小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

サタンさんの返信一覧。最新の投稿順16ページ目

元記事:登場人物の必要性について

自分は今、魔法ファンタジーバトル学園物を書いてます。

そこで、またまた登場人物について聞きたいのですけど、物語にあまり関わってこないキャラは出すべきではないでしょうか? 

皆さん、すみませんがアドバイスをお願いします。

上記の回答(登場人物の必要性についての返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

これは完全に持論ですが、
そういうのは「キャラクター」ではなくて「役」で考えてみましょう。
他の方の回答に推理小説を例に出しましたが、これで続けると、推理モノには探偵と容疑者と犯人という3役が重要な役になります。
場合によって被害者も重要だけど、基本殺され役なので死人に口なしとでも言うか、さほど重要でない場合も多いです。

探偵はキャラクターで考えれば一人と考えられますが、探偵と助手がセットで「探偵役(事件を解決する役)」として考えると、「探偵役」で二人扱うことになります。
つまり、二人で一つの役を演じてるようなもの、なわけです。
よくありそうなパターンは頭脳派な探偵役と体育会系の助手役で、助手が動き回って情報収集をして、それを聞いて探偵が推理をする、というもの。
これって別に一人の探偵役が動き回って情報収集して一人で推理しちゃっても、何も問題ないですよね?
それを2キャラに分けて探偵役・助手役にしてるだけ。
だから、もともと「事件を解決する役」で言えば2キャラで一枠の「一つの役」なんですよ。
まあ、こうした主要キャラの場合は「探偵役」の中でそれぞれのキャラがどういう個性を持って動いているかを書くことになるのでキャラ描写で個性を書いていくことになりますが。

この考えが最も有効に働くのが「容疑者」の扱いです。
容疑者は通常3~5人のキャラクターがいたりします。これらを1キャラづつキャラがわかるくらいに描写してったら、地味に大変です。
でも、彼らは物語の進行上「容疑者だ」ということがわかれば問題ないわけです。
そういう役柄が把握できれば良いだけなので。
どういう性格だとか、どういう個性があるとか、そういうのは物語に関係ある重要なポイントだけわかればいい。
つまりキャラを描写する必要はない。
まとめて「容疑者役」ってことがわかれば、それでいいんです。だから、別に5人でも10人でもキャラ数は大して問題ではないわけですね。
10人の中の一人が出てきたとき、「このキャラは容疑者の一人だな」ということが把握できりゃ、話は通じるんです。

つまり、キャラクターという「個」を書く必要のある主要キャラと、「個」ではなく一つの役であるグループという「集合」を書けばいいキャラ群がある。という事です。
物語には関係しないがちょいちょい出てくる友人だとか、設定上展開上そこにいるハズのモブキャラは「集合」を書ければそれでいいんです。
これが顕著なのが、小説ではあまり見かけないけど、大会などライバル高校がたくさん出てくる部活モノですね。
麻雀漫画の「咲」なんて山のようにキャラが出てくるでしょ。
スポーツモノでありがちなのは高校によって特徴的なグループにしてしまうパターン。スポーツの話なのに対戦相手がオカルトっぽい見た目のチームとか。
目立ってるのは決まって部長ないし副部長を含めた1・2キャラだけ。

話に関係ないチョイ役なんかは、キャラクターという個を書く必要はないんで、「一回戦の相手」とか「超雑魚」という役を書けばそれでいいんです。
主人公の友人で大事なキャラだけど話には関係しない、という場合も「試合前に元気づけてくれる役」ということがわかりゃ、それでいい。

さて、そう考えると、一方通行さんの小説において「個」というキャラを書かねばならないキャラは何人でしょうか?
たぶん3~5人か、多くても8人はいかないと思うんですが、どうでしょう。

ここでいま消すかどうか悩んでるキャラクターが「個」を書くべき存在だと思うようなら、おそらく消してしまったほうが良いと思う。
話に関係ないのにキャラを掘り下げたって脱線してるだけだから。
これは「個」ではなく「集合」という役を書ければそれで問題ないと思うなら、初期案に近いほうを選ぶ(初期から登場予定だったなら登場させたほうが)と良いと思う。
物語に関係なくても、「後輩に慕われてるライバル」に関係する後輩キャラなんかは、出したほうが「慕われてる感」が出ますよね。
話に関係しなくても、話に関係するキャラクターのキャラ描写で重要なポジションってキャラもけっこう多いですから。
そういうのは最初に考えた初期案が正しいって事がよくある。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 登場人物の必要性について

