これはある女性ライトノベル作家さんにオフ会でお会いして聞いた話です。
2011年後半段階の少女向けラノベでは、昔の童話のように王子様と結ばれる話は減っているとのことです。
王子様は登場し、ヒロインに恋愛感情を抱いてくるものの、ヒロインが選ぶのは王子ではなく、その従者などの身分の低い男性キャラになるそうです。
こういった物語を好む女性の心理を考察すると、
イケメンの王子様のようなハイレベルの男性に、女性として愛され価値を承認されつつも、それを断り、真実の愛を求めて身分の低い男性と結ばれるというところに萌えるのだそうです。
つまり、王子様の価値そのものが暴落したのではなく、王子様に愛されることで、大きな自己肯定感を得たい、というところは変っていないわけです。
人間が恋愛に求める大きな見返りとして「承認欲求の充足」があります。
簡単に言うと、自分は価値ある存在だと異性から承認してもらいたいのです。
もっとも、どんな異性からの承認、ラブコールでも歓迎という訳ではなく、自分の好きな相手か、世間的に高い評価を得ているハイレベルの異性からの承認を求めます。
男性なら、美少女のお姫様や容姿端麗な財閥のお嬢様から愛されたいと欲します。
女性なら、イケメンの王子様や、眉目秀麗な財閥の跡取り息子から愛されたいと欲します。
外見が魅力的であることが大前提で、そこに社会的地位、経済力、人気、知能、身体能力が高い、といった付加価値が加わった恋愛市場での超勝ち組の異性からの承認を求めるのです。
勝ち組の異性からの承認は、「あなたはすばらしく価値のある存在だ」というお墨付を与えてくれます。
これを得た上で、「おまえと付き合うのは断る」「迷惑だ」と、その求愛を突っぱねるところに、言い知れぬ快感が生じるのです。
男性向けライトノベルでも、これはまったく同じです。
ヤマグチノボルの『ゼロの使い魔』(2004/6)の主人公サイトは、主君でもあるお姫様から、好きだと告白されたのにも関わらずこれを断り、ヒロインのルイズとくっつきます。
お姫様からの求愛に応えた方が絶対に得であるにも関わらず、これを断ることにより、快感が生じるだけでなく、愛の純心さが強調されるという効果があります。
『ゼロの使い魔』のスピンオフ作品である『烈風の騎士姫』(2009/10)でも、お姫様が恋の当て馬に使われています。
男装の騎士である主人公カリーヌがお姫様の護衛を任されたところ、彼女に好かれてしまい、積極的なラブアタックを受けます。しかし、カリーヌは本当は女性であることを隠しているため、お姫様の機嫌を損ねずに、彼女をいかにあしらうかで頭を悩ませます。
カリーヌに感情移入していた男性読者は、美少女のお姫様から熱烈にアタックされ、これをどう断るかで苦悩する、というシチュエーションにニヤニヤしてしまう訳です。
少女向けレーベルであるにも関わらず、男性に圧倒的な人気を誇る『マリア様がみてる』(1998/4)も、これと似たシチュエーションで読者を惹き付けています。
ヒロインの祐巳は、憧れの先輩である「紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)」こと小笠原祥子から、自分の窮地を凌ぐために妹(スール)になってくれるように頼まれますが、こんな形での契約は嫌だと言って、これを断ります。
祥子は、容姿端麗、優雅で気品のある財閥のお嬢様で、リリアン女学園の生徒会である山百合会幹部「紅薔薇(ロサ・キネンシス)」の妹(スール)という、現代のお姫様です。
この学校では、指導者役になる上級生が下級生と「姉妹」になる約束を交わす『スール』という、珍しい制度があります。
祥子は、祐巳に断れたにも関わらず、彼女を妹にするために熱烈にアタックしてきます。
これは、「あたなには、すばらしい価値があるのよ!」と言われているのと、同意義です。憧れのお姉様にここまでしていただいては、もはや一生ついて行くしかありません。
井上堅二の『バカとテストと召喚獣』(2007/1)に登場する主人公の悪友、坂本雄二は学年首席の美少女、霧島翔子から恋心を抱かれており、もはやストーカーとしか言いようがない過激なアプローチを受けています。
翔子は雄二と結婚することを目指しており、ことある毎に婚姻届けに判を押させようとします。
「美少女から追いかけ回される」それについて「迷惑だ! こっちに来るな!」と言える。このような関係が成立している訳です。しかも、このように邪険に扱っても、彼女は決して雄二に対する興味を失うことなく、追いかけ続けてくれるのです。
これは価値ある異性(読者にとっての)からの承認を突っぱねるだけの価値が、読者の分身である主人公(あるいは主人公に類する者)にはある、相手より強い立場にいることを示しています。
物語中で、王子様、お姫様に愛されるだけでなく、それを突っぱねるというのは、極めて強力な自己肯定のプロセスです。
そこに「癒し」が発生し、この物語をずっと読んでいたい、という吸引力となります。
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