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うっぴーさんの返信一覧。最新の投稿順14ページ目

元記事:ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

小説家になろう」から、書籍化された異世界転生系のラノベでは、恋愛要素は不要であるという論があります。

なろう系ラノベは、読者の承認欲求を満たすのが目的であり、読者の自尊感情を害するような様子は、排除すべきであると言われています。

ラノベでは主人公イコール読者であり、読者は主人公になって物語を楽しみます。

このため、ヒロインは、処女で、主人公をヨイショするめのトロフィーガールの役割が果たせれば良い。
主人公を批判したり、他の男に気を惹かれたりしてはいけいない。
というのが、ラノベ恋愛不要論の肝です。

処女というのは、ゼロ年代のラノベから必要であった要素で、昔の男と比べられると自尊感情が傷つくからです。
実際の恋愛では、女性が他の男に気を惹かれることがありますが、こういった要素は邪魔で、切り捨てなければなりません。不要なリアリティです。

ラノベは、2004年に刊行されたゼロの使い魔のヒットにより、ラブコメブームが来て、ツンデレが流行ったのですが、今は、ツンデレではなく、最初からデレている。会った直後から、好感度マックスが主流になっています。

ツンをされると、読者の自尊心が傷つく。
もしかしたら、この娘、俺のことが好きなのかも?
と考えてドキドキするより、とにかく俺を肯定してくれ。
に変化しています。

例えば、大ヒットしたオーバーロードのヒロインたちは、みんな主人公を敬愛して、最初から絶対の忠誠を誓っています。

オーバーロードの例は極端ですが、ヒロインは、読者の承認欲求を満たすためのギミックであって、主人公がちょっと親切にしたり、活躍したら、大げさに感謝して、主人公のことが大好きになる感じです。

なろう系ラノベで、ゼロの使い魔のように、ラブコメがメインで書籍化された、ヒットした作品というのは寡聞にして知らないのですが、ありますでしょうか?

また、ラノベ恋愛不要論について、ご意見などありましたら、コメントいただけるとありがたいです!

上記の回答(ラノベ恋愛不要論。ツンデレヒロインは二番手に移行)

スレ主 うっぴー : 1 投稿日時:

ツンデレヒロインは終焉した訳ではなく、二番手になったとも言えます。
例えば、累計30万部の「異世界支配のスキルテイカー ~ゼロから始める奴隷ハーレム~ 」 2015/6/2刊行では、全肯定型ヒロインの次に合うヒロインとして、ツンデレ型ヒロインが現れます。

漫画化された「僕の部屋がダンジョンの休憩所になってしまった件 」2017/2/9刊行でも、同じです。

おそらく全肯定型ヒロインによって、承認欲求が満たされたあとに、ツンデレ型ヒロインに会うことによって、読者は、ツン要素があっても嫌にならずに受けれられるのだと思います。
すでに、メインヒロインから肯定されているから、OK!ということです。

ただ、ツンデレ型ヒロインがまったくいない、なろう系ラノベも多いので、ツンデレヒロインは、やはりメインストリームから落ちた、承認欲求を得る上で、リスクの高いキャラになったと言えると思います。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

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元記事:ラノベ恋愛不要論。ツンデレヒロインは二番手に移行の返信

ツンデレヒロインに限って言えば、もうヤンデレが出始めた頃には下火になっていたと思う。
最盛期は「灼眼のシャナ」や「ゼロの使い魔」、まあ声優の釘宮さんが流行ってた時期じゃないかなと。
「とらドラ」の頃にはトドメを刺したというか調理し切ったというか。
それ以降は、わかりやすいツンデレキャラもいることはいるけど、多くのヒロインの中の一人という形が多かった。
というのも、この頃は「誰か一人のメインヒロイン」というこれまでの常識が崩れてきていて、メインヒロインはおらず「多くのサブヒロイン」という形が多かったんじゃないかなと思う。
当時のハーレムモノは大部分が、「「一応」この子がメイン」って感じじゃなかったかな。