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元記事:中間部の展開が思いつかない・上手く盛り上げて先へ繋げられない

 長編の構想で中間部分が薄くなってしまいます。
 シリーズの展開を考えてみるとどうしても一番盛り上がりそうな最終巻とその一つ手前ばかりが充実していき、そこ以前は「海に行く」「野球をやる」等、季節も飛び飛びの単発のイベントや短いシーンがバラバラに増えて一冊分の展開が出来上がりません。
 一冊ごとの展開についても特に序盤は登場させられる人物も少なく主人公がとれる手段も行動範囲も限られ、ストーリーがかなりコンパクトなものにまとまってしまいます。そのせいか新人賞に応募しようとすると規定書式で70枚や80枚の応募要項最低ラインをどうにか超えようと締切直前まで四苦八苦してばかりです。これにより場面転換がバラバラのネタを並べるような唐突な話題の切り替わりになってしまっている不安もあります。
 キャラの数や活動範囲が限られていたり、思いついたイベントが後に続いていかない、あるいは単純に中間部分がただの通過地点になってしまい盛り上がりに欠ける時はどういった考え方を行えば中だるみせずボリュームある展開を創れるでしょうか。

上記の回答(中間部の展開が思いつかない・上手く盛り上げて先へ繋げられないの返信)

投稿者 サタン : 30 人気回答! 投稿日時:

それはおそらく、「展開」を「イベント」と考えてるからだと思います。
間違いではないんだけど、イベントと考えると小さくまとまった小ネタを考えてしまいがち。
まさしく「海へ行く」「キャンプへ行く」などですね。
学校行事で考えると「文化祭」や「修学旅行」など。これをイベントと考えてみると、でもそういうイベントを一切書かずに学園モノをしっかり成立させてる小説もありますよね?
展開はこうした「イベント行事」の事ではなく、「話が進展するモノ」の事だと考えると良いと思います。

批難したりバカにしたりするわけではないのだけど、書き慣れてない頃はイベントを考えてしまう事が多いと思う。
既存作を読んでみるとわかりやすく「どこそこへ行って楽しむ」といったイベント主体で書かれていることが多いですから。素直に読み取れば「イベントを考えれば良い」と解釈するでしょう。
ただ、これは正しくは「イベントを行って、そこで何をするか」が大事になってくるので、別にイベント自体は重要ではなく、そのイベントの中で進展する話が重要です。
例えば、「山へ行って仲間意識ができた」というエピソードと「野球をやって仲間意識ができた」というエピソードは、イベントが違うだけでやってることは同じ。
「どこへ行くか?」が違うだけで、同じ展開なわけですね。この「仲間意識ができた」という展開が大事なので、コレができればイベント自体は別に何でもいいわけです。

逆に、イベントそのものを重視して「そこで何をするか(話が進展するモノ)」を書かず、あるいは意識しないまま「イベントを行う」という展開を用意してしまうと、「海へ行った」と、行ったはいいけど行って遊んで帰ってきただけ、という印象しか残らない。
たいしたことをしてない(話が進んでない)ので、ネタを詰め込むだけで盛り上がらず、小さくまとまってしまう。
ネタは「イベント」で考えているため、そういう行事として成立するネタしか思いつかない。

例えば「海へ行った」という展開で重要なストーリーの進展は「ヒロインがナンパされて主人公が助け、二人の間が急接近する」という事柄だとしましょう。
でもこれ、上で「イベント自体はなんでもいい」と書きましたが、別に「海へ行った」でなく「街に遊びに行った」でも同じ「ヒロインがナンパされる」という内容は書けますよね?
更に噛み砕くと、「ヒロインがナンパされて主人公が助け、二人の間が急接近する」というのは、「二人が急接近する」というのが大事なわけで、その理由は別に「ナンパから助けた」でなくても問題ないでしょ?
平日の学校内でヒロインが何かトラブルを起こし、主人公が頼りになるところを見せつけて「二人が急接近する」でも問題なく展開させられます。
つまり、「海へ行った」というイベントを考えなくても、展開はできるわけです。

