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あまくささんの返信一覧。最新の投稿順97ページ目

元記事:しかさんへの返信

諦めなければ可能性はある、というのは私も同じ考えの上で書き込ませてもらったつもりでした。枝さんもそれを分かった上で、可能性の低さにたえかねての書き込みだったと思っています。
自由意志に関しては脱線になるというのもあってちょっと言葉足らずでしたが、おおざっぱに言って決定論者だと考えていただいてかまいません。
ただちゃんと勉強したわけではないのであまり突っ込まれると返事に窮します……矛盾があったり、これから勉強して考えが変わることもあると思います。(しかもいま見返すと字が間違ってましたし)
いまの考えとしては、意志と呼んでいるものは結局のところ環境(状況というべきか)に突き動かされて決定するのだから、決まっているも同然かなと。未来が見えない(起きていない)ために未来が決まっていないように感じるのではないかと思っています。
「なにをしても無駄だから行動しない」というより、「なにをしても無駄と考えて行動しないことを選択することが必然」という考えです。なにをしても無駄かどうかはやってみるまで分からないという。(王道の決定論でしょうか?)
今回の議論に関して言えば、環境(状況)に抗うことはできないから運命は変えられないけれど、行動が無駄になるかどうかは行動するまで分からないという考えです。

No.28への解答
>あらかじめ1の行動(逃げる)をとると決まっていたとします。その場合でも、あなたは何もしないでボンヤリしていてもいいことになりませんか?

なにもしないでボンヤリしていたら私の選択は3(なにもしない)になってしまいませんか?
逃げると決まっているなら、私は逃げるのだと思います。
それが環境に突き動かされラプラスの悪魔が導いた選択だとしても私には判断がつきません。
私は「意志」も事象の一つだと思うので、決まっているのは私の行動にとどまらずどんな気持ちになりどう考えるかも含めたすべてと思っています。それらすべて一律に、現実に起こる事象と捉えています。
もともとこういう風に考えたのも「さっきの行動をやり直せるのか」という疑問からきています。もし時間が巻き戻っても、私と私をとりまく環境も同じ状況に戻るなら、やり直したところで私は他の行動をとったのだろうかと。もし私が他の行動をとったならそれはなにかが私に影響しなくてはならないのではと。
それと一応……スレ主さんに共感したのは決定論からではなく、私の経験(広い意味で、体験だけでなく見てきたものも含む)に基づく人生観からです。もちろんそれが決定論に繋がるので無関係ではありませんが、決定論が先ではないことを言っておきたくて。言うまでもないかもしれませんが。

>「必ず」何かの成果が得られるということではありません。
>私の文脈にしかさんが勝手に「必ず」という言葉を付加してしまっています。それゆえ根性論のように見えてしまったにすぎません。

「成果が得られる可能性のある努力の方法(選択肢)は必ず残されている」という前提で「努力するかしないか」と話されているのだと解釈していました。成果に必ずと付与したつもりではありませんでした。
読み返してみるとあまくささんの意見はたしかにシンプルな現実主義ですね。ちょっと斜め読みになっていました。
……しかしその現実を理解しておられる方に、重ねて「これしか道はないからやる(あるいはやらない)しかないよ」と言うのでしたら根性論に思えます。
なんというか……「考え方を根性論と言ったのはズレていたけれど、見解は変わらない」といったところです。

「雑念」云々に関して。
少なくとも冷たいと言いましたが、雑念と一蹴することはやはり、冷たいだけではなく実のない根性論だと思います。心と現実(状況)は切り離せないものではありませんか?
というより区別できないものかと。
不安や嫉妬の感情はどんな行動をとれるかという選択肢に大きく関わる重要な状況の一つで、「無視すればいい」で解決できない、現実を構成する要素だと思います。感情は見えなくても作用しているのに、その作用を無視すればいいで押しきろうとするならやはり根性論になりませんか?

