小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

サタンさんの返信一覧。最新の投稿順98ページ目

元記事:プロットでキャラ設定を書いていると稚拙な中二ノートに感じてしまう

こんにちは。
現在小説プロットを書いているのですが、その中でキャラ設定で悩みが有ります。

だいたいキャラ設定って頭の中に浮かぶ「キレモノのクールな主人公」「ゴツくておちゃらけた相棒」「意味深なライバル」みたいなイメージを具体化するものだと思うのですが、
そこから物語を動かす動機づけとして「実は〇〇の過去がある」「実は〇〇の宿命を背負っている」みたいな一言を書いた瞬間にプロットが稚拙な中二ノートに見えてきて萎えるのです。

当然そういう設定も重要なのは分かるのですが、やはり簡単にポロッと書くと陳腐で安っぽく見えてきてしまうのです。

なるべく設定が中二ノートみたいに稚拙なものにならない書き方ってあるのでしょうか?

よろしくおねがいします。

上記の回答(プロットでキャラ設定を書いていると稚拙な中二ノートに感じてしまうの返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

動機づけが中二的だからではないでしょうか。
キャラクター性としては「キレモノのクールな主人公」だけで十分で、「クール」「切れ者」な様子が見て取れるシーンを作れば少なくとも初期案は形になるでしょう。
しかしそれではキャラを作っただけで話に入ってこないため、動機付けを考える。
ところが、この動機付けで「実はこういう過去が」と中二的な要素を入れてしまうと「クール」「切れ者」という場面が「中二」を窓口に物語に加わることになるので、全部が一気に中二的になってしまうのではないかなと思う。
つまり、意図してなくても「実はこういう過去があってクールです」「実はこういう過去があって切れ者です」という印象になってしまってるんじゃないかな。
「動機付け」というのは物語にとってとても大事なものではあるけど、その実、それほど重要なものではありません。
ようは、そのキャラが物語に入っていける要素であれば問題ないので。
だから例えば「実は家族を敵に殺された過去がある」とかそういうキャラクターの行動原理や原風景など根本に触れるような要素であっても良い、というレベルの話。
「で、あっても良い」というレベルね。
主人公は金が大好きで金のためならなんでもやる。という設定なら、「実は~」なんて動機付けは不要でしょう。金を用意する展開にすりゃ主人公は動ける、すなわち物語に入ってくるので。
主人公やキャラクターが積極的に行動するようになる要素であれば、動機はそれで必要十分です。

物語を考えるうえで、おそらく「設定の繋がり」を意識してるんじゃないかなと思うんですが、どうでしょうか。
こういう設定だから、主人公はこういう性格になった。とか。こういう設定があるからこういう能力になった、とか。
因果関係を考えればそれ自体は悪いことではないけど、やりすぎると、そのために用意した感というか作り物感が出てしまうので、しばらく「実は~~」シリーズは封印してみたらどうでしょうか。
闇に蠢く怪物と戦う宿命を持っていなくても、平凡な高校生が戦うことになる過程は書くことができます。

と、言いつつ。
でも、そればっか考えてしまうってことは、たぶん中二的な要素が好きな人だと思うから、それを自分でバカにせず受け入れて中二な物語を書くのが一番楽しいと思いますよ。
それは稚拙でかっこ悪いと感じるのかもしれないけど、中二な物語なんて客観的に見たらどれもカッコいいもんじゃないです。
読者としては物語の中に入り込んでるからかっこよく見えるけど。
プロット、つまり概要だけつまんで見ればたいしてカッコよくないし、下らないうえにダサいことが多いです。
それをカッコよく仕立て上げる作家が凄いので、その稚拙な中二ノートをカッコよく仕上げる練習をしてみる、というのも良いと思います。

なにしろ、「カッコいい設定」を作るのがゴールではないので、たぶん、スレ主さんに必要なことは「納得できるプロット・設定を書く方法」ではなく、「書いたプロット・設定に納得できる手段」だと思う。

カテゴリー : キャラクター スレッド: プロットでキャラ設定を書いていると稚拙な中二ノートに感じてしまう

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元記事:作中の障碍者の扱いについて。

 どうもこんにちは。壱番合戦 仁です。

 前々から世間で疑問視され続けていた重大なテーマについてお聞きしたいと思います。

 ズバリ!

 『障碍者を使って泣ける話を作って、自慰行為するなッ!!』
 はい、これまんまの話です。障害を持った人が主人公のドラマとか、映画って、見ていてなんか違和感ありませんか?でも、僕からしてみれば、よくよく見るとどう考えても、『疲れた健常者のために作られている』としか思えません。当事者にこれっぽっちも優しくないんです。
 すこし福祉の心得がある人ならすぐわかると思うのですが、当事者からしてみれば『いつも通り生きているだけなのに一挙手一投足に感動すんなよ。ウゼェな』というのが本音なのです。
 特に挙動や振る舞いが健常者にかなり近い(流暢に会話する、空気はそこそこ読める、的外れだけど気を使うくらいはできる、集団行動は訓練したから後天的にできる、身だしなみも気を付けている、常識も気にしている)僕の様な「アスペルガー型」からすると、偏見以外の何物でもありません。
 ああいったものばかりが世に出回っているおかげで、僕たちの認知が一向に進まないのです。実に腹立たしい。
 実際、僕はそういったお涙頂戴物のドラマなど見ません。カナー型自閉症の男の子の恋が【健常者の女性に対して】実ったみたいな話は、制作者の意図が透けて見えて、反吐が出ます。
 また、アニメや漫画での障害の扱いは非常に軽いと思います。例えば、「アルプスの少女ハイジ」。

