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あまくささんの返信一覧。最新の投稿順182ページ目

元記事:すみません、横槍ですの返信の返信

横道にそれますが一応説明すると。

カリオストロの城はルパン・シリーズ屈指の名作とされていると思うんですね。しかし私見ではクラリスをのぞくと、他の作品と比べてさほど突出した要素が見当たりません。大規模な偽札組織で歴史を陰で動かしてきた小国というのも、大きく特色付けるほど魅力的な設定とは思えません。宮崎駿の精緻な表現力は素晴らしいですが、ルパンものの雰囲気としては異質感もあるし、そっちで評価するならジブリにはもっと優れた作品がいくらでもあります。
キャラにしても次元や五右衛門はお約束で登場しているだけという感じで、脚本的には居ても居なくてもよいキャラになっています。不二子と銭形はもう少し重要な動きを見せますが、他のルパン・シリーズと比べて屈指というほどにも見えません。
じゃあ人気の秘密は何かと考えたら、クラリスだろうなと。
ただクラリスというキャラ単体では、これも私見ですが、やたらに可憐ですけど個性の薄いお人形さんみたいなヒロインにも見えます。キャラ立ちだけなら不二子の方が数倍生き生きしています。
そこで、カリオストロの人気の核心は、ヒロインの可憐さ+それと主人公との関係性にあると結論付けました。

そこがポイントだろうと考えたところで、ローマの休日を思い出しました。
可憐で純粋無垢な感じの「絶対美少女」的ヒロイン。それにかかわる主人公は、ルパンは犯罪者。ローマの休日の主人公は悪人ではないものの、最初はスクープ狙いでヒロインに接近します。
つまりヒロインに心惹かれながら、無垢な彼女に対して自分は汚れた存在だと自覚し(身分違いも入っている)、最後は身を引くという。
そういう話なのだと考えました。

上記の回答(ちなみに)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

ちなみに「カリオ・ローマ同一構造説」そのものは、別にそれほど推しているわけではありません。
作品の魅力の核心を抽出する思考実験、つまり「換骨奪胎」の思考例としてよく持ち出しています。

カテゴリー : ストーリー スレッド: カタルシスの分散

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元記事:ちなみにの返信

 多分俺、概ね正しく理解していると思いますよ。
 そして俺が上げた『ボトムズと泣いた赤鬼』というのも、無意味な組み合わせではなく換骨奪胎の一例なのです。
 
 一応解説はさんどくと。
 『装甲騎兵ボトムズ』ってのは、従来『少年の成長を描く』タイプが多かった戦争モノロボットアニメの中で、『兵士として完成され、味方からも忌み嫌われるような性質を持つ主人公』が人間味を取り戻していく物語です。
 主人公の特殊性として、『異能生存体』という設定があり、『超常的な力によって周囲を犠牲にしてでも生き残る』という体質(強制発動)だったために、死神として忌み嫌われていた、という設定が有ります。

 一方で『泣いた赤鬼』は、皆さんご存じの通り『人間と仲良くしたいと願ったが方法が分からなかった赤鬼と、赤鬼と人間の間を取り持つために自ら犠牲になった青鬼』という構図のストーリーです。
 ただ、作中で書かれていないながらも『鬼という生き物は人類の敵・恐れられるものである』という共通認識の上に物語が成り立っており、赤鬼・青鬼がそれなりの勇気と『鬼と人類が敵対している事への疑問』をもって人間に近付こうとした事は想像に難くありません。

 兵士として完成された結果感情を欠落させたボトムズの主人公が周囲との触れ合いを通じて人間性を取り戻していく様と、『人間に畏れられる存在』から脱却して人間と仲良くなろうとし、一度は人に疑われて心を閉ざした赤鬼の精神的成長。
 その体質上、『周囲を犠牲にする事がとても多く、一種のトラウマがある』ボトムズの主人公と、青鬼という友人を失ったことで、『自分が何を犠牲にしたのか』を思って泣いた赤鬼。
 『周囲を犠牲にする』故に意図せず『死神』などと呼ばれて畏れられていたボトムズの主人公と、『鬼である』という理由から実態も見ずに恐れられていた赤鬼。

 勿論、こじつけと言われればそうなのですが、物語の形式としては非常に似通っている部分が多いように感じられます。
 まあ、どっちかって言うと俺はガンダム推しなんですが、ロボットアニメとしてもボトムズは人気が高いので、良かったら。

 人の醜さとか、善意のはかなさとかの描き方については同じ基本構造をしているよな、と俺は思います。
 楽しい話が出来てよかったです。ありがとうございました。

上記の回答(ちなみにの返信の返信)

投稿者 あまくさ : 2 投稿日時:

