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リトルさんの返信一覧。最新の投稿順2ページ目

元記事:展開速度 W/S (ワード/シーン)

 W/Sとは、その名の通り一つのシーンに含まれる文字数を表します。
 この値が大きいほど展開速度は遅く、小さいほど展開速度は速いということを表します。
 S(シーン)と書きましたが、この部分には小説の構造を表すものなら何でも置き換えられて、例えば、プロットやページなどが適応できると思います。

 このような視点からの分析は既に行われていることなのでしょうか?

上記の回答(展開速度 W/S (ワード/シーン)の返信)

スレ主 リトル : 0 投稿日時:

 ご返信ありがとうございます。

 確かにダラダラさせないという目的ではBS2も参考になりますね。

 W/Sの強みは、文字数の部分を読速度で時間に変換できることだと思います。
 仮に読速度を500W/mとして、500W/Sのシーンを読むと1分かかります。
 つまり、m/S(分/シーン)とかs/S(秒/シーン)といったように、シーン当たりの時間を知ることができます。
 W/Sの強みはここだと思います。
 s/Sはアニメや映画など、動画と互換性があると思います。もちろん小説と動画では1秒1秒で表現できる情報量に差があるでしょうから、実際にどのくらい通用するかはわかりませんが。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 展開速度 W/S (ワード/シーン)

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元記事:展開速度 W/S (ワード/シーン)の返信の返信

いくつか映画や小説のハウトゥー本を読んできましたが、W/Sというのは主流の分析ではないと思います。
シーンあたりのワード数の分析ってことは、結局はシーンあたりのページ数を分析したBS2と同じですからね。

なお、Web投稿作品では、文字数での戦略は重要になってくると思います。
しかしちまたのブログ等はどれも結果論を述べているだけであって分析まではしていない印象です。
(ランキング上位は○文字が多い、程度)

上記の回答(展開速度 W/S (ワード/シーン)の返信の返信の返信)

スレ主 リトル : 0 投稿日時:

 なるほど。W/SとP/Sの、「P」と「W」を繋げて考えれば同じような値が得られるということですね。
 W/Sを意味のある値にするには、P/Sと差別化するには、シーンをページより細かいものとして見なす必要があるということですね。納得しました。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 展開速度 W/S (ワード/シーン)

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元記事:セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画

 小説は状況描写をやり過ぎると展開が遅くなって退屈になりますよね。
 一方、動画は2次元で表現するので、状況描写が小説の数千倍は速いですよね。動画の優位性は、状況描写が速い分、展開をたたみかけられるところにあると思います。
 ですが、動画は状況描写が優れているといっても、すべての情報に意味があるとは限らないと思います。
 例えば「普通の町並み」を動画で表現したら、赤色屋根の家があって、黄色屋根の家があって、家がずらっと並んでいて、電柱があって、止まれの標識があって、カラスが居て、閑静で、山があって、太陽があって、そして普通の町並みで友達と話す主人公、話し相手の表情……という感じで膨大な情報量を一瞬で表現できると思います。でもそこで表現したいのは「普通の町並み」が主題です。
 セリフ対地の文1:1は主題だけ、もしくは焦点だけ状況描写して展開を進めていると思います。
 だから状況描写を主題か焦点に絞り、地の文を削る。できれば地の文でも展開を進める。そして、セリフの方も展開を進めるものにしたら、ほぼ動画という認識です。

上記の回答(セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画の返信)

スレ主 リトル : 1 投稿日時:

 共有したかったことはそれです。「展開の速度」という観点に立つと、主題からかけ離れたところまで書くとか、そういったところを克服すれば映像と同じ土俵に乗れる、というかそもそも既に乗っているんですね。映像は膨大な情報量の中から表現したいことに注目させ、小説は主題が伝わるように書く。

 決定的な違い→能動的/受動的
 確かに、これは超えられない壁ですよね。ちょっと曲解するなら「自分の意志じゃないのにページをめくってしまう」というところまで持っていけたら、ある意味受動的ではないでしょうか。でもさすがに曲解すぎますね。
 漫画の方が近いというのは納得しました。