>私はカウンセラーではないのです。
>このサイトは人生相談をする場ではないので(以下略)

ここが真剣に小説を書く人の集まる小説のための場所だからこそ、スレ主さんはここに書き込まれたのでは?
スレ主さんは人生相談ではなく小説の相談をしておられたと思うのですが。
書くのを諦めたのではなくて、書きたいけれど気持ちがついてこず、考えた突破方法がここで相談して共感を得ることだったのだと思います。そうならばスレ主さんの求めていた傷の舐めあいは停滞ではなく創作を続けるための解決策なので、アドバイスをするのならまずはそれを受け入れてからではいけなかったのかと。
創作を続けたいからこそ、いっときの上っ面だけの優しい言葉ではなく本物の共感を求められておられたのだと思います。
(私はタイムリーに書いていた短編がまさに「生まれ」を扱うものだったこともあり、解決策ではなくシンプルに共感して書き込んだのですが)

>「作家を目指しているなら、その程度の人の気持ちを理解しろよ」と言いたいのかもしれませんが。

私が注目してほしかったのは「寄り添う」ではなく「現実を直視」の方だったんです。寄り添うは勝手にくっついてくるおまけです。
たとえばネットで不幸な目にあった方の相談に対して「あなたにも落ち度があったから仕方ないことだ」という返信をよく見かけます。現実は不均衡ですがそれは受け入れがたいので、「否定したい」という気持ちに自然に傾くせいだと思っています。落ち度があったからといって不幸な目にあわされて当然なんて、よく考えたらちょっとおかしい。けれど実際には相談者が一方的に責められている場面をよく見かけます。
しかし責めている方は相談者を責めているのではなく、自分を守っているのだと思います。理由があったから不幸な目にあったのだ。だから自分は大丈夫と。要は別の安全地帯にいると思いたい。もちろん責めている本人はそんなこと考えているつもりはないでしょうが、心はたしかにそういう風に働いたはずです。少なくとも私には幾度も覚えがあります。
今回の皆さんの返信を読んだとき、私は少なからずそういった心の傾きを感じました。というか今回に限らず、この板を含めた多くの相談に対する返信に、いつも感じています。
だからそういう意味で「現実を直視」と書いたのです。不均衡な現実を直視すれば自然と寄り添うことになると思い、「寄り添う」と加えました。

>何を代入しても成立してしまうんですよ。
>だから、どうして作家であることと結びつけるのですか? と質問してみたかったのです。

なにを代入しても成立することが「作家にとって大切」に相反するとは思えないのですが……それを言うとあげ足とりになるでしょうか。
前の返信に書いたとおり、一般論というよりは私の理想になってしまいますが……
要は「心のフィルターに逆らって現実を直視しなければご都合主義な薄っぺらい小説しか書けない」という主張でした。
空想のものを作るのに現実を知っていることが有利に働くのは言うまでもないですし、そこでいかに現実を真正面から見ているかが、他の人に書けない「差」を生むと考えています。
普通は心を守ろうとするので、それに逆らった現実を描くことは読者に簡単に予想できない大きな衝撃を与えることになるのではないかと。衝撃が必ずしも好まれるわけではないですが、エンタメでは有効な要素だと思っています。
それに現実というのは一番目立たず説得力のある伏線だと思います。
ここからは私の理想ですが。
なにかを発信するということには責任を持つべきだと思います。発信すれば必ず傷つく人がいます。なにかを発信することはなにかを肯定することで、肯定の裏には否定があるからです。ぬるい観察眼のもと書かれた小説は、誰かのおかれた現実を軽んじることになると思います。傷つけるなら相応の誠意は示すべきだというのが私の考えです。

>「傷の舐めあいをしたい」と言われて「じゃあ、舐めあいをしましょう」でいいのかなと。

私はいいと思います。心が求めることは健康な状態へ戻るのに必要だから求めるものですし。一見、建設的ではないように思えますが、心の求めるものを無理をしてこらえる方が疲弊するだけの無駄な努力ではないですか?
まして今回はスレ主さんの建設的な思いからの要望だったのでなおさらです。
私はこんな人間なので聞こえが良くないとも思いません。カラオケややけ食いと違ってコストもかかりませんし、なにがいけないのか。はたから見ていると嫌な気分になる、それが一番引っ掛かっていることではないでしょうか。そうだとしたらはたから見ている元気な人よりどん底な気持ちで助けを求めている人を優先するのが道理だと思います。

あまくささんの考えをまとめたものに関しては、おおむね異議ありです。
しかしすでに自由意志のくだりで私の基本的な考え方は述べているので繰り返しになりますから、ここは省略させていただきます。