そして、それ以前の作品はというと、ツンデレが流行する以前の作品では、ツンデレはいつも当て馬や二番手として定番だった気がします。
意地を張ってるがために恋が実らず、という流れが多かったんじゃないかなと。
正統派ヒロインがいればツンデレサブヒロインは必ずいたような。
要するに、ツンデレブームのときに正統派とツンデレの逆転現象が起こって、一時的にツンデレヒロインがメインを張ってただけで、現在ツンデレは元の立ち位置に戻っただけではないかなと。

ツンデレ、というのは「キャラクターの個性だ」と誤解されやすく、いまやその誤解が正しいという認識だと思います。
でも、ツンデレってのは「ツンツンデレデレ」の略語で、意味は「ツンツンしてた女の子がデレデレになる」というものでしょう。
つまりこれ、キャラクターの個性を言ってる言葉じゃなくて、キャラクターの変化を指してる言葉なんですよね。
個性と言えるのは「ツンツンしている」という部分だけで、ちゃんと言葉にすれば「キツい性格の女の子」という部分だけ。
「ツンデレ」はキャラクターの変化を意味しているので、そのキャラクターが変化する過程というのは、これすなわち「物語」です。
ということは、「ツンデレ」というのはそれだけで物語が作りやすいんですよね。
「ツンツンしてる理由」とか「ツンがデレになる過程」とか、それだけで話になる。
題材として非常に扱いやすい。

そして同時に、ツンデレブームのときに流行っていた物語構成は、いわゆる「巻き込まれ型」です。
強引な女の子がやってきて主人公をトラブルの方向へ巻き込んでいく。という一種のドラえもん型とも言えますか。
言わずもがな、ツンデレの「ツン」という個性や強引な態度は「巻き込まれ型」の物語と非常に相性が良かった。
「ツン」が「デレ」になる過程でラノベ向きの恋愛を表現できるし、ラノベとの相性も良かった。
灼眼のシャナやゼロの使い魔のヒットによって、この組み合わせが爆発的に広まって流行となったのではと思う。

とすれば。
そもそも「巻き込まれ型」が下火になれば「ツンデレ」も下火になるのは当たり前で、しかし「ツンデレ」は上記したように、そもそも「物語」としての相性が良いので、メインは張れなくなったけど、元のサブヒロインの位置に戻った。という現状なのでは。
また、「ツンデレ」を「キャラクターの個性だ」と考えていると出す機会が無いので、こう言っちゃなんですが、なろう系では見る機会は減るでしょう。
アマチュアを馬鹿にしてるわけではなく、もはや「ツンデレは個性だ」という認識が当たり前の世代が多いと思うので。
なので、強いて言うなら「アンタのためじゃないんだからね!」的な典型的な記号としてのツンデレというのは、これは「キャラクター(の個性)」なので、確かにメインストリームから落ちた、と言えると思います。

一方で、プロが書く文庫では「ツンデレ」ではなく「性格のきつい女性」が出ることは当然ある。
その女性に恋愛要素があれば、当たり前だけど「ツンデレ」として登場することになる。
そしてこのポジションは、メインではなく当て馬や二番手としての位置が扱いやすいので、そのように展開する。
なので、「ツンデレ」それ自体に需要や役目がないわけではないし、そもそも「恋愛不要論」にも通じるけど、「ラブコメ」それ自体が下火なので、ツン「デレ」という言葉自体に恋愛要素を含む以上見かける機会が少ないだけではないでしょうか。
メインでは下火だけど、物語のちょっとしたアクセントや味付けで恋愛要素を出す場合、今でもツンデレは強力な武器だと思います。
全肯定型のヒロインを出す場合、ツンデレは別に主人公を好きにならなくてもいいわけだし。
悪役幹部の女副官とかツンデレポジションだと思うw

