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サタンさんの返信一覧。最新の投稿順57ページ目

元記事:表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集

 オミクロンです。現在進行形で執筆中の長編も、終盤に差し掛かってまいりました。皆様の温かい助言あって、ここまでこれたと思います。此度もまたいくつか助言を頂きたく、ここに投稿させていただいた次第です。よろしくお願いいたします。

 本題に入らせていただきます。まず一つ目の質問は、「主人公在籍での三人称多元視点メインの可否について」です。

 物語のある決定的な出来事から、当初は主人公一人称視点の基本文体(地の文)から、三人称神視点に基本文体がシフトします。そしてさらなる決定的な出来事による主人公復活まで徹底しているのです。ですが主人公は死亡も離脱もしていないのです。

 主人公を主人公から一時的に引きずりおろし、主人公含む中心人物の人間関係を主人公に据えるといえばいいでしょうか。私はこれを「主人公が自分自身すら見失う」のと、「主人公以外の人物の掘り下げ」という理由で使用しております。

 ここで問題なのが、主人公という存在がいながら、全体俯瞰のような視点が長く(おおよそ20万字ほど)続くということです。もちろん主人公が復活した後は、基本主人公の一人称視点に戻ります。さらに復活直後に「自分自身すら見失っていた」という主人公の独白(地の文)が入ります。

 皆様に評していただきたい一つ目は、この技法はありか、なしか。という点です。もちろん忌憚なき意見もお待ちしております。

 次なる質問に参ります。内容としては「一人称視点で恣意的に五感情報を書かない技法はありか、無しか」という点です。似通っていて申し訳ありません。

 一人称視点における五感情報の重要性については重々把握しています。視覚のみならず嗅覚、聴覚、触覚、味覚を過不足なく文章に組み込むことにより、情景描写がよくなることは承知の上です。

 ですが先述の「自分自身すら見失っていた時期」や、「蛇足のため省略したさほど重要でもない時期」に度重なる無茶を主人公は重ねます。その結果、主人公から五感情報が徐々に失われ、最終的には色彩以外の視覚と聴覚以外を全喪失します。

 要は徐々に痛覚(感覚)が薄れ、味を感じなくなり、匂いが区別できず。色彩すら失われていくのです。

 これももちろん終盤で人物会話でネタばらしをします。ですがそれまでは完全シームレスに五感情報を著しく欠いた一人称視点文章が続きます。皆様に評していただきたいのは、この技法の是非についてです。

 最期の質問に参ります。これは技法とは関係がありません。単純に意見を募りたく書きました。内容としては、「人間はどんな存在に対して絶対的な不快感を抱くか」という内容です。

 ここで書いた「不快感」の意味において、五感情報や容姿、因縁は関係ありません。一片の対話の余地もなく、微塵の躊躇もなく「排除」したくなるような感覚です。

 憎悪であり、嫌悪であり、軽蔑でもあり、不寛容でもあります。作品中にも書いていますが、まさに「不倶戴天の敵」という意味です。

 私はこの理由に、「自分とはほんの少しだけ、だが決定的に違うIFの姿」という同族嫌悪のようなナニカを理由に据えました。分かりやすくするのなら、Fateのエミヤが衛宮士郎に抱く感情を、逆に衛宮士郎がエミヤに抱いている。とでも言えばいいのでしょうか。

 ですが個人的にはもう一押し「絶対的な不快感」の理由が欲しいところです。なにかアイディアがあれば教えていただけると幸いです。

 以上です。よろしくお願いいたします。後、私自身が少々繁忙期に入った関係により、返信が非常に遅れる可能性があります。ご容赦ください。

上記の回答(表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

>この技法の是非についてです。
・人称の変更について。
「技法」という意味でアリかナシかと言えばアリでしょう。ダメな理由が思い浮かばない。
ただ、うーん……
普通に考えれば、ここはサブキャラ視点の一人称として書くでしょう。三人称にする場合は「主人公が不在だから」という事が多いと思う。
サブキャラを掘り下げるなら、なおのことサブキャラ視点のほうがやりやすいだろうし。
そこであえて三人称にしたのは「主人公が自分自身すら見失う」という意図があるためだと思う。
「見失った視点」を三人称で表現してるのかなと。
それ自体は面白い試みだと思います。
でも、三人称にするだけで「見失った視点」を表現できるとは思えないし、それは三人称をやってる時点で読者に理解できないと「意図ある三人称表現」ではなく「普通の三人称」としか認識しないので、
>さらに復活直後に「自分自身すら見失っていた」という主人公の独白
と、三人称が終わった後に説明されても、遅い。
すると三人称の時点で何かしらの工夫が必要だと思う。
試みとしては面白いけど、聞く限りではもう一つ工夫が必要だろうと思います。

・五感の描写がない一人称
ぶっちゃけ、それこそ三人称の出番だと思うのだけど、前述した意図があるなら主人公に視点を戻さないとギミックとして成立しないので、視点は主人公に戻したいところでしょう。
でも、うーん……。
五感に障害を持ってる主人公の話はいくつか思いつくけど、そのどれもが三人称・語り部役のサブキャラによる一人称だったなぁ。
五感情報がない一人称ってなんかあったかな……ありそうな気もするんだけど、思いつかないや。
難しい、というか、できるのかな……。主人公の独白メインになっちゃわない?
せめて周囲の情報がわかる手段がないと、どうしようもないと思う。
なので、「徐々に失われる」という事なので「完全に全てを失うまで」なら問題なく書けると思う。
そして、その表現自体も問題ないと思う。