上記の回答(その他もろもろの疑問)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

◎自由意志について。

>なにもしないでボンヤリしていたら私の選択は3(なにもしない)になってしまいませんか?
>逃げると決まっているなら、私は逃げるのだと思います。

ではなくて、自由意志を否定するとパラドックスが生じてしまうと言っているのです。

>私は「意志」も事象の一つだと思うので、

もちろん事象の一つです。意志や心も含めて、宇宙に存在するものはすべて事象でしょう。しかし、事象であるから自由ではないという根拠があるのでしょうか?
そもそも「自由」というのは「束縛」と対置する概念に過ぎません。物理法則に支配された事象の連鎖の中に、束縛という事象もあれば自由という事象もあるということです。

上の例で暴漢に襲われて逃げることが決定していたとしても、われわれにはその決定事項を知ることはできません。事象の連鎖の中にいるわれわれは、その連鎖の全貌を俯瞰することはできないからです。

暴漢に襲われたら、やはり逃げるでしょう? (または、戦うかもしれませんが)
その時われわれは危険を察知し、それを回避するために逃げるという選択をすることを決め、それを実行に移すというプロセスを行っていることは間違いありません。それは自由意志にほかなりません。
それが因果律の連鎖によって決定していたとしても、それを観測できるのはわれわれの空間の外から事象の連鎖を俯瞰できる存在だけです。

いわば四次元人の知覚と言えばイメージしやすいでしょうか?
本質的に三次元空間に生きるわれわれは四次元を知覚することはできないし、そもそも四次元なるものが実在するかどうかを立証することもできません。ただ、抽象的な思考実験として四次元というものをイメージしたり説明したりすることはできるんですね。

決定論も同じです。仮説としては説得力がありますが、実証はできません。

それよりも何よりも。

暴漢に襲われたら戦うか逃げるかするでしょう? それは生きのびるための努力ではないのでしょうか?
仮にそれを根性論と言うならば――私は根性論だとは思いませんが、根性論だと言うならそれでもけっこう。だとしたら、暴漢に襲われた時、根性がなければ死ぬことになるだろうというだけの話です。なので、死んでもかまわないなら、根性なんてなくてもいいということになります。

私が「諦められるなら別に努力しなくてもいい」と言うのは、どんな場合でも努力しないより努力する方がよいとは思っていないからです。しかし、「諦められないなら努力するしかないじゃん」とは思っています。
そして、努力という言葉は「闇雲に頑張る」という意味に受け取られかねないので、努力の方法には柔軟に考えて工夫するということも含め、多くの選択肢があるはずだと言っています。
しかし、必ず成果に結びつく選択肢があるはずだとは一言も言ったおぼえはありません。
どんなに努力しても挫折する時は挫折しますよ。しかし努力によって解決する可能性がどれほど少なくても、諦められないなら努力するしかないじゃないですか?

>「成果が得られる可能性のある努力の方法(選択肢)は必ず残されている」という前提で「努力するかしないか」と話されているのだと解釈していました。成果に必ずと付与したつもりではありませんでした。

「成果が得られる可能性のある努力の方法(選択肢)は必ず残されている」ですか。
可能性であれば、必ずあると言えてしまいますが?w

いえ、すみません。これは揚げ足取りですね。

いずれにしても、私の現実認識はいたってシンプルですよ。どんなに努力しても成果が得られない場合はあると考えています。
しかし、しかさんのご意見を拝見した限りではそこを誤解されているとしか思えないので、「必ずと言った覚えはない」と繰り返し強調しました。

>……しかしその現実を理解しておられる方に、重ねて「これしか道はないからやる(あるいはやらない)しかないよ」と言うのでしたら根性論に思えます。

論点がずれています。

「これしか道はない」から「やるしかない」ではなく、「本人がそうしたい」なら「やった方がよくない?」と言っているのです。諦めきれないというのは、そういうことでしょう?