で、そう考えると、大事なのは「そのシーン(展開)で何を書きたいのか」ということ。
上の例では「二人の間が急接近する」という事ですね。
これが「展開を考える」ということで、「イベントを考える」とは少々違います。
イベント主体で考えても話が進展する主旨の部分をちゃんと考えられていれば問題なので、まったく違うわけではないですが。

ここで
>季節も飛び飛びの単発のイベントや短いシーンがバラバラに増えて
という悩みに答えると、そもそも「はじまり」から「おわり」へ向かって一本の道筋が出来ていないためにこうなってしまう、と考えられます。
例えば、
「主人公とヒロインの二人が出会う」「お互いの性格がすれ違い、個性が衝突する」「突発的なトラブルに二人は急接近する」「相手を理解しようと考え始め、お互いの良い所を見つける」「良い雰囲気になるが、生来の性格が災いして元通りのいがみ合う元の鞘に収まる結果になって終わり」
と、こんな感じで全体の流れを考えることができていれば、「バラバラに増える」なんてことはまずありません。
何故なら、イベントってのは「話が展開するモノ」を表現するためのガワでしかないので、「主人公とヒロインの二人が出会う」という部分のガワは「海で出会う」でもいいし「球技大会の野球で知り合う」でもいいし「食パンくわえて通学路の角で知り合う」でも、なんでもいいわけです。
さすがに季節は無視できないけど、「思いついたイベントの要素」を、全体の流れで考えた「話が展開するモノ」に当てはめていけばいいだけです。

そうなると、大事なのは「全体の流れだ」とわかると思う。
ページが足らなければ「お互いが衝突する」と「急接近する」の間に、「大喧嘩する」など要素を足せばいいだけです。
この要素を考えるポイントは、「話が進展する内容」だということです。
なので例えば「ヒロインが親友に愚痴る」などは(内容次第だけど)基本的には「主人公とヒロインの仲が進展する」ことに関係ないので、「展開」に類することではないでしょう。
当然ながら、「海へ行く」などのイベントは、本筋である全体の流れとはまったく関係ない要素です。
考えれば考えるほど話が出来てきてるような錯覚を生むけど、実際には本筋の物語は何も出来てない、と思ったほうが良いと思う。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 中間部の展開が思いつかない・上手く盛り上げて先へ繋げられない

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元記事:返信の返信

>>サタンさん

なるほど。終着点までに「やっておくべきこと」や「やっておきたいこと」を整理しておけば時系列に合わせてそのための展開やイベントも考えやすいでしょうか。

何処と何処の間にどんな要素を足せば良いかは実際にやって慣れるしかないですかね……。

上記の回答(返信の返信の返信)

投稿者 サタン : 6 人気回答! 投稿日時:

返信してから、しまった、「中だるみ」について語ってないし、意図を読み取れてなかった、と感じたのですが、しかし、慣れるしかないのはその通りだと思います。

どうやら三幕構成についてはご存知なようで、それで言うと「ミッドポイント」がそもそも「中だるみ防止」のための技術です。
ターニングポイント1からミッドポイントにかけての盛り上がりを心配されてるようですが、ここで中だるみする事はさして問題ではありません。
「同じことの繰り返しだ、なんか中だるみを感じるな」と思ったところで「ミッドポイント」が来てガラッとテンポが変わり一気にクライマックス(ターニングポイント2)へ駆け抜けるので、序盤での多少の中だるみはむしろ計算の内でもあります。

簡単に言えば、「ミッドポイント」を中心に、前半は「話を広げるための展開」であり、後半は「話を収束させるための展開」になります。
なので、前半(ターニングポイント1からミッドポイントまで)は、「バリエーションが違うだけで同じようなこと」を何度もやったりします。
Fateなんかは典型的ですよね。前半の敵でライダーなりキャスターなり出てきて、勝敗が違ったり作戦や状況が違ったりとバリエーションに富んでるけど、基本的には「敵と出会って戦う」って展開を2・3回繰り返してるだけ。

逆に、ミッドポイント前の前半部分は、読者は「その物語を半分も読んでない」という当たり前の事実があるので、あんまアレコレ趣向を凝らすとついていけないってことにもなりかねない。
「同じことをしている」という内容なら、非常にわかりやすいですよね。
単純な「敵と戦う」という主旨なら、その枠内でバリエーションを試行錯誤し、結果的には「同じことをしている」としないと、今度はミッドポイントで盛り上がりにくくなるし、前半で凝ったことをするのは、あまりメリットがない。
序盤から面白さをアピールしたほうが、というのは道理だけど、これはちょっと話が違う。