 流し読みとか適当読みとかは絶対避けたいですけど、中身空っぽじゃなくて技術があったら、むしろ漫画の様な小説ってどうですか。
 しっかりとしたアクション/リアクションの連鎖があって、小説の優位性である「登場人物の心の中に入れる」があったら割といけると思います。
 とはいえセリフ対地の文1:1は極端ですけどね。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画

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元記事:セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画の返信の返信

>流し読みとか適当読みとかは絶対避けたいですけど、中身空っぽじゃなくて技術があったら、むしろ漫画の様な小説ってどうですか。
あえて「中身空っぽ」ってあまり良く思われないような言い方をしたけども、というのも実際そう言われるような作品に多いからで、そんな作品が何故人気なのか、なぜ自分も読んでられるのかって考えた結果の回答だからなんだけども、
でも、別に蔑むような感情からそう書いたわけではなくて、
そもそも流し読みや読み飛ばしても内容把握できるって、つまり「読まなくても内容がわかる」って実は結構凄い事なんじゃないかって思ってます。
読者が頭空っぽにして、スマホをスクロールする親指が惰性で動いてるだけ(=受動的)で読んでいるなら、それは暇つぶしにYoutube動画を見てる状態と変わらないだろうな、とは思います。
でもこの解釈のポイントは「読まなくても内容がわかる」ってところだから、ストーリーが動く要所を明確にして作者が意図的に「読んでほしい要所」と「読み飛ばしてもいい装飾部分」を書き分けたり、まあ、現状そこまで考えてる作者さんはいないと思うけど、現状からもう一歩踏み込もうと思ったら一気に難しくなると思います。
現状の「中身空っぽ」は、大したことしてないし良くある異世界テンプレに沿った王道だし、その流れだなと確認できる程度の流し読みで把握できるので、だから「読まなくても内容がわかる」が成立してるだけだと思うので。
なので、そこを変えたら成立しなくなるため、成立させつつ一歩踏み込むとなるとまた別のアイディアが必要になってくるからかなり難しいと思います。
今は「中身空っぽ」でありながら設定が好みに合えば読んでられるという程度で、まだ技術には昇華できてないし、少なくとも私には技術に押し上げるだけのアイディアはないから分析以上のことは出来ないし、たぶんコレはここまでで技術にはならんかなと思ってます。

また、「アニメや漫画のような小説としてライトノベルを書く」という挑戦をした作家は過去にいて、「サクラ大戦」なんかで有名になった あかほりさとる という作家は凄い数のタイトルを手掛けてきたけど、その中のラノベはほぼ全てが、曰く「アニメや漫画を見るような感覚で読めるよう書いた」と答えています。
もう20年くらい前の作品で、当時の感覚と当時の技術なので、今になって何も知らない人が読んだら「これのどこが? てか文章力クソすぎ」ってなると思うけど、少なくとも挑戦した人はいて、それは当時の大物作家で、スレ主さんとは違う角度からの切り込みだったと思います。

セリフと地の文の比率の話はよくわからないけども、そんなにセリフと地の文で差を感じるのだったら一人称で全部主人公のセリフにしてしまえばいいじゃない、と思います。
その先駆者が『スレイヤーズ』の神坂一で、彼は一人称という技法を崩しまくってほぼ主人公の独白で周囲の状況やストーリーを描写し、それまでの一人称とは別物の「ライトノベルの一人称」を作ったと言ってもいい感じの人です。

