。繋ぎの平坦な部分がないと物語は成り立たないのに、盛り上がりの部分だけしか書けません。
これらは小説の才能がないということなんでしょうか。回答いただけるとありがたいです。

上記の回答(アイデアはあるが小説が書けない/繋ぎの場面が書けないの返信)

投稿者 サタン : 13 人気回答!

>それをうまく文章に出来ません。
にわとりさんが「モナリザの絵」と表現しているけど、言い得て妙な表現で、まさにそれだろうと思います。
もっと直接的に言えば、「モナリザの絵のイメージ」はできるよね。でも描けないでしょ。下手くそな似顔絵と言われてもいいレベルでと思っても多分できないよね。
現状はそういう事でしょう。

背景や右手左手どっちが上かなんてのは些細な情報だしどうでもいいんだけど、「描く(書く)」となったらそれはしっかり描かないといけない。
だのにイメージがないのでそれが描けない。
「イメージはある」と言うけど、それは漠然とした曖昧なイメージで、ハッキリ言って書き始めるだけの材料は揃ってないと思う。
それでも曖昧なイメージで書き始めることは出来るけど、やるとしたら咄嗟に適切な場面を構築できるだけの技術や経験がないとほぼ不可能だろうと思う。
まあ、経験なくても開き直れば出来ないこともないんだけども。

漫画に例えると、長いストーリーの中の1コマ2コマの「絵」だけがイメージとして浮かんでるに過ぎなくて、それを成立させるネーム、まあようはプロットですね、これがイメージできてるわけじゃないんですよ。
だから書けないのは道理で、そのふわっとしたイメージはストーリーのイメージではないんです。

そしてそれは、
>繋ぐ日常のような部分が全く書けません
こちらの悩みにもリンクしています。
何故かというと、「物語」がイメージできているのなら、それを組み立てれば良い話で、書けないなんてことはありえないからです。
例えば「誘拐犯に幼女が拉致される」「誘拐犯には事情があって幼女の日常で距離が縮まる」「誘拐犯は追い詰められて幼女と別れ、普通の生活に戻る」というプロットがある場合。
そういうイメージはあるけど真ん中の「日常」が思い浮かばない、という事ですよね。
でもこれ、要約すると「誘拐犯に幼女が拉致される」というのは物語の切っ掛けなだけで、「元の生活に戻る」というのはオチなわけで、「幼女と誘拐犯の距離が縮まる」という部分が内容なわけですよ。
つまり、ストーリーは「幼女と誘拐犯の距離が縮まる」という内容の事で、それが思いついてないんだから「全く書けない」のは当然でしょう。
このストーリーは言い変えれば「幼女と誘拐犯の奇妙な生活」が個性になるので、「わがままな幼女に手を焼く誘拐犯」とか「誘拐犯が幼女の境遇に感情移入する」とか、そういうストーリーがないと面白くないし書けない。

おそらくは、そういうストーリーを「日常」とレッテル張りして横に置いてるために、思いつかないのだろうと思います。
そりゃ「日常」ではありません。
「誘拐犯が幼女の境遇に感情移入する」というストーリーだとすると、当然のこと「幼女の境遇」や「感情移入するだけの誘拐犯の性格」や「その境遇を吐露できる展開」を用意することになるので、そもそも「繋ぎ」なんてものでもありません。
戦闘シーンAから戦闘シーンBまでやることがないから繋ぎで日常シーンを入れる、なんて考えでいたら、その日常シーンには中身がないので書いてても面白くないし読んでても面白くないです。
そんな繋ぎのシーンは不要です。やることないならさっさと戦闘Bへ展開させてしまったほうが良い。

いやいや、その日常があるから戦闘が盛り上がる構想なんですよ、という場合。
つまりはその構想が出来てない、という事でしょう。
重要な場面は思いつく、と言うけども、まあ、これは持論でしかないのだけども、「重要じゃない場面」というのは「別の内容に入れ替えることが可能な場面」のことで、展開自体に重要じゃないものなんて一つもありません。
「幼女の境遇」は同情の余地がある内容なら何でも良いので、重要ではないです。でも、「同情の余地がある内容」というのは絶対だし、それ自体は重要な事です。
そうした事を考えずに「日常の場面」と一括りにして漠然と「こんなシーン」と考えているために思いつかないのであって、内容が決まってない状態なので思いつかないのは道理です。
そして、その日常シーンが関係して戦闘が盛り上がる構成にしてるハズなのに、肝心の日常シーンを捨て置いてる状況なので、そりゃ構成自体がフワッとしてて「イメージが出来てない」としか言えないのではないかと思う。

