小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

大野知人さんの返信一覧。最新の投稿順64ページ目

元記事:天皇について作中で触れることの可否の返信

こんにちは、カイトです。
フィクションの世界ですので、作者の考えを思うように書けば良い、ただし書き方には十分気をつけて。
というのが自分の基本スタンスで、そうでなければアマチュアで創作なんてやる意味ないと思っています。
なので個人的には、①〜⑤までなんら問題ない、と言いたいところですが…

天皇家に関することで、実は苦い経験があります。
数年前、雛人形まつわる掌編を書きました。
『子供がいたずらで、女雛と三人官女の一人の首をすげ替えて箱にしまった。しかし翌年開けてみると、女雛はなんの変哲もなく男雛の隣に収まっている。一方の三人官女は、顔も着物もボロボロの状態で箱に入っていた。自分の婚礼の衣装を着た官女に夫を盗られると嫉妬した女雛の仕業だったのだろうか』
という、ホラー寄りの話でした。
これに対して、
「お雛様は天皇の雛形だから、不謹慎な男女仲を連想させるような不敬はしないで欲しい」
というコメントをいただき、大変驚きました。
このことで不快になる方がいるなんて、自分の配慮不足を思い知りました。(正直、「お雛様=天皇家」って意識してる人そんなにいる⁈ とか、そんなんじゃ源氏物語とかどうなんのさ? とか色々思いましたが…)
なので、天皇家には触れないようにしよう、と心に決めた次第です。同じ理由で(指摘されたことはないけど)、特定の宗教にも触れんどこ、と決めています。特にそれについて書きたい! という願望もないですし。

なんというか、デリケートな話題って自分の思いもよらないところから驚くような指摘をされたりするので、それがどうしても必要・代替案はないという状況でなければ、避けた方が無難かなと思います。
何かの参考になれば幸いです。

上記の回答(天皇について作中で触れることの可否の返信の返信)

スレ主 大野知人 : 0 投稿日時:

 ご意見ありがとうございます。
 雛人形の件については、相当過激なようにも思える(文句付けてきた側が)と思うのですが、やっぱり気になる人は多いみたいですねェ。

 まあ、全体的にほんのりと匂わせる程度にネタにするか、排す方針で行きますかね。取り合えず今回は。

 ぜひぜひ参考にさせて頂きます。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 天皇について作中で触れることの可否

この書き込みに返信する >>

元記事:天皇について作中で触れることの可否の返信

>身内であれば政治家だろうが金持ちだろうがスパスパ悪口を言うのですが、当然表の場に出せないことは承知しています。

ここは、かなり小さいとは言え一応「表の場」だと思っていたのですが、身内の雑談の場だったんですか?w

>以下のような内容は受け入れられるのでしょうか?

>皆さんだったらどこら辺まで受け入れられるか、というのを聞いてみたいです。

私個人が受け入れられるかという質問なら、全部受け入れられます。
世間一般は受け入れてくれると思うかという質問なら、まあ、この程度なら大丈夫だと思いますが、責任は持ちません。

……というところかな。

私に言わせれば明治政府の天皇政策なんて、でたらめもいいところです。そもそも律令制期(飛鳥・奈良・平安時代)に天皇制なんて概念はなく、これはプロイセンあたりの制度を参考にして明治時代に創作されたものです。

>①天皇について作中で触れる事。

触れること自体は問題ないでしょう。

>②っていうか、まあ正直アホみたいだと思ってるけど『陛下』ってつけないこと。

アホみたいだと思うなら、つけなくてもいいいんじゃないですか?w

私個人としては少し違和感のある言葉ですが、他人があの人を陛下と呼ぶことを批判はしません。

これは宗教に対する考えと同じです。私は無神論者ですが、神を信じる人の気持ちは尊重します。何かが尊い、大切だと思っている人の心にケチはつけません。

大野さんも、正月に初詣くらいしませんか? 神社に行けば、そこには真面目に参拝したい人も来るわけだから、神体を粗略に扱ったり、ことさら神様を否定するようなことを口にしたら気分を害する人もいると思います。

>③天皇が神ではない理由:『古事記』において『ニニギ(漢字は読みづらいので略)が石長比売を追い返したため、永遠の命を失った』という項目を、『人間にされた』と拡大解釈。

古事記を論拠にするということは、神道そのものは受け入れている姿勢になります。そうであれば、大野さんの天皇観は血統の正当性についての解釈にすぎず、本質的には天皇は神の子孫でありうると認めていることになります。

