小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:自作小説の冒頭シーンについての相談の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信

tさん

ご返事ありがとうございます!

・「何かが起きそうという雰囲気を作れているか」とはどういうことか
 ⇒確かに告白されて(して)付き合っている……というよりも、告白する前の段階が一番恋愛ドラマ的な意味でいうと盛り上がりますよね。なので、冒頭に持ってくるべきドラマって、付き合ってラブラブしている様子よりも、告白する直前から始めてそこから物語が動き出すところ(例えば恋人が死ぬ)まで順を追って進めていくほうがよい……ということでしょうか?

・作品全体のツボ
 ⇒これってどういうことでしょうか? プロット的なところでしょうか、それとも前述であった「何かが起きる前の段階、盛り上がるところ」を把握していない。ということでしょうか? 読解力、もとい理解力が無くて申し訳ございません……。

・前作はストーリーに拙い部分があったとしても、キャラクター次第でカバーできる余地がありましたが。新しい方は、率直な感想として、読む方も書く方もこの後が相当きつくなりそう……でした。
 ⇒うーん、もう一度書き直した方が良さそうですね……。
  ストーリーは舞台として細部まで設定しつつ、偶然性の少ない説得力のあるかたちに仕上げる。キャラクターは15歳なら15年、41歳なら41年分生きてきた人間として読者に感じさせる描写を心掛ける(キャラクター年表を作成するとかどうでしょうか? いや、表現の方法だからこれは違うか……)……と方向性は見えてきたので、一度まっさらにした後、プロットから書き直してみるのもアリかなと感じました。

・完成度が強く影響するものになっていました。
 ⇒えーっと。完成度が低いからダメ、ということですかね?
  それとも、そもそもこういう構成がダメ、ということでしょうか?

・そういったことを反映しましょう
 ⇒つまり、冒頭に何の変哲もない日常生活シーンを書くのではなく、日常生活シーンがあったということを読者に示す台詞や演出があったらよい、ということでしょうか?
  2行目からそういった日常シーンを感じさせる(実際に書くのではなく、あったよーと読者に感じさせるようなシーン)流れを挿入して、そこから本筋の戦闘シーンに入って、氷柱の欠片で刺そうとして気絶して、医務室退学決定……みたいな流れにするほうが、冒頭の【1】のシーンは良いでしょうか?
  逆に【2】のシーンは問題ないですかね? この流れだと、せっかく食べられそうなパンの中に犬の糞を入れたような改悪になってそうで怖いッス(笑)

・前作もそうでしたがキャラや物語の背景がないか薄いように思います。
 ⇒実際のところ、しっかり書きたいのは山々なのですが、冒頭はなるべく巻きで、はやく本筋に合流させないといけない……とばかり思ってしまい、難しいですね。今回と前回の【1】に、キャラの背景事情(日常シーンを匂わせる演出、詳細な世界観設定(物語の背景って、つまりそういうことですよね?)をどれぐらい書き加えたら、冒頭として長くなり過ぎないとかありますかね……。

・だから楽しんで夢中になってやり続けれる仕組みを作りましょう
 ⇒これがマジでよく分からないです……。本気で書いているので、そもそも楽しくやろうぜ!って意識は自分にはほとんど無いというか……自己満足になった瞬間に、創作ってつまらなくなると思うんですよね(できあがるものは完全無欠の世紀の大駄作だし、そんなものに満足している自分もつまらない?)。
  自分のためではなく、これから先読んでくださる方のために書いているので、楽しいという意識は切って考えている節はありますね。楽しいと自己満足になってしまうので。
  基本的に自分は駄作(改善の必要がある作品。売れたもんじゃないもの)を書いているつもりで、できる限りぶつかりに行って失敗して経験値を溜めるしかないと思ってやってます(笑)
  ただ、多分ですけど、楽しいと感じるときはあると思います。
  tさんに自分の作品を「面白い!」と言わせたら、楽しいと感じると思います。そんなスタンスなので、安心してください……(なんか、心配かけちゃったようなので)
  こうしてご丁寧に自分のまだまだ拙い文字の集合体(作品ですらないなーと感じている)に対して、ここまでご指摘をくださっている時点で、私はtさんから期待されているのだと感じていますし、その期待を裏切るかたちで折れないよう頑張って参ります!

上記の回答(自作小説の冒頭シーンについての相談の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 t : 0 投稿日時:

お疲れ様です。
今確認して、すみません最後の返信から時間が経ってしまいました。
自分のことで忙しくてなかなかこれませんでした。
んー。ツタヤの延滞料が思ったより高かった……。
という私の失敗談はさておき。

・ここまでご指摘をくださっている時点で、
 私はtさんから期待されているのだと感じていますし。

変な期待のさせ方をしてしまったみたいですみません。
前は多くて2回返信くらいでいいかなと考えていたのですが、おそらく2021年の7月でなければ返信してなかったと思います。
特定の誰かというよりは。
皆が幸せになってくれればいいなと思っています。

これは私がこれまで歩んできた真実のなかの話ですが。
どうしてわざわざこういう話をするかといえば、
「何かに期待する」というのは最大のブレーキになるからです。
期待しない状態になることで夢中になってやり続けれる仕組みになります。
だから私なりの言い方では応援です。
成功しても失敗しても、下手でも上手くても、小説を続けても辞めてもいいんです。それに、私だっていつまで小説を続けてるかなんて分からないですし(笑