なるほど。ボトムズはそういう話なんですね。ありがとうございます、機会があったらチェックしてみます。

ところで(お分かりとは思いますが)、私が換骨奪胎と言う場合は、多くの人を感動させる物語があるときに、その感動の元になる共通要素を抽出するみたいなことを指しています。
カリオストロで人気のあるシーンを二つあげると、「今は、これが精一杯」「やつは大変なものを盗んでいきました。あなたの心です」。どちらも主人公とクラリスの関係性の変化を描いています。

「優しい泥棒」→「純粋さ故に人間の本質的な優しさを素直に見抜いてしまう美少女」→「世間知らずの素直さに危うさを感じ、身を引く泥棒」

こういう流れになっています。で、ルパンを執拗に追い回す銭形みたいなキャラが、ルパンのそういう一面をちゃんと見ているっていうのもグッとくるんですね。

ここまで還元すると、この構造に別のキャラを代入してやればプロットはできてしまいます。
大野さんなら言うまでもないと思いますが、それはパクりではないんですね。
他人の作品を労せずに借用するのがパクりですから、変換作業に手間暇・技術・オリジナリティが加えられていればパクりではないし、そもそもそこまで換骨奪胎した作品は赤鬼とボトムズくらい違ったものになるので、言わなければ気づく人はまずいません。

ちなみにローマの休日。
ヒロインは王女様なので、めちゃくちゃ世間知らず恐いもの知らずに無謀な行動に走ります。そのハラハラさせるような天然っぷりが可愛いんですね。主人公はそれにほだされてしまうという流れ。
ローマの主人公が身を引くのは、まあ身分違いだからなのですが、ドラマとしては最後の共同記者会見のシーンがクライマックス。大勢の人々の中で、二人だけで通じ合う有名なシーンがあります。王女は主人公に想いを伝えようとし、主人公は王女の純粋さを守るために身を引くというのが現実はさておき「創作的真実」なのだと思います。
ラストシーンで主人公は両手をポケットに入れて立ち去りますが、これがズボンのポケットの唯一正しい使い方だと思ってしまったほどです。

    *   *   *

他の方への返信に、

>俺自身がそういう書き方をしている事には自覚もあるし、なんでそんな人間になっちゃったかは自覚もあるので、

とあり、すみません興味をもってしまいました。
不躾かもしれませんが、なんでそんな人間になっちゃったのか聞いてみたかったり。
もちろん差し支えなかったらでかまいません。

   *   *   *

スレの論点にもどすと、エンタメ作品には感動を作る基本要素があった方が良いし、それを見定めたら基本要素に効果的ではないアイデアや設定は盛り込まない方がよいと。なので「気の抜けるおふざけ」もそういう視点から必要か不要かを判断すればよいのだと思います。

今後もご活躍をお祈りします。

カテゴリー : ストーリー スレッド: カタルシスの分散

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元記事:ちなみにの返信の返信の返信

 そうですねぇ、今回はやりたいネタが多くって、換骨奪胎部分は疎かだったかもしれません。
 一応プロットの制作で参考に作品は色々あるのですが……。

 >不躾かもしれませんが、なんでそんな人間になっちゃったのか聞いてみたかったり。
 >もちろん差し支えなかったらでかまいません。

 いえいえ差し支えないですよ。というか『隙を見せたな! 自分語りしてやる!』というぐらいの気分です。
 一般的には少し『重い』話も含まれますが、後述の理由により俺はそんなに気にしてないので『無理に聞き出した』とか思わないように。
 あと、小説家志望なので多少話を盛っている可能性があるかも知れません。あるつもりで聞いてください。

 さて、大野が居れば大野の父が居て、その父方の一族は世にも珍しい『遺伝性アスペルガー』(今は自閉症スペクトラムと言うんでしたっけ?/長いので『アスペ』と略しますが、蔑称じゃないっすよ)の一族でした。
 遺伝性なので俺、父、祖母と、後何故か祖父もまたアスペ傾向の強い人間でした。

 父が居れば母も居る訳で、大野母と言えばちょっとチートじみたコミュ力を持っている物の、いたって普通の女性でした。
 自分の世界に集中しやすいゆえに一種の天才性を持っていた父と、並外れたコミュ力のせいで『共感は出来ないけど大抵の事は理解できる』母と。まあ何があったのかは知りませんが、二人は結ばれました。

 少し話は変わって、うちの一家が持っているアスペの話をします。アスペルガー症候群というのは結構個人差がある物ですが、うちのは遺伝性なので『一族全体として○○寄り』という事が存在しました。

