小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:書きたい主人公が思いつかなくなってしまった

度々お世話になっております。マリン・Oです。
最近結構重大なスランプに陥っています。タイトルに書いた通り書きたい主人公の設定を思いつかなくなってしまいました。
私はキャラクターから物語を作るタイプなのですが、最近は主人公の案が一つも浮かんで来ません。
逆に悪役や脇キャラはいいキャラがどんどん思い浮かんでしまい、主人公の候補がいないせいで抱え落ちしそうなくらいです(苦笑)
実際前作執筆時点でも主人公より脇役が濃かったことから兆候自体は出ていたのでしょう……

このような事態に陥った経緯を自分なりに考えた結果、私が好きな作品は脇役が濃い作品が多かったです。
具体的にはエルフェンリートや極黒のブリュンヒルデ、北斗の拳、ジョジョの奇妙な冒険、ガンダムシリーズ……
上記の作品はブリュンヒルデ以外は古い作品ばかりなので、旧作の読みすぎで流行に乗り遅れているのかもしれません。しかし流行に合わせるのは個人的に自分の美学を捨てるような気もしますし……
どうすれば乗り切れるのでしょうか……

上記の回答(書きたい主人公が思いつかなくなってしまったの返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答! 投稿日時:

>私が好きな作品は脇役が濃い作品が多かったです。
そんなら、それがマリンさんの作風ってことでしょ。
発想をかえて、脇役を立たせる主人公像にすりゃ良いと思う。
一昔前に流行ってた学園ハーレム系の主人公はたいがい無個性を売りにしてる主人公像なのだけど、学園ハーレムって現在の主人公無双なハーレムものと違って、メインがヒロインズになるので女の子の個性を前に押し出す設計になってる。
各ヒロインと主人公のカップリングが上手く噛み合うように考えると、どの女の子相手でも噛み合う「無個性」という主人公は最適解の一つで、「各ヒロインと組み合わせたとき相性のいい要素」の集合体が主人公像になっています。

ここで「相性のいい要素」とは何ぞや、となるかと思うんですが、単純に組み合わせると面白い要素のことです。
例えば「優秀な生徒会長」と「学園イチの不良」とか、相反する要素は一緒にすると反発するので、その反発する会話が物語になり楽しめます。
あるいは、「正義のために悪となる敵」と「正義のためにその悪と戦う主人公」とか、同じ方向性で過程や答えが違う同一の要素もまた相性がいい。

たぶん、挙げられたタイトルから察するにハーレムものは好みじゃない、と思うかもしれませんが、キャラ作りの考え方はジャンルを問わず変わりません。
エルフェンリートやブリュンヒルデあたりの敵やライバルあるいは仲間と主人公を比べてみると、そういう要素はたいがいあって、そしてそういう要素を起点に会話が弾んでることがわかると思う。
一回読んだだけでうろ覚えだけど、ブリュンヒルデは確か主人公が完全記憶の能力があってヒロインは力を使うたびに記憶を失うんじゃなかったけか。
これは性格面ではなく設定面だけど、キャラ二人をピックアップしてよく見比べてみると、様々なところでこうした「相性のいい組み合わせ」があります。
例えば性格面で言えば「消極的なキャラA」と「行動的なキャラB」みたいな組み合わせはよくありますよね。

で、本題ですが、主人公以外のキャラを作っていけば良いと思う。
主人公と関わりが強いキャラを優先して、それと相性のいい性格・設定・過去などを作れば、主人公が活躍することすなわち脇役のキャラが目立つこと、になり、それは同時に脇役が目立つなら主人公も一緒に目立つ、という構造になる。
「消極的なA」と「積極的なB」がいるとしたら、「Aを無理やり行動させるB」という図になるため、「積極的なキャラがいるから消極的っぽさが際立つ」わけで、一緒にキャラが立つでしょ。
こういう「相性のいい要素」以外の場所でキャラを立てようとしたらその限りではないけど、こう考えるとどんな設定の主人公でも空気になることはないし、全てのキャラと相性がいい(仲がよいとか馬が合うという意味ではない)ため、常に主人公を中心に置いておくこができる。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 書きたい主人公が思いつかなくなってしまった

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元記事:歌詞について

登場人物に歌わせたい場合、自分で作った歌詞なら問題ないんですか?

また、登場人物にカラオケとか行かせた場合ってどういう風に表現したりしてますか?

