元記事:鬱描写・残酷描写を描くとき、心痛んだりしませんか?
質問です。
自分の作品に鬱描写・残酷描写を描くってなったとき、心痛んだりしませんか?
「うわぁ、えっぐいなぁ」とか、「きっつううう」とか。
特に、推しているキャラとか、人気になったかわいいキャラとかのそういう描写を描くときとか、余計に。
最近私が見た作品ですと、アニメですけど、
「リゼロ」のレムの最期、「まどマギ」の巴マミ回、「魔女の旅々」のセレナ回
このあたりは、見ていて辛かったですね。「物語の展開上必要とはいえ、ここまでするかなぁ」っていう複雑な感情になりました。
皆さんはどう思いますか?
残酷描写とか、鬱描写とかを容赦なく描いても別に何とも思いませんか?
「きついけど、必要だから書く」と割り切っている感じでしょうか?
ちなみに私の場合は、「キャラクターが〇ぬ」ってだけでも心が痛むので、それ以上の辛いシーンをできるだけ描く必要のないようなストーリー
作りを意識して描いています。
上記の回答(鬱描写・残酷描写を描くとき、心痛んだりしませんか?の返信)
投稿者 スザクニシキ : 1 投稿日時:
私は創作ど素人ですが、味方サイドかつ善人なキャラほどそうなりやすい傾向が強いのが長年の悩みです…。
ある程度そういうの描いてから辛すぎて泣いた…なんてこともありました…。
ただ、そういうシーンを脳内から削除することも出来ないことが多かったので、何故なのか自分なりに考えたんです。
結論から言うと、「鬱・残酷な目に遭うことも含めてそのキャラの一部として大事だから」となるかなと。
私の場合は書く物語が「巨悪に立ち向かう主人公の戦記」だからだとは思いますけれども…。
いくら悪でも打ち倒す(=殺すor死ぬより酷い目に遭わせる)のは動機が必要です。
定番な動機で言えば、「家族を殺されたから復讐したい」みたいな…。
ただ悪だからといって、普通は殺せませんからね…殺したくなるほどの怒りとかは無いと不自然なのかなと…。
そして敵が強く、倒すのが困難な程、相対的に動機の意味とかも強くなるのではないでしょうか?
いくら酷い悪役でも、そいつが強いなら…自身が強くなるとか、何かしら作戦立てる必要がある訳ですよね?
強敵を倒すにはそれだけ苦労が必要ですが、その苦労を惜しまないためには理由が必要になるかなって
一般論にはなってしまうかもしれませんが、そういうことで私は納得しました。
カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 鬱描写・残酷描写を描くとき、心痛んだりしませんか?
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