例えば100時間小説をやってみて。
60分が10分しか経っていない。
まるで時間がなくなったように感じられる瞬間はありませんでしたか。
そういうとき人は、自分のなかにある才能にアクセスしています。

地球上にいる全員が何かしらの才能を持って生まれています。
その才能に気付くか気付かないか、それを趣味で終わらせるか、あるいはそれを使ってお金を稼ぐまでにするかはその人次第です。
一応言っておくと、
才能を活かせた人間が偉いとか、活かせないからダメということではありません。
ひとりひとりが生きている人生というのは。
そんなものでは語り切れないくらい、壮大なストーリーを選んで人間は生まれてきます。

私が言っているのは、もし60分が5分や10分にしか感じない体験があるなら、それを自分のやり方で意図的に起こせるようにしましょう、それが土台ということです。
これは小説にかぎった話ではありません。
夢中になってやることができれば、努力を必要とせずさらに疲れるどころか、自信がついて元気になっていきます。
これは普通の人にとっては、勉強で体験したこととは真逆のやり方です。
簡単ではないでしょう。
それには、あらゆることに期待しない姿勢が鍵になってきます。

例えば私の場合は読者を必要としていません。
読者がいなくても小説が楽しいからやりますし、私からすれば読者が必要という人の方も理解できるのですが、実は最初からそんな気持ちになったことがありません。
書いたり作ったりするのが楽しくてそこから先は私の考えることではない。
とはいっても読者がいないと困ることはたくさんあります。

賞に送ったとします。
「私は読者に読まれることを想定していません」とかそんな言い訳は通用するわけないですよね、それに、私だって誰かに小説の相談されたら読者に読んでもらった方がいいよと言います。
それは相手のことを思って、苦労しなくてすむやり方だからですが。
読者がいなくてもやり方を工夫すればある程度は補えます。
おそらく私はかなり少数派なので参考にはなりませんが、このことから私が言えることがあるとすれば、何でもそうですが、誰かの言葉をそのまま鵜呑みにするのではなく、常識を疑って発想を変えていくことが大切です。
10年後の常識は現在の非常識です。
努力といった過程をすっとばして、楽しんで、小説でいっぱい遊びましょう。そうすれば失敗も楽しい、書けない時間も大変だけど苦労も楽しいになります。

ーーーーーー
それでは小説の話に移ります。

作品全体のツボについてです。
最初のドラゴンがでてきたお話では、最後に登場する妹が作品全体のツボになっており、読者は妹が気になるようになっていました。それに対して、次に書かれたお話では妹は登場するのですが、妹がどうなるかというよりもこの物語は復讐劇か、あるいは妹よりも病気の方に注目して欲しいのか、といったように。狙いがはっきりしていなかったので、作品全体のツボが何か分からないようになっていました。

どうしてそうなるのかといえば、「何かが起きる前の段階、盛り上がるところ」が上手く機能していないせいになります。
最初のドラゴンの話では、妹が登場する前にたしか主人公含めて4人の登場人物がでてきて、ドラゴンも退治して。その一連のくだりが成功してはいないのですが、ある意味では、「何かが起きる前の段階、盛り上がるところ」のような働きになっていました。

これはとてもよくあることなのですが。
物語を書こうとした時に人は書きたいシーンだけを思い浮かべ、それを書きます。
例えば、傑作の戦闘シーンを書きたいとあったら。
書いているうちに。傑作の戦闘シーンが書ければ、それはつまり最高の物語になるのだと勘違いしていきます。
私が言っている「何かが起きる前の段階、盛り上がるところ」というのは。
傑作の戦闘シーンが書きたいなら。
これはよく言われることですが。
戦闘に入る前をこれ以上ないほど盛り上げましょう! です。

真実は。戦闘シーンがしょぼくてもいいです。
戦闘シーンに入る前が面白く書けていれば、中身の戦闘がしょぼくても誰も気にしません。と言い切るのは乱暴な意見ですが……そんなものです。
つまり力を入れて書く場所が違うんです。
これを、まぁ小説では、「シーンではなくエピソード仕立てで書きましょう」とか言われるやつです。

しかし理屈が分かったとしても「シーンではなくエピソード仕立てで書きましょう」とか言われても、具体的にどうすればいいか、何を意味するのかほとんど分からないと思います。
だから私から言えることがあるとすれば。
最初のドラゴンが出てくる話でいうところの。
ドラゴンがでてくる前に、主人公とヒロインが例えば山で薬草を採取して、下山して、それからドラゴンが登場してくるといった後の流れは同じ。
ドラゴン登場まえを盛り上げる。するとドラゴンの戦闘がなんであれ、お話が活き活きとしてきます。
でもこれは人に言われて頭で分かったつもりでは何の役にもたちません。
実際に自分で文章を書いてみることで、なんとなく言われていることの意味が分かるのではと思います。

その後に書かれた学園では、
『冒頭に何の変哲もない日常生活シーンを書くのではなく、日常生活シーンがあったということを読者に示す台詞や演出があったらよい、ということでしょうか?』
正解です。
どうしてこうするかといえば、ぼやけていた輪郭がはっきりしてきて、それによって物語にリアリティが生まれるからです。ただ、ここの冒頭は忙しいので、ドラゴン登場前に主人公とヒロイン? のキャラを立てている余裕はありません。

