物語は読者の願望を反映し、これを代理的に充足させることで、快感を与えるといった役割を持っています。読者が求める願望は、『恋愛』といった古今東西同じ普遍的なものもありますが、そのウェートや質、形は、時代によって少しずつ変化しています。
特に現代の物語に影響を及ぼしているのは、日本経済の衰退による若者の自信喪失です。
ライトノベルでは、1990年代においては、『スレイヤーズ』『ロードス島戦記』といった、異世界ファンタジーが人気作品の代表格で、学園物はその影に隠れていました。
しかし、2000年代になると、これが逆転し、異世界ファンタジーよりも学園物の方が人気が出るようになります。
近年ヒットした作品は、『涼宮ハルヒの憂鬱』2003年6月発売、『バカとテストと召喚獣』2007年02月発売、『生徒会の一存』2008年01月発売、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』2008年8月発売、『僕は友達が少ない』2009年08月発売というように、学園物が目立つようになっています。
しかも、主人公の目的も、年代が上になるに従って、身近で、ごくごく身内のトラブル解決に向かっていることがわかります。
『涼宮ハルヒの憂鬱』の主人公、ハルヒの目的は、「宇宙人、未来人、超能力者を探しだして、楽しく遊ぶ」ことです。
『バカとテストと召喚獣』の主人公、明久の目的は「好きな女の子のため、自分たちの教室の設備を豪華な物に変える」ことです。
『生徒会の一存』の主人公、鍵の目的は「美少女ハーレムの中で、楽しく遊ぶ」ことです。
『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の主人公、京介の目的は「妹を助ける」ことです。
『僕は友達が少ない』の主人公、小鷹の目的は「友達を作る」ことです。
また、これらの作品に共通する要素として、美少女キャラがたくさんでてきて、主人公(ハルヒの場合は語り部)に好意を抱くというのがあります。
女の子たちによる主人公の存在の肯定、『萌え』と『癒し』が、作品のテーマなのです。
この主人公たちと、自分の立場を交換できたら……と夢想したことのある人は、おそらく大勢いるでしょう。
『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の主人公、京介などは、「オレは妹のせいで苦労ばかりしている」といった発言をして、不幸ぶりをアピールしていますが、ぶん殴って「オレと代われ!」と言ってやりたくなります。
京介は、ツンデレの超かわいい妹がいる上に、仲の良い美少女たちとオタクトークをして、遊んでいやがるのです! 女の子と何を話して良いかもわからない非モテ男子が大勢いるというのに、オタクトークをして喜ばれるだと!? こ、こいつめ……! と殺意すら湧きます。
彼らの立ち位置は、読者にとって夢その物なのです。
もちろん、2000年代の人気作には、『ゼロの使い魔』2004年6月発売、『聖剣の刀鍛冶』2007年11月発売といった、国家同士の戦争や、世界を滅ぼす魔獣との戦いを描いてヒットした異世界ファンタジーの作品もあります。
しかし、この両者も、戦いや冒険がメインではなく、やたらと女性キャラの多い、萌えと男女のラブコメをストーリーの中心に据えたものです。ラブコメと萌えと描くために、冒険があると言い換えても良いです。
『スレイヤーズ』『ロードス島戦記』といった、かつてのヒット作は、この逆で、胸躍る冒険がメインであり、ラブコメは添え物的な要素です。萌えもほとんど狙っていません。
『ゼロの使い魔』、『聖剣の刀鍛冶』も、上で挙げた学園物同様、女の子たちによる『萌え』と『癒し』をテーマにしているのです。
これは日本経済が衰退し、現代の若者が自信を失っている世相と関連しています。
2011年の国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、18~34歳の未婚者のうち、男性の61.4%、女性の49.5%が「交際している異性がいない」と答えたそうです。2010年の「厚生労働白書」は、2030年時点での男性における生涯未婚率が29.5%になることに懸念を表明しています。
これらは、異性から「あなたは価値のある存在です」と肯定される機会が失われていることを意味します。
また、世界的な不景気で、雇用の場からも閉め出される危険が高まり、組織から「あなたは価値のある存在です」と肯定される機会をも失われ、若者は二重に自信を喪失しつつあります。
2000年代になってからのラノベ作品は、このような世相を反映して作られているのです。
このサイトでたびたび例に取り上げている、記録的な少年ジャンプの大ヒット作である『ドラゴンボール』(1984年から1995年まで連載)のストーリーは、連載当時の日本人の心理、無限に経済成長し、ドンドン世界に打って出る自信満々だったころのビジネスマンとリンクしています。
主人公の孫悟空は、強くなることを求め、強敵と戦うために世界中を冒険するだけでなく、その敵を宇宙や、未来世界、神々の領域にまで求めて、無限に成長していきます。最終的なその強さは、地球を一瞬で消滅できてしまうほどです。
ドラゴンボールの連載が終わったのは、その無限に成長する姿が、景気後退という時代背景と合わなくなったこと。必死に働いて高度成長を遂げたにも関わらず、幸せな未来を手に入れられずに疲れ切った日本人が、これ以上強くなってどうするの? という淡泊な感想をドラゴンボールに対して持つようになったことが、関連していると考えられます。
2000年代後半のライトノベルの人気作、『生徒会の一存』『僕は友達が少ない』の主人公たちは、『ドラゴンボール』のように未知の世界での冒険や成長などは掲げず、気の合う美少女たちと、生徒会室や部室で、オタクトークやゲームをして駄弁り、まったり暮らすことを選んでいます。
