小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:これでいいのか?

ちょっともやもやするので、相談させて下さい。

あるネットの記事を見ていたら、「防ふり(痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います)」の作者の方が、こんな事を言っているらしいのです。

以下はその抜粋です。

「はじめに
この作品がご都合主義的展開を含むこと。
また、作者が息抜き程度に書き始めたもののため読む人によっては耐え難い矛盾や違和感を感じる可能性があることが予想されます。
特に、【VRMMO】として完成されたゲーム性を楽しみたい方にはお勧めできません。

そして、それらに対しとても不快に思った際は速やかにページを閉じ、この作品を切ることをお勧めします。無理して読むことは息抜きや趣味の読書では無いと思います。
また、その後他の楽しい作品を探しに行くことを推奨します。
以上のことを踏まえた上でどうぞご覧ください!」

何だか、これを聞いて、呆れるやら腹が立つやら、色々もやもやします。

私は、ご都合主義を否定する訳では無いですが、肯定したくも無いです。
ですが、この作者のコメントは、余りにも投げやりというより、傲慢では無いでしょうか。
完全な開き直りで、

「自分は好き勝手に書いているので、ご都合主義もへったくれも無い。あらゆる常識や法則も無視する。」

と、宣言しているも同じです。ある意味で、考える事をやめているとも言えますが、
これでは、デウス・エクス・マキナどころか、「作者は唯一無二の神であり、神である作者が全て正しい。」という暴論とも取れます。

それと、私は読者に対してとてもじゃないですが、「この本の内容が気に入らないのなら、読まなくて結構です。」とは言えません。
「うちの味が気に入らないのから帰れ!」と言うラーメン屋の店主と同じで、ある意味で潔いとも言えますが、作者が読者を選んではいけない様な気がするのです。

今は、なろう系という言葉でひとくくりにする様ですが、ライトノベルというのは、読みやすさに重点を置く小説だけど、無視してよいものと、無視していけないものがあると思います。

アニメだけ見た感想ですが、「防ふり」というのは、ご都合主義の塊みたいなもので、私は途中で耐えられなくなって見るのをやめました。
要するに、「理屈も何もかもを捨てて、頭を空にしないといけない」という事が、私は出来ませんでした。

この様に、作者が開き直ってしまい、「ついて来れる奴だけついて来い」と言う様なコメントで、書いてる側が読者を選ぶ様な事や、説明がつかないご都合主義だらけの展開を押し通すのは、物語としてどうなのかと思うのです。

まあ、「面白ければ、細かい事はいいんだよ」という一定数のファンが居る事も事実なのですが、こういう作品がまかり通ってしまうのなら、一生懸命に設定やストーリーを考えている事が、何だか馬鹿らしく思えてしまいます。

新人賞の審査員コメントを見て、「なるほど、次からはそうしよう」「こうやってみたら、面白くなるだろうか」などと、必死にアイディアを練っている事が、無駄な事だと思わされそうになります。

この作者は確かに成功したには違い無いですが、私としては何だかすっきりしません。
真面目に考え過ぎかも知れませんが、皆さんはどう思われたか、何かご意見のある方がいらっしゃれば、よろしくお願いします。

上記の回答(これでいいのか?の返信)

投稿者 手塚満 : 3 人気回答! 投稿日時:

有名作品の作者だからって、無関係でしょ。赤の他人でしょ。その人は先生でも上司でもないんでしょ。真似しないといけない理由もないんでしょ。

だったら放っておくことです。スレ主さんが勝手に反応したところで、「防振り」作者さんには何の責任もない。ここが気に入らない、というなら真似しなければいいだけ。モチベが下がる、とか何の難癖ですか。繰り返しますが、赤の他人なんでしょ? そんなケチのつけ方、真面目じゃなくて不真面目ですよ。八つ当たりなんだもの。

せっかく一次通過したんでしょ? 次の公募でも一次、さらに二次と突破したいんではないんですか? だったら、他人の欠けたところみたいな無関係なことにネガティブかまけてないで、自分がやるべきことやったらどうでしょう。

仮に「防振り」作者さんが「心を入れ替えました。これからは読者のために尽くします」と表明しても、スレ主さんの作品が向上もしないし、劣化もしません。そんなことあったらオカルトですから。スレ主さんが自分を高める努力をすれば作品も向上するし、怠けていればスレ主さんも作品も劣化する。それだけのことです。