ここでは日常シーンを入れると勢いがそがれて話がだれるので、それよりも、主人公と戦う相手に言わせてみます。
さきほど書いた、盛り上げる重要性を思い出してほしいのですが。
2行目で仲間の台詞を入れてから(盛り上げのために入れる)。
その後の流れは同じ、主人公の戦闘が始まります。
主人公は魔術で敵いませんね。
それを見た相手が動きを止めて言います。
「俺と対戦が決まってからの3カ月間、お前は何を準備していたんだ」
(主人公の心の声として、地の文で入れたい情報を書いていく、いまなら3カ月間のあれこれ、お前に勝つために俺は友達も信念も捨てた、とか)
主人公は彼が喋る間もずっと攻撃し続けたせいで魔力が尽きます。
「よかろう。筋肉と筋肉で語り合おう、ただし負けた方が学園を去る」
あとは地の文で入れたい情報を書いてしまい。
氷柱の欠片で刺そうとして気絶して、医務室退学決定……といったような感じです。
日常シーンを入れるというよりも、それを実際に書いたときに発生するであろう貯金を使うことで、より魅力的に話を膨らませることができます。
貯金を使って、自然な形で文章に反映させていくイメージです。

『キャラの背景事情(日常シーンを匂わせる演出、詳細な世界観設定(物語の背景って、つまりそういうことですよね?)』
背景事情これは貯金ですね。
詳細な世界観設定は最初は作らなくていいと思います……大変なので……。
それよりも書きましょう! 書いて完結させましょう。
設定が作れる人はたくさんいます。
でもそれが面白さに繋がるわけではないので、背景を自然な形で文章に反映させていくためには、これは書かないと感覚として身につきません。

アマでもプロでもいいのですが、小説を読んで思考して、上手い人はまるで息でも吸うかのようにできているので、まずはそこを自分なりのやり方で参考にしながら、出来るようになってから、詳細な世界観設定が必要だと思ったら作るくらいでいいと思います。
繰り返しになりますが……設定を作ることも大切です。でも。

「シーンではなくエピソード仕立てで書きましょう」とか、設定とは関係ないじゃないですか、しかも知らないとどうしようもない。そういった作法が小説には当然これだけではなくいっぱいあるので……賞に送ったり、読者からの感想だったり、そういった機会を通じて作法に出会っていかないといけません。
小説を読んで思考して、本文を書くことが大切です。

長くなりましたが、何かの参考になれば幸いです。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 自作小説の冒頭シーンについての相談

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元記事:プロを目指す上で。

はじめまして、名無しの三平と申します。自分はひっそりとラノベを書いているのですが、やっていくうちに疑問に思ったことがあり、そこで皆様の意見を頂戴したいと思い、こうして掲示板に書かせていただいた次第です。

自分はプロを目指してるのですが、まだしがない新人であっても、読者に受けるものを書いていくべきでしょうか? それとも自分が思いついたネタをとにかく小説という形にしていくという反復(?)創作をしていくべきでしょうか?

現在、いくつもネタがあるものの、小説という形に落とし込むことに躊躇しています。どうか、皆様の意見をお聞かせ願いたいです。よろしくお願いします。

上記の回答(プロを目指す上で。の返信)

投稿者 t : 2 投稿日時:

こんにちは、小説を書くのは楽しいですね。

これはよく言われることですが、自分の書きたいものを売れるように書きます。
今の時代なら、自分の書きたいものをPV数が稼げるように書くでしょうか。
私達の世界には”時間”がありますね。

誰にも読まれない、読む人が0人だった小説を書き続けたとして、かなりもって3から4年、普通の人は1年も続きません。ようはタイムリミットがあります。
勘違いしてほしくないことは、
読者に読んでもらうために媚びを売りましょう、と言っているのではありません。
『自分自身が今後も成長し続けていくために』
少人数でいいので読者に読んでもらえる小説が必要だということです。

それで読者にウケるものについて。
これだけだと漠然としていて、海のなかから幻の魚を探すくらい大変です。覚悟や熱意があるならやってみるのもいいと思いますが。
それよりもまずは。
”自分がこれが一番好き”というものを見つけて。
それが特定のヒロインが好きでも、スキルや異能を使ったバトルが好きでも何でもいいです。

そういった自分が好きなもの、これが書きたい! といった情熱を傾けれるものに狙いを絞り。読者に対し、
作者の情熱が伝わるための物語作りを意識するのがいいです。
なぜなら多くの場合では。
作者が感じている面白さが読者には、きちんと伝わっていないケースがあります。
読者からすれば面白いか面白くないか以前の問題で、そもそもどこに面白さがあるか分からないのが、読者数が少ない理由です。
読者に媚びる必要はありません。
自分の書いた熱量が本当に読者まで伝わっているか、これができていれば、誰かに読んでもらうことはそれほど難しいことではなくなります。

・自分が思いついたネタをとにかく小説という形にしていくという反復(?)創作をしていくべきでしょうか?

