小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

まとら魔術さんの返信一覧。最新の投稿順6ページ目

元記事:ライブ感重視をどうにかしたいの返信の返信

漫画読ませていただきました。
私は漫画は専門ではないので詳しい助言はできませんが、パッと見の印象では漫画技法をちゃんと学べばグッと完成度は高くなるだろうなと思いました。
例えば車の効果音など手書きではなくフォントサイズも一定で効果線なども使われてないので車が走ってる感じが薄く迫力がないが、このあたりは画力ではなく漫画技法の知識とちょっとの経験でぜんぜん良くなるだろうってくらいに伸びしろがあるように思えます。
車内や背景に誤魔化しが多いけど変にクリスタの素材を使ってるより100倍マシだし、キャラクターに関しては未熟ではあるけど、よくある 得意な角度の顔ばっか ってこともなくちゃんと自身のイメージを描こうとしてると感じる。なにより状況がわかる絵はちゃんと描けてるしちゃんと漫画にはなってる。
ただ、全体的に見様見真似で漫画を描いてる感じがして、やはり漫画技法を勉強してないと感じるので、簡単なものだけでも学んで取り入れればすぐに一段も二段も作品のクォリティは上がると思う。
漫画で走り屋ないし車が動く様子を迫力ある絵を描きたいならば、「頭文字D」あたりから読んでみるといいと思う。いまヤンマガWedで無料公開中なのでリンク張っとく。いつまで無料かは知らん。
https://yanmaga.jp/comics/%E9%A0%AD%E6%96%87%E5%AD%97%EF%BC%A4
頭文字Dは効果線こそ乱用しないけど背景の書き方で効果線を表現してて、主役である車を邪魔しない描き方になってる。漫画技法的にスレ主さんの作品との違いがすぐわかるのは効果音のつけかたで、見れば違いは明白だと思う。

てかやっぱスレ主さん車描くの上手いよ。
スレ主さんの絵は、確かに、特にキャラクターが未熟で可愛らしく描けてないけど、もし、親や兄の感想が「絵が下手だから小説書けば」ってことなら、それはちょっと違うと思うので、漫画を頑張った方がいいと思う。
やるなら、差し当たって画力よりも漫画技法を学ぶこと。

それで回答が前後したけど、
>文章演出って何でしょうか?
ここで言う文章演出は、簡単に言えば脳内にあるイメージを文章に適した形に変えること。
例えば漫画や映画のノベライズを読んだことあるかな。
あるいはラノベの漫画化アニメ化なんかでもいいけど、漫画化アニメ化に当たって演出が変わってることってない?
それは、まあいろいろ大人の都合での変更もあるけど、基本的には 文章では問題ない演出だけど漫画やアニメにするなら別の形に変更したほうが良い って判断が働いてる。
同じことが 脳内のイメージから小説の文章 への出力にも言えて、映像的なイメージはそれを文章に適した形に変換して演出を組み立てなきゃ伝わりにくくなったり迫力や印象がまったく違うものになったりしてしまう。
何故かというと、絵や映像ないしイメージはまず全体がフワッと伝わってその中で視線誘導やイメージの強さで一部が強調されて印象が出てくる。
対して文章は、小説を開いてパッと見でそのシーンの印象なんてわからんでしょ? 眼で見てすぐに全体はわからない。一行目から順番に読んでいって、つまり頭から順番に一部分一部分を読んでいって、そこから全体を想像できる。
絵や映像と文章とでは、読者の印象を得る行程が逆になる。
だから、イメージした絵や映像をそのまま文章にしちゃうとフワッとした印象になるし、迫力も出にくい。
行程は逆だから、イメージした絵や映像のどこに注目を向けたいかを考え、そこから書いて広げるように全体を書いていく。
とまあ、これは私見でしかないから、これが正しい文章作成法だって話ではないんだけども。
例えば前のレスで私が書いたことだけど、
主人公が困惑して「なにが起こってるんだ!」ってセリフで困惑してる様子を書いてるけども、これはその「困惑してる様子」をまず書かなきゃ。
私は例として「左足をブレーキにと意識するほど足は石のように動かなくなる。これは、なぜ、まさか――」って挙げたけど、別にこれが正解ってわけでもないよ。
セリフで説明するんでなくちゃんと「困惑してる様子」を書かなきゃね、ってことね。
映像的なイメージをそのまま文章に起こすと、割と 状況をセリフで説明しちゃう ってことがあって、スレ主さんの小説はそれが頻発してたから、イメージを文章に適した形にしなきゃね、って回答した。
絵や映像と文章の違いは前述した通り、読者に伝わる行程が逆になるから注目してほしい事(作者が伝えたい事)を中心に文章と演出を組み立てなきゃねってことでした。