怠けるよりもっとマズいのが、何かを、誰かを貶してばかりいることです。

「怪物と戦う者は、自ら怪物にならぬよう用心したほうがいい。
あなたが長く深淵を覗いていると、深淵もまたあなたを覗き込む。」(ニーチェ)

何かを一生懸命貶しても、自分が伸びることはありません。危険を避けるとか、反対の方向の良いものに近づけるとか決してないです。逆に貶していることを身に着けてしまいます。何かをしたら、好むと好まざるにかかわらず、学んでしまいます。怪物と戦い続けたら怪物になってしまいますよ。

だからケチばかりつけているのは危険です。そんなことより、尊敬出来そうなことを探して、どうしてそれがいいか考えるとかしたほうがいい。深淵を見下ろすのではなく、星を仰ぎ見たらいい。何か/誰かがどうして駄目かとか、スレ主さんは言いがちだけれど、もうやめたほういい。それがスレ主さんの成長、成功を阻害してます。

その証拠に、これだけ質問文で不満の感情を述べておきながら、どうしていけないのか説明できてないじゃないですか。その程度も考えられなくなってる。で、こんなところで代わりに答えを貰いに来た。そこまで劣化していることを自覚すべきです。

カテゴリー : その他 スレッド: これでいいのか?

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元記事:ヒロインはどういうタイプが好まれるか?

小説を書く前に一つ質問をさせていただきます。
ヒロインの設定で姉貴キャラ、妹キャラ、幼なじみキャラが流行っている理由はどう言った理由からかなのでしょうか?

特に妹キャラが多い気がしますが、その理由などはあるでしょうか?

上記の回答(ヒロインはどういうタイプが好まれるか?の返信)

投稿者 手塚満 : 5 人気回答! 投稿日時:

姉や妹、幼馴染がヒロインキャラとして流行っているかどうかは別として、使いやすいキャラということはあります。なお、とりあえず姉・妹は家族の、としておきます(姉的、妹的キャラというのは置いておく)。

姉・妹・幼馴染に共通するのは物語開始時点において、

・主人公と既に親しい。
・主人公との関係性が既に確立している。
・主人公とのエピソードを既に多数持っている。

ことが挙げられます。対比されるヒロインとして、例えば「転校生」「高校入学で知り合う生徒」を考えてみます。要は「最初は赤の他人」ということで、主人公とヒロインが「遭遇する→接近する→互いにもっと知り合う」といった段取りが必要になります。

それはそれで面白いドラマが描けるわけで、一目惚れから起こるドラマなんかも可能です。しかし、段取りが必要ということは手間取るということでもあります。少なくとも序盤から中盤にかけては、いかに接近しカップルまで行くか、という筋立てになるでしょう。

もし「カップルまたはカップル寸前となった2人がどうするか」の部分で面白いアイデアがあるなら、既に遭遇から接近までは過去のこととして物語を始めたほうがいい。転校生や入学時に知り合った、となると主人公とヒロインの関係性のありようは多彩です。

一方、姉や妹だとおおよそ見当がつきます。主人公が分かればだいたい分かる。同じ家庭で育ったわけですから、おおよそ同じ傾向を持つと自然に想像できます。幼馴染もそれに準じますが、家庭が異なるので違う傾向を持たせることができます。それでも「長く友達である」ということから、あまり関係性の描写をしなくても、主人公さえ分かれば、幼馴染ヒロインはおおよそ察せられる。

さらに、いきなり過去エピソードを持ち出すこともできます。例えば、

「幼馴染が大事にしているぬいぐるみを主人公が「ボロボロだな、新しいの買えば」と言ったら、ヒロインがショックを受ける(実はぬいぐるみは、主人公が幼い頃にヒロインの誕生日に贈ったものだった)」

みたいなエピソードをいきなり作れます。描かれてない過去は存在しているけど、読者には知らせてないだけだから可能になるサプライズ的な手法です。

知り合うところから描くヒロインだと、そういうことは不可能です。遭遇前の関係性はありませんから。唯一可能なのは「以前に主人公とヒロインは会っているけど、主人公はすっかり忘れている」でしょうか。ですが、そうしてしまうと幼馴染に準じる設定になります。