これは言い換えると、要するに「敵が出てきて戦って勝利する」という一つのパターンを最初に提示しておけば、あとはそのパターンのバリエーションを考えるだけで前半は問題なく進められる。という事です。
例えば「今度は主人公側から敵に接触し、説得を試み、失敗して戦闘になり、逃げ帰ってくる」とか。
「敵と出会うまでの過程」「戦闘へ移行するまでの過程」「その結果」がそれぞれ違うバリエーションで、同じパターンには見えないでしょ。
となれば、三文山而さんが悩んでいるのはこういう所(バリエーション)じゃないかなと思うのですが、どうでしょうかね……。

>終着点までに「やっておくべきこと」や「やっておきたいこと」を整理しておけば
人によってはそれで問題ないと思うし、考え方の話だからハッキリと否定はできないんだけど、
前の返信で書いた「話が進展するモノ」で、それ以外に表現のしようがないです。
「やっておくべきこと」と考えると、例えば「主人公の過去を語っておかないと」といった考えが出てきたりする。
端的に、「話が進めばいい」んですよ。なので、別にそういうキャラの事情や理由を明かさなくても、キャラの心情はどうあれ話は進められます。
のび太がジャイアンに虐められて無くても、ドラえもんが道具を出せば話は進むでしょ?
確かに、「話が進む前に事情を説明しなければ」という事はありますが、その事情は「ジャイアンにイジメられた」でも「スネ夫に自慢された」でも「しずかちゃんに幻滅された」でも何でもいいので、「やっておくべきこと」は「話が進展する」ことにはあまり関係ないわけです。

何故こういう言い方をしているのかと言うと、
余計なことを考えすぎるために思考が狭まるって事が非常に多いからです。
「勇者が魔王を倒す」これで大事なことは「魔王を倒す」って事だけ。「仲間を集める」とか「その絆を描く」とか「勇者の辛い過去」とか、そんなん語らなくても「魔王を倒す」は魔王を倒せば達成されるでしょ?
「絆」とか「過去」とか、そういうのは過程を飾ってるだけで、話の進行自体には関係ないんですよ。
全部余計なこと。
でも、当然ながら書く以上は面白くしたいので、「やりたいこと」「やっておくべきこと」として、それらは「物語に必要な要素だ」として考えちゃうものです。
「仲間との絆」は間接的には関係あるけど、「魔王を倒す」という話には直接関係ない話題でしょ?
だから、それはサブプロットになるわけで、メインの「話が進展するモノ」ではないわけですね。
「やっておくべきこと」と考えるとこれがごっちゃになると思うので、メインはメインだけでシンプルに考えたほうが良いです。
「主人公の村が襲われる」「女神の啓示を受ける」「魔王を倒す手段を見つける」「武器を手に入れる」「魔王を倒す」
とシンプルに考えると、それぞれの内容をバリエーション豊かに楽しく書けばいいだけ。
また、逆に「話を進めたくない」場合はそのポイントをズラすだけで十分な余裕を作ることができる。
これは例えば物語に直接関係しないが重要なサブキャラを掘り下げたりする場合に有効ですね。
話が進んじゃうと掘り下げる余裕がなくなっちゃうので。
例えば、「主人公の村が襲われる」ことで主人公は勇者を目指すので、このタイミングが早ければサッと話が進むし、遅ければ主人公の日常を深く書いてくことが出来る。
「女神の啓示を受ける」を遅くすれば、その間に「仲間」のサブプロットを展開させられる。
メインをシンプルに考えられれば、あとはバリエーション豊かなサブプロットを必要分用意するだけです。

話が進む要素の考え方は、まあ我流でありこれが正解ってわけじゃないんですが、
まずは「はじまり」の状況と「おわり」の状況を考えてみましょう。
三段論法というのがありますが、これを参考に「なか」を考えてみましょう。
そしたら、「はじまり」と「なか」を取って、また三段論法で真ん中を考えてみましょう。
これを繰り返せば理論上どんだけ分厚い大長編でも、そのプロットを作ることが可能です。
私の場合はこれで自然と話が進む要素を設定できますが、こういう「話が進むモノだ」っていう抽象的な表現しか出来ないモノは、たぶん人によってハッとするポイントが違うので、あくまで我流であって参考以上のものではない、と思って良いと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 中間部の展開が思いつかない・上手く盛り上げて先へ繋げられない

