小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

サタンさんの返信一覧。最新の投稿順55ページ目

元記事:一人称視点の主人公と三人称視点の主人公

世の中、感情移入しやすい主人公としにくい主人公というものがあると思います。
天城ブリリアントパークのかにえくんとかみたいに、才能が有ったり、男らしかったりするタイプはライトノベルの読者層とは離れていると思いますが、そういう人間を主人公に添えるにはどういう工夫が必要だと思いますか。
また、そういう人を主役に添える場合って、やっぱり三人称視点のほうが読みやすかったりするんでしょうか。

上記の回答(一人称視点の主人公と三人称視点の主人公の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

例えば、満員電車で女性が痴漢されてるとしましょう。
その痴漢を見て見ぬふりをする主人公に、CALBEEさんは共感するでしょうか?
では、逆に痴漢を撃退する主人公は、どうでしょうか?
どちらに共感・感情移入しますか?

いきなり何の話かと思うでしょうが、ここで考えてみてください。
実際に貴方がその現場に居合わせたとき、貴方は果たして「痴漢を撃退する」という勇気ある行動を取れるか?
もちろん、そんな事は当然だと思う人もいるでしょうし、女性を守ることが出来る人もいるでしょう。
しかし、多くの人は厄介事に巻き込まれるのは避けたいし、痴漢してるという確証もないので、実際は「見て見ぬふりをする」というのが大多数ではないでしょうか。

さて。
では、この話を考えたとき、すなわち「痴漢を見て見ぬふりをする主人公」のほうが大多数の読者と「近い」ので、このほうが感情移入しやすいハズだ、という答えになる。
でも、おそらくCALBEEさんは最初の問いにて「痴漢を撃退する主人公のほうに共感する」と考えたのではありませんか?

よくある誤解ですが、「読者と近いほうが感情移入しやすい」というのは、「しやすい」というだけであって、「近ければ感情移入できる」というわけではありません。
つまりは読者とかけ離れた主人公像でも、何も問題ありません。

そこで「じゃあどうやって共感・感情移入させるのか?」という話題になりますが、
前述した痴漢の例え話ですが、なぜ「痴漢を撃退する」のほうに共感できるのか。
答えは単純。
「読者がそう望んでるから」です。
人間、生きてて思うように行動できない事は数限りなくあります。
「本当はこうしたい」「ああいう選択をできるようになりたい」「やらなきゃいけないのに勇気が出ない・億劫だ」などなど。
それを読者の代わりにやってくれる主人公だから、そこに共感するし感情移入もするわけです。

でも、「読者がそう望んでるから」という答えは、前提に「読者に望みがある」という事です。
なので、そうした「望み、願望」が現れるシーンを構築しなけれならない。
読者の願望なので、ここで「読者に近い主人公像のほうが、それを構築しやすい」という答えになり、結論として「読者に近いほうが感情移入しやすい」ということになっています。

なので、そもそも「主人公にはこうしてほしい」といった読者の願望が現れるシーンを構築できてないと「読者と近い主人公像」でも意味がないし、逆にそれが出来るのであれば「読者とかけ離れた主人公像」でも何の問題もありません。
そして、再び痴漢の例ですが、この痴漢の例には「主人公像」なんてありません。
でもどちらが共感できるか? という問いに、おそらくは明らかな答えを出せていると思う。
この例のように、「そういう場面」を作るのが大事で、主人公像それ自体に問題があるというような事はありません。
つまりは、少々酷なことを書きますが、「シーンを組み立てる」という基本となる技術を持てれば問題ないので、訓練するならそちらが優先されるでしょう。
がむしゃらに執筆してみるのも良いし、物語の構造を学ぶのも良いと思う。
少なくとも「主人公の設定」だけで共感や感情移入が得られることは無いです。

