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元記事:神視点での小説の成功例の返信の返信の返信の返信の返信

「~太郎は思いもしなかったのだ」という文章がストーリーの流れをぶった切るので、没入感が妨げられるということですよね。
それって、人称とか視点とか、関係なくないですか?
例えば、「ここでその説明いる?」みたいなケースもあると思うんですよ。そこでリズムが狂って没入できなくなる。あるいは、急に回想シーンに突入するとか。
最初の例だって、一人称でも成立しますよね。「些細な一言が、のちに悲劇を生むとは、この時の私には想像すらできなかった」
神視点だけに起こる問題点ではないと思いますよ。

「視点ぶれ」について。
まず自分が書く場合ですが、「読者から見てわかりやすければそれでいい」とは思ってません。一元視点なら、絶対に他視点にはならないよう細心の注意を払います。多元視点の場合は、視点移動が無意識に行われるように工夫します。本当に出来ているかは自分では判断できませんが。
Webで小説を読むようになって、他人の作品に関しては寛容になりました。読んでいて混乱しなければ、ぶれていてもいいんじゃないか。実際、なろう系の書籍になってる作品で、視点の揺らぎがあるものも存在しますから。ラノベの世界では、そこまで煩く言わなくてもいいんじゃないかと。
もちろん、hexaさんのこだわる気持ちもわかります。繰り返しになりますが、私自身、執筆の際は肝に銘じてますので。

>門弟ひとりひとりの技量に合わせて「君にはまだ神視点は勧められない」などとチェックを入れています。おもな理由は「ひとりひとりのキャラクターをくっきり書き分けられているか」などだそうです。

「小説道場」は、恥ずかしながら読んだことがないので、私の解釈が正しいかどうかはわかりません。
が「神視点」を「多元視点」と置き換えても成立するんじゃないでしょうか。
つまり、各キャラクターをしっかり掘り下げておかないと、視点者にはなれないよ。という意味だと捉えました。

上記の回答(語り手とカメラを意識させるのはまずい)

投稿者 あまくさ : 2 投稿日時:

横槍、申し訳ありません。

>「~太郎は思いもしなかったのだ」という文章がストーリーの流れをぶった切るので、没入感が妨げられるということですよね。
>それって、人称とか視点とか、関係なくないですか?

これは人称・視点に関係あると思います。
「~は思いもしなかったのだ」という文章は、一人称であれば語り手キャラが未来の時点から物語を振り返っていることを示します。しかし三人称の地の文でそう書くと、「誰が振り返っているのだろう?」という疑問が生じてしまいます。
もちろん三人称の地の文はすべて誰が語っているのか分からない「空気」のような存在なのですが、読者にそれを意識させてしまうことがまずいのです。「今、読んでいるのは所詮作り話にすぎない」ということを読者が思い出し、それによって醒めてしまうおそれがあるからです。

映画のカメラ。三人称小説の語り手。この二つはどちらも、観客や読者は物語に没入しているときには存在を忘れているはずです。それを思い出させてしまうような表現は避けるべきです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 神視点での小説の成功例

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元記事:語り手とカメラを意識させるのはまずいの返信

なるほど、詳しい解説ありがとうございました。とても勉強になります。
その上で質問があります。
「~は思いもしなかったのだ」という文章、一人称では問題はなく、三人称神視点では没入感が妨げられる。とのことですが、三人称一元視点の場合はどうですか。
視点者の思考と捉えることもできるので、問題ない。か、やはり神の視点であるから、適当ではない。どちらでしょうか。

もうひとつ、三人称では地の文に嘘があってはならないといわれます。逆にいうと、視点者が知らないことでも、事実であれば書くことができます。
以前のレスで、あまくささんは神視点であれば表現できることの例を挙げてました。それは、たとえ事実であっても一元視点ではダメだと考えますか。

>事件の背景となる事柄とか、SFだったら特殊な物理法則だとか、あるキャラとキャラが仲が悪い理由の解釈だとか、過去の出来事だとか、遠い将来に主人公が遭遇する運命だとか