 具体的に言えば、『人の話を聞くことを苦痛に感じる』上に『自分の話を人に最後まで聞いてほしい』という欲求が強く、しかも『自分の世界に入り込みやすい』というのがうちの一族に共通する性質でした。
 要は、『自分の思い込みで行動する上に人の話を聞かず、そのくせ色々と語りたがる』という厄介オジサンみたいな連中が、沢山いたわけです。しかも、そういう『性質』の人間なので本能レベルでそういう動きをするわけです。
 社会に不適合なイキモノだったのです。ハッキリ言えば。

 さて、話を俺と父と母の話に戻します。
 父と母が離婚したのは、俺が三歳の時でした。
 うちの父は『ある程度よりたくさんの人間関係を維持することが出来ない/ストレスになる』タチでした。『会社の人』『母』『実家』という3つのグループの時点でキャパ限界を迎えていた父は、そこに加わった『幼い子供』に耐え切れなかったんだと思います。
 母にも黙って無断欠勤するようになって三か月、『明日自殺するんじゃないか』という様相を呈し始め、そうでなくても飢え死にしそうな食欲減退を示した父を心療内科に連れて行った母は、そこでようやく父のアスペルガー症状を知りました。
 
 そっから先の話は、略しますが。『このままでは父が死ぬし、結果として自分も息子も飢え死にしかねない』と悟った母は父と離婚を決意。時折父の世話をしつつも、出来るだけ彼が『人と関わらずに生きていける』ように努力していました。
 当時、精神疾患という事への理解レベルはかなり個人差があり、母方の一族からは『何故離婚したのか信じられない』という目で見られつつも俺を育て、シングルマザーとして働くことになりました。

 ただ、冒頭で言ったように父のアスペは遺伝性でした。よりハッキリ言えば、俺は5歳くらいからアスペルガー傾向の言動を示し始めていたようです。まあ、母が何を思ったか知りませんが。
 一応、『別に研究職などについて、人と関わらず生きてもいい』とは言っていました。が、何せ母方の一族が精神疾患に無理解だったので、何とかならないか、後ついでにアスペ傾向の強い父とどう接していいかを伝えるために、『分かりやすい話をする』とか『人の話をよく聞く』事に関して、かなりの英才教育を受けました。

 そこから先は、また略すんですが。
 今でも俺の感性の基礎はアスペルガーよりの、『自分の世界に入り込みたい』し『あまり人の話は聞きたくない』し『人には一杯話を来てほしい』タチです。
 ただ、『それじゃあダメだよね』という事は20年近い母の教育で学びました。同時に、他人に迷惑を掛けない程度に自制する方法も。
 
 また、父は相変わらずなので、『アスペルガー傾向の強い人とどう接するか』も学びました。
 彼らの場合、他人に『自分の世界』を理解してもらいたいだけなので、長話になった場合『相手の結論を先回りする』事で、アスペ特有のクッソ長い語りをキャンセルできるわけです。
 結論を先回りできない場合? このスレッドの長尺っぷりを見てください。

 そして最後に、母譲りの『相手の話を冷静に聞く力』をこじらせた結果、『基本的に、自分自身含めて「他人事として」処理した後に、出来るだけ冷静に判断する』という、人によっては冷たくも見える正確に育ちました。
 ちなみに、『出来るだけ冷静に』っていう部分に、かなり父の血が出てますね。基本的には『冷静じゃない』ので、冷静さを保つ努力をしております。

 まとめです。
 まず第一に、俺は『他人に迷惑を掛けない程度にアスペを抑える』ために、『分かりやすく喋る』『喋る内容を纏める』事を(普段は)強く意識しています。今回は長話ですね。すみません。
 そのため、『簡潔で分かりやすい設定説明』をするようになりました。

 次に、『(血縁の)アスペ対策として、相手の話の結論を先回りする』癖があるので、『突然こんな事を言われたらどう思うだろう』という事を結構いつも考えています。
 その挙句、『込み入った設定の作品を読ませるために、込み入った設定を分かりやすく紹介する・例示する』癖が有ります。有体に結果だけ言えば、『面倒くさい設定が作品の根幹に沢山存在するせいで、概略がとても難しい』という所でしょうか。

 最後に、基本『他人事』かつ『冷静であろう』としているので、『相手がどこまで理解しているか』という部分に関して、かなり正確に察せるようになり、出来ない場合は簡潔に『どこが理解できないのか』探るようになりました。
 「相手側の専門知識にあわせた理解」をしようとした結果として、かなりピンポイントに『相手が知らない事だけ説明する』とか『説明内容をまとめすぎる』癖が文章に出てしまっているんでしょう。

 まあ、こんな所でしょうか。
 長文失敬。
 
 最後にもう一度書きますが、俺にとって言うと『父や母』というのはアスペ的感性として『他人』なのです。
 そういう訳で、離婚だのなんだのと言う話についても、そこまで『辛い話』ではないのでお気になさらず。