では「そういう場面」はどうやって作るのか、って話になると思うんですが、正直、それこそ設定や物語次第なので、具体的な回答は出来かねます。
「甘城ブリリアントパーク」は、あれは物語だけを見ると割と古いタイプの展開と構成で、基本はつまってるので勉強にはなると思います。
基本的には「問題が発生する」から「主人公は選択を迫られる」という展開がよくあると思う。
例えば序盤で「オーナーを引き受けてくれるかどうか、判断は主人公に任せる」みたいな場面あったけど、これってどー考えても「引き受ける」以外に回答はないよね。
つまりダイレクトに「主人公にこうしてほしい(引き受けて欲しい)」という場面を突きつけてる。
他にも問題が発生し、さてどうするかって場面で「挑発してきた黒幕の男に、動揺しつつも毅然と対応する」とか、割と模範解答で「こうしてほしい」という場面を作ってる。
こうした「問題が発生する」という場面で「選択を迫られる」という展開に持っていくのが一番楽だと思う。
するとその答えは「読者的にありえない回答1」か「読者的に選択してほしい回答2」か、「それ以外の予想してなかった回答3」かという、2択の提示なら答えは3つしかないので、「読者がそう望んでるから」という反応を導きやすい。
痴漢の例も同じですよね。「助ける」か「見て見ぬふりをするか」と、他にも「まず女性に声をかけてみる」とか「次の駅まで待って行動する」とか選択肢はあるハズなのに、私のほうから質問の時点で二択にしてたでしょ?
こうして選択肢を絞ることで「読者の感情と同じ回答になる」ので、すなわち共感・感情移入に繋がる、という事です。
一応、これはテクニックの一つであって、ぶっちゃけ小手先の技なので、コレが感情移入させる技術の全てではないです。

一人称と三人称も、書き慣れない人には誤解があると思うのだけど、一人称は主人公の内面を書きやすいというだけで、三人称は俯瞰図のように全体の状況を書きやすいというだけで、両者ともに「書きやすい」だけなので、三人称で主人公の内面を書くことは出来るし、一人称で全体を書くこともできます。
「やりやすい」だけなので、究極的にはどっちも差はありません。
物語のコンセプトや仕掛けによって選択は変わるけど、基本は演出方法が変わるだけです。
書き慣れてない初心者の場合は、三人称は視点の扱いが出来ないと思うので、終始主人公に視点を固定した一人称で書いたほうが良いでしょう。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 一人称視点の主人公と三人称視点の主人公

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元記事:作品途中での舞台、環境変更について

二度目の投稿失礼します。
当方現在構想中の話のうちに、最初期は高校生で親元暮らしなのが単行本なら二巻以降は大学生で一人暮らし、と途中で舞台をがらりと変えようかと考えているものがひとつあります。
一人で考えているうちは良さそうと思っていたのですが、このような変更はありなのでしょうか。
なお統一する場合には、話の展開上全編大学生でいこうかと考えています。

上記の回答(作品途中での舞台、環境変更についての返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

物語の内容やコンセプトなどによって答えは変わってくるでしょう。
単行本に例えてるあたり商業を視野に入れてるのであれば、1巻で作り上げたイメージを廃して続刊に当たるのはかなりの冒険でリスクは高いと言わざるを得ないです。
基本的に1巻を気に入った読者が二巻を買うので、別物にするのは、個人的には怖いです。
しかし中には大胆にもそれをやってのける人もいます。
舞台どころかキャラも主人公もごっそり入れ替えて世界観だけが同じ、とかね。
「ブギーポップは笑わない」というラノベだけど、これはオムニバスというコンセプトだからそれが違和感なく斬新だった。