……そもそも「日常があるから戦闘が盛り上がる」のなら、その日常が思いつかないのはおかしいんですよ。
例えば「戦闘でヒロインが重症を負う」という内容であるなら、前もって「ヒロインはめっちゃ強いし負けるわけがないよね」ってシーンを作ることになり、それがスレ主さんの言う「日常」に相当するので、戦闘シーンは思いつく、つまり「盛り上げる要素」がわかってるなら「日常」も思いつかないとおかしい。
つまりは、最初に戻って「モナリザ」の漠然としたイメージがあるだけで、それを組み立てるイメージが出来てない。というのが問題点として推測できるかなと思う。

カテゴリー : その他 スレッド: アイデアはあるが小説が書けない/繋ぎの場面が書けない

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投稿日時:

元記事:最新の流行のコンテンツは何ですか?

この前Twitterで「異世界転生モノはやる夫スレ、ついでなろうが最先端で、漫画やアニメはそれの後追いに過ぎない」というような話を聞きました。
自分としては、描きたいテーマは決まっていて、特に拘りのない部分については流行を追えばいいと考えています。
やる夫スレと言えばゴブリンスレイヤーと、あとなんか数学を使って内政チートする話(タイトル忘れた)くらいしか知りませんが、要するにそれらはTRPGや数学といった専門的な知識を元に世界観やストーリーが作られているというところまでは分かります。
が、それだけでは単に流行の最先端を行っている訳ではありませんよね。
具体的にはどのようにそうした知識を使うのか、その使われ方に流行があると考えていますが、確かなことは分かりません。

そこで、自分で読みに行こうと思うのですが、その前に、やる夫スレではどのようなストーリーの潮流があり、どのようなテーマが前提とされているのか、どのような世界観が共有されているのか(例えば、小説家になろうではテレビゲームのような世界観がありますが)、といったことを大まかに知っておきたいと思いました。

ジャンルは、一応ファンタジーでなくても、何でもいいですが、取り敢えず「やる夫スレ文学」の潮流、そして可能なら、最近の有名な作品も教えてください。

また、やる夫スレ以外に、何か最新のポップな創作ジャンル(例えば、自分が小さい頃はうごくメモ帳のPVが流行ってましたが…)があればその詳細を教えてください。

いずれの場合も内容は全年齢向け/R-18/R-18G/一次創作/二次創作/二次元/2.5次元/三次元/カップリング/オリ主/同性愛/異性愛その他を問いません。

上記の回答(最新の流行のコンテンツは何ですか?の返信)

投稿者 あまくさ : 2

すみません、やる夫スレ知りませんでした。
スレ主様は情報豊富な方のアドバイスを欲していらっしゃるのでしょうから、以下あまり役に立たないかもしれませんが。

とりあえず、少しだけ見てきました。
なるほど。けっこう面白いのがありますね。

1)発表の敷居が低いため、思わぬ才能が現れる。

2)手軽さが生むポップな感覚が魅力。

なろうにもネット全般にも言える特徴ですが、確かにその最たるものという感じでした。あと、四コマ漫画風のやつに秀逸なのがあったので、AAのセンスがポイントになりそうかな。

二つほど。

『チート能力が自爆だったやつ』
四コマ風の連作。
タイトル通り、異世界で手に入れたチート能力が「自爆」だけだったという話。魔王も一瞬で倒せるけど自爆以外に何もできないというw
本人も死にますが、別の世界への転生を繰り返します。
完全にネタだけなんだけど、そのネタが秀逸で出オチ的に面白いというタイプ。こういうのこそ「ならでは」かなと思いました。小説で表現するのは難しそう。

『やる夫はカードを引くようです 』
こっちは長編です。1話だけ見ましたが、かなり面白かった。粗筋は省きますが、序盤の展開やキャラ造形がしっかりしていて、小説でも書けそうな内容。AAも必須ではない気がしました。
こういうのをやる夫スレでやっている理由は、まあ、1)の発表の敷居の低さと、作者の表現媒体への考え方の問題かなと。
こういうケースもあるんだなと思いました。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 最新の流行のコンテンツは何ですか?

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元記事:自分の文章を見て吐き気を感じるのはどうしてでしょうか?

自分の文章やあらすじを見てると吐き気に襲われ、気持ち悪くなってしまいます。
なんていうか強い拒否感を感じてしまい、直視出来ません。
どうしてでしょうか。
あと、「自分のこんな小説なんて誰が読むんだ」とまで思えてしまい、削除したい衝動にも駆られます。
どうしたらいいでしょうか。

上記の回答(根性で才能に転換するの返信)

投稿者 ごたんだ : 0

ぶっちゃけサイコパス系真面目系九頭の作家は一生もの、むしろ無くなったら引退土器だと思うしかない!

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 自分の文章を見て吐き気を感じるのはどうしてでしょうか?

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