小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

あまくささんの返信一覧。最新の投稿順7ページ目

元記事:キャラクターが先?ストーリーが先?

最近、面白そうだと思って長編の小説を構想し始めた創作初心者ですがストーリーを考え進めるのが先か、キャラクターを考え進めるのが先かで困惑しています。
ストーリーを考えようとするとどうしても行き詰まり、キャラクターを考えようとすると無駄にたくさん増えてしまいます。
結果、現在構想中の小説はどちらも中途半端な感じで止まっています。
まず初心者なのに長編を書こうとしているのが間違いなのかもしれませんが、指導お願いします。

上記の回答(キャラクターが先?ストーリーが先?の返信)

投稿者 あまくさ : 5 人気回答! 投稿日時:

ストーリーを考え進めるのが先か、キャラクターを考え進めるのが先かで困惑しています。

どちらが先かではなく、作品の魅力の中心をどこに置くかの問題だろうと思います。
目まぐるしく二転三転するストーリーで勝負するのか、キャラの魅力で勝負するのか、といったことです。
キャラクターが非常に魅力的で、友達になったような気分を読者に与えることができれば、彼(彼女)ともう一度会いたいという理由で続編を買ってくれると期待できますよね? そういう作風なら、凝ったストーリーはそれほど必要ありません。ただ、ストーリーを通してキャラの魅力を最大限に伝えることには、意を尽くさなければいけません。
逆にストーリーで勝負する作風なら、筋立ての面白さを最も際立たせやすいようにキャラを作っていくことになります。
ストーリーとキャラの関係とは、そういうものです。
なので、どんなタイプの小説を書きたいのか考えるのが先決かなと。それが明確になれば、キャラ中心に組み立てるのがよいのか、ストーリー中心がよいのかといったことは、自ずと見えてくるはずです。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: キャラクターが先?ストーリーが先?

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元記事:人称について 一人称と三人称、どちらか片方に特化すべきか 両方とも書けるようになるべきか

初めましての方は初めまして。これまでのスレッドに書き込んでいただいた方々はお久しぶりです。マリン・Oと申します。
今回の質問は題名通りです。一人称と三人称のどちらか片方に特化すべきか、あるいは両方とも書けるようになるべきか、という質問です。

私は小説を書き始めてから今までずっと三人称で書いてきたのですが、たまには息抜きという形で一人称の小説を書き始めました。
ただ、一人称のルールに則った上で書くとどうしても似たような文が続きがちになります。
似たような文が続きがちになってしまうというのは、一人称では自然なことなのでしょうか?
一人称で普段書いている方、ご教授お願い致します。

上記の回答(人称について 一人称と三人称、どちらか片方に特化すべきか 両方とも書けるようになるべきかの返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

質問の論旨が前半と後半で変わっているようです。

>一人称と三人称のどちらか片方に特化すべきか、あるいは両方とも書けるようになるべきか

それは書きたいものの内容次第では?
ストーリーによって、一人称向き、三人称向きということは有ると考えます。なので、それに即して選択するのがベストであって、一般論としてどちらかに特化するべきというものでは無いのではないかと思います。
そういう意味で、両方こなせる方が作品の幅が広がるということは言えるかもしれません。

>似たような文が続きがちになってしまうというのは、一人称では自然なことなのでしょうか?

一人称の性格として語り手の主観が文章に反映するので、「語り口」は似てくるだろうし、そうでなければ一人称としてはおかしいでしょう。
ただ、だからと言って「似たような文が続く」という状態になってしまうのは問題かと。視点人物をめぐる状況、人物の行動、風景、感情の起伏などによって、文章の変化は十分に生まれると思います。そうでなければ読者が退屈してしまうでしょう。
ストーリーや内容が豊かでなければ文章が平板になってしまうのは、三人称とて同じことだと思いますよ。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 人称について 一人称と三人称、どちらか片方に特化すべきか 両方とも書けるようになるべきか

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元記事:人称について 一人称と三人称、どちらか片方に特化すべきか 両方とも書けるようになるべきか

初めましての方は初めまして。これまでのスレッドに書き込んでいただいた方々はお久しぶりです。マリン・Oと申します。
今回の質問は題名通りです。一人称と三人称のどちらか片方に特化すべきか、あるいは両方とも書けるようになるべきか、という質問です。