上記の回答(ちなみにの返信の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

>『隙を見せたな! 自分語りしてやる!』というぐらいの気分です。

……(笑

寄らば斬るぞ!、って感じですね。

>あと、小説家志望なので多少話を盛っている可能性があるかも知れません。あるつもりで聞いてください。

そういう前置きを入れるところが、とても小説家的です。

個人的には「性格の偏ったクセの強い人」とASDの違いがいまいち分かりません。人に危害を加えたり犯罪に走らない分には、別にどうだっていいじゃんとも思います。そこまで行かなくても本人や家族の方が社会との齟齬によって生きにくくなるなら対策は考える必要はあるでしょうが、対策を立てて生きやすさを図っていくべき事案なんじゃないかと思っているんですね。齟齬が生じるのは個人の側が一方的に悪いとも限らず、社会の側に問題があることもあるだろうし。

私も自分が偏った人間だとは思っていますが、それを何と言うのかよく分からず、他人に愛情を感じることもあるし、他人の気持ちは分かるときもあれば、まったく分からないときもあり。だいたい、他人の気持ちが常に分かったら、その方がよっぽど異常じゃないですかね? エスパーじゃあるまいし。

いやね。おそらく本当のところ、誰も他人の気持ちなんて分かりゃしませんよ。分かるという人は嘘をついているか、分かると思い込んでいるだけ。
……そう睨んでいるんだけど、違いますかねえ。

これまでのやりとりを拝見した限りでは、大野さんは創作についての分析的思考が、かなり高いレベルでできている人だと思えます。それは、このサイトで関わりのあった全員がそう思っているんじゃないかな。
だったら自作を作るときは技術論だけ考えればいいわけで。技術論からこうした方が良いという判断と、大野さんがこうしたいということの方向が違ったとき、後者が大野さんの性格によるものだとしたら迷わず捨てると決めてみるのはどうでしょうか?

作者の「好き」を作品に盛り込むことは悪いことではないと思いますが、個人的なこだわりが作品の歪みにつながることは、それとは似て非なるものなんじゃないかと思いますね。

カテゴリー : ストーリー スレッド: カタルシスの分散

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元記事:ちなみにの返信の返信の返信の返信の返信

 まあうん、結論から言うと、精神病なんてのは『個性』だと思ってます。
 本当は肉体の傷跡や病気なんかも『個性』に入れてしまいたいんですが、現代科学はそれを許してくれないんですよねぇ。

 ただまぁ、自分として実感がある物として言うと。『理屈で分かってること・やりたいこと』と『本能的にわかってること・やりたいこと』があって、「本能の中に間違ったものがいくつも含まれてるよ!」って理性が訴えてるのに、絶対に『本能』を無視できない感じ、ですね。

 技術論、っていうか『理論』っていう物に重きを置いて生きているので、多分分析思考は得意なんだと思います。実際。

 あとはまあ、どこまで自分を殺すかですね。
 小説を書きたいから書いてる訳であって、そこには『書きたい物を書きたい』という欲求が含まれる。
 一方で、『書いたものを読んで欲しい』という欲もあって、それは『読者が読みたい物』を書くってことな訳だ。
 なので、俺がここの所ずっとやってるのは『俺が描きたい物』と『読者が読みたい物』をすり合わせる事ですね。
 バランス感覚が悪いので、まだまだ全然できてませんが。

 基本的に『書きたい物』ベースで調整しているので、今はこうなってるだけ、って感じです。
 
 今度、人気ジャンルのラブコメに手を出してみようかと思っていて、そっちはもう少し『技術論』重視で行こうかと思います。

上記の回答(ちなみにの返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

小説を書きたいから書いてる訳であって、そこには『書きたい物を書きたい』という欲求が含まれる。

ん~とね。それはいいと思うんですよ。

しかし、積み木を積み上げて、これをここに置いたら崩れるっていうのがあるじゃないですか。それをそこに置きたくて置きたくて仕方がなくても、崩れるって分かってるものは置いちゃダメよって話です。

しかしだ。

崩れはしないけど、ちょっと余人には考えつかなくて「そんな置き方有り得ないんじゃない? だって、そんなの見たことないもん」って言われるような置き方でも、野生の本能でそういうふうに置きたいって思ったんならアリなんだと思います。崩れないなら、まずはよし。

それとですね。

自分の書きたいものよりも、読者が読みたいものを書こうという姿勢は素晴らしく、エンタメなら不可欠です。そういう方向のアンテナがないのはまったくもってダメなんだろうと。