ただ、話は戻るけど、漫画を描くんであればそれは「文章」ではなく「絵」で表現することだから、イメージした段階で、そのイメージを絵に起こせるのであれば変換する必要がない(薄い)ので、あとは漫画技法を使って描きたい事を強調していけばいいため、こういう書き方をしていて漫画を描いたことがあるのであれば、無理に文章作成に矯正するのではなく漫画のほうをがんばったらいいと思う。

上記の回答(ライブ感重視をどうにかしたいの返信の返信の返信)

スレ主 まとら魔術 : 1 投稿日時:

漫画を描くのは精神的にキツくてやめました。
戻る気なんてありません。
そのせいで5年間(2017~2022年)を無駄にしました。

演出の話にはあまり疎く、ストーリーやキャラを見ています。
困惑している様子ですか……

カテゴリー : ストーリー スレッド: ライブ感重視をどうにかしたい

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元記事:せっかく練ったのにキャラに個性がないと言われたの返信の返信の返信

返信した後に気づいたことがあるので追記。

『店の名前が書かれた看板が立つ和風な建物』
 立て看板の印象あったけど、支柱式看板・ポール看板とかなら、ネットで調べて、一般的な語句を用いたほうが、読み手は想像しやすいと思った。

>>小説としての欠落と引き出しの少ないところを教えていただけませんか?
> すごい上から目線に読み取れるんだけど、気のせいだろうか?
前の返信にちゃんとお礼が書いてあったのを見落としていた。

 まあ、指摘される側はキツいだろうけど、物書き続けるのなら上達して頑張ってください。

上記の回答(せっかく練ったのにキャラに個性がないと言われたの返信の返信の返信の返信)

スレ主 まとら魔術 : 0 投稿日時:

https://osakijunretsu.fanbox.cc/posts/7763625
有料版でしたが、批評のために特別に無料公開します。
ちょっと修正が入っております

カテゴリー : キャラクター スレッド: せっかく練ったのにキャラに個性がないと言われた

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元記事:批評お願いしますの返信

車についてこれだけ詳しく書けるのは素晴らしい個性です。
ただ情報量が多すぎて話に入っていくことはできませんでした。

構成でいえば、
①生い立ち→②和食さいとう(仕事)→③バトル(前半)→④バトル次回に続く です。
①~④の内容に対して読者に必要な説明が圧倒的に足りていません。
Ⅰ対戦相手はどんな人物かの説明不足。
Ⅱ名称だけでは想像できないという意味で車についての説明不足。
Ⅲコースは何がポイントで全体図についての説明不足。
Ⅳ異能力の効果や使い方についての説明不足。
といったようなものです。
ここでは、
なぜキャラを掘り下げた方が良いと感想で言われるのかも関係してきます。
ⅠからⅣの説明が構成でいうと③のバトル前に、されていないからです。

構成の①②を少し書きだします。
①生い立ち→②和食さいとう(仕事)→対戦相手がやってきてバトル突入
8話ではこうなっています。
Ⅰ~Ⅳを入れた場合の一例を書くとするなら。
①生い立ち→②和食さいとう→対戦相手がやってくる”すぐにバトルしない”→車タイヤ交換(Ⅰの説明)→コースの下見(Ⅲの説明)→対戦相手が働いているコンビニ(仮)に寄る(Ⅰの説明)→家で姉と電話(Ⅳの説明)→③バトル(前半)

例えばこのようにエピソードを増やしてからバトルが始まると読者も楽しむことができます。そしてこういった必要な説明をやっていくくだりがキャラの掘り下げになっていきます。
そして知っておかなければならないことがもう一点あります。