上記の回答(歌詞についての返信)

投稿者 にわとり : 6 人気回答! 投稿日時:

 小説家になろうに歌詞の引用ガイドラインがあって、いろいろ詳しいのでリンク載せときます。

歌詞転載に関して
https://syosetu.com/site/song/

 まあ、これを守っておけば絶対大丈夫っていう、かなり厳しい基準ですね。
 法律的には引用の規準が満たされていれば問題ないので、楽曲名が分かるようにしとけばだいたい大丈夫なはずなんだけれど、もしかしたらJASRACから怒られるかもしれないので、トラブルを避けたいなら上記なろうのガイドラインに従うのが賢明かもしれない。
 つまり、著作権者に許可が取れた曲or著作権が失効している曲(著作権フリーの曲とか作者の死後70年以上経過している昔の曲とか)を使えばOK。『自分で作った歌詞』なら絶対大丈夫。

>また、登場人物にカラオケとか行かせた場合ってどういう風に表現したりしてますか?

 歌詞の内容がストーリー上で意味を持つわけではないのなら、そもそも歌詞は書く必要がない。A子はマイクを握りしめて熱唱した。軽快なBGMにA子の伸びやかな美声が重なる。云々……。などと書けば"カラオケで歌ってる"ってことは読者に伝わるし、それで十分。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 歌詞について

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元記事:キャラが動く動機が見つからないです

初コメです!
キャラの設定などはだいぶできてきたんですがどうしても
目的、目標が決まらなくて困ってます。
元々遊びとしてキャラを作ってしまい、
その後に設定を作ろうと思ったのが悪いのですが
皆さんならどんな話にしようとするか参考にさせてほしいです。
記憶をなくしてしまった主人公が、あるきっかけ(詳細は未定)で
「色を集めないといけない」ということを思い出します。
(色というのは神様から授けられた特定の魂の概念で
赤とかの色とは別のものです伝わりにくくてすみません)
登場キャラは色を一つ持っているのでそれを集めようと
色が見える能力を持つ主人公ががんばります。
最終的には色を持ったキャラたちが
創造主に会うという…もうわからない感じになってます。
形はできているように見えますが動く動機が皆にはないんです。
創造主は昔能力を使いすぎて眠りについているので起こして!
というキャラもいるので創造主が悪役ではないかもです…
皆さんに聞きたいのは
1 キャラが動く動機はどういうものがいいか。
2 悪役(キャラは未定)はどんな行動をしてるとよいか。
3 先程の設定で物足りないと思われる点はどこか。
長くてすみませんが思ったことがあれば意見ください!
お願いします!

上記の回答(キャラが動く動機が見つからないですの返信)

投稿者 兵藤晴佳 : 3 人気回答! 投稿日時:

動機ではなくて、目的が妨げられる状況や来歴を具体的に設定しましょう。登場人物は、そこから抜け出そうとして動き出します。勝手に。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: キャラが動く動機が見つからないです

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元記事:ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?の返信

みなさんご意見ありがとうございます。

私個人としては、にわとりさんのご意見が一番しっくりときました。

『読み手個人個人は本来小学3年以上の知性があるはずだけれど、「ラノベというコンテンツは頭空っぽにして楽しむもの」という意識があるため本来の知性は発揮されず、ラノベ読書時は偏差値40の状態になっている』。これが実態な気がします。ラノベってエンターテイメント・コンテンツですものね。私の中に「本を読む=知的活動」という先入観があり、「人の知性レベルは状況・状態によって変動する」というのが盲点になっていました。

また、「『語彙力ベースで考えれば小3程度で大抵のことは表現可能』だから、そのレベルが作り手の想定する知性のボトムラインとなっている」という考えも納得できました。

他、いただいた意見の中で、自分の考えと異なるものに意見を添えさせていただきます。

■手塚満さんの「本当は読者は必ず作者より賢い」について

必ずしもそうではないと思っています。というのも、読者の集合知は、あくまで各々の知識集まりであって、一つの体系としてまとまっているわけではないからです。読者集団の知識は体系化される際の批判プロセスを経ていないため、根本で間違えている可能性があります。例えば、集団の多くが特定の偏見を共有していた場合、集団の主張する『統計的根拠』は信用できないものになります。これには実例があり、作家の竜騎士07氏が自作「うみねこのなく頃に」にて問題出題編にてミステリーの謎を読者に提示して、同作の次エピソードを執筆している(エピソード8まであり、半年単位で発売された)際、2ちゃんねるに正しい答えを提示した人が一人いたらしいですが、その答えがその他大勢の連携によって「間違っている」と潰されるのを氏はリアルタイムで目撃したらしいです。
上記のような話もあり、大衆の知は、統計的に有意となる特定条件下でない限りは、あまりあてにならないと思っています。それよりかは、多くの批判を超えた専門的な体系知の方を信用すべきです。