一方で、物語の構成的に考えると、統一する場合は全編大学生でいく、とあるので、つまり大学生での内容がメインって事ですよね。
すると高校生編はプロローグではないけど導入部に当たる。だったら「こっから本編ですよ」という強調のために舞台を一新するのは良い判断でしょう。
舞台を変えるという事は、周囲の何もかもが新しくなるので「次の話題に進んだ」ということがわかりやすく、また新しい出会いなど自然に展開が増えるので、悪くありません。
ただ、これはファンタジーなどでは非常に有効だと思いますが、現代ではイマイチ効果が薄いんじゃないかなと思います。
ファンタジーでは「旅をする」とか常に舞台が変わる機会があるけど、現代だと「学校」という何かに属するのでそこに愛着がわいちゃうと舞台が変わることに違和感を覚える人も出てくる。

全編大学生で問題ないなら、安パイを選んで大学生に統一したほうが良いと思う。
でも、最初に書いたけど物語の内容やコンセプトによって答えは変わるので、これだけの情報から判断すると安パイの回答しか用意できない、という意味での回答です。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 作品途中での舞台、環境変更について

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元記事:マフィアものは今どきうけないか?の返信の返信の返信

訂正。主人公34歳でした。

しかしマフィアか・・・・そういえば、あれって何を観ればいいのか、『見所』が分からない派の人間です。

それ系は【きんぴか】【プリズンホテル】【セーラー服と機関銃】【チョコレート・アンダーグラウンド(?)】【チョコレート戦争(!?)】【バナナ・フィッシュ】【キルビル(おい待て)】くらいしか見た事がなくて・・・・(;´Д`)

【バッカーノ!】【灰とダイヤモンド】【スティング】【スナッチ】【カポネ(佐藤賢一)】【ゴッド・ファーザー】【アンタッチャブル】【仁義なき戦い】【鬼龍院花子の生涯】【ミナミの帝王】【闇金のウシジマくん】【殺し屋イチ】【シティー・オブ・ゴッド】とか聞いてはいても手に取るまで行かなくて・・・・・なんか『リボーン』もマフィアものだっけ?ウゼー・・・・くらいのレベルです(-_-;)スカーフェイス、グッドフェローズ、アンタッチャブルは聞いた事もないや。

——————————————————————
昔よんだ【伝説の勇者の伝説】とか、コンセプトが『お気楽なトリビア道中記』みたいな物なのに、小説のデビュー読み切りから入ったせいで、『陰謀と暗躍もの』だと誤解して「陰謀が始まらねーじゃねーか!!」と糞小説認定したり

屍鬼を推理小説だと思い込んで読み、後編でもんどりうって倒れそうなほどキレまくったり、いろいろ失敗しました。
ピュアな恋愛ジャンル・・・・と見せかけてグロゴアスプラッターとか苦手なんで。

そういう失敗をしないためにも、マフィアものの見所、コンセプトを教えて欲しいかも。

上記の回答(余談)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

ごめん、話題に関係ないので私への返信はスルーでよかです。
>屍鬼を推理小説だと思い込んで読み
あるあるw
私の場合は、京極夏彦の百鬼夜行シリーズを推理モノとおもって読んでぶん投げたくなったクチ。
いや伝記ミステリだと思うと上質なので、凶骨あたりまでは読んでたんですけどね。
「これはこういう話ですよ」というのをわかりやすく明確に、序盤で伝えるのって大事ですよね……。
正しく読めば面白いんだよ、というのはアマにも割とあるけど、これは「それを伝えられなかった作者」が悪いのか、「間違った期待をして誤解をした読者」が悪いのか……
物書きとしては作者の技量不足・配慮不足と考えるべきではあるが、作品によっては「こういう話アピール」が難しい場合もあるし、そこは読み取ってくれよと読者に投げざるを得ない事も。でもそれだと想定外の誤解をされたりもするんだよなぁ。
無駄に序盤に詰め込んだらかえってテンポ悪くてダレるから、構成上しょうがない、作者はよくやった、なんて思うことがたまにある。
また、感想読んで「これそういう話じゃねーから!」と読者に突っ込みたくなることも、ある。

カテゴリー : ストーリー スレッド: マフィアものは今どきうけないか?