小説にかぎらず物語は一般的に、何も知らない主人公と説明役の二人三脚で話が進んでいきます。仮に今は説明役をC子とします。
車タイヤ交換(Ⅰの説明)では、C子が主人公に対戦相手の車の特徴について説明します。こうすることで自然な形で車について語れます。
コースの下見(Ⅲの説明)では、C子が主人公に仕掛けるポイントの候補を説明してきます。
この8話はバトルに入ると登場人物が入り乱れて誰の台詞か分からない箇所もいっぱいあります。いきなり視点移動が入って、よく知らない人物達が高いテンションで説明をし始めるので、何が何やら分からなくなります。

C子を登場させて話を作っていくとします。
主人公とC子の2人の登場人物と、車についての説明。
主人公とC子の2人の登場人物と、コースについての説明といったように。
主人公と説明役がセットになってそれこそ漫才のボケとツッコミのような役割で話が進みます。たくさんの登場人物が入り乱れているところでワチャワチャと説明するのではなく、主人公とC子の2人が落ち着いた場所で説明するといったような、慣れるまでは説明役を固定し、主人公視点で物語を作れるよう意識する方が今後のためになるのではないかと思います。

説明不足になってしまっている構成と説明役の不在の2点を指摘しました。
応援しています、何かの参考になれば幸いです。

上記の回答(批評お願いしますの返信の返信)

スレ主 まとら魔術 : 0 投稿日時:

なぜすぐにバトルしてはいけないんですか?

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 批評お願いします

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元記事:批評お願いしますの返信

車についてこれだけ詳しく書けるのは素晴らしい個性です。
ただ情報量が多すぎて話に入っていくことはできませんでした。

構成でいえば、
①生い立ち→②和食さいとう(仕事)→③バトル(前半)→④バトル次回に続く です。
①~④の内容に対して読者に必要な説明が圧倒的に足りていません。
Ⅰ対戦相手はどんな人物かの説明不足。
Ⅱ名称だけでは想像できないという意味で車についての説明不足。
Ⅲコースは何がポイントで全体図についての説明不足。
Ⅳ異能力の効果や使い方についての説明不足。
といったようなものです。
ここでは、
なぜキャラを掘り下げた方が良いと感想で言われるのかも関係してきます。
ⅠからⅣの説明が構成でいうと③のバトル前に、されていないからです。

構成の①②を少し書きだします。
①生い立ち→②和食さいとう(仕事)→対戦相手がやってきてバトル突入
8話ではこうなっています。
Ⅰ~Ⅳを入れた場合の一例を書くとするなら。
①生い立ち→②和食さいとう→対戦相手がやってくる”すぐにバトルしない”→車タイヤ交換(Ⅰの説明)→コースの下見(Ⅲの説明)→対戦相手が働いているコンビニ(仮)に寄る(Ⅰの説明)→家で姉と電話(Ⅳの説明)→③バトル(前半)

例えばこのようにエピソードを増やしてからバトルが始まると読者も楽しむことができます。そしてこういった必要な説明をやっていくくだりがキャラの掘り下げになっていきます。
そして知っておかなければならないことがもう一点あります。

小説にかぎらず物語は一般的に、何も知らない主人公と説明役の二人三脚で話が進んでいきます。仮に今は説明役をC子とします。
車タイヤ交換(Ⅰの説明)では、C子が主人公に対戦相手の車の特徴について説明します。こうすることで自然な形で車について語れます。
コースの下見(Ⅲの説明)では、C子が主人公に仕掛けるポイントの候補を説明してきます。
この8話はバトルに入ると登場人物が入り乱れて誰の台詞か分からない箇所もいっぱいあります。いきなり視点移動が入って、よく知らない人物達が高いテンションで説明をし始めるので、何が何やら分からなくなります。

C子を登場させて話を作っていくとします。
主人公とC子の2人の登場人物と、車についての説明。
主人公とC子の2人の登場人物と、コースについての説明といったように。
主人公と説明役がセットになってそれこそ漫才のボケとツッコミのような役割で話が進みます。たくさんの登場人物が入り乱れているところでワチャワチャと説明するのではなく、主人公とC子の2人が落ち着いた場所で説明するといったような、慣れるまでは説明役を固定し、主人公視点で物語を作れるよう意識する方が今後のためになるのではないかと思います。

説明不足になってしまっている構成と説明役の不在の2点を指摘しました。
応援しています、何かの参考になれば幸いです。

上記の回答(批評お願いしますの返信の返信)

スレ主 まとら魔術 : 0 投稿日時:

 他作品で例えるなら頭文字Dの庄司慎吾戦を原作みたいな感じではなく、アニメ版みたいに書くべきでしょうか?