私は小説を書き始めてから今までずっと三人称で書いてきたのですが、たまには息抜きという形で一人称の小説を書き始めました。
ただ、一人称のルールに則った上で書くとどうしても似たような文が続きがちになります。
似たような文が続きがちになってしまうというのは、一人称では自然なことなのでしょうか?
一人称で普段書いている方、ご教授お願い致します。

上記の回答(人称について 一人称と三人称、どちらか片方に特化すべきか 両方とも書けるようになるべきかの返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

例えば、太郎は花子のことを美人だと思っている。しかし、太郎以外の人は花子は美人というほどではなく十人並みの容貌と見ている。そういう状況があったとします。
この場合、三人称なら、

1)太郎の目には、花子は美人だとうつる。

というように書けます。実際に美人なのかどうかは明言されていません。

しかし、一人称なら、

2)花子は美人だ。

3)花子ちゃんは美人だなあ。

4)あまり同意してもらえないのだが、俺は花子は美人だと思っている。

こんな感じになります。あくまで基本を例示しているので、文章が雑なのはご容赦を。

地の文に客観的事実のみを書くか、語り手の主観を書くか。これが三人称と一人称の基本的な違いです。一人称は3のようにセリフに近い文体で書くものと誤解している方がいるようなのですが、2のように硬めに書いても問題ありません。
そもそも人の美醜なんて他人の目から見た印象にすぎず、物理的な事実ではありません。したがって、2のように「美人だ」と断言するのは主観的な叙述であり、一人称的と言えます。また、4は語り手が自分の感覚を客観視できているケースですが、主観的であることには変わりがありません。

一人称と三人称の違いの本質は、こういうこと。文体の違いは実は演出にすぎないのです。
なので、ストーリーやアイデアによって、この話は一人称で書いた方が向いている、あるいは三人称の方が書きやすいということはあるものです。また三人称向きの話を、切り口を変えることによって一人称向きに変えることも可能です。

そういうことも含めて一人称と三人称の使い分けは、避けて通れない局面にいつかは逢着する可能性がありますから、しっかり体得しておくことには意味があると思いますよ。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 人称について 一人称と三人称、どちらか片方に特化すべきか 両方とも書けるようになるべきか

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元記事:主人公側のキャラクターやストーリーが思いつかない

異能力系の小説を構想中です。そこで、悪役キャラ等のアイデアは出てくるのですが、それに対立する肝心の主人公やその周辺人物がまったく思いつきません。思いついたとしても薄っぺらな感じがします…。
キャラは後にしてストーリーを考えようとするとそれもなんだか悪役を立たせるようなストーリーばかりになってしまいます。
主人公が決まらないとプロットや物語の大筋も決まらないので困っています。

上記の回答(そんなあなたに桃太郎より仮面ライダー)

投稿者 あまくさ : 3 人気回答! 投稿日時:

例えば、桃太郎について考えてみます。

1)悪役は鬼。鬼ヶ島を根城に徒党を組み、近隣を荒らして財宝を蓄えている。

2)ストーリーは、主人公が鬼を退治して財宝を持ち帰る話。

3)主人公は、桃から生まれた桃太郎。

スレ主様の悩みは、1と2は思いつくけれど3が思いつかない。そういう感じでしょうか?

では次に、仮面ライダーを例にとってみます。

1)悪役はショッカー。人間を改造・洗脳して怪人に仕立て上げ、それらを使って世界征服を企む組織。

2)ストーリーは、主人公がショッカーに戦いを挑む話。

3)主人公は、ショッカーに拉致されて改造手術を施されるが、洗脳される前に脱出した男。

桃太郎と比べ、仮面ライダーは1・2から3を導き出しやすいことがお分かりかと思います。桃太郎が厄介なのは、1・2と3の間にまったく関連性が無いこと。「鬼ヶ島の鬼」を起点にいくら理詰めに考えても、「桃から生まれた少年」なんていう一種天才的なイメージはなかなか思いつくものではないでしょう。

ひるがえって仮面ライダーの場合は、ショッカーと主人公の間に濃密な因縁が設定されています。これを桃太郎の主人公に応用するなら、例えば鬼に襲われた村の赤ん坊(人間)で、たった一人の生き残り、というような設定が考えられます。鬼の仲間に子供を亡くしたばかりの女がいて、つい人間の赤ん坊を匿ってしまうんですね。そして赤ん坊は鬼の子として育てられるのだけれど、角のない奇形児として苛められるとか。劣等感の裏返しとして誰よりも鬼らしい鬼になりたいと願いながら成長するとか。しかし、青年になって自分の出自を知ってしまい、鬼ヶ島を飛び出し、この世のすべての鬼を滅ぼすことを一生の目標と思い定めるヒーローになるとか。