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元記事:自分の小説はやけに読みにくい

すみません。本気で悩んでいることが一つあるので、質問をさせてください。
皆さんは、自分の文章のリズム(文体)はどうやって会得なされましたか。
自分は、小説を書いても、どこか文章を読むときひっかかりというか、読みにくさ、というか、語感の悪さのようなものを感じます。
どれだけ読んでもどれだけ書いてもなかなか改善が進みません。
あと、文章を書いているとき時々いい単語や言葉が思い浮かばず、何十分もキーボードを打つ手が止まってしまうことがあります。それは、きっちりとした読める文にならなかったり、単語の語感が悪かったりと様々なのですが、それもどうにかして改善したいです。
皆様は、どういう方法でそれを乗り越えましたか。できれば、お教え願いたいです。
本気で今、悩んでおります。

上記の回答(自分の小説はやけに読みにくいの返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

自分の文体は、基本的に好きな作家を真似たものです。
私の場合は宮部みゆきと浅田次郎かな。影響を受けたとは自分にしかわからないレベルだけどね。

>文章を書いているとき時々いい単語や言葉が思い浮かばず、何十分もキーボードを打つ手が止まってしまうことがあります。
これは、文章に凝ってる人を全否定してしまうんだけど、「良い文章を書こうと意識するのを止めましょう」というのが本心です。
白状すると私もけっこう文章に凝るタイプだったんですが、当時の自分がいるなら止めろ今すぐ止めろ、変なこだわりを持つな、と言ってやりたいです。
理由は、
まず、素人が文章に凝ったところで読みにくくなるだけです。
良い文が出来たと満足することはあるけど、それが読者に伝わってるかは別の話。つまり自己満足でしかないです。
そして、表現や言葉選びに時間を費やすので筆が遅い。
文章にこだわる唯一のメリットが「良い文章が書けること」だけど、それは自己満足なので作品自体のクォリティにはさほど関係ない。小説は文章を読むものじゃなくて物語を読むものなんで。ほとんどデメリットしかない。
文章にこだわりたいのであれば、作品が完成したあとに推敲すりゃ良いのです。
そして、いざそれを実践してみると意外と手直しする場所は少なかったりします。
そもそも、作家はコピーライターではないので文章にこだわる理由はないんですよね。それ以前に物語にこだわれと。

日本語は、基本的に主語と述語の関係がしっかりしてりゃ意味が通じる文章になります。
そのシンプルな形が一番読みやすい文章なので、基本さえ出来てりゃセンス関係なく読みやすい文章は書けます。
文章の構造で基礎的なものは「単文」と「重文」と「複文」の3つしかないので、自分で書いた文章を読み直してどんな構造になってるのかを把握できれば読みにくい理由はすぐにわかります。
たとえば。
>どれだけ読んでもどれだけ書いてもなかなか改善が進みません。
この文章では主語が「改善が」になってるけど、ここで言いたいのは「文章技術が改善しない」ということではないかな?
だから、本当なら主語は「文章技術が」になってたほうがいいんじゃないかな。
主語はその文の主役になる語句なので、主語を省略するとしてもちゃんと意識したほうが良いです。
つまりこの文は「どれだけ読んでも書いても文章技術が改善しません」としたほうがわかりやすい文章だと思う。

別に「改善が進まない」でも良いのだけど、この場合、前後の文脈から「文章が改善しない」ということはわかるものの、この一文単体で見ると「改善しないって、何が?」となる。何が改善しないのか、一文の中には書かれていません。
繰り返し文脈から理解はできると書きますが、しかし、それは逆を言えば「文脈から読み解かねば理解できない文章だ」ということ。
これは持論でしかありませんが、可能な限り一文の中だけで理解ができる文章を心がけたほうが良いかと思います。
そのほうがわかりやすい。
正直、文章に凝ってたり言葉を選んで時間をかけて書く人ほど、読者に負担を強いる文章を書いてることが多い。
酷くなるとそれを描写だと思ってたりして、感想で描写関係を指摘されると読みにくさが加速したりもする。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 自分の小説はやけに読みにくい

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元記事:感情を理解する必要が必ずしもあるとは限らないのはもちろんですが……。

ええですが、感情誘導のテクニックを使って読者に自己補完してもらうだけでは手ごたえが無いんですよ。
確かにその技術を使えば《聲の形》のような名作を書く事ももしかしたらできるかもしれません。
だって仄めかすよりも、ダイレクトに伝えた方が、心にガツンッ!!とくるでしょう?

