日本のライトノベル、特に異世界転生系ではステータスやスキルといったゲーム的表現がよく取り入れられていますが、海外ファンタジーにこの手の手法が取り入れられているという話を聞いたことがありません。(単に調べ方が悪いだけかもしれませんが)
ゲーム的表現は日本のラノベ独自のものなのでしょうか?
何かで聞いた話だと、ドラゴンボールの【スカウター】というものが発起点らしいです。
戦闘能力を可視化できるのが子供にドはやりしたみたい。
ドラゴンボール・ブームが子供に浸透するにつれ、海外でもステータス概念ブームが来るとは思う。
====================
海外・・・というか白人社会においては、データよりマッチョであることが好まれるみたい。
前に海外のドラマで観たのですが・・・・チェーンソー大会?伐採能力を競う競技が
あちらには有り、それを計算やブレードの入射角を計測&計算するトップ選手に【そんなダサいことしてんなバーカ!!】と全力ブーイングしていました。
日本人は基本がモヤシなので、筋肉で勝つよりデータとかで勝てるのが大好きなんでは?・・・・・・悪趣味な観点だと、昨今の男の子は筋肉鍛える【努力】すらキツイし嫌なのかも。今の日本はダイエットを出汁に女の子の方が筋トレに熱心な時代。
白人とはガタイ負けするアジア圏では、データ勝負系ってガンガンはやっていくと思う。韓国はまだまだ筋肉ブーム臭があるけど(笑)
カテゴリー : その他 スレッド: ラノベのステータス表示について
この書き込みに返信する >>
2016/05/13 クリエさんの質問
黄金バットを知らない方が多いかと思いますが…?
私は昔のアニメの『黄金バット』のようなキャラを主人公としたライトノベルを書きたいと思っているのですが、黄金バットが大好きな私でもなぜ彼があれほど魅力あるキャラとして皆に愛されているかが分からないのです。
黄金バットのアニメを見た方なら分かると思いますが、黄金バットはライトノベルのタブーを犯しまくっているような造形やキャラです。見たことのない方のために書けば……
・顔が骸骨というおどろおどろしい造形
・最初から最後までまったく苦戦しないという、敵がかわいそうに感じられるほどの強さ
・サイタマのような無敵系ヒーローとも違い何らかの欠点もない
・最初から完成されていて常に絶対的でわかりやすい正義
たいていのライトノベルの本には「主人公には欠点を設けろ」とか「何らかの成長要素を入れろ」と書かれてありますが黄金バットはそのことごとくを無視しています。そして何故か人気があり、話自体も非常に面白くできています。(少なくとも面白くないと言ってる意見はほとんどないです)
一体なぜ黄金バットのようなキャラクターが皆に人気が得られているのでしょうか?
そのようなキャラクターをライトノベルで主人公にするのは無謀なのでしょうか。というより、ライトノベルでそのようなキャラを出した成功例はあるのでしょうか?
2016/05/15 薔薇騎士さんの意見
>一体なぜ黄金バットのようなキャラクターが皆に人気が得られているのでしょうか?
勧善懲悪、剛勇無双は、人気を得られて当然です。
世の中のキャラの人気が、すべてがラノベと連動しているわけではありませんのでw
> そのようなキャラクターをライトノベルで主人公にするのは無謀なのでしょうか。というより、ライトノベルでそのようなキャラを出した成功例はあるのでしょうか?