この中で、「あるキャラとキャラが仲が悪い理由の解釈」は視点者の解釈であれば可能だか、それ以外はNG。「遠い将来に主人公が遭遇する運命」は、上記で論じられている。ではそのほかは?
例えば、過去の出来事だったら、一般的に知られている歴史を振り返るのなら大丈夫だが、登場人物の過去はNGなのか、それとも一般的な歴史でもダメなのか。

お答えいただければありがたいです。

上記の回答(語り手とカメラを意識させるのはまずいの返信の返信)

投稿者 あまくさ : 2 投稿日時:

以下はあくまでも私の考え方なので、もちろん異論はあると思います。また、視点・人称はルールではなくテクニックだというお考えには同感です。だからこそ原則論ではなく、それぞれの視点の長所・短所を踏まえた上で最も効果を発揮させるためにはどう書くのがよいかという私なりの方法論から意見を述べています。(なので論理的には矛盾することを言っている場合があるので、この問題は説明するのは難しいんですね。まあ、やってみます)

(1)
>「~は思いもしなかったのだ」という文章、一人称では問題はなく、三人称神視点では没入感が妨げられる。とのことですが、三人称一元視点の場合はどうですか。

三人称一視点と最も相性が悪いと思います。

(2)
>例えば、過去の出来事だったら、一般的に知られている歴史を振り返るのなら大丈夫だが、登場人物の過去はNGなのか、それとも一般的な歴史でもダメなのか。

一般的な歴史はOKでしょう。三人称一視点の記述は、基本的に視点人物(視点を固定する人物)の知識と一致させた方がいいように思います。

(1)について。
「~は思いもしなかったのだ」という文章は、一人称でも問題はあると思います。
こういう書き方の問題点は三つ。

A 時系列の乱れ。過去を振り返る文章なので、叙述の流れを止める、進行中の時間の流れと合わないなどの問題が生じる場合があります。

B 物語全体が回想になってしまう。

 小説の時間には大きく2分して、回想型と現在進行型があるように思います。どちらがよいか一概には言えないでしょうが、緊迫感をつくためには現在進行型の方が有利です。「~は思いもしなかったのだ」と書くことによって読者と物語の距離感が遠くなってしまうリスクがあるんじゃないかと。

C カメラは過去を振り返らない。

 現代的な三人称の視点は比喩的によく言われる「カメラ視点」であり、人格を持たないのが特徴です。
ただ、文学史的にはこの「人格を持たない視点」という手法が確立するまでが大変だったんですよ。「昔々、あるところに~」というのは、語り手が過去の知っている出来事について語っているという体裁をとっていますよね? つまり作者視点・語り手視点が物語の原型なんです。
三人称の地の文から作者を切り離し得たのは、現代小説の大きな方法的成果。なのに、「~は思いもしなかったのだ」という文章を含めて作者の顔が地の文に出てきてしまう書き方は、古典的な語り手視点の世界に引き戻してしまうんです。

で、ですね。
一人称であってもA・Bには絡んできますから、問題がないとは言えません。ただし一人称はCには引っかからないという意味で、先の書き込みでは大丈夫だと書きました。
なぜなら一人称は普通に語り手視点です。ただし、語り手は作者ではなく作中の登場人物のうちの誰かという体裁をとっています。カメラ視点三人称とは別の方法で、地の文から作者を隠しているんです。なので「~は思いもしなかったのだ」と書いても一応違和感は少ないのだと考えられます。

で、三人称一視点。これは最も実践的な視点手法で、簡単に言えば一人称と三人称のいいとこ取りを狙っているんですね。なのでこの手法は、何をやってよくて何がダメなのがという判断が難しいんです。

私見ですが三人称一視点の最大の狙いは「臨場感」だと思うんですね。

一人称にも物語と読者の距離感が近くなるという長所がありますが、語り手キャラの主観が目立ちすぎるため、「場の空気間」を表現するためには必ずしも適していません。三人称一視点は読者を視点人物に寄り添わせつつ、視点人物の心理描写は(軽く入れる人もいますが)淡泊にとどめるので、臨場感を出すためには最適な手法だと思うんですね。