繰り返しますが、私は本人がどうしたいかを基準にして意見を述べているのです。

「俺はこうしたい」
「じゃ、そうすればいいじゃん」
「でも、こういう理由でできないんだ」
「できないなら諦めるしかないだろ?」
「だけど諦めきれないんだ」

結局あんたは何がしたいんだよとなりませんか?
できないけどやりたいなら、努力するなり工夫するなりして、有るか無いか分からない選択肢でも探すしかないじゃないですか。

   *   *   *

>>「傷の舐めあいをしたい」と言われて「じゃあ、舐めあいをしましょう」でいいのかなと。

>私はいいと思います。心が求めることは健康な状態へ戻るのに必要だから求めるものですし。一見、建設的ではないように思えますが、心の求めるものを無理をしてこらえる方が疲弊するだけの無駄な努力ではないですか?
>まして今回はスレ主さんの建設的な思いからの要望だったのでなおさらです。

「一見、建設的ではないように思えますが」から「今回はスレ主さんの建設的な思いからの要望だったので」に飛躍しているのが、きわめて不可解です。
私の先の書き込みで述べたスレ主様の相談が小説の相談になっているという見解への疑問に近いですが、私にはこれが建設的だとは到底思えません。
しかさんが建設的だと考える理由を説明してください。

   *   *   *

>あまくささんの考えをまとめたものに関しては、おおむね異議ありです。
>しかしすでに自由意志のくだりで私の基本的な考え方は述べているので繰り返しになりますから、ここは省略させていただきます。

私がまとめとして述べた内容は、自由意志だけではないはずです。
おおむね意義ありと言いながら説明を省力してしまうのは不誠実ではないでしょうか?
あそこは簡潔にまとめたつもりなので反論は容易だと思います。どこに異議があるのかの説明を強く要求します。

   *   *   *

この際だから、しかさんの最初からの書き込みで少し不満に思ったけれどハッキリは言わなかったことを二つほど書いておきます。

>ここには作家になる夢を持った人が集まりますから、生まれや環境を努力で補えないことを認めたくない人が多いのかもしれません。

これ、けっこう失礼な言い方なんだけど、自覚されてます?

>私は最初の書き込みにあるようにほとんどの返信をひどいと感じたので、「悪意ではなくこのような感情から(私の思う)ひどい返信が寄せられたのではないか」という趣旨でした。

ほとんどの返信がひどいという前提ありきになっています。
そして、ひどい返信になったのは悪意だとは思いたくないので、ここに集まる人たちは現実を直視できずに夢を見ているのが原因なのだろうと認定してみた。
そういう趣旨になっていますよ。でもこれって、悪意ととるよりも人を馬鹿にしていますよね?

と言うと、私の曲解ということになるのでしょうか?
まあ、曲解と言われたら仕方がないですが、少なくとも私はそう感じてちょっと不愉快だったのは事実です。しかし、あの時はここまでは書かずに、

(再掲)
ちょっとちょっと(笑
なんだか、決めつけるような言い方をされますね?
(再掲、ここまで)

と、冗談めかして軽く書いたつもりです。察して頂けたのでしょうか?

それから、繰り返し使われている、

>返信のほとんどが私には体育会系の根性論に思えます。

別に根性論なら根性論でもいいのですが、そう認定する理由をあまり論理的に説明されていないのでは?
これは「レッテルはり」という、良くない手法です。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 変えられない生まれや環境を補うにはどうすればいいか(作者に嫉妬してしまう)

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元記事:中世ヨーロッパの商人や旅人などは、普段どんなものを持ち歩いていたのか

小説家になろう」で異世界ものを書いています。
その参考に中世ヨーロッパの公益をしている商人や旅人。また、街から街へ遠出をしていた人がどんな装備(特にアイテム)を持ち歩いていたのか知りたいです。
当然、中世と言っても年代が大雑把すぎますし、いろんな国もあると思うのですが、まとめて載せているサイトなどないでしょうか……?汗

上記の回答(中世ヨーロッパの商人や旅人などは、普段どんなものを持ち歩いていたのかの返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

とりあえず、これなんかいかがですか?

「西洋中世期における旅する商人」

ttps://sou-sou55.hatenablog.com/entry/2019/07/12/221251

ここで紹介されている以下の書籍も面白そうです。

阿部謹也『中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描』

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 中世ヨーロッパの商人や旅人などは、普段どんなものを持ち歩いていたのか

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元記事:Wardの句読点の位置

Wardで小説を書いているのですが
自分で調べて投稿小説用の設定に
しようといじっていました。
1行40字で文字数を変えず、
最後の句読点を改行せず、
40字目の下に持ってきたいのですが
わかる方がいたら教えてください、
お待ちしてます。

上記の回答(Wardの句読点の位置の返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

MS Wordですね?