>映像と同じ土俵に乗れる、というかそもそも既に乗っているんですね。
「表現方法が違う」だけで、つまり表現するための道具が違うだけで、同じ土俵というか、別に小説が漫画アニメより劣ってるということはないですよ。
道具が違うからこそアニメや漫画の表現が小説には出来ないけれど、絵も音もないからこそ、小説は文字だけで勝負できて、
アニメや漫画が持ってる武器を小説は持ってないから劣ってる、アニメや漫画と同じ武器を持つにはどうしたらいいのかって考える人は結構いる感じはあるけど、
武器の違いを理解してないから優劣でものを見てるんだと思う。
そこを目指すと小説としての武器を捨てることになるので、そんなにアニメや漫画と同じ武器を持ちたいならアニメ・漫画原作で頑張ればってなっちゃう。
少なくとも私は、かつて あかほりさとる を読んでそう思った。
アニメや漫画のような読書感を目指しましたって、聞こえはいいけど、いやコレ話は面白いんだから漫画にしてよ、って。まあ あかほりさとる 原作はだいたい漫画化アニメ化されてるんだけども。

小説としての、というか自分が持ってる作家としての武器をちゃんと確認したほうがいいと思うかな。
>小説の優位性である「登場人物の心の中に入れる」があったら割といけると思います。
いけるいけないで言ったら、たぶんいけると私も思います。
あかほりさとる とは違う方向性で一歩先へいけないことは無いと思う。
けど、行った先で待ってるのは、ほぼ間違いなく当時の私と同じ反応で「なら漫画描けよ」になると思う。
読者にとって、我々が小説を書いてるとか漫画描いてるとか、漫画的な小説を書くために頑張ったんだとか、そんなん関係ないんですよね。
出来上がるのは、読者にとっては「質の悪い小説」か、「漫画未満で絵描きを捕まえられなかった漫画原作のリメイク作品」ってとこで、水差しちゃって申し訳ないけども、その方向性は時間を無駄にするから目指さないほうがいいと思うよ。

上記の回答(セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画の返信の返信の返信)

スレ主 リトル : 1 投稿日時:

 例えるなら釣ですかね。「読まなくても内容が分かる」つまりテンプレの段階は魚が食いついたけど、まだとれていない状態で、釣り上げるには設定とかの好みに合わせることが必要。だから1ページでも読んでもらって好みが合致しているか確認してもらう段階を作れる「読まなくても内容が分かる」というところのすごさ、みたいなところですかね。
 「読まなくても内容が分かる」ってのはテンプレの流れで決まったことしか書かないということで、そこを崩すけど成立させる、ってのはちょっと矛盾があって無理な技術ですよね。それで成立したらそれが新たなテンプレになってますよね。

 漫画アニメの武器って展開速度の速さだと思うんですよね。でもそこを小説が目指すと出来上がるのは漫画アニメの劣化版で、だから小説の武器を推さないと劣化版にしかならないんですね。あと水を差すなんてとんでもないです。それが欲しかったのでありがたいことです。

 セリフと地の文の比率についてですが、セリフは短い文でも確実に存在感が出る、という所が地の文との決定的な差だと思います。セリフは短い時間で存在感を伝えられるから、1:1は極端にしてもそこの比率を工夫することで展開の速度をコントロールできそうです。その結果小説の武器を捨てることになったら元も子もないですけど。それにただセリフだけ、地の文だけでストーリーが実質進んでいないというのも避けるべきところだと思います。
 全部セリフでも何でもいいんですけど、やりたいのは展開の速度をコントロールすることです。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画

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元記事:セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画の返信の返信の返信の返信

>全部セリフでも何でもいいんですけど、やりたいのは展開の速度をコントロールすることです。
あぁ、わかった。そういうことか。展開の速度をコントロールって意味では、言ってしまえば前のスレッドの「情報量が多いが短い文はスピード感のある文?」から話は続いてるのね。

うーん……
スレッドが違うけど前スレの「情報量の多い・少ない」を絡めて答えると、
演出の一つとして結果的にそういう効果はあるし、意図してすることもあるけれど、でもそれは「文字が少ないからスピード感がある」というわけではなく、逆も然り。
例えばダラダラした戦闘を書いてしまったなと思って、じゃあ改行多めに短く余白が多いページに書き直したところで、その戦闘シーンがスピード感出るかっていうと出ない。スッカスカな戦闘シーンって言われるのがオチ。
ただ、現実問題として「1ページを読む速度」は明らか違うし情報の濃淡は目に見えるから、何らかの演出で意識することはあるし、スピード感を出すにおいても意識はする。