上記の回答(ラノベ恋愛不要論。ツンデレヒロインは二番手に移行の返信の返信)

スレ主 うっぴー : 1 投稿日時:

サタンさん、どうも返信ありがとうございます!
なるほど、ツンデレというものがそもそもイレギュラーな存在であり、現在は元の状態に戻っただけ、ということですね。

確かに、ラノベはかなり流行に左右されるところがあり、「灼眼のシャナ」や「ゼロの使い魔」のようなヒット作が生まれると、それに影響を受けたフォロワーがたくさん出ます。
また、2000年代前半には、超ヒット作の「涼宮ハルヒの憂鬱」もありましたね。ハルヒもツンデレヒロインです。

ツンデレヒロインとは、これらの作品群が生んだ一時的な流行だったと考えると、腑に落ちるところがあります。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

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元記事:ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?の返信

なろう発の恋愛要素込みだと「君の脾臓が食べたい」ですね。
あとは「本好きの下克上」、女性向けだと普通に恋愛要素はあります。

ラノベに恋愛要素はほぼ必須です。
件のオーバーロードもリザードマンや王国編では(主人公ではありませんが)恋愛要素があります。
魔法科高校の劣等生も、サブキャラ同士でくっつくことは何度かあります。

またトロフィーガールであろうと、それもまた恋愛要素です。
本当の恋愛じゃない! と言われるかも知れませんが。

売上上位で恋愛要素がサブキャラも含めてほぼ皆無なのは、幼女戦記くらいです。
それ以外は巻数が進むにつれて、何らかの恋愛要素が入ってきます。

オーバーロードも恋愛要素は、主軸ではありません。
何を軸とするかの問題なので要・不要というのも少しおかしい気がします。

デビュー済みの私からすれば、恋愛要素はシリーズを進めていくとほぼ必須になると認識しています。
書けないよりは書けた方が明らかに良いからです。
サブキャラを掘り下げるのに使いますので。

上記の回答(ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?の返信の返信)

スレ主 うっぴー : 0 投稿日時:

書籍化作家さん、どうも返信ありがとうございます!

>デビュー済みの私からすれば、恋愛要素はシリーズを進めていくとほぼ必須になると認識しています。
>書けないよりは書けた方が明らかに良いからです。

確かに不要とまで言い切るのは、極論でした。
昔から、恋愛は物語を作る上で必須の要素であると言われていますし、その通りだと思います。

ただ、主人公が恋愛をしている物語は確実に減った印象があります。
オーバーロードの主人公は恋愛をしていません。アルベドから一方的にストーカーをされているだけで、これはルイズと相思相愛の関係を育んでいたゼロの使い魔とは、だいぶ違う感じがします。

最近流行の異世界奴隷ハーレムも、女の子を奴隷という従属関係に置いて接しているので、恋愛とは言い難い面があります。
オーバーロードも絶対支配者と配下という関係なので、これも対等な男女関係とは言えません。
パートナーとは、本来、同等な存在であるはずです。

この点から考えるに、読者の嗜好としては、恋愛ではなく、あくまで自分を承認してくれるヒロインが欲しいのだと思えます。

サブキャラ同士が恋愛する場合は、主人公が関わらないので、失恋に終わっても主人公イコール読者の自尊心は傷つきません。

オーバーロードは、サブキャラが自分よりはるかに強大な存在に立ち向かっていき、そこで敗北を経験して、精神的、能力的に成長する場面が多いです。
この構造は、漫画ワンパンマンでも同じで、なろう系の特徴の一つかと思えます。

これも主人公が同じことをやると、読者の自尊心が傷つくので、サブキャラにやらせて物語を形成しているのだと考えられます。

ラノベ新人賞の下読みさんが繰り返し言っていたのですが、物語には成長要素が不可欠であるそうです。
失恋や敗北は、これまでの自分を壊し、成長するための切っ掛けかと思います。