まとめますと、主人公とヒロインが冒頭から2人セット(カップルないしはバディ的)で動かしやすいのが、姉・妹・幼馴染ヒロインということになります。そのうち、恋愛関係に発展させないなら姉か妹。恋愛関係の可能性を排除しないなら幼馴染ということになります。

姉と妹のキャラの違いは、ヒロインが主人公に対して保護者的であるか(姉)、被保護者的であるか(妹)かのキャラ設定に依存します。別に姉が弟に甘える性格でもいいんですけど、それならそれで姉のキャラ立ての手間を要します。あるいは多少の意外性を出す演出狙い。そういうことがなければ、読者が自然に想像しやすい(いわゆる読者の引き出し)ポジションにしておけばいいでしょう。

とりあえず置いておきましたが、姉的、妹的キャラというのもありますね。本人の性分と不可分ではあるんですが、遭遇から始めるヒロインであれば、普通は親しくなる過程を描く必要があるでしょう(傍若無人とかの設定があれば別ですが、それはそれでキャラに強い特徴を与え、初手からドラマ展開に影響する)。

幼馴染に姉的、妹的性格を付与するなら、幼馴染の立ち位置、性格、さらに年齢差を自然に与える手法となります。姉、妹としただけで、おおよそのイメージが湧くわけですから、最初から幼馴染ヒロインの性質を分かりやすくできる。

もう一度まとめますと、

・姉・妹・幼馴染ヒロインは冒頭からカップル的なドラマを起こすのに向く。
・スタート時に赤の他人ヒロインは、馴れ初めからカップル成立のドラマを描くのに向く。
・姉的・妹的ヒロインはキャラ性質や主人公に対する立ち位置を分かりやすくする手法の1つ。

ということになります。流行っているかどうかはともかく、物語の売りや分かりやすさに応じて選ぶべきヒロイン性質でしょう。

カテゴリー : キャラクター スレッド: ヒロインはどういうタイプが好まれるか?

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元記事:ヒロインはどういうタイプが好まれるか?

小説を書く前に一つ質問をさせていただきます。
ヒロインの設定で姉貴キャラ、妹キャラ、幼なじみキャラが流行っている理由はどう言った理由からかなのでしょうか?

特に妹キャラが多い気がしますが、その理由などはあるでしょうか?

上記の回答(ヒロインはどういうタイプが好まれるか?の返信)

投稿者 サタン : 4 人気回答! 投稿日時:

書き手目線で言うと、キャラ付けしやすいからでしょうね。
キャラ付けしやすいってことはキャラが立ちやすいってことにもつながって、読者にそのキャラを理解してもらいやすいので、読者側にも好まれやすいって形じゃないかと思う。
あと、そういうキャラの設定は、肉親だと特にストーリーにも絡ませやすいんですよね。
例えば「俺の妹だから!」とか「私はお姉ちゃんだから!」とか、説明不要で強引な展開にも十分な説得力を持たせられる。

その中で特に妹が多いのは確かにそうだけど、それは流行もあるし、まあ庇護欲を掻き立てられる存在として流行りになりやすい属性ではあるから飽きられてもすぐ次の妹ブームが来たりするけども、姉がブームのときは姉キャラ結構多いですよ。
ただまあ、「姉」は扱いにあんま自由度が無いんですよね。
世話好きとか横柄な俺様とか、王道ばっかで変化球が投げれないっていうか。
妹の場合は弱々しい妹でも「妹」だし、素直じゃないツンデレ妹でもやはり「妹」と認識できるから妹好きな人以外にも受け付けられやすいけども、「姉」は本当に姉好きな人にしかウケないことが多い。
例えば「優しく世話好きで甘えられそうな年上の女性」が一番王道な「姉」像だけど、これ別に「母親」ってキャラでもいいからねぇ。
まあ、「弱気で弟を頼りきってる姉」というキャラも割とあるけどね。

べつに姉サゲしてるわけではなく妹に比べてキャラ付けの自由度が低いって話で、キャラ付けしやすいことには変わりない。
例えば「弱気な姉が勇気を出して一人で行動してみる話」なんて、この一文だけでちょっと可愛いでしょ。失敗しつつすぐに弟に助けを求めようとするけど一人でいることを思い出してアワアワしちゃう姿とか見えるっしょ。
「姉」というワードが持つイメージが先入観をもたせるので、「弱気な女性キャラが勇気を出して~」って展開とは受け取る印象が違ってくる。
こうした先入観を利用したキャラ付けが出来るから作り手としてはやりやすい設定だったりする。