>④天皇制についての批判。主人公(及び作者)が捻くれているため、キャラ的に言うと挟まざるを得ないが、許されるのか。

捻くれているのが批判する理由なら感心はしません。ただ、そういう性格の主人公だと設定されているのなら、それはそれでいいでしょう。

>④-A 批判内容としては、『天皇個人は尊敬するが、制度そのものについて言うと人権を踏みにじるような物である』という程度の事。

繰り返しますが今の天皇制は、明治政府がでっちあげたものをかなり薄めて継承しているだけです。
まあ、権威なんてすべてそんなもので、でっちあげたのが二千年前か、百数十年前かが違うだけですけどね。
人権を踏みにじるかどうか以前に、そもそも合理的ではありません。

>④-B 副次的に、主人公が『陛下』と尊称を付けないことについて、『「陛下」というのは王につける言葉だ。そういった押し付けをするのは、天皇に勝手な義務や期待を押し付ける言葉であって、民主主義社会の人間としてふさわしくない』と言う事。

そりゃあ、民主主義社会にはふさわしくないです。
しかし「民主主義」というのは別に自然法則ではないので、そういう意味では「天皇制」と同様、科学的ではありません。科学的ではないですが、社会というのはそんなに合理的にできているものでもないです。
社会が国王を望むなら国王がいてもかまわないし、国王であれば「陛下」と呼ぶのは当然です。

>⑤並びに、制度そのものに問題を感じている主人公が制度擁護派を『正直馬鹿だと思う』と言う事。

そういう性格の主人公ならそう言ってもかまいませんが、それは天皇がどうかという問題ではなく、単にそのキャラの不遜な性格をあらわしているだけでしょう。

    *   *   *

天皇そのものをめぐっての個人的な考えは上のようなものですが、大野さんは創作において天皇をネタにすることに対する世間の反発を気にされているのですよね?

昭和天皇以降については、慎重に扱わないと思わぬ非難を受ける可能性はあるかもしれません。私なら避けますね。
平安時代や室町時代の天皇は、歴史上の人物というイメージもあるので、客観的な考察の上に多少批判的に書くくらいはそれほど問題ないんじゃないかと。
古事記につながる神話伝承の存在としてなら、諸星大二郎の漫画みたいにそうとう毒々しく描いても別に問題にならない模様です。現代日本人なら天照大神が実在したと思う人はあまり居ないからでしょう。欧米でもエホバだと少しやばいかもしれませんが、ギリシャ神話の神々とかはあっけらかんと映画や小説に登場しています。

上記の回答(天皇について作中で触れることの可否の返信の返信)

スレ主 大野知人 : 0 投稿日時:

 ご意見ありがとうございます。
 『身内であれば~』のくだりは、『言いたいことはいっぱいあるけど、こういう公の場で言っちゃいけないのは理解してるよ?』って意味です。だからこそ具体例を書かずに『身内相手なら悪口言うけど、表だと言えないよね』とだけ書いているのです。

 あまくささんの意見については、概ね賛同です。俺自身としても、『自分は無神論者だけど、他人の信条には口を出さない』が基本スタンスなのですが、読書という点を介すことによって、どれくらいの人が不快に思うだろうか、というアンケートでござる。『他人が無神論者だと気になる』っていう人も居るらしいし。

 ③④⑤に関しては、ほぼ俺の意見ではなく『キャラの意見』ですね。俺としては『古事記が史実だったら面白いよね~、違うと思うけど』という意見なんですが、主人公及び彼の生きている世界においては『少なくとも魔術師サイドの見解では、古事記か日本書紀かそこら辺が概ね史実』なわけです。
 ここら辺は俺の意見とキャラの意見を分けて説明しきれなかった俺の不徳ですね。すみません。

 ④-A/Bについてはそもそも合理ではなく、主人公の主義主張の問題ですね。主張以前に議論そのものが合理的で無いですが、そのことは百も承知です。その上で、そこら辺を発言して良いのか、という話ですね。

 ⑤については全くご指摘の通り。不遜な主人公が天皇擁護派に喧嘩を売るだけのシーンなんですが、それはそれとして細かい所を混同して不快感を抱く人が居ないかな、という話。

 と、言っても概ねあまくささんの読み通りなので少し補足した程度なのですが。
 その上での、世間の反発についてのご意見、承知しました。
 明治以前くらいまでなら割合好き勝手していい感じみたいですね、他の人の意見含めて考えると。
 一方近代については、二次大戦のこと含めてももう少し慎重に考えてみます。