 クララが立てるようになるシーンは名作と言われていますが、そもそもクララはシリーズの途中で足が完治します。あとは本人が立てるようになるだけなのに、心療内科的な症状で立つことができません。そこを友人であるハイジらが励まし、彼女は障害を乗り越える。これだけならいいのです。この作品はきちんと障害に向き合った上で乗り越える様子を丁寧に描写していたはずです。

 ですがしかし、【本当にそれは、障害という設定を使ってまでやっていいことだったのでしょうか?】

 古来、物語において、キャラクターの『足や腕、または心の機能を取り戻す』というのは、自らの忌むべき過去との対決を意味しました。ですが、現実の多くの障碍者にとって、後天性なら自らの障害にまつわる忌むべき過去はあるかもしれませんが、もう今となってはどうしようもないことなのです。【現代医学では治せない】【ほぼ一生治らない】から障害なのです。「障害を乗り越えるべきものととらえるなど、烏滸がましいにもほどがあるのでは?」と少なからず疑問を覚えてしまうのです。
 僕は『障害を抱えたまま、成長していくこと』については大賛成です。それが本来の障碍者の讃えられるべき生き様だと思うからです。だから僕は、僕の異世界冒険記、改め、「イドラとユクサー」を書いています。
(ちなみに以前の質問で『私はただ夢が見たいだけ』とおっしゃっていた方もいらっしゃいましたので、あくまでその人も、僕も、一意見にすぎませんが)皆さんは障碍者を物語の中心に据える場合、どんな書き方をしますか?また、この命題に皆さまはどんな考えをお持ちでしょうか?

 倫理的な問題につながっているので、参考にしたいです。

 回答を心よりお待ちしております

上記の回答(作中の障碍者の扱いについて。の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

障害者ってのを、良くも悪くも重く考えすぎだと思いますよ。
「野球の才能ない人が球界で頑張っていく話」と何が違うんでしょうか?
球界において野球の才能がない事は、当たり前の事が出来ないわけだから障害に等しい事です。
それが球界という狭い世界の話でなく、日常生活という身近な話だから重大なことになってくるけど、それはあくまで「現実の話」として。
創作の話、つまり物語においては「才能ない人の努力」と大差ない物語です。

でも、言わんとしてる事の一部は理解できます。
例えば身体の障害で有名なのが五体不満足の乙武洋匡。
五体不満足でありながら運転免許を取ろうと頑張ったり、タレントとして頑張ったり文筆家として活動したり、スポーツライターをしたりしてる。すごい人。
でも、本当に凄いのはそんな彼を支えてる人でしょう。五体不満足の代わりに動いてる周囲が頑張ってるんじゃないの、と思う。
国会議員になった れいわ議員もそう。神輿にかつがれてるだけとは言わないけど、頑張ってるのは周囲の支えてる人。もちろん本人も頑張ってると思うけど。
それで障害者にスポットをあてて「さあ感動しなさい」というのは烏滸がましいというものだね。

ただ。
人間、読者ってのは、そんな当然の事を言われても面白くないんだよね。
「弱い主人公が強い敵に打ち勝つ」から面白いんであって、「才能ない人が頑張って成功を収める」から面白いわけです。
「障害者の話」を「才能ない人の話」とどう違うのか、って最初に書いたけど、
ようするに、障害者をテーマにした作品はこうした面白さが詰まってるドル箱なんですよ。
「声」というコミュニケーションツールに不自由がある人の、心温まる人間ドラマ「聲の形」とかね。

だから、私の本心としては「障害者が凄いんじゃなくて、支えてる人が凄いんだろ」って思うわけだけど、創作的にそれは不正解でしょう。
そんな身も蓋もないこと言ったら面白くないので。

で。
スレ主さんの相談は最初の頃から見守っていたけど、時々返信もしたけど、どーも、この「現実の話」と「創作の話」がごっちゃになってる気がします。
「それは現実には正しい」ないし「現実に君がどう思うかは自由」という主張を、そのまま創作の世界に持ってこようとしてる。
例えば私の主張「障害者が凄いんじゃなくて支えてる人が凄いんだろ」って話を書いても面白くないでしょ。
作品内で弱者の象徴となるであろう障害者を踏み台にして支える人の活躍を書くことになるので。そんなん面白くない。
創作的には「弱者が強者を見返す」という基本、まあそればかりではないけど、そうしたカタルシスが大事なので、これを作っていかなければならない。

そんなわけで、ただの人生相談でないのなら、
>僕は『障害を抱えたまま、成長していくこと』については大賛成です。それが本来の障碍者の讃えられるべき生き様だと思うからです。
そういう自己主張は掲示板ではなく作品でしてるだろうからどうでもいいんだけど、それを創作としてどう落とし込むのかって話が出来ないとダメだと思う。
「障害を抱えたまま成長していくこと」そこにどんなカタルシスがあって、どういうところが面白いの?