つまり三人称一視点は、説話的物語手法(神視点)から現代的な三人称に進化してきた過程の一つの到達点なのだと考えています。

(2)について。
これまで述べてきたような理由で、三人称一視点では現代的三人称の客観描写を守りつつ、一人称的な効果も取り入れることを目指したいのです。そのために、文章そのものは三人称のルールに従いながら、敢えて一人称の制約を加えてしまうという方法が考えられます。一人称の制約の一つは「視点人物が知らないことは書かない」、ですよね?
なので、そのキャラが知り得ない他人の過去は書いてはいけないし、歴史の知識など誰でも一般的に知っていておかしくない過去は書いてもかまいません。

(補足)
ここまで三人称一視点(一元視点、単一視点)を推奨するような書き方をしてきましたが、一方で「現代的神視点」みたいな手法もありなんじゃないかと個人的には考えています。
ハリウッドなどで物語の面白さの基本は神話に見出せるのではないかと研究されていることからも分かるように、神視点的な手法は波乱万丈で内容の豊富なストーリーを書くにはおそらく適しているのだと思います。
ここまで神視点の欠点をいくつか書いてきましたが、逆に言えば従来の神視点的書き方からそういう欠点を取り除けばいいということでもあります。単に多視点の弊害ならば、 f-logさんも仰っているように読者が混乱しないように書けばすむだけの話です。しかし神視点には hexaが指摘されたように、地の文に「作者」が不用意に顔を出すことによる没入感の妨げという別の弊害もあると思うんですよ。このもう一つの弊害は、一見、視点・人称とは無関係に見えるからこそ、気付かれにくいんじゃないかと。
しかしこれは神視点を無頓着に採用することによって発生しやすい弊害なので、やはり視点・人称の問題の一つであるし、読むに堪える優れた神視点小説を書くためにも強調しておきたいところです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 神視点での小説の成功例

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元記事:物語に合わないキャラクターとは

どうもお久しぶりです。マリン・Oと申します。
ただいま私は新作の企画を練っている最中なのですが、また知人から酷評を受けている真っ最中です。
今回プロット段階から受けた酷評はキャラクターの話なのですが、知人の酷評に従うべきか否かのご意見を下さい。

今考えている作品のレギュラーキャラは三人いるのですが、その内の一人が「お前の作風にあわないからやめろ」と言われています。
ちなみにジャンルは今回もバトルものです。一昔前に流行った学園もの要素も少しだけ入れてあります。

<ここから少しキャラ紹介入ります>

清澄エリカ
主人公。剣での接近戦を得意とする女子生徒。
学校内では戦闘の授業で高い戦績を挙げているため、顔を知らない相手から知られていることもある。
ただ勉強は苦手。特に数学はかなり悲惨。

スカー(仮名)
自分が一番強いと思っている困ったちゃん。しかし実際の戦績は芳しくなく、態度の悪さから同級生からは嫌われている。

ベアトリクス・イーダ・シェーンハイト
エリートお嬢様。二丁拳銃での射撃戦を得意とする。
実力が伴わないスカーを嫌っており、第一エピソードでは彼女がスカーをいじめることで主人公のエリカと敵対する。
エリカに敗北した後は仲間になる。しかしスカーのことは相変わらず嫌っている。

ええ、このような三人の物語を構想していたのですが、知人からはスカーを外すように指示されました。
というのも、第一エピソードの事件が終わった後もベアトリクス自身はいじめに対して改心しないという設定で考えていたからです。
これに対して「悪役が改心しないで仲間になるのはいかがなものか」との主張を受けました。
ただ実際のいじめっ子ってものは、一度や二度注意されたところで改心するような奴はそうそういないんですよね。
ひどい奴は年度の開始から終わりまで注意され続けたのに一生反省しないとか、がザラです。
※実名を出さない掲示板だから言いますが、私はかつていじめの被害にあったことがあります。上記の記述も私が実体験で見たものです。
一応スカーとベアトリクスについては、しかるべき時が来れば和解させるつもりで設定を組んでいます。
以前のスレッドで言及したが、スカーを誘拐事件に遭わせて救出する過程で和解するという展開です。

この二人の関係に関しては、現行で行くのはまずいのでしょうか?
マイルドにした方がいいのならばそちらに合わせたいと思っています。

上記の回答(物語の本筋は?)