あと、サタンさん。毎回勘違いされていますけど、別に僕、障害を理由に言い訳がしたいのではなくて、レイヤは投影型主人公なので、僕自身の問題がモロにレイヤに投影されちゃっているんですよ。
だから、僕が成長すればレイヤも成長するんです。
その逆もまた然りでしょう。
当然、僕が筆を執っているのだって障害要素をウリにした小説が書きたいからです。
大事なことなので重ねて言いますが、「僕、アスペだからムリーっ☆」とか微塵も思っていませんから。
そんな事を言うやつがいたら、そいつが自分であったとしても反吐が出ます。
正直言ってね、今のままの僕じゃ、バットエンドしか書けないような気がするんですよ。
当初、アイルとレイヤが人間辞めるエンディングはハッピーエンドだと思っていましたが、この前公開したプロットもあまくささんに見てもらったら、バットエンド的な評価をもらっちゃったりしましたし。
レイヤが人間的に強くなるためには僕が強くならなくちゃ意味が無いんです。
だから、今のままではいくらハッピーエンドを書こうとしても悲惨なものになりかねません。
アイルもレイヤも自分の問題と向き合うことすらできないでしょう。
今回の質問はそういう趣旨の質問だったのですが伝わらなかったようでごめんなさい。
僕の個人的な問題を持ち出されて迷惑だというならば、どうかこのことは忘れてください。
虫がよさ過ぎるとは思いますが、勘弁してください。
僕はサタンさんが怖いです。

上記の回答(感情を理解する必要が必ずしもあるとは限らないのはもちろんですが……。の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

>だから、僕が成長すればレイヤも成長するんです。
これがずーっと理解できなくて静観してたんだけど、他の方へのレスなどを読んでいると、つまり、キャラクターと作者を重ねてるから、キャラクターを説明するためには自分のことを語るのが一番だ、ということで自身のことを語っていたのでしょうか?

作者の性格を作品のキャラクターに投影することは多々ありますが、基本的には作者とキャラクターは切り離して考えるものです。
なぜなら、重ねすぎると、それは創作ではなく自伝になるためです。
自伝を書いているというなら理解できますが、そこへ創作の話を持ってくると食い違うかと思います。
例えば、
>だって仄めかすよりも、ダイレクトに伝えた方が、心にガツンッ!!とくるでしょう?
と書かれていますが、自伝なら最もな返答です。自分が感じた感情をダイレクトに発信したいのは当然だし、自伝ならそれが可能でしょう。
しかし創作の話をすると、「それは物理的なレベルで無理だ」という事を先の返信で私は返しています。
なぜなら、感情に形はないし目にも見えないので、書きようがないためです。
ダイレクトと言うけど、「何をダイレクトに書くの?」って話です。

また、普通は作者とキャラは切り離して考えるものなので、「僕が成長すればレイヤも成長するんです」ということも普通はありません。なので理解できなかった。
だって、その考えで言うと、成長した作者が書く「序盤のレイヤ」は、成長してるレイヤになっちゃいますよね?
序盤から終盤までずっと成長したレイヤを書いてたら、レイヤは作品の中で成長しませんよ?
ここで単純に考えれば「じゃあ、序盤はあえて成長前の状態で書く」という答えが出るでしょう。
だったら、今から同じことをすればいいじゃない。これは別に作者が成長してなくても出来ることでしょう。「数年前の作者」をイメージして序盤を書けばいいんだから。