■あざらしさんの「小説において『面白い』は少数を向いてても良い」について

そうだったら嬉しいなあと思っています。ただ、プロとしての活動を想定する際は、この考えは取り間違えるとリスクになると思っています。というのも、ラノベのビジネスモデルには以下二点の特性があるからです。

①ラノベのキャッシュは「数」によってもたらされるため
※競争差別化の話は置いておいておきます。

ラノベのビジネスモデルは、基本値上げを想定していません。これは、ライトノベルが「数のビジネス」であることを示しています。「100人に価値200を提供する」のと「200人に価値100を提供する」のでは、集団に同じ量の価値を提供していますが、後者の方がキャッシュが入ります。出版社は営利団体のため、後者の作家のほうを重宝すると考えられます。

②ラノベ作家は「売れるか売れないか」による格差が極めて大きい職業のため

ラノベのビジネスモデルは、メディアミックスを前提にしています。ラノベの中で売れたものをアニメ化してメディアミックスで稼ぐ。「リスクの少ないところでテストする」という合理的な考え方です。この時、メディアミックスの有無によって出版社にもたらされるキャッシュの差が100倍あると聞きます。また、編集者は一人当たり50人前後の作家を担当しているため、優先順位が低い人に対してはあまり時間を使えないらしいです。

これら二点は、作家の所得/待遇に対する格差の存在を表しています。私個人も前者のような「少数に強く受ける作品」を書く/読むのが好きなのですが、だから「それでいいんだ!」と開き直るのは、プロ作家活動としてのリスクになると考えています。まあ、この辺りの方針は自身の思想や技術と相談しつつ、自己責任で決定してくものだと思います。

■あざらしさんの「存在しないスポンサーではなく、読者を向いて執筆して欲しく」について

……まあ、スポンサーいるんですよね。出版社というスポンサーが。そして、スポンサーがキャッシュ上のリスクを負っている以上、それに背く意思決定は事実上できないし、してはいけないのだと思っています。会社と株主の関係と同じですね。自由なものを書きたいのなら自分の資本でやれって話ですし。ビジネス上のこの点には納得していますし、そうあるべきだとも思っています。

プロ作家としては、スポンサーの利潤を追求しつつ、エンドユーザーの要望に応えるのが職業的な義務である。スポンサーの利潤にならない商品は、自分の資本で出して、自分で資本的責任を持つ。これが正しい考え方じゃないかと思います。

時間が遅くなったので、この辺りで。
みなさん、ありがとうございました。

上記の回答(ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?の返信の返信)

投稿者 あざらし : 3 人気回答! 投稿日時:

ちょっと心配になったこともあり補足させて頂きます。
①と②については御茶ノ宮悠里さんご自身が、

>取り間違えるとリスクになると思っています。
>だから「それでいいんだ!」と開き直るのは、プロ作家活動としてのリスクになると考えています。
>の辺りの方針は自身の思想や技術と相談しつつ

と、書いていらっしゃいますので、私が意図した部分も汲み取られていると思います。

>まあ、スポンサーいるんですよね ~中略~ それに背く意思決定は事実上できないし、してはいけないのだと思っています。

出版関係の付き合いは堅い内容の会社が二社ほど、以前取材を受けた某専門誌のライターと編集者、あとはアマチュア時代にファンとして感想を書いていた方で後にプロになられた作家さんと飯を食いにいくぐらいですが、少なくとも私が見聞きし、認識している『良い関係』とはかなり異なっています。
作家と編集者はビジネスパートナーではありますが、下請けではありません。
ステロタイプ的には【サザエさん】の、いささか先生とノリスケの関係といえば良いでしょうか。
たとえ新人であっても、ちゃんと”先生”として立てるところは立てて扱われています。

仰っている関係性はプロレタリアートの世界で通用する話し。クリエイターを志されているのなら世界が異なります。
私の仕事にもクライアントという絶対的存在がいますが、それでも言いなりになんてなりません。そんなことをすれば双方とも結果的にマイナスになります。方向性に食い違いが出たときは、最終的にクライアントに利益をもたらすことが出来る理由をのべて説得します。
クリエイターの立脚点は『自分の代替えは存在しない』です。ここが希薄になると存在意義そのものが霧散します。

>それに背く意思決定は事実上できない

仮にそうなら御茶ノ宮悠里さんが書く意味は何処にあるでしょう。
費用が安く言いなりになる人なら誰だっていいわけですが、出版社側にとってもそうじゃないはずです。

作家側の技量が発展途上にあるために編集者主導になるというのは、まあこれは必然でもあります。
けれど編集者主導というのは意見を押しつけるのではなく、執筆者に対して理路整然と『良くするための説得』を重ねるものです。
その説得を聞いた執筆者は一度意見を飲み込み、その上で納得できないことがあれば編集者から納得できるまで理由を引き出す。
編集者は執筆者を納得させた上で書かせるのが仕事です。執筆者が納得しないのに、それを読んだ読者が納得するはずがない。