アルプスの少女ハイジを例に上げてるけど、これもそう。
親友が「障害を克服した」から面白いんであって、障害者を出すに当たって「面白い場所」をちゃんと作っている。
だから、現実問題として障害者を克服するだなんてと思う読者もいるけど、創作としては大正解(というか王道)の設定と構図になっています。

>皆さんは障碍者を物語の中心に据える場合、どんな書き方をしますか?
あくまで創作として物語を考えます。
つまり、現実どうなのかよりも、面白さが優先。
まあ、いまの私にはそれほどテーマに込めたい想いもないので、スタンダードに「才能ない人が頑張って成功する話」を土台に考えます。
人間関係のコミュニケーションを主に書きたいのであれば「聴覚障害」や「吃音」といった障害を扱うし、勇気を出して前へ進もうとする話なら、そうだな「足」が動かない人か、ナルコレプシーとか何かあるとすぐ止まってしまう人がいいな。

ありがちだと思うのだけど、作者の思いを込めた作品は、思いが込められすぎて「面白さ」を込めるスペースがなくなってるものが多いです。
なので、私ならそれを気をつけるかなと思います。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 作中の障碍者の扱いについて。

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元記事:作中の障碍者の扱いについて。の返信の返信

 ええと、返信ありがとうございます。

 「目の見えないスコットランド人のハーフの女の子と、狭心症の主人公が結ばれて、障害を抱えたまま、成長しました。めでたしめでたし」というハッピーエンドを描き切って大成功した作品があります。
 「かたわ少女」って一度は聞いた事ありますよね?あれの最終版のマリー編だと、そういう結末です。
 僕は以前からこのビジュアルノベルが気になっていて、なかでもマリーの生きざまにいたく感銘を受けました。
 この小説曰く、『本当の障害は、みんなができることができない事ではなくて、その人のコンプレックスや生きづらさ、あるいは心の傷のことを言う』ということです。
 以前から、僕はこの話を頭では理解していたのですが、それを恋愛小説という形で示してくれる作品はなかなかありませんでした。
 実際、差別的なニュアンスとは裏腹に、『難病を患って、瞬く間に障碍者になってしまった主人公が、養護学校での青春と恋愛を通して、どう成長していくのか』を見事に描き切っています。少なくともつまらないとは思いませんでした。レビューでも高評価でしたし、サブカルチャーの分野であそこまで真剣に障害を取り扱った作品も珍しいでしょう。
 そして、読み終わったとき、僕は決めたのです。
 「主人公にはバッチリ生きづらさを抱えてもらって、それを克服してもらおう」と。
 それこそが、物語におけるカタルシスにつながるのではないかと思います。

 >>で。
スレ主さんの相談は最初の頃から見守っていたけど、時々返信もしたけど、どーも、この「現実の話」と「創作の話」がごっちゃになってる気がします。「それは現実には正しい」ないし「現実に君がどう思うかは自由」という主張を、そのまま創作の世界に持ってこようとしてる。
例えば私の主張「障害者が凄いんじゃなくて支えてる人が凄いんだろ」って話を書いても面白くないでしょ。

 うーん。気分として面白くないかでいえば、なんてことないです。「そういう意見もあるんだな」くらい。でも、作品として面白いかでいえば、それは僕だって見たくないです。
 エンタメ小説、引いてはライトノベルの基本的なメソッドで行けば、そのご意見は大正解ですし、僕もそれを身に着けたいのですが……。ご指摘の通り、今作のもととなった原作は、「僕の人生のIF」を題材にしています。なので、中身となる設定はともかくとして、主要なキャラクターの約半数が僕の理想とするヒロインや、実際に出会ったことのある知人やクラスメイトをモデルにしています。
 当然彼らをモデルにしている以上、現実での出来事や人物プロフィールを使った方が肉付けがしやすかったりします。それで、便宜上こういったかきかたをしているのですが、やっぱり邪道ですかね……。
 でも、やっぱり、このままの書き方だと後々苦労しそうだな、とは思っていて、現在読者受けを意識したプロットをストック中です。
それと、支えている人も相当苦労しているはずですが、しっかり焦点を当てれば、当事者もかなり葛藤していますよ。(実際、かたわ少女には支援してくれる人は二人程度しか登場してきませんし、ほぼチョイ役でしかありません)

 あと、今回は身体的にも知能的にも健常者に限りなく近いケースもままある発達障害を持った主人公にしました。これなら普通にガンガンバトルも行けますし、それどころか症状を中二チックに異能として扱ってもいいかと思っています。気を付ければ恋愛もそれなりにできるでしょう。身だしなみと言動にさえ気を付ければ、発達障害者も精神障碍者も知的障害者も素材としては行けるはずです。(腕とか足がなかったりする場合超能力とかで浮くとか、目が見えない場合はバトルの時とかは強キャラポジションにする必要はありますが)

 えっと、その上で質問させていただきたいのですが、ラノベで純文学ベースの私小説スタイルって駄目ですか?いえ、反論したいのではなくて、受けが悪いかなって気にはしていたんです。
 私小説の場合だと、自然主義文学に基づいて「現実を写生×脚色(orフィクションのエッセンス)=文学)」という方程式のはずだったと思います。
 エンタメ小説に分類されるライトノベルで、純文学風味でやってしまったらだめなのでしょうか。

