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元記事:なろう系ラノベに努力の要素を持ち込むのはタブーか?

なろう系ラノベは、「友情」「努力」「勝利」の法則を掲げた少年ジャンプとは対極にある存在で、読者はチートハーレムを望んでおり、主人公が努力するのはタブーである、ラノベ読者は努力が嫌いである、という言説があります。

一方で、ラノベ新人賞の下読みさんによると、物語には成長要素が不可欠で、読者は登場人物が成長していく姿に心を動かされると言います。
果たして努力をせずに、成長が描けるのか?

実は、なろう系ラノベの読者は努力が嫌いなのではなく、対価の約束されていない努力が嫌いというのが真実だと思います。

その証拠として、主人公がモンスターを倒して経験値を稼ぎ、ステータスをアップさせる、新たなスキルを獲得するというタイプの物語が多いことが挙げられます。

これはシリーズ累計発行部900万部突破のヒット作「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 」(GA文庫・2013/1/11刊行)がパイオニアとなった要素で、主人公などの登場人物のパラメータがゲーム的に表示され、モンスターを倒すたびにこれがアップしていきます。

「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 」の主人公は、登場した当初は最弱でしたが、成長速度が異様に早くなるスキルの持ち主で、どんどん強くなっていきます。
この成長要素が快感だったわけです。

なろう系の異世界転生とは、より本質的に言えば、ゲーム世界への転生です。
ゲームの世界では、モンスターを倒せば必ず経験値やアイテム、お金が手に入ることが約束されており、努力が無駄になりません。

これはラノベの読者層であるオタクに馴染みやすい要素であるため、受け入れやすく、努力して強くなっていく主人公に感情移入しやすくなっています。

しかし、これ以外の方法で努力したり、主人公の成長を描いたなろう系ラノベ(書籍化作品)は、寡聞にして知りません。
もし、これが以外の方法で努力したり、主人公の成長を描いた書籍化作品がありましたら、その内容などを教えていただけるとありがたいです。

なろう系に努力の要素を持ち込むのはタブーか?についてもご意見をいただけるとありがたいです!

上記の回答(キャラクタープロブレム)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

努力とか抑圧という言葉は誤解されやすいので、創作論として語るときは個人的に「キャラクタープロブレム」という言葉が気に入っています。
最初に主人公の目的を阻害する障害を何かしら設定します。内的な要因でも、外的な要因でも、どちらでもかまいません。そうすると、それを解決する過程がそのままストーリーになるので、お話が作りやすいんですね。
ただ、それだけのこと。
で、そうやってストーリーを作ると、主人公が何かしらの障害を克服する流れになるので、結果的に「努力」とか「成長」などの要素をはらむこともあります。しかし、それはあくまで物語を面白くするためのテコのようなものにすぎません。ターゲット読者が努力を嫌う傾向があるなら、「努力」という言葉として前面に出さなければいいだけです。
ジャンプの場合は前面に出した方が受けると判断したのでしょうが、そのへんはどちらでもお好きなようにというところで、大した問題ではないと考えています。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: なろう系ラノベに努力の要素を持ち込むのはタブーか?

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元記事:なろう系ラノベに努力の要素を持ち込むのはタブーか?

なろう系ラノベは、「友情」「努力」「勝利」の法則を掲げた少年ジャンプとは対極にある存在で、読者はチートハーレムを望んでおり、主人公が努力するのはタブーである、ラノベ読者は努力が嫌いである、という言説があります。

一方で、ラノベ新人賞の下読みさんによると、物語には成長要素が不可欠で、読者は登場人物が成長していく姿に心を動かされると言います。
果たして努力をせずに、成長が描けるのか?

実は、なろう系ラノベの読者は努力が嫌いなのではなく、対価の約束されていない努力が嫌いというのが真実だと思います。

その証拠として、主人公がモンスターを倒して経験値を稼ぎ、ステータスをアップさせる、新たなスキルを獲得するというタイプの物語が多いことが挙げられます。

これはシリーズ累計発行部900万部突破のヒット作「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 」(GA文庫・2013/1/11刊行)がパイオニアとなった要素で、主人公などの登場人物のパラメータがゲーム的に表示され、モンスターを倒すたびにこれがアップしていきます。

「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 」の主人公は、登場した当初は最弱でしたが、成長速度が異様に早くなるスキルの持ち主で、どんどん強くなっていきます。
この成長要素が快感だったわけです。