さきほども書いた通り、私達の世界には”時間”があります。
ここでは現実での生活についての話になります。
普通は3~4年おきに卒業就職、恋人や働くと環境が変化していきます。
恋人ができたらもっと遊びたいと思うようになりますし、働き始めればもっとお金が欲しいと思うかもしれません。
そうなると意識の外側に小説がいってしまうことになり、書こうと思わなくなります、しかしこれは避けては通れません。
なので小説を書けるのは、今だけ、ということを覚えておいてください。

例えば、頑張って書いた小説を新人賞に送って評価シートが返ってきたとします。
そこには今まで聞いたこともないような呪文で、アドバイスが書かれていたとします。そのアドバイスをものすごく大雑把に言えば、長編を後5作書いたら、場合によっては長編を10作書いたら気付けるかもね、そんな内容です。

もしかしたらあなたには、長編を書きながら悠長に待っていられるような、そんな時間はないかもしれません。
そして何も考えずに書いているだけでは時間が足りなくなくなります。
焦る必要はありません。
自分のために自分自身を最高に愛しているなら、無理のないペースでできるだけ、急ぎましょう。

誰かの意見を待つことはありません、その意見が間違っていることや、自分にあったやり方ではないかもしれません。
だから、自分で答えを見つけられるようになりましょう。
そのためにアマでもプロでもいいので、小説を読んで分析して、自分の頭で考る癖をつけましょう。読者はあなたの考えを作品で表現してもらいたいのです、あなたの内側に答えと面白さがあります。
そのための行動と分析する計算はセットです。

そしてこれも大切なことですが。
小説ゲーム漫画アニメ映画、その時代で流行っているものに触れて、自分のなかにある面白いといった感覚を上書きしていってください。面白いものに出会ったら、それを自分なりのやり方でいいのでプロットにしてみたり、文字におこしてみたりしなが
ら遊んでください。

楽しみましょう。

眉間に皺を寄せながら「うーんこれは面白い自分には真似できない」ではなく。
喜びと情熱を感じながら、まるで子供のように、今この瞬間を遊んでください。それが時短しながら周りとはまったく違った成長を遂げていく、最大のコツです。

応援しています。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: プロを目指す上で。

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元記事:ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。

タイトルのままです。

例えばこのサイト、ライトノベル作法研究所だけでも、沢山の学べる項目があります。

これ全部覚えてますか? そして、これ全部覚えて始めてスタートライン、みたいに、全部覚えなければならないのですか?

そんなもん全部覚えている、覚えなければならないからこそプロ、と言われたら終わりですが、それでも全然構いません。

そもそも作法や書き方というのは、自分も何冊か持っているのですが、勉強すればキリがないくらい、山ほどあります。(似たことを言っていた、もしくはまんま同じことを言っていたのもあると思いますが)

それ全部、覚えているのですか? 多分、覚えてらっしゃるのでしょうが。ご回答お願いします。

上記の回答(ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。の返信)

投稿者 t : 2 投稿日時:

こんにちは

私はプロではないです。
例えば、私がある人に「小説は文章がすべて」と言ったとします。
小説から文章を取ったら白紙になってしまうので、書いてないことは伝わらないという意味ですが。なかには、小説は文章がすべてということなら。
日本語を勉強して、日本語が得意になれば小説が上手くなると考える方もいて、でも書き手が言語学者である必要はありませんよね。

作法についても同じことがいえます。すべて勉強しなくていいです。
どの作法が正しい間違っているかや、今の自分にできるできないという視点ではなく。
「しっくりくるかこないか、惹かれるか惹かれないか」で選ぶのがいいです。

体ができてないうちから上級生と同じ練習をすると、怪我をしてしまいます。小説ならスランプになったり書けなくなったりします。
今の自分にとって難しいな、しっくりこないな、惹かれないなと思う作法はいったん忘れてしまいましょう。どんな素晴らしい教えでも、今の自分にとって重たすぎるものなら、それはガラクタと同じです。だからいらないんです。
また必要になった時に取ってくればいいんです。

覚えたものを、『使いたい作法//使いたくない作法』に分別します。
使いたくない作法は捨てます。机の引き出しに書いた紙をしまっておくのもいいでしょう。
そして繰り返し小説を書いているうちに、使いたい作法を増やしたり、新しいものを取り入れたりしつつ、自分なりの楽しみ方、上達方法を見つけて楽しんでみてください。

小説のすべてを勉強したり考えだすと何万、何十万時間あっても足りませんから。
楽しんで書ける方法を、自分なりのゾーンに入れるやり方を見つけて、作業を加速させましょう。
必要な情報に必要なときにアクセスすることで、書き方を更新しながら楽に進めるようになります。
ネットにある作法は辞書に似ていて、だからといって辞書に書いてあることをすべて暗記する必要はなくて、作法とはそういう付き合い方がいいかもしれませんね。

ちなみに私は作法は全部覚えてないといいますか。
例えばキャラの立たせ方だったらそれにはパターンがあって、このパターンに気付いて真似すれば誰でも簡単に上手くなれるかも。
一応言っておくと、読みやすくなりますがこれで面白いかは別です。
実践的な作法だけ覚えておけばいいと思います。
これはマジックの種あかしなので、私のなかではその方法は自分で調べましょうとなるのですが……。

そもそも作家は免許制ではないのだから、作法は……まぁそういうことです。
昔、評価シートや読んだ座談会で書かれていたことを信用してなくて、「そんなわけない」とあえて逆のことを選んでやっていたら。数年後、自分にとって正解だと思う書き方が昔言われた彼らの考え方と、驚くほど一致してて……。
あぁプロってすごいんだな、と敗北しながら思ったという……。
この作法は怪我して書けなくなりそうと私の視点ではそう思うものが普通にネット上にあったとしても、注意喚起してくれる先生はいないものです。
免責事項としてこれは1つの視点からみた1つの真実であって、作法の本として出版されているからといって、この内容がすべての人に当てはまるわけではありません。みたいに。
ネットは玉石混合なので、だからこそ、自分の頭で考えることも大切です。