大成功したものはないでしょう。
黄金バットは、アメコミ型のヒーロー(スパイダーマン、バットマン、スーパーマン等)に近いですが、あくまでも児童向けです。
勧善懲悪・剛勇無双の大人向けのキャラは、テレビの時代劇などに見られる水戸黄門や桃太郎侍でしょうか。
どれも、ビジュアルなメディアでは大ヒットをしていますが、小説化されて大ヒットという話は聞きません。
小説はアクションで強いキャラには、あまり向かないと思います。
(それが売りなら、弱点や葛藤を背負わせるのは王道ですね)
反面、勧善懲悪・頭脳明晰なキャラは小説向けです。
多くの推理小説などがそれでしょう。
圧倒的な知力により悪人をあぶり出します。
メディアによって向き・不向きがあるということでしょう。
しかし、ラノベに向いていないからと言って、無謀だということもないと思います。
成功例がなければ、自分で作れば良いだけの話です。
カテゴリー : キャラクター スレッド: 『黄金バット』のような主人公を作りたい
この書き込みに返信する >>
自分や他人の創作したキャラを心から好きになることができません。
以前、同人活動をしていたのですが、一度勢いで本を出してからはそのうちまた出すと言いつつ、三年が経過した今も作る予定は決まっていません。
自分の周囲の人間は(好きになったジャンルの過激さゆえかもしれませんが)2時間くらいの映画を観て1万文字ほどの感想が書けたり、数千字に及ぶ小説を継続的に執筆してもまだ頭の中に描き足りないものがあったりと、愛や発想力については目を見張るものがあります。
対して自分はそれらを観ても友人のように「しんどい」だの「無理」だのといった変な感情が生まれてこないばかりか、他の人が観て涙を流すようなシーンでは特にピンと来ない有様です。友達の「解釈」を聞いて理解することはできても、それによってそうした感情が出てくる訳でもありません。
自分がキャラ絡みで作品を好きになる時というのは、単に絵柄が可愛い時だとか、シチュエーションが気に入った時であり、「そのキャラに固有の経験や言動」を読み取って感動したことは一度としてない気がします。
また、情緒不安定なのか誰も気にしないようなシーンで泣くことはあるし、映像や物語の技法を読み取れた時は得意になる時もありますが、それらは感動に内包されるものではあってもその種の感動のごく一部のものに過ぎないように思えます。
自分がこの種の感動を味わうことができないのは、何か心にタガやブレーキのようなものでもあるか、それとも根本的に自分にそうした感受性が欠落している/育っていない可能性があり、感受性を今からでも養えるものなら養いたいと思っています。
絵柄やシチュエーションだけではその本人を好きになる意味は薄いでしょうし、少なくとも長期的に創作をするモチベーションにはなりません。どれだけ自分の趣味嗜好を盛り込んだキャラクターを作っても、その数奇な人生やお洒落な雰囲気に心揺さぶられるような感性を持っていなければ、キャラ文芸の一番の強みを自ら捨てて縛りプレイをしているようなものだと思います。
自分の他にも同じようにキャラを熱狂的に好きになることのできない友人がいて、その人はライトノベルで仕事を貰っています。でもその人は小説を書くことそれ自体を好きになって続けています。自分のように「自分の求めるものが存在しないから自分で書くしかない」という理由で小説を書いている人とは人種が違う気がします。
物語そのものがとりたてて好きという訳でもなく、設定をその中で動かすモチベーションも長続きしないとなれば、創作をする限り自分の心は死んでいくばかりだとさえ思えます。
自分には感受性なるものをまだ得る余地があると考えたいです。どのようにすればそれを手に入れることができるでしょうか。
私の個人的な考えでざっくり言っちゃいますが……。
他人の作ったキャラクターが好きになれないのは当然だと思います。人にはそれぞれ好みがありますから。
万人受けすると思われても、ハンバーグが嫌いな人や、カレーが嫌いな人は居ます。それと同じ事です。
ただ、自分で考えたキャラクターが好きになれないというのは、作家としてはどうなのと言う気がしないでもありません。
逆に言うと、
「厨二病だろうが1人よがりだろうが何だろうが、それなら自分の好きな様にキャラクターを作っちゃえば良いじゃん」
と、思います。
例えるなら、「デビルメイクライ」(カプコン)の「ダンテ」みたいに、
「イケメンでクールでニヒルでスタイリッシュで、その上めちゃ強くて良い奴」
という、完璧超人みたいなキャラでも良いんじゃないですかね。アメコミなら、文字通りの「スーパーマン」みたいなキャラ。
逆に、「嫌いなタイプのキャラだから動かしやすい」って人も、居るには居ます。けど、それは例外だと思います。
結局、自分の好き勝手にやりゃあいいんですよ。作品って、ある意味でその作者のエゴですからね。
私は、自分の好きな様にキャラを作って、好きな様に動かしていますよ。
自分が好きになれるキャラクターを作れば良いんです。考えるのは自分なんだから。
他人のキャラに関しては、個人の好みなんだから合わないならそれで良いんじゃないですか。無理に好きになってどうするの?って思います。
ぶっちゃけた話、私は「ルフィ」や「ナルト」って、主人公だけど大嫌いですよ。だけど、「ワンピース」や「ナルト」の作品自体は嫌いじゃないです。
そういう事なんじゃないでしょうか。
カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: キャラを好きになれない場合
この書き込みに返信する >>