 細かく分けたご意見、とても参考になりました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 天皇について作中で触れることの可否

この書き込みに返信する >>

元記事:天皇について作中で触れることの可否の返信

ぶっちゃけ、変わったことをしようと思ってるときは突き抜けなきゃ意味がないので、「どこまで?」は愚問だと思う。

>①天皇について作中で触れる事。
それ自体は問題ないと思うけど、角度を変えて見ると、出すこと自体が難しいものでもあると思う。
何書いたって詳しい人が突っ込んでくるし、女系天皇の問題のときに色々な討論を見たけど、この話題は右も左もすごいしつこそう。

>②っていうか、まあ正直アホみたいだと思ってるけど『陛下』ってつけないこと。
ちょっと意味がわかんない。4-Bと同じ意味?

>③天皇が神ではない理由:『古事記』において『ニニギ(漢字は読みづらいので略)が石長比売を追い返したため、永遠の命を失った』という項目を、『人間にされた』と拡大解釈。憲法については触れない。
そも国譲り神話の解釈でも、神の支配から人の支配に変わった出来事って要約できるし、じゃあそのトップは神ではないよね、って思う。
敗戦頃まで現人神と呼ばれてはいたけど、神道においては誰でも普通に死後は神になるからねぇ。
むしろ今現在で天皇は現人神だって認識の人おるん? というのが忌憚ない回答だったりする。

>④天皇制についての批判。主人公(及び作者)が捻くれているため、キャラ的に言うと挟まざるを得ないが、許されるのか。
どうなんだろうね。
今回のスレッドを読んで真っ先に思い浮かんだのが、「マブラヴ」ってエロゲ。これは天皇家ではなく将軍家として出てくるが、扱いはほぼほぼ天皇家。
226事件を元にしたエピソードがあって、226事件では天皇家を御旗に掲げようって若い将校がクーデターを起こすわけだけど、マブラヴではそれが将軍家になってて、「天皇家」と言いにくいから創作ですよと強調するため「将軍家」にしたんやろな、という感じだった。
エロゲだからってのもあるけど、サブカルに出していいものといけないものってのはあると思う。
日本人って国内はもとより海外の英雄や偉人を平気で女体化して好き勝手いじりまくるけど、天皇家の萌化ってほぼ無いんだよね。
戦国武将や将軍家なんかは割と多いのに。
茶化しちゃいけないとこ、っていう認識がどっかであるのかもしれない。

> ④-A 批判内容としては、『天皇個人は尊敬するが、制度そのものについて言うと人権を踏みにじるような物である』という程度の事。
内容の程度は関係ないような気がする。
やるかやらないかの二択で、やるなら徹底的にやらないと意味がないと思う。

> ④-B 副次的に、主人公が『陛下』と尊称を付けないことについて、『「陛下」というのは王につける言葉だ。そういった押し付けをするのは、天皇に勝手な義務や期待を押し付ける言葉であって、民主主義社会の人間としてふさわしくない』と言う事。
言葉の解釈で強弁するには弱いかなと思う。
陛下とか猊下とか殿下とかいろいろ「◯下」って呼びかたあるけど、これは確か、「本人を直接呼ぶのは恐れ多いので、その下にいる人に声をかけている」という意味じゃなかったっけか。うろ覚えだけども。
陛下の「陛」は確か階段のことだっけか。もちろんその階段の上には玉座があるわけだけど、これは王に限らないので君主全般に使う言葉。
そんで、すんごいややっこしいけども、天皇自体が日本の君主制を意味してる事なので、別に天皇に陛下をつけることは間違っていない。
任命権以外のほぼすべての権限がない日本の君主だからね。
それだと幕府やってた頃と何も変わらんし、その結果は天皇家が質屋に走るほど貧乏になったりしてたんで、これは私個人の考えだけど、だから立場ある人はちゃんと「陛下」とつけて呼びましょうよ、って事だと思う。言葉の上でもちゃんと立場をはっきりさせなきゃね、って。
力ある立場にない一般人は別に尊称で呼ぶ必要ないんじゃないの。
でも民主主義云々とは関係なくね、と思うかな。日本は唯一成功した社会主義って言われたりもするけども。

>⑤並びに、制度そのものに問題を感じている主人公が制度擁護派を『正直馬鹿だと思う』と言う事。
何書いても問題ないと思うし擁護派を貶しても全然かまわないだろうと思うけど、女系天皇の話題も記憶に新しいし、よっぽどな理論武装をしてないと、逆に主人公のほうが馬鹿に見えてしまうと思う。

