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あまくささんの返信一覧。最新の投稿順58ページ目

元記事:主人公の初登場時の外見描写

腰をゆうに超える長さの、僅かに青みがかった白銀の髪が照明を反射して輝く。透き通るように白い肌はまるで新雪や陶器のようだ。青空を思わせる白藍の瞳は、不思議と吸い寄せられる空虚さを感じさせる。その顔立ちは見る角度によって可憐な少女に、光の当たる角度によっては凛々しい少年にも見える中性的な容貌だった。ニコリとでも微笑んでみれば老若男女問わず魅了するであろう美貌はしかし、ピクリとも動かず人形の如く無表情であった。

主人公の外見描写なのですがくどかったり伝わりにくい描写はあるでしょうか?またこの描写を読んでどのようなキャラと思いますか?

上記の回答(主人公の初登場時の外見描写の返信)

投稿者 あまくさ : 3 人気回答! 投稿日時:

まず。一読した素直な感想から。
書き手が伝えたいことは、まずまず伝わる文章になっていると思いますよ。いくぶん纏まらない感じはありますが、微調整で修正可能な範囲かと。

いくつか思ったことを書きます。

1)腰をゆうに超える長さの、~

「腰までとどく」や「「腰を超える長さ」というのは髪の描写でよく見かけますから、少なくとも私は問題なく髪のことだなと思いました。

2)装飾的な言葉の多用

少し多すぎるかなという印象です。そのため変化をつける必要が生じたのか、「見る角度によって」「光の当たる角度によっては」というような意味のない言い換えをしている所がありました。

3)文章全体の雰囲気

2に関連します。意味のない書き換えと言いましたが、文章にリズムをつけるためにそういう書き方をしたくなることってあるんですよね。
これは「美しさ」を文章だけで表現しようとしたときに生じる問題です。文章を美しくしないと、読者は美しさをイメージしてくれないんじゃないかと書き手はあせってしまうんですね。
この点について詳しく考察するとかなり長い話になってしまうので、取り合えず今は省略します。

美貌の表現を正面切って文章だけでやろうとするとどうしても美文調になりやすいのは、よく理解できます。(経験あり)
そして、示された文章はキャラの特徴を伝えるための一定の雰囲気は表現できているように感じますので、基本的には問題ないと思います。

4)描写の順序

他の方への返信に修正案を載せていらっしゃいました。中性的な容貌についての文章を先に持ってきていましたが、これは提示されている情報だけから原案とどちらがよいか判定することはできません。
仮に書き手がそのキャラの特徴として長い銀髪を印象付けたい理由があるのなら、むしろ原案の方が正解とも考えられるからです。髪の描写にさほどの意味がなく、中性的な容姿や冷ややかな挙動を印象付けたいなら、修正案の方がいいでしょう。
そういう問題なので、前後の文章(文脈や演出の流れ)を読まなければ何とも言えません。

5)実は前後の文脈の方がずっと大事

4と関連します。
一応質問しますが、この文章は小説そのものの冒頭の文章ですか?
私はそうではなく、多少は前があるのだろうと思ったのですが。

主人公ですからなるべく早めに登場させた方がよいということはありますが、書き出しの1行目でなくても大丈夫のはず。
で、この文章よりも前があるのなら、作品の基調となる雰囲気や、場合によっては主人公が初登場する前の何らかのフラグなどが施されているのではないかと想像します。
そこがどう書かれているかによって、同じ文章でもかなり印象が違うと思いますよ。

仮にこの文章が本当に小説の冒頭の場合は、他の方が指摘されているようにやや頭に入りにくい文章になっているようです。
なので、この文章の前にどういう予備知識や助走を読者に与えているかの方が重要かと思います。

(余談)
陶磁器といいますが、陶器と磁器は材質が明確に異なります。陶器は普通の粘土を焼いたものですが、磁器は陶石と呼ばれる白い鉱物を砕いた特殊な粘土を使います。
磁器は素の質感に光沢があるのですが、陶器はざっくり言えば窯を使って土器を高温で焼くことによって、土器よりも固く焼き締めます。だから本来の材質に磁器のような光沢はありません。多くの陶器の表面がつややかなのは釉薬によるものです。

以上は単なる知識なので文章表現の本質ではありませんが、一応、提示された描写には陶器よりも白磁の方がふさわしい理由を書いておきました。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 主人公の初登場時の外見描写

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元記事:主人公の初登場時の外見描写の返信

まず。一読した素直な感想から。
書き手が伝えたいことは、まずまず伝わる文章になっていると思いますよ。いくぶん纏まらない感じはありますが、微調整で修正可能な範囲かと。