しかし、おそらく今の私の話を理解されてないことでしょう。そうじゃない、違う、と感じてることでしょう。
それは、自伝を書いてるためです。創作の話とは食い違うのは当たり前だ、ということですね。

ついでに。
>毎回勘違いされていますけど、別に僕、障害を理由に言い訳がしたいのではなくて
私も「障害を言い訳にするな」とは書いてないよ。
「障害を理由にするな」とは書いたし、前回のスレッドでは「その障害をもっと前に出せよ、武器にしろよ」とも書いた。
たぶん「理由にするな」という部分を誤解されたのだと思うけど、これは前回のスレッドにも書いたけど、創作の場で障害の有無はどうでもいい事ですから。
綺麗事と思うかもしれんけど、実力主義の世界で実力があれば障害の有無は関係ないでしょ。障害があろうがなかろうが、面白いもん書けりゃいいのよ。
例えば、「私は男だから女性の気持ちがわからない」なんて言ったら、それにだって私は突っ込みますよ。「ならわからないモノとして書けよ。理由にすんな」って。
竹牟礼さんが言う「反吐が出る」ような事はまったく思ってませんよ。
正直、私のほうこそ、竹牟礼さんの中で妙な私のイメージができてると感じる。まあ、それも創作には関係ないことなのでどうでもいいわけですが。

あともう一つ言うことがあったんだけど、なんだっけな……ああそうだ。
竹牟礼さんに足りないものは、「技術」ではありません。
ここで具体的な技術や解決策をいくら提示したところで、きっと竹牟礼さんは理解されないでしょう。
事実、私は「萌え」の例を上げて具体的に「特徴をアピールすること」と解決策を示していますが、竹牟礼さんはこれを「理解できない御高説」と一蹴されています。
気分を害されるかもしれませんが、はっきりと申しまして、基礎的な部分が足りてません。
「1+1=2だ」という説明に対して「でもくっつければ大きな1になるじゃないか」と言う屁理屈がありますが、これは屁理屈じゃなく数学的に「大きな1」になる説明は可能です。
でも、「1+1=2」を理解しない人相手に集合とかブール代数とか体積は二倍とか言っても理解できないので、どうしようもないです。
竹牟礼さんにとって必要なものは、技術ではなく「経験値」です。
別の方から「短編を書くといい」と助言を貰っていましたが、確かに短編や掌編は経験値を稼ぐのに良いのでオススメでしょう。
ちなみに、私が竹牟礼さんと似たような状態だった頃、プロットノックと称してプロット100個作りましたし(たぶん少ない方)、掌編や短編も数え切れないほど書きました。ぶっちゃけ話になってないレベルのゴミでしたけども。
竹牟礼さんに足りないのは、そういう経験値です。
必殺技を覚えれば勝率が上がるとかじゃなく、必殺技を使えるようになるための基礎訓練が必要だろうと思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?

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元記事:酷評、批評に関する相談と質問

自分は酷評が嫌いです。(豆腐メンタルなので)
カテゴリーがわからないのでその他にしておきました
理由はモチベを下がるからです。
他人の作品への酷評を見ても傷付きます。
でも批評は欲しいんですよね。
ただ、感想欄には酷評しか来ないのではないのかと思ってしまっています。
そのためにはやはりちゃんとした評論が出来る方に頼むしかないのでしょうか。
ついでに質問があります。

1 本当に酷評は必要だと思いますか?
2 酷評はもらって嬉しいですか?