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 批評お願いします

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元記事:批評お願いしますの返信

書き出し(冒頭)が無機質な説明文になっていると読みたいという気持ちが削がれます。
冒頭を書き直すだけでも大分読者は増えると思いますよ。

上記の回答(批評お願いしますの返信の返信)

スレ主 まとら魔術 : 0 投稿日時:

 例えば、どんな感じになっていますか?
 論文に書いた方がいいんでしょうか?

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 批評お願いします

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元記事:執筆の際音楽を聴く件について

こんばんは
最近小説を書くのがどうもつまらなく(こんな風に言っていいのか分かりませんが正直に)なったせいか音楽を耳に流さずにはどうも厳しいです。
でもマルチタスクは集中によくないと聞いたのが気になります
皆さんはどう思いますか?

+小説を書くのが少しでも楽しくなれるチップとかがあったらすごく感謝します

上記の回答(執筆の際音楽を聴く件についての返信)

投稿者 たぶんギリで牡蠣 : 2

 小説を書くのがつまらないのを紛らわすための音楽は良くないと思われます。
集中をそぐと言われるマルチタスクにおける障害の典型的な形ではないでしょうか

 とはいえ、音楽無しでも小説を書くのも難しく思えます。
小説を書くのがつまらないという問題が解決していませんから。まずはこちらの問題の原因を突き止め、対策をした方が良いかと思います。
なぜ小説を書くのがつまらないのか、いちど見直してはどうでしょうか。

 音楽に関してですが、小説を書く際にマルチタスクとなってしまうパターンとそうでないパターンがそんざいします。
 小説を書くのがつまらないのを紛らわすための音楽はマルチタスクとして働いてしまいますが、物語を想像するのに役立てる一助としてならマルチタスクとはなりません。逆に手助けしてくれるでしょう。
 例えば戦闘シーンを想像する際にノリノリになるバトルBGMを流したり、悲しみの物語の時のしんみりしたBGMは想像はさらにかきたててくれます。そういった音楽の使い方をするのが良いかと思われます。
 音楽も想像描き立たせてくれるための道具として使えば、マルチタスクのようにはならないということです。

 それでも文章を書くときにどうしてもつまらなくて音楽を聴いてやると言うのであれば、まずは音楽を環境音のようなもの、アンビエント音楽などに切り替え、音楽に意識が向かないようにしてみるのも手かもしれません。

カテゴリー : その他 スレッド: 執筆の際音楽を聴く件について

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投稿日時:

元記事:『惚れたヒロインのために頑張る主人公』は今日び受けないでしょうか?

 大野です。
 ついこの間までやっていた原稿が仕上がり、それの推敲を進めつつも、『次なに書こうかな』なんて考えていた所で、最近はやりのラブコメとやらに手を出してみようかと思ったんですけど……。

 今の流行を見ていると『いちゃラブもの』や『ハーレムもの』、『両片思い・ヒロインの片思いで、主人公が鈍感』みたいな奴が多く、積極的な、もっと言えば『ヒロインを振り向かせるために頑張る主人公』って言うのを見かけない気がします。

 また、ヒロインに対する『好き』の内容も、『自分を好きになってくれたから』とか『美人だから』みたいな所に絞られているか、ヒロインがアプローチしてきた結果気付かされるものであり、『好意の感情』が細かに描かれていない・消極的であるように感じます。

 まあ、要は『なんか気に食わねぇぜ! 流行に逆らってやる!』って感じの事なんですが、それはそれとしても『読む側がどう思うか』を考えることは大事です。

 まとめます。 
 『主人公が先にヒロインに惚れ、ヒロインを振り向かせるために頑張る』小説は、今の時代にどう評価される(と思う)か、とその理由を皆さんなりの意見で答えて頂ければ幸いです。

上記の回答(『惚れたヒロインのために頑張る主人公』は今日び受けないでしょうか?の返信)

投稿者 ホエイプロテイン : 0

惚れたヒロインのために頑張る主人公、ジ○リみたいでいいと思います。ラ○○タとか、も○○けとか。まああれヒロインのためっていうより(+アルファ自分(父)の夢、自分の受けた呪いとかあるけど)未来少年コ○ンならよりそれっぽいですね。ハーレムよりかは、一般受けもしそうです。

 余談 他スレ返信への返信で申し訳ないですけど、GA文庫一次通過したって見たので、読んできました。(なろうレイアウトになれないのでワードコピペで空行詰めたものを読んだからPVには反映されてないかも。すみません。)あの路線を突き詰めるのもいいと思いますけどね。(その結果が一次通過なのだから)

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 『惚れたヒロインのために頑張る主人公』は今日び受けないでしょうか?