なろう系の異世界転生とは、より本質的に言えば、ゲーム世界への転生です。
ゲームの世界では、モンスターを倒せば必ず経験値やアイテム、お金が手に入ることが約束されており、努力が無駄になりません。

これはラノベの読者層であるオタクに馴染みやすい要素であるため、受け入れやすく、努力して強くなっていく主人公に感情移入しやすくなっています。

しかし、これ以外の方法で努力したり、主人公の成長を描いたなろう系ラノベ(書籍化作品)は、寡聞にして知りません。
もし、これが以外の方法で努力したり、主人公の成長を描いた書籍化作品がありましたら、その内容などを教えていただけるとありがたいです。

なろう系に努力の要素を持ち込むのはタブーか?についてもご意見をいただけるとありがたいです!

上記の回答(やってもできない子の憂鬱)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

少し興味を持ちまして。

「なろう系」でググってネットを徘徊していたら、人間には「やらなくてもできる子」「やればできる子」「やってもできない子」「やらないしできない子」の4種類がいるという論を発見しました。
なるほど。
「やらなくてもできる子」は天才型。「やればできる子」は秀才型。まあ、「努力家」と言い換えてもいいですね。従来の物語では、このどちらかが主人公として採用されていたと。普通は「やらなくてもできる子」か「やればできる子」でなければ活躍させにくいですからね。

ところが現実には「やってもできない子」と「やらないしできない子」の方が圧倒的に多い。
感心したのは、この両者を区別していることです。結論から先にいうと、なろうテンプレを好むのは「やってもできない子」のみだということ。「やらないしできない子」は「無能だからできないんじゃなくて、やらないからできないだけだ」と言い訳できる。他人や自分を誤魔化すことができる。
自分が「怠け者だ」とうそぶくことはできても、「無能」と認めるのは辛いですからね。(他人事みたいな言い方で恐縮ですが、私だって無論そうです)

なので、「やってもできない子」だけが「できる子」への憧れを持っているというんです。

ところが世間は、「やってもできない子」と「やらないしできない子」を区別しない。どちらも「ダメな子」という烙印を押してしまう。

そのへんに、「やってもできない子」だけが持つ鬱屈があるんだな!

その鬱屈と、うっぴーさんの仰る「承認欲求」は、おそらくイコールです。
やっと腑に落ちました。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: なろう系ラノベに努力の要素を持ち込むのはタブーか?

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元記事:キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離について

初めての方は初めまして。前回のスレッドを読んでくださった皆様はお久しぶりです。
今回は前回とは別のキャラクターに関しての質問です。
前回のスレッドで話した小説の読み切り外伝を書いて、同じ知人に見せたのですがまた主要キャラをケチョンケチョンにされました。
ちなみに今回も女性キャラです。

今回話題にさせてもらうキャラクターはアンジーと言いまして、一人で旅をしている女性剣士です。
キャラクターとしてはとても正義感が強い子です。
この外伝のオープニングは、彼女が子供を養えなくて苦しんでいる一家の事情を聞き、食料を分け与えるというものです。
その一家の父親から悪徳上司に理不尽な賃金待遇で働かされた挙句、ならず者を後任にされて追いだされたという話を聞くと彼女は怒り、一人でその悪徳上司のところへ向かいました。
それから後に主人公一向が来て、父親から一人で戦いに向かったアンジーを助けに行くよう頼まれた主人公は助けに行き、彼女と共闘して悪徳上司と部下のならず者を成敗します。
その後の流れは今回の話題と直接関係性がないことなので、省略しますが、最終的に一家の父親はもっときれいなところへ就職できたというオチになります。
(改めて書き出すと、なんかストーリーが初期の北斗の拳に似ていますね)

で、長ったらしく前置きしましたが、ここからが本題です。
このアンジーは誰にでも好かれるようなヒロインになれるように設定を組みました。
それで自信を持って出来上がった原稿を知人に持って行ったら、信じられない暴言を吐かれました。
『俺はお前の小説のキャラクターを好きになったことは一度もないが、この前のラスボスも含めてここまで気持ち悪いキャラを作るとは思わなかった』と、彼は言ったのです!!
何故気持ち悪かったかを聞いてみたら『頭の中が他人の事一色で生きるために最低限持つべき私利私欲を持っていない』『こいつの正義は偽善的すぎる』という風に言われました。
特に不満に感じたのは助けに行かないといけなくなったことで主人公達に、結果的に迷惑をかけたことらしいです。
でも、それだからってここまで酷評されるとは思えませんでした。