そういう書き手側の視点を考えなければ、「こんな妹・姉・幼馴染がいたらいいな~」っていう身近に重ねられるから人気があるのではって話になると思うけど、
それって上手くキャラ立てできてりゃ「こんな先生の生徒になりたかったわー」とか同じ話が違うキャラにも言えてしまうので、
やはりキャラ立てがしやすいから好感を得られやすく、書きやすいためではないか、と思う。
作者の好みや妄想もぶち込みやすいしね。

そんなわけで、「ヒロインはどういうタイプが好まれるか?」という問いには、おまえの好みでなけりゃキャラ立てしやすいって特徴は活かしにくいから考えても無駄になるゾ、って感じですかね。

「読者はどんなヒロインが好きなのか」と考えるんじゃなく、作者が好きなヒロイン像の素晴らしさを読者に伝えるため、物語を作ってくださいな。

カテゴリー : キャラクター スレッド: ヒロインはどういうタイプが好まれるか?

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元記事:非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信

 皆さん、ご回答ありがとうございます。

 言葉足らずで意図が伝わらなかった方がいたようなので一応補足すると、私はそういうオタクを論破したいとも黙らせたいとも思っていません。「どうしても気になる」というのは、アニメ関連の情報に接していると否応なく視界に入ってきて鬱陶しい、程度の意味でした。
 これまでもそうしてきましたが、今後も「何か言うとるわい」で聞き流すことにします。

 あまくささんがコンテンツの状況について言及していたので、私も私見を述べておきます。

 日本の実写映画産業は衰退傾向どころか、ここ三十年くらいずっと低迷しています。ただ、件の配信者は明らかにアニメの実写化のような作品しか知らずに語っていたため、一般に広く知られなくとも、国際的に高く評価されている人物、作品が多くあることを示しました。

 名作、駄作のどちらかのみに注目して評価するのは誤りというのは同意です。
 ただ、同じような認知の歪みはアニメについても言えることで、「君の中は。」のような一般人にリーチするように作られた作品の成功をもってオタク向け作品まで世間に受け入れられたように錯覚しているオタクが結構いるな、というのが私の感覚です。
 今月、金曜ロードショーで「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」が放送され、ネット上では大変盛り上がりましたが、放送してみれば、ジブリ、ディズニー、細田守作品など、ほとんどの一般向けアニメ作品が視聴率10%を超える中、特別編集版が6.7%、外伝が6.2%と低調でした。オタクやテレビ局の認識と異なり、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」ほどの作品であっても一般人は一般向けに作られていない作品は知らないし興味もなかった、つまり、あまくささんの言う「壁を突破するパワーを持ったコンテンツ」ではなかったということだと思います。「アニメが好き」と言った時に何を指しているかのオタクと一般人との乖離はまだまだ大きいかと。

 多少挑発的になってしまうかもしれませんが、日本のアニメはこのまま人気が高まっていけば、実写映画の現状に近付いていくと思っています。

 実写映画もかつてはオタクコンテンツ的性格の強いものでした。実写映画の現状は、オタクコンテンツとしての映画を愛する映画オタクが、映画を非オタクコンテンツに変質させようとする一般人に負けた結果です。オタクと一般人が戦えば、数で圧倒する一般人が必ず勝ちます。

 あえて作品名を挙げれば、アニメオタクから大変不評な実写版「かぐや様は告らせたい」は映画オタクからも大変不評です。でも、興行的には成功し続編まで作られました。では、誰が観たのかと言えば一般人つまり「大衆」です。大衆の嗜好は安易で陳腐で低級です(当然ですね。複雑でエッジが利いた高級なものを好んだら、それはもはや大衆ではない)。

 オタクコンテンツが一般に受け入れられるとは、正確には一般人がオタクからオタクコンテンツを取り上げて、自分達の嗜好に合うように変質させ、非オタクコンテンツとして大衆文化に取り込むことです。