しかしだ。

だからと言って、自分が書きたいものを全然書けないんじゃ本末転倒ですよね。
ですから、自分の書きたいものと読者の読みたいもののすり合わせをいかにして計るかが、勝負なんじゃないかと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: カタルシスの分散

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元記事:カタルシスの分散

 こんにちは、大野です。

 今回、ちょっと分かりにくいタイトルになってるんですが、大雑把に言えば「話の落としどころで迷っている」という感じです。

 今俺が描いている(推敲中)作品は現代ファンタジーを舞台とした魔術探偵モノです。主人公は『嘘や多少の法律違反を厭わず、最終的に丸く収まれば真実にこだわる訳ではない』探偵を主人公にして、半分頭脳戦・半分アクションみたいなことをする作品を目指しています。
 
 問題のラストシーン付近のプロットなんですが、『探偵が黒幕の陰謀に気付く』→『陰謀がなされる直前で探偵が妨害に入る』→『陰謀を阻止する』→『黒幕が降伏』→『後日談でエンディング』くらいの物を考えています。
 まあ、探偵モノとしては王道なんですが。

 主人公をおちゃらけた性格にしてしまったこと、作品そのものが『スタイリッシュな探偵』より『ちょっと気の抜ける探偵』を目指していることもあって、『格好良く陰謀を阻止してしまっていい物かなぁ……』と思っている部分が有ります。
 
 そこで、『黒幕が降伏した後、しかし実は「陰謀を阻止するために使った仕掛け」が見せかけだけ作った偽物だった」と主人公がネタバラシするシーン』を入れようかと迷っています。主人公のキャラ的にはいかにもありそうな事なのですが、一方で作品のカタルシスとしてはよろしくないと思う部分もあります。
 こういう、『最終決戦後の気の抜けるおふざけ』みたいなの、やっても良いと思いますか?
 皆さんの意見を聞ければ幸いです。

-----------
 俺の作品を既に知ってる人へ。『具体的にはこういう事よ!』って奴。
 『オカルト探偵(さぎし)、今日も騙る』という作品の話です。

 物語終盤、新月の晩(旧暦一日)にとある儀式をしようとするラスボスの元へたどり着いた主人公の瓜坂は、『日本では神無月に入ると土地の神様がいなくなり、大地の魔力が大きくズレる』事を利用して(気付かせずに)、相手が儀式を行う時間を引き延ばして、『神無月に突入させることで、儀式が出来る条件を破る』用に持ち込み、陰謀を砕く。
 という展開で書いています。

 今回やろうとしていることとしては、この『神無月に入ると大地の魔力が大きくズレる』部分について、『実は全部嘘で、別の手段で『大きな魔力の気配』を生み出して、さも儀式が失敗するかのように思わせた』という二段オチのネタバレを入れようかと思っています。
 具体的に言えば、最終決戦のいくらか前に『黒幕が主人公を始末するために仕向けた魔物』を主人公側が利用する形にしようかと考えています。クトゥルフのアイツですが、推敲の結果別の魔物に差し替えることになりました。

 俺の作品をご存じの方も、そうでない方も。こぞって意見を頂けると幸いです。

上記の回答(カタルシスの分散の返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

一応話をスレの論点に戻したところでバトンを拾ってくれた人がいたので、後はおまかせしようと思ったのですが(笑
なんか議論が深化しているようなので、もう一度バトンを拾ってみます。当たりガチャ認定してもらったのを喜んでいいのかどうか不明ですが、まあ、褒められたと思っておくことにします。

>幼稚園高学年のころ、今とは違い天才寄りだった俺は、『幽霊』という妖怪(じゃないという説もある)に対して凄い興味を持っていました。まあ要するに、『死ぬとどうなるのか』ですね。

私は小学二年生くらいの頃に、人間は死んだら完全に消滅し、天国も地獄もないんだと思っていました。だから幽霊・妖怪もまったく信じていなくて、現代人なら誰でも普通にそう考えていると何となく思っていたのですが、そうでもないのでしょうか?
私の場合、幼稚園~二年生くらいに祖父と祖母が毎年一人づつ亡くなっていた時期があり、葬式ばかりやっていたので人間が死ぬってどういうことなんだろうと考えたんですね。そんな時期に誰かオトナに聞かされたことに、覚えていませんが何かしら影響されたのかもしれません。そういう刷り込みが、以下、大野さんとも少し世界観が違ってくる原点になっているのかなと思ったりもしますが、まあ、よくわかりません。

で、『物理法則と自由意志のジレンマ』について。この場合の物理法則とは「決定論(広義に言えば因果律)」のことですよね? 一般的な物理法則と自由意志は別に抵触しないと思われますから。