これは単純に読ませた相手が悪かったのでしょうか?
それとも彼女は本当に問題があるのでしょうか?
もしよければ、また皆様のお力を私に貸してください。

上記の回答(キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離についての返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

ほとんど同じ行動を取っているようでも、その行動に向かう想いの微妙な差異によって印象は180度異なることがあるものです。なので、示していただいた粗筋だけで是非を判断することはできません。
ですから以下は一般論になります。

動機は真っ直ぐな善意であっても、思慮の不足ゆえ他人に迷惑をかけてしまうキャラクターというのは、読者を苛立たせるものです。キャラに苛立つだけではなく、ストーリーを面白くしようという作者のご都合主義も見え隠れするんですね。私が初心者の頃に読んだ外国の指南本にもそういうことに気をつけろと書いてありましたから、わりと基本的な心得ではあります。
繰り返しますが、あくまで一般論であってマリン・Oさんの作品に当てはまるかどうかは分かりません。
が、そうなっていないか、一応冷静に検証してみることをお勧めします。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離について

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元記事:キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離についての返信

マリン・Oさん、はじめまして。

まず申し上げると、アマチュアの知人に見せるのは完全に無駄です。
アマチュアに見せて意味があるのは、なろうとかアルファとかの小説投稿サイトだけです。
つまり、そこで昇ればプロになる。
そういう場や公募、ちゃんとしたプロの小説教室以外で小説を披露しては駄目です。

少数のアマチュアに晒すことは最も無意味で避けるべきです。
彼らは創作論を知らず、流行も知りません。そして彼らに認められることに、何の意味も生まれないのです(残念ながら、このサイトの鍛練室もそうです)

老婆心ながら、真摯なる創作を追い求める者として申し上げます。

上記の回答(キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離についての返信の返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

>残念ながら、このサイトの鍛練室もそうです

最近の鍛錬室はほとんど見ていませんが、4年前くらいまではそんなことはありませんでしたよ。
真摯なる創作を追い求める者として、一言申し上げておきます。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離について

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元記事:キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離についての返信の返信

あまくさ様

はじめまして。レスをいただきありがとうございます。
ストーリーを面白くしようという作者のご都合主義が見え隠れするというのは、また斬新な意見ですね(あくまで私の主観です)
今回のエピソードの敵役である悪徳上司は、同情の余地がないクズとして描写したつもりで、それに向かって行くことが苛立ちへの中和剤になってくれるかなー……と、都合のいい事を考えてみたりしていますが、あまくさ様の言う通り一回検証する必要がありますね。

ちなみにボツ案では、アンジーが悪徳上司と護衛のならず者を一人で倒してしまい、逆に彼らが主人公達に「あのイカれた女から助けてくれ!!」とか言い出したりするっていう展開を考えたりしてました。
主人公達の見せ場が無くなるのでボツにしましたけど。

上記の回答(キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離についての返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

>アンジーが悪徳上司と護衛のならず者を一人で倒してしまい、逆に彼らが主人公達に「あのイカれた女から助けてくれ!!」とか言い出したりする

その展開が自然な流れとして構想されていたとしたら、それを、

>主人公達の見せ場が無くなる

という理由で改変すると、ご都合主義に見えてしまう可能性はあります。

再三繰り返しますが、御作が実際にそうなっているかどうかは不明です。

アンジーが正義感ゆえの無謀な行動で主人公に迷惑をかけるという流れも、そういうキャラとして作られているのならそれはそれでいいのです。
しかし、「主人公の見せ場」その他の理由で後から変えたというのは、「その方が面白くなるんじゃないか」と考えられたということですよね。
変えることそのものは悪いわけではなく、全体をうまく調整すればよいわけですが、それに失敗すると「ご都合主義」という印象になってしまうことはあります。