けど、前述した通り「短けりゃ・情報量少なければスピード感がある」ってわけじゃないから、じゃあどうすればスピード感出るんだろうって考えると、
そもそも「展開が早い」って言葉は文章量が少ないことを指してるわけじゃないよね?
一つの展開が始まって終わって次の展開が始まる、そのスパンが短いことを指してる。強いては読者の理解が追い付く前に次の展開へ行ってしまうことにもなりかねない事だけども。
これを一つの展開からその中のワンシーン(戦闘シーン)に落とし込むと、これは「アクションが早い」に言い換えられるんじゃないかと考えてる。
つまり、文章や情報の量の如何によらず、アクションからアクションへの流れが止まるような事が無ければ、そしてそれが連続していれば、スピード感のあるワンシーンになってると思う。

例えば、敵と対していて剣で切りつけるってシーンでは、文章を短くするだけだと、下手するとこうなる。
 主人公は剣を構えた。
 切っ先を真正面の敵に向ける。
 柄を握る右手は軽く、逆に踏み込む脚に力を込めて剣を振りかぶった。
 敵にとっては一瞬だったろう。
 剣は右肩から入って左に抜ける。
 主人公の剣には返り血もつかないほど鋭い一閃だった。
これ、スピード感ないっていうか、逆にスローじゃない?
これがなぜスローかっていうと、「剣で敵を切りつける」ってただそれだけの事を6行もかけて書いてるから。
スピード感を出したいならこの逆をすべきだから、
つまり、「剣で切りつける」「切りつけたあとどうなる」「それを切っ掛けに次の事が起こる」って感じで、アクションの連続で畳みかけてやるのが大事だと思う。
それで言えば「剣を構える」も「切っ先を敵に向ける」もアクションなんだけど、「何をしたら次に進むか?」というのが物語の流れの中にはあって、特に説明も前振りもなければ戦闘シーンにおいては「敵が出れば敵を倒すこと」「剣を構えたらそれを振るうこと」が「次」になるから、「敵を倒すまで」「剣を振るうまで」が長いと、短い文章の連続でもそれはスローに感じてしまう。
「展開」で言えば、「いつまでたっても次の展開に進まない」っていう状態と同じ事になってる。
その「次」はどう考えたらいいのかっていうと、
それはもう単純にその場面その文章で読者の興味がどこに向くかってのを考えるしかない。
例えば「主人公は剣を抜いた」って書いたら「その剣でどうするのか」に興味が向く。
興味っていうか、単に「はじまり」があれば「おわり」が気になるよねって程度の話ね。
一方で「主人公は剣を抜いたが、敵を切れなかった」と書いたら、「敵の反応」に興味が向くでしょ。
この場合、「剣を抜いた」「敵を切れなかった」と書くのと、「剣を抜いたが敵を切れなかった」と書くのでは、今回のスレッドの主旨においてスレ主さんの言う「スピード感」は違うのではないか、と思う。
もし、この回答にピンと来るものがあるのであれば、少なくとも私はそうやってコントロールしているよ、という感じ。

結論として、文章を短くすりゃスピード感が出るってわけじゃない。
「アクション」の連続、ないし「次」への切り替えに流れがあってスムーズなことが大事だと思う。
そして、その流れというのは言ってしまえば物語の流れなので、地の文だろうとセリフだろうとストーリーは進められるし、そこについてもつまりは「何をしたら次の展開に進むか」を考えられていれば、展開の展開するスピード感もストーリー進行のコントロールも自在に出来ると思う。

確かにセリフには地の文より存在感があるけども、少なくとも書いているものは物語であって自分の仕事はストーリーを進めることなので、地の文だけでもセリフだけでもそれは出来ると思うため、だから私にはその比率の話にピンとこないのかもしれないです。

上記の回答(セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画の返信の返信の返信の返信の返信)

スレ主 リトル : 1 投稿日時:

 地の文とセリフの比率がどうって話は、1:1というのはセリフ、地の文、セリフ、地の文……で書くから、1:1で書く作家さんは強制的に展開の速度が速くなるのかな、と思ったんです。なぜかというと、地の文からセリフに移るときに自然とアクションを考えることになっている、と推測したからです。それで、そういう小説を読むとまるで映像を見ている気分だったのでこのスレを立てました。

 物語の流れを意識するんですね。敵が出れば倒すこと、剣を構えたら振るうこと。
 で、剣を構える→剣を振る。
 敵が出る→敵を倒す。
 その矢印が長いとスロー、という感じですね。ああー納得しました!