 >>障害者ってのを、良くも悪くも重く考えすぎだと思いますよ。
「野球の才能ない人が球界で頑張っていく話」と何が違うんでしょうか?
球界において野球の才能がない事は、当たり前の事が出来ないわけだから障害に等しい事です。
それが球界という狭い世界の話でなく、日常生活という身近な話だから重大なことになってくるけど、それはあくまで「現実の話」として。
創作の話、つまり物語においては「才能ない人の努力」と大差ない物語です。

 あー。それ言えているかもしれません。もっと肩の力を抜くべき、と。確かに、そのせいでエンディングが思いつきませんでした。自分ではなかなか気づけなかったことなので、素直にありがとうございます。

上記の回答(作中の障碍者の扱いについて。の返信の返信の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

そうですね、まず、厳しいようですが「自身の常識が相手にも通じる」とは思わないほうが良いでしょう。
私はゲーム関係の仕事をしていますが、このところ同人関係には触れる機会がほどんどなかったのもあって「かわた少女」なるものに覚えはありませんでした。
調べてみて、「ああ、海外で作ってたエロゲか、完成してたのか、アレ」くらいには思い出しましたが、内容なんてまったく知りません。
そして、これも厳しいようですが、
> そして、読み終わったとき、僕は決めたのです。
> 「主人公にはバッチリ生きづらさを抱えてもらって、それを克服してもらおう」と。
> それこそが、物語におけるカタルシスにつながるのではないかと思います。
そういうイメージがあるだけで、ふわっとした雰囲気を指して言ってませんか。
「少女が障害を克服する」これを面白いと定義して、ではどう書くかというのをわかってないように思える。
だから、まず現実としてどうかって事じゃなく、創作として物語の理解を深めるのが先ではないですか、という事を言っています。

障害者を扱う以上、その「障害者」が何を意味してるのかを考えるべきでしょう。
なんのヒネリもなく「生まれつきハンデのある人物」と考えるのであれば、私が言うような「才能ない人の努力」という物語が生まれます。
でも、「ハンデある人」は障害者の一側面でしかないですよね。
例えばちょっと意地悪に「行動しない言い訳を持ってる人」でもいいと思うんですよ。何をしても自身の障害を言い訳にして動かない、それで同情を買って生きているというアンチテーゼを書いても良いと思う。
このように「言い訳」と定義すると障害者の物語は「才能ない人の努力」にはなりません。
「負け犬が勇気を持って一歩踏み出す話」とかに向いてますね。「ダメ人間が立ち直る話」のほうがわかりやすいか。

「障害者」という言葉を漠然としたイメージで語っていて、しかし実態を知っているからこそ、そのイメージに具体性があるかのように誤解していると思う。
いや、「現実」の話をすれば、少なくとも私よりスレ主さんのほうが理解あって詳しいと思う。
けど、「創作」の話をすると、それはまったく違う。理解はあっても創作としての具体性がまるでない。
だから、曖昧なイメージを口にして「それがカタルシスに繋がると思う」と書かれていても、すみませんが私に言わせれば「それはただの希望的観測で、カタルシスにつながって欲しいなーと言ってるに過ぎない」と答えます。

> うーん。気分として面白くないかでいえば、なんてことないです。「そういう意見もあるんだな」くらい。
だから。
「そういう意見もあるんだな」は現実の話。
創作として「弱者を踏み台にして主人公の活躍を書く」だなんて物語は面白くないよ。
コレを面白く書くのであれば、テーマを障害から別のところに置かないとダメでしょう。
私は、「障害者についてどう思うか」という話をしているのではなく、「創作としてどういう物語が面白いか」を話しているのです。
現実の作者の周囲に登場人物のモデルがいるとして、これは別に問題ありませんが、それを創作として面白く仕上げるというのは「現実」とは別の話なんですよ。

ラノベで純文学ベースの私小説スタイルって駄目ですか?
うーん……
まず。
「純文学」というのは、大衆小説よりも純粋に芸術性を追求した文学作品のことを指します。
なので、余計な事を言ってしまうかもしれないけど、官能小説などは一歩間違うとエロスを追求した芸術作品になるので純文学にカテゴライズされることもあります。古い例としてはマゾッホやマルキ・ド・サドなど性的趣向が偏ってるタイプの作品とかね。
その例から非常に偏見に満ちた言い方をすると、純文学というのは変態にしか書けません。
そして、その特質上、エンターテイメントとは真逆の方向性であって、芸術性とエンタメの両立はできるけど両立したらそれはもう純文学ではありません。「純粋に追求」していないので。
ようするに、「ラノベで純文学ベースの…」という発言は、「国立美術館にアニメのセル画を置いたらまずいかな?」と言ってるようなもので、それ違うよね、という事がわかると思う。
同じ絵だけど置く場所違うよね、と。

そして、さらに厳しい事を言うようだけど、
まあ、これは自分の経験談でもあり、他人の様子を見てきた事でもあり、よくあることで、別にスレ主さん個人を批判しているわけではないと理解してもらいたいのだけども、
そもそも、「ラノベで純文学のような」とか「ラノベで一般文芸みたいな」とか「ラノベで大人向けの」とか言う輩は、100%とは言わんけど9割は単なる逃げ口上で、エンタメが書けないから「コレは一般向けの純文学で大人向け」と言ってるに過ぎない事が多いです。
純文学の私小説が書きたいのなら、純文学というジャンルで勝負しましょう。
ラノベに純文学を混ぜるなんて止めといたほうが無難です(ただ、前述したけど作者が本当の変態ならやってのけると思う。それは読んでみたいし、いずれ登場する事もあるかもしれない)。