ご友人のコメントが正鵠を射(得)ているかどうかは分かりませんが、何らかの原因で苛立たれたということではあるのでしょう? そして、プロの批評家ではないでしょうからご自身が苛立った理由を正確に分析できていないかもしれません。ですから仰っていること自体は見当はずれな内容になっている可能性もあります。
そういうものですから、言われた内容よりも「理由は判然としないものの、何らかの不満を感じさせた」ということを重視した方がよいです。ご友人が苛立ったということは、他の方が読んでも苛立つかもしれない、ということになりますから。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターに対する作者と読者の認識の剥離について

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元記事:物語り(主人公サイド)の目的の明確性と数

 私は、人気アニメ作品で、漫画アニメや共同制作アニメは明確な目的が1~2つ決まっていて、ライトノベル作品の方は、小さな目的が複数ある場合が多い、ということを感じました(特に最近は異世界+αものが多く、主人公行動中に目的が出てきて、それを果たしてまた次…のような作品が多い気がします)。
1.まず明確な目的を持っている作品というのは「進撃の巨人」、「終わりのセラフ(小説版)」などの作品です。
2.そして小さな目的が複数ある作品というのは「リゼロ」、「とある」などの作品です。
 私は作家志望ですが、1の作品の方がどちらかというとストーリが壮大で面白いように感じました。しかし、前述した通り上位のライトノベル作品には2の場合が非常に多い気がしました。
ライトノベル作品を作る場合、明確な目的を1~2つで構成するのはありでしょうか?
私はありだと思うのですが…。ぜひ第三者の意見を聞きたいです。

上記の回答(物語り(主人公サイド)の目的の明確性と数の返信)

投稿者 手塚満 : 2

結論から申し上げますと、お悩みのことは大事ではあるんですが、気にせず書いてしまったほうがいいと思います。以下、少し理由の説明を試みてみます。

1.見せ場の数と盛り上げ

見せ場とクライマックスで考えてみます。クライマックスは全編中でも最大に盛り上げる場面ですから、作中の最高の見せ場と言えます。

冒頭のツカミも見せ場で、何の前提知識(作品のキャラ、舞台等々)もなしに引き込まれるものを書かないといけません。冒頭のツカミの工夫の話を始めると終わらないので置いとくことにします。

見せ場を作るには準備が要りますよね。最初の見せ場ですと、主人公含む主要キャラが読者によく伝わっていなければなりません。性格、考え方、得手不得手、外見の特徴などです。魔法がある世界なら魔法について、オリジナルな武器が登場するなら武器について、といった感じで設定もよく飲み込んでもらっていることが必要です。だって、キャラの一挙動ごとに説明しながらでは盛り上がりませんから。

文字数は原稿用紙換算で50枚(2万字)といったところでしょうか(割と適当な数字です。このサイトの短編の長さの定義を使いました)。最初の見せ場とは言いましたが、何の面白みもない設定やキャラ説明では読む気が失せますよね。ですから、ミクロな見せ場を作りつつの紹介、説明になります。テンションやテンポを上げ下げしながら、全体が最初の見せ場で最高に盛り上がるように構成することになります。

最初の見せ場をクライマックスに仕立てると、短編の出来上がりです。そこで終えることができる。逆に言えば、そこで終えたければ最後の見せ場をクライマックスになるよう、盛り上がりを調整することになります。

2.複数の見せ場の関係

2つめの見せ場を続けてみるとどうか。見せ場までにキャラや設定の説明はほぼ要りません。新登場のキャラや設定を紹介するくらいです。要はそこまでで読んでもらったことが、設定知識やキャラ印象として使えるわけです。

2番目の見せ場にも原稿用紙50枚分かけるとします。1番目より複雑なドラマで盛り上げることが可能ですよね。冗長で退屈しやすいキャラ・設定説明は、もう過半が済んでいるわけですので。少なくとも主人公は既にキャラが立っているはずです。内容の大半をドラマに充てられます。

ということは、2番目の見せ場は1番目より面白くすることが可能です。可能というより必須と言うべきかもしれません。感覚的な物言いで申し訳ありませんが、同じくらいの面白さが続いていると、だんだんつまらなく感じがちなんです。

よく知られている現象が強さのインフレーションですね(是非は置いておきます)。ずっと同じ強さの主人公に、同じ強さの新たな敵が何度も立ちふさがっても面白くなく、燃えるものがありません。前より単純に面白くしようとすると、どうしても敵味方ともより強くすることになります。

3つめの見せ場も同じことです。2番目より面白い必要があるし、面白くすることが可能です。見せ場を重ねるごとに、だんだん面白くできる。常に最後/最新の見せ場が一番面白いものとなります。