応援しています。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ふと思ったこと。此処に書かれている作法を、プロ含め作家は全部覚えているのか。

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元記事:小説家になろうを引退しようか考えている

※解答に困るかもしれませんが、売名行為にならないよう&初質問で自信が無いので、作者名は差し替えて、作品名は伏せます。申し訳ございません。
 
 はじめまして、風呂桶と申します。

 私は4年間なろうに5作品ほど投稿しているのですが、どれもこれもpvが伸びませんでした。
 普通の更新で50から100の間、完結ブーストで最高600くらいです。ポイントも2桁以内、感想も書かれないのがザラです。

 これまで、他作品を参考にしたり、文章術の本を読んだり、流行のテンプレに乗っかったりしました。
 ですがそれでも自信が持てる作品が書けず、状況は変わりませんでした。

 書きたい事はかなりありますが、これだけ伸び悩むと身が堪えて、やる気が無くなりました。

 こういった場合、私は引退した方がいいのでしょうか?

上記の回答(小説家になろうを引退しようか考えているの返信)

投稿者 t : 2 投稿日時:

こんにちは

今が2021年ということを考えると1度距離をおいてみるのもいいかもしれませんね。
これは才能がないとか、過去の努力が足りなかったということではありません。
書くことについてどれだけ前向きに楽しめていたか、それについて落ち着いて考える時間を作る、という意味です。

私は小説が上達していくためには3つの読者が必要だと考えています。
1つめは、人生で小説をほとんど読んだことのない読者です。もし身近にそういった読者候補(家族、友人)がいるなら、ぜひ読んでもらって感想を聞いてみるのがいいと思います。その時、テンプレがなぜ現在まで残っているのか考えみるといいかもしれません。
2つめは、小説に精通した読者です。これは新人賞の評価シートなどを利用することで、応募条件を満たしていれば、誰でも無料で貰うことができます。
3つめが、ネット読者ですが。例えば多くのネット読者が褒めていた箇所と欠点として指摘されていた箇所があっても、小説に精通した読者が読むと真逆の評価だったということがよくあります。ネットはレスポンスも早くかつ便利ですが、過信しすぎないよう注意する必要があります。
これらを使い分けながら、そのつど自分に必要な要素を取り入れいくわけですが。
ここには先生も友人も相談できる相手もいません。
だからといって孤独を感じたり、孤独になっていく必要はないですが、前向きにポジティブに考えられるかどうかでその人にとって孤独の意味が変わってきます。
なので、どう対処していくかをこれから説明します。

問題が起きた次元と同じ次元では、問題は解決しません。

例えば今なら、
書けない。上手くいかない。辞めたい。疲れた。といった、考えられるすべての闇を体験し尽くすなかでご自身がそれを受け入れ克服し、変容していった先で、闇に感謝することができるようになった時に扉の向こう側に行けます。というのが古い時代の考え方です。

私がやっているのは、自然がある近所の公園のベンチに座るでもいいですし、特に何かするでもなくそこで何も考えずのんびりするだけ。自然のなかにいて、日常生活で自然と触れ合う時間を作ります。
そして、できれば朝起きてからと寝る前に瞑想するのがいいのですが、1日に1回瞑想しています。
たまにでいいので、人の手入れが行き届いた神社やお寺ならどこでもいいです。
その場所に行って20分くらいベンチに座っているだけで、神聖な空気を細胞に取り込むことができます。
また鳥居などをくぐった先は聖域になるので、神社なら神様に、お寺なら仏様に心の声はすべて聞こえています。いきなり参拝するよりも。
心のなかで、今日はどこからきて、何年小説を書いていて、どういった悩みを持っていて、どうなれば幸せかとか、お金がこれくらい欲しいとか。親身になって聞いてもらえるようにあなたの情報があればあるほどいいですから、ベンチに座って、心のなかで聞いて貰った後で参拝するといいと思いますよ。
そうすれば加護が貰いやすくなるというだけで、行動するのはあくまでも本人であって、神や仏がその人にかわって現実を変えてくれるわけではありません。
一応、私は宗教者でも宗教研究者でもなく、ただの一般人です。
他にも神仏とは別のやり方がありますが。
これ以上は、この場ではあまり好まれないように思います。
詳しいことは、波動関連の本を読むのが手っ取り早い。
私は独学なのでそういった書籍をこれまで読んだことはないのでどれがいいか分かりませんが。大きな本屋さんで気になったものを、棚から適当に手に取って流し読みすれば、言いたいことの雰囲気は伝わるはずです。

令和では、新しい時代の考え方でお悩みがよくなっていくことを願っています。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 小説家になろうを引退しようか考えている

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元記事:小説家になろうを引退しようか考えているの返信の返信

 ご回答と、読者と気分転換の大切さを教えていただきありがとうございます。

 私は日常を切り詰めて小説執筆してたきらいがあるかもしれないので、tさんとは方法が異なってしまいますが、根幹の部分は大事にしていきたいと思います。

上記の回答(小説家になろうを引退しようか考えているの返信の返信の返信)

投稿者 t : 0 投稿日時:

こんにちは
私が小説を始めて4~5年くらいで、ちょうど、今のあなたと同じような悩みの状態になりましたね。その時は自分の得意なことを追求してなかったなと思い出して、そちらへ方向転換していきましたが、私が体験したあの頃とは時代もずいぶん変わっています。