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元記事:戦隊モノはどうして影が薄いキャラがいないのか

子供たちのヒーローであるスーパー戦隊は5人から追加戦士が増えることがほとんどです。
物語においてはメインキャラクターが多いと影が薄くなるキャラが必ず出ます。しかし、スーパー戦隊ではキャラが薄くなったことがないように思えます。
特に、近年放送された宇宙戦隊キュウレンジャーは最初9人、最終的には12人になりました。しかし、薄いキャラはいないように思えます。

多くのメインキャラクターがいながらも、影が薄くならない方法はあるのでしょうか。

上記の回答(戦隊モノはどうして影が薄いキャラがいないのかの返信)

投稿者 サタン : 4 人気回答! 投稿日時:

個人的な分析でしかない回答だけど、
おそらく「グループ」を書いてるからでしょう。
キャラクター」という一人を強調する昨今のライトノベル描写ではなく、「戦隊」という一個のグループを書いているため。
全体が目立つから、ほぼ均等に全員が目立つ。
その中でも出番の多いリーダー的存在は一番目立つだろうけど、これは「出番が多いから目立つ」というだけで、「集中的にキャラ描写をしてるから目立ってる」というわけではない。

これを応用した、というわけでもないけど、似たような手法を使ってる小説で言うとバッカーノなどの群像劇でしょうかね。
群像劇は主人公が複数いる形ですが、特に成田良悟の書く群像劇はそれぞれの主人公に対し一つのグループないし勢力を作ることが多く、キャラクターが多いくせにほぼ全員が均等に目立っています。

要するに、「キャラクター一人」を書くんでなく、「コンビ」や「トリオ」など複数人をまとめて書く形ですね。
いつも一緒にいるコンビとトリオを書けば、それだけで5人のキャラがいますが、描写の上では「コンビ」と「トリオ」の2グループという二つの描写で済みます。
例えば「お気楽な主人公」「おバカなヒロイン」という個性を書いていくんじゃなく、「能天気な二人組」というコンビを書く。
キャラクターという個を書くわけではないので、突飛なキャラクターというのは書きにくく、キャラの個性よりもグループの個性を優先させるために漫画的なわかりやすい特徴のあるキャラは出しにくいと思う。
グループの中で個が光ると浮いちゃうから、そういうのはグループでなく一人の個として書くことになるし、そうなると描写が一気に二倍三倍になっちゃう。

AとBのコンビで書くと、例えばワンシーンでAにしかセリフがないという場面でも、読者は二人がコンビだと知っているので、Bの姿も連想しちゃうんですね。
コンビが上手く書ければという前提ではあるけど、こうするとAが目立てばBは何もしてなくても同じくらい目立つ。
すると、あくまで理論上だけど、12人のキャラは半分の6キャラが目立てばいいことになる。
この6キャラでも相性のいいグループ同士をくっつけてやると更に半分で、その代表の3キャラが会話してるだけで全体をイメージできる。
とまあ、これはあくまで理論上であって同時に理想論でもあるけど、仕組みとしてはそんな感じかなと。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 戦隊モノはどうして影が薄いキャラがいないのか

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元記事:参考作品の選び方

先日「伏線の張り方」という質問をした者ですが、実はストーリー作り自体が苦手です。設定や世界観や小物のアイデアはポンポン出るのですが、それをストーリーに乗せられず、起承転結の起ばかり量産してしまします。

なので何か商業作品を参考にしたいのですが、選び方がわかりません。流行りのやつでも、ブックオフにあるのを適当に選ぶにしても、なんとなく気が乗らず、数行で飽きてしまいます。参考にする作品について、皆様のご意見をお伺いしたいです。