これは、自分を排除せず理解してくれる美少女や気の合う仲間、欠点があっても許容される空間というのが、切実に求められている結果です。
逆に、異世界を冒険するような話は、外に出て傷つき、とにかく疲れを癒したいと願う読者にとっては、あまり魅力的ではなくなってきているのです。もし冒険に出るとしても、魅力的な女の子に囲まれて「あなたが好きよ」と、存在を肯定されることが必要になっています。
(『聖剣の刀鍛冶』は主人公が女の子であり、女性の活躍や社会進出を背景にして、少年ではなく、少女が夢や目標を掲げて、主体的に活動するような話にリアリティが感じられているとも言えます)
少年漫画では、まだまだ『ワンピース』『ハンター×ハンター』『進撃の巨人』といった、異世界を舞台に少年が大冒険する物語がヒット作の筆頭に挙げられますが、少年向けライトノベルに関しては、内輪的な学園物が花盛りとなっています。
これは、旧来の夢とロマンを求める場合には少年漫画、癒しを求める場合にはライトノベル、というようにメディアによる棲み分けが進んでいるのではないかと考えられます。
少年向けライトノベルは、夢や成長を追うことに疲れ、癒しを求める読者の心を掴むことによって、勢力を拡大してきたと言えるでしょう。
ヒットする作品を作るためには、現在の世相を知り、人々が求める願望がどのように変化しているのか敏感に感じ取って、作品に反映する必要があるのです。
順位 | 作品・シリーズ名 | ジャンル・解説 |
---|---|---|
1位 | ソードアート・オンライン | オンラインゲームを舞台にした近未来SF |
2位 | とある魔術の禁書目録 | 異世界を舞台にした異能バトル学園物。熱血主人公が活躍する |
3位 | ベン・トー | 学園物。高校生の少年少女が半額弁当を奪い合う |
4位 | 円環少女 | 現代バトルファンタジー。主人公は24歳と年齢層高め |
5位 | バカとテストと召喚獣 | 異世界を舞台にした学園物。珍しいほど笑えるギャグ小説 |
6位 | 僕は友達が少ない | 学園物。隣人部という、友達を作るための部活を作って遊ぶ |
7位 | 丘ルトロジック | 学園物。ヒロインの「世界制服」のために活動する「丘研」が舞台 |
8位 | 涼宮ハルヒの憂鬱 | 学園物。宇宙人、未来人、超能力者を捜すためのSOS団が舞台 |
9位 | アイドライジング! | 女子高生が主人公のアイドル×バトルの熱血成長物語 |
10位 | 雨の日のアイリス | 感情を持ったロボットと人間が共存するSFファンタジー |
学園物は、10作品中6つと、ライトノベルがどんなジャンルでも内包していることを考えると、かなり多い状況です。
その中でも目立つのが、『僕は友達が少ない』『丘ルトロジック』『涼宮ハルヒの憂鬱』に代表されるような、個人のごく私的な目的を達成するための「部活」を作って、放課後にみんなで集まって遊ぶというパターンです。
また、『とある魔術の禁書目録』『バカとテストと召喚獣』のように、魔法が実在する異世界の学園を舞台にした話も人気です。
一位のソードアート・オンラインは、オンラインゲームという新ジャンルの娯楽をいち早く物語化させた、まさに世相を読むのに敏感な感性が生んだ作品だと言えます。
350万部以上を売り上げた『僕は友達が少ない』(2009/8)について、しめじさんという女性が興味深い書評を投稿して下さっているので、一部抜粋します。
小鷹(主人公)だけではなく、他の部員達も皆不器用です。
友達が少なくコミュニケーションにあまり慣れていません。
その場の勢いで調子よく喋れたとしても、本質的に人との距離の測り方が不器用です。ものすごく。
だから6人もいる女の子達は皆仲良しこよしなわけではなく、どこかぎこちない関係です。
少なくとも、気軽に遊びにいったりメールしたりという関係では決してありません。
歩み寄ろうとしたり喧嘩したり、いろんなイベントを経ながら少しずつ経験値を積んでいる状態です。
コメディパートが注目されがちな本作ですが、人と人の距離の描き方がとてもリアルなんです。
コミュニケーションが苦手な人たちが悩んだり葛藤したりする話だから、たくさんの現代の若者が共感できる。笑いながらも、あーそうだよな、わかるわかる、と思っちゃう。
それが、「はがない」(作品略称)の支持される理由の一つではないでしょうか。
●補足、ドラゴンボール連載終了の深読み。
主人公の孫悟空は連載終了時、40代後半に突入しており、神々をはるかに凌駕する力を手に入れてたとしても、その後は、老化による衰退が始るのが目に見えていました。その際、「オラ、もっともっと強くなりてぇ!」と、強くなることを目的として生きてきた孫悟空は、もう成長できないという現実に直面し、自分のパワーが失われていくことについて、激しく悩み苦しんだことでしょう。これは、もっともっと豊かになりたいと、急激な経済成長を成し遂げた後、緩やかな下り坂に入って苦しんでる日本人の姿と重なります。
そのような悟空の姿を見るのは忍びない、堪えられないという人々の潜在的な想いが、ドラゴンボールの連載終了に繋がったのではないかとも分析できます。
ドラゴンボールの次に少年ジャンプの看板漫画になった『ワンピース』の登場人物たちは、悟空のように成長そのものが自己目的化しているのではなく、成長の末に、各自が持っている明確な夢を実現することを掲げています。夢の達成の果てに訪れる、幸せな世界を目指しているのです。
悟空のように、いくら強くなっても満足できないような生き方は、どこかで行き詰まり、疲れと息切れを起こしてしまう、ということに人々が気づいた結果と言えるでしょう。
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