 オタクコンテンツを世間に受け入れさせ、かつ、産業として成り立たせようとすれば、

オタクには鑑賞にたえない低質な一般向け作品を量産して収益を上げる陰で、オタクのような分かる人にだけ分かる良質な作品をひっそりと作る。

という形態に必ず向かいます。映画に限らず音楽でも出版でもこれまでそうなってきました。
 アニメオタクがどれだけ批判しようと、アニメ映画の声優に芸能人が起用されるのも同じ原理です。オタクの不興をかってでも一般人にリーチできた方が制作者にとっては得なのです。この流れを断固拒否するなら、世間からの嘲笑に甘んじる覚悟でオタクだけの狭いコミュニティーの中で楽しむしかありません。
 ちなみに、金曜ロードショーの視聴率でいえば、漫画の実写化の「今日から俺は!!劇場版」は11.2%で「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の1.7倍です。これが大衆の嗜好です。
(一応、言っておくと、私自身が多くの分野でその「大衆」の一人である自覚は当然あります)

 以上の理由から、「世間にアニメの価値を認めさせよう」「日本のアニメを世界に誇る一大コンテンツにしよう」とすれば、実写映画の現状にどんどん近付いていくと思います。
(私の身近にいるアニメオタクは最近のアニメブームを「オタクの楽園だったアニメを一般人が侵略してきた」と認識しています)

 実写映画界は、良質な作品を作るより「かぐや様は告らせたい」を作った方が儲かる、という誘惑に勝てませんでした。アニメ界が今後どうなるかは分かりませんが、個人的には「君の名は。」や「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のような、カップルが一緒に観られるような一般向けのおしゃれな感動路線にリソースが割かれていくのではないかと思っています。

上記の回答(非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信の返信)

投稿者 手塚満 : 3 人気回答! 投稿日時:

スレ主さんのご意見(No: 10)を拝読してみますと、最初のご質問は解決したも同然のようです。もしご自覚があれば、ですが。念のため申し上げれば、「大衆とかをバカにする行為が面白かったでしょ。それですよ、気になさっている行為の理由は」ということです。以下、少し説明してみます。

1.他人の評価を求めるスノッブ

極めて短い言葉で言えば「スノッブ」です。意味する範囲は割と広いですが、今の場合は「他者の高評価が欲しい」という面が大事でしょう。そのために「大衆」を蔑んだりしている。スレ主さんはご自身を多くの面で大衆と仰るものの、論を述べている領域では大衆を批判できると自認している。でなければ批判はできないですからね。自分も批判されるべき対象と思えば、反省の弁になる。

自分が欲しいものは、他人も欲しがると思うのは人情です。自分が他人から高評価されたいと思えばこそ、他人も周囲から認められたいと思うはずと考えてしまう。しかし人情は必ずしも的を射るわけではありません。高かろうが低かろうが、評価なんぞ余計なお世話という場合もあるのです。

2.オタクは他人の評価を求めていない

オタクって何だったでしょうか。辞書にも記載されるようになりましたね。最初は広辞苑でしたか。一つのことに深くのめり込んで、社会性はない、みたいな感じでした。オタクの項がある辞書は増えましたが、定義・意味解説今もそれほど変わってないようです。

社会性はないって何か。評価されようと思ってないんですよ、オタクは。自分が楽しめればそれでいい。サブカルではそれで問題は出にくいですが、メインカルチャーではそうもいかない模様です。メインカルチャーでのファンは「自分は好む分野についてかく理解しており、このように楽しんでいると説明できる」みたいなことが必要みたいです。

3.メインカルチャーの隠れた常識はサブカルの非常識

ですので、サブカルファンとしばしば話が合わない。自分などもよく「お前が楽しんでいるという、その作品の面白さを語ってみろ」と言われます。こちらとしては非常にバカバカしい。自分が楽しむにあたって、なぜ他人に説明なんか必要なのか。

そこは自分としては常識なんですけど、その常識が通じない。なんでも「説明できないなら楽しんでない」のだそうで。おまけに「お前がその作品が好きだとは認めてやらない」のだそうで。別に構いませんがね。読んでいる/見ている最中に邪魔さえしないんなら。大勢に「あいつはあれが好きと言っているが、嘘だ」と触れ回ってもらっても構いません。

彼らがそうした行動をとり、疑問も抱かないのは、どうやら「他者に評価されないと、自分が本物と思えない。楽しんでいると思っていても、浅いのだろう」というのが常識になってるみたいです。あまりにも常識過ぎて、その常識がいかなるものか考えられないし、そもそもその常識の存在を意識すらしてないようでもある。