投稿者 あまくさ : 3 人気回答! 投稿日時:

まず質問します。
その構想の中で、スカーとベアトリクスのどちらがより重要な人物ですか?

私がご質問の文面から受けた印象では重要なのはベアトリクスの方なのかなと感じたのですが、どうなのでしょうか?
なぜそう思ったかと言うと、知人の方から「スカーを外すように指示された」と書かれていたからです。

>「悪役が改心しないで仲間になるのはいかがなものか」

とも仰っていますが、そうであるならば、「まずベアトリクスがスカーと和解してしてから仲間になる方がよい」という方向のアドバイスになるはずです。そうではなく「スカーを外せ」となったのは、おそらくスカーがポジションのわりにキャラが立ちすぎ、またはしゃしゃりすぎてストーリーのバランスが悪くなっていると感じられたのではないかと。

 *

スカーとベアトリクスの重要度に話をもどします。
スカーも3人のレギュラーキャラの一人ということですから、重要でないということはないと思うんですね。
ただ、よりストーリーの本筋に近いのは、

・エリカとベアトリクスの物語。

・エリカとスカーの物語。

どちらなのか?、ということです。
質問の文章を拝見した限りでは、エリカと緊張感のあるドラマを作りやすいのはスカーよりもベアトリクスの方ではないかと思えます。
実力があるにも関わらず自然体でふるまう主人公エリカ。実力至上主義で他者に対する寛容性に欠けるベアトリクス。いかにも価値観が衝突しやすい二人だと想像できます。

でですね。
このストーリーがエリカとベアトリクスの物語だとすると、スカーのストーリー上のポジションはエリカとベアトリクスの関係を変化させる「触媒」だと思うんですね。対立のキーワードは「実力主義」だと思えるので、実力がないのにイキがるスカーというキャラはうまく使えば触媒として機能しそうです。ところが「スカーを外した方がよい」という感想が出てしまったということは、現状のプロットではスカーがそのように活かされていないという印象があるのではないかと。

 *

ベアトリクスについて。
このキャラ、そもそも悪役ということになるんですか? 文面からの印象ではどちらかというとクセの強いライバルという感じがします。後半に誘拐事件があるなら、悪役はそっち絡みで作ればいいと思いますが。

高慢で、気に入らない相手をいじめるお嬢様。一見、悪役令嬢っぽいですが、本人に実力が伴っていて、実力もないのにイキがる者を嫌うということなら、筋は通っています。そういうお嬢様なら、多少嫌味なほど高慢でも最近はわりと人気があるような気もしますが。
にもかかわらず、「改心しない悪役」という印象を与えてしまうとしたら。

・スカーに対するいじめが度をこしている。

・スカーが欠点はあるにしても「可愛げのあるイキリオタク」など、それなりに読者に愛されるキャラになっている。

などが考えられます。

なので、

ベアトリクスは実力至上主義の信条からスカーを許せず、つらくあたる。 → 実力至上主義ゆえ、エリカに敗北すると素直に仲間になろうとする。 → スカーの態度が改まったわけではないので嫌いなのは変わらないが、エリカの意を汲んで手ひどい行為はひかえる。(冷たい視線を向けたり、チクチク皮肉を言う程度)

例えばこんな流れなら問題ないと思いますが。

 *

まとめます。

1)構想されているストーリーの本筋は何か、特に誰と誰が主軸となる物語なのか?

2)1によって、何を読者に伝えたいのか?