『物理法則と自由意志のジレンマ』。それはおそらく以下のような思考かと思います。
世界は必然性と偶然性と作為性の三つによって成り立っています。しかし、ビッグバン以来すべての因果の連鎖を俯瞰する神の視点から見たら、偶然性も作為性も実は存在せず、すべては必然のはずだという考え方ね。
この考えはしかし、「そうなのかもしれない」としか言いようがなく、そうだと証明する方法はたぶんありません。
算数では「1+1=2」と教わりますがこれも実は絶対の正解ではなく、「+」という加算の計算法を厳密に定義してはじめて成立する「条件付きの正解」でしかないことはお分かりかと思います。

決定論も同じで、そもそも「論理」というやつは、ある条件を仮定した時にこの命題は真か偽かという思考でしかないんですよ。これは人間の脳の限界で、人間は論理的であろうとするかぎり上記のような思考の枠組みを逸脱することができないようにできています。

ちょっと根源的なお話。
人間をとりまく世界なるものの実相について、ショーペンハウアーが私なんかよりずっと上手い言葉で説明してくれている本があるので(『意志と表象としての世界』冒頭)、引用します。

(引用始め)
世界は私の表象である。このことは、生きて認識するあらゆる存在に妥当する真理である。
(中略)
人間が知っているのは太陽や地球そのものではなく、ただ太陽を見る目や地球に触れる手を知っているに過ぎない。
(中略)
すなわち、世界はそれとは別の、世界を表象するもの(世界を見渡している視点人物というような意味です。あまくさ注釈)、すなわち人間との関係性のうちに存在するということである。
(引用終わり)

平たく言えば、私たちの体験は、現実なのか脳の誤作動によって生み出された幻なのか区別がつかないということです。
とは言えデカルトのコギトじゃないですが、世界が幻想であるなら少なくとも幻想は存在していることになりますから、百歩譲ってそれが何であるのかは分からないとしても何かしらは実在していると言えます。

何かが存在している。

これが出発点です。

そして、その「存在する存在物」は我々の360度周囲を取り巻くように存在している。われわれはそう実感しており、それを我々は「世界」または「環境」と呼んでおり、すなわち人間は本質的に「世界内存在」であると言えます。

人間は「世界内存在」であり、動物も「世界内存在」ですが、人間と動物には決定的な違いがあります。それは、動物は主に本能によって世界とつながり、人間は(本能もあるとは言え)主に脳が作用する「思考」によって世界とつながっているということです。

人間は知覚というセンサーによって外界の情報を受け取り、その情報を脳が処理することによって「世界観」を生成しています。このプロセスを通して人間が外界に働きかけるために、「論理」という形式を脳が運用しているんです。
しかし人間の脳も一器官に過ぎませんからその情報処理能力には限界があり、よって人間の世界認識も論理的思考も、その限界を超えることはできないわけです。

論理なんて、たかだかその程度のものです。

で、やっと「因果律論」「決定論」にもどります。
それらは限界があり不完全な人間の論理思考による机上の空論にすぎず、真実でも何でもありません。
人間は動物と違って主に本能より思考によって世界にアプローチすると述べましたが、本能だって無いわけじゃありません。いわゆる「勘の良い人」の行動や判断が秀才の論理を凌駕することがあるのは、それが理由です。

なので、非論理的な「素朴な直感」を信頼してもいいんですよ。

決定論に対抗する「素朴な直感」としては、私はよく「暴漢に襲われたときの行動」を例にとっています。
暴漢に襲われて命の危険を感じたときの反応は、「逃げる」「抵抗する」「立ちすくんで殺される」その他ですよね。それらのどれを選択するのもビッグバン以来の決定事項。そう考えて抵抗せずに殺されるのも自由ですが、いみじくもここで「自由」という言葉が出現しています。選択は必然的決定事項と考えることもできますが、まったく真逆に決定事項と考えて成り行きに身を任せるのも一つの選択とも考えられます。決定事項と思ったことが自由選択とも捉えられ、自由選択と思ったことが決定事項とも捉えられます。
要するにね。どっちも人間の脳が考えていることに過ぎないじゃないですか。
暴漢が襲ってきた。殺されるのも怪我するのもいやだ。いやだから逃げるか、自信があるなら反撃する。そういう反応が素朴に自然で普通でしょ?