4.サブカルのオタクは一人で楽しみたいだけ

でも、サブカルを好むファン/オタクには無関係なことです。自分一人が作品を面白がれれば、それでいい。好みが共通な人となら話もします。より面白くなるから。貶す外野は気にしません。それは歴史が証明してるでしょ。宮〇勤の同類とか言われても、少しもやめないとかが続いてるわけですんで。オタクという呼び方からして、外部から与えられた蔑称ですね。それも気にしてない。

かつ、外から見たら得手勝手。自分一人が楽しめればいいんだから、そう見えるのも無理はない。人の楽しみを奪うわけではないから迷惑はかけてないけど、薄気味は悪いんでしょうね。ともかく、得手勝手、自分一人さえ、という点が大事です。

5.オタクコンテンツなるものは無い

オタクという抽象化された、同質の集団ではないんですよ。ですので、オタクコンテンツというものも存在しない。少なくとも「オタクコンテンツとはこういうものである」という説明は不可能です。各々が何を好きかなんて定義できないし、十人十色ですから一定の方向性も見いだせない。

結果論としてはオタクコンテンツはあります。オタクと見える人々が群がっていたら、それがオタクコンテンツ。しかし、オタクコンテンツとなる作品の出現は予測できない。ジャンルなら、まああるといえます。ラノベ系でいえば、異世界転移・転生ものには、比較的オタクと呼ばれる人々が群がりやすい。

しかし、ちょっと前の流行は現代学園異能バトルものだったりする。魔王と勇者フォーマットが人気だったこともある。コロコロ変わるんです。共通点はたった1つ、「面白がられる作品が出る」ということ。すると類似作が続いてジャンルを成します。そのジャンルが廃れないうちは、ジャンル内にオタクと思しき人がうようよいたりする。

ですが、そのオタクが一斉に同じ方向を向いたりはしない。ジャンルが廃れたり、別のジャンルが栄え出したら、各オタクは思い思いの方向へ流れていきます。繰り返しですが、なぜなら他者の評価を求めてないから。誰かが「これはいい」と言ったものに群がるんじゃなく、自分が「これはいい」と思ったものに群がるからです。

ですので、「これがオタクコンテンツである」として、「こういうものがオタクに受ける」とかやらかすと、まず間違いなく失敗します。クリエイターが「自分はこれが面白いと思う」というものを作れば、オタクが群がる可能性はあります。過去からずっとそうです。

6.過去事例:アニメブーム発端の宇宙戦艦ヤマト

例えば今のアニメブームの走りって、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」が起こしました。初回放映では見向きもされず、しかし再放送でなぜか火が付いた。人気の広まりと高まりも急速で、設定資料のコピーなどの関連グッズが飛ぶように売れたのも前例がありません。アニメ雑誌創刊にもつながりました。他の既存アニメ作品の掘り起こしも行われるようになりました。

自らアニメ制作するアマチュアも現れました。たいてい、自分の好きなキャラばかり描いて動かすばかりだったので、グループ化しては潰れるのが通例だったそう。当時はオタクという言葉がなかったんですが、オタクでしょうね。楽しみには自分勝手ですから。

7.芸術という方向性に走って破綻

そのうち、変な動きが現れます。アニメやコミックも芸術だと言い出す一群の人々現れ、かなりの力を持っちゃった。ある少年向けコミック誌が創刊され、大御所の有名作続編とか、新人の奇妙な作品とか掲載されてました。それらを「芸術だ、素晴らしい」と褒めて読むことが半ば強制されるようになります。

一時はそんな無理が通せても、長続きするはずはありません。ターゲット層が自分一人さえ楽しめればいいオタクなんですから。そもそもターゲット層すら成してない。各々、好むものが違うんですから。「素晴らしいアート」で括って、同じ方向向かせられるわけがない。楽しみに自分勝手なのがオタクですから、芸術と褒めないんならファンと認めてやらない、と脅したって通じるわけがない。

8.オタクはある個人の部分的にして一時的な現象

上記の状況って、今とあまり変わりません。依然として得手勝手で多種多様です。なぜか。オタクという性質を持つ一群の人々がいるわけじゃないからです。オタクって、スレ主さんが言う「一般人」とか「大衆」の個々人における一側面でしかないから。人格、性格といったことはもとより、時間的にもです。ある人は、あるときあるものについてオタクであり、別のときにはオタク性皆無になります。