3)1・2の本筋に照らして、副次的な要素(仮にエリカとベアトリクスの物語なのだとしたら、スカーのポジション)が、狙いとミスマッチになっていないか?

4)1~3の設定が大筋で妥当だとしても、微調整が甘くなっていないか? (例えば上記の、ベアトリクスやスカーのキャラ・イメージなど)

などを点検してみると良いのではないかと思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 物語に合わないキャラクターとは

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元記事:著作権登録について

 まだ気が早いとは思うのですが、一応万一のため作品をネットに上げる前に著作権登録をしようと思っています。

 思ったのですが、これって本に関する作者の名前等が公開されたりするんでしょうか?
 本の作者の実名が調べれば出てくるようになって読者のイメージを壊すようなことにはしたくないのですが。

上記の回答(著作権登録についての返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

著作権は登録しなくても発生します。また、公開前に登録することはできないようです。

文化庁ホームページ

ttp://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/toroku_seido/

(引用はじめ)
(1)著作権登録制度とは

 著作権は著作物を創作した時点で自動的に発生し,その取得のためになんら手続を必要としません。ここが,登録することによって権利の発生する特許権や実用新案権などの工業所有権と異なる点です。著作権法上の登録制度は,権利取得のためのものではありません。また,登録は著作権の移転の要件ではなく,登録をしなくても移転の効力は有効に生じます。
 では,なぜ登録制度があるのでしょうか。
 それは,著作権関係の法律事実を公示するとか,あるいは著作権が移転した場合の取引の安全を確保するなどのためです。そして,登録の結果,法律上一定の効果が生じることになります。
 なお,プログラムの著作物を除くその他の著作物については,創作しただけでは登録できません。著作物を公表したり,著作権を譲渡したなどという事実があった場合にのみ,登録が可能となります。
(引用おわり)

カテゴリー : その他 スレッド: 著作権登録について

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元記事:語り手とカメラを意識させるのはまずいの返信の返信の返信

詳細な回答と解説、ありがとうございます。大変参考になります。

(1)について。
Aの問題点については、私も認識してました。最初に例として出した際に「ダサいかどうかはともかく」と書いたのも、こういう部分が単に視点の問題だけではないからです。例として最適ではないと思いつつ、他に思い当たらなかったので、注釈付きで挙げました。
A・Bの問題は人称視点とは関係ないので置いておくとして、Cの部分で一元視点は引っかかるということなんですね。
一元視点のチェックに、一人称に変換するという方法がありますが、この件については通用しないようですね。

質問しておいてなんですが、私の感覚として、三人称の地の文に人格が垣間見えることが、そこまでリーダビルティーに影響するんだろうかと疑問があります。
先の例では、それ以外の問題点の方が大きいのではないかと。好例が思いつかないので、間違ってるかもしれませんが。

回顧型の小説
歴史小説によくみられるタイプかなと思います。そもそも過去の出来事であることが、前提ですからね。
人物を描くのなら、感情移入もしやすく、臨場感もある「現在進行型」が向いてますが、歴史の転換期にスポットを当てたものや、その時代になにが起こったのか、客観的に描く作品なら「回顧型」が向いているんじゃないでしょうか。

>三人称一視点の最大の狙いは「臨場感」

私の考えでは最大のメリットは「客観性」だと思っています。
一人称の場合は、すべて視点者の言葉で語られるので、それが作者の主張と同一視されがちです。ですが、かならずしもそうではありません。三人称にすることによって、視点者と距離を置くことができ、作者の意図が別にあることを示せることが、大きいのではないかと考えます。