必然的に最後の見せ場がクライマックスになります。逆に言えば、どの見せ場で物語を終えても、クライマックスは存在することにもなります。

3.見せ場と目的・テーマ

各見せ場は、それぞれ存在理由が与えられます。無目的に見栄えがするシーンなんてありません。見せ場ごとに目的が存在する。ある見せ場が、そこまでの見せ場で描写されたことが使えるわけですから、目的もだんだん大きくなります。結果、最後の見せ場で与えられた目的が小説のテーマと感じられやすくなります。

4.明確な目的が1つ(か2つ)

> 1.まず明確な目的を持っている作品というのは「進撃の巨人」、「終わりのセラフ(小説版)」などの作品です。

「進撃の巨人」とて、打ち切りの危機意識はあったはずです。最初は受けるかどうかすら分かっていません。連載開始したものの不人気なら「主人公エレンの母親カルラが巨人に捕食され、復讐のためエレンは立ち上がる(で兵団へ)」で終わったかもしれません。せいぜい引き延ばして、「エレンが母親を殺した巨人を倒した」くらいでしょうか。

しかし人気が出てくれた。必然的に続きますが、いつ人気が衰えるか分かりません。エレンが巨人化して、すったもんだしたものの、鎧の巨人に空けられた穴を巨人エレンが岩でふさいでトロスト地区を奪還、で終わった可能性もあります。エレンが巨人に対抗できると分かったことで、仮に打ち切りになっても、進撃の巨人世界のその後を読者が想像することはできますんで、キリがいいといえます。

だけど人気が続いたから、その後も描けたわけですね。その後は、なぜ巨人なんてものがいるのか、世界の成り立ちはどうなっているんだ、と巨人と戦うという初期路線から外れていきます。外れるというとネガティブのようですが、単純なものから深く掘り下げていくということです。

それでも相変わらず、終わろうと思えば終われる物語ポイントは存在しているように思います(構想はずっと先まであるのは承知)。あくまでも要因の一つではありますが。上述しましたように、見せ場は常にクライマックス足り得るからです。クライマックスで描かれたことが主人公の目的、作品テーマと見えることも同じように作用します。

5.複数の目的を見せる場合

> 2.そして小さな目的が複数ある作品というのは「リゼロ」、「とある」などの作品です。

「とある」で申せば、1巻目は特にですが、各巻で終わってもいいように最初から構想されているように思います。

第1巻はインデックスを救う話ですね。インデックスを救って、そこで終わることが可能なように、上条当麻の性格が設定されている。平和な日常生活が得られたら、それでいいわけですんで。インデックスが普通に暮らせるようにできたら、終わってもいいわけです。

ですが、人気が出た。そこで2巻目。もう上条当麻が「困った人を見たら助けずにはいられない」は設定され、描写されています。物語を再起動させるには、上条当麻が「困っている人」に遭遇すればいい。それが姫神秋沙であるわけですね。ヒロインの増員にもなっているし、関係者で登場キャラも増やせる。

人気は持続し、3巻目。もう物語を再起動する方法はフォーマット化してます。御坂妹ですね。敵役として、その後も準レギュラーとなる「一歩通行」(アクセラレーター)が登場します。既に御坂妹1万人が殺され、残る1万人も一歩通行に殺害される計画を上条当麻が阻止。1万人の御坂妹と、実は殺害させられていたことが苦しみだった一方通行も、上条当麻が救う。

現在のアニメ3期では、「一方通行」は瀕死の「打ち止め」(ラストオーダー)を救おうと奔走しています。あの悪役中の悪役がどうしちゃったの、という感じですが、流れを追うとすんなりと受け入れられます。しかも、上条当麻を理想の正義のヒーローと思って、追いつこうという意欲すらある。

現時点の「一方通行」で考えると、途中までのエピソード、見せ場は現状を作るための準備とも受け取れます。仮に「一方通行」視点で物語を読み解いてみると、「悪たることを強いられた悪人が、悪の果てに正義を見る」といった感じになります。明確な1つの目的、テーマです。

ですが、今までの多数の目的、テーマが描かれてこそのものであるのも事実です。どの段階でも「一歩通行」を描き終えることは可能だったと思います。だけど、「一歩通行」のキャラを描きつくしたわけではないし、人気キャラですんで彼を出すことを読者に望まれるから出したほうがよくもある。