それは素朴に「自由意志」だと私は思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: カタルシスの分散

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元記事:タイトルの印象相談・改

書いている内容はクラスメイトの優等生の女子高校生が義妹になりイチャラブをする内容を書いています。
今のところ一万文字を書き上げたので1/10まで書き上げられる事ができました。
現在も毎日、二千文字夜な夜な書いております。
とにかく、義妹とのラブラブ振りをアピールするために恋のライバルも出そうと思っております。
そんなよくあるような内容を書いており、ストーリーの目を引くタイトルをつけたいと思いまして皆様に伝授をしていただいているところです。
なのでストーリーには真新しさはないかなと思います、まあ余程面白くなきゃ選考には残らない内容なのですが処女作なので好きな作品で勝負したいと思っております。

なお、当方は書き始めて一か月未満なのでセンスを磨きあげている途中です。
なのでどういったタイトルが心に刺さるかも知らない状態です。
内容は作家でごはんに晒したら違和感なく、今後の展開次第と言われ、こちらでは主人公のマイナス思考が目立つので難易度が高いやり方だと言われたので、楽しいプラス思考になるような小説にしようとしております。
せっかく、ネット小説に向いている書き方と言われたのでタイトルを改善していかない手はございません。

で、タイトルですが「女子高校生が妹になった」あるいは「女子高校生が妹になった件」です。
前のスレッドである方に女子高校生好きな層なら読みそうなタイトルだと言われたので攻める路線は女子高校生で合ってるのかなと思いました。
ちょっとスマートにしすぎた感じは否めませんがタイトルの印象のご教授よろしくお願いいたします。

上記の回答(タイトルの印象相談・改の返信)

投稿者 サタン : 4 人気回答!

>せっかく、ネット小説に向いている書き方と言われたのでタイトルを改善していかない手はございません。
正直、スレ主さんは自分の悩みにゴールを設定してないから、もう何を言っても無駄感があったりします。
ただご自身が納得したいだけで、何がどうという事を言ってもどこ吹く風な印象です。

>で、タイトルですが「女子高校生が妹になった」あるいは「女子高校生が妹になった件」です。
もっとシンプルに「JK、妹になる」とかのがいんじゃね。
女子高生を推したいなら「野生の女子高生が現れた!」とか。
タイトルだけで興味を引きたいならタイトルだけで「なんだこれ」「どういう意味や」「バカくせえwww」と思われるようなのにしないと。
そのためには、「女子高生」を推したいなら女子高生と合わない要素を組み合わせて新しい謎のものを作らんとダメよ。
ちょっと解説すると「野生の女子高生が現れた」は、「野生のスライムが現れた」とかRPGゲームのシステムメッセージっぽいでしょ。そこにあり得ない「女子高生」を当てはめてるから、ちょっと面白い表現に出来てる。
これは水平思考のランダム発想とかと同じ。
何スレ前か数えてないけど、「イケメン童貞」ってタイトルのワードに何かわかった気がしたと書かれてたけど、その感覚は正しいと思うよ。「イケメン」なのに「童貞」ってあり得ない(わけではないが)真逆の組み合わせですから。
例えば「はぐれJK~純情派~」とか火サスのオマージュとわかる人ならクスッとするだろう。

ああ、ようはお笑いの大喜利。
大喜利の要領でツッコミが入りそうなボケをしてみりゃ、そのツッコミは読者の興味に繋がるから、目を引くタイトルになる。
で、じゃあ逆にそういう大喜利の視点から自分が考えたタイトル案を見てみてどうか、面白いか、ツッコめるか、違うなと思うならどこが違うのか、と考えてみりゃ自分がいまやってる思考のどこがズレてるのかわかるんじゃないかと思う。
「タイトルらいしいタイトル」という意識が強すぎる気がするよ。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: タイトルの印象相談・改

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投稿日時:

元記事:ラノベの恋愛は「理想」を書くべきか、「現実」を書くべきか

たまにこちらにお世話になっております、半額オソーザイと申します。

1作目が書き終わり一次落ち前提で公募に投げ込んで、次作をボヤッと考えている状況です。
1作目は自分の趣味を入れ過ぎちゃったなと反省したので、次はちょっと流行に乗ってみようと恋愛ものを書きたいと考えております……が、

恋愛ものって、どう書くんだ!?

という初歩的な壁にぶち当たっています。
そもそもライトノベルというジャンルにおいて「男女間の愛」というテーマって、真正面からぶち当たったらかなり重い話になると思うんですよね……(それが十代後半の時期なら尚更、自己の内面とも向き合うことになるでしょうし)。男視点で10書かなければならないことがあれば、女視点では100書かないといけないことがあるとも思っちゃいます。
そのうえで「現実」を書くと重々しくなるので、ある程度の「理想」で濁して書くべきとは思うのですが……。

・どこまで「現実」で、どこまで「理想」であればいいのか。
・恋愛要素がないことが、どれだけ公募の受賞において不利に働くのか。

もちろんレーベルやその時々によると思いますが、自分よりもはるかに経験が豊富な皆様からの意見をいただきたいと感じ、質問いたします。

上記の回答(ラノベの恋愛は「理想」を書くべきか、「現実」を書くべきかの返信)

投稿者 あまくさ : 1

「理想」と仰っているのが「リアリティの重苦しさを緩和するための補正」という意味なら、エンタメには必須でしょう。そういう意味で言えばラノベの恋愛はほぼ100%理想です。

ただ、あくまで演出としての「現実っぽさ」「理想っぱさ」というのもあります。ラノベに現実を持ち込むのは推奨できませんが、現実っぽく演出するのは問題ありません。

>「男女間の愛」というテーマって、真正面からぶち当たったらかなり重い話になると思うんですよね

そんなふうに重く考えている次点で、すでにラノベ的ではありません。
現実寄りにするか理想寄りにするかは演出の一つと割り切って、さっさと好きな方に決めてしまった方が良いかと思います。暫定的でもいいから一応決めておいて、もう少し具体的にストーリーを考えるフェーズに進むことをお勧めします。

恋愛モノのストーリーの骨子は、恋愛対象キャラの関係性です。どのように出会い、どのように関係が進展するのかを考える必要があります。ある程度それを考えるうちに、「このエピソードは重要で、あまりご都合主義に流すと読者が納得しなさそうだから、がんばってリアリティを持たせないとな」みたいなことが出てくると思います。この次点ではだいぶ具体的なストーリーが見えてきているはずなので、全体を現実寄りにするか理想寄りにするかという構想も必要なら練り直して、軌道修正すればいいです。プロット段階では頭をできるだけフレキシブルにするのが肝要。
だから、最初はえいやっと決めてしまえばよいかと。

なお、キャラの関係性は、立ち位置や背景の設定と不可分です。
分かりやすい例としては『ロミオとジュリエット』。対立するグループに属する二人の恋愛という基本構造があります。これは応用しやすい設定で、ミュージカル『ウェストサイドストーリー』では対立を現代の不良少年グループに置き換えていました。
また、『レンアイ漫画家』というマンガ(ドラマ化あり)では、大ヒットしている恋愛マンガの作者が自分は恋愛が苦手な男だったという設定です。ヒロインは彼がアイデアを捻り出すために「疑似恋愛」をさせられるというところからストーリーははじまり、なんやかやと進展していきます。
この「なんやかや」も重要で、恋愛対象キャラの関係性はストーリーと共に揺れ動き変化していくということも意識されるとよいかと。

カテゴリー : ストーリー スレッド: ラノベの恋愛は「理想」を書くべきか、「現実」を書くべきか

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投稿日時:

元記事:1年のおわりかた

書いてみたので見てください。
よろしくお願いします。https://ncode.syosetu.com/n8184eu/

上記の回答(1年のおわりかたの返信)

投稿者 ヘキサ : 0

……意外としっかりした締めになりましたね。
内容に関しては特に問題ないと思いますが、ドラ○ンボールのように大して本編に影響のないネタでも著作権に引っかかるおそれのあるものは、こういうふうに伏字にしてください。趣味の範囲なら見逃してもらえますが、プロを目指しているのなら、このくらいの配慮は普通にできるように心がけてください。

少々引っかかったのは、ライバルの女の子との会話が少々もたついている感じがしたのと、時折地の文に会話文を混ぜ込む手法が(私もときどきやるのでこれが悪いとは思わないのですが)、なんとなく合わない感じがしたこと。
書きたいことが充分に書けていると思った時は、無理に長くしなくてもいいんですよ。そのへんをこの一年分の描写をかえりみて、ちょっと調節してみてください。

内容に関して細かく触れるとちょっと大変なので、あえて別の点での調整を申し出ますが、まずは一話ごとのタイトルを変更・分割してみてください。なろうでは見出しの状態で興味を惹かれるタイトルが書かれているかも大事なので、今の番号を振ったのみのタイトルは少々不利です。(長いエピソードはそのタイトルの後に1~5くらい番号が振ってあっても問題ないですが)

あと、文章量の調整は分割後に、極端に一話ごとの容量に差がないかを見ながら書き加えたほうがいいです。長すぎたらタイトルが変わらなくても分割して、先ほど言ったようにタイトル名の後に数字を振ったほうがいいでしょう。

そんでもって今後、二年目以降はその「一話ぶんは○千字~△千字」の範囲を念頭において、それを気にしながら書くとリズム感みたいなものが自然に身についたりします。無闇に目標を決めずに長くしようとするとホントにただ長いだけの話になるので、先に一話ぶんの容量の目安をつくることをおすすめします。

では、今後もケイリン女子達の活躍を楽しみにさせていただきます。マリア先生の下ネタがいつまで保つかも楽しみにしていますよ……。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 1年のおわりかた

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