上記の回答(参考作品の選び方の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

>設定や世界観や小物のアイデアはポンポン出るのですが、それをストーリーに乗せられず
それは、物語とアイディアを別個で考えてるためです。
極端な話、シリアスな復讐劇を考えてるのにコミカルな恋愛のネタを思いついたって馴染むわけないでしょ?
よくあるのは、魔法の設定を事細かに考えて、アイディア自体は面白いものに仕上がって、でもその魔法の設定を活かせる物語が作れない。というもの。
魔法の設定は魔法の設定だけで別個に考えてるため、「物語のために設定を作ったわけではない」ので、こうなるのは当たり前と言えば当たり前というわけです。
設定やアイディアは「物語のために作る」わけですから、そもそも話がないと、物語を考えてからでないと、設定やアイディアを思いついたところで上手く馴染みません。

>何か商業作品を参考にしたいのですが
既存作品を参考にする場合、当たり前だけど既存作は「既に物語が出来てる状態」なので、それを意識しないと参考にしても空回りすると思います。
物語構造を理解するにあたっては、正直なんでもいいです。
ただ、物語の構造がなんとなくつかめてくると、今度はWeb作品などアマチュアの作品が非常に参考になると思います。
これは、受け取り方によってはディスってるように思われるのであんま口にしたくないんですが……
ぶっちゃけ、アマチュア作品は「失敗」がわかりやすいんですよ。
面白くないモノが何故面白くないのかを考えてみると、作者のミスが見えてくる。
プロの失敗は見えにくいし、失敗も失敗と思えないフォローが入るので単純に良いところしか目立たず、その裏側が見えないんですよね。
自分が知らない技術やアイディアを使ってたりもするから、ものすごい誤解をしてしまうこともあるし。
プロ作品で面白くないものは単純に好みの問題で楽しめないだけだし、ミスが見えない。
一方アマチュア作品は裏側がすごい見えるので、言い方はアレだけど下手な作品ほど問題点が浮き彫りになっていて良い参考になる。
それを解決するにはどうすれば、と考えりゃ、その答えがそのまま自分の作品に使えるからね。
上手いものを真似するよりも、下手なものを改善していったほうが、自分のレベルに合った上達ができます。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 参考作品の選び方

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元記事:設定被りは、どこまでが仕方ないのでしょうか

初めて質問させていただきますため、至らぬ点がありましたら申し訳ありません。

質問なのですが、タイトルの通り、他作品との設定被りはどこまでが許されるのでしょうか。
と言うのも、自分が書いている作品の設定が色々な作品に似ている気がしているのです。
簡単に書けば、現代を舞台に魔術師や不死の存在が人知れず戦っている、と言う話です。
何となく、よくありそうな設定だと自分でも思います。具体的に言えば、主人公が即死能力的な物を持っているのですが、それは、不死と言う単語と相まって月姫のように感じられますし、敵が実在(?)のオカルトをベースにした組織と言うのは、Diesや科学ADVシリーズのような印象を受けるかも知れません。何より、自分がそれらの作品の影響を受けていないとは全くもって否定できないのです。どれも、好きな作品なので。
無論、パクリはしていないつもりですし、話の流れや結論は、それらとは違う物になっているはずです。ですが、設定だけ見ると、単なる二番煎じに陥っているような。もっと言えば、パクリになってしまっているような気がしてきて、こうして質問させていただきました。
皆様は、創作においてどの程度の設定被りは許容されると思いますか?

上記の回答(設定被りは、どこまでが仕方ないのでしょうかの返信)

投稿者 三文山而 : 0

 やり方次第でいくらでも、という気もします。
 例えば作者の方が沢山の作品について知識があるという自信があれば多彩な作品のパロディやオマージュをありったけ詰め込まれているだけで作品の売りになりますし。

 パロディの方向性を避けるにしても換骨奪胎などは有用なアイデア出しの方法の一つでしょう。
 「自分の作品にもこんなキャラがいたら」と思うような人物の性別や年齢を変えてみたり、出身地を変えてみたり、一人のキャラの特徴を複数の人物に割り振ってみたり逆に全く別のキャラの要素を一人に合体させてみたり……。
 世界観や人物以外の設定作品のジャンルなどでも似たようなことをすれば一つ一つの設定の要素の被りはほとんど気にならなくなるかと。別々のモデルを3つか4つ組み合わせるだけでだいぶ元ネタも想像しづらいような別物に変わってくるんじゃないでしょうか。

 Diesキャラとかの能力も大雑把な特徴で考えると「死者を操る」「部下の能力を自分のものとして使用」「即死攻撃」「必中攻撃」「絶対回避」「時間停止」等々それ自体はありふれていてそこまで突飛なものはそんなに無かったような気がします。キャラの経歴や性格、台詞などとの組み合わせによって他にない魅力が出来上がっているのであって。