(2)について。
>基本的に視点人物(視点を固定する人物)の知識と一致させた方がいいように思います。

ということは視点者が知りようのない「特殊な物理法則」などもダメということですね。
私は、三人称の地の文には、客観的事実でないと書けない。逆にいえば、客観的事実であれば、何を書いてもかまわない。と考えており、視点とと結び付けてはいませんでした。
今回、皆さんの指摘を受け手元にある小説をチェックしたところ、視点者の知識から逸脱した内容には触れていないとこに気づきました。
また、サタンさんの「作者の解説文」の見解を読んで、確かに視点者の知識から逸脱した内容については、最初か途中で挿入するかの違いはあれど、物語の進行とは切り離して記述してあるなと、思い当たりました。
とうことで、質問させていただいたのですが、やはりそうなんですね。
この件について、「三人称なんだから、客観的事実は書いても問題ないでしょう」という考えの人はいないんでしょうか。いれば、意見を伺いたいです。
子供が視点者で、地の文に大人でないとわからないような記述がある、というのは例外なんでしょうね。

「現代的神視点」
当てはまっているかどうかは、わかりませんが、ファンタジーで吟遊詩人が語るという、体裁をとった作品を読んだ覚えがあります。
三人称の変わり種としては、金田一耕助シリーズは、実在する金田一探偵の冒険譚を、友人である作家の横溝正史が記録に残す、という形になってました。
横溝氏が登場する作品もありました。
当初から想定していたとは思えないので、シリーズを続ける際に何らかの必要性があったのでしょう。

上記の回答(語り手とカメラを意識させるのはまずいの返信の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

実は私は視点オタクの気がありまして(笑

>質問しておいてなんですが、私の感覚として、三人称の地の文に人格が垣間見えることが、そこまでリーダビリティーに影響するんだろうかと疑問があります。

そこは書き手の腕かな。使いこなしてしまう作者はいると思います。しかし、多少なりともリーダビリティを損なう恐れのある文章を大して意味もなく書いてしまうのは避けておく方が賢明です。書かなければすむだけの話なので。

>私の考えでは最大のメリットは「客観性」だと思っています。

異論はありませんが、それは三人称そのもののメリットかなと。三人称一視点(一元視点)の話なら、三人称なのに一人称のように一人の人物に視点を固定する理由を知りたくなりますよね?
その疑問への答えとして、 f-logさんは「読者を混乱させないため」ということをあげていらっしゃいます。一方、私と hexaさんは「それもあるけれど、他にもメリットがあるんじゃないか?」と考えているわけです。そこで微妙に意見が食い違っているのだと思います。

三人称の記述には客観性がありますが、読者と物語の距離感が遠くなりがちという問題点があると考えています。
三人称一視点には、読者が物語の世界の中で実際に情景を見たり誰かと会話したりすることを疑似体験させるという狙いもあると思うんですよ。
一人称にもそういう効果はあるでしょうが、語り手の主観が前面に出すぎるのと、語り手と読者が向き合ってしまうような感覚もあるので、世界を疑似体験させるには必ずしも最適ではない気がするんですね。
なので、むしろ臨場感という点において三人称一視点は一人称よりも優れていると考えています。

>「三人称なんだから、客観的事実は書いても問題ないでしょう」という考えの人はいないんでしょうか。

いや、もちろん問題ないと思いますよ。
というか三人称の原則としては間違いではないということです。ただ、一視点には上記のような狙いもあるという考えに立てば、その狙いにはそぐわない。だから、わざわざ一視点にするメリットが半減するんじゃないかという考えです。

ただ。
世の中には妖怪のような剛腕をもった作者もいるもので、上のような考えを嘲笑うようにあたかも視点に無頓着なような書き方で、リーダビリティもそこなわず臨場感も演出してしまうんですね。
そういうのを個人的に「現代的神視点」と考えています。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 神視点での小説の成功例

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上記の回答(今のライトノベルについての返信)

投稿者 サタン : 0

スレ主さんの過去の質問は、どうも「恋愛」に終始していて、正直なとこコレを書けないことにコンプレックスがあるように受け取れます。
何度も多くの回答者から「恋愛にこだわる必要はない」と答えをもらっておきながら、なぜいつまでもそこにこだわるのか、と考えると、そのような答えしか浮かびません。