端的に「ラノベで純文学ベースはダメか」という質問に答えれば、
上で否定しているような事を書いているけど、ダメではありません。
ダメではありませんが、エンタメしなければラノベではないので、そもそもラノベでなければラノベとして受け入れられないのは当然のことだと思います。
そして、純文学というのを止めて「私小説」というものだけで考えると、これもダメではありません、としか言えないです。
不可能ではないと思うし、うまくすればできそうな気はする。
けど、ラノベっておそらく「小説」という文章媒介の中で最もエンターテイメント性が高いジャンルだから、現実に沿った私小説との相性は最悪だと思う。
それこそ小説より面白い現実を生きてる人でなけりゃ、その体験談をラノベで私小説にするだなんて難しいんじゃないかな。
つまりさ、人物にしろ出来事にしろ「現実」を参考・モデルにしてるけど、組み立てる小説内ではエンタメ重視の「創作」なんだから、エンタメの創作が面白ければ面白いほど、モデルの現実と創作した作品とで乖離は酷くなるよね。
その私小説を面白く書こうとするほど嘘っぽく現実味のない出来になって、私小説の良さを殺した作品で、全体として面白くない出来栄えになると思う。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 作中の障碍者の扱いについて。

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元記事:脱・ありきたり

僕はさまざまな短編を書いてきたつもりですが、どうもありきたりなストーリーだと評価されがちです。
例えるならなんだろうな、漫画にしたら「尊い」けど小説にしたら「つまらない」と評価されてしまうんだと思います。

プロの作家さんの短編などを読んでいると、確かに自分には独創性というものが欠けているように思えます。読者はありきたりな文ではなく、もっとエンターテイメントに長けた作品話読みたいんだよと、批評サイトで書き込まれた時に、僕はどうすればいいんだろうと悩んでしまいました。

どうすればいいんでしょうか。
思い切って、自分ではナシだと思うとんでもストーリーを書けば良いのでしょうか?それとも、今の通り手堅いストーリーを書けば良いのでしょうか。

P.S. 教科書代わりの作品があれば教えてください。

上記の回答(脱・ありきたりの返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

「短編」というのが原因ではないかと思います。
私は小説の練習にあたって短編や掌編をたくさん書くのが良いと言う派なんですが、それはあくまで「物語を書くこと」を学ぶためであって、その出来、面白さには注目していません。
で、それは何故かというと。
短編って難しいんですよ。いや、難しいというかなんというか、「ネタ」が命の一発勝負なトコがあるんです。
奇策や邪道が映えるので、奇抜なネタで勝負するのが短編・掌編なんです。
例えばそれは本編の主人公視点に対して「ヒロイン視点のサイドストーリー」的なものでも同じで、ずっと長いことヒロイン視点なんてやってもしょうがないし、短く短編でサッと書いてサッと落として終わるのが良い。
逆に、短編で「本編と同じく主人公視点のネタ」をやっても、これもしょうがない。それ短編にする必要ある? って話で本編に混ぜればよかった話。外伝とか幕間とか本編から外れるネタならともかく。

そんなわけで、奇策や邪道と言ってもそんな大それたモノを想定してるわけじゃないんですが、とにかく趣向の違うものが向いてるのが短編なわけです。
つまり、短編で王道をやっても何も面白くないわけです。
短編で王道を書く場合は、設定自体に興味を引くものを用意しなければなりません。
例えばWebで言うと、「異世界居酒屋のぶ」とかですかね。
これは短編集で内容自体も凝ったものはない普通の人間ドラマなので、ぶっちゃけストーリーだけで考えるとあんま面白くないです。
「客として不機嫌な少女が来る→無理難題を言う→あっさり応えて注文の料理を出す→少女の不機嫌がなおる」とかで終わりなんで。
でも、前提の設定にある「異世界で日本風の居酒屋を経営してる主人公」というネタが、ストーリーとまったく関係ないんだけど作品自体に興味を持たせてくれる。
これは短編集の例ですが、基本的に短編は奇策や尖ったネタが必要で、目を引く設定も展開もない王道なだけの短編は ありきたり 以前の問題です。

でも、ここで短編ではなく短編集の例を出したのは、もう一度その特徴を見てもらいたいのですが、ようするに「異世界で日本風の居酒屋を経営してる主人公」という尖ったネタがなければ、大したこと無い物語しかやってない、言い換えると、スレ主さんが「つまらない」と評価されたような内容しか書かれていない、ということです。
「短編」だとネタ自体に尖ったアイディアが必要で、奇抜な物語を書かないと注目されにくいですが、「短編集」だと、その短編のバックグラウンドに尖った設定を置けるので、たぶんこういう書き方が向いてるんじゃないかと思います。
短編はあまり大きな事が出来ないので、盛り上げるには奇策を用いるのが適切なんですが、短編集だと回数を重ねられるので一遍自体はホント大したことやってない物語が多いです。
そして、なろう系をはじめ、Web小説は長編と言いつつ、掌編や短編サイズの一話で続ける短編集が多いので、そしてぶっちゃけアマチュアなのでストーリーに凝るほど腕もないので、物語自体は大したこと書いてない場合が多いです。
でも、何故か面白くて読んでしまう。という小説を探して、中身を分解して調べてみると良いのではないでしょうか。