 設定や要素の被りそれ自体よりも「これをこう解釈するのは俺ならではの思い付きだ」「まったく接点のないように見えるこれらを組み合わせられるのは自分の発見だ」「ありきたりなこの要素をこんな表現できるのは私だけだ」といった材料の組み合わせや調理の仕方等の自分の作品ならではの要素があるかどうかがオリジナリティとして重要なのでは。
 言ってしまえば自分の好きなキャラ(を元ネタにした人物)をありったけ集めて英雄大集合や怪獣大決戦みたいな作品になっても全く別々の元ネタの中から貴方の好きなものを組み合わせられるのは貴方だけ、なのではないでしょうか。

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: 設定被りは、どこまでが仕方ないのでしょうか

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投稿日時:

元記事:主人公への自己投影はどの程度にすべきか

お初にお目にかかります。
当方現在執筆を目指しプロットを複数練っているところなのですが、大半の作品で自分を主人公のモデルにしたり特技や長所などに自分を投影しています。
こういったことはたとえ書きやすくてもよした方がよいのでしょうか。

当方こういった掲示板の使用は初めてなので、何かしら必要なマナー等ございましたらそちらもご教授願います。

上記の回答(主人公への自己投影はどの程度にすべきかの返信)

投稿者 あまくさ : 1

作者が主人公に自己投影すること自体は、別に良いことでも悪いことでもないと思います。そもそも主人公を視点人物にした場合、誰でも少しは自己投影が入ってしまうものでしょう。
注意点があるとすれば、

・やりすぎると作風が偏る。
・主人公のキャラを作者が客観視できるかどうか?

といったあたりでしょうか。
蛇鷲さんがこのような質問をしたということは、ご自身でも少し懸念を感じるからではないでしょうか? そうであれば、自分と違うタイプの主人公を作ることにも目を向けて見るといいかもしれません。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公への自己投影はどの程度にすべきか

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投稿日時:

元記事:「実は○○だった」は絶対に必要でしょうか?

こんにちは。みね子と申します。

現代ファンタジーの小説を書いています。
簡単にストーリーを紹介すると、こんな感じです。
・主人公とヒロインがいるところに、宇宙人がやってくる。
・宇宙人は「ヒロインは"宇宙人性毒霧病"にかかっている。これは18歳の誕生日に、猛毒の煙になって死んでしまう病気だ」と説明する。
(宇宙人はこの病気の調査にきており、たまたま罹患したヒロインがいたため、親切心で教えた)
・治療薬は宇宙人用のものしかなく、地球人には効かない。
・主人公がいろいろ活躍して、ヒロインを完治させてハッピーエンド。

問題はこの「宇宙人性毒霧病」の説明なのですが、
どうしてヒロインがこの病気にかかったのか、どうして18歳の誕生日に死ぬのか、
説明をしないつもりです。
説明をしない理由は、病気にかかった理由を探る場面や、病気の性質を理解する場面は話の本筋と関係ないので、読者によけいな情報・負担を与えてしまうためです。

小説には説明しなくてもいい重要な設定があると思っています。
たとえばグラスホッパーは、現代日本に暗殺者集団がいるというトンデモ設定ですが、暗殺集団の後ろ楯は何か、どうして暗殺集団が結成されているのか、説明はなかったとおもいます。

1から10までつまびらかにするより、少しだけ「なぜなんだろう」の謎を残しておいた方がわくわくすると思います。
しかし、「いやそこは説明せんかい!」という謎もあると思います。

その「残しておく謎」と「説明しなければならない謎」の違いやさじ加減がわからず、悩んでおります。
みなさんはどのようにしているのでしょうか?
アドバイスいただけないでしょうか。

上記の回答(「実は○○だった」は絶対に必要でしょうか?の返信)

投稿者 サタン : 2

これは、難しい問題ですね。
人によってはすぐに答えが出ると思いますが、つまり、書き方によって変わるので、なんとも言い難いものがあります。

例えば、ドラゴンボールでフリーザが宇宙征服をしたい理由は明かされていません。でも、フリーザにスポットを当てたスピンオフ作品を想像してみれば、同じ展開の話でもその理由を語らずには終われないでしょう。
でないと、「コイツいったい何がしたかったの?」ってなっちゃいますから。

