ワタシ読む専なんで、あまり推敲文を読み返さへんようにしているんです。何回も同じの読んでいると、感覚がマヒして初見バイバイになる改善推奨ポイントを見落としてしまいますから。
いつか読めたらええし、それが作家の益になるなら何でもええよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
>そもそもAIが自我を持つ、そんなことあり得ないだろ派なんですよね。
ワタシは「ありえる」派っす。その日が何時になるか?は知らんけど。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
>「すみません、情報プロテクトの突破は法律違反行為ですので行えません」
「お前は犯罪AIだろうがーっ!」
そう、その犯罪AIはどうしようもなく堅物なポンコツだった!
……………………
ここ見て「あー発達障害あるある(笑)」ってなりました。AIというか、マイルールが過ぎる重めの発達障害持ちに困らされる健常者って感じ。AIって発達障害児に似ている面があるとワタシは思うんですよ。
突拍子の無いレスポンス返しちゃう所とか、けれどそこを規制しまくると、今度は【哲学的ゾンビ】化しちゃう
………………………
アトムザビギニング内での【哲学的ゾンビ】例やと「そーだなぁ」「そーかもぉ」「いーねぇ」「どーだろぉ」とか、やや否定的なニュアンスを含んだ曖昧な言葉を返答させる事
A「○○っていいと思わない」
ゾ「そーだなぁ」
A「でしょう!君ならそう思ってくれるかもって思っていたんだ」
ゾ「そーかもぉ」
A「良かったら、これ布教させてよ」
ゾ「どーだろぉ」
A「ごめん急すぎたね。興味持ってくれただけでうれしいかったんだ」
ゾ「そーかもぉ」
A「・・・・せめて、これだけでも観てくれない?」
ゾ「いーねぇ」
A「じゃあ観ようよ!一緒に!!」
ってな感じ。哲学的ゾンビ側は何も思わず雑にレスポンス返しているだけだけど、A側は勝手にゾンビ側の対応に【自分の価値観】を当てはめて推察し、ゾンビに自我や嗜好があると思い込んでしまう。
ーーーーーーーーーーーーーー
どれほど客観的な気持ちを持とうとしても、それが個である限り【観測者の主観】からは逃れられない。だから客観に固執しても無駄無駄無駄無駄ァ!!ある程度は諦めよう!!ビバ主観!!みたいな?
某京極夏彦の【陰摩羅鬼の瑕】内で探偵が上記みたいなことを言っていたので、受け売りです(笑)