ちなみに私個人の考えとしては、日本国内で生まれながらにして平等でない唯一の家系で、将来の自由がなく行動の自由がなく、そしてそれを日本国全体が容認してるっていう、客観的に見ると狂ってると思う。
でもまあ、それが日本なんだけどね。
天皇家も将軍家もその時々によって変わるけど、「神輿の上に乗せるヒト」ってそういう存在で、そういう神輿がないと日本って動きがまとまらないから。
外国はその存在を唯一普遍の神としたから宗教の色が強いけど。
ま、そう考えると、私は天皇を現人神と考えたことはなかったけど、神輿に神ではなく天皇を置いて人々をまとめてきたって意味では、確かに天皇ってのは現人神だったんだろうな、とは思っちゃうね。海外で言うところの神の役目をずっとやってきてたわけだから。
神輿を担ぐ人によって神にさせられてるだけだけども。

とまあ、私個人としてはこんな思想ではあるけど、最初に書いた通り、やるならやりきったほうがいいと思うよ。
程度とか考えるなら最初からやらなきゃいいんだしさ。やるんだったら、そんなん考えるだけ野暮な結果になるんじゃないかな。
ただ、可能ならマブラヴよろしく「天皇家」ではなく「将軍家」とかにしちゃったほうが、同じことやっても後腐れがないと思う。

上記の回答(天皇について作中で触れることの可否の返信の返信)

スレ主 大野知人 : 2 投稿日時:

 細かいご指摘ありがとうございます。

 まあ諸々抜きにして言っちまうと、愛知県の『あいちトリエンナーレ』というイベントにまつわる問題で『天皇陛下の御真影を焼き払うような写真を展示するとは何事か!』と言っている人が居て、『こんなことを言い出す人が、今時いるのかぁ……』と思ったので、もう少しデータを取ろうと思って聞いてみたのです。

 程度を考えるくらいなら最初からやらない方が良い、というのは衝撃的でしたが、理屈としては一番納得できる感じです。今回貰った色々な意見の中でも特に。
 まあ正直、今の日本全体に対して『狂ってるなァ』って思いながら見ているので、サブカルの面からそういうのを指摘できないかという野望もあったり、無かったり。まあ言い出せば、西洋の王権神授とかも文句付けられるし、政治やら教育やらの批判もするかもしれない訳だけど。

 まあ、『何をするにせよ、実在の名前を出すと反発されやすい』という事はちゃんと念頭に置いて、その上でやるか・やらないかを決めて行動することにします。

 とても参考になりました。ご意見ありがとうございました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 天皇について作中で触れることの可否

この書き込みに返信する >>

元記事:天皇について作中で触れることの可否の返信

「程度を考えるくらいなら最初からやらない方が良い」というのは、私も大抵の案件については同意です。しかし、それで進むと危険なものもあります。天皇、宗教、差別問題などがそれにあたり、所謂タブーというやつです。
タブーというのは地雷原のようなもので、案外平気で歩いているように見える者もいるけれど、踏んでしまったら洒落になりません。

日本の場合、宗教のタブーは緩いので、天皇を神話・伝承の範疇で扱う分にはわりと大丈夫なのかなという印象です。

日本神話は、ほぼタブーの対象になっていません。
ところがですね。
現存する神社などにはタブー性があるんですよ。靖国みたいに大袈裟に政治性をおびたシロモノのことではなく、どこにでもある小さな神社の話です。生活に根ざした何でもないものが、けっこう人の無意識に深く食い込んでいて、やばかったりします。

大衆の無意識は怖いですよ。

もっと言うと。お墓。あんなもの、ただの石でしょ?
さらに、もっと言うと遺体。

私に言わせれば人間の遺体なんてただの物質だと思うのですが、粗略に扱うと厳しく非難されます。それってどうしてなのか、考えたことがあるでしょうか?