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投稿日時:

元記事:物語の余韻について

先日、評価シートが届きまして、そこに『地の文や台詞に余韻が感じられない。余韻を感じられるようにすればもっと物語に深みが出る』と書かれていました。
この余韻というのはどういうものでしょうか? いえ、なんとなくならわかるのですが、それが果たして正しいのかどうか気になりまして。この疑問に答えを出すべく質問をさせていただいた次第です。

上記の回答(物語の余韻についての返信)

投稿者 手塚満 : 5 人気回答!

公募先からの評価が「地の文や台詞」とのことですので、どの部分で余韻が感じられないのか、小説本文を示して頂くのが難しいのでしょうか。余韻にもいろいろありますので、原因が多岐に渡っている可能性もありますよね。
(それでも「小説のタイトル・プロローグ改善相談所」掲示板で冒頭を投稿して相談してみてもいいかもしれません)。

余韻のなさについて、既出の良回答と被る部分もあるですが、思い当たることを列挙してみようと思います。

その前に余韻の意味や効果の確認から。余韻って、例えば寺の鐘がゴーンと鳴って、その後も長くなり続ける音のことですね。聞き続けていることもあれば、鳴り終わったと思っていたら、ふとかすかに鳴り続ける音に気が付いたりもする。

転じて、見たものや誰かが言ったことの、その後が気になるようなことを指すわけですね。小説なら、描写の後にも何かが引き続き起こると感じたり、台詞の後に何を言いたいかを感じたりする。

そういうものが、なぜ必要なのか、ということから考える必要がありそうに思います。なぜ、完全に説明したり、言いたいことを全部言ってしまうと、面白くなくなるのか。これは、書いている人なら心当たりのある現象があります。

考えたことが思った通りに書けていたら、嬉しいですよね。言葉にする前は非言語的なイメージもあったりするんですが、全てを言語化できたら充実感があります。例えば「そうだよ、こういうことが言いたかったんだ」という気持ち。

しかし、作者が言いたいことが全部言えていたら、読者はどうなるのか。ひたすら作者の言うことを聞くだけになってしまいますよね。想像を巡らせる余地がない。言われた通りにイメージするだけになる。読書が作業に堕してしまい、退屈です。

ある(地理担当の)予備校講師さんがTVで授業で行うような講義をやっていました。例えば「小麦の生産量は人口に比例する」と説明し、生徒Aに「世界で一番人口が多い国は、どこでしたっけ?」と問う。生徒Aは「えっと、イン(ここで講師がちょっと首をかしげて見せる)、あ、中国」と答える。講師はニコッと嬉しそうに「そうですねー!」と言い、生徒Bに「じゃあ、小麦生産が世界一なのは?」と問う。生徒Bはそこまでの話を踏まえて、「中国になるはず」と言い、講師がまた嬉しそうに「そうですよねー!」と言う。

そうやっていると、だんだん生徒も面白がってきます。正しく答えられたからだけではないでしょう(質問が簡単すぎますし)。講義に参加し、講義を補完しているという自覚が生じ、充実感が生じるのが大きな理由の一つになるように思います。ちょっと大げさに言えば、「この講義を仕上げたのは自分なんだぞ」という気持ちです。

余韻の効果は、風情とか深みとか曖昧に表現されることが多いんですが、ラノベに関して言えば、読者が物語を補完する、物語に参加する意識が出る、といった効果があるように思います。読者には、キャラに感情移入して欲しい、できればキャラになり切って物語を味わって欲しいわけですから、単なる見物客ではまずいわけです。だから、物語に参加してもらい、特に完結させる喜びは読者に譲る必要があります。そのための手法の一つが余韻であるわけです。