なので、「本筋とは関係ないからボカしたままで良い」というのは私もそう思いますし、それで良いと感じます。
しかし一方で「ヒロインの病気を治す話で、その病気は本当に本筋に関係ないの?」とも感じます。
「ヒロインの病気」が主旨にある以上、その詳細はともかく、原因は本筋にかかってないかな?
例えば、両親を殺した男に復讐を誓うという主旨で、両親を殺した理由を明かさないまま話は終われるだろうか。
復讐が主旨なんだから、殺した理由までは本筋じゃない、という判断もできる。
だからモノによっては「結局わからないまま復讐を果たす」という展開もあるにはある。
両親を殺した男はただの実行犯で、黒幕は別にいた。なんて続く物語はだいたいこんな感じで曖昧さを残したりしますね。
要するに、終わってないんですよ。
本筋の主旨は綺麗に終えても、その中の疑問が残ったままなので、スッキリしない。
つまり「そこは説明せんかい」という事ですね。

「なぜ18で死ぬのか」という詳細部分は、これも書き方によりますが、「そういう病気」として書けば「そういうもの」で済むので、さほど重要度は高くありません。
それで言えば「なぜヒロインが病気にかかったか」という原因も、「ヒロインが病気になってることが前提」という「そういう話」として書けば「そういうもの」で済みます。
例えば、物語開始時から「ヒロインは不治の病にかかっている」という形で話を始めれば、「ヒロインが病気」なのは前提だから気になりません。
しかし、物語の途中で「ヒロインが病気と発覚」という形だと「いつ?」という疑問が生まれてしまう。
ここで前の話に戻って、「疑問が残ってしまう」ために「そこは説明せんかい」となる。
また例え話をすると、
「主人公は生まれつき超能力が使える」となれば前提だから疑問に思わないけど、「先日いきなり超能力に目覚めた」となれば、その原因は疑問になってしまう。
疑問は解決させないと話が終わらず中途半端になる。
もっとも、その中途半端が魅力のジャンルもある。
例えばホラー、伝奇ミステリなど。

だから、「本筋でない事は説明しなくても良い」というのは同感だけど、「多少の謎は残した方が良い」というのは基本的には同意できない。
ジャンルを限定すればテクニックとして扱えるものではあるけど、それは逆に「説明したらつまらない事」だから説明してないだけ。
あるいは「不安感を残したい」とか「不完全さを表現したい」とか意図があってのこと。
SF風味のラノベでも例えば「涼宮ハルヒの憂鬱」などはヒロインの正体が曖昧なまま。
これもヒロインの正体を確定しちゃったら面白くないからですね。
もうしばらく読んでないから今どういう設定なのか知らないけど、例えば「この世界はハルヒの妄想の中の世界なんだ!」なんてオチがついたら面白くないでしょ。

>どうしてヒロインがこの病気にかかったのか、どうして18歳の誕生日に死ぬのか、
設定を聞く限りは説明したほうが良いと思うけど、というか原因も詳細もわからず治すために奔走する主人公というのが想像できないし、「ヒロインが病気になった」事に対する説得力として原因と詳細の説明は必須な気がします。
スレッドタイトルの「「実は○○だった」は絶対に必要でしょうか?」に答えるなら、そんなことないよ、と断言できますが、今回の話では、原因と詳細はそれとは関係ないところで必要になってくる話題ではないかなと。

端的に答えれば、「読者に疑問に思われないように書ければ説明の必要はない」、と言えます。
例えば前提としてしまうなどですね。
でも、疑問に思われなければ「謎」とも思わないので、「謎を残す」というのは違うと思う。
読者に知られないよう謎を残し、次回作などでそれをピックアップする、というのはアリだと思うし、ホラーなど意図があって中途半端な演出をしているというのもアリだと思う。
でも、基本的にはキッチリと全てを解決することが求められると思います。
その解決の基準としては「主人公が納得できてるかどうか」ですね。
そして、その主人公の納得に説得力があれば、読者も納得せざるを得ないですから。
この好例が「涼宮ハルヒの憂鬱」でしょう。なんも解決してないのになんか綺麗に終わってる印象が凄いです。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 「実は○○だった」は絶対に必要でしょうか?

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