これは女性向けレーベルのライトノベル作家さんが主催する「女性受けするラノベ研究オフ会」に参加して聞いた話です。
「神話ではヒロインは英雄に王位を与える存在。
女性はヒーローに何らかの影響を与えたいという願望を持っている!
ヒロインを単なる萌え要員や、お色気担当にするな!
ヒロインから何かを感じ取ってヒーローは内的に成長して欲しい!」
ギリシャ神話のペルセウスの物語では、救出されたヒロインは主人公に王位を与えています。
ケルト神話の英雄クーフーリンは、好きになった女の子エマーにもっと強い男になって欲しいと言われたために、魔女スカサハの元に修行に行き、そこでの冒険を通して魔槍ゲイ・ボルグをスカサハより与えられ、エマ-に一流の戦士と認められて、結婚します。
日本神話のスサノオの物語ではヒロインと出会い、彼女を救ったことで、スサノオは内的に成長し、子供っぽく乱暴だった性格が収まって、彼女と二人で静かに暮らすようになります。
ヒロインは英雄に助け出されるだけの存在かと思いきや、神話では意外と英雄に一生を左右するような大きな影響を与えているのです。
累計3000万部以上を売り上げた栗本薫の人気ファンタジー大河小説『グイン・サーガ』は、この神話の構造を実にうまく取り入れています。
主人公のグインは、豹の頭と人間の身体を持った謎の存在で、はじめは単なる記憶を失った風来坊でしたが、大国ケイロニアに仕官して、さまざまな功績を重ね、さらわれたケイロニアの皇女シルヴィア姫を助け出したことで、彼女と結婚し、ケイロニア王となります。
このストーリーの流れは、まさしく神話そのままです。
この物語に出てくるお姫様たちは、みんな美しくて頭も良い娘たちばかりなのですが、シルヴィア姫は、凡庸な容姿をしている上に、無能でわがままで自堕落なお姫様で、そのことに劣等感を持っており、宮廷では嫌われています。このため、グインは彼女を助けるために、あるいはその要求に応えるために、非常に振り回される羽目になります。
あらゆる分野に秀でた完璧超人のグインが、シルヴィアにだけは頭が上がらないというのは、リアリティもあって微笑を誘います。
この物語のもう一人の主人公イシュトヴァーンも、ヒロインに強く影響され、王権を与えられる存在です。
傭兵である彼は、国を侵略されて窮地に陥っていたパロの王女リンダを救出したことから、彼女と恋仲になります。
しかし、身分が違いすぎることから、彼女を同盟国まで護衛して送り届けた際、「3年待っていてくれ。そしたら、必ず俺は王になってお前を迎えにくる」と約束を交わして別れます。
その後、彼はリンダの許嫁のクリスタル公爵アルド・ナリスにその才能を見出され重用されますが、リンダと彼が将来、結婚するであろう事を聞かされ、絶望してパロを去ります。
「俺は必ず王となってパロに攻め入り、あの人(ナリス)を殺して、リンダ、お前をさらって強引に俺の物にしてやる!」
と、イシュトヴァーンは決意します。
イシュトヴァーンはパロとの戦に敗れて滅ぼされたモンゴール公国の公女アムネリスを幽閉から救い出し、独立戦争に荷担して、モンゴール救国の英雄となります。
これは王になるというリンダとの約束を守るため、ナリスと同格の人物になるためだったのですが、その過程で、パロの同盟国であるアルゴスの王太子の妻を斬り殺したり、出世のためにアムネリスの恋人になるなどしたため、完璧にパロの敵となっていってしまいます。
イシュトヴァーンにとって、リンダ姫は漠然とあった「王になる」という野望の動機付けを与えた存在で、アムネリス公女は彼を「王へと押し上げてくれた」存在です。
アムネリスはゴーラ王になるというイシュトヴァーンの野望に対して、「私はそんな栄光など望んでいないのよ!」と言って泣いており、リンダも夫と弟の内紛に翻弄され、一見、女性たちは英雄たちの起こす戦争に巻き込まれて、悲嘆に暮れているように見えますが、実は英雄たちこそ、彼女らに強く影響されて、その行動を支配されてもいるのです。
戦争を描いた物語だと、どうしても女性は添え物的な存在に成り下がってしまいがちですが、栗本薫さんは女性作家であったためか、女性が英雄に与える影響というのをかなり重視していたようです。
もし、女性票を得たい、ヒロインを魅力的な人間にしたいと思うなら、彼女たちが主人公に強い影響を与えたり、成長の切っ掛けを与えるような構造にしてみると良いでしょう。
●補足
グイン・サーガに見られる神話の構造として、もう一つ「予言の成就」があります。
イシュトヴァーンは玉石を握って生まれたことから、産婆の占い婆から「やがて、この子は光の公女の手によって王座に就くだろう」と予言されます。
そのため、イシュトヴァーンは、ことあるごとに「オレは王になるんだ!」と法螺を吹いて回ります。
また、運の良さにも自信を持っており、敵対する者を滅ぼすという意味で「オレは災いを呼ぶ男、魔戦士イシュトヴァーンだ!」などとも吹聴しており、リンダ姫から苦笑されています。
若い頃の彼は、このような中二病的な痛い奴だったのですが、裏切りに次ぐ裏切り、戦争に次ぐ戦争と虐殺によって王座を手に入れ、敵も味方も不幸にしたことから、冗談ではなく本当に「災いを呼ぶ男」になってしまい、リンダから無数の怨霊を引き連れていると言われ、恐れられるようになります。
予言のおもしろさというのは、ただの傭兵だった若者がどのような経緯をたどって王になるのか、それが成就していく過程をドキドキしながら楽しめることです。また、かつてされた予言の意味が後からわかる、予言から今後の展開を予測したり、謎解きができるという楽しみも加わります。
ヒロインのリンダ姫は予言の能力を持っており、一見、意味不明なさまざな予言をします。
グイン・サーガの突出して優れているところは、100巻以上に及ぶ物語のクライマックスの時点を、物語の冒頭の予言ですでに言及していることです。
イシュトヴァーンがリンダ姫と野営しながら、「おまえ、予言者なんだろ。いっちょ、オレの運命を占ってくれよ」と言ったところ、かなり意味不明なことを言われるのですが、後から、その意味がわかるようになります。
リンダの夫となるナリスは、彼女の行なった予言をすべて書き留めて、これを分析して戦略を立てるのですが、予言を覆すようなことは結局できません。
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