バージョンによって少しずつ違うのでややこしいですが、画面の上の方から「ホーム」-「段落」とたどるか、文字列を右クリックで「段落」ダイアログボックスを表示させてみてください。
「体裁」というタブがあると思うのですが、それをクリックし「改行時の処理」-「禁則処理を行う」にチェックがついているかどうか確認します。ここにチェックを入れると仰っている状態にできると思います。

なお、「句読点のぶら下げを行う」というのもあるかもしれませんが、これだけを指定しても上手くいかないことがあるようです。

    *   *   *

ついでに注意点を一つ。

そのようなレイアウト処理はWordなどのワープロソフトの設定で行うのですが、執筆している人のパソコンでどう表示されるかよりも、投稿先のパソコンでどう表示されるかの方が重要です。
執筆者がいくら設定に凝っても、投稿先のパソコンで同じ設定になっていないとちゃんと再現されないこともあります。
Word投稿を受け付けている所ならそのへんはスレ主様よりよくわかっているはずなので、それほど気にする必要はないと思いますよ。

カテゴリー : その他 スレッド: Wardの句読点の位置

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元記事:Wardの句読点の位置の返信

MS Wordですね?

バージョンによって少しずつ違うのでややこしいですが、画面の上の方から「ホーム」-「段落」とたどるか、文字列を右クリックで「段落」ダイアログボックスを表示させてみてください。
「体裁」というタブがあると思うのですが、それをクリックし「改行時の処理」-「禁則処理を行う」にチェックがついているかどうか確認します。ここにチェックを入れると仰っている状態にできると思います。

なお、「句読点のぶら下げを行う」というのもあるかもしれませんが、これだけを指定しても上手くいかないことがあるようです。

    *   *   *

ついでに注意点を一つ。

そのようなレイアウト処理はWordなどのワープロソフトの設定で行うのですが、執筆している人のパソコンでどう表示されるかよりも、投稿先のパソコンでどう表示されるかの方が重要です。
執筆者がいくら設定に凝っても、投稿先のパソコンで同じ設定になっていないとちゃんと再現されないこともあります。
Word投稿を受け付けている所ならそのへんはスレ主様よりよくわかっているはずなので、それほど気にする必要はないと思いますよ。

上記の回答(あ、それと)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

句読点の処理は行全体の文字間隔の調整でやるので、40文字と指定していても、きっちり40文字にならないことはあるかもしれません。
どういうことかと言うと、41文字目が句読点だった場合、普通に改行すると次の行の1文字目に句読点だけ配置されてしまいますよね? 行頭禁則というのはそうならないようにする調整なのですが、1文字詰めるか、逆に1文字次の行に追い出すか二通りの方法があるんですよ。

これは日本語レイアウトってそういうものなので、どうやっても完全に望みの状態にはならない場合があるかもしれません。
そういう事情もあるので、投稿者側はあまり体裁は気にしないで投稿先にまかせてしまった方がいいのではないかと思ったりします。

カテゴリー : その他 スレッド: Wardの句読点の位置

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元記事:Wardの句読点の位置の返信の返信の返信

ちなみに後者のサイトの方法を
しないと勝手に1行の文字数を
変えられてしまうとあります

しかし試してみると
チェックを外しても
1行の文字数が一つ
減ってしまうようです

上記の回答(Wardの句読点の位置の返信の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

1行20文字に設定したとします。
21文字目に「。」がくる文章だと、次の行の頭に「。」が置かれてしまいますよね?
そうならないように調整する方法は3つしかありません。

1)20文字の文字間隔を少しつめて、1行目の最後に「。」を押し込む。

2)20文字の文字間隔をつめずに、1行目の最後の右側(横書きの場合)に「。」がはみ出した状態で置く。

3)20文字のうちの20文字目を次の行に追い出し、その後に「。」を置く。

2のやり方を普通「ぶら下げ」と言います。

1と2は「。」以外の文字数だけで数えると20字ですが、「。」を1文字と数えると1行21字になってしまいます。
3は20文字目を次の行に送るので1行19文字になります。

上のような調整は、行の頭に「。」がくると見てくれが悪いので、体裁を整えるためにやることです。しかしこれをやるためには1行の文字数が不規則になることを避けられないんですね。

