メンタルはゴリゴリ削れますけど、それでいいんじゃないですか?
そもそも、読者に『鬱屈としたもの』を見せるためにそういうシーンを書いてる訳で。作品に一番肩入れしうる存在である作者がそういう共感を持てないようなシーンに、読者が感情移入してくれますかって話ですよ。
これはあくまで理想論であって、『仕事』としてやるなら本当はある程度の割り切りは必要でしょうけど。『読者の作品への感情移入/没入感』を前提に作品を考え、作るのであれば、まず第一に作者が作品に感情移入できなければならないでしょう。
そこそこ身を削って生み出したキャラを痛めつけるんですよ? 読者が楽しめるならどうでも良いという結果論もありますが、僕は『自分の生み出したキャラを痛めつけても平然としていられる人間』の描く感情描写に感情移入や没入方向の高評価が得られるとは思いません。(カルト的なサイコ小説としては人気が出るかも知れませんが)
『人の心ないんか?』というスラングがありますが、大抵は人の心があるから書けるものだと思いますよ。
僕も今実際、『ヒロインがクッソ冷静に主人公の人格面を真正面から否定し、自分自身を異端と思うからこそ隠してきたサイコ性を剥き出しにしながらも、本当にそれでいいのかと静かに迫る』みたいなシーンを書いてますが、主人公に対してもヒロインに対してもクッソ申し訳なくなりながらも(それでもここまで来たら言わざるをえないよねと思いつつ)やってます。
ぶっちゃけ胃がクソ痛いし、書きづらさから遅筆になる上、遅れるだけストレスが長引くという苦悶の中に居ますけど、書かない選択肢は無かったとも思います。
もう一度言いますが、『仕事』として見るなら一定の割り切りは必要だと思います。
ただ一方で、ストレスを感じながら書くことにこそ、読者に共感させうる物を書けるんじゃないかとも思います。まあ、願望も入った意見ですが。
以上、なんか参考になれば幸いです。