いくつか思ったことを書きます。

1)腰をゆうに超える長さの、~

「腰までとどく」や「「腰を超える長さ」というのは髪の描写でよく見かけますから、少なくとも私は問題なく髪のことだなと思いました。

2)装飾的な言葉の多用

少し多すぎるかなという印象です。そのため変化をつける必要が生じたのか、「見る角度によって」「光の当たる角度によっては」というような意味のない言い換えをしている所がありました。

3)文章全体の雰囲気

2に関連します。意味のない書き換えと言いましたが、文章にリズムをつけるためにそういう書き方をしたくなることってあるんですよね。
これは「美しさ」を文章だけで表現しようとしたときに生じる問題です。文章を美しくしないと、読者は美しさをイメージしてくれないんじゃないかと書き手はあせってしまうんですね。
この点について詳しく考察するとかなり長い話になってしまうので、取り合えず今は省略します。

美貌の表現を正面切って文章だけでやろうとするとどうしても美文調になりやすいのは、よく理解できます。(経験あり)
そして、示された文章はキャラの特徴を伝えるための一定の雰囲気は表現できているように感じますので、基本的には問題ないと思います。

4)描写の順序

他の方への返信に修正案を載せていらっしゃいました。中性的な容貌についての文章を先に持ってきていましたが、これは提示されている情報だけから原案とどちらがよいか判定することはできません。
仮に書き手がそのキャラの特徴として長い銀髪を印象付けたい理由があるのなら、むしろ原案の方が正解とも考えられるからです。髪の描写にさほどの意味がなく、中性的な容姿や冷ややかな挙動を印象付けたいなら、修正案の方がいいでしょう。
そういう問題なので、前後の文章(文脈や演出の流れ)を読まなければ何とも言えません。

5)実は前後の文脈の方がずっと大事

4と関連します。
一応質問しますが、この文章は小説そのものの冒頭の文章ですか?
私はそうではなく、多少は前があるのだろうと思ったのですが。

主人公ですからなるべく早めに登場させた方がよいということはありますが、書き出しの1行目でなくても大丈夫のはず。
で、この文章よりも前があるのなら、作品の基調となる雰囲気や、場合によっては主人公が初登場する前の何らかのフラグなどが施されているのではないかと想像します。
そこがどう書かれているかによって、同じ文章でもかなり印象が違うと思いますよ。

仮にこの文章が本当に小説の冒頭の場合は、他の方が指摘されているようにやや頭に入りにくい文章になっているようです。
なので、この文章の前にどういう予備知識や助走を読者に与えているかの方が重要かと思います。

(余談)
陶磁器といいますが、陶器と磁器は材質が明確に異なります。陶器は普通の粘土を焼いたものですが、磁器は陶石と呼ばれる白い鉱物を砕いた特殊な粘土を使います。
磁器は素の質感に光沢があるのですが、陶器はざっくり言えば窯を使って土器を高温で焼くことによって、土器よりも固く焼き締めます。だから本来の材質に磁器のような光沢はありません。多くの陶器の表面がつややかなのは釉薬によるものです。

以上は単なる知識なので文章表現の本質ではありませんが、一応、提示された描写には陶器よりも白磁の方がふさわしい理由を書いておきました。

上記の回答(追記)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

磁器も普通は釉薬を使います。表面のつるっとした感じはそれによりますが、陶器より素材そのもののガラス質が強く、きめが細かくて硬質なのが特徴。陶器とは質感が違います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 主人公の初登場時の外見描写

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元記事:明確な主役がいない作品にも語り部になる主人公っぽいキャラは必要?

例えば敵と戦う軍隊そのものが主人公で、物語の核となる特別なキャラはいない。こういうのも群像劇というのかな?
そう言うかはともかく、このような話にも特定のキャラの視点で話を勧めたほうがいいですか?(主役ではないので死んでも物語は問題なく進む)
視点のキャラがいたほうがいいとしたら、見るからに主人公っぽい強いキャラとモブとしか思えないキャラのどっちがいいですか?

上記の回答(明確な主役がいない作品にも語り部になる主人公っぽいキャラは必要?の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

>例えば敵と戦う軍隊そのものが主人公で、物語の核となる特別なキャラはいない。こういうのも群像劇というのかな?