で、ですね。

レイアウト調整って、実は上のようなこと以外にも色々とやってるんですよ。
例えば漢字とかな以外のアルファベット・数字・記号などは形が様々なので、等間隔に並べると間延びした感じに見えてしまいます。だからバランスよく見えるように調整しています。
また、英単語などは途中でぶった切って2行にすると読みにくいですよね? しかしこれも、英単語が行の切れ目に来てしまった時、そうならないようにするためには無理矢理手前に詰め込むか、次の行に送ってしまうしか方法がないわけです。
そこで、商業印刷物では、先に書いたような記号や数字などの幅が不規則なのを利用して、詰めたり広げたりしてもあまり目立たないところを均等に動かすなどの操作をします。

Wordって、商業印刷のそういうテクニックに近い機能を装備した、良く言えば高機能ワープロなんですね。しかし、シンプルに使いたいユーザーにとっては余計なことをやりすぎる厄介なソフトでもあります。(自動的に箇条書き設定にされてしまったりしてイラっとしたことありませんか?)

というわけなので、Wordで1行の文字数を完全に一定にするのはほぼ無理です。
しかし、そういうことはWord投稿を受け付けている所なら百も承知のはずなので、あまり気にする必要はないということです。

まあ、強いて言えば、なるべくシンプルな設定にしておいた方が無難と考えるなら、基本的な禁則処理くらいは有効にしておいて、「英単語の途中で改行する」とか「句読点のぶら下げを行う」とかは外した方がいいんじゃない? ということだと思います。

カテゴリー : その他 スレッド: Wardの句読点の位置

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元記事:生身の人間とキャラクターの違いとは? キャラクターが成長するとは? どういうこと?

すみません。かなり根本的なことを聞いてしまいますが、生身の人間とキャラクターの違いとは何でしょうか?
ご意見をいただけるとありがたいです!

以下、私の考察です。

・人間
同じ状況でほぼ同じ行動をする。
変化する。
多面的で複雑

・キャラクラー
同じ状況で必ず同じ行動をする。
不変な存在。
人間の個性の一面を切り取って、それのみを全面に押し出し極端化した存在。
特定の役割を持つ。

例えば、ドラえもんののび太は、昼寝が大好きで勉強が嫌いなキャラです。。
彼が、突然勉強に目覚め、クラスで一番の秀才になってしまったら、それはもうのび太ではありません。

しかし、現実に存在する生身の人間では、勉強が嫌いな劣等生が何かの切っ掛けで東大合格を目指して猛勉強し、東大生になる、ということは起こりえます。
キャラクターとは不変の存在であり、生身の人間とは変化する存在である、と言えると思います。

時代劇で有名な『水戸黄門』では、必ずラストに印籠を出して悪人を平伏させるというシーンがあります。
しかし、一度だけ、印籠を出さずに事件を解決してしまった回があったらしいです。その時、視聴者からテレビ局に猛クレームが来たと言います。

同じ状況で必ず同じ行動をするのが、キャラクター。印籠を出さない黄門様など、水戸黄門ではない、ということです。

キャラクターは特定の役割を持った存在でもあります。
ライバルキャラ、お色気担当キャラ、お笑い担当キャラ、解説キャラ、ラスボスなどといった名称は、キャラクターが特定の役割を果たす存在であることを示しています。

例えば、なろう系ラノベでは、ヒロインは、処女で主人公を何があっても全肯定する、トロフィーガールに徹するのが役割であると言われます。
これは、なろう系ラノベの目的が、読者の承認欲求を満たすことであり、各キャラクターは、この目的に果たすために存在するギミックだからです。

もし、なろう系ラノベでヒロインが、非処女であり、主人公以外の男を好きになったりしたら、読者の自尊心を傷つけることになるので、ヒロインの役割を果たしていない、ヒロイン不適格となります。

●キャラクターが成長するとは、どういうこと?

例えば、進撃の巨人の主人公エレンは、第二部に入ったあたりから、性格がガラリと変わり、目的のために手段を選ばないラスボスっぽいキャラクターに変化しています。

最初は、母親を殺した巨人を憎み、巨人たちを駆逐してやる! 海を見に行くんだ! と少年っぽい純粋さがありましたが、仲間の裏切りや残酷な世界の真実を知って、すっかり人格が変わってしまった印象があります。

このようにキャラクターが成長すると、深い、文学的と高評価されますが、キャラクターの原則である「変化しない」に触れるので、かなり難しいと思います。

実は、ラノベ作家さんたちの話では、「キャラクターがブレるのはストーリーが破綻するより悪いこと」だそうです。
これは漫画編集者も言っているので、真実かと思います。

キャラクターがブレるのと、キャラクターが成長するのは違うと思いますが、どう違うのか、よくわかりません。

キャラクターが成長するとはどういうことなのか?
このあたりにまだ答えは出ていないので、教えていただけるとありがたいです!