それと、出来れば評論に関する持論も聴かせてもらいたいですm(_ _)m

駄文で申し訳ございません それとこの質問に対する酷評は禁止します。(傷付くので)

上記の回答(酷評、批評に関する相談と質問の返信)

投稿者 大野知人 : 0

少し、ドラコンさんと似たようなことをするのですが……。

まず、酷評とは何か。
一般的には『作品・作者を批判・否定するコメント』を指すみたいですが、これは語義の範囲が広すぎると思うのでいくつかに分けてみます。

 『作品を批判するコメント』ーーこういうところを直したほうがいいよ、とか。こういうのはやらない方がいい、みたいなのです。
 これは必要だと思いますし、もらえれば嬉しいし、そう考えることが当然だと思います。他人に意見を求める以上、『無条件の賛同』を求めているわけではなく『改善点を教えてほしい』部分が少なからずあると思うので、『作品をよくしたい』と思って批評を求めるなら、受け入れるべきです。

 『作品を否定するコメント』ーーこれはまぁ、悪口みたいなの。『お前の作品面白くないよ!』みたいな、身も蓋もなくただ否定してくる奴です。
 これは、人によると思うし、他人に対してこんなコメントをぶつける気はないですが個人的には受け入れるべきだと思います。ごく稀な例ですが、無意識に差別的な描写をしてしまったり、誰かに対して無遠慮なことを言ってしまうこともあるので、『今後気を付けよう』と思うことも、時には大切です。

 『作者を批判するコメント』ーー作品への批判と紛らわしいですが、『こういう書き方よくないよ』『○○さんの作品ってこういうところあるよね』系のモノ。少なくとも発言者は貴方のことを見て、貴方のことを考えて言ってくれています。あまり的外れなようなら用なら無視してもいいですが、できれば受け入れてあげてください。

 『作者を否定するコメント』ーーやっかみだったり、ただ絡んでくるだけのやべーやつの率が高いので、無視か運営への報告を考えましょう。例を挙げると、『オマエ作家に向いてねぇよ』『やめちまえ』とかですね。大体短い内容のことが多いですが、迷惑なのでやめてほしいタイプの酷評です。

 『何も考えず、ただ批判してくるだけのコメント』ーー論外ですね。心の中で『くたばれ』と呟いてから、削除しましょう。時々、内容を全く読まず的外れなことを言ってくる人がいますが、そういうのはいなくなってほしいものです。
 ただ、『これは本当に的外れなのか?』とは常々考えていた方がいいかもしれません。

カテゴリー : その他 スレッド: 酷評、批評に関する相談と質問

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投稿日時:

元記事:視点移動、地の文、読みやすさの評価を下さい

 毎度すみません。オミクロンです。今回も拙文に対して評価を頂ければと思います。今回は実際に投稿予定の1話分の本文を、そのまま小説投稿・短編の間の方に投稿しました。
 
 作者名はこの名前で、タイトルは2章1話「果て無き道を往く」です。今回主に評価して頂きたいのは、以下の3点になります。

1:たった5000字未満で視点移動が3回起きているが、それが誰の視点でなのか。いつ視点移動が起きたのか。ということが、分かりやすいかどうか。(今回は敢えて2行の空行を入れています)
2:同じく5000字未満で時間が明確に経過しているが、それが分かりやすいかどうか。
3:地の文の内容や説明、描写はくどくないか。説明過多だったり、逆に不足しすぎていないか。

 以上です。もちろん他の内容に対する批判やご意見も歓迎しています。よろしくお願いします。

上記の回答(視点移動、地の文、読みやすさの評価を下さいの返信)

投稿者 とある書籍化作家 : 0

まず申し上げると、小説の途中部分の批評は全く無意味です。
なぜなら小説は総体として意味があるので、そのうちのたった5000字のしかも途中から読まされてもわかりません。
前後が良ければ賞も取れるでしょうし、前後が悪ければ落とされます。
ひとつの素晴らしいシーンがそれまでの平凡さを吹き飛ばすこともあれば、たったひとつの悪いシーンが全てを台無しにすることもあるのが小説なのです。

作家なら、この大前提を胸に刻んでください。
これを忘れて5000字の添削やできばえに一喜一憂するようでは、絶対にプロにはなれません。

ただこの5000字が平均的な場面として、3回も視点変更していては基本的に没入感や構成は滅茶苦茶になります(10万字の本だと60回も切り替わる計算になる)
よほど筆力がない限りは間違いなく破綻するため、この時点ではこの作品は失敗だと判断できます。
盗賊シーンは地の文が悪く、読み進めるのが苦痛でした。