「ありきたり」というのは「よくある話・王道な話」が書けるということです。
「それが書ける」という事実をまず自覚したほうが良いでしょう。
短編集の場合、バックグラウンドに魅力的な設定一つあれば、一気に面白い作品を書くことも可能ではないでしょうか。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 脱・ありきたり

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元記事:作中の障碍者の扱いについて。の返信の返信の返信の返信

>>だから。
「そういう意見もあるんだな」は現実の話。
創作として「弱者を踏み台にして主人公の活躍を書く」だなんて物語は面白くないよ。

 ごめんなさい。そうですよね。それじゃ面白くないよね?っておっしゃいたかったのに、何言っているんだろう、僕。

>>「少女が障害を克服する」これを面白いと定義して、ではどう書くかというのをわかってないように思える。
だから、まず現実としてどうかって事じゃなく、創作として物語の理解を深めるのが先ではないですか、という事を言っています。

 まさにその通りです。あの作品の良さをどう自作に落とし込むかが、全くわからなくて困っています。すみません、それなりに理解していたつもりでしたが、判っていたのは現実の事情だけだったみたいです。ええと、他作品の長所を取り込む方法を教えていただけませんか?
 あと、やっぱりまだまだふわっとしたイメージしかないので、具体性を持たせたいです。何か方法を教えてください!

上記の回答(作中の障碍者の扱いについて。の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

>あの作品の良さをどう自作に落とし込むかが、全くわからなくて困っています。
そのためには、まず該当作品の「良さ」を正確に把握する必要があります。私は読んだこと無い作品なので存じ上げません。
ですが、既存作のような作品を作る方法は知っています。
繰り替えし私は該当作品を知らないので、まあドラえもんあたりで試してみますか。
ドラえもんのプロットは単純で、その物語は要約すると
「のび太がイジメられる」「ドラえもんに泣きついて道具を出してもらう」「ジャイアンを見返す」「機械が故障して調子にのったのび太が酷い目に合う」
って感じの自業自得な話があったりする。
これを、パクればいいんですよ。
「主人公が嫌な思いをする」「頼りになるキャラに泣きつく」「相手を見返す」「やりすぎて自分に被害が出る」で、おわり。
ほら、よく似た話は出来るでしょ。

たぶん、パクリは良くないものと考えて、これまで避けてきたんじゃないでしょうか。
確かに「盗作」は良くない事ですが、だからって真似ることさえ放棄したら、それは教科書を見ないで勉強するようなものだし、参考書籍を捨ててるようなもの。
で。
例えばドラえもんの場合、
「のび太がイジメられる」「ドラえもんに泣きついて道具を出してもらう」「ジャイアンを見返す」「機械が故障して調子にのったのび太が酷い目に合う」
このように物語を要約しましたが、これが「具体性」です。
なので、これをパクった
「主人公が嫌な思いをする」「頼りになるキャラに泣きつく」「相手を見返す」「やりすぎて自分に被害が出る」
という物語には一応の具体性がある事がわかりますかね?
「主人公が嫌な思いをする」の嫌な思いとはどんな思いなのかなど書いてませんが、嫌な思いをすれば良い、嫌な思いをすればシーンが成立するって事はわかりますよね。
「何を書けば良いか」は具体的で、その中身の詳細が決まってないだけで、具体性はあります。

つまり、その障害をテーマにした作品を、このように要約すれば、そこには具体的な「良さ」が現れます。
そうしたら、その「良さ」に関係する部分だけを流用して自身のプロットに書き込めば良いだけです。
いきなり長編作品の要約をするのは難しいと思うので、適当に一話完結の短編、サザエさんあたりで物語の流れを要約してみるなど訓練してみたら良いのではないでしょうか。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 作中の障碍者の扱いについて。

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元記事:新人賞の受賞を目指すとしたら、この先どのように創作活動を進めていけばよいか

 相談内容は「新人賞の受賞を目指すとしたら、この先どのように創作活動を進めていけばよいか」についてですが、その前にこれまでの経緯を説明させてください。
 
 以下、長文失礼いたします。

 今、私には三年近く(ほぼ)構想(ばかり)している作品があります。
 その作品は、三年間ずっと新人賞に応募するために構想し、書いてきた長編作品であり、今から二年前に一度プロットを作ったあと原稿を書き、作品としては一応完成させました。
 しかし応募条件の規定枚数を超えるものであったほか、第一に面白くない、というよりつまらないと感いる作品であり、何より自分が納得いかない為に書き直すことにしました。
 そしてその時の反省として、行き当たりばったりな展開が多かったのでプロットはできるだけ詳細に作ろうと考え、ほぼシナリオに近いものを本編執筆前に作成しようとしました。
 が、うまくいかず、シナリオを作る段階でつまずいてしまいました。具体的には数十ページ書いてはつまらないと感じてボツに、を繰り返して約一年。
 やっとシナリオが致命的なつまらなさを回避してとりあえずは完成したのですが、俯瞰してみた時にあまりに味気なく、どこか既存作品の著しい劣化版みたいな印象がありました。
 拉致があかないので一回そのシナリオで本編の第1話分をまるごと書いてみましたが、やはりつまらなかったです。どこかで見たような設定や物語で、オリジナリティが出せていないのだと感じました。面白さってなんだろう、と迷走すらしています。
 話が面白くないなら、物語の研究をしよう。
 ということで、映画を観たり、ラノベを読んだりしたあと、その作品の物語が、どういう流れで展開するのか、主人公、敵対者の目標・葛藤・動き、などをまとめて、分析?もしてみました。その上で、もう一度プロットを作成してみました。
 物語の構成的にはオリジナリティもあり、話の流れとしてもいい出来だと自分では感じていたのですが、その時のプロットが物語全体の構成を意識したために抽象的なものになっていました。そしていざ各シーンにフォーカスした本編執筆を開始してみると、展開の齟齬をなくすために、一つの場面に新たな設定を大量に出す必要があるのだと気付きました。それでもとりあえず第一話分(見開き二十三ページ分)を書きました。その第1話は、物語全体を考えた際の序盤としては悪くないのですが、場面毎の展開が急(設定過多)で、読者の理解が追いつかないだろうと自覚しています。