妄想だけど、主人公が五感を完全に失ったら、サブキャラの視点で一人称にしてやると面白いかもね。
三人称だと「見失った表現」になっちゃうので、そしてそういう表現を既にしているので、ここでサブキャラ視点にすることは「大事な人を見失わない」という表現になるんじゃないかな。

こういう表現の是非は、アイディアだけじゃなく書き方にも寄るので、実際読まないことにはわからんことかなと思います。
作者の技量やセンスの有無でも変わってきます。
でも、それを試してみるのはとても良いことだし、挑戦的な姿勢は書き手の立場としても読み手の立場としても、個人的には非常に好意的に思います。

>人間はどんな存在に対して絶対的な不快感を抱くか
「異物」ですね。
自分自身ってのも同じかな。自分が二人いることは有り得ないから、同じであるほど異物感がすごくある。
でも別にトイレの便器に花がいけてある、みたいな作為的な異物感は不快ではない。むしろ面白い。
そこにあること自体が異物、という異物感、って言ってわかるかな。
それこそ自分が二人とかってのがソレなんだけども。
例えば多指症ってのがあるけど、そういう障害ではなく、ある日突然自分の指が6本になってたらすごく不快。
存在すること自体が不自然な異物感というのは、不快だと思う。論理的に存在を理解できていても、不快かな。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集

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元記事:キャラクターの名前が版権と被った場合

 キャラクターの下の名前が版権モノと被ってしまいました。それだけなら問題ないと思うのですが、自分の場合、趣向やおしゃれの大まかな分類が一致していて、しかもストーリー自体のジャンルまで被ってしまっています。

 なぜこうなってしまったのかと言えば、キャラクターの名前が現実に存在する人と被ってしまった場合、その人を嫌いな読者がそれを思い出してしまうことを恐れたためで、有名なアニメキャラクターの名前を先に思い出してくれれば問題ないのではないかという考えから、自分の尊敬する作品のキャラクターの名前を使ったのですが、いざ書き始めてみると思いの外似すぎてしまったのです

 ストーリーの中で中核的なテーマに沿った名前でもある分、あまり変えたくないのですが、どうでしょうか。

上記の回答(キャラクターの名前が版権と被った場合の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

一番大事な性格が似てるかどうかは書かれてませんが、たぶんそれすら似てても問題ないでしょう。
「似てる」などの「こう感じる」という感覚は主観的なものなので、その多くが「作者がそう感じてるだけ」である事が多いです。
作家たるもの、伝えることの難しさは知っているかと思います。
たとえ作者が率先して「同じキャラです、パクって書いてます」と主張しても、読者に既存作と同じだと思われることは稀です。
たまに「◯◯のキャラをモデルにしました」ってハッキリ書いてる人とかいない? でも読んでみてパクリだって思うかな? 私はまったくの別キャラに見えると思うんだけども。
そりゃそっくりそのまま同じセリフとか特徴(技とか能力とか)を使えば、似てるというかまんまだよね、って話ですが。
逆に、下の名前が同じで趣味やおしゃれが一致してる程度で読者に「似てる」と思われる表現力があるなら、それはむしろ誇るべき。

作者の中でイメージがある以上、似てるのは当たり前です。そう書いてるんだから。でも、そのイメージがない読者も同じく「似てる」と思うかは別の話です。
つまりは「作者がそう感じてるだけ」という事です。

むしろ、まったく意識してなかった部分で読者に既存作との類似点を指摘されることのほうが多いと思う。
特に今どき流行ってる全肯定するキャラは「主人公を持ち上げるための反応」がほとんどなので、「キャラの特徴」+「全肯定」で同じ雰囲気しか出ないんだよね。
だから「主人公を慕う若武者」+「全肯定」ってキャラだとほとんど同じ印象しかない。つまり似てる印象がある。
今だと「転生したらスライムだった件」の紅丸がソレだけど、古いゲームで「うたわれるもの」のオボロが元ネタじゃないかと思ってしまう。
全肯定するキャラで「主人公を慕う若武者」が出ると、もうこのイメージしかないから名前とか趣味とか性格すらも、ぶっちゃけあんま関係なく同じ印象しかない。
でも、例えば「綾波レイみたいな無口キャラ」+「全肯定」だと、おそらく似てる印象はない。
綾波レイは主人公を全肯定しないから、名前も趣味も性格も真似たところで、雰囲気がぜんぜん違う。だから印象も違ったものになる。

なので、「ジャンルがかぶってる」ってところが気がかりだけど、基本的にキャラが似てるのは作者がそう思ってるだけなので問題ないです。
ジャンルが同じで似たようなキャラを出すと、どうしても似たような印象を得やすいので、ここで「似てる」と思われたなら、名前や性格や趣味を変えたところで似てるという印象は変わりません。
万年0点のバカな小学生のところに、机の引き出し開けて未来からロボが来たら、コレどう考えてもドラえもんでしょ。
それがロボでなくアンドロイドだったら、宇宙人だったら、妖怪だったら……いや、それでもそりゃドラえもん(のパロディ・オマージュ)でしょ?

