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レジンキャストミルク
「先輩、朝です。 起きてください。 がんがんがんがん」 平凡な高校生・城島晶の朝は、クールな美少女・硝子の叩く中華鍋の音から始まる。 一見、普通の人間に見える硝子―― しかし、その正体は、異世界 “虚軸”(キャスト) から来た特異な存在だった。 ありふれているが、平和で穏やかなふたりの生活。 だが、その日常という脆い皮の下には、奈落の闇が広がっていた……。 空想と妄想の果てに産み出された異世界と現実世界。 その境界線が薄れるとき、“欠落” と引き換えに異能を手にした者たちの物語が幕を開ける!
非日常の塊“虚軸(キャスト)”に取り憑かれ、 心に「欠落」を抱えてしまった少年少女たち(ただし、一部例外あり)の物語です。 「一度舞台から転落した役者が舞台に固執する」。 端から見れば滑稽かもしれませんが、主人公はまさしくこの「転落した役者」です。 転落してなお固執し、それを取り繕おうと足掻き、 最後にはほぼすべてを誤魔化しきってしまいます。 「レジンキャストミルク」は、この「日常から転落した人間」が、 「日常に対してどう向き合っていくか」ということを描いた作品と言えます。 そして、この作品の中心には常に「日常」が居座っています。 「ルナティック・ムーン」とは違い、ほのぼのとした日常も描かれていますが、 逆に、「ルナティック・ムーン」よりもさらに強烈に、社会の暗部をえぐり出しているため、 双方がより際立ち、印象に残ります。あるいは、ダークな部分の異常性を際立たせています。 サブキャラクターも十分に立っており、特に芹菜の母親と塚原は、 登場回数こそ少ないものの、非常にインパクトのあるシーンを作り上げています。 余談ですが、この作品は「灼眼のシャナ」と非常に似た部分があります。 『「紅世」と「虚軸」』、『「ミステス/フレイムヘイズ」と「固定剤(リターダ)」』『記憶の消去』が、 その例でしょう。 しかし、この作品は「シャナ」に比べ、主人公たちが手に掛けてきた“虚軸”が、 後々の主人公たちの行動に、より大きく影響してきます。 三巻・四巻では、『“主人公サイドに殺された”敵の「固定剤」が持っていた記憶から、 黒幕が仕掛けを考え付く』という、普通ならまず考えられないことまで起こってしまいます。 また、主人公に力を貸している“虚軸”は全員女性で、一見するとハーレム状態です。 しかし、主人公は持ち前の計算と欺瞞で全員を利用している、 というのも斬新な関係ではないでしょうか。 というか、ここまで割り切った主人公って、小説では見たことがありません。 ほのぼのとした空気に内包された暗さと、奪われた感情と変えられてしまった人格。 多少とっつきにくいかもしれませんが、ぜひ、一度手にとって熟読してほしい作品です。 すぐにこの本の魅力に気付けると思います。
あえて絞って挙げるとすれば「舞鶴蜜」と「佐伯ネア」でしょうか。 (以下、一部にネタバレを含みます) 舞鶴蜜は「自分が引き起こした結果はすべて自分で背負う」という考えの下に行動し、 「大切なただ一人」に固執しています。 敵意でしか自分を表現できないにも関わらず、彼女の「大切な一人」―― 直川君子に対する態度は、「特別な人」という言葉を想起させます。 「弱い」だの「不安定」だの言われはしますが、彼女の行動理念は、 主人公の「世界すべてを欺く」という考えよりも、数段すっきりとしていて爽快なものがあります。 佐伯ネア、こちらは「保健教諭らしからぬ発言を連発する人」として、 発言のほとんどがブラックユーモアなのに、笑いを誘ってくるキャラクターです。 彼女が初登場した二巻は、思わず「これって本当に藤原先生が書いた本なのか?」と、 疑ってしまうほどの空気で、そのうちのいくらかを彼女が担っています。 暗い人格なのに、読者を笑わせる存在。 矛盾していそうではありますが、そこが魅力なのではないかなと思います。
パートナーである城島硝子にさえ、 「非人道的」(ただし、冗談交じりではありますが)と言われてしまうような 計算と欺瞞の塊である主人公の性格は、人を選ぶかもしれません。 ・世界観を構成する概念が難しい。 “虚軸”の根底に流れているのは「量子力学」の「エヴェレット解釈(多世 界解釈)」だと推測でき、 非常に、とまでは言いませんが、難解です。 ですが、こちらは三巻冒頭のカラー漫画で解説がなされました。
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その小説、105円で売られているかも…… |
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