6.やりやすい、面白くできると思う方法がベストかも

以上のように考えますので、物語の明確な目的が1つだけなのか、たくさんあるのかは、結果論に過ぎないと申し上げざるを得ません。発表媒体により変化することもあるでしょうし、作者がどの見せ場をどう目立たせたかにもよるし、読者の受け取り方にもよります(例えば、どのキャラに感情移入したかでも変わる)。

結果論であるものを、最初のプランとして考慮するのは損です。公募レベルの尺であれば、面白くできると思う方法で書き上げ、読み直してから調整すれば充分です。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 物語り(主人公サイド)の目的の明確性と数

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元記事:セリフの中に地の文を入れるタイミング

小説を書いているのですが、セリフとセリフの間に地の文をはさむタイミングがよくわかりません。(特に三人以上が入り乱れるとき)
セリフ多めだと、誰が何を言っているのかわからなくなるし、逆に地の文多めだとくどくなりすぎて読みにくいです。
コツというか、どういうときに挟むとよいかみたいな心得はあるでしょうか。

上記の回答(セリフの中に地の文を入れるタイミングの返信)

投稿者 田中一郎 : 3 人気回答!

ほおばったバーガーのチーズが口の上に張り付いて危なく火傷するとこだった田中です。と、ついつい書きたくなってしまいました。

閑話休題、私の場合、地の文と会話文の比率が8:2ぐらいなので、むしろ会話文が続くことの方が稀なレベルです。なので逆に、地の文に会話文挟んでいる感じになります。
しかし、そもそも小説というのは、地の文に会話文を混ぜるものではないでしょうか?
混ぜていった結果、比率が逆転することはあるかもしれませんが、私はそう考えています。

というわけで私の答えは、物語の進行の邪魔にならない範囲内で会話を差し込む、です。

例えばバトル物で、延々会話してて戦いが進行しないと「お前ら口ゲンカしてるの?」ってなりますが、学園日常ものなんかだと、会話を続けることがむしろ主目的になったりします。
要は題材によって邪魔にならない範囲も違うということですね。
それプラス作者の個性。
結局は、明確に数値化される答えなど無いということで、CAL さんがご自分の文体と題材に合わせて、最適を求めて書いてみるしかないわけです。
上手くできないならまずは地の文だけで話を書いてみて、そこに会話文を差し込んで整えれば良いと思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: セリフの中に地の文を入れるタイミング

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投稿日時:

元記事:最初の一行について

いつのことだか、はたまた言われてもないことなのか。
私は誰かにこう教えられたんですよね。最初の一行は作品の全てを表すものと。

私は小説の書き始めに一番集中力を使います。読者が最初の一行で飽きられないように、読者が最初の一行でどんな話なのか理解できるよう暗闇を照らす灯火になるように、読者が最初の一行で小説のテンポをつかめるように。

だから最初の一行を書く時は全体像を頭で描きながら、一行目を語る主人公の性格を把握して、最初の一行が作品のどの行に当てはめても繋がることができるように気をつけてます。
脱線しますが夜下が書けなかったのはそのせいです。

もしかして、こういう意識は間違っているのでしょうか?
こればっかりは少し不安です。

上記の回答(最初の一行についての返信)

投稿者 あまくさ : 2

間違っているとは思いません。おおむね同意です。

ただ、実際問題として1行に何もかも詰め込むことはできません。だからそれは基本的な考え方として、もう少し緩くとらえても良いと思います。

私が心がけていることで言えば、主人公の性格の断片、置かれた状況の断片などを、なるべく最初の1行に入れるようにはしています。そしてそれが同時に読者の興味を惹くような印象的なフレーズにもなっていればよいなと。
なかなかそういう上手い文章は思いつかないのですが、この1行がそこそこ上手くいったときは、後に続く序盤はわりとスラスラ書けることが多いようです。
で、まあ、目安として10~20行くらいのうちには物語の基調と方向性くらいは読者に伝え、もう少し長く序盤全体くらいを使って主人公の当面の目標(小目標で良い)などを伝えるように努める感じかな。
このあたりで読者の興味を惹くことに成功すれば先を読んでもらえるので、重要なことの大半はストーリーの進展と共においおい盛り込んでいっても遅くないと考えています。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 最初の一行について

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