とはいえ出版社もいろいろ、そこに勤める編集者もいろいろでしょう。
今回補足として書かせて頂いたのも、『スポンサーがいる』と断定されていることが気になりました。
もし御茶ノ宮悠里さんが既にプロに手が届くところにあり、担当氏との打ち合わせで斯様な考えに至ったのであれば、担当氏との関係を構築しなおすことも考慮にいれて欲しく思います。

以上、お目汚し失礼。老婆心でした。

カテゴリー : その他 スレッド: ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

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元記事:ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?の返信

みなさんご意見ありがとうございます。

私個人としては、にわとりさんのご意見が一番しっくりときました。

『読み手個人個人は本来小学3年以上の知性があるはずだけれど、「ラノベというコンテンツは頭空っぽにして楽しむもの」という意識があるため本来の知性は発揮されず、ラノベ読書時は偏差値40の状態になっている』。これが実態な気がします。ラノベってエンターテイメント・コンテンツですものね。私の中に「本を読む=知的活動」という先入観があり、「人の知性レベルは状況・状態によって変動する」というのが盲点になっていました。

また、「『語彙力ベースで考えれば小3程度で大抵のことは表現可能』だから、そのレベルが作り手の想定する知性のボトムラインとなっている」という考えも納得できました。

他、いただいた意見の中で、自分の考えと異なるものに意見を添えさせていただきます。

■手塚満さんの「本当は読者は必ず作者より賢い」について

必ずしもそうではないと思っています。というのも、読者の集合知は、あくまで各々の知識集まりであって、一つの体系としてまとまっているわけではないからです。読者集団の知識は体系化される際の批判プロセスを経ていないため、根本で間違えている可能性があります。例えば、集団の多くが特定の偏見を共有していた場合、集団の主張する『統計的根拠』は信用できないものになります。これには実例があり、作家の竜騎士07氏が自作「うみねこのなく頃に」にて問題出題編にてミステリーの謎を読者に提示して、同作の次エピソードを執筆している(エピソード8まであり、半年単位で発売された)際、2ちゃんねるに正しい答えを提示した人が一人いたらしいですが、その答えがその他大勢の連携によって「間違っている」と潰されるのを氏はリアルタイムで目撃したらしいです。
上記のような話もあり、大衆の知は、統計的に有意となる特定条件下でない限りは、あまりあてにならないと思っています。それよりかは、多くの批判を超えた専門的な体系知の方を信用すべきです。

■あざらしさんの「小説において『面白い』は少数を向いてても良い」について

そうだったら嬉しいなあと思っています。ただ、プロとしての活動を想定する際は、この考えは取り間違えるとリスクになると思っています。というのも、ラノベのビジネスモデルには以下二点の特性があるからです。

①ラノベのキャッシュは「数」によってもたらされるため
※競争差別化の話は置いておいておきます。

ラノベのビジネスモデルは、基本値上げを想定していません。これは、ライトノベルが「数のビジネス」であることを示しています。「100人に価値200を提供する」のと「200人に価値100を提供する」のでは、集団に同じ量の価値を提供していますが、後者の方がキャッシュが入ります。出版社は営利団体のため、後者の作家のほうを重宝すると考えられます。

②ラノベ作家は「売れるか売れないか」による格差が極めて大きい職業のため

ラノベのビジネスモデルは、メディアミックスを前提にしています。ラノベの中で売れたものをアニメ化してメディアミックスで稼ぐ。「リスクの少ないところでテストする」という合理的な考え方です。この時、メディアミックスの有無によって出版社にもたらされるキャッシュの差が100倍あると聞きます。また、編集者は一人当たり50人前後の作家を担当しているため、優先順位が低い人に対してはあまり時間を使えないらしいです。

これら二点は、作家の所得/待遇に対する格差の存在を表しています。私個人も前者のような「少数に強く受ける作品」を書く/読むのが好きなのですが、だから「それでいいんだ!」と開き直るのは、プロ作家活動としてのリスクになると考えています。まあ、この辺りの方針は自身の思想や技術と相談しつつ、自己責任で決定してくものだと思います。