とにかく作品はちゃんと世に出すようにしましょう。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 視点移動、地の文、読みやすさの評価を下さい

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投稿日時:

元記事:(応募作限定)登場キャラクターの人数について

応募作限定で、自分の作品に登場させるキャラクターの人数についてです。

普通の長編作品だと、後から増えて行き、ものすごい数のキャラクターが登場する事が当たり前ですが、今回は賞の応募作のみに関して質問させて頂きたいと思います。

私は、主に2つのパターンで書いています。

①主人公+ヒロイン3人+サブキャラクター
②主人公+ヒロイン1人+サブキャラクター

どちらも、両手の指で足りるくらいしか、キャラクターを登場させませんが、それには理由があります。

まず、賞の応募作は、審査員の方が1人で何十作品も読む事があります。余りにキャラクターを出し過ぎると覚えてもらえなかったり、話が複雑になりすぎて飽きられてしまい、まともに審査してもらえないと思うからです。
とにかく、審査員の方が読みやすくて印象に残りやすい作品にする為に、あえて登場するキャラクターを少なくして、解りやすい作品にしようと思っています。

小説投稿サイトで連載している作品や、自分がすでにどこかで連載したり、プロで単行本を出しているなら、キャラクターが多くても構わないのですが、一発勝負の応募作だと、解りやすくまとめるのが大事だと思うので、わざとそうしているのですが、皆さんの意見をお聞きしたいと思います。

どうぞ宜しくお願いいたします。

上記の回答((応募作限定)登場キャラクターの人数についての返信)

投稿者 サタン : 1

一作の中で登場人物が主人公含め3人か5人というのは、割と良く言われる人数で平均的だと思います。
おそらく一番、物語をわかりやすく表現できると思う人数だと思うし、バランスが良い配役が出来るだろうと思います。

あえて悪い見方をして回答すると、これは言ってしまえば「基本形」という事なので印象を言うなら逆に印象には残りにくいと思う。
例えば群像劇の「バッカーノ」だと応募作の一作内でバカみたいに人物が出てくる。多分10~20人くらいだったような。
その中で「注目される人物」がいて目立っていればその人物の印象が残るので、「印象」で言うなら登場人物の数はあまり関係ないと思う。
例えば私が下読みか審査員かをしていて「バッカーノ」を読んだならば、きっと同僚との飲みの席でこう言う。
「あの、なんだっけバカみたいにキャラ多いやつ。強盗カップルが出てくる……あれ良かったよな」
という感じ。

印象に残したいなら、むしろ尖ってたほうが良いと思う。
でもわかりやすいのは大前提だと思うから、その兼ね合いもあるんじゃないかな。
例えばバッカーノに習ってキャラを大量に出したとしても、そのキャラを捌ききれず理解しにくい内容になっていたら、単に技術力の無さを露呈してるだけですから、「キャラを少なく整理しましょう」といった選評が返ってくると思う。
逆に、難しい内容だったとしても、大量のキャラを上手く捌いて1作品の中に十数名のキャラクターを収めていたら、これはこれだけで腕のある作家だとわかりますよね。相手もプロだし。
また更に視点を変えると、登場人物が一人か二人しかいないのに一作品を上手く盛り上げていたら、これはこれで凄いですよね。
そして、そういう挑戦するような作品は目を引くわけですから、印象に残りやすいでしょう。

確かにバランスの良い登場人物の人数と配置はスマートでわかりやすく、組み立てやすいでしょう。
普通の趣味作品やWeb公開であるなら、私も3人・5人を勧めます。
でも、新人賞などの応募作品となったら、こういう考えは足らないと思う。

カテゴリー : キャラクター スレッド: (応募作限定)登場キャラクターの人数について

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