今回の相談なら読者数を増やすことが楽しすぎて、PV数が増えるかもと想像するだけで気分が上がるのか。
これとはあるいみ真逆で、書けば書くほどPV数が気になって気分が下がるかが重要で。
もしかしたら気分が下がる理由を考えてしまうかもしれません。
外側の誰かのせいにしてみたり、自分のせいにする必要はありません。
あなたが成長してきた結果として、変化のタイミングが訪れていると考えてみてください。

そこで自分はなんてダメな奴なんだと自分自身を責めてみたり、過去を後悔してみたり、そういったことには何の意味もありません。前向きにポジティブに「本当はどうなりたいのか?」、の気持ちに寄り添ってあげる。
心がPV数を増やしたいと思うなら、それにあった自分なりのやり方を始める時期がきています。

この情報を知って、よしやろう! とやる気がわいてくるか。
もうだめだ、と落ち込んでしまうか。
小説の上達よりもまず先に前向きになれるかが大切になってくるわけです。
『やればやるほど気持ちが枯れていくようなら、ますます困難な体験をしてしますよね』
もし信頼できる誰かがいつも傍にいて困った時には悩みを聞いてくれたりする。
いわゆる頼りになる先生や友人はほとんどの人が持っていません。
だからこそ自分を知って、自分で環境や心を整えていく必要があるわけです。

私からいえることがあるとすれば、今は情報戦争真っ只中で意識を下げるテレビラジオネットなどで溢れています。そういったもの自体に問題がないわけではないですが、彼らを責めることはできません。
それを見たり聞いたりしてしまうことを許している、すべては本人の選択であり、意識が低い状態になるほどそういったものが気になってしまいます、嫌ならチャンネルをあわせなければいいだけだからです。
これから挑戦していこうとする時には、
何を選ぶにしても、スムーズに物事が運と思えるような前向きな気持ちが大切になってくるわけです。
前向きな気持ちになれないものはどんどん捨てて身軽になっていってください。

何かの参考になれば幸いです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 小説家になろうを引退しようか考えている

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元記事:物語の主人公には、アクティブな目的があった方が良いのだろうか?

 質問はタイトル通りなのですが、事情を軽く説明します。

 一カ月ほど前から制作中だったロボットアクション物の原稿が昨日の明け方に書きあがったのですが、我ながら大変面白くない作品に仕上がりまして、ここに持ってくる前に書き直すことにしました。
 既に独りよがり状態の面白くなさがあったので、相方に推敲を依頼したところ「主人公に『夢』みたいなものが無くて、個々の事件に対処するだけの作品になっているのが原因ではないか?」と言われまして。

 俺の作品の場合はまさしくその通りなのですが、世の中には『とある魔術の禁書目録』みたいに『主人公が何かをしようとしているわけではなく、たまたま陰謀に巻き込まれて阻止するために動く』タイプの物語もあるわけで、物語の主人公にはどれくらいの『目的意識』が求められるのかなと疑問に思い、質問しました。
 ご意見いただければ幸いです。

上記の回答(物語の主人公には、アクティブな目的があった方が良いのだろうか?の返信)

投稿者 玄翁 : 0

こんばんは。
巻き込まれ型の主人公で対処するためだけに動く、だとかなり味気ないのかなと思いました。読んでないので断定するべきではありませんが。

そこで主人公が事件に対処する以上にアグレッシブに動くための動機があった方がいいかと思います。

少し思い出しましたが、からくりサーカスで冒頭メインキャラの加藤鳴海が同じくメインキャラである才賀勝と出会うシーンです。
鳴海は勝に何者かに追われていて助けて欲しいと言われますが、通りすがりの赤の他人である勝にそう言われても困惑してしまいます。
しかし勝を追っている者が中国武術の達人である鳴海の拳を受けても平気でいる事、彼自身がゾナハ病と言う他者を笑わせないと発作によって呼吸困難になり死に至る謎の奇病にかかっていて傍らにいる勝を笑顔にしないと自らの命にも関わる事などから行きがかり上とは言え彼を助ける・・・と言う感じでお話が展開していきます。

ちょっと長かったですが、要は主人公の側に積極的に動かざるを得ない事情を作ってしまうのが手っ取り早いかなと思います。

目的意識と言う点では、相棒の杉下右京がそう言うタイプでしょうかね。
彼の場合は自分から事件に首を突っ込むのですが、警察内部でも自分の仕事ではない、閑職に置かれているので、なら自分も勝手にやりますよ、とばかりに自分のやりたいように動き回ります。
彼はその敏腕ぶりもさることながら、真実を明らかにするためなら悲しい結末になることも辞さないと言う彼なりの正義感のために警察内部からも疎まれています。

長々と例ばかり出して恐縮ですが、どちらの場合も巻き込まれる主人公にも積極的に動く動機を与えることで、ただ事件に対処する以上の面白みが出てくるかなと思います。

まあ、私が挙げた例に寄らず、大野さんなりに面白いと思える作品に練り直してみてください。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 物語の主人公には、アクティブな目的があった方が良いのだろうか?

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投稿日時:

元記事:「夢オチになりようのない展開」とは?