■あざらしさんの「存在しないスポンサーではなく、読者を向いて執筆して欲しく」について

……まあ、スポンサーいるんですよね。出版社というスポンサーが。そして、スポンサーがキャッシュ上のリスクを負っている以上、それに背く意思決定は事実上できないし、してはいけないのだと思っています。会社と株主の関係と同じですね。自由なものを書きたいのなら自分の資本でやれって話ですし。ビジネス上のこの点には納得していますし、そうあるべきだとも思っています。

プロ作家としては、スポンサーの利潤を追求しつつ、エンドユーザーの要望に応えるのが職業的な義務である。スポンサーの利潤にならない商品は、自分の資本で出して、自分で資本的責任を持つ。これが正しい考え方じゃないかと思います。

時間が遅くなったので、この辺りで。
みなさん、ありがとうございました。

上記の回答(ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?の返信の返信)

投稿者 手塚満 : 3 人気回答! 投稿日時:

(No: 11:スレ主さんへの返信です)

竜騎士07さんの「うみねこのなく頃に」1作についてのみ、しかも謎解きの1人に対する多数からの批判の1例のみというのは、傾向を語るには統計学、論理学的にいささか不足ではないかと思います。傾向について説明するための代表的な具体例だとしても、「うみねこのなく頃に」は情報提示が不規則であるなどの、ミスディレクションの不手際があるようであり、説明のための参考事例とするには、あまり適切とはいえないように思われます。
(作者が想定したものと、描いたものの間にしばしば生じる齟齬等、いろいろ要因、原因ありますが、作品批評が目的ではありませんので割愛します。)

読者グループの集合知が体系化されるか否かですが、作品全体の好き嫌い、感動ポイント等の主観的な部分については体系化はされません。賢愚の基準でもありませんよね。

問題としているのは、仰るような謎解き等の客観基準があるものについてです。これは、70年代以降に多発した事例(ニューエイジ運動などでもよく見られたもの)から、各個人がコミュニケーション可能な集団が問題解決に優れた能力を見せたことなどを参考に申し上げてみました。

今でもそうですが、昔から会社組織は問題解決に優れた手腕を発揮することは周知の事実だと思います。指揮系統、役割分担等がはっきりした(後述する雑多な集団と比べてですが)少数精鋭の組織です。

ところが、70年代以降、無関係な人々が何らかの問題をきっかけに一時的に集まり、一気に問題を解決してしまう現象が見られるようになりました。日常的に見られるほどだったので、いちいち事例として記録はされていません(まだネットもなかったことですし)。会社組織が取り組みをためらったようなものも含まれます。

どう問題解決しているか、傾向を調べてみると、問題を熟知している1人(ないしは少数)が他の大勢に指示を出している(会社組織では普通のやり方)ではなかった。ある種の分散型システムで、解きたい問題の一部を知っている人がそこだけ解決する、すると他の部分についても同様にする人が出て来て、次第に全体が解決されていくというプロセスだったとのことです。
(こういうことが何度も起こって、例えば非営利組織などになっていったりもする。つまり、有用なものは組織化される傾向がみられるのは興味深いですが、これも今の話から逸れますので割愛。)

もう少し枠を広げた言い方をしますと、整然としたカオス、といったことになります。そういう集合知です。何らかの目的が生じると、突如として整然と動き出す。これが成立するようになったのは理由があります。

整然としたカオスが成立、機能する条件は「個々の成員が一定以上に賢いこと」なんです。教育の普及から高度化と無縁ではありません。日本では昔から初等教育は広く施されていましたが、高校(ないしは専門学校等)以降となると70年代以降に顕著になったものですね。これがあるため、カオスから専門的にも正しい知見、成果も生じるわけです。専門的な事項とて、学際的なものは多くあり(巨大プロジェクト等)、同様な現象が生じます。学生が主要な役割を担うことも少なくありません。

集合知について、他に注意すべき点があります。今は作者1人対読者多数を考えているわけですよね。集団的に出されてきた結論を、1人が批判し切れるのかどうか。多数の知恵が集まったんだから1人より賢い、とは別問題です。現在の学習型AIにも通じる問題で、例えば結論ははっきり出て来ているけれど、結論に至るプロセスが解析できないということがしばしば起こります。こうなるからそうなるといった決定論的ではなく、いわば確率論的なんです。

簡潔に言えば、集合知はしばしばアカウンタブルではない、といったことになります。あたかも1人が考えて結論を出したように考えて扱うと間違うことが多くなります。集合知への批判に際しては充分に留意すべきです。

気になりましたので一応の説明は致しましたが、読者は実は賢い、単に頭を使ってないことがあるだけ、ということを踏まえてお出でなら、そうそう心配はないように思います。

カテゴリー : その他 スレッド: ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

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