なので、現在生きている日本人の生活と同じ空気の中に居る天皇は、うかつに考えない方がいいです。昭和天皇は亡くなった人ですが、そこに直接つながります。

扱い方次第ではあるのですが、

>まあ正直、今の日本全体に対して『狂ってるなァ』って思いながら見ているので、サブカルの面からそういうのを指摘できないかという野望もあったり、無かったり。

これはタブーへの挑戦ということで、ど真ん中にストレートを投げ込む行為です。
そこは、よくよく考えた方がいいです。

タブーへの挑戦は、「作者の真摯さ」を示せれば逆に受け入れられることもあるので、そういう意味でなら、

◎安易に程度なんか考えて中途半端にやると、かえって危険。

とも言えます。

上記の回答(天皇について作中で触れることの可否の返信の返信)

スレ主 大野知人 : 0 投稿日時:

 俺これでも一応、坊主モドキなので『死体がどうだとか、墓石がああだとか』については割合真剣に考えたことが有ります。
 まあ結論だけ言えば、『信じる者は救われる』の亜種として、『信じたいなら信じてもいいし、救いがあると信じることに意味がある』という捉え方をするようになったのですが、まあそこら辺の議論は長いので以下略。

 大衆の無意識や、変な所にあるタブーの穴の恐怖はよく理解してます。というか、理解しているのでこのスレを立てたのです。ただし、だからと言って諦めきれるほどは悟っていない未熟者でございまして……。ま、諦める事が悟る事かと言われれば、それも違いますが。

 まあともあれ、やるからには徹底的にロックに行く、というのも良いかも知れませんね。(反体制だけがロックではないのは、もちろん理解していますよ)

 ご意見ありがとうございました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 天皇について作中で触れることの可否

この書き込みに返信する >>

元記事:本筋からズレるので返信は結構です

>『あいちトリエンナーレ』というイベントにまつわる問題で
前衛芸術は作品にまつわる評価も込みでの芸術なので、炎上までがセットの芸術。だから「そういう人がいまだいることをあぶり出すための作品なんやでニヤリ」って作者が言ったなら芸術的側面で価値があるけども、単に昭和天皇や当時の日本を貶めたいだけの主張しかないように思えるので、正直、個人的には芸術作品として下らない作品だと思う。
誰もやらないような事だから価値があるのに、製作者の思想に対して誰でも思いつくような表現しかなかったからね。
そんで、割と「皇陛下の御真影を焼き払うような写真を展示するとは何事か!」って人は少数だったように思う。ツイッターとかだと多かったのかな。でも有識者の多くは「公金でやるなよ。自腹でやれ。そしたら文句いわねーよ」って主張だったような。
この点についてのデータ取りってことなので、私の意見をさらに付け加えると、前述した通り、天皇家っていまや日本で最も自由が認められない人で日本国のために尽くすことを強制されてる人って認識なので、そんな人を当の日本人が貶めるなんてのは人として頭がおかしいと思う。
けど、それと芸術は別の話だし、エンタメでも別の話だと思うから、芸術展やスレ主さんの作品に対して含みがあるわけではないです。
例の芸術展も面白いと思う作品はあったし、正直「これをするとこういう反応になる」と知れただけで割と有意義だったしね。
愛国心・忠誠心が高いあるいは真面目でストイックなキャラの感情を揺さぶるには、やっぱ当人よりも敬愛する人物を侮辱するほうが、日本人の共感は得られやすい。ってことが再確認できる炎上だった。

上記の回答(本筋からズレるので返信は結構ですの返信)

スレ主 大野知人 : 0 投稿日時:

 ええと、こっから先は限りなく余談です。なので、いつでも切っていただいて構いません。

 トリエンナーレの例の件について言うとですね。

 数十年前に右翼寄りの作者が『戦争に負けたことを納得するために昭和天皇の肖像画をコラージュした作品』を作った所、そこを『天皇陛下の肖像画をコラージュするとは何事か』と某右翼議員に言われた挙句、当時関係していた美術展の目録や出版物が焚書になる事態に発展し、そこに折り合いをつけるために『焚書にされるシーン』を写真として撮って展示しただけなので……。燃やした側が、『燃やすとは何事か!』って言ってるんですよ、アレ。
 詳しくは大浦信行さんについて調べてほしいんですが、左右いろんな意見があるのであえてURLは貼りません。

 確かに、『燃やされるシーンを作品として』展示したことは問題なんですが、それ以前の問題として『焼いたの誰だよ』って話なわけで。

 天皇家が日本国に尽くすのを強いられている、って言うのは俺としても共通認識です。
 ただ、それ以前に『どういう目的の作品だったか』がまるで報道されていない上に、『そもそも燃やしたのが誰か』みたいな経緯すら伝えられていない現状で、まあもちろんどれだけの情報を入手するかは個人の自由なんだけど、それでも偏向した伝わってしまっている現状には文句が有ります。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 天皇について作中で触れることの可否

この書き込みに返信する >>

現在までに合計685件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全137ページ中の64ページ目。

ランダムにスレッドを表示

小説がうまく書けなくて凹んだ時、どうやって立ち直っていますか?