 ある漫画の主人公が「自分のことを誰々だと思っている精神異常者」と呼ばれています。フィクションの主人公は、いつでも彼になり得るのでは、と考えていて、例えば「異世界に行って超能力で活躍し、猫耳の少女と結婚!」という小説を書いたとしても、犬耳派の読み手に「という夢を見たんだ」などとコメントされる可能性があるわけで、つまるところ、主人公が精神異常者であり、異世界が全て妄想の産物であるという可能性は排除できないのか、という問題です。

 ゴールを決めておきますけど、そもそも小説が嘘をつくものですから、嘘が、「作者がこの内容で小説を書いている」という点だけであるという状態が、小説が最もリアルな状態(=ゴール)とします。つまり、主人公が精神異常から空想の彼女を作るのはアウトですが、誰かが小説を書いて、その内容がその誰かと無関係な別の誰か同士の恋愛であるというのであればOK、ということにします。「主人公」と「彼女」が同じ次元に居ればひとまず良い訳です。

 最初は三人称小説がそれだと考えていたのですが、「語り手が主人公から聞いた話を、自分の解釈も交えて喋っている」というだけに過ぎないのかもしれませんし、視点が「主人公」と「彼女」で交互に入れ替わる一人称小説であるとしても、「彼女」の存在が、途中から主人公の想像するそれと入れ替わっている可能性も否定できません。
 主人公を高校生という設定にして、高校生の考え付かなそうなことを彼女に言わせるということも考えたのですが、そもそも高校生でも相当な知識を持っている人は居るし、主人公が「自分を高校生だと思っている精神異常者」であるという可能性も捨てきれません。

 この問題を解決するには何をすれば良いでしょうか。教えてください。

上記の回答(「夢オチになりようのない展開」とは?の返信)

投稿者 神原 : 0

京子の入院する病院に呼び出された柴は、院長に驚くべき光景を見せられる。
柴夫妻が画学生だったと知り、京子に絵を描かせようと油絵の具とキャンバスを与えたのだが、
壁に絵を描き始めたのだという。
病室の壁一面には異様な鬼の地獄絵図が描かれていた。
「鬼よ…私から子郎をとりあげた鬼よ…報いを受けるのだ…お前たちは苦しむためにこの世に生を受けたのだ」
泣き、笑い、ただ絵を描き続ける京子を誰も止めることはできなかった…。

苦しむ鬼たちの夢にうなされる柴。
「壁に描かれた鬼が泣いている…何とかしなければ鬼がかわいそうだ」
京子はあいかわらず絵を描き続けていた。
「子郎…子郎、早くいらっしゃい…おかあさんはここにいます。
ここよ子郎、ここよ子郎、子郎あなたはここへ来るのよ」
病院の壁には、巨大な鬼の上にしつらえた台座に座った京子の姿があった……。
病室のカーテンを開け、光を入れる柴。
京子はまぶしさに驚いて絵筆を取り落としてしまう。
自分にも絵を描かせてくれとそれを手に取り、朝日を受けて輝く壁に向かい始めた。
「…どうだ、いい絵だろう………」
朝日に輝く病室に描き出されたのは、天使の顔を持つ赤ん坊の姿だった……。

赤ん坊の絵を描いてから、京子は毎日赤ん坊の絵を見ているという。
柴が病室に入ると、京子は再び絵筆を取っていた。
「このままでは赤ちゃんが鬼に食べられてしまうわ…赤ちゃんを守る人がそばにいなくてはいけないの」
京子は若い頃の柴の顔を描いていた。
「なるほど…この男なら一生懸命赤ちゃんを守るだろうな…しかしちょっと頼りないなー。
もっと強そうにしないと鬼に勝てんぞ」
その柴の一言に、京子は絵の顔にくまどり状の線を加える。驚愕する柴。護鬼にそっくりだ…。
数時間後、京子は護鬼と戦鬼を描き上げていた。
「戦鬼はとにかく護鬼は…京子は護鬼と会ったことがないはずだ。
子郎の話だけでこれほどそっくりに描けるはずがない…」

病院からの帰り道、柴は考え込んでいた。
「事件の始まりが15年前でなく今だったとしたら…それも京子の病室から始まっているとしたら…
何もかも京子の閉ざされた精神から始まっているとしたら……」
ある日突然現れた鬼獄界。赤ん坊の姿で現れた童子。
童子を守るために生まれたことを本能で知っていた護鬼。
どの時代の誰に赤ん坊を託すかも定められていたという戦鬼。
「鬼獄界の謎がとけたぞ!京子の肉体は病室にあっても精神はこの病院にはない!
戻ってくる……二人とも戻ってくるぞ!」

崩れる病室に驚いて駆けつけた医師たちが柴を止めようとするが、院長は制止する。
柴に考えがあってのことと知り、訳は後で聞くと許しをくれた。
医師たちにベッドを動かしてもらい、隣室の患者を避難させ、本格的に破壊を始める柴。
「京子の心が生みし鬼獄界よ…今滅びの時がきたのだ!鬼獄の鬼とは怨みの心、
つまり「怨獄界」なのだ!そして鬼とは……怨みを持った人の心が現象化した時の姿なのだ!
子郎を鬼にうばいさられた京子の怨念の世界怨獄界よ!この壁画と共に滅びるのだ!」

<現代・日本>
すべての壁画を叩き壊した柴。
「あなた……子郎が、子郎が帰ってきます…」
「京子!俺がわかるのか?帰ってきたのだな京子…」



15年前。原作1っ巻の最初。

両親の墓前に結婚を報告に来た柴夫婦と和尚の前に、突然二匹の巨大な鬼が現れた。
一体の鬼がが口にくわえた赤ん坊を、もう片方の鬼が狙っているのだ。
子供を守ってなんとか勝利した鬼は、柴夫婦に赤ん坊を授ける。
「十五年」
妻が赤ん坊を抱いた途端、皆の頭に直接テレパシーが響く。
「今日より十五年数えた日…迎えに来る…」
大きな風が吹き、二体の鬼は消えていた。
しかし妻の腕の中には、今の出来事が夢でない証が……。

全部入るかな? 精神病の妻が描いた絵→15年前に天から来た鬼に授かった子。→こどもいなくなる→精神病院へ

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 「夢オチになりようのない展開」とは?

