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元記事:ゲスな主人公の必要性

最近の風潮として、ラノベやそれを原作とするアニメには、「ゲスな主人公」が増えたと思います。

①モラルに欠ける
わざと相手が傷付いたり、周囲に引かれる様な言葉を平気で吐く。行動にも罪悪感が無い(様に見える)。
②礼儀を欠く
目上や年上、先輩などに対して平気で”タメ口”で話す。「お前」「あんた」「オッサン」「ジジイ」「クソババア」など、時には暴言に近い言葉も飛び出す。
③意味の通じない言葉を使う
いわゆる、2チャン用語やネット用語などの二次元用語、そして”my造語”を多用する。

これらの主人公や登場キャラクターが、総じてユーザーに与える印象は、「不快感」しか無いと思います。
どうして、ユーザーにわざわざ嫌われる必要があるのでしょうか。例を挙げると、

「青春ブタ野郎~」「YU-NO」などの主人公は、意図的にセクハラめいた発言や下品な言葉遣いをします。ただ、作中では、わざと他人に嫌われようとしている節があります。そのせいか、周囲からは狙い通りに嫌われていて、遠巻きにされる事が多いです。彼の本質を知る人物からは概ね好意を持たれていますが、正直彼らの発言や行動は、余り気持ちの良いものではありません。
「このすば」の主人公カズマは、一見すると苦労人の様に描かれていますが、意外と打算的で腹黒い面があったり、「盗み(スティール)」の技術を使って盗品を売り払うといった事もやっています。
「リゼロ~」の主人公スバルは、「エミリアたん」などの発言が、ユーザーから気持ち悪いと言われていて、余り好かれていません。
それと、あくまでも個人的な見解なのですが、「シュタインズゲート」のキャラクターは、いわゆる中二病なので色々とエキセントリックです。私は特に彼らの使う二次元用語に耐えられなくなって、見るのをやめてしまいました。作品自体は面白いのかも知れませんが、余りにネタがしつこ過ぎるとユーザーを選ぶと思います。
「物語シリーズ」では、不思議と不快感を覚えませんでした。せいぜい「こいつ馬鹿だな」くらいにしか感じなかったです。

確かに、おふざけや笑いの要素は必要ですが、この様に、ギャグでもない作品で、わざわざ主人公を必要以上に嫌われる様にしたり、ユーザー自体に嫌われたり不快感を与える様に描く必要があるのかと、私は時々疑問に思うのですが、皆さんの意見をお聞きしたいと思います。

上記の回答(ゲスな主人公の必要性の返信)

投稿者 サタン : 4 人気回答! 投稿日時:

1は、正直「そんなに多いか?」と思う。
そういうキャラクターを主役にした作品は確かにあるし、近年のヒット作に散見されると思うけど、昔から我が道を行くキャラクターは人気があるし、そういうキャラは一見すると暴言と受け取れるセリフが多いだろうなと思います。
スレイヤーズや魔術士オーフェンあたりからこういう個性の主人公はライトノベルの枠にハマってきたと感じる。
そういう主人公はアリなので、すると議題は「なぜ近年そうしたキャラが脚光を浴びているのか?」になると思うんだけど、でもそうなると「そこまで多い?」と返すことになるかなと思う。

ゲス主人公、暴言キャラってのは、簡単に言えば「思ってたけど黙ってたこと」というTOPに合わせて空気を読む日本人にとって「バシッと言ってくれる」というような一種のカタルシスがあるんですよね。
いまや古くなってしまったドラマ「リーガル・ハイ」なんて主人公は論破キャラで嫌われ者だけど、客観的に見れば悪の立場とも言えるんだけど妙に説得力があって、嫌味だけど憎めなくて人気があった。
これは個人的な私見を出ない話だけど、
読者ってのは別に絶対普遍の一般的な正義を楽しんで読んでるわけじゃないから、「主人公の正義」が読めると、それが客観的に見て悪であろうと納得するし楽しめるんですよ。
だから、主人公の性格の如何は関係なくて、「主人公の正義」が書きやすいかどうか、それがウケやすい風潮が現代にあるかどうか、このあたりがキーになると思う。
ゲスキャラはTOPをわきまえないので、「なんでそんな発言するん?」と多少なりに気になるシーンを作りやすいってのはありますね。

2は、モラルに欠けてりゃ礼儀も欠けてるだろうと思うけど、ハッキリ言ってこれは単なる「キャラ」です。
ゲス主人公を書くんであれば、そういう主人公らしさを表現することになるのでセットで付いてくる。

ゲスってほどでもない主人公像がモラルに欠ける場合もあるだろうけど、これもハッキリ言っちゃえば「それが現代の若者です」という答えになると思う。
リアルな若者は、さすがに初対面の人相手にタメ口で話をしたりって人は少ないだろうけど、だからって礼儀正しいわけじゃないでしょ?
「こういう最近の若者(10代)」をデフォルメして表現すると「初対面でタメ口するような若い人間」って答えになる。
「リアルな若者の姿」と「それを表現した創作上の若者の姿」というのはまったく違うもの。

3は、まあ、正直私も思う。
「シュタインズ・ゲート」は痛い主人公くらいの認識で最後まで楽しめたけど、ネットスラングとかぽんぽん入れてくる人って確かにいるからね。
特にアマチュアだと、「そういうスラングを使うキャラクターです」という表現がないまま、つまり「作者がいつも使ってる言葉だから使ってる」という場合が結構ある。
これは流石に気になるし、辟易して読む気が無くなる。
なぜなら、それは「主人公のキャラ」じゃなくて「作者の性格」が書かれてるだけで、私はあなたには興味ないですからね、という事になるためですね。

それで言うと、私は「物語シリーズ」のほうが耐えられなくて、そういや最後まで見てないし読んでないですね。
主人公が、ああいう言葉を使うようなキャラとして書かれてない気がするんだよな、とコレは個人的な感覚の話だけど。
まあつまり、スレ主さんが議題に上げてる事ってのは、けっこう読み手の感覚的な問題で、「こうだからOK」「こうだからNG」という話ではないと思う。
私の中では、「オタク主人公だからネットスラングを使ってるのはOK」とかになるけど、スレ主さんの場合は「中二病主人公だからってスラング多すぎで辟易する」となってるわけで。

「読者や登場人物にわざと嫌われるような言動を取る」という事についても、まあ似たようなもの。
これは単なるキャラ表現、あるいは物語構造上の話。
例えば「嫌われ者が活躍して脚光を浴びる」というシナリオを考えたなら、主人公は嫌われてなければならない。
そこに「なんで嫌われるような事するの?」という話はない。読者はそう感じるかもしれんが、作者にはない考え。
「そういうゲスが活躍するから面白い」という話で「なんでゲスなん?」というのは、創作にとっての「ゲス」がどれほど魅力的かを考えないといけないけど、これを不愉快と感じているのならそれは無理だろうし、論ずる方向性が空回りしかしないと思う。

カテゴリー : キャラクター スレッド: ゲスな主人公の必要性

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元記事:視点変更を使った物語を新人賞で出すことについて

既存の作品には視点変更が多いような気がします。昔どこかで新人賞では視点変更を使ってはいけない。視点変更を使って良いのはプロになってから、とどこかで読んだような気がします。この掲示板や物語の作り方のようなサイトを見るのを辞めてしまって数年経つので時代は変わったのでしょうか? 変わったのであれば既存の作品(大抵の物語は視点変更がある)も参考になるのですが、まだその暗黙のルールがあるのであれば、視点変更がない作品を探さなくてはいけなくて大変だと思っています。
 新人賞受賞作品で視点変更を使った作品、もしくは、まだ新人賞には視点縛りルールがあるなら視点変更がない作品を教えていただきたいです。

上記の回答(視点変更を使った物語を新人賞で出すことについての返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答! 投稿日時:

そんな暗黙ルールは昔から存在しなかったかと思います。
でも、似たようなことは言われていたし、極論で新人は視点移動するなと言うこともあったと思います。

というのも。
視点移動って簡単に言いますが、視点の扱いを理解されていますか? という事なのです。
単に視点を移動させるだけで、これを頻繁に行うと、その作品は「え、これ誰視点?」「何の話してる?」「Aの視点かと思ってたらBの視点だった? 意味わからん」という事になる。
新人賞、すなわち素人や素人に毛が生えたアマチュア程度の人がやる視点移動はほぼほぼ技術なしにやってることが多いので、視点移動してる作品は「あ、コイツ下手だな」というのがすぐわかる。
つまり、やったら技術の荒が見えるから下手なヤツはやらんほうがいい、という話。
だから昔から別にやっちゃいけないというわけではない。

当然だけど、視点を一人に固定して視点移動させない作品だと、このような問題は起こりません。だから素人には視点固定が推奨される。
それだけの話です。
新人賞受賞作で視点移動を扱った作品は、ジャンルでいうと群像劇が視点移動しまくりなのでその代表作として成田良悟の「バッカーノ」が挙げられるのではないでしょうか。

まあ、言ってしまえば、アラが見えるくらいで落選する程度じゃ受賞は難しいし、視点移動くらい扱える腕があるなら新人賞でもどんどん使っていくのが良いと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 視点変更を使った物語を新人賞で出すことについて

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元記事:物語には明確なラスボスが必要でしょうか?

いつもお世話になっております。
長編小説に挑戦中の、やとうです。

このところコロナウィルスで日々の暮らしが大きく変わりましたが、
皆さまはお元気にお過ごしでしょうか。

自宅で過ごすことが増えて、最近家の中も落ち着きだしたのでやっと落ち着いて創作が再開でき、
プロットの構成を見直したのですが、作中のラスボスの存在について、疑問を抱くようになりました。

今書いているものは、例えると〈ハリー・ポッター』のヴォルテモート卿のように、序盤から敵として存在感を示し、これを倒せばクリアというような明確な存在がいないのが現状です。
敵として登場させようと思っているキャラクターの中には、少々書き加えればそのポジションができそうな候補はいますが、いなくても成り立てそうな気もします。
ただ、存在すれば敵側の勢力が色々と作れそうな…とも迷います。
どちらにしても現状のプロット通りにいくと、敵対する存在がまだ薄いので話の流れに合わせた敵キャラクターは追加でいくつか必要だと感じています。
現状だと次々遭遇する中ボスクラスを中~短編ごとにポコポコ戦うような流れです。

共通の黒幕・ラスボスは可能な限り、作れるのならばあったほうがいい存在なのか。
なくても成立するならば、単発の敵だけでそのままやってみても良いのか。

学校も職場も非常事態でお忙しいところ恐縮ですが、皆さまの創作での気付きやご意見を伺えれば幸いです。
よろしくお願いします。

兵藤晴佳様、t様、御茶ノ宮悠理様、以前コメントをいただいていたのに、お返事がなく申し訳ありませんでした。家のごたごた~コロナウィルスで秋から長期にバタバタしていて、返信のタイミングを伸ばしたままで今日まで来てしまいました。
個別のお返事も考えたのですが、そちらにお返事するとほかの方の質問がサイトの表に出てこなくなってしまうためこちらで返信いたします。

兵藤晴佳様
『大君の都』は興味があったのですが、現在図書館がすべて閉館なので、時期を見て必ずゲットしに行きます。
t様
時間がたった後に一章を読み直してみても、この流れは変えられないと思いました。犠牲になった一章をその後にうまくつなげることを優先します。 

御茶ノ宮悠理様 
すこし創作から離れて戻ってくると、設定の至らない部分や違和感に改めて気づきます。設定の浅い見切り発車はうまく続かないと実感しました。

皆様、ありがとうございました。

上記の回答(物語には明確なラスボスが必要でしょうか?の返信)

投稿者 手塚満 : 3 人気回答! 投稿日時:

回答書いてみたら長くなりまして、結論から申し上げますと、ラスボスがいて面白いかどうか次第(少なくとも必須要素ではない)、という月並みなことになります。以下、説明してみます。

「魔王と勇者」みたいなテンプレートないしはジャンルですと、お考えのような悩みは起こらないですよね。ラスボスが世界に災厄を与え、そいつを倒しさえすれば、元の世界に戻る。読者がそう期待してるんですから、作者はいかに禍々しく強そうな魔王を作り出すことに専念すればいい。

ですが、そういうテンプレートでない場合はどうか、ということになりそうです。一応、物語には「勝利条件」とも呼ばれるものがたいていありまして、それを満たせば物語に納得性のある完結を与えられる。それはラスボス不在ではいけないのか。勝利条件を楽々満たしたら面白くもなんともないですから、邪魔するものがないといけない。そいつがラスボスか、みたいに思えることがあります。

ラスボスの必要性で悩みが生じたら、ラスボスを少し掘り下げてみてはどうでしょうか。ラスボスの存在意義や物語上の機能です。それでラスボスの要不要が見えてくるはずですから。

以下は、話が発散しないよう、私なりにご質問文から受けとれた内容で、事例的に絞って考えてみます(ラスボスについて網羅的に語ることは不可能のため)。

1.主人公に対する障壁の擬人化でラスボスを作ることがある

古代からの神話、伝承などでは、悪魔や魔物が人間に災いをもたらす話がよくあります。そこで英雄が登場して倒したりするわけですね。(現代での童話としてマイルド化されていないものでは)かなり容赦ないことが多いです。

例えば「ジャックと豆の木」では、主人公ジャックは人食い鬼(オーガ)の居城に偶然侵入し、人食い鬼の妻にかくまわれて助けてもらったりしておきながら、財宝を盗んで、幸運に恵まれてですが人食い鬼を墜落死させて倒して、ハッピーエンドです。

これには、古代~中世までの自力救済、自警主義もありますが、ラスボスたる人食い鬼が疫病や天災の擬人化キャラらしいことも影響がありそうです。まだ子どもであるジャックは人食い鬼より、ずっと非力ですよね。人間も昔は疫病に対して無力だったし、天災は今でも防ぎきれません。どうしようもないものを擬人化して、弱き者が倒す話に希望を感じることができるわけです(まあ諸説あるところではありますが)。

ですから、ジャックが人食い鬼の妻から保護されても、その居城から盗んでも、人食い鬼を事実上殺害しても、納得されるわけです。ただ、マイルド化された現代の童話化ですとジャックがやり過ぎと思う子どももいるようです。「人食い」が描かれませんから。

「かちかち山」なんかでは、マイルド化されたものでは、狸がお婆さんを蹴飛ばして逃げただけで、仕返しに兎に例の仕打ちで殺されたりします。ですが、原作ではお婆さんを殺して婆汁にしてお爺さんに食わすわけですね。

巨大な人食い鬼(災厄)に対して子どものジャック(災厄に非力な人間)、人を化かす能力がある狸(災厄)に対して兎(非力な人間)が勝つ、で災厄 vs 人間を模しているわけです。そして、現実では不可能だけど、フィクションでは人間が勝つ。

あるいは人間側から飛びぬけて強力な者が出て欲しいという希望としては、例えば古代ギリシア神話ではヘラクレスなどだったし、現代でもヒーロー物は盛んに作られています。これらは話として分かりやすいんです。どこにいるか、そもそもいるかどうか分からない災厄の原因を加持祈祷とかでなくなりました、と言っても、なんだかすっきりしません。目の前に現れて、目の前で倒されることに意味があります。そのためには擬人化が手っ取り早いわけです。

インドの古代伝承などでは、内心の葛藤を擬人化する手法がよくあったとのことです。例えば、釈迦が悟りを開くための瞑想において、愛の神マーラが現れて誘惑し、大悟を妨害します。これは釈迦が内面で性欲に負けそうになり、しかし打ち勝ったことを、外面のイベントで表したとのことです(これも諸説あるんでしょうけど)。

2.ラスボス不在の名作・人気作も多々ある

小松左京の「復活の日」では、生物兵器で人類の大半がやられてしまいます。映画版では設定が簡略化されましたが、原作小説では「ある病原菌が蔓延していると思ったら、致死性を持っていたのは最近の中のウイルスだった」となっています(小説執筆当時は、理論的に予測されていただけで、まだ発見されていなかったもの)。

これを作った奴はいる。盗み出して、事故とはいえバラ撒いた奴もいる。ですが、そいつらを糾弾したり、倒したりしたところで事態が解決しないのは言うまでもありません。ウイルスという、別に人間を敵視したり、生存競争相手でもないもの(むしろウイルスは宿主が必要)にどう対処するかという話で終始します。ですからラスボスはいません。だけど、面白い。

小松左京ではもっと有名なのが「日本沈没」ですね。これも自然現象であり、敵はいない。異変が続く日本に外国が攻撃してきたりもしない。どこへ逃げるか、どうサバイバルするか、あるいは従容として受け入れるか等々です。しかしこれも面白い作品であったのは確かです。

あるいは「首都消失」もラスボスがいません。いてもよさそうです。なにせ、何者かの仕業としか思えない現象で、首都が通過不能の障壁に覆われてしまうわけですから。しかし、その物語の面白さは「首都を失った日本が、どうやって崩壊を防ぎ、再統合できるか」にあります。もっとも、首都消失に対処する前に物語は終わっています(ラストで障壁の消失が暗示されるのみ)。

小松左京の3作品どれも、解決できない問題に対処する人々を描く意図があります。だから、明確な敵、特にラスボスを設定しないわけですが、それだけに何の物語かは分かりにくくなっています。

聞いたところでは、小松左京は社会派小説を書きたかったそうで、例えば「日本沈没」では、日本という国を失い、流浪の民となった生き残りの人々を描きたかったようです。日本が沈没するのはいわゆる冒頭のツカミといったところでしょうか。しかしその部分が受けてしまって、続編が作りにくくなったようです。

「復活の日」も同様です。ウイルスは人間では克服できず(人間は一握りしか生き残らないし)、人類がいない世界で偶然起こった核戦争でウイルスが克服されてしまいます。これも小松左京は本当はその後が描きたかったとも聞きますが、ツカミの「人類ほぼ絶滅」が受けてしまったんでしょうね。

3.やはりキャラで語るほうが面白くしやすい

ですが、我々はエンタメ志向です。受ける部分が大事です。もし「復活の日」類似作品を書くとしたら、勝利条件を分かりやすくする必要が生じます。偶然解決しました、では例えばカタルシスがない。

そこで、ウイルスを擬人化します。例えば、黒幕がばら撒いた増殖型ナノマシンだが、主人公らは分からず、ナノマシン対処に奔走するが一定以上の効果をあげられない。ついに黒幕が常に制御してことが分かり、黒幕を倒して全て解決。みたいな感じですね。主人公が何をすればいいか明快にして(擬人化による勝利条件の提示)、達成されるか否かのドラマを作ることになります。

4.ラスボスの役割面から

ラスボスがどういうキャラか、言い換えれば、主人公に対する物語上の役割、機能があるかも考えてみます。主人公に対する悪役・敵対者で、実は主人公と似ていることがあります。例えば、主人公が一歩間違えば、なっていたかもしれない姿であったりします。

例えば、主人公も敵役も「病弱なヒロインを幸せにしたい」という願いは共通であるとします。敵役はヒロインの病弱を克服できるのが臓器移植と考え、ヒロインの双子の妹の殺害を図る。主人公はヒロインが病弱であっても精神的な安定を得られるよう努めたいと考える。するとヒロインの双子の妹は守らなければならなくなり、主人公と敵役は衝突します。敵役を複数の配下を従える地位に置けば、ラスボスとなります。

悪役・敵対者が主人公と逆の価値観で動くキャラのこともあります。主人公と敵役だけが、常人と超絶する同じ力があるとして、主人公は他人を助けるために使いたい、敵役は己が欲望・快楽を満たすために使いたい。ほぼ必然的に敵役は周囲を虐げ始めますから、主人公の信念と衝突する。敵役が自分の能力の一部を配下に付与できたりすると、敵役はラスボス化します。

ラノベキャラクター小説と言われてまして、物語をキャラクターで語ることを読者は期待していそうです。作者としても、状況や設定でキャラを動かすより、キャラで状況等を動かすほうがやりやすいのではないかと思います。そして、たいていの主人公は自分に欠けたものを見つけ、それを満たすために行動します。

その欠けたもの、あるいは欠けている原因を擬人化するにはラスボスを作るのが便利であり、主人公に欠けた部分をラスボスに持たせるには、主人公との共通性があるほうがやりやすいわけです。

5.ラスボス足り得る敵キャラを退場させて面白くした事例もある

でも、そういうタイプの物語ばかりとは限りません。ラスボスがいることが魅力になるわけではないし、ラスボスがいないと減点、みたいなことは決してない。ボクシングの古典的名作「あしたのジョー」では、主人公の矢吹に対し、序盤では圧倒的に強い力石が登場します。矢吹は力石に勝ちたい一心で、必死にボクシングを続ける。

紆余曲折あって矢吹と力石はボクシング対決に至るんですが、善戦する矢吹を力石は退けるものの、そこで死んでしまう。そこからも矢吹は続々と強敵に立ち向かい勝ち続けるんですが、矢吹の脳裏には常に力石がいます。力石に勝つ、という矢吹の願い(作品テーマ)は満たされない。ですが、そこが魅力なわけです。ラスボス足り得る力石がいなくなってからが面白いわけですから、ラスボスがいないほうが面白いといえます。

6.ラスボスは不可欠な要素ではない

ですので、ラスボスがいないけどどうしよう、とお思いになったら、そもそも論としてその物語にラスボスは必要なのか、どういうラスボスなら適するのか考える必要がありそうです。その結果、面白くできるラスボスを思いつけば、話に入れればいい。逆に、ラスボスを足しても蛇足でありそうなら、ラスボスなんか気にせずに進めればいいはずです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 物語には明確なラスボスが必要でしょうか?

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元記事:物語には明確なラスボスが必要でしょうか?

いつもお世話になっております。
長編小説に挑戦中の、やとうです。

このところコロナウィルスで日々の暮らしが大きく変わりましたが、
皆さまはお元気にお過ごしでしょうか。

自宅で過ごすことが増えて、最近家の中も落ち着きだしたのでやっと落ち着いて創作が再開でき、
プロットの構成を見直したのですが、作中のラスボスの存在について、疑問を抱くようになりました。

今書いているものは、例えると〈ハリー・ポッター』のヴォルテモート卿のように、序盤から敵として存在感を示し、これを倒せばクリアというような明確な存在がいないのが現状です。
敵として登場させようと思っているキャラクターの中には、少々書き加えればそのポジションができそうな候補はいますが、いなくても成り立てそうな気もします。
ただ、存在すれば敵側の勢力が色々と作れそうな…とも迷います。
どちらにしても現状のプロット通りにいくと、敵対する存在がまだ薄いので話の流れに合わせた敵キャラクターは追加でいくつか必要だと感じています。
現状だと次々遭遇する中ボスクラスを中~短編ごとにポコポコ戦うような流れです。

共通の黒幕・ラスボスは可能な限り、作れるのならばあったほうがいい存在なのか。
なくても成立するならば、単発の敵だけでそのままやってみても良いのか。

学校も職場も非常事態でお忙しいところ恐縮ですが、皆さまの創作での気付きやご意見を伺えれば幸いです。
よろしくお願いします。

兵藤晴佳様、t様、御茶ノ宮悠理様、以前コメントをいただいていたのに、お返事がなく申し訳ありませんでした。家のごたごた~コロナウィルスで秋から長期にバタバタしていて、返信のタイミングを伸ばしたままで今日まで来てしまいました。
個別のお返事も考えたのですが、そちらにお返事するとほかの方の質問がサイトの表に出てこなくなってしまうためこちらで返信いたします。

兵藤晴佳様
『大君の都』は興味があったのですが、現在図書館がすべて閉館なので、時期を見て必ずゲットしに行きます。
t様
時間がたった後に一章を読み直してみても、この流れは変えられないと思いました。犠牲になった一章をその後にうまくつなげることを優先します。 

御茶ノ宮悠理様 
すこし創作から離れて戻ってくると、設定の至らない部分や違和感に改めて気づきます。設定の浅い見切り発車はうまく続かないと実感しました。

皆様、ありがとうございました。

上記の回答(物語には明確なラスボスが必要でしょうか?の返信)

投稿者 読むせん : 4 人気回答! 投稿日時:

セディーと武士とお目付け役の三馬鹿もの?
でしたらもうラスボスは決まってますやん。いつ出すのかとかを困っている感じですか?

カテゴリー : ストーリー スレッド: 物語には明確なラスボスが必要でしょうか?

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元記事:鬱展開でもダメージを受けないメンタルの強い作家しか創作では生き残れないのですか?

僕自身の体験の話からさせてください。
「アイデアや技法をインプットするのと、ラノベにおけるトレンドを理解するために、
 作家志望の人間はあらゆるライトノベルを読むべき」というアドバイスがこのサイトに限らずいろんな場所で
言われているので、最近までジャンルにこだわらず色々なライトノベル、特にアニメ化するほどのライトノベルや、新人賞受賞作を読んでいたのです。

しかし、読んでいく途中で突然、読み進める手が止まってしまうことがしばしばありました。
読んでいて鬱な展開、ショッキングな展開があったときに、自分までショックを受けてストレスで
それ以降のページを読めなくなってしまうのです。
(例を挙げると主人公がいじめで暴力を振るわれるシーンや、チンピラに暴力を振るわれるシーン、
 メインキャラが上司にパワハラで圧力を受けるシーン、年端も行かない子供が殺されたりするシーン、
 露悪的に人間や世界の爛れた部分を描写する台詞や文章など)
(特にきつかった作品を挙げると、月見月理解の探偵殺人、ぼくと魔女式アポカリプス、
 とある魔術の禁書目録のオルソラがアニェーゼたちにリンチされる巻あたり)

そういう風にショックを受けて読めなくなった時、頭では
「このラノベはアニメ化するほど人気(or新人賞を受賞するほど認められている)のだから、
 この作品を読まないと面白い小説を書くためのアイデアや技法、それにラノベ界の最新のトレンドが理解できない。
 その作品に一部でも目をそらしてしまうような要素があるのなら、それは自分の感性が未熟なだけだ」と
自分に言い聞かせて読み進める手を再び動かそうとしても、どうしても読書を再開できません。

結果、「人気作を読んでいないのでアイデアや技法、最新のトレンドを十分に吸収できていない」
「読むべきはずの本を読めていない=自分で決めた課題を達成できていない」
「こんな状態だと面白い小説も書けるわけがない」と自己評価も下がり、
日に日にモチベーションも下がっています。
まして同じ作家志望の中に、上記のような人気作を楽しめている人間がいるならなおさらです。
アイデアの吸収量、トレンドへの理解という点では、明らかに僕は彼らより劣っているわけですから。

で、本題はここからで。
某エロゲ(鬱シナリオで有名)の某所でのレビューコメントに、
「自分は全然大丈夫だった。これで鬱とか言ってる奴はどんだけ打たれ弱いの?」
というコメントがあったんですけど、
ラノベで鬱展開を見ても大丈夫な人って、結局メンタルが強いから
鬱展開があっても問題なく見続けることができるんですよね。

彼らのようなショッキングだったり、重かったりする展開でも精神的に
ダメージを受けないメンタルの強い人間なら、
必然的に読むことができるライトノベルも増えるし、アイデアや技法も吸収できるし、
最新のトレンドに対する理解も深まるから、面白い小説を書ける可能性も高まりますよね。

てことは逆に言うと、僕みたいな鬱展開にいちいちショックを受けるメンタルの弱い人間は、
触れる作品も減るから十分にアイデアを吸収できないし、トレンドも理解できないから
面白い小説を書けないってことなんでしょうか?
僕が面白い小説を書くためには、より多い作品に触れてアイデアやトレンドをインプットできるために
鬱展開の多い作品を読みまくるなりしてメンタルを鍛えるしかないんでしょうか?

もしそうだったら死にたくなってきますね。
メンタルの強い人間が得をしがちな日常から
少しでも解放されるために創作を趣味にしてきたのに、
創作の世界でもメンタルの強さがものをいうだなんて……

上記の回答(鬱展開でもダメージを受けないメンタルの強い作家しか創作では生き残れないのですか?の返信)

投稿者 かにさん : 3 人気回答! 投稿日時:

自分は割と鬱展開が好きなタイプです。

沙耶の唄、さよならを教えて、自殺のための101の方法などの割かし重たいゲームでも取り立てて気分が悪くなったりはしないです。むしろ、刺激的にはちょうどいいくらいかなーという感じ。

でも、これってメンタルが強いというより、自分事として捉えていないからだと思います。作内の人物と同化したり、自己投影したりはめったにしないです。自分の場合、漫画小説を何千冊読んでますが、本当に自己投影できたキャラは数人くらいですし。(最近は賭ケグルイの尾喰凛くんには割と自己投影しましたが。鬱屈された精神状態から解放された感じが個人的にGoodです)

基本、私は、作品を観劇するように楽しんでいます。オルソラがアニェーゼたちにリンチされるシーンを例に挙げると、両者の立ち位置を理解したうえで「アニェーゼらの立場からするとそうしうるよね」などと同情や、共感や理解に楽しみを見出します。

読み方みたいな部分で違いがあるのだと思います。単なるDifferenceだと思うので、あまり卑下したり、思いつめたりする必要はないのかなと思います。それだけ自己投影して読めるということは、同じく自己投影型の人間に価値を提供しやすいということですし。

観劇型の私からすると、あまり自己投影しないから、自己投影型の人がどの程度の鬱展開でどれくらいのダメージを受けるのか、感覚的には分からないのですよね。私らが観察を必要とする部分を、感覚的に把握できる分には普通に強みだと思いますよ。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 鬱展開でもダメージを受けないメンタルの強い作家しか創作では生き残れないのですか?

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