 「剣を抜いたが敵を斬れなかった」と
 「剣を抜いた」→「敵を斬れなかった」
 というのは矢印のありなしですね。そうやってコントロールするんですね。

 続いて「情報量が多いが短い文はスピード感のある文?」についてですが、
 考え直してみると「情報量」というより「アクションの回数」で見た方がいいですね。
 明文化すると、
 アクションの回数/文字数
 これが展開速度だと言えそうです。
 あと「アクションをたたみかける」というのは「文字数」で表現されていると思います。重点を置くべきはアクションの流れで、そこが止まる事無く連続すればスピード感が出るんですね。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: セリフ対地の文が1:1=ほぼ動画

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元記事:プロローグを本編より後の時系列から始めて、最後の行で本編の内容を思い出すというのは大丈夫ですか?

こんばんは、皆さんのご意見を聞かせてください。
プロローグを事件の真っ只中から始めて、日常からかけ離れた事件の異常さを際立たせた上で、最後の行で主人公に

顔にかかった血を手で拭い、肩で息をつきながら、俺は思い出す。なぜ普通の高校生である俺がこんな大事に巻き込まれる羽目になったのかを。
思い起こせばあれは一か月前のことだ……。

と、過去を内容を思い出す形で、本編がスタートする流れを考えているのですが、
小説では、場面が切り替わる回想を使うはあまり好ましくないとも聞きます。
回想はプロローグ一回だけしか使うつもりはないですし、多様さえしなければ悪手にはならないでしょうか?

上記の回答(プロローグを本編より後の時系列から始めて、最後の行で本編の内容を思い出すというのは大丈夫ですか?の返信)

投稿者 りぴー : 0

個人的で素人意見だけど、言わせてください。。
僕は「いる」と思います!

なぜなら、主人公の人となりが、わかると思うからです。その主人公はどんな悩みがあって、どんな考えで、現在どうしているのか。読者により親近感を覚えてもらう為にいる項目かとおもいます。さらにはそこに欠点とかあれば物語を通じて成長していければ、より興味が引かれやすくなるかと思われます。その成長要素を書きたいなら、この先の物語に必要な要素になるかと思います!!

ただし、導入となる過去編が長くなってしまうと、作者が伝えたい部分が薄れてしまい、冗長になってしまう可能性があるので、その点は適度な工夫がいると思います..

それにこの意見はあくまで、ファンタジーのみに限定されて、伏線が重要のサスペンス系に通用できるかどうかはわかりません。。。モウシワケナイ

拙い文章で、主観マシマシの意見ですが、なんかしらの気づきがあると幸いです。。反論は受け付けます。

カテゴリー : ストーリー スレッド: プロローグを本編より後の時系列から始めて、最後の行で本編の内容を思い出すというのは大丈夫ですか?

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投稿日時:

元記事:登場人物達に気まぐれな行動はいれるべきですか?

おはようございます、さっそく質問させてください。
登場人物達に設定させた信念や流儀による合理的な行動ばかり取らせていたら、人間味がないと指摘を頂きました。
何でも人間というのは、時に訳の分からない行動を起こしたり、身勝手に立ち振る舞ったりするものだから、合理的でない行動もさせるべきとのことです。
ただあまりに理由もなく気まぐれで行動を取らせていたら、そのキャラの好感度が低くなると思うのでバランスが大事ということでしょうか?
そのさじ加減はどれぐらいが良いのでしょうかね?

