ドラコンさん一押し!
高校生の古野まほろは内戦の満州から日本へ逃れるべく、超豪華寝台列車に飛び乗った。華族、軍人、白系ロシア。個性的に過ぎる乗客の中には、謎の世界史的間諜までがいるという。その運
命とまほろのそれが交錯する時、連続列車密室殺人の幕が上がる!
青春×SF×ミステリのベスト作品が入念に改稿され華麗に文庫化!
慶應大学ミス研「おすすめミステリNo.1」シリーズ第2弾!
この作品は、ライトノベルのレーベルから出ているわけではありません。ですが、表紙がアニメ絵であることと、主要な登場人物が高校生であるので、「広義のライトノベル」として紹介します。
まず、指摘するのは「欠点」の欄で詳述するように、面食らうことが多いです。しかし、それを辛抱して読んでいると、続きや同シリーズの他の作品が気になって仕方がなくなります。
ストーリーやキャラ以前に、「超豪華寝台国際列車」という舞台が好物の方にお薦めできる1冊です。実際、列車の描写が実に細かいですね。また、満州(中国東北部)~日本間であのルートを通ったのには、やられました。
2014年6月現在、幻冬舎文庫版では『天帝のはてしなき果実』(第1作)(以下『果実』)と、『天帝の愛でたまう孤島』(第3作)(以下『孤島』)も出ています。が、この『天帝のつかわせる御矢』(第2作)(以下『御矢』)が、いちばん気か滅入らずに済みます(詳細後述)。なお、単行本版は4作目以降も刊行されています。
作者が『ドラえもん』に詳しいようなので、そこに親しみを感じました。また、ついて行けないとはいえ、その博識ぶりはすごいですよ。
お気に入りのキャラはいますか? どんなところが好きですか?
気に入ったのは、主人公・古野まほろの保護者的存在である二条実房です。理由はネタばれになりかねないので、省略します。ご了承ください。
この作品の欠点、残念なところはどこですか?
以下の書評は、“ネタばれ”の可能性があります。また、『御矢』のみならず、『果実』『孤島』の論評も含みますことと、ご了承ください。
実は、『御矢』には注記付きとはいえ(というより、注記付けでネタばれするぐらいなら、初めから書かなくても、という気もしますが)、『果実』の“極めて重大なネタばれ”を含みます。ですので、「『果実』を先に読むことお勧めします」と書けば済むでしょう。しかし、それをするのは結構悩ましいところです。
その最大の理由は、『果実』は肝心の事件が起こるまで物凄く長い! 後で伏線として回収されますが、153ページもある序章を読み終えてようやく物語が動き出します。「高校の吹奏楽部」という舞台にさしたる関心を持っていなかった私としては、冒頭で音楽用語の連発もあり、本当に退屈でした。
現に、東京大学新月お茶の会夜鷹明氏は『果実』の解説で、
「読み始めるとなかなか事件が起こらずに延々と高校生たちの浮世離れしたおしゃべりが続くことに苛立ち」
と書いています。まさにその通りで、この指摘に深く共感します。ついでに書けば、『孤島』でも事件が起こるまで183ページも使っています。
なお、『御矢』では列車内での殺人事件が起こるのはかなり読み進めてからですが、冒頭は緊迫した場面です。また、比較的早い段階でヒロインから正副主人公に指令が下されているので、前2者に比べると、それほど退屈はしませんでした。
私は『御矢』→『果実』→『孤島』の順で読みました。逆に言えば、『御矢』を読まなければ、他の2作に手を出さなかったことでしょう。
ただ、後で読むか、先に読むかはともかく、事実上、上下巻の関係になっていますので、『御矢』(下巻)を読む以上は『果実』(上巻)も読まざるを得ません。そうしないと、作中の政治体制・国際情勢等の世界観や人間関係が分かりにくく、世界観やキャラに感情移入しづらいです。
とにかく、このシリーズは内容が複雑多岐にわたるので、一読しただけでは筋が理解しにくいですよ。何度も読み返す必要があります。
面食らったといえば、ルビの扱いですね。「停車廊」に「プラットホーム」、「車引旅鞄」に「キャリーバッグ」などと、漢字書きにしてルビを振り、無理にカタカナ語を排しています。
時代設定は『果実』が1990年、『御矢』『孤島』が1991年です。カタカナ語を用いない必要性は認められませんね。ただ、例えば江戸時代の政治体制・文化のまま、つまり将軍がいて、ちょんまげ結って、和服を着ていて、それでいて科学技術が現代並みになったという世界観を描く場合、カタカナ語を出すと雰囲気を壊すので、その処理という点で参考になります。また、セリフが外国語の場合、当該外国語(中国語やフランス語)の発音をカタカナで振っています。
ルビ付けだけでも一苦労だったのではないでしょうか。
そして、細かく読んでいくと、1990年~1991年ごろに、「これは存在、ないし普及していたか? 普及はもう数年先では?」と首を傾げる物も出てきます。なお、明らかに存在しないものであれば首を傾げることはありませんでした。
『御矢』の舞台は国際列車な上に、国際情勢が複雑に絡むので、極東の地図や列車の走行経路図を付けてほしかったですね。地理に疎いほうではありませんが、思わず地図帳を引っ張り出して確認したぐらいです。ただ、走行経路図は「このルートを通るのか」との新鮮な驚きを減殺してしまう恐れがあるので、悩ましいところです。
また、鉄道監督官庁側で列車内犯罪の担当部署に違和感を持ちました。博識の作者なら、もっとふさわしい部署を出しそうなのですが。
既に少し触れましたが、このシリーズは「高校の吹奏楽部」が舞台です。
言い換えれば、特定のコミュニティー内で起こる事件を解決していく物語です。
探偵と、被害者・犯人との間に接点が事件以外になければ、そういうこともありません。
ですが、そうでない以上、主人公に近しい人物、つまり同級生、後輩、先輩、恩師の中から被害者や犯人が出ざるを得ません(しかも大量に!)。
地の文が主人公の一人称なので、主人公視点に感情移入しやすく、「一体、何人の友人を亡くしたのか?」と気が滅入りがちです。『御矢』は、コミュニティーを離れた主人公が元のコミュニティーに戻るという話なので、比較的それがありません。
しかし、『果実』を先に読むとやはり気が滅入るかもしれません。まあ、「劇中劇」ならぬ「小説中小説」的要素もありますので、それがいくらかでも緩和されてはいます。
この3作はいずれも630ページ程度~700ページ程度とかなり分厚いので、読んでいると、カバー背表紙の角がすれて、色が抜けて白くなってしまうのが、残念です。なお、幻冬舎文庫の名誉のために付言すれば、400ページ程度までなら問題ありません。