投稿者 よしはむ 回答数 : 5

投稿日時:

こんにちは。 小説がうまく書けなくて凹んだ時、どうやって立ち直っていますか? 特に自信満々で投稿した作品がまったくダメだった場合... 続きを読む >>

小説のプロローグ相談。もう面倒くさいから『出張版』ではないです。

投稿者 大野知人 回答数 : 19

投稿日時:

 はい、タイトルで『また大野か』と思った皆さん大正解。大野です。  数日前、こちらで相談した『現代を舞台にして、魔術師(などなど)... 続きを読む >>

チャンバラシーンの書き方

投稿者 めーゔ 回答数 : 4

投稿日時:

いつもありがとうございます。 今書いている小説で、剣を使った戦闘シーンを書くことになりました。 剣士Aが剣士Bに勝負を挑み、... 続きを読む >>

ランダムに回答を表示

元記事:人間と自然の矛盾について

哲学的な問題ですが、力を貸してください。

私が今書いている小説の中で、自然の傲慢さや身勝手さを描いて批判する場面を書いているのですが、どうしても人間側と矛盾が生じてしまいます。

人を襲った獣とか災害を引き起こしたりした自然そのものと対話するシーンが数多いのですが、彼ら自然な物を傲慢な存在として描くので、彼らは「殺した人間の事などどうとも思っていない」「生きる為に肉を食らうのは当たり前」「人間など大自然から見たらちっぽけな物だ」等々、身勝手な考えを持っています。

それを主人公達に論破させたいのですが、いかんせん上手い言い回しが見つかりません。人間も同じように生きる為に肉や魚を食べているので、矛盾が起きてしまうのです。

最終的には読者が獣や自然が「完全な悪」であると納得させたいのですが、怒りを感じた主人公はどうやってこの存在を論破するべきでしょうか?

上記の回答(人間と自然の矛盾についての返信)

投稿者 s.s : 0

主観ですと、自然を悪と断ずるのはかなり難しいと思いました。
おそらく、アライさんは自然は人間のことなどお構いなしに自然災害を起こしたり、人間の都合など関係なく獣は人間を食う、それは悪いことだと思っているようですが、
例えば自然に意思があって、人間を苦しめてやろうと言う悪意のもと自然災害を起こしたり、獣を使って人間を襲っているならともかく、自然は無意識的なものであってそう言った悪意はありません。
なので、自然は確かに人間の都合の悪いことをしていますが、それを悪と断ずることはできないと私は考えます。
自然にも自然の(子孫繁栄)都合がありますから。

まぁ、ここで言っていることはそんなことではなく、エンタメ的な勧善懲悪を書く際に、自然を敵たらしめる理由が欲しいと言う質問内容だと思うので、その理由を列挙していきたいと思います。

・戦いは往々にして先に手を出した方が悪くなります。なので、戦争の火蓋を自然側に切らせると、自然軍が不当に攻めてきて、人間はそれに対抗すると言う勧善懲悪的な関係が生まれます。

・容赦のない、冷酷非道な行いは悪役たらしめる理由になります。なので、自然は人間を捕まえて拷問して最大級の苦しみを与えて殺してるとか、倫理的にしちゃいけない行為を自然にさせると自然は悪くなります。尚、これは自然自体に意識がある場合です。意識がなければ上記の理由でダメです。

・主人公の私怨と言う別アプローチもあります。これは勧善懲悪からは少し逸脱するのですが、主人公は自然側に彼女やら家族やらを殺されており、自然を憎んでいる。主人公を自然絶対許さないマンのダークヒーローとして描くといいかもしれません。

・自然を操る第三者。実は自然は第三者に操られていて、人間を攻撃していた。その第三者が同情の余地もないクソ野郎だった。これが一番しっくりきます。つまり、黒幕がいて、そいつが全部いけない的な、そう言う感じです。

質問内容とは少し逸れましたが、私的に自然を「完全な悪」として書くのは無理があると思います。自然と人間は良くも悪くも相利共生(若干人間が自然に迷惑をかけてる気もしますが)なので、今のアライさんの質問文から察すると、人間は自分たちのしてきたことを棚上げし、自然が悪いと言おうとするあまり、矛盾が生じてる、という気がします(邪推です、すみません)
私がこう言った話を書く場合は、上記の四つのどれかを使うと思います。

お役に立てるか分かりませんが、執筆頑張ってください。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 人間と自然の矛盾について

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:WEB小説でウケるのと、ライトノベル新人賞で受賞するのは、まったく別のこと?