だから、スレ主さんの分析めいたものはおかしなものになっています。一般人と対置されるオタクなんていませんし、大衆と比較されるオタクもいませんから。個々人の一側面にして一時の現象ですから。ありもしないものを、あるかのように考えたら、どう論じたっておかしな結論しか出てきません。例えるなら、「風が何かを知ろうして、風を袋に詰めてから中身を調べる」みたいな行為です。

9.気になったのはオタクではなくスノッブ

もうオタクがどうこうに拘るのをやめたほうがいいでしょう。スレ主さんが気になったのはオタクではありません。スノッブと呼ばれる人です。スレ主さんが自らトレースしてしまってますので、どうしてこの質問をし、大衆批判等をやったのか、内省してみれば自ずと答えは出るでしょう。

カテゴリー : その他 スレッド: 非オタクコンテンツをバカにするオタクについて

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元記事:非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信

 皆さん、ご回答ありがとうございます。

 言葉足らずで意図が伝わらなかった方がいたようなので一応補足すると、私はそういうオタクを論破したいとも黙らせたいとも思っていません。「どうしても気になる」というのは、アニメ関連の情報に接していると否応なく視界に入ってきて鬱陶しい、程度の意味でした。
 これまでもそうしてきましたが、今後も「何か言うとるわい」で聞き流すことにします。

 あまくささんがコンテンツの状況について言及していたので、私も私見を述べておきます。

 日本の実写映画産業は衰退傾向どころか、ここ三十年くらいずっと低迷しています。ただ、件の配信者は明らかにアニメの実写化のような作品しか知らずに語っていたため、一般に広く知られなくとも、国際的に高く評価されている人物、作品が多くあることを示しました。

 名作、駄作のどちらかのみに注目して評価するのは誤りというのは同意です。
 ただ、同じような認知の歪みはアニメについても言えることで、「君の中は。」のような一般人にリーチするように作られた作品の成功をもってオタク向け作品まで世間に受け入れられたように錯覚しているオタクが結構いるな、というのが私の感覚です。
 今月、金曜ロードショーで「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」が放送され、ネット上では大変盛り上がりましたが、放送してみれば、ジブリ、ディズニー、細田守作品など、ほとんどの一般向けアニメ作品が視聴率10%を超える中、特別編集版が6.7%、外伝が6.2%と低調でした。オタクやテレビ局の認識と異なり、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」ほどの作品であっても一般人は一般向けに作られていない作品は知らないし興味もなかった、つまり、あまくささんの言う「壁を突破するパワーを持ったコンテンツ」ではなかったということだと思います。「アニメが好き」と言った時に何を指しているかのオタクと一般人との乖離はまだまだ大きいかと。

 多少挑発的になってしまうかもしれませんが、日本のアニメはこのまま人気が高まっていけば、実写映画の現状に近付いていくと思っています。

 実写映画もかつてはオタクコンテンツ的性格の強いものでした。実写映画の現状は、オタクコンテンツとしての映画を愛する映画オタクが、映画を非オタクコンテンツに変質させようとする一般人に負けた結果です。オタクと一般人が戦えば、数で圧倒する一般人が必ず勝ちます。

 あえて作品名を挙げれば、アニメオタクから大変不評な実写版「かぐや様は告らせたい」は映画オタクからも大変不評です。でも、興行的には成功し続編まで作られました。では、誰が観たのかと言えば一般人つまり「大衆」です。大衆の嗜好は安易で陳腐で低級です(当然ですね。複雑でエッジが利いた高級なものを好んだら、それはもはや大衆ではない)。

 オタクコンテンツが一般に受け入れられるとは、正確には一般人がオタクからオタクコンテンツを取り上げて、自分達の嗜好に合うように変質させ、非オタクコンテンツとして大衆文化に取り込むことです。

 オタクコンテンツを世間に受け入れさせ、かつ、産業として成り立たせようとすれば、

オタクには鑑賞にたえない低質な一般向け作品を量産して収益を上げる陰で、オタクのような分かる人にだけ分かる良質な作品をひっそりと作る。

という形態に必ず向かいます。映画に限らず音楽でも出版でもこれまでそうなってきました。
 アニメオタクがどれだけ批判しようと、アニメ映画の声優に芸能人が起用されるのも同じ原理です。オタクの不興をかってでも一般人にリーチできた方が制作者にとっては得なのです。この流れを断固拒否するなら、世間からの嘲笑に甘んじる覚悟でオタクだけの狭いコミュニティーの中で楽しむしかありません。
 ちなみに、金曜ロードショーの視聴率でいえば、漫画の実写化の「今日から俺は!!劇場版」は11.2%で「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の1.7倍です。これが大衆の嗜好です。
(一応、言っておくと、私自身が多くの分野でその「大衆」の一人である自覚は当然あります)