上記の回答(生身の人間とキャラクターの違いとは? キャラクターが成長するとは? どういうこと?の返信)

投稿者 あまくさ : 0

まず『ドラえもん』『水戸黄門』ですが、それは物語の類型が違うんですね。
『ドラえもん』はキャラも魅力的ですが、「ひみつ道具」のアイデアを中心に作られたショート・ストーリーというのが本筋で、キャラはそれを効果的に見せるためのツールとして位置づけられているように思います。
『水戸黄門』の場合、黄門様一行はドラマ論的には実は主人公ではありません。ふらっと立ち寄って事件を解決して去っていくという狂言回し的存在で、各話の事件の当事者ではないからです。

物語にはいくつかの基本形があり、それらのうちの有力なものとして、「失われたものを取り戻す」「欠けているものを獲得する」というパターンがあるのではないかと思います。戦乱という状況で失われたものは「平和」。魔王に拐われた恋人を助けにいく物語なら、失われたものは「恋人」。主人公が引っ込み思案な自分の性格に悩んでいるのなら「勇気」が欠けているわけで、それを手に入れるストーリーは成長の物語ということになります。
肝要なのは、その何かを手に入れるために主人公が主体的に行動することだと思うんですね。それがあれば、正念場で主人公が序盤と性格が変わったような行動をとっても、キャラがブレたという印象は与えないものなんじゃないかと。
類型が違うと最初に書いた『ドラえもん』でさえ、ドラえもんが安心して未来に帰れるように、のび太がジャイアンに立ち向かっていくというエピソードがあったじゃないですか。そういう行動をとった理由と想いがきっちり読者に伝わるように描かれていれば、ご都合主義ともキャラブレとも言われないという好例です。

で、そういうことを分かりやすく読者(視聴者)に伝えるためには、キャラの基本的な性格はシンプルに固定されていた方がいいんですね。これが現実の人間だともっと複雑で、あんなにすっきりと1足す1は2みたいな行動はとりません。だから人の心理は曖昧で分かりにくく、色々誤解が生じたりするわけです。
それが、生身の人間とキャラの違いでしょう。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 生身の人間とキャラクターの違いとは? キャラクターが成長するとは? どういうこと?

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投稿日時:

元記事:面白い会話とは?

特に応募用の作品を書く上で相談したい事があります。
ズバリ単刀直入に、

「面白い会話って何でしょうか」

私の作品は、はっきり言って会話の評価が最低ランクなのです。自分では、キャラクター同士の会話の内容に十分気を付けているつもりなのですが、いつも駄目なのです。
たぶん、面白い会話というものが理解出来ないせいだと思います。そこで、面白い会話とはどんなものなのか、どうやって書いたら良いのか、それをアドバイスして頂きたいと思います。

ですが、単に面白い会話と言っても、コントを書く訳ではもちろんありません。

例を挙げると、「物語シリーズ」みたいに、全く何の脈絡も無い様な会話や独り語りを続ける様なものもあれば、「ロードス島戦記」の様に、ほとんど無駄の無い作品もあります。
基本的に、「ロードス島戦記」や「銀河英雄伝説」などのシリアス系には無駄が少なく、萌え系や馬鹿っぽい作品には無駄が多いです。

それぞれ、作品の色に合った会話の内容だと思うのですが、人を引き付けてその作品にのめり込ませる様な会話とは、一体どんなものなのか、是非お願いします。

上記の回答(面白い会話とは?の返信)

投稿者 あまくさ : 1

面白さはには色々ありますが、同様に面白くなさにも色々あります。
よければご自身の会話の問題点についてどうお考えなのか聞かせていただけますと、以下とは違った角度から考えを述べることができるかもしれません。

