ライトノベル作法研究所
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  4. 魍魎の匣公開日:2012/09/28

魍魎の匣

ジャンル:ミステリー
著者:京極 夏彦
出版社:講談社
発行年月:1999年09月

スポポニウムさん一押し!(男性・23歳) スポポさん一押し!(男性・23歳)

■ 解説

 匣の中には綺麗な娘がぴったり入ってゐた。箱を祀る奇妙な霊能者。箱詰めにされた少女達の四肢。そして巨大な箱型の建物―箱を巡る虚妄が美少女転落事件とバラバラ殺人を結ぶ。探偵・榎木津、文士・関口、刑事・木場らがみな事件に関わり京極堂の元へ。果たして憑物は落とせるのか!?
 日本推理作家協会賞に輝いた超絶ミステリ、妖怪シリーズ第2弾。

■ スポポニウムさんの書評2012/06/06

 京極夏彦という小説家の存在は、今日もはや我が国の小説世界の一里塚であるといっても過言ではあるまい。無類の妖怪・奇譚好きとして知られるその独特の人物もさることながら、その斬新かつ奇抜な物語は圧倒的なエンタメ性に満ちており、老若男女問わず絶大な人気を誇っている。
 今作はそんな京極夏彦シリーズの中でも最高傑作の呼び声高い『魍魎の匣』を紹介しようと思う。

 舞台は戦後直後の東京。瀕死の重傷を負った大財閥の娘・柚木加奈子が、入院中の病院、通称「箱館」から忽然と失踪するという事件が発生した。その事件と時を同じくして連続して起こる武蔵野の連続バラバラ殺人事件。「穢れ封じの御筥様」を名乗り、怪しげな箱を崇拝する宗教集団の暗躍。これら三つの事件には果たしてどんな関係性があるのか。「憑き物落とし」を副業とする古本屋の主・京極堂は、この事件の影に蠢く妖怪・魍魎を祓い落とすために奔走するが――。

 詳しく書くとネタバレになるので控えるが、一言でいえばおぞましい物語である。通常、トリックとは物語の中で謎を演出するための仕掛けであり、その仕組みがすべて解き明かされたとき、痛快であるとは思っても、普通「おぞましい」とは思うまい。

 しかし、これこそ、このトリック自体のおぞましさ・恐ろしさが妖怪小説家・京極夏彦の真骨頂なのである。

 小説家として知られる彼の作品には、実は実体を持った妖怪は一切登場しない。
 つまり、物語の謎、登場人物が抱えた心の屈折こそが祓い落されるべき「憑き物」なのであり、主人公=探偵役である京極堂の「憑き物落とし」は、この謎=憑き物を解き明かし、丸裸にしてゆくことで「落とす」のである。
 だから、彼の小説のトリックはほぼすべての作品に共通して「おぞましい」し「恐ろしい」。妖怪と推理、普通は交差しない要素であるはずの両者が京極作品において見事に交差しているのは、こういう革命的に斬新なカラクリがあるのである。

 また、登場人物の造詣も巧みだ。
 圧倒的な情報量と冴え渡る弁舌によって鮮やかに「憑き物落とし」を行ってゆく京極堂こと中禅寺明彦、「モノの記憶が見える」能力によって事件を解明(攪乱)する美麗の探偵・榎木津礼次郎、直情径行型で武骨な刑事・木場修太郎、欝病持ちで風采の上がらない小説家・関口巽と、主要キャラたちが織りなす喧々諤々の小芝居は芸術的ですらあり、多くの人に愛されている。

 時に京極夏彦の小説がライトノベルと揶揄される所以である。

 以上、上記したような要素の芸術的な絡み合いが、この小説を極上のエンターテイメント作品として完成させている。まさに必読の一冊とされるべき作品であろう。

 しかし、この作品はあまりにも完成されている。革新性、エンターテイメント性、キャラクター性と、あまりにも全部が全部揃いすぎていて、読後はまるで憑き物がついてしまったかのように茫然自失となった記憶がある。

 西尾維新の『化物語』や、はてまたZUNの『東方Project』などがいい例であるように、彼のスタイルはあまりに多くの後続小説・エンターテイメント作品に影響を及ぼしすぎている。みんな京極夏彦という存在に取り憑かれてしまったのだろう。
 本作に登場する、人を彼岸へと連れ去ってしまう妖怪・魍魎の正体とは、実は京極夏彦その人なのではないだろうか。

お気に入りのキャラはいますか? どんなところが好きですか?

 こればかりは中禅寺秋彦=京極堂と言わざるを得ない。
 「芥川龍之介の幽霊」「親戚全部が死に絶えでもしたような仏頂面」「死神」などと、その不思議かつ不気味な風体・人物像については小説内でもよく描写されているが、実際は怪け物級に頭のキレる男である。

 普段は日がな一日中背中を丸めて古書の通読に没頭しているが、事件が起これば周囲に担ぎ出されていやいや巻き込まれる羽目になる。しかしいざ憑き物落としという段になると豹変し、その冴えきった頭脳と弁舌で謎を「解体してゆく」のである。
 呪をかけることで他人を意図的に狂わせ、自壊するよう仕向けることなど朝飯前だ。

 しかし実際は誰よりも人道的で、誰よりも他人に配慮して生きている。「よく誤解される」らしい京極堂の魅力とは、誰よりも理知的であるがゆえに誰よりも屈折しながらも生きている、その見上げたどっこい根性にこそあるのではないだろうか。

この作品の欠点、残念なところはどこですか?

 ない。毛程もない。第一、この小説に文句がつけられる人間などいるわけがない。いないと断言できるからこそ恐ろしい。京極夏彦はまさしく怪物なのである。

■ スポポさんの書評2012/04/02

 ライトノベルではない。しかし、今やライトノベルを書く人にとってもただ読むだけの人にとっても、京極夏彦という作家の存在はひとつの時代、ひとつの思想そのものであり、避けては通れない一里塚である。また、彼はあまりに多くの人間に影響を及ぼし過ぎた。

 西尾維新がその好例であるが、彼の影響を享けた作家が多数ライトノベル界にも存在する現状を鑑みれば、我々は意図するかしないかにかかわらず、日々何らかの形で「ミニ京極夏彦」的世界観に触れているとすら言える。

 しかるに、彼の作品を読んでそのスタイルや方法論に触れることは決して無駄ではないだろう。
 『魍魎の匣』は、そんな彼の作品の中でも最高傑作の呼び声高い一作である。

 敗戦の影響がまだ色濃く残っている昭和初期の東京。そこには『京極堂』の通名で呼ばれる偏屈な古書店屋の店主がいた。陰陽師、いわゆる「憑物落とし」でもある彼は、ある日発生した少女連続バラバラ殺人事件、少女誘拐事件に共通するのが、妖怪「魍魎」であると断じ、その解決に奔走するが――。

 いやこれはまったく、まったくもって久々に怖気を覚える小説である。それもただの怖気ではなく、「世の中にはこんなおぞましいことを考えている人間がいるのか」という怖気である。重要なネタバレになるので核心には一切触れられないが、

 一言で言うとこの作品はまさしく人間の倫理の限界に挑むようなテーマを扱っているのである。

 人間と物の怪、その境界に横たわる大きな隔たりを、この作品は浮き彫りにしてしまっている。「魍魎」とは人の心のゆらぎそのもの、心理の空虚に湧く闇そのものである。果たしてこの作品のキャラたちと同じような境遇に置かれたとき、人は人でいるべきなのか、それとも倫理を飛び越えて「魍魎」と化してしまうべきなのか、その判断はひとりひとりの読者に委ねられるべき問題であろう。

 また、この作品だけでなくシリーズ全般に言えることだが、京極夏彦はキャラクターの造形が抜群にに巧い。全体の狂言回しである小説家・関口巽だけでなく、京極堂こと中禅寺秋彦、探偵の榎津礼二郎、今作で大きくスポットが当てられている刑事・木場修太郎など、そのキャラの圧倒的な存在感に舌を巻く。あらゆる空想においてはまずキャラ性そのものがその作品の魅力の大部分を占めるのはまず間違いない事実である。

 「魅力あるキャラ」をどう書けばいいか、そういうことで迷っている人がいたら、今作を大いに参考にすれば良いと思う。

 また、この作品のもうひとつの魅力とは、物語全体の斬新さである。このシリーズで京極堂が暴き、落としてゆく「物の怪」とはつまり事件の謎、人の心の闇そのものである。遠い昔、人々が口減らしのために子供を始末せざるを得なかった悲しい歴史を「座敷童子」や「河童」という妖怪によって語り継いで来たように、京極堂はあくまで怪異を怪異として捨て置かず、「推理」という現実的な方法を用いて謎を解き、人々を惑わし眩ませる憑き物を落としてゆく。

 その方法論の斬新さは今もって他に例を見ない。西尾維新などは『化物語』でこの京極夏彦のテクニックを流用しているし、私が知悉していないだけでこの方法論を用いた話はなお数多あることであろう。

 まさにどこをとっても、他の小説とは一線を画す、まさに「京極的」としか言えない、濃厚な作品である。妖怪やオカルトが好きであるかどうかにかかわらず、もっともっと多くの人に読まれて欲しい作品である。

お気に入りのキャラはいますか? どんなところが好きですか?

 京極堂……と言えば収まりは良かろうが、ここは気取らず、柚木加菜子と言っておくべきだと思う。

 彼女自身は魍魎ではない。ただ、彼女こそが人々を魍魎に仕立て上げるこの物語の核心そのものである。それはそれは美しく賢く、そして素敵に浮世離れしている彼女ではあるが、悲しいことに彼女は天人などではなく、結局は人間でしかなかった。
 誰よりも美しく、誰よりも賢く、誰よりも素敵であったからこそ起こった悲劇が今作であるとすると、フィクションとは言えいささか本当にやるせなくなる。美人とは罪なものだ。

この作品の欠点、残念なところはどこですか?

 京極夏彦はあまりにも多くの作家に影響を与えすぎたため、この作品を読んでから別の作品を読むと「これって京極夏彦じゃん」と思えて醒めてしまう作品が意外に多い。これはおせっかいではない。本当にそうなのである。

 一旦オリジナルを知ってしまうと、それに影響されている作品の魔法が剥げてしまうのだ。まるで本当に「憑物落とし」をやられたかのように、それが気になってしょうがなくなる。妖怪モノ、オカルト関係のライトノベルが多数本棚にある人は、おそらくこの作品を読むべきではない。

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