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: キャラクターの名前が版権と被った場合

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元記事:キャラクターの名前が版権と被った場合の返信

一番大事な性格が似てるかどうかは書かれてませんが、たぶんそれすら似てても問題ないでしょう。
「似てる」などの「こう感じる」という感覚は主観的なものなので、その多くが「作者がそう感じてるだけ」である事が多いです。
作家たるもの、伝えることの難しさは知っているかと思います。
たとえ作者が率先して「同じキャラです、パクって書いてます」と主張しても、読者に既存作と同じだと思われることは稀です。
たまに「◯◯のキャラをモデルにしました」ってハッキリ書いてる人とかいない? でも読んでみてパクリだって思うかな? 私はまったくの別キャラに見えると思うんだけども。
そりゃそっくりそのまま同じセリフとか特徴(技とか能力とか)を使えば、似てるというかまんまだよね、って話ですが。
逆に、下の名前が同じで趣味やおしゃれが一致してる程度で読者に「似てる」と思われる表現力があるなら、それはむしろ誇るべき。

作者の中でイメージがある以上、似てるのは当たり前です。そう書いてるんだから。でも、そのイメージがない読者も同じく「似てる」と思うかは別の話です。
つまりは「作者がそう感じてるだけ」という事です。

むしろ、まったく意識してなかった部分で読者に既存作との類似点を指摘されることのほうが多いと思う。
特に今どき流行ってる全肯定するキャラは「主人公を持ち上げるための反応」がほとんどなので、「キャラの特徴」+「全肯定」で同じ雰囲気しか出ないんだよね。
だから「主人公を慕う若武者」+「全肯定」ってキャラだとほとんど同じ印象しかない。つまり似てる印象がある。
今だと「転生したらスライムだった件」の紅丸がソレだけど、古いゲームで「うたわれるもの」のオボロが元ネタじゃないかと思ってしまう。
全肯定するキャラで「主人公を慕う若武者」が出ると、もうこのイメージしかないから名前とか趣味とか性格すらも、ぶっちゃけあんま関係なく同じ印象しかない。
でも、例えば「綾波レイみたいな無口キャラ」+「全肯定」だと、おそらく似てる印象はない。
綾波レイは主人公を全肯定しないから、名前も趣味も性格も真似たところで、雰囲気がぜんぜん違う。だから印象も違ったものになる。

なので、「ジャンルがかぶってる」ってところが気がかりだけど、基本的にキャラが似てるのは作者がそう思ってるだけなので問題ないです。
ジャンルが同じで似たようなキャラを出すと、どうしても似たような印象を得やすいので、ここで「似てる」と思われたなら、名前や性格や趣味を変えたところで似てるという印象は変わりません。
万年0点のバカな小学生のところに、机の引き出し開けて未来からロボが来たら、コレどう考えてもドラえもんでしょ。
それがロボでなくアンドロイドだったら、宇宙人だったら、妖怪だったら……いや、それでもそりゃドラえもん(のパロディ・オマージュ)でしょ?

上記の回答(キャラクターの名前が版権と被った場合の返信の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

結論書いてなかった。
基本的には作者が似てると感じてるだけなので、問題はないです。
そして雰囲気や印象が同じで読者にも似てると思われてる場合は、そもそも名前を変更した程度じゃ何も変わらないので、変更の意味はありません。
よって、気にせずそのまま書き上げてしまうのが良いと思います。

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: キャラクターの名前が版権と被った場合

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元記事:表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集の返信

 皆様、貴重なご意見ありがとうございます。返信が遅れて申し訳ありません。

 皆様の批評を頂き、数点、捕捉したいところができましたので追記のようなものをさせていただきます。

 まず前回もご指摘いただいた多元視点による混乱についてです。此度もご指摘を頂いた結果、ようやくズレに気づくことができました。

 私の勝手な想像ですが。恐らく登場人物Aの三人称一元視点、登場人物Bの三人称一元視点、登場人物Cの……。というのがシームレスに混同していると皆様は解釈したのかなぁと感じました。

 これはろくすっぽに意味も真に解さぬまま、三人称視点と私がほざいたのが原因です。申し訳ありません。

 あの視点は「語り手視点」で執筆しているといえば解釈は変わるでしょうか。物語全体を俯瞰する、超越者(作者、読者視点)です。ニンジャスレイヤーの地の文=サンです。私が以前投稿した拙文は、主人公の一人称視点と、ナレーション視点で書いた。という感じです。

 そこに関する批評を書いていただけると嬉しく思います。

 これを踏まえて次に参ります。最初の質問の意図のようなものになります。サタン様の提示した、でも三人称視点にするだけで~の部分に関する追記のようなものにもなります。

 作者(私)の意図として、このやり方を選択した詳しい理由がいくつかあります。

 一つは投稿の通り、決定的な瞬間から人称視点を徹底して変えることにより、主人公が自分自身すら見失うことです。それまでは基本、主人公の一人称視点ですので、変化が出るかなぁと思いました。

 もちろんその「決定的瞬間」も、作者にしか分からないようなものではありません。いつの間にか愛していた異性が、主人公自身の背中で息絶えるというシーンです。

 そしてこれは二つ目にもなりますが、それによって主人公は半ば自暴自棄に近い形になります。混乱と絶望、自責と後悔で心情が埋め尽くされます。

 このような負でカオスな心情を一人称で書くと、物語が進まなくなってしまう。という懸念が私の中にあるのです。しかし実際の物語状況は躊躇なく進行するので、「主観心情による物語の停滞」を防ぐ狙いがありました。

 最後に。「語り手視点」で書かないと、複雑に絡み合った人間模様を私は描けないからです。絶望後の主人公と共に旅をする仲間の中で、特に情景描写を書くべきキャラが3名いるのです。