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元記事:冷静な強キャラを怒らせる

私が書こうとしている物語で以下の展開があります。

登場人物
主人公A:男
敵女B:大人の女。悪の組織に所属する冷静な悪女。後々ヒロインになる

展開
1:BはAを確実に抹殺するために、念入りに作戦を立てて追い詰める。
2:しかし、すべてを覆され、逆にAに追い詰められる
3:どんなときも冷静なBが失敗に次ぐ失敗で冷静さを失い激昂する

この3なのですが冷静で大物な大人の女が激昂するというのは自分でどうしても違和感があります。Bには最終的にAに屈服してほしいのですが、Bの強キャラ感を残しつつ、Aに感情剥き出しで敗北させるにはどうしたらいいでしょうか?

どなたか教えてください。
お願いします。

上記の回答(冷静な強キャラを怒らせるの返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 2

 展開を拝読しますと、敵女Bが(少なくとも主人公と相対的に)愚か者のようにしか見えません。なぜなら、念入りに計画を立てて臨んだのに、つまり最大限に知恵を使ったのに、次々と作戦を破られちゃうわけです。

 全力を尽くしたはずの敵女Bの作戦立案がなってないとしか思えません。つまり、彼女はバカで、むしろギャグキャラの感じすらします。違和感があるとして、敵女Bのキャラの立たせ方に問題があるせいかもしれません。

 冷静で大物と設定したのに、やっていることが設定と合ってない。最後に激高することの違和感は、そこまでの流れに齟齬や矛盾がないか、見直してみる必要がありそうに思えます。

 しかし、敵女Bの作戦立案は事前情報の得方からして完璧で、推敲も手落ちなくやれていたとします。すると例えば、主人公が仲間や努力、さらに運も味方につけたことによって、奇跡的に敵に打ち勝ったとなります。そういう、うまい段取りになっている場合での違和感も考えてみます。

 不治で致死性の疾病について、告知後の患者の心理変化は、以下のようになるようです(精神科医キューベラー・ロスの研究事例)。

 否認(何かの間違いだ)
  →怒り(なんで自分だけ)
   →取り引き(健康を心がければ助かるかも)
    →抑うつ(もう何をしても、自分は駄目だ)
     →受容(いや、これでいいんだ。生きている間は楽しもう)

 敵女Bに適用してみますと、例えばこんな感じでしょうか。

 否認(失敗? 報告の間違いだ)
  →怒り(あの部下がミスしたからだな!)
   →取り引き(自分が出張ればなんとかなるはず)
(  →怒り2(コイツ(主人公)め、卑怯な手を使いやがって!)が入るかも)
    →抑うつ(全て駄目だ、自分は奴(主人公)に勝てないんだ)
     →受容(いや、これでいい。コイツ(主人公)の強さを認めよう)

 他にも自然な流れはあると思いますので、あくまでも参考例でしかありません。ただ、もしかすると、敵女Bが激高する部分の前後で、激高するのが自然になる流れを作り損ねてないでしょうか。あるいは、激高した後の敵女B(と主人公)の言動・行動に不自然さはないか。言い換えれば、どこで激高するか、ということですね。

 それ以外の観点としては、例えば「逆鱗」があります。原義は「竜の多数ある鱗のうち、一枚だけ、触ると竜が激怒する鱗がある」です。もともとが比喩で、天子(人徳が万人を超える)の怒りの表現で、転じて目上の怒りを指します。

 しかし原義に戻り、「それを言っちゃあおしめえよ」みたいな、触れられるとどうしても不快になる、怒り出すポイントとしての「逆鱗」を考えてみます。これは敵女Bが何にプライドを持っているか、何が心のよりどころかの設定次第となります。

 どこに逆鱗があるか、すなわち、我を忘れて怒ってしまう弱点をどうするかですね。例えばですが、敵女Bが自分の頭脳に絶大な自信を持っているとします。完璧と思われた作戦が失敗したのは、ごく初歩的な知識がないためのミスのせいだった。そう主人公から明かされたら、敵女Bが(罵倒されなくても)激怒する描写は可能です(簡単ではないけど)。

 あるいは、激高が必要かどうかも再考していいかもしれません。作戦が全て水泡の泡と帰したが、敵女B自身はまだ戦えるとします。主人公を目の前にして、いったん剣を抜く敵女B。しかし、敵女Bは剣を捨て、「もういい。さっさと斬れ」と言う、なんてよくあるパターンです(そして主人公も「もういい」と言って剣を納める)。

 よくあるってことは、カッコよく締めるのがやりやすいからですね(加えて、後味もよくしやすい)。激高に違和感があれば、激高自体を再考し、例えば怒ると見えて笑ったみたいな、別の締め方を考えることも必要のように思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 冷静な強キャラを怒らせる

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