大事なことなので簡潔に繰り返しますと、「言いたいことを書き切れたら面白いわけだから、その面白さは読者に譲ろう。それが面白くするコツだ」ということになります。

余韻の大事さはこれくらいにしまして、どうして大事な余韻がなくなってしまうか、いくつかケースを考えてみます。

1.説明し切ってしまう
上述しましたが、キャラの行動・言動が完了してしまうという、おそらく最もよくある現象です。ご質問文を小説本文と考えて、例にしてみます。

> いえ、なんとなくならわかるのですが、それが果たして正しいのかどうか気になりまして。

「なんとなくならわかる」わけですよね。「なんとなく」なんですから、はっきりはしていないことが読み取れます。質問ですからはっきりさせる必要があって、「果たして正しいのかどうか」と続けるわけですが、これがキャラの台詞だったらどうでしょうか。

「いや、なんとなくなら分かるんだけど」

としてしまってもいいですよね。すると、「だけど」の逆接の後に何が言いたいか、自然と想像を働かせたくなります。

もし、キャラが続けて「果たして正しいのかどうか気になって」と言ったら、読者の気持ちは「ふんふん、なるほど」でしかありません。正確に言えば、「気になって」で途切れてますので、その続きは読者が補完します。

ですが、「分かるんだけど」で切ったほうが、補完できる幅が広がりますよね。質問ではまずいわけですが、小説でなら有効です。その後の展開でどうだったのか示すことも可能ですし、逆に小説の最後の台詞であれば、「完」の後で起こることを想像したくなります。

技法的には、台詞や地の文の末尾を「……」や「――」にする手法がよく知られています。明示的に「この後に言いたいことがあるが言わない」と示すものですね。

2.逆に中途半端すぎる

もう一度、同じ部分。

> いえ、なんとなくならわかるのですが、それが果たして正しいのかどうか気になりまして。

話をひっくり返すようですが、実は決定的に足りない部分もある。どう「なんとなくならわかる」のか、です。仮にこれが冒頭の台詞だとすると、想像のしようがありません。

余韻を残すには、おおむねですが「八割分かって、二割分からない」必要があります。必要な情報のうち、半分くらいしか出していないのでは、想像の余地がありすぎて、余韻どころではなく、むしろ混乱を招いてしまいます。

3.場面転換が速すぎる

例えば、「ヒロインが主人公のデートの誘いにちょっと戸惑った→いきなりヒロインが車にはねられた→車からテロリストが降りて来て銃乱射→…」と一気に話を進めたら、ヒロインがデートの誘いにどう思ったか、読者が考えてる暇はないですよね。

小説を読み進めてもらいたいあまり、目立つイベントを矢継ぎ早に出すと、余韻がなくなります。要は読者を振り回してしまうということです(話の展開でそういう狙いがあるなら、余韻は諦めるべき。余韻は常に必要なわけではない)。

4.シーン接続が密すぎる

上記3の逆です。1と同じことで、時系列でシーンを並べ、各シーンの間に時間経過がないと、シーン間で何かが起こったかどうか、迷わなくなり、想像も働かせなくなります。

5.シーン間が飛びすぎる

上記4の逆で、2と同様です。シーンの時間をあまりに空けたり、無関係な場所に変えてしまうと、シーン間で何かがあったかどうか気にならなくなり、読者が補完しなくなります。

6.シーンの同時並列進行を用い過ぎる

シーンというよりイベントと言うべきかもしれません。例えば、メインキャラA、Bが別行動を取り、「Aがこうした→その頃、Bはこうした」みたいなストーリー進行を用いることがあります。これ自体は、読者の補完、想像力を喚起させ得る手法です。Aのシーンのとき、Bはどうしているか考えたりしますから。

しかし、2つのシーンの同時進行なら大丈夫かもしれませんが、3つ、4つと増えてくると、読者は情報整理に追われ、ついにはお手上げになってしまいます。結果、作者の説明をただ聞くだけになってしまう。あるいは、3で申しましたような速すぎる切り替えで、同時進行シーンが細切れ過ぎる場合も同様です。要は、作者にしか分からなくなる。

思いつくものを挙げてみましたが、これ以外にも余韻が感じられなくなる要因はいろいろあると思います。ただ繰り返しですが、余韻は必ず必要なものではありません。比喩と同じく、使いすぎると嫌味な感じになりかねませんので、スパイスのつもりで少量用いればよいと思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 物語の余韻について

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