 一人は、心が壊れかけた主人公を利用してでも自身の目的を果たしたいキャラ。
 一人は、(対外的に見れば)主人公の華麗なる転身へ嫉妬するキャラ。
 一人は、主人公が壊れた直接原因を意図せず引き起こしながらも、それに気づけないキャラです。

 さらにアクの強いところがあります。二人目のキャラは三人目のキャラに片思いしており、三人目のキャラは主人公に片思いをしています。

 このどう足掻いても内部崩壊必至の人間模様を書くのに、私は「語り手視点」がベストかなぁと判断したのです。要は崩れる寸前のジェンガを眺めるといった感じでしょうか。

 さて。次の意図に進みます。「五感が遮断されていく一人称視点」と書きました。これも少し齟齬があったので、追記をさせてください。簡単かつ簡潔に表現すると、こうなります。

 進行初期:書かれる一人称視点の五感情報:視覚(色彩含む)、聴覚、嗅覚、触覚。

 進行中期:視覚(色彩含む)、聴覚、触覚

 進行末期:視覚、聴覚

 要は書かれてしかるべき情報がどんどん減っていくという感じです。さらに具体例を提示させていただきます。

 目の前に広がっている光景はまさに楽園と呼ぶに相応しかった。頭を垂れた【金色の】稲穂がどこまでも続き、樹木には艶を放つ【赤や橙といった】果実がこれでもかと成っている。視線を映せばよく耕された『であろう』土地に、【青々とした】瑞々しい野菜が実を付けていた。
 吹く風は髪を揺らす程度で、息を吸えば手入れされた土壌の匂いと仄かな潮の香りが鼻腔を満たすに『違いない』。稲穂のささやきと波間のざわめきは、疲れた心を夢へと誘うほどに穏やかだ。

 【】内は本文では恣意的に削除する部分で、『』内はあえてそうした表現です。

 この文で主人公は、色彩と嗅覚を失っていることを暗に伝えたいのです。そして物語終盤で、「実はこれくらいの時期から、感覚が薄れていったんだよ」とさせたい意図があります。

 最後に。憎悪の理由に「異物」や「某少年A」を挙げてくださりありがとうございます。

 主人公とラスボス(自称神)の関係は、「同じような出生、似たような生い立ち、ほぼ同等の才能、類似した力を得る手段」がありながら、全く違う今があるという感じです。

 超長文、駄文、失礼しました。引き続きご意見をお待ちしております。

上記の回答(表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集の返信の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

別の人だったか、以前ちょろっと書いたかと思いますが、念の為再度。
>三人称
三人称は「誰かに視点・焦点を合わせて書く」のが基本です。でないと誰の話をしてるのかわからなくなるので。これを無視すると「視点の扱いを理解していない」という烙印を押されてしまいます。
一方で神視点の場合は「何でも知ってる全知の神様に視点を合わせる」ので、だから神視点と言われてます。
これがどう違うのかというと、神視点は神の視点になるので、作品に登場するキャラクターのうち「誰の視点にもならない」という特徴があります。
ここで言う「神」というのは、物語の外側にいる存在を指しています。
要するに、作者視点、作者による語りというのも一種の神視点でしょう。
なので、ニュアンスの話ではありますが、神視点は三人称ではなく一人称的な考え方です。つまりはキャラクター視点のキャラの主観で語ることはなく、全ては作者(神)の主観で地の文を書くわけだから。
言ってしまえば「作者の一人称視点」だね。ニュアンスの話だけどね。

最初の相談内容で三人称神視点とあるので、
>物語全体を俯瞰する、超越者(作者、読者視点)です。
それは理解しての回答です。
つまりは主人公は「自分を見失う」ので、視点も見失って誰の視点でもない神視点になる、というのはアイディアとしては良いと思います。
ただ、それは視点について理解してる我々「書き手」だからこそで、そんな視点について知らない読者にこれを理解してもらうのは「三人称神視点に変えただけでは工夫が足りない」という回答です。
たぶん、かなりトリッキーな工夫が必要じゃないかなと思う。
例えば、一人称で書いてるのに「俺の背後から誰かが近づいてきていた」と、一人称的に間違った文章をあえて書くとか。これは離人症のようなキャラを書く時に使った手なんですが、一人称でありながら俯瞰的に見える三人称のような文を意識して、あえて一人称的に間違った書き方をしました。
わかりやすいミスを書けば読者は突っ込むので、しかしそのまま読んでいるとすぐにミスじゃない事に読者は気が付く。そうした一人称的なミスがわざとらしすぎるので、変だ、と思うわけですね。
そうやってわざとミスを書くことで作者の意図を理解してもらえたりします。

>そこに関する批評を書いていただけると嬉しく思います。
神視点にすることをどう思うか、という相談でいいのかな。
基本的には推奨されない、としか言えないかな。
というのも、神視点という技術自体が古くて、それを主体に作品を書いてる人はそういない。ラノベではまず見かけないかなと思う。作品の一部シーンでやることはあるけども。
この「古い」というのも、10年20年の話じゃなく西暦1000年とかそういう感じじゃないかな……
物語は、あくまで「作者が読者に語っているモノだ」という認識で本が書かれていた時代の技術なので。
源氏物語とかが神視点かな? 一視点だったような気もするんだけども。まあ現代語訳したものしか読んでないから正確にはわからんがw