しかし、なろう系のチート主人公は最初から完成された無敵の存在であらねばならず、また失敗や挫折は、読者の自尊心を傷つけることになるリスキーな行為なので、サブキャラを通して成長物語を作っているのだと考えられます。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

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元記事:ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?の返信の返信の返信

返信ありがとうございます、うっぴーさん。

その上で申し上げれば、まだ遠い!
オーバーロードをそこまで分析できているのなら、なぜなろう系が売れるのか、その源流がわかるはずです。

答えを率直に申し上げると、なろう系の原型は時代劇なんです。
水戸黄門がぴったりなろう系に当てはまる作品で、いわゆるなろう系は時代劇のシナリオ論をファンタジーに置き換えたものがほとんどです。

水戸黄門一行は印籠は言うに及ばず、殺陣でも手傷を負うことはありません。
絶対正義の体現者でもあり、仲間内の絆は非常に強固です。
そこが問題や変化の対象になることはほとんどないのです。

しかし、ドラマがある。それは否定できないでしょう?

そう、肝はサブキャラなんです。一話限りでも、ご老公一行に何一つ比肩しなくてもいいのです。
水戸黄門のような物語構造は、日本人であればある程度普遍的に受けてしまう。
だから、売れざるを得ないんです。

要・不要論はえてして知識がないと不毛な論議になりがちです。
恐らくうっぴーさんは、ワナビ代表としてラノベ恋愛不要論を押したいのでしょう。
しかし、実際のプロデビュー済みのなろう作者は、そういう論議にあまり頓着しません。

オーバーロードは異世界ファンタジーで、しかも主人公は人間じゃなくなってるんです。
現代日本の価値観を持ち出して槍玉にあげても、何の意味がありません。

異世界奴隷ハーレムも同様です。異世界で特別な力がある主人公だからこそ、許されるんです。
水戸黄門の印籠の効力が、江戸時代以外では無意味なように。

商業小説なら売れることが正義です。シリーズ累計ではゼロの使い魔をオーバーロードが超えています。
なろう系とひとくくりにするのではなく、彼らの知性と創作力を深く探ってください。
公募が取り落としてきたものが見えるはずです。

上記の回答(なろう系の原型は時代劇!オーバーロードは水戸黄門!)

スレ主 うっぴー : 6 人気回答! 投稿日時:

とある書籍化作家さん、どうも返信ありがとうございます!

>答えを率直に申し上げると、なろう系の原型は時代劇なんです。
>水戸黄門がぴったりなろう系に当てはまる作品で、いわゆるなろう系は時代劇のシナリオ論をファンタジーに置き換えたものがほとんどです。

この発想はなかったので、驚きました。
時代劇は現代に合わなくなったので、廃れたと思っていたのですが、日本人の嗜好は実は変わっておらず、時代劇の構造をファンタジー世界に置き換えただけという説には衝撃を受けました。

>異世界奴隷ハーレムも同様です。異世界で特別な力がある主人公だからこそ、許されるんです。
>水戸黄門の印籠の効力が、江戸時代以外では無意味なように

なるほど、天下の副将軍という立場は、確かに江戸時代という異世界でしか通用しないものですね。
オーバーロードのモモンガさんは、実は水戸黄門であるわけですか。
水戸黄門的に他者を従える快感、決して敗れることも傷つくこともない絶対者の快感を日本人は本能的に求めているということですね。
そして、現代日本の価値観から、水戸黄門を批判しても意味がない。

実は、異世界奴隷ハーレムのパイオニアと思われる「異世界支配のスキルテイカー ~ゼロから始める奴隷ハーレム~ 」(2015/6/2)を最近、読み直しています。30万部以上売れたヒット作です。

この作品では、ヒロインが「私はご主人様の奴隷にしていただいて幸せです!」と、衝撃的な発言をします。
女性を物扱いしているようで、ちょっとこれには拒否反応を覚えたのですが、水戸黄門に平伏していると考えれば、腑に落ちる点があります。