……ちょっと、暗いですかね。

まあ、良し悪しは別として、悪役をイメージするのが得意なら、主人公にそれと関連付けた属性を与え、そこから連想ゲームのようにイメージをふくらませていくというのが一つのコツかなと思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公側のキャラクターやストーリーが思いつかない

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元記事:情景描写の量について

どうもこんにちは。本サイトには毎度お世話になっておりますマリン・Oです。
今回は情景描写について聞かせてください。
私の拙作は情景描写が少ないというご指摘をよくいただきました。それで改善のために練習をしようと思うのですが、どれくらいの量を入れるべきなのかが良くわかりません。
場面変更の度に原稿用紙一枚丸ごと以上を費やして風景描写をしなければいけないのか。それとも今の原稿に少量ずつ描写を継ぎ足すだけで大幅に改善されるのか。
個人的に前者は地の文のバランスが崩れそうなのであまりやりたくないです。
後者が正しい場合はどのような描写を継ぎ足さなければいけないのか。
個人的には風景描写と容姿描写が足りないと思っているのですが、他にも足りないものがあるなら教えて下さい。
本サイトの第4研究室でも、情景描写に関する書き込みは少ないので、どうかお願いします。

拙作のURLですhttps://ranove.sakura.ne.jp/1story_system/public_story/02913.shtml

上記の回答(情景描写の量についての返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

私の場合、ファンタジー書きなので、空気感をどう読者に伝えるかに気を使います。
例えば以前このサイトに投稿した拙作に、19世紀の東ヨーロッパを舞台にした吸血鬼の話がありまして。まあ、ルーマニアということになるのですが、実在する地名は明記せずに時代の雰囲気、土地柄の雰囲気を読者に感じてもらいたいと。
そういった場合、時代背景の近い外国映画を観てみるといった方法をわりとやっています。衣装とか、民家の屋根の色とか、食卓の風景とか、街並みの遥か向こうに雄大な山脈が青く霞んで見えるとか、そんなところに注目して。
あと、この時はネットでルーマニア料理の店を探して食べに行ってみたりしました。これをさりげなく盛り込めば何となく雰囲気が伝わるというポイントを探しているわけです。

情景描写の最適な量や比率というのは、少なくとも私は意識していません。
風景なんて長々と書いても読者は退屈するだけだと思うので、何か一つ見せて全体を感じさせるみたいなことを目指してはいます。
どこにそういう描写を入れるかについても、たぶん決まりはありません。効果的だと思ったところに入れます。
山道を歩いていると、急に視界が開けて麓の景色が広く見下ろせる場所に出たりすることがあるんですね。その感じ。ストーリーの流れの中で、不意に気分を変えて読者をはっとさせたいみたいな。ここでそういう感覚を与えたい。そう思った所に描写を入れている気がします。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 情景描写の量について

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元記事:「運命の歯車が動き出す」という表現

今回は質問というより少し疑問に思った事があるので、皆さんの意見をいただきたいです。
あらすじ等でよく使われる「運命の歯車が動き出す」という表現への疑問になります。
僕自信、この表現の響きは凄く好きです。しかし、この表現を使う意味が無いように感じました。
そう思った理由としては、ストーリーが「運命の歯車」であるのは大前提であり、あらすじに「運命の歯車が動き出す!」等と書いては、反って内容を曖昧にしてしまうのではないかと思ったからです。
皆さんはこれについてどう思いますか?
この表現を使うメリットにお気づきでしたら、特にお願いします。

上記の回答(「運命の歯車が動き出す」という表現の返信)

投稿者 ゆっきー : 1

端的に言えばあらすじに「動き出す」と書くことで、ワクワク感を呼び起こす売りの常套句のようなものだと思います。いわゆる動的な単語に読者は敏感なので。
サタンさんの言うように曖昧だけど何かある、そんなイメージを抱きます。
多用しすぎてテンプレなイメージも受けますけど、それだけ宣伝的な意味では安パイとして使われる表現かな
ただ、この表現をあらすじに使う場合、小説を開いた冒頭の部分に何が書かれているかが結構問われそうだと思います
運命が動き出す、あるいは狂いだす、と銘打った以上は冒頭から何かしらそれをにおわせるもの、あるいは直接的に運命が変わる大事件が発生するとかそういう感じに、曖昧なので割とどんなジャンルでも使えそうな万能な言葉であるけれども、曖昧である以上、小説の中身ではっきりさせてほしいと思わせるのでハードルを上げてしまう言葉なんじゃないかなと