お久しぶりです。

今回相談、もとい知恵をお借りしたいことは「WEBで書籍化することと、公募で受賞することは、まったく違うことなのか」ということです。

修行のため某小説投稿サイトに登録して作品を執筆していたのですが、どうにも公募で作品を書くのとは勝手が違うようで……。
(なんでも経験だと思って、いろいろ勉強して試してはみたのですが……)

ストレスフリーな異世界系は、どうにも「良さ」が理解できない感性を自分は持ってしまっているようで、そのサイトの読者の趣向に合わせたものを書こうとしても微妙にズレが生じてしまいます。

技法はシナリオ構築論なんかは先人からアドバイスを受けて、実際に使ってみて、自分の身についたのですが、どうにもWEB小説投稿サイトでは書籍化できる領域まで達せないような気がします。

ただここで逃げてしまっては、どうせ公募でも上手くいかない(WEBでウケないものは、公募でも受賞できない)のでは?とも思ってしまいます。

素直に公募作の執筆に戻るべきだとは思っているのですが……。

上記の回答(WEB小説でウケるのと、ライトノベル新人賞で受賞するのは、まったく別のこと?の返信)

投稿者 サタン : 0

感覚的な話だけど、例えるなら合格者が数名程度しかいない大学で入学試験を受けて合格するのと、推薦入学で合格するのと、それくらいには違うよ。
だから傾向と対策はまったく違う。

最終的に読むことになる読者の傾向やその層は似通ってるけど、公募の場合判断するのは「最終的な読者」ではなくて「読者に対して商売してる人」だから、
まあ、ここまでは違わないと思うけど、公募の場合は「商品」だからね。Webの場合は「作品」でいい。
単純に判断する読者自体が違うんだよ。公募の場合は編集者や下読みがジャッジするから。

>WEBでウケないものは、公募でも受賞できない)のでは?
逆にWebでそれなりにウケてた人が公募で通用しないってのはよくあると思うけど、Webでウケないものが公募でウケるってことは、たしかにあんまり無い。
SAOの作者はWebで細々と書いてて、アクセル・ワールドって作品を電撃に応募した際に編集が作者のWeb作品を読んで、こっちも本にしようって事になって、結果応募作のアクセル・ワールドよりSAOのほうが人気作品になった、って事はある。
けどSAOは細々書いてたとは言ったものの人気なかったわけではないしな。
それなりに人気はあるけど、何かが原因でハネない、という人は公募した先の編集者の視点で評価してもらうことで一気にハネることはあると思う。
SAOは文字びっしりだったから、画面で読むと疲れるし初見で何の前知識もない読者が「面白いことがわかる」まで読み続けてくれる率があんま高くなくて、面白いけどWeb用に調整されてない(もともと公募用)事やまだWeb小説の文化が黎明期だったこともあって、知名度がなかったのがハネない原因だったと思う。

でも、うーん……
私は公募とWebではモノが違うという主張だしそのように返信したつもりだけど、
大学の例えを続けると、推薦入学はそもそも高校3年間の生活態度とか中間期末試験の成績が重要じゃん?
入試試験で大学受験する場合は猛勉強が必要だけど試験だけでなんとかなると言えばなるじゃん?
そういう違いだから、そもそも大学に合格する資質、つまり「小説として物語として面白い」という前提があって、Webでは何故かハネない、公募では何故か落とされるという人の話で、
それはWeb用に書いてないから・活動してないからで、それは公募用の枠に収まってない・商品としての意識が足りないからで、
「小説・物語」としての完成度の話ではないのよね。
そもそも学力が足りなければ推薦枠も取れないし入試も落ちるでしょ?

別に公募よりWebを下に見てるってことはないのだけど、比較的自由度の高いWebで擦って読者がつかないってのはそもそも学力が足りてない可能性が高くて、Webだの公募だのって話以前の問題になると思う。
それは言ってしまえばWebでウケないものは公募でもダメだと言えるかもしれないが、それとこれとは話が違うんじゃないかな。
Webでウケるものは公募でも通用する、と言い換えるとそれは違うと思うから。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: WEB小説でウケるのと、ライトノベル新人賞で受賞するのは、まったく別のこと?