そうではない多視点の三人称だ、という場合は現代でも多くの例がありますが、その場合は前述したように「作者の視点」ではなく、「キャラクターの視点を作者が書いている」という形、つまり三人称でも視点を誰かに固定する書き方になります。
なんで神視点が廃れたのかと言うと、神視点は神・作者の視点なので、「視点」という形でキャラクターにスポットを当てられないんだよ。前述したけど、それだと「この作者は視点の扱いを理解していない」としか見えない作風になるので、単純に欠陥がある技術(というのは私個人の認識だが)なんだよね。だから使われなくなった。
現代でも神視点が使われるのは、漫談とか噺家などのストーリーテラー、あるいは童話など、まあとにかく実際に話聞かせる「語り手」がいる場合が主かなと思う。

でも、だからって実際にモノを見ずに「やめとけ」と言うのも間違いだし、アイディアとしては面白いと思う。「自分を見失った」から「視点も誰にでもないモノにする」というのは実に面白い。
ただ、個人的には、このアイディアはただの演出なので、それに固執する必要はないと思う。
「主人公が自分を見失った」というシーンだけ神視点で書けばこの演出は完成するので、その後も延々と神視点を続ける必要はない。次のシーンはしれっと三人称多視点にしてしまえば良いと思うし、「三人称一視点のように見えて、実は客観的な視点は全部主人公の一人称によるものだった」というギミックを用意しても良いと思う。

>内部崩壊必至の人間模様を書くのに、私は「語り手視点」がベストかなぁと判断したのです。
苦肉の策ではありますが、たまに見かけるのは、「新しい語り部を用意する」というものですね。
その三人と主人公の物語に直接関係ないが一緒にいる、ぶっちゃけ作者的には「状況を観察するだけのキャラ」です。
ようは「語り手視点がベスト」の「語り手」を具体的なキャラとして用意してしまう感じ。
「シャーロック・ホームズ」の主役は言わずと「ホームズ」ですが、語り部は「ワトソン」です。そんな感じ。

>そして物語終盤で「実はこれくらいの時期から
正直、よくあることだし自分にも覚えがあるのだけど、今となっては、どうして終盤まで伏せたいのか不思議でならないです。
創作は読者に「伝えること」が大目標なので、なのに隠してどうすんの? と思う。
色彩や嗅覚を失ったことが判明したとき、遡って該当の文章を思い出す読者がどれほどいるか。
単純に「中身が紫のスイカに皆が驚くなか、主人公は無反応だった」とか、そういうシーンを書いたほうがいいでしょ。
そしたら「ああ、あのときから」って思う。
ちょいと上から目線になるけど、こう言う助言すると割と多くの人が「それじゃバレバレじゃん、ネタバレすぎる」みたいな反応するんだけど、それは設定を知ってる作者だからそう思うだけで、色彩を失ってる事を知らない読者が「紫のスイカを見て驚かなかった主人公」を見ても「この主人公は色彩を失っている!」とエスパーする人はいません。
シックスセンスって映画はご存知ですかね。
古い映画なんでネタバレしてしまいますが、あれって主人公は死んでるんですよ。それが最後に判明してどんでん返しの結末になるわけですが、「主人公が死亡するシーン」は序盤にしっかり描かれてるんですよね。
でも視聴者はそれで「主人公は死んだ、次のシーンに出てくる主人公は幽霊だ」とエスパーしません。
「主人公は色彩を失っている」と説明しなければ良いだけで、「主人公が色彩を失ってる様子」はしっかりと書かなきゃいけないし、説明されてない以上、そのシーンを読んでエスパーする読者はいません。
ネタバレを恐れてたらそもそも伝わらないです。少なくとも例文はその意図を説明されないと「色彩を失いつつある描写」とは思えません。
となると、そもそもこの質問に対して「人称」は関係ないかと思います。
一人称でも三人称でも問題なく、「主人公が色彩を失っていく様子」はどっちで書いても書くことは可能ですし、しかし五感を失うに従って書ける情報が少なくなる以上、その点では一人称では書きにくいだろうと思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集

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元記事:表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集の返信の返信

 翻訳ものはもとの文法からして視点ぶれしてる表現だったりするから、参考にするのはあまりおすすめできんですよ……
 ナレーション視点の好例っていうとちびまる子ちゃんの「それでいいのか、まる子よ」とかいうキレのある突っ込みとかで、そういう語り手の主観が面白いんだよ……そうでないのって臨場感削ぐだけだったりするし。
 ほとんどサタンさんの意見に同意なんだけど「むかしむかし、あるところに~」で始まる昔話のような、語り手がいて当然、という状態でなければ現在は推奨されない視点だと思っている。似たような意味で歴史小説がなんとか、この神視点が有効利用できるジャンルかなーとは思っているけど。

>さらに具体例を提示させていただきます。
 目の前に広がっている光景はまさに楽園と呼ぶに相応しかった。頭を垂れた【金色の】稲穂がどこまでも続き、樹木には艶を放つ【赤や橙といった】果実がこれでもかと成っている。視線を映せばよく耕された『であろう』土地に、【青々とした】瑞々しい野菜が実を付けていた。
 吹く風は髪を揺らす程度で、息を吸えば手入れされた土壌の匂いと仄かな潮の香りが鼻腔を満たすに『違いない』。稲穂のささやきと波間のざわめきは、疲れた心を夢へと誘うほどに穏やかだ。