カテゴリー : その他 スレッド: 「運命の歯車が動き出す」という表現

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投稿日時:

元記事:テーマに飲まれていると感じさせないための技術

自分自身の欠点だと思う点について、指摘していただきたく、投稿させていただきました。

https://ranove.sakura.ne.jp/story_system/public_story/07182.shtml

先日、久しぶりに作品を投稿したのですが、鋭い感想をいただきました。

・テーマに飲まれている
・ストーリー上主人公に都合の良い人物たちが登場しているように見える
・「主人公を救うためだけに書いたストーリーを読まされている」
・この尺であれば、主人公が報われるのは、最後の最後。ほんの一、二行だけのほうが収まりよかった。

というものです。
僕は今最も書きたい作品がありまして、それを書くには、ライト文芸的な書き方を習得しないといけないと感じています。
そう考えると、心理描写に作為的なものを感じるのは非常にまずいと思っています。
恣意的な心理描写になってしまったり不自然な心の動きになってしまうのは避けたいのですが、どうしたら読者に「作為的ではない」「テーマにストーリーを飲まれない」書き方ができるか。

教えていただければと思います。

上記の回答(テーマに飲まれていると感じさせないための技術の返信)

投稿者 あまくさ : 3 人気回答!

技術的な分析についてはサタンさんが行き届いたコメントをされているので、私からはあえて辛口気味に感想を述べておきますね。

こういう内容なら三人称で書いた方がいいかもしれないと思いました。

ちょうど直近のスレで一人称の地の文についての相談がありまして。一人称の地の文は主人公が読者に語る形を取りますが、実は必ずしもそれだけではなく、物語を読者に伝える役割も担っています。
ですが、形としては主人公が語っているので、内容によっては「自己弁護」という印象を読者に与えてしまう……かもしれません。

それと、鍛錬室の感想に、金木犀さんは「ざまあ系」に向いているかもしれないという意見が出ていました。
うん。確かに「さまあ系」のテクニックが使われていました。お気づきですか?

回想パートの兄の誤解が、やや理不尽ぎみに書かれていたこと。

同僚の女の子の底の浅さを読者に見せつけるエピソードがあること。

これは読者が主人公に同情するように仕向けるテクニックで、エンタメなら当然。エピソードの配し方が秀逸と賞賛できます。
ですが、文芸寄りの作品でこのテクニックを使ってしまうと、「こんなの主人公の自己憐憫だろ?」という批評がでますよ。

ですからこの内容なら(内容そのものは悪くないです)、いっそ開き直って「さまあ系」にしてしまった方がいいのかもしれません。

まあ、「ざまあ」に行かないところがこの主人公の美点とも言えます。真面目ないいやつなのは分かりますが、ちょっとエエカッコしいですよね。
意地悪く言えば、すべてのキャラに対して上から目線。そして、多少のことは呑み込んで自分がフォローしてやるんだと考えています。誤解されることもあるが、しかたがないと。
そういう性格や振る舞いは本来立派なことではあるのですが、一人称小説という形で書くとその内容が「自分語り」になってしまうのがネック。

なので、こういう作品は三人称形式にして作者と主人公が一歩距離を置くのも一手かなと思いました。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: テーマに飲まれていると感じさせないための技術

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投稿日時:

元記事:ハッピーエンドの定義

次回作の構想を今現在、何案か考えているのですが。

その中に「公害をテーマにした百合モノ」という案があります。

今まで書いてきた作品は、だいたい死人が出ているので今回はハッピーエンドにしたいのですが。

百合はともかく、公害ってそんな短期間で解決できる問題じゃないのでどこまで書くべきか悩んでいます。

「問題解決に向けて一歩を踏み出した」っていうラストでもいいのでしょうか?

バカな質問を申しわけありません。

上記の回答(ハッピーエンドの定義の返信)

投稿者 手塚満 : 2

公害って、主なものの分類でも、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭の7つが挙げられることが多いです(環境基本法)。が、語義としては公衆が受ける害ということで、もっと幅広く用いる語でもありますね。

ですので、「公害ってそんな短期間で解決できる問題じゃないので」といっても、公害の原因、性質によっては一概には言えません。例えば、ある工場の騒音が問題だとして、その工場がある日、操業停止したら(破産、事業転換、製造物を禁止する法が施行された等々)一気に解決してしまいます。

が、お考えの公害はおそらく詳細未定ながら、多数の工場群とか、自動車の排気ガスなどによる大気汚染みたいに、スパッとは解決しないタイプのものというものなんでしょうね。完全解決(ないしは妥協点)到達までに、手間がかかる。そういう公害は多かったし、今後も同様かもしれません。

そうだとしても、

> 「問題解決に向けて一歩を踏み出した」っていうラストでもいいのでしょうか?

という疑問の持ち方は、ちょっとどうかなと思います。仮に公害問題の発生から収束までが以下の過程をたどるとします。

01:公害源の出現。
02:公害による被害者の発生・発見。
03:原因と汚染源の特定。
04:被害者の応急的な救済。
05:対策案の立案。
06:当事者による対策案選定と実施合意。
07:公害源の停止と汚染の除去開始。
08:被害者の恒久的な救済開始。
09:ほぼ公害発生以前の状況へ復旧。

世界へ戻ることが作品テーマについての勝利条件が、元通りの世界に戻す、ということなら、09まで描かないと中途半端かもしれません(いわゆる打ち切りなんかで見られるラスト)。物語が実質的に03辺りから始まり、序盤で主人公が仲間に「みんなに元の世界を返してみせるぞ」と宣言したりすると、09まで必要になりそうです。

ですが、01~09のどこが最大の難関か、ということも問題となるはずです。最大の難関は最大の山場を作れます。例えば、被害者は出てるんだけど、原因がサッパリ分からないとします。つまり、03でドラマが発生する。あれか、これかと試行錯誤する。ついに原因が分かり、分かってみると対策が容易なことも分かってしまうほど単純なものだったとします(04以降が自明、単純な問題になる)。

そうなると、その後をち密に描いても、さらに面白くはならないですよね。最大の難関は原因究明だったわけですから。エピローグを延々と書くようなことになってしまう。それなら、山場の後は「以降、急速に解決に向かった」ことを短く書いて、締めくくってしまえばいい。

言い換えれば、「作者が設定する最大の難関はどこか」という問題であるわけです。仮に、公害の原因も対策方法も分かったけど、関係者の利害が複雑で揉めまくってどうしようもない、という人間ドラマを描いたとしたら、主人公が皆の同意を取り付けることで「問題解決に向けて一歩を踏み出した」でラスト足り得ます。

ハッピーエンドで考えてみますと、ハッピーエンドって「主人公が幸せそう」ではまずいですよね。主人公は大喜びだけど、その周りは死屍累々、でハッピーエンドなのかどうか。最終的に勝てばいいのかといえば、「ピュロスの勝利」なんてパターンがありまして、「勝ったけど、犠牲、代償が大きすぎて虚しい」というもの。

だけど、シンデレラ(継母一家は王家から捨てられるも同然)、白雪姫(お后様は刑死、しかも原作では非常にむごい)、幸せの青い鳥(苦労して探し回っても幸福は見つからない)などはハッピーエンドでしょう。

似たような設定、結末であっても、読者に与える印象が違います。ハッピーエンドか否かは、結末に読者が納得できるかどうか、ということになるかと思います。読者として納得いくならハッピーエンド、他にもやりようがあったんじゃないかと思えば、バッドエンドや悲劇になってきます。

結末は物語中の経過の帰結であり、テーマ(問題提起)に対する解答ですから、どう話を運んだか、作品世界にあるもののうち何を見せたか、主人公(や主要キャラ)がどう思ったか、によることになります。感情移入したキャラの気持ちが読者の気持ち、キャラの納得が読者の納得です(そうなるように書く、ということ)。

全部、作者が決定する事項ですし、作者の主観でもあると思います。ですから、「こういうラストでいいのか?」と誰かに問うても有効な回答は返せません(どんな話を作るか、とほぼ同義になってしまう)。もう一つ注意したいのは、物語は正しい結末を提示するのではなく、物語に即した結末を提示するのが大事ということです。
(何が正しいかなんて人それぞれで揉めやすい話ですし、例えばプロパガンダが目的の作話がつまらないものが多いのはご承知かと思います。)

まず「こういうラストにする」≒「最大の難関はこう設定する」と決めてください。そのラストに持っていく工夫(山場の作り方、障害の設定等々)であれば、有効な助言も得やすくなると思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: ハッピーエンドの定義

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