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:一人称のバトル描写方法、例文などを教えて下さい。

此処を初めて利用します、失礼します。不手際があったらごめんなさい。

一人称のバトル描写、動きのある描写に悩んでいます。
例えばドラゴンボールのような流れのある戦闘を一人称で描写する場合、違和感があります。俺は相手に向かって拳を繰り出した、とか、彼女の剣が俺の首を目がけて振るわれた、とか。戦っている最中にこんなこと考えるのか? と思います。

今手元にある有名な作品を見ていますが、これも一人称でバトル描写があり、書かれている文章としては「隙を見せたところ、その横腹に僕は蹴りを入れた」、「僕は三メートルほど吹き飛ばされる、そのままぐるりと身体を回転させて着地した」と書いてあります。

こういったバトル、動きのある一人称の状況描写はどう書けば良いでしょうか? また例文などあれば教えて下さい。

上記の回答(一人称のバトル描写方法、例文などを教えて下さい。の返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答!

>「隙を見せたところ、その横腹に僕は蹴りを入れた」、「僕は三メートルほど吹き飛ばされる、そのままぐるりと身体を回転させて着地した」
>こういったバトル、動きのある一人称の状況描写はどう書けば良いでしょうか?
冷静に、作品の先入観なく挙げられた例文をもう一度読んでみてください。
これって本当に「動きのある状況描写」だと思いますか?
なにもその作家さんをディスってるわけではありません。

こういうのは場面の流れです。
文章それ自体は別に動きのある描写ではないし、スレ主さんが書かれた
>彼女の剣が俺の首を目がけて振るわれた
この例文と、プロと思われる作品の引用
>隙を見せたところ、その横腹に僕は蹴りを入れた
この例文で、何か違うのかって言うと、なんも違わないんですよ。
スレ主さんは自身の文章を振り返って「戦ってる最中にこんなこと考えるのか?」と思われていますが、プロの引用元も同じでしょう?

描写という文章それ単体の話じゃないんです。文章自体はスレ主さんと大して違いはありません。
「蹴りが来る」「当たった」「吹っ飛んだ」そういう場面構築のテンポ。
これが流動的な印象を与えてくれる。
プロの作品にだって、例えば「主人公は剣を振るった」とかそういう単純な表現はよくあるでしょう?
でも上手い人はハッキリとイメージを読者に伝えてきますよね。

ちょっと話がズレるかもしれませんが、漫画をイメージしてみてくださいな。
「蹴りが来る」「当たった」「吹っ飛んだ」
この3コマがそれぞれ、「蹴りが来る」なら「蹴りが来そうだ」という表現を読者に伝えられていれば、この3コマで状況は理解でき、脳内では映像としてイメージできるのではないでしょうか。
では、この「蹴りが来る」というコマをすごく綺麗に描いたらどうでしょうか。
背景を書き込んで、脚の筋肉も細かく書いて、衣服や小物もしっかり描き込んでものすごい絵としてクォリティを上げていたら。
これはきっと、漫画としてむちゃくちゃ読みにくいコマにしかならないでしょう。

わかりますかね。文章じゃないんですよ。
戦闘シーンの動作を漫画的に考えて、その1コマ1コマをイメージしてもらって、そのコマの流れがスムーズで迫力あるか、という感じ。
なにも文章の思考手段を言ってるわけではないよ、これはただの例。
「暗殺者が武器を抜く」「向かってくる暗殺者に主人公は驚く」「咄嗟に避けようとするも右腕を負傷する」
と、こういう感じで一連の動作というかワンカットで考える。
例えば、ここで「暗殺者の武器の形状」とかは、よほど重要な要素でなければ、書くとテンポを崩しちゃう。
「暗殺者が武器を抜く」「その武器はこういう特殊なモノ」「向かってくる暗殺者に主人公は驚く」「咄嗟に避けようとするも右腕を負傷する」
ってなっちゃうので。
ワンカット、さっきの漫画の例えで言うと、「武器の形状」っていうコマが増えちゃってる。
描写関係を指摘されると丁寧に書き直す書き加える人がいるけども、そういう人はだいたいこの例で言うと「余計なコマを増やしてるだけ」だったりすることが多いと思う。
でも一方で「暗殺者が武器を抜く」を複数コマで表現して上手く書く人もいる。
文章の問題じゃなくて、その流れの問題だと思うって事なんだけど、こんな説明じゃ伝わってないかな……。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 一人称のバトル描写方法、例文などを教えて下さい。

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

トップページへ

▼書き込みの検索

▼投稿者の検索

質問、相談をする!
コメントは4500文字以内。
返信通知設定(必要なければ外してください)

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

ページの先頭へ

小説の書き方Q&A:創作相談掲示板の使い方・利用規約(必ずお読みください)。お問い合わせ