上記の回答(登場人物達に属性を深める行動はいれるべきですか?の返信)

投稿者 ごたんだ : 0

物語、特にページ数の指定のないラノベなどは足すより、削る方が楽だったりします。

恐らく、投資家が髪の手のひらで踊る猿のようで辛いみたいな悩みだと思いますが、それは一人称であれば統制かと思います。

書き手の視点には、それぞれ利点や欠点があるので把握して起きましょう!

視点変更には、それこそ王国パターンがありません!

主人公一人称→犯人視点→主人公一人称→ヒロイン一人称→犯人視点→主人公視点

これだけで不思議とミステリーを読んだ気になりませんか?

カテゴリー : キャラクター スレッド: 登場人物達に気まぐれな行動はいれるべきですか?

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投稿日時:

元記事:メインヒロインの許容範囲について

自分の作品のヒロインは直接的にではないですけど、間接的に人を殺してしまうのですけど、それはヒロインとして大丈夫でしょうか?
ヒロインが人を死なせても大丈夫でしょうか?
といっても、自ら殺しにかかるのではなくて、ヒロインが死んでしまって、そのヒロイン自身が万が一に死んでしまった場合にかけていた魔法で生き返る代償といて人を死なせるというか、生け贄にしてしまうのですけど。
これはヒロインとしてダメでしょうか?
やはりヒロインは殺しとかはやってはダメでしょうか?
皆さん、アドバイスをお願いします。

上記の回答(メインヒロインの許容範囲についての返信)

投稿者 のん : 0

▼ヒロインが殺し

 良いですね。私はぜひ読みたいです。望まず背負ってしまった人の命とどう向き合っていくのか、気になるところです。
 しかし、敬遠する方もいらっしゃるでしょう。全ての人から愛される物語など無いとは言っても、敵は少ない方が良いですよね。ですからヒロインのイメージを如何に回復させるかを考えましょう。殺るのは構いません。

 まず1つ。ヒロインが人を殺してしまうタイミングです。これを序盤にすると「ヒロイン=人殺し」というイメージが付いてしまいます。最初の印象はそう簡単には変えられませんし、イメージ回復の前に読者様が逃げてしまう可能性も高い。悪手ですね。
 もしどうしても序盤に蘇生したいのなら、犠牲者を隠しておくのも1つの手かもしれません。ただ、そうして問題を先送りにしてどうするのかは思い付きませんので、ヒロインのイメージが確立してから蘇生する事をオススメします。終盤では蘇生自体がご都合主義に写りかねませんので、そこは注意して下さい。

 2つ目。生け贄となった方が自ら望んでいたかどうか。コレは最も重要ですね。もし望んでいなかったのならばヒロインのイメージ回復は絶望的ですので、自己犠牲を強くオススメします。犠牲者が望んでいるならば、それは美談です。

 3つ目。犠牲者とヒロインの関係性です。個人的に親子関係をオススメしますが、これの選択肢は無数にあります。ですから地雷になりそうな例を1つ。「ヒロインに片想いしている方」。これをやるとヒロインと主人公の関係が拗れます。
 ヒロイン→犠牲者。主人公→犠牲者。の関係性が似ていると、共に乗り越えやすくまとめ易いかと思います。

 ラスト4つ目。犠牲を知ったヒロインがどうするか、ですね。自分のせいでと嘆き、死のうとするのか。犠牲者のためにもと、必死に生き足掻くのか。私なら両方やった上で何処か狂わせますね。
 死んだだけでもストレス過多です。それに加えて同じ世界に生き返って人の命を背負うなど、常人には耐えられません。もしもヒロインの死んだ原因がまだ在るならば、更に酷いですね。狂うのも当然です。ただ、狂ったヒロインもまた受けが良いとは言えません。
 オススメは「癒えない心の傷」程度に収める事です。犠牲が発覚した直後は錯乱させ、周りの助けで徐々に立ち直りつつも、完全にとはいかない。その位が丁度いいと思います。何かしら贖罪となることをさせて下さい。

カテゴリー : キャラクター スレッド: メインヒロインの許容範囲について

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