 ……ちょ、やばいよこれ、盛大に視点ぶれしてる!!だからあれだけ気をつけてって言ってたのにぃいい(汗

 知覚心理専攻、その中でも色彩心理が専門のうえでの意見を述べさせてもらいますと「人間の感覚の中で視覚の占める重要度の高さは言うに及ばず、といったところなんですけれど、その中での色彩の持つ特徴ってのは『比較的重要ではない、光源などの要因によって容易に変わりやすい不安定な要素なんだけれども、それにもかかわらず人間に与える印象・影響がとんでもなく強い』もの」なんですよ。人によっては無視してもなんとか生活できるにも関わらず、繊細な表現に用いるには非常に重要なファクターってことなんですが。

 難しく言い過ぎたのでわかりやすく言うと「色彩情報がない」時点でふつう「一見しただけで楽園と感じる」「艶を放つ」「瑞々しい」という言葉そのものが出てこない。「色彩がない世界」=「感動が薄い世界」なんですよ。ものすごいおかしいというか、オミクロンさんが主人公の気持ちになりきっていないのがバレバレです。だから多視点やってるとこうなっちゃうんだってばー!!

 さらに言うと、嗅覚は言われるまで気がつかないくらい認識が遅い・できない可能性の高いものです。それをわざわざ想像しているのもすごい変。あと「よく耕された(だろう)」は別に普通の状態でも通用する表現なので、どっちを選んでも全然おかしい表現ではない。(正確には「よく耕された『で』あろう」という表記だと思いますが)まさにめちゃくちゃとしか言いようがない文です。

 いっぺん白内障体験とかしておいで。水中眼鏡やスキーゴーグルに黄色かオレンジのセロハンを貼って家の中で数日過ごすのでもいいけれど。

 ついでに言うと、触覚がない時点では「ものを取り落とす」可能性がとても高いんだけれど、この時点で行動不能になってることだと思いますが。それで動けていること自体がおかしいです。

 あと、味覚は私自身が例に挙げたように、常人でもしょっちゅう狂います(亜鉛を摂れって話ですが……自分の不摂生がバレますね)。あと嗅覚と連動していることが多く、この二つは早い段階で狂いやすいうえに、それで体の不調だと気付かない・気にしないで過ごすことも可能です。「るろうに剣心」で剣心が暗殺の仕事を受けすぎて酒を飲んで「血の味しかしない」と言っても、その時はまだ普通に動けていた。でも、薫が死んだと思わされた時には行動不能になってしまった。受ける精神的ダメージと体の不調のバランスや順番がおかしい気がする、と感じてしまいました。

 さらに言うと、本当の狂人は幻覚・幻聴を見たり、意識のないうちに叫びをあげたり徘徊行動をしたりします。つまり「何も感じられない」だけでは済まされず「ないはずのものが見える・聞こえる」「やった覚えのないことをやってしまっている」そこまでいかないと本当の狂気は描写できません。わたしが狂気を描けって言われたらそこまでやるつもりでいるけれど、オミクロンさんはそこまでやる気あるのかな?行動不能にまで陥った状態の「絶望を伝える」のは問題ないけれど「狂気を共有させる」のが不安、と言った言葉をもうちょっとよく考えてみて。

 あと、主人公にラスボスに同族嫌悪を抱かせようとしているみたいだけど、「自分の思い通りでないと気が済まない箱庭世界を作って満足している」神と「努力しても実らず、不本意な方法で力を手に入れて成り上がってしまっている」主人公のどこに共通点を見出そうとしているのか、正直ちょっとよくわからん……

 そもそも「戦う理由」と「憎悪する理由」を混同してない?「戦う理由」に必要なものはたったひとつ、「利害の衝突」なんだよ。無差別殺人犯が多くの人にとって嫌悪感を抱かれるのは当然のことで、ほとんどの人間が持つ「生きたいという欲求」に真っ向から対立する存在だから。理由のつけられない憎悪で人を殺そうとするのは衝動殺人犯で、それこそ相手とやってることが変わらなくなっちゃうよ。だから多くの人の賛同を得るための「戦うための大義名分」てものが必要になることがあるんだよ。その手の社会的な観点をあんまり軽視しないでほしい。

 いちおう「仮面ライダー龍騎」が、「戦う理由の見本市」として有名なので、wikiでも眺めてくるといいんではないのか、とも思っている。そのへんの王道少年漫画や特撮ヒーローものの価値観をあまり軽視しないようにね。あれらは大衆に理解されやすい、普遍的なものが詰まっているから。そういうのを避けていると視点ブレが起こりやすいんだってば……。

上記の回答(横から)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

最近横槍いれてばっかですが。
というか補足というかどーしても書きたくなったというかw

>そのへんの王道少年漫画や特撮ヒーローものの価値観をあまり軽視しないようにね
コレ本当に大事。
というか、特撮ヒーローを理解できない人に少年向けはおそらく書けない。
難しい設定とかややっこしい展開とか、余計なものを削ぎ落としてシンプルにわかりやすくエンタメを作るとこうなる、という答えが特撮ヒーロー。
物語構造はシリーズを超えて、ほぼ全てが同じ。
大人が視聴すると中だるみを感じて退屈になるけど、それは物語が全話通して同じことしかしてないから。つまりその「同じこと」という黄金パターンが子供を夢中にさせてる少年向けエンタメの基礎。
特撮ヒーローを見て「面白い」と感じる必要はないけど、こういう構造が面白いと思われてる、という理解は必須。
その構造に設定を盛って複雑にしてくことで少年漫画やラノベのようになっていく。
そういう「少年エンタメの基礎」が詰まってるのが、特撮ヒーロー。ないし小学校低学年向けの物語。
王道やテンプレやステレオタイプを馬鹿にするのは、それのどこが凄いのか理解できてないだけ。
つまりは、少年向けエンタメの基礎が理解できてない人だけ。
好みの問題もあるから「面白い」と思う必要はない、と繰り返すけども。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集

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投稿者 日本欲望樂園俱樂部 回答数 : 0

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誰にも言えない、あなただけの夜を LINE:699jp 出張や一人旅の夜、少し特別な時間を過ごしたくありませんか? 「日本欲望樂... 続きを読む >>

新しい作品の作り方

投稿者 本居幸 回答数 : 5

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ご無沙汰しております、本居です。 1月ほど前に思い出作りとして小説を書き始め、こちらで相談しつつ無事新人賞に応募できました。その節... 続きを読む >>

「創作は競争ではない」はどこまでが真実でどこからが嘘なんですか?