 以上の理由から、「世間にアニメの価値を認めさせよう」「日本のアニメを世界に誇る一大コンテンツにしよう」とすれば、実写映画の現状にどんどん近付いていくと思います。
(私の身近にいるアニメオタクは最近のアニメブームを「オタクの楽園だったアニメを一般人が侵略してきた」と認識しています)

 実写映画界は、良質な作品を作るより「かぐや様は告らせたい」を作った方が儲かる、という誘惑に勝てませんでした。アニメ界が今後どうなるかは分かりませんが、個人的には「君の名は。」や「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のような、カップルが一緒に観られるような一般向けのおしゃれな感動路線にリソースが割かれていくのではないかと思っています。

上記の回答(非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信の返信)

投稿者 半額オソーザイ : 3 人気回答! 投稿日時:

ちょっと一つだけ気になったことなので、言っておきたいなーと思ったので書き込まさせていただきます。

この掲示板にいるということは創作する、何かを生み出す人間である……という仮定なので、そうでないなら失礼しました案件なのですが。

「大衆の嗜好は安易で陳腐で低級です」
 ⇒この発言はちょっとよろしくないかな、と思います。
  たとえば自分がここで言われている「質の低い(と言っても、それって人それぞれの基準でしかなくね?)実写作品」みたいなものを書いて、世に出したとします。
  アニメオタク(これも基準がパッとしない……私、毎日のようにアニメ見るけど、アニメオタクかと言われると全力で否定したくなります)には評価されなくても、普段アニメや漫画に興味のない方にウケた場合、どうでしょうか?
  自分の作品を楽しんでくれている方を、安易で陳腐で低級なものを好む人だと馬鹿にするのでしょうか?
  作品自体の批評は自分の創作技術の向上にも繋がると思うので良いと思いますが、何かの作品を楽しんでいる人の格を下げるような発言は、創作者として良くないと私は感じました。
  あくまでも自分の感じ方なので、俺はお前とは違うんだ!って言うのであれば私は否定しません。
  貴方の思考を矯正するような意図は一切ないですし……(そもそも、誰かの考えを変えようと強い言葉を使うこと自体、やっちゃいけないことだと思うので……)

カップルが一緒に観られるような一般向けのおしゃれな感動路線……?
大いに結構……! それだけ世に認められて売れている、産業としての創作が存在するのなら、そこから見習うべきですね! っていうのが私の考えです。
これは昨今の恋愛ラブコメライトノベルが「美少女との甘い青春を読みたい読者に好まれている」、なろう系の「つらい現実から離れて、異世界に転生した物語を追体験したい人が読んでいる」などの傾向と同価値だと思います。認められて売れているものは、それ以上それ以下でもないですし、読者の嗜好を否定する時間があるなら、誰かの心を掴む創作を考えていきたいものです……。

というか現にここで挙げられた実写映画、私面白いって純粋に思っちゃったクチなので……!
ちょっと自分の価値観が否定されているように感じちゃいました。もちろんそんな意図はないと思いますが……!

そもそも作品の良い悪いはそれに接した人の価値観によるもので、絶対的な基準はないと思います。
あるとするのであれば、売れたか売れなかったか。
私たちが書くのは、売れるもの……新しい面白さを模索してエッジをきかせるのか、既存の流れを追うのか。どっちを選ぶにしろ努力というプロセスがあるのです。そういう意味では「実写版「かぐや様は告らせたい」」は相当な努力をした結果、クリエーターの方々が生み出したものなのだと思います。
他のアニメがそうであるように……。

っと、偉そうに言ってしましましたが……。

要は「読者になるかもしれない誰かの価値観を否定するのは、創作者としてよくないのでは?」ということです。
だいぶ批判的に書いてしまったかもしれませんが、不快な内容になってしまったのであれば申し訳ありません。

カテゴリー : その他 スレッド: 非オタクコンテンツをバカにするオタクについて

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その他のスレッド

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投稿者 ソラレソラ 回答数 : 10

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