群像劇という言葉に明確な定義があるわけではありません。
ただ強いて言えば、複数の人間関係が影響しあって一つの大きなストーリーを形作るような作品を群像劇と呼ぶことが多いようですね。

>そう言うかはともかく、このような話にも特定のキャラの視点で話を勧めたほうがいいですか?(主役ではないので死んでも物語は問題なく進む)

その方がいいかどうかは一概に言えませんが、特定のキャラの視点で話を進める方が読者が物語に入りやすいという効果は期待できます。
小説は視覚のない文章だけの世界なので、散漫な構成だと読者は情景や出来事をイメージしにくいんですね。だからある程度安定した視点を与えてあげた方が読みやすくなります。

>視点のキャラがいたほうがいいとしたら、見るからに主人公っぽい強いキャラとモブとしか思えないキャラのどっちがいいですか?

見るからに主人公っぽい視点キャラがいたら、それは主人公でしょう?w

モブとしか思えない視点人物。
これは一般の小説なら普通にある手法です。上に書いたような理由で、読者と物語世界の距離を近くすることを狙った手法かと思われます。
ただ、ラノベの読者は語り手と主人公を同一視する傾向があるので、モブキャラを視点人物にすると違和感を持たれるかもしれません。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 明確な主役がいない作品にも語り部になる主人公っぽいキャラは必要?

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元記事:サブタイトルを決める意味

ネーミングセンスがないので、毎回サブタイトルに悩んでいます。
法則を決めるとネタ切れしそうだし、長いサブタイトルってどうなんでしょう? タイトルが長いのは集客の面で有効なのはわかるんですが、サブタイトルまで毎回凝るのは正直疲れそうです。
サブタイトルはどういった調子で決めていけばいいんでしょうか? 相談よろしくお願いします。

上記の回答(サブタイトルを決める意味の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

サブタイトルって、各話のタイトルという意味ですか?

全体のタイトルと冒頭は読者が最初に目にする入り口ですから、そこでつかむのは「集客の面で有効」と言えるでしょうね。
しかし各話のタイトルはそういう意味合いが薄いから、サタンさんも仰っていますがさほど重要ではないんじゃないかと。そこまで読んでくれた人は、内容が気に入ったということでしょうから。

それと。

>タイトルが長いのは集客の面で有効なのはわかるんですが、

本当に有効ですか? 確かに流行っていますけど、流行りすぎて猫も杓子も似たようなタイトルをつける状況が続いていますから、そろそろあきられてくる頃かもしれませんよ。

カテゴリー : その他 スレッド: サブタイトルを決める意味

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元記事:戦闘シーンにおけるスタンドプレーはそんなにリアリティーが描写なのか

どうもお久しぶりです。如月千怜と申します。
今回はバトルシーンの構成に関する疑問を質問させて頂きます。

本スレッドは以前のスレッドに書きこみをされた回答者の方が発端となって立てることになったスレッドです。
まず先に断っておきますが、私には回答者様及び提供していただいたご意見を糾弾する意図は一切ございません。
ただ納得できない描写への疑問を解決したいだけなのです。ですので「まだ根に持っているのか」などと言ったご意見はなるべく避けるようにお願い申し上げます。

まず私はどんな作品でも基本的に強い主人公が好きです。
前作の主人公は非戦闘員でしたが、代わりにヒロインがとても強く疑似的に彼女が主人公になっていました。
今回の主人公もかなり強いものを想定しております。
ただ頂いたプロットの中ではこういった記述がありました。

>>基本一匹狼で戦うのが性に合う主人公は個人戦での戦績は目覚ましいものの、チーム戦は苦手でそちらの方は芳しくないため実は学園での総合成績はそれほど高くない。(チーム編成は一学年ごとに可能で、今まではぎりぎり落第しないレベルで何とかチーム戦をこなしてきた)

私はこの記述に対してかなり強い疑問を感じています。
というのも私の書く戦いは主人公のスタンドプレーが戦況を好転させるものが多いからです。
私は「強い奴(この場合は主人公)が前に出て暴れるだけでザコの集まったチームは何もできずに負ける」というのがチーム戦のセオリーだと思っています。
これが実現できずに負ける状況ももちろんあるのですが、かなり限定されていると思うのですよね。
個人的には下記の状況が強い奴が実力を生かせないで負けるパターンだと思います。

1.明らかに足を引っ張るような弱いチームメイトがいる。
2.体調のコンディションが不調で全力を出せない。
3.相手チームの連携力が極めて優れているor相手チームの司令塔が極めて優秀。

ただ1に関しては誤射とかで負けたとかなら一応納得はできるのですが、それが起こらなければスタンドプレーで全然覆せるピンチです。
2に関してはやはり敗因に直結するものだと思うのですが、そういう日はそもそも見学させられるのが妥当です。
最後の3に関しては相手の能力に依存するポイントです。確かに相手チームが優秀ならスタンドプレーで切り崩すのは難しくなります。
ただこの授業をいつも同じチームで戦うと仮定すると「優秀な相手チームが優れたメンバーだけを集め、主人公は弱いチームメイトと組まなければいけない」という状況は教育の場として明らかに不公平すぎると思うのですよね。
私の学生時代の体育の授業で球技は勝率がなるべく平等になるよう別のチーム編成でやらせるものでした。
この方はいつも同じチームメイトと組む前提でプロットを組んでいるので、まずそこが重大な疑問なのですよね。(しかもその想定じゃないとシナリオが成り立たないというジレンマがあるという……)
だから3の状況も落第に直結するレベルで影響させるのは難しいと思います。

ただ上記の結論は、私の想定が100%正しいと仮定した上で成立するものです。
このような提案をした方がいるということは、私の想定が間違っている可能性もあるのですよね。
私のスタンドプレーに対する持論は皆様からしたらそんなにおかしいものなのでしょうか?
そちらに対してご意見を聞かせてください。

上記の回答(戦闘シーンにおけるスタンドプレーはそんなにリアリティーが描写なのかの返信)

投稿者 あまくさ : 3 人気回答! 投稿日時:

>というのも私の書く戦いは主人公のスタンドプレーが戦況を好転させるものが多いからです。
>私は「強い奴(この場合は主人公)が前に出て暴れるだけでザコの集まったチームは何もできずに負ける」というのがチーム戦のセオリーだと思っています。

別に間違ってはいないと思います。
ただしそれはリアリティーという範疇の話ではなく、如月千怜さんの作風がそうだということでしょう。もちろんそういう作風が好きな人は確実にいると思いますからエンタメ作品の作法としてありでしょうし、十分に一つのセオリー足りうると思いますよ。

ただ、 これまでのスレでも少し気になったのですが、 如月千怜さんは思考の幅を少し狭めすぎていらっしゃらないでしょうか? ご自身の考えにそぐわない意見は納得できないか、ご自分の作風ではないから興味がないという。
そこまで明言はされていないかもしれませんが、文章の行間からそういう風圧を感じてしまいます。
別に合わないことは採用しなくてもいいのですが、考え方は違っても(あるいは、むしろ視点の違う考え方だからこそ)少し立ち止まって検討くらいはしてみることによって得られるものも少なくないのではと思うのですが、いかがでしょうか?

ヒーローものの主人公であれば、私とてザコ集団くらいが相手であればカッコよくバタバタなぎたおしてほしいと思わないこともありません。しかしそれは、読者や視聴者に爽快感を与えるための主人公補正であって、あまりリアリティーがあるとは言えないでしょう。リアリティーがないことは承知で、エンタメのお約束として入れるシーンなんじゃないかと。でも、それだけでストーリーが盛り上がるものでもありません。

>ただこの授業をいつも同じチームで戦うと仮定すると「優秀な相手チームが優れたメンバーだけを集め、主人公は弱いチームメイトと組まなければいけない」という状況は教育の場として明らかに不公平すぎると思うのですよね。

理想論としてはそうでしょうが、現実は必ずしもそんなものではないですよ。悪い方の現実で考えれば、例えば優秀な生徒を集めることによって短絡的な成果につなげようとする教師や学校の方針とかもあるかもしれません。そこまでダーティでなくても、生徒に個性の違いを教えるために意図的にチーム編成を不均等にするということだって考えられます。
そういうことをあれこれ考えて主人公を説得力のあるピンチに直面させるストーリー作りこそ、作者の腕の見せ所です。初めから思考を放棄して、そんなことは有り得ないからと切り捨ててしまうのは勿体ないのではないかと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 戦闘シーンにおけるスタンドプレーはそんなにリアリティーが描写なのか

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元記事:初めての執筆について

はじめまして㎜というものです。
今回初めて小説を書こうと思ってたのですが、いざプロットを書いてみると既視感のある構成になってしまいました。要するにありきたりな話しになってしまいました。
私としてはどこか釈然としない所があるのですが、沢山の小説がある現在もはやありきたりではない内容を書くのは難しいのではと思っている節があります。
実際そのようなものなんでしょうか?
それとも私の物語の世界観を作る力が無いだけなのでしょうか?

上記の回答(初めての執筆についての返信)

投稿者 甘粕 : 0

既知でないあるいは既視でない物語は存在しません。
数百年も数千年も前に、殆どのジャンルのものは出尽くしているからです。
はじめてなら、ありきたりでもいいじゃないですか。

「おしまい」をいっぱい作る事……と誰かが言ってましたからね
(誰かは忘れてしまった)

まずは書きましょう。そして完結させましょう。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 初めての執筆について

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投稿日時:

元記事:何を書いたら良いか分からないのと、燃え尽き症候群で困っています。

どうも、こんにちは。
一番合戦 仁こと竹牟礼 基です。

本当に困ったことになりました。
皆さんに知恵を、できれば力をお借りしたいのです。

「僕の異世界冒険記~白きエルフに花束を~」の執筆を終えて、燃え尽き症候群に陥ってしまいました。
第二稿を書き上げようと思った矢先に、書く気がガクッと失せてしまったのです。

師匠もアニメ版ポケモンの脚本家の二百回以上もあるコラムをすべて見ろと仰るし…。
「正直に言って先生を間違えたかなぁ」と今更ながらに思います。
その後母に、とある事情でスマホを取り上げられてしまい、電話番号を交換して居ないので、師匠と連絡が取れなくなるという踏んだり蹴ったり殴ったりな状況です(泣)

本来執筆とは、基本的に自分一人で行うものですが、メンター(教え導く人)が居ればとてもやりがいが有るものだとは思うのです。
何処かに良い場所は無いでしょうか?
できれば「我こそは!」と名乗り出てくださる方がいらっしゃれば、尚嬉しいのですが…(募集行為って板違いでしたっけ?だとしたら、ビシッと指摘して下さると助かります)。

上記の回答(何を書いたら良いか分からないのと、燃え尽き症候群で困っています。の返信)

投稿者 玄翁 : 1

竹牟礼さんは書き終えた小説の続きを書く気力がなくなったのでしょうか?
それとも小説を書くこと自体の意欲がなくなってしまったのでしょうか?
前者なら人間一つの事に集中していても疲れたり飽きるとかはあるのでそれは一旦置いて全く別の作品を書いてみてはどうでしょうか?
あるいは気晴らしに短編を書いてみてもいいかもしれません。
後者だと変に自分に強制するのは逆効果だと思いますので、書きたいと思うまで何もしないのがいいと思いますよ。

師匠さんとの件ですが、お金を払って教えてもらうレッスンプロならともかく、普通は弟子が師匠について行くのが本来の師弟関係だと思いますので、ついて行けないと思うのなら離れてしまうのもやむなしだと思います。

ただ相談内容から得られる情報を見るかぎりではあなたの師匠と呼ばれる人は師匠としてそれなりに力を尽くしてくれていると私は思いますが。

いずれにせよ、師匠と呼ぶ存在に対して自分に嫌な思いをさせることなくひたすらモチベーションだけを上げてくれるよう求めるのはお門違いですので別に探した方がいいでしょう。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 何を書いたら良いか分からないのと、燃え尽き症候群で困っています。

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投稿日時:

元記事:小説の冒頭をラストシーンから書き出すのはアリか?

ライトノベルの応募を行おうと考えている者です。
sf(スペースファンタジー)で冒頭で黒幕2人が会話する場面のラストシーンから始めたいのですが、これで応募しても大丈夫でしょうか?

上記の回答(小説の冒頭をラストシーンから書き出すのはアリか?の返信)

投稿者 ヘキサ : 0

詳しいことはサタンさんの意見で充分だと思うけれど、いわゆる「so what(だから何)?」で終わらない内容かどうかに気をつける、というのが大事なんじゃないかと思う。

”so what ?”は、いい意味では「それが物語にどう関わってくるのか、興味を惹かれる」、悪い意味では「全然物語の内容として重要でない・興味を惹かれないように思えるんだけど」に使われるので、もちろんこれは読者それぞれの主観によるわけだけれど、そこを落ち着いて考えましょうか、というか。

迷うくらいなら普通に書け派ですが、新人賞受賞作でそういうのをやったのを見たこともあります。それはマイナーな素材をピックアップした歴史小説だったので、どちらかというとその着眼点の良さで評価されていたようですが。sfで黒幕の語りですか……内容次第ですかねー。

古畑任三郎型は「犯人側の心理描写を楽しむ」のが主旨だから、「それをやることで、読者が何を楽しめる?」を言い切ることができるのなら、アリだと思う。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 小説の冒頭をラストシーンから書き出すのはアリか?

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投稿日時:

ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

プロ作家、編集者にアドバイスしてもらえる!勉強会で腕を高めあえる!小説で飯を食べていきたい人のための創作コミュニティ。学生には交通費1000円を支給。

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