 ここまでが三年間の試行錯誤です。

 正直、時間を無駄にした、と悔やむ気持ちが拭えません。
 ただ、だからといって、本編完成を優先して作品を勢いで完成させても、自分では面白い作品ができないことも分かっています(長編は二作、短編は二十数作書いていますが、勢いで描いた作品は、行き当たりばったりや、つじつまが合わなくて物語終盤で大破綻を起こしてしまうことの方が多いです)。

 この先、どのように創作活動と付き合っていけばいいかわかりません。
 当初から、新人賞の受賞、および作家になりたいという目標を目指していたつもりではありましたが、その実力がない為、今ではただの憧れみたいなものになってしまっています。
 相談内容としては、新人賞を目指している身としてこの状態から次にどのような取り組みをしていくのが望ましいかについてであり、皆様からのご意見をお聞きしたいです。
 よろしくお願いします。

上記の回答(新人賞の受賞を目指すとしたら、この先どのように創作活動を進めていけばよいかの返信)

投稿者 サタン : 4 人気回答!

ハッキリ言って、その三年間は無駄ではありません。
否、事実無駄であるかもしれませんし、まったくの無意味かもしれません。でも、その失敗を経験してきたからこそ気がつくことも多くあります。
成功は失敗を土台にしないと届かないので、無駄であろうと無意味であろうと、試行錯誤した失敗の三年間は確実に経験値になっています。

「面白いのを作りたい」というのは創作家の本能ですが、失敗を前提にアレコレ挑戦して経験値を積んでくのが一番です。
プロの作家になりたいのであれば、まずは「一つの作品にこだわる」というのを改めたほうが良いでしょう。
アイディアというのは、思いついたら早めに形にしないとどんどん鮮度が落ちていきます。
特に流行を取り入れた要素が一つでもあれば、読者にウケるかどうかは日に日にウケが悪くなっていきます。
何より、作者がアイディアを練ることで、そのアイディアの角が取れちゃうことが非常に多いです。
飛び抜けた個性が、練りに練って自然なものにしようとすることで平均化されてしまうわけですね。
だから、最初は面白いと思ったのに、いざ構想が出来上がると既存作とどこか似てるなんてことになる。

本当は、というか最初は確かに飛び抜けて個性的でオリジナリティあふれるアイディアだったんですよ。
でも、構想を続けることで、作者自身が知らず知らず「既存作に寄せてしまった」わけです。
個性ってのは突出した部分なんで、でも突出した部分ってのは、平坦な土地に一箇所だけ変に盛り上がってる場所があるようなもので、邪魔に思えてしまうんですよ。
で、より良くしようとアイディアを練ると、この突出した邪魔な部分を平らにして周囲と平均化してしまおうとしていしまう。
不自然に盛り上がった場所がなくなって、自然な土地になりますよね。自然な展開が出来て作者は「上手く出来た」なんて思うでしょう。
作り慣れてない人が物語を作ると、最初はどうしても歪な土地しか用意できないので、この土地を均そうと平均化して完璧なもの=平坦な土地を目指してしまいがちです。
個性は歪な部分にこそ宿ってるので、「アイディアを練る」というのはアイディアをよく見定めて歪な風景がサマになるよう整えていくセンスや経験が必要になってきます。
それが出来ないうちは、思いついたら本筋をまとめるだけで出来栄えを気にせずサッと書いてしまったほうが良いです。

「面白い作品を作りたい」というのはわかりますが、「面白さ」は別に本編を書き終えてからでも付け加えていくことができます。
矛盾が多く穴だらけで御都合主義満載のくっそつまらない物語を書いてみましょう。
書き上げてから、穴を塞いで矛盾や御都合主義に対して伏線を張ってきゃいいんです。
一度完成すれば、未完成のときと比べてキャラもストーリーもよく見えます。
よく見えるから、何が原因で面白くないのか、どうして盛り上がってないのか、そういうのが見えてきます。
原因がわかれば、あとはそれを解決していくだけです。

……まあ、意外と短時間で書いた小説のほうが面白いってことも多いからかえって手直しが必要なかったりもするけどね。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 新人賞の受賞を目指すとしたら、この先どのように創作活動を進めていけばよいか

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投稿日時:

元記事:地の文が説明的になりやすい

どうもこんにちは。
ちょっと最近スレッドを立てる頻度が増加していますが、今回はいつも以上に急務な相談なので許してください。

題名通り私の作品は地の文が説明的になりやすい傾向にあるようで、鍛錬室の感想でよくそのような苦言を頂いています。
ちなみに初めにそれを受けたのは一年前なのですが、どうやら最近になってもまだ改善していないようです。
むしろ最近は締め切りを急いで執筆した短編小説が増えているので、急ぎすぎるクセがついてしまい前より悪化したのではないか、と自分でも思っています(汗)

例文として、最近最後まで書きあげた長編の第1話から引用するのですが、三人称で書くとこんな感じになります。

――そんな日常が紡がれる中、彼らの平和を壊す者が現れた。
「ヒャッハー!」
 存分に踏み込み拳を放つ男。応戦した戦士を捉え、一撃で吹き飛ばす。
 起き上がらない戦士。間違いなく即死だった。
「ヒッヒエエー!? 父ちゃん、しっかりしてよぉ!!」
 悲しいことにもその声は父に届かない。今ので戦士は全滅。もう彼らに戦うすべは残されていなかった。
「ウワッ!?」
 父に寄りそう男の子を乱暴につかみ上げ、振りかざす侵略者。彼は外海から来た冒険者である。目的は不明だがたった一人でゴブリンの村を強襲。十人以上の戦士が一人残らず惨殺された。
「オラオラッ! このガキを助けたければ水と食料を全て俺様に差し出せぇ!!」
 声を張り上げ嘲笑する男。その様はか弱きゴブリン達よりもよっぽど恐ろしい魔物そのものだ。
「やめるんじゃ! お前さんの気が済むのならわしが代わりになる! だから、だからその子を放しておくれぇ! 未来のある幼子なのじゃぁ!!」
 村長の必死の懇願。しかし男は耳を貸さなかった。
「うるせえ! そういう指図は俺様の欲しいものをよこしてからにしやがれ! 見てろ!!」
 宣言した途端、男は子供を地面に投げつける。顔と胴に凄まじい衝撃を浴びせられ、骨の砕ける音と共に血の飛沫と砂煙が舞う。
「ああ!? なんということを!?」
「これは俺様に指図した見せしめだ! 死ね!!」
 さらに背中への踏みつけ。地面が軽く割れる程凄まじい蹴りにより、子供は胴と腰を分断され死んでしまう。その亡骸は父以上に無惨なものであった。
「キャアァー!?」
 逃げ惑う女性達。皆がそれぞれの我が子を連れて。村を放棄してでも逃げるしかない。それだけが生き残るための唯一の方法であった。
 一方村長は一人、その場を動かずにいた。老い先の短い己が囮になって、少しでも子供達が逃げるための時間を作るために。
「ヒャッハハハー! 臆病すぎだテメーら!!」
 下品に笑う男。彼にとってこれはまさしく最高に愉快な光景なのだろう。

――引用終わり

この作品は約三年ぶりに三人称だけで書いた長編なので、かなりブランクが出ていることを自覚しています。
説明的な文章にならないよう意識的に執筆できる方法を教えてほしいです。

上記の回答(地の文が説明的になりやすいの返信)

投稿者 ごたんだ : 0

地の文が説明的

説明的で何がダメか分からない。
つまり、勅諭的で暗喩や隠喩が少ないってことだと思う。
それが「地の文云々で言いたいこと」では…?
自分も隠喩や暗喩は「ダセェっッッ!!!!」と思いながら我慢して使っている。
それでも我慢が出来ない時は「隠喩」や「暗喩」を「主題」に添える。

ぶっちゃけ、「Mkー5」の「ソリューション」みたいな能力考えたことがある!

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 地の文が説明的になりやすい

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投稿日時:

元記事:作品のラストの終わらせ方

今、学園魔法ファンタジー物を書いています。
それで、タイトル通りにラストの終わらせ方について悩んでいます。
応募する作品は完結することが条件ですけど、皆さんはどうやって終わらせてますか?
この戦いはまだまだ続く。
とか。
これからが本当の戦いだ。
とか。
そういう続くみたいな終わらせ方はダメですよね?

自分の作品は冒頭からラストまで書くことはできますけど、どうしても終わらせ方、まとめ方についてどうしていいか悩んでいます。
どうしたらいいか、良ければアドバイスをお願いします。

上記の回答(作品のラストの終わらせ方の返信)

投稿者 黒鐘 黒ぅ : 3 人気回答!

ストーリーというものは、一つの目的を達成する過程です。
つまり、どんな終わり方でも、それと違う目的を達成するようでは駄目です。必ずその目的にそぐわないラストで。
以上のことを踏まえて主観的な意見を書かせていただきます。
作品として、ラストは「意味のあるもの」にしなければ、ストーリーの意味がなくなってしまいます。
この作品は何がしたかったんだよ、となってしまいます。
つまるところ、ラストは目的を達成させなければなりません。もしくは、目的を貫き通す必要があるでしょう。(後者のほうが難易度が高いです)
一方通行様の仰る終わり方は、もちろんアリではあります。しかしながら、まだ物語が続くのにも関わらず、「目的を達成する」というのは難しいでしょう。
もちろん不可能ではありません。ただ高難易度とだけ。
結論としては、一方通行様の仰る終わり方はアリです。しかし、目的を見失った意味の無い終わり方になりやすいと思いますので、十分にご注意を。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 作品のラストの終わらせ方

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