投稿者 キュピ水 回答数 : 13

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前に他の作家さんの文章力が高すぎて嫉妬する、 という相談をネット上(ここではなく)でしたところ、 「気にしなくていいよ、別に物書... 続きを読む >>

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元記事:新人賞応募の際の序盤の展開について

私はファンタジー長編小説を書こうと思っているのですが、序盤の展開がイマイチ気に食いませんので、質問させていただきます。
尚、今回執筆予定のファンタジー小説は新人賞(電撃大賞)に応募予定なのでよしなに。
で、質問に答えやすくするためにも、現時点でのプロローグを書かせてください、プロット相談掲示板に行けよ、とか、プロローグ改善相談所に行けよ、とか思われるかも知れませんが、質問の内容的にそれらに投稿するのはちょっと違うかなっと思ったので。
因みに題材は海賊で、無駄に重たくしない為にも、軽めのギャグを入れようと思います。

プロローグ
主人公(幼少期)は右手の指が六本あると言う奇形児で、貴族出身にも関わらず奇形児なので、父親や兄弟から疎まれていた。
そんな主人公の唯一の理解者は母親であり、主人公は母親のことを好いていた。とある日、船で主人公と母親が航行していると、突然海賊の襲撃に遭い、母親は主人公を庇い殺されてしまう。主人公は目の前で理解者である、母親を殺され、ショックで喋れなくなってしまう。主人公は応援に来た船に助けられ生還する。生還しても尚、喋れない状態が続いた(吃音症的な)
数年後、青年となった主人公は母親の命を奪った海賊たちに復讐するため、勉強や鍛錬を積み、幼少期とは比べ物にならないほど強くなって船を率い、海賊たちの根城である街に突撃するが、上陸する間もなく、主人公たちは海賊に包囲され、船員は奴隷にされた。
主人公は奴隷となり、海賊の中にいた一人の少女(ヒロイン)の所有物となる。そして、主人公はその少女こそが、自分の母親を殺した張本人だと気がつく。しかし、主人公は吃音症であり、尚且つ、喋れないので、少女は自分が主人公の親の仇だとは知らず、主人公の剣の腕を買い、部下として扱うことになり……

と言った感じです。このあと、主人公は少女と修羅場を共にすることで、友情、恋愛感情が芽生えたり、基本的に多くの海賊は人を殺さないとか、実は母親を殺したのは少女では無かった、などの事実が明かされます(不明瞭な点が有ればご指摘ください)
さて、本題の質問ですが、主人公の親が死ぬ展開は昔からあり(Ζガンダム、アナ雪など)テンプレとなっています。新人賞ではオリジナリティーが必要不可欠と知りましたので、終盤の王道展開はともかく、序盤から手垢のついたテンプレを使うのはどうかと思いました。
質問は三つあります。

一つ目、新人賞で序盤からテンプレを使って良いのか?(個人的にはダメだと思ってる)

二つ目、このプロローグの完成度はどの程度か?(情報量が少ないですので、面白いか否か、ニュアンスで結構です)

三つ目、親が序盤に死ぬ以外の他のショッキング展開を知りたい!(できればこのプロットに合致するような内容)

一度に三つも質問するのは不躾かと思いますが、スレを乱立させるよりかはマシだと思いました、気に障りましたらすみません。しかし、新人賞応募にあたってを他にも知識を賜りたいことがあるので、また、こう言ったスレを立てると思います。迷惑でしたら、コメ欄に書いてください。
割と切実なので、答えていただけると感謝感激です。その他、気になったことが有れば、ドンドンご指摘ください。

上記の回答(新人賞応募の際の序盤の展開についての返信)

投稿者 ふ じ た に : 1

最近の流行は、作風が明るめらしいので、
「母親が殺される」「言葉がしゃべれなくなる」「奴隷になる」
冒頭で鬱な感じの要素が多いので、大丈夫かなぁって心配になりました。
基本的な物語が鬱な展開じゃないなら、何らかの工夫が必要かな?って思いました。

あと、主人公が攻めて海賊の奴隷になっちゃうので、主人公が原因で仲間の船員たちにも迷惑をかけることになり、主人公に魅力を感じにくい気がしました。

また、この物語は主人公がどんな力を使って活躍するんでしょうか?
剣だけだと、既存であるので、設定が弱いなーって印象でした。
基本的に主人公が活躍するところが見たいので、何か活躍できる設定が欲しいなって思いました。復讐ものというテンプレでも、その活躍する展開で、オリジナルティがあるといいかな?って思いました。

質問の回答
1、テンプレはいいと思いますよ。エンタメの基本は、分かりやすさだと思うので、分かりやすさのために型(テンプレ)を使うのは、問題ないと思います。

2、主人公に期待できるところが少ない点が気になりました。

3、ショッキングなだけだと鬱展開な作品だと思われちゃう気がします。冒頭で活躍の期待も欲しいなって思いました。

色々と気になる点を書きましたが、あくまで個人の意見なので、合わなければ流してくださいね。
ではでは、失礼しました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 新人賞応募の際の序盤の展開について

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元記事:警察への取材

ミステリー小説を書く際、警察に取材するには、どうすれば良いのですか?
どこにアポイントを取ると良いのですか?

上記の回答(警察への取材の返信)

投稿者 読むせん : 0

たぶん、ちょっとくだらないことを相談に乗ってくれる部署みたいなのは、あります。
クリスマス直前から最近まで、嫌になるほどお世話になったので・・・・・。
ただしおススメしかねます。
警察署は役所と基本は変わらない印象ですが、基本動物園。署内では何かしらの猛獣がギャーギャー吠えて喚いていたりします。狂人や地元のメンヘラとかも怒鳴り込んできます。
 猛獣が脱獄しちゃう騒動とかも多く聞くようなりましたから、内部構造とかを外部に漏らしたくない・・・・とかもあると思う。

自動車免許とかを更新する際、たしか警察署に写真更新に行くから、そういう場所やタイミングでアポや簡単な質問してもいいかを軽く聞いてみては?
 その際は、あくまで聞きたい項目とかをちゃんと絞り込んどいたほうがいいです。

カテゴリー : その他 スレッド: 警察への取材

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元記事:名前が長いキャラについて。

たまにラノベで名前が異様に長いキャラがいますけど、あれはどう思いますか?

たとえば、物語シリーズのキスショット・アセロラ・オリオン・ハートアンダーブレード。
とか。

自分の作品のヒロインもそんな長い名前にしようと思いますけど、読者的にはそういうのはどうなんですかね?

皆さん、よろしければアドバイスをお願いします。

上記の回答(名前が長いキャラについて。の返信)

投稿者 アルファ : 0

私は使う派です。ほぼ、ちょっとしたギャグ要素で入れることが多いです。引き換え、位の高い人ほど難しく長い名前を付けることもあります。定まった決まりが語尾にあったりなど。自分でも覚えられないぐらい長いネーミングにすることも多々あり、今までで一番長い名前はもうギャグだったのでだいたい100文字ぐらいある名前の犬でした。
他にも、多少生真面目な内容でも食べ物・料理名の名前をしれっと付けたりすることもあります。聞いたこともないような変な名前を連ねることも多いですし、ありそうな名前を連ねる場合もあります。

ただ、人様の前にお出しするものでは流石に限度はある、と思う方もいるかもしれませんけれど。例えばふざけきったものならバリョッケ・チャンピレッチャプー・ぴゃんぴゃ子・シュロエレン・ル・ルンル・ル・ルルンルンとか普通に登場させたりしますし、他にも個人的に綺麗な感じを並べればルーナ・エレナシー・セイレンス・セフォーラ・サンファルとか。
ただあくまでネーミングというものは、ほぼほぼ作者の個人的な好みの範囲で、読者が置き去りになる場合もあるし、やはり人様に見せる以上は覚えられる感はある程度必要かもしれませんね。それでも、ネーミングは明らかに個性を光らせることができる一つのアイテムなのは確かです。そのキャラ目立ちますし。
一つ注意が必要なのは、これを言ったら名前を付けるのが際限なく大変になりますが、外国ではとんでもない意味を持つ言葉を偶然創作で作り出してしまった場合です。興味本位で自分のキャラ名を調べてみたら、まさかそんな意味があったなんて、と驚くこともあったりします。適当につけたとしても。もしかしたら今思い浮かんだだけのバリョッケなんてのも、どこかの国では何か意味がある言葉かもしれませんね。意外にも北欧当たりの屋根のひさしの下の部材の名前だとかかもしれないし(適当です)。それならまだしも、実は口に出すのもためらわれる言葉だったとしたら、ネット社会の世では、ふと日本語の分かる方の目にとまって「日本人は失礼だな」と思われたら大変で、それなら無難な名前にしてしまおうと思う作者さんもなかにはいるかもしれませんね。

名前というものは大切な要素でもあるので、真面目な作品、コメディで分けて考えると、私の場合はどうしてもシビアなものは短い普通の名前、綺麗な名前。ギャグ要素作品では長かったりふざけた名前、になります。いきなりどちらもいることもありますけれど。そこでクスッと程度に笑っていただければそれで私はいいんです。実にシュールな感じが私としては好みなので…。
どうしても笑点は私なども加えて作者支点になりますので、センスが低くてもそこのあたりは読者から「この大事な時期に次期党首に選出され角界を騒がせている人物、ビスケット・バクバク・たべすぎーたら・ピザ氏って…。受け狙いのつもりか、この作者キャラネーミングセンス終わってるぜ(==;)」と思われても致し方ございませんけれど…。そこもまた読者おきざりイタイ系作者突っ走り冷笑突っ込み受けまくりギャグ物語っぽいからいいかもしれません。むしろわざとダサい名前をつけてみることもありますよ。
といった具合に、一個人の意見でした。
名前はあくまでキャラの導入部の一つ。素敵な名前でもおかしな名前でも、愛情があるに変わりはないとは思います。少なくとも相当の愛着は生まれるものです。作者様なりにも自分のてのもとで動いてくれるキャラクターのため自分の好きな素敵な長い名前を考えてさしあげてください。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 名前が長いキャラについて。

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