あくまで想像としてなら。
会話が面白くならない原因がサタンさんが仰るようにストーリーの本筋をつかみきれていないことによるとしたら、そういう欠点は会話以外の所にも表れるはずだと思います。
よって会話の評価が特に低いとしたら、生真面目すぎて硬い感じになっているか、几帳面に隙のない文章にしようとしすぎているのか、そういったことではないかと推測します。
仮にそういうことであれば、「硬い会話」に対する良い会話は「読者の息抜きになる会話」、「隙がなさすぎる会話」に対する良い会話は「省略の仕方が巧い会話(空気が読める会話)」ということになるかと。

他に良くない会話のパターンを考えると、紋切り型すぎるというのもあるかな。
老人なら「儂は~じゃ」、お嬢様なら「わたくし~ですことよ」。
まあ、ラノベの場合は誇張したキャラ描写の一つとして意図的にやるならありかもしれませんが、テンプレにも使い方が凡庸なものとセンスの良いものの差はあります。日常系のアニメなどでは、そのへんが何気に巧い作品を見かけるので参考になるかと。

西尾維新の会話は面白いと思いますが、クセが強すぎるのであの作者独自のものと考えた方がよいのではないでしょうか? 影響されると例外なく劣化コピーになってしまう典型です。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 面白い会話とは?

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元記事:ウケる作風と書きたい作風、どちらに振り切るべき?

先日、Twitterで
あなたの執筆モチベーションは「自分が満足する作品を書くこと」「人に読んでもらうこと」どっち?
というアンケートを見ました。

僕は、どちらとも決められません。
できれば自分の好きなストーリーやキャラを書きたいけど、自己満足のものを出して読まれなければモチベが続かない。

僕は今、小説家になろうというサイトに投稿しようと考えていますが、その理由も作品を多くの人に読まれたいのと、コメントを貰いたいからです。

その為に、書く内容もできるだけ流行に合わせたジャンルを選びたいと思っています。
実際、そう考えていく内に自分の好みもかなりなろう系寄りになってきました。
そこまではいいのですが……肝心のところで今、躓いてしまっています。

理由は、「なろうでウケる作風」と「自分の好きな作風」が反発しているからです。

ご存知の方もいるかもしれませんが、なろうでは連載で毎日2000字~5000字の話を投稿していくといったやり方が人の目にとまりやすいです。
そして、大局がゆっくり展開していくと言うよりは、一話完結のような感じで、描写はなるべく簡素にサクサクと。
主人公が毎回美味しい思いをするか、悪役を毎回痛い目に合わせるといった短編の連続のような構成をしています。
キャラクターの感情の細かい機敏や、回収に時間がかかる伏線は推奨されません。

キャラの活躍も、まず主人公ありき。
脇キャラや敵役を掘り下げて目立たせるといったリソースを割くくらいなら、主人公を立てて上記の展開を何度もやった方がPVが伸びます。

でも、僕はこの二つがどうしてもできません。
僕は、元々キャラの感情に焦点の当たる話や大局がゆっくりと展開していく物語が好きでした。
その方が、作品に没入できるからです。

しかし、なろうではそれが正反対です。
なろう読者は、一度にたくさんの似たような話を並行して読んでいると聞きます。
その内容やキャラも「あれ?どっちがどっちだっけ?」となったり、仕込まれた伏線は忘れやすいです。
その為、一話完結の方がその場限りで盛り上がれて、ウケがいいのです。

キャラの掘り下げや活躍。
僕は、自分で執筆していて感じたことですが、どうしても全てのキャラを魅力的に見せたいと思ってしまうようです。
主人公だけをひたすら目立たせるといった割り切りができません。

上記二つの要素、これがランキング上位の人等は当たり前にできると思いますが、僕にはどうしても無理でした。
「自分で選べばいいじゃん」で済む話なのは承知で、その上で皆様の意見を聞きたいです。
どちらを選べば、執筆の意欲が継続するでしょうか?

因みに、転生や現地人の主人公追放、チート発覚やゲームみたいな世界観なら書くのに支障はないと感じています。
毎日投稿も、書き溜めをして流れを決めた上なら問題ないです。

書籍化、プロデビューは考えていません。
趣味で書くつもりです。

上記の回答(ネットの人は大体前者)

投稿者 ごたんだ : 0

両方
どっちのパターンがだとか、云々カンヌン聞くが、分かれる度思い付く度、一度全部書くのが結局プロになる一番の近道だと思う。

長編小説だと、それがデウスエクスミラーの素材になるし。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: ウケる作風と書きたい作風、どちらに振り切るべき?

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