本当は書きたいのであれば、どのように恋愛を書けば良いのか学ぶべきだし、その感性がわからないのであればテクニックで書けば良いだけです。
はっきり言って近年よくあるハーレムものはこれっぽっちも「恋愛」してません。その程度であれば恋愛どころか恋をしたことない人にだって書けます。
技術的には単に感情の変化や恋をしてる状態を描写できれば良いだけなので、描写テクニックの問題でしかなく、「恋愛」という感情はまったく理解する必要がありません。
例えば、「すごく性格の悪いキャラが、実はいいヤツだった」というベタな展開を書くことが出来るなら、その「性格描写」を「感情描写」に変えるだけで「嫌いな人を好きになった」という展開が書けるので、なんも難しいことはありません。

そして、本当に近年のライトノベルやWeb小説を読んで「ハーレム学園ラブコメ」がウケていると思うのであれば、感性が10年古いので、読まれてる作品の何が面白いのかを良く分析してみると良いです。
ラノベでこうした「恋愛要素」はハズレにくいので扱う機会が多いですが、学園ラブコメをメインテーマに据えた作品のヒットは「とらドラ」とかが流行ってた時期なので、10年は言い過ぎだけど相当古いです。
現在でも一定の需要はあると思うし、前述した通りハズレにくいのでラブコメ作家など専門にされてる方は今も書き続けていますが、別に流行ってはいません。

もう少し突っ込んだことを考えると、「ハーレム」「ラブコメ」の何がウケてるのか、と考えると新しいものも生まれると思います。
例えば「ハーレム」は結局のとこチヤホヤされたい願望だったり、「ラブコメ」ないし「ラノベの恋愛」は異性に認められたいという承認欲求の一部だったりするので、それさえ満たせれば「ハーレム・ラブコメ」でなくても良い。当然「恋愛」する必要もない。
主人公ヨイショが激しい異世界転生・転移などWeb小説はこの傾向が強く、中でも君主ものなど女性キャラばかりでは不自然な作品群では「男女問わず君主として敬愛されている」という方向でこれら欲求を満たしています。

恋愛要素云々じゃなくて、貴方は何が書きたいんですか、って話。
「恋愛要素があったほうがいいから、そういう話を考える」じゃなくて、
「書きたいものに、どうやって読者が求めているものを取り入れるか」って話。
恋愛要素については過去二回の相談で多くの回答をもらっているハズです。その回答欄以上の答えはないと思う。
それを読んだ上で更に何か疑問があるのであれば、残念ながらその真意はたった一行では伝わってきていません。
本当は何に悩んでいるのでしょうか?
納得できない回答であったのなら、別に考え方は人それぞれなので叩くような真似はしません(まあ私は少々口が悪いが)し、疑問や反論があれば返信をくれれば皆付き合ってくれるので、是非どうぞ。

カテゴリー : その他 スレッド: 今のライトノベルについて

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:読む せんはあらしですか

この人とサ.タンあまくsってひとらは質問がひとけたなのに回答のけたがおかしくないですか、彼らは一体ラノベ界のなんなのでしょうか

上記の回答(角栓はブルーチリペッパー)

投稿者 ごたんだ : 0

植草臭画せや!

テメエが組織よりも優先する個性があるかよっ!!?

カテゴリー : キャラクター スレッド: 読む せんはあらしですか

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:chatgpt活用法

chatgptの活用法を考えてください。
私はまず最初にプロットやそれに毛の生えた程度の小説を書きます。それを貼り付けて、「この小説を長文にして。セリフもたくさんいれて」などと書きます。
ネットによくある方法はプロットやキャラも書いてもらうものでしたがそれなは手を出してません

上記の回答(『ふっ…バター犬にはなるなよっ!!?」)

投稿者 ごたんだ : 0

対話型って次点で獣に処女帯を塡めたような朝化Danithがガガ、ガッ!!!

熱湯に刀工など、示威から発射される体液が描く虹のような偉人史で酔いのDeath!!!??

カテゴリー : ストーリー スレッド: chatgpt活用法

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