水戸黄門では、お色気担当のお銀の入浴シーンが必ず入ります。
水戸黄門がお銀に命令して、色仕掛けで悪人から情報を引き出しているわけです。そして、お銀は水戸黄門を敬愛しているので、喜んでその命令に従いです。これはオーバーロードの主従関係と同じかと思います。

正義のためということで巧妙に隠されていますが、日本人男性は実は自分に仕えてくれる女性を求めているのだと考えれば、これが受けたのも理解できます。

つまり、対等な男女関係というのは欧米的な発想で、そもそも多くの日本人男性は、自分に仕えてくれる女性を欲しがっており、この点は実は江戸時代から変わっていないのではないかと。
オーバーロードや異世界奴隷ハーレムは、水戸黄門が上手に隠蔽した女性に対しての願望を、オブラートに包まずにストレートに表現したから受けたのかなと、思いました。

なろう系と、従来のラノベの最大の違いの一つは、対象読者年齢かと思います。
ゼロの使い魔は、中高生が読むので、現代日本に通じる健全な恋愛観に基づく必要がありますが、オーバーロードは20代以上の大人を対象にしているので、そのような配慮をする必要がなく、読者の願望をストレートに表現できたのでは?と考えています。

成人男性が求める恋愛とは、一言で言えばキャバクラだと思います。
自分に仕え、チヤホヤして承認してくれる女性に囲まれるのが願望であって、対等な男女関係など望んでいないのではないかと思います。
恋愛不要というよりも、昭和的結婚観回帰と言った方が、本質に近いかも知れないと思いました。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

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元記事:キラー・コンテンツ

他の方とのやり取りを拝見しているうちに、何だか私もラノベに恋愛は不要なのかもしれないと思えてきました。洗脳されたかな(笑

そもそも、恋愛が好きなのは多分に女性ですよね。ラノベに限らず男性向けエンタメのターゲットが求めているのは、恋愛ではなくトロフィーガールなのかもしれません。007のボンド・ガール。あの感じね。

他の方への返信で、
>パートナーとは、本来、同等な存在であるはずです。
と仰っていました。
個人的にはまったく同感ですが、これってややリベラルな考え方なんですね。個人の自立に価値をおく欧米的な理想論。日本人の伝統的な心性にはそぐわないところがあるのかも。
……というか、そんな難しい言い方をしなくても、要するに「異性との対等の関係」というのがしんどいのでしょう。

「さすがです、お兄様!」……ですか。
確かに破壊力がありますね(笑
しかし、男性としては野郎に言われるよりも、従順な美少女に言われる方がなお心をくすぐられると思われるわけで。
よって、承認欲求の充足は一つの側面に過ぎず、「異性」という要素も大きく関わっているように思えます。ただ、それは恋愛ではない、と。
なんだろう?
メスを支配しようとするオスの本能。遺伝子を保存しようとする動物的本能……かな?

上記の回答(キラー・コンテンツの返信)

スレ主 うっぴー : 0 投稿日時:

あまくささん、返信ありがとうございます!

>要するに「異性との対等の関係」というのがしんどいのでしょう。

私もこれが本質かと思いました。
日本人男性にはそもそも欧米的な恋愛というものが合わないのではないかと。
恋愛というのは明治維新から入ってきた概念で、恋愛結婚が主流になったのは戦後です。

ずっとお見合い結婚、家制度の中で女性は従属的な立場にあったので、日本人男性は、従属的な立場にある女性が欲しいのだと思います。
最近(2018年6月)、ニュースでセクハラで身を持ち崩す政治家、官僚、人気アイドルの話題が多いですが、おそらく、この価値観が根強く残っており、これがグローバルスタンダードな男女観との間で齟齬をきたしているのでしょう。

物語のおもしろさの本質とは、読者の願望の充足です。
叶えられない願望を物語の中で満たすから、おもしろいと感じます。
現代日本の男性は、男女平等という考え方が辛く、どう女性と接してよいかわからないので、物語の中で異世界奴隷ハーレムを作って、抑圧した願望を満たしているのかなと、思いました。

異世界奴隷ハーレムのパイオニアである「異世界支配のスキルテイカー ~ゼロから始める奴隷ハーレム~」の著者、柑橘ゆすらさんは、今年の4月に「異世界エルフの奴隷ちゃん」という小説と漫画を同時に刊行しています。

この作品では、さらに一歩進んで、奴隷になったエルフ少女は、「さすがはご主人さまです!!」を決めゼリフにしています。略して『さすごしゅ』です。
奴隷としてご主人様に仕えることを喜び、「さすがはご主人さまです!!」と叫び、主人公はちょっと鬱陶しそうにしています。オーバーロードのモモンガさんと、アルベドの関係と同じですね。

このようにすることで、読者は、奴隷として女性を支配するという罪悪感を消しながら、承認欲求を満たすという見事な構造になっています。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラノベ恋愛不要論。ラノベに恋愛要素は必要ない?

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元記事:執筆中の浮気心との付き合い方について

いつもお世話になっております。
長編小説の執筆に向けて準備を進めております、やとうと申します。

皆様にこちらのサイトで様々なアドバイスをいただきながら、
少しずつ物語が形になり始めた現在ですが、このところ新たな壁がでてきてしまいました。

以前皆様に教えていただいた本を読んだり、ネットのサービス、電子書籍に手を伸ばすうち
最近読書や映画が急にものすごく面白くなってきてしまい、執筆に集中できなくなってしまったことが今の悩みです。

創作のネタが出てこないという無い手詰まりといった苦しみではなく、
衝動的に、これまで読まなかったジャンルや作品へ伸ばす手が止まらず、創作に集中できない状況です。

同時にネタ帳というか、読書ノートのようなものを書いており、読み返してネタ作りをしているので、
この先の創作のアイデアの元としては無駄ではなく、幅が広がるチャンスなのかもしれませんが…

しかし、以前考えていたプロットの進みがゆっくりとなりました。
また、新たに見つけたネタを基に、設定や世界観を作り直したい、付け加えたいという考えもあり
せっかく作った冒頭部分の話の文章化が進まず、その後の状況も見えてこなくなっています。

皆様は執筆中に、
読書映画などの他のことが出てきて集中できないとき、
どのようにご自身のモチベーションを維持されていますか?

皆様のご意見、ご経験などを伺うことができれば幸いです。
よろしくお願いいたします。

上記の回答(執筆中の浮気心との付き合い方についての返信)

投稿者 ヘキサ : 0

今でこそなんとか順調な執筆ペースを保っていられますが、過去の停滞期間やら黒歴史やらも多いhexaです。

いちおう、常連さんにはその人ごとに合った話を振る、というポリシーですので、他の人にも通用する一般論ではないですが、やとうさん向けと思える話をいくつか。

1.気にしない
しょうがないじゃん、他の作品見るの楽しいんだもん、と開き直る。

2.ぶっちゃけ取り組んでいる作品が難しいので、「どう難しいのか」をつきつめたうえで、しばらく放置、もしくは問題解決のカギを必死に探す。

3.スキルアップのために以前の作品を改稿してみたり、ヴィクトリア朝を舞台にした、そこに馴染んでいる普通の人々の風景を短編で描写してみる。例えば小公子と家庭教師のある日のお茶の風景だけ抜き出してみるとか。ぶっちゃけ、この世界でサムライが異物なんで書きにくいんですよーと思っているもので。

やとうさんの作品のシチュエーションと被るかもしれない話をしてみます。私の以前の職場にいた英語講師の方ですが、とても優しいのですが、講座を受けた人は「優しすぎて、ちょっと物足りないかも……」という感じでした。で、その人が辞めて、新しく入った人は「気遣いもできるけれど、レッスンも厳しい」人だったそうです。

私は講座を受けずに仕事中に話をしたことがありますが、ろくすっぽ英語もできませんでしたが彼女が「上でなんやかんやいろいろやってるんだけどうるさくない?大丈夫?」と言っている、とわかったので「ノーノ―、オーケー(笑顔)」だけで済ませました。英語の文法で言えば間違っているかもしれないのですが、「気にしてないよー!!」と全力で表現したつもりです。

ええと、何が言いたいかっていうと、異国で教師としてやっていくってのはつまり、「自分がその環境に順応する柔軟性」と「目的を持っている人を鍛え上げる厳しさ」の両面を持っていなければ務まらないんだな、と思った、という話です。自分が学ばなければいけない状態で、他の人の面倒を見るわけです。相当人間できてねえとできんだろ……と思った話でした。で、そんな人の内面を描写するのはもっと難しいだろ、という気がしています。

もうひとつ、ヒロインの扱いに関して。やとうさんは「サムライとヒロインで喧嘩ップルやってる姿から学習させる」と言っていましたが、それはつまり小公子がこの二人の組み合わせから弾かれる状態ということになり、小公子とサムライの距離は近くなりません。「小公子とサムライが反発している中をなんとかヒロインが取り持つ」のほうがいいのではないか、と以前私が言ったのはそのためです。それにはヒロインに妙なプライドをくっつけずに、いろいろと小回りのきく人のほうがいいのではないか、とも思っています。

女性家庭教師って貧困をプライドで隠した結果の産物、とは聞いておりますが、そういう「一般的なヴィクトリア朝の貴族女性」の固定概念に縛られずに、うまくこの物語での役割をこなせる人のほうがいいのではないか、と思っています。

サムライにしても同様だと思っています。現実にある「やっぱり日本が一番、日本が恋しい」と思っていた人の書いた記録を参考にしても「イギリスに残ることを決意するキャラクター」をつくりあげることはできないだろうと思っています。

で、食文化が特に馴染めるのかという話……サムライが激甘党でイングリッシュ・ハイ・ティーの習慣に慣れることができる人ならいける?とか。日本にも茶の湯の習慣があるわけで、茶道の「一期一会」の精神とイングリッシュ・ハイ・ティーの「欠かすことのできない日常」の違いを表現した短編、なんてのもいけるかなとは思っています。

あとはですねえ、やっぱり「ヒロインに惚れたから残る決心をする」というのもある意味漢らしいのでは……という気がしています。ストーリーの主筋は小公子との話にしておいて、隠れてこっそり仲が進展している描写をしてみるとか。例えばだけど、孤独に疲れてそうなサムライを見て励まそうとしてヒロインが見様見真似の激マズ和食を作ってみるとか。日本画やら骨董品やらを部屋に飾ってくれるとか。そういうのをやると「出番が少なくても印象に残る人」になったりするんですよ。

ちなみに蝶々夫人と聞いて「ああ、あの人間のクズ(←ピンカートン)の出る話ね」としか感想が出てこない自分はちょっと情緒に欠ける人間かもしれませんが。どっちかというと「この設定はハッピーエンドに持っていけるものなのか?」という点で設定などを見る人間ですので、そういう人の意見として聞いてください。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 執筆中の浮気心との付き合い方について

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投稿日時:

元記事:設定のパクリとストーリーのパクリはどちらが罪が重いですか?

例えば、設定が核戦争で滅んだ世界に、暗殺拳法の使い手が主人公。要するに北斗の拳ですね。
しかし、ストーリーはかなり違います。主人公がライバルと戦って負けるところからスタート。

それと、設定はまるで違うがストーリーが北斗の拳のパクリ。
世界観は現代日本で主人公は機関で育てられた超能力者(こういう設定はよくありますよね)
ストーリーは主人公が水を求めてさまよっていて、倒れたところを投獄される。その後も北斗の拳そっくりな展開が繰り広げられます(設定は別物です。でかいババアの代わりにムキムキの女子高生が登場します)
著作権的にどちらがアウトですか?

上記の回答(狂気も○○○ベートも、同じ犯行だ!!!!)

投稿者 ごたんだ : 1

悪いからどうしたって、気もしたいでもない。

朴李だろうが、包茎だろうが自らの内から出たものは無条件に愛してしまうし、アイスにするべきだろう…

ホットにしてもいいが普通はアイズだ!!

ただ作品を出版することは関係各社のスクウェアがあるから、マンタイを起こすと迷惑が掛かる。

これが『ゲーテ」的に祖語を復活させることがある。

そうなると甘い、コク以前に子どななモンサントだっ!!!

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: 設定のパクリとストーリーのパクリはどちらが罪が重いですか?

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投稿日時:

元記事:クロスオーバー作品の批評をお願いいたします。

はじめまして、ここではスライムも名乗られせいただきます。

自分の描いている小説があるのですが、どんな評価を得ていてどんなところが良くないのかわかりません。

↓これがその小説です。

https://syosetu.org/novel/196257/

二次創作でクロスオーバーなのですが、もっと良くしたいです。是非、批評をお願いいたします。

上記の回答(クロスオーバー作品の批評をお願いいたします。の返信)

投稿者 ワルプルギス : 0

読んでみて思うところありましたので、とりあえずコメントを。
サタンさんも一人や二人は読む奴が居るって保証しちゃってますしね(笑)

前提として、二次創作かつクロスオーバーということで複数原作があるものと思います。
私はどの原作も全く読んでいませんので、そこのところ的外れなこと書いてあるかもしれません。ご容赦ください。

1.予告編、消しましょう
消したくないなら、せめてパイロット版的な扱いにして、一番下にもって行き、最初に読者の目に触れるのを防ぎましょう。
感想がつかないと悩んでおられましたが、断言します。その最大の理由は、予告編前半部の戦争推移の説明のところで読者の大半が挫折しているからです。
「この作品、面白いのかな、どうかな」と思って読みに来た人に、いきなり作中で一番つまらない部分をぶつけてしまっています。
後半部は許容範囲なんですが、かなり後のシーンと推察します。この後に時系列的に古い第1話をやり、第2話でさらに時間が戻るので、2回連続時間が戻る構成なんですよ。ちょっと分かりにくいと思います。

2.説明がくどい。
たとえば、交換留学生の辺り。
ここで必要なのは、天ツ上人がレヴァーム人と同乗しているのは、戦後交換留学制度が始まっているからですって情報だけ。
それを両国の政治事情を混ぜて15行も説明されるわけです。
第1話の前の方なので、読者を惹きつけるのに大事なところ。テンポ重視で行くべきです。

3.視点の変更やブレが多い。
 戦記ものとなると視点変更が多くなるのも分かるのですが、第1話冒頭から騎士→隊長→シャルルと続くのはちょっと閉口しました。
 また、基本的には三人称特定人物視点で書かれているのですが、時折突然別視点に飛んでいるように思われます。特に第3話の会議シーン。
視点を変えるほどに説明はしやすくとも感情移入の度合いは下がりますので、ほどほどに絞った方がよいかと。

4.設定が甘い
趣味の問題でもあるし、二次創作なので原作に引きずられてしまう部分もあるとは思うので細かくは言いませんが、ついつい突っ込んでしまって物語に入り込めないんですね。

職業軍人なのに自分の今やっていることが国交の無い他国への領空侵犯だという自覚が無いのはどうなの、とか
これまで存在しなかった地平線という概念をいきなり全員で共有できるのはなぜ、とか
政治面も含めて上げだすときりが無いですね。

良くないところばかり上げてしまいましたが、もう少し読んでもいいかなと思う程度には良かったですよ